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病者障害者運動史研究


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立岩 真也(研究代表者) 2016/11/07 「病者障害者運動史研究――生の現在までを辿り未来を構想する」
 2017年度科学研究費申請書類
立岩真也・杉田俊介 2017/01/05 『相模原障害者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』,青土社
◆2017/04/22 「道筋を何度も作ること――7.26殺傷事件後」,日本社会福祉学中部地域ブロック部会主催2017年度春季研究例会研究例会,「相模原障害者 殺傷事件から問い直す『社会』と福祉」,於:名古屋

■成果 201704〜

◆立岩 真也 2017/04/01 「生の現代のために・20 連載・132」,『現代思想』45-7(2017-4):16-28
◆立岩 真也 2017/05/01 「高野岳志/以前――生の現代のために・21 連載・133」,『現代7思想』45-8(2017-5):8-21
◆立岩 真也 2017/06/01 「高野岳志――生の現代のために・22 連載・134」,『現代思想』45-(2017-6):-

■作業・頁更新情報

□2017/05/13
花田 春兆(2017/05/13逝去)
高野 岳志
□2017/05/12
高野 岳志
□2017/05/11
高野 岳志
□2017/05/02
増田 洋介 2015- 「埼玉「地域で共に」運動関連 文献リスト」  http://4skmsd.hatenablog.jp/entry/2017/04/11/233846
□2017/05/01
◇福祉解体編集委員会 編 19731001 『季刊福祉解体』準備号,福祉解体編集委員会,73p. ※r e19.(増補)
びわこ学園
高野 岳志
田中 徳吉(新規)
「人」
◇磯 春樹 編 2010/09/01 『ここまで』
◇立岩 真也 2017/05/01 「高野岳志/以前――生の現代のために・21 連載・133」,『現代思想』45-8(2017-5):-

■本頁内
何故必要か?  ◆申請書類について  ◆いただいた書籍・資料  ◆更新情報  ◆

■別頁
身体の現代:歴史  ◆障害者運動  ◆障害者(の運動)史  ◆障害者(の運動)史・人  ◆「難病」文献

全文掲載 ※各年、各年代の声明、ビラ、…も収録しています。

 
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■更新情報

□20170304
障害者と政策:2017
DPI日本会議:2017
DPI日本会議メールマガジン(17.01.25)第541号
□20170302
古込 和宏
◇古込 和宏 2017/02 「「この問題」」
◇立岩 真也 2017/03/01 「施設/脱施設/病院/脱病院 生の現代のために・19 連載・131」
 『現代思想』45-6(2017-3):16-27
……
□20170211

井深 大(新規)
登丸 福寿(新規)
石原 慎太郎
山田 憲吾(新規)
島田療育園
びわこ学園
重症心身障害児施設
……
□20170123
障害者と政策:2017
『市民福祉情報』2017  ◇『市民福祉情報』
市民福祉情報No.899☆2017.01.23
介助・介護:2017
介助・介護
『風は生きよという』
安楽死・尊厳死 euthanasia / death with dignity
安楽死・尊厳死:2017
障害学(Disability Studies)2017
『週刊/ALS患者のひとりごと』2017
佐々木 公一
「難病 nambyo」2017
「難病 nambyo」
古賀 照男
□20170118-19
木藤 亜也
市民福祉情報No.898☆2017.01.15
薬/薬害
筋ジストロフィー
脊髄小脳変性症
人工透析/人工腎臓/血液透析
ALS(筋萎縮性側索硬化症)
□20170111
「難病 Nambyo」
溶血性貧血
脊髄性筋萎縮症(SMA)
□20170106
「難病 Nambyo」
「難病」文献
重症筋無力症(MG)
脊髄性筋萎縮症(SMA)
□20170105
「難病 Nambyo」
フォン・ヒッペル・リンドウ病(Von Hippel-Lindau disease: VHL)
多発性硬化症(Multiple Sclerosis: MS)
重症筋無力症(MG)
シェーグレン症候群
□20170103-04
溶血性貧血
「難病 Nambyo」
「難病」文献
筋ジストロフィー
再生不良性貧血
脊髄性筋萎縮症(SMA)
全身性エリテマトーデス
多発性硬化症(Multiple Sclerosis: MS)
身体×世界:関連書籍【-1970'】
身体×世界:関連書籍【1980'】
障害者運動
柳澤 桂子
高野 哲夫
スモン
□20170101-02
フォン・ヒッペル・リンドウ病(Von Hippel-Lindau disease: VHL)
成人スティル病
骨形成不全症  ◇朝霧 裕 20100425 『車いすの歌姫――一度の命を抱きしめて』,ベストセラーズ,258+3p. ※ n02. sma.
重症筋無力症(MG)
脊髄性筋萎縮症(SMA)
糸賀 一雄(1914/03/29〜1968/09/18)
高野 哲夫
長尾 義明
「難病」文献
障害者運動
視神経脊髄炎(Neuromyelitis Optica: NMO)
身体×世界:関連書籍【2000-2004】
身体×世界:関連書籍【2005-2009】
身体×世界:関連書籍【2010-】
□20161231 ファイル更新
岩崎 航
渡部 沙織(大野 更紗)
「人」
病者障害者運動史研究
障害者運動
◇立岩真也 2017/03/** 「『精神病院体制の終わり』書評へのリプライ」,『解放社会学研究』30 より↓
□20161230 ファイル更新
多発性硬化症(Multiple Sclerosis: MS)
病者障害者運動史研究
モヤモヤ病
ALS・本
□20161229 ファイル更新
「難病」
「難病」文献
病者障害者運動史研究
日本患者同盟(日患同盟)
□201612
◇立岩真也 2016/09/23 「閉会の挨拶」
 障害学国際セミナー 2016「法的能力(障害者権利条約第12条)と成年後見制度」,於:立命館大学 より↓
……

