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山北 厚

やまきた・あつし
1931〜?

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last update: 20191104


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■言及

◆本多 節子 20050201 『脳性マヒ、ただいま一人暮らし30年――女性障害者の生きる闘い』 明石書店,262p.

 「さまざまな苦労をかさねて、どんなことがあっても負けない強い精神力を持たなければならないと思った。そんなとき、義姉が脳性マヒ者の組織である青い芝の会のことを教えてくれた。青い芝の会に入ったのは精神力を養う第一歩だった。
 東京・世田谷区豪徳寺に事務所がある青い芝の会の事務所を訪ねると、五、六人の障害者が円になって話をしていた。私がここを訪ねたもう一つの大きな理由は、同じような環境の中にいる友だちが欲しかったからだ。
 その日、事務所に集まっていた人たちと話した。同じ障害者同士だから緊張することもなく、気楽な気持ちで話すことができた。それは雑談程度のもので、有意義な話し合いをしたわけではないが、健常者の中にいるときに感じる遠慮や冷たい視線などがまったく無かったので、私は楽しかった。そのあとで会の設立経過などを説明してくれたのは、山北厚会長だった。」(本多[2005:134-135])

◆廣野 俊輔・青木 千帆子・瀬山 紀子・立岩 真也・田中 恵美子 2019/09/06 「往き還り繋ぐ――福島障害者運動史本刊行も機してアーカイヴィング公開シンポジウム第2回」,於:立命館大学朱雀キャンパス

 「廣野:[…]自分の立ち位置を話すんじゃないのか、ということですけど、僕はですね、調べようと思った時、行きがかりでもあるんですけど、東京で青い芝の会ができた時に3人の創始者がいます。高山久子金沢英児、山北厚という人です。そのうちの高山久子さんは〔調査の時〕ご存命で、山北さんはご存命だったんですけど既に老人ホームに入られているという状態でした。で、高山久子さんにお会いして、かなり初期の青い芝の会の会報を譲っていただいて、そこから調べることを開始した、いうことです。ちなみに高山さんは、僕は東京に行く度にお会いしてたんですけど、2年前に残念ながら亡くなってしまいました。その方に一番協力していただいてるので、どちらかと言うと初期の運動、おとなしいと言われる運動のことから調べ出している。で、高山さんの影響っていうのは、やっぱりたぶんに受けてるんだというふうに思っております。」


作成:安田 智博
UP: 20191104 REV:
青い芝の会  ◇脳性麻痺/脳性マヒ/脳性まひ(Cerebral Palsy)  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築  ◇病者障害者運動史研究  ◇障害者(の運動)史のための資料・人  ◇WHO  ◇生を辿り途を探す――身体×社会アーカイブの構築 
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