 
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■なぜどのようにこの研究が必要なのか?

◆立岩 真也 2017/**/** 「立命館大学生存学研究センターによるアーカイビング」
 『法政大学原社会問題研究所環境アーカイブズニュレター』2

◆立岩 真也 2017/03/** 「『精神病院体制の終わり』書評へのリプライ」,『解放社会学研究』30

 「[…]
 それは事件が起こった日だったと思う。私は生存学研究センターというものにも関わっているのだが、その客員研究員でもある安原壮一さんが配信してくれたメールに、「心神喪失者等医療観察法」ができるきっかけに――後にその犯人が精神障害者であるとは認められないとされたにもかかわらず――なった池田小学校事件の時に日本精神神経学会――この学会も1960年代の末になるまでは保安処分に賛成であったこと等については『造反有理』――の動きに対して「精神科医療懇話会」がそれを批判する文書(精神科医療懇話会[2001a][2001b][2001c])を出していたことを知った。つまり精神神経学会は保安処分には(そして医療観察法にも)反対する立場を持続させるのではあるが、しかし精神障害者と犯罪という問題には関わろうとする。それに対して高木俊介らがメンバーだったその懇話会は、そんなことを医療者はしなくてよい、するべきでないと主張するのである。そうした話は私もしているのだが――本書収録の講演「病院と医療者が出る幕でないことがある」(立岩[2013a])――こうした動き・文書のことは知らなかった。異論はむろんあるだろうが、これははっきりした一つの理に適った立場ではある。そしてそのような主張を聞くと、私たちは精神医療の人たちがなぜ犯罪の問題に首を突っ込もうとするのか不思議にも思えてくるのだ。金になるならないとは直接に関わらなくとも自分たちの仕事を――忙しい忙しいと日ごろはぼやいているくせに――増やしたいのだろうかと、その限りで、民間精神病院の業界団体であり認知症者を取り込みたい「日本精神科病院協会(日精協)」とはだいぶ主張することが違う学会もそう変わらないところもあるのだろうかなどと思える。そしてこの度の事件に際し、地域での犯罪防止にいかに精神科医療が関わるかといったことを滔滔と語る精神科医などを見かけるにつけても、そういう人たちは現にいるのだなと思えてしまう。そうしたことを考えるためにも「近い過去」に起こったできごとを知り、書いていく必要がある。そう思って仕事を続けていくことになる。」

◆立岩 真也・杉田 俊介 2017/01/05 『相模原障碍者殺傷事件――優生思想とヘイトクライム』,青土社

○「はじめに」より
 「学者は後衛であり、学者の仕事は落ち穂拾いであると思っているところがある([2008/01/31])。二〇一五年の秋に出した科学研究費の申請書を、この(二〇一六年)秋また書類を――つまり二〇一六年度のものは当たらなかったのでまた出さねばならず――出す際に読み返すことがあったのだが、次のように書いてあった。
 「なにより、高齢化、認知症者の増加が言われ、悪意と偏見によってではなく、資源の有限性をもって、社会が護られるべきこと、広い意味での「防衛」のやむをえぬ必要が言われる。多くの人たちがそのように思っている。かつて優生思想といった言葉によって指弾された力がこれから最も強く作動する時期に入っていく。それに運動はどう対しているか、またどう対するべきか。分析と考察の精度を上げる必要がある。流動的な現在を把握し、将来を展望するためにも、これまでの経緯をまとめる」(「生の現代のために・8」、[2014-(8),2015-12,118]に再掲)。
 今年提出した書類「病者障害者運動史研究――生の現在までを辿り未来を構想する」([2016/11/07]、全文をHPでご覧になれる)でも、この箇所は「多くの人たちがそのように思っている」を「多くの人たちが不安と諦めとを感じている」とした他はそのまま。そのように思っている。幸い殺されなかった人も徐々に亡くなっていくからいくらか焦っているのだが、そうした仕事をしていこうと思って仕事をしている。」

○討議」より
 「で、そういうところから見たときに、「この子らを世の光に」とか言わんきゃならないのかということです。糸賀一雄はじゅうぶん立派な人だと思いますけど。そして「守る会」の三原則の一番めは「決して争ってはいけない 争いの中に弱いものの生きる場はない」で、二番目は「 親個人がいかなる主義主張があっても重症児運動に参加する者は党派を超えること」ですよ。それでよいのですかと。その青年やその主張の支持者とも争わないんですか、と。そしてこの原則は、一九六四年にできたその親の会がどういう道を行ったか、行かざるをえなかったかということに深く関わっている。そういったことを明らかにし考えよう、考えてもらおうと思って「病者障害者運動史研究」とか言い(立岩[2016/11/07]、その書類の提出締切日は対談の前日だった)、「生の現代のために」という、あまり落ち着きのよくない題の連載をしているということはあります。」

◆立岩 真也 2016/09/23 「閉会の挨拶」
 障害学国際セミナー 2016「法的能力(障害者権利条約第12条)と成年後見制度」,於:立命館大学
 ※全文は後に掲載します。
 「今回のテーマに関しては、僕も先ほど手を挙げて質問しようとしていましたが、見えていなかったようで。何が言いたかったのか、クロージングの役を振られたので、特権を利用してお話します。昨日僕がすごく聞きたかったことです。
 日本で2000年に成年後見制度が始まったときに、あまり目立った反対がなかったと申し上げました。でも、韓国でもっと最近に制度ができたときは、障害者サイドはそれに対する反対を表明しました。このこと自体が非常に重要なことだと思うのです。どういう人たちが何を思って、そのときに疑義を、あるいは批判をしたのかということは、これからわれわれがどういう形でこの制度に向き合い、どのように変えていくのかを考えるときに、きっと示唆を得ることもできると思うのです。
 これからどうしていくのかということを考えることは大切ですし、私はそういう視点で今日お話ししたつもりです。そのためにも、各国の制度がどのように成り立ち、それに対して、特に障害者の当人たちのアクターが、どういった言論を行い、どういう行動を起こしてきたのか。そういうことをきちんと記録し、われわれが情報として共有する。そういった意味が、こういうフォーラムの大変大きな意義としてあるとあらためて思った次第です。
 来年はまた違うテーマになると思いますが、いろいろなテーマにどのように向き合ってきたのか、これからどのように向き合うかを、自分の国のことだけではなくて他の、隣の国のことを知ることによって、きっと得られるものがある、良くしていくことができると、毎年思うのですが、今日も感じた次第です。
 また来年お会いしたいと思います。どうもありがとうございました。」

◆立岩 真也 2016/03/31 「アーカイヴィング」,立命館大学生存学研究センター編『生存学の企て――障老病異と共に暮らす世界へ』,生活書院,pp.

◆立岩 真也 2015/12/01 「病者障害者運動研究――生の現代のために・8 連載 118」『現代思想』43- 18(2015-12):16-29

◆立岩 真也(研究代表者) 2015/11/** 「病者障害者運動研究」

生の現代へ:文献表

◆立岩 真也 2015/12/01 「病者障害者運動研究――生の現代のために・6 連載 118」『現代思想』43-18(2015-12):16-29

◆立岩 真也 2014/05/01 「精神医療現代史へ・追記2――連載 99」『現代思想』41-(2014-4):-

◆立岩 真也 2014/02/01 「生の歴史」,『三色旗』791:55-58(慶應義塾大学通信教育部)

◆立岩 真也 2012/09/10 「もらったものについて・9」『そよ風のように街に出よう』83

◆立岩 真也 2012/07/10 「これからのためにも、あまり立派でなくても、過去を知る」,『精神医療』67:68-78

◆立岩 真也 2012/03/20 「五年と十年の間で」『生存学』5:8-15

◆立岩 真也 2008/09/01 「集積について――身体の現代・3」,『みすず』50-9(2008-9 no.564):48-57 資料,

◆立岩 真也 2008/01/31 「学者は後衛に付く」,『京都新聞』2008-1-30夕刊:2 現代のことば

 
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■人

  ◆障害者(の運動)史・人 ◆Who's Who

秋元 波留夫(1906〜2007)
砂原 茂一(1908〜1988,医師).
小林 提樹(1908〜1993,医師・島田療育園).
松田 道雄(1908/10/26〜1998/06/01,医師)
江副 勉(1910〜1971,精神神経学者/精神科医)
台(臺)弘(1913〜2014)
糸賀 一雄(1914/03/29〜1968/09/18)
斎藤 茂太(1916/03/21〜2006/11/20,精神科医)
唄 孝一(1924〜2011/01/11,法学)
早川 一光(1924/01/03〜,医師).
竹村 堅次(1924〜,精神科医).
松山 善三(1925/04/03〜2016/08/27)
川上 武(1925/11/20〜2009/07/02,医療史)
浜田 晋(1926〜2010,精神科医)
中川 米造(1926/03/23〜1997/09/30)
石井 哲夫(1927〜2014)
井形 昭弘(1928/09/16〜2016/08/12,医師,日本尊厳死協会)
武村 信義(1928〜,犯罪・司法精神医学,異常性格学).
二日市安(1929〜2008)
毛利 子来(1929〜,小児科医)
小坂 英世(1930〜,精神科医).
大仏 空(1930〜1984/07/07).
岡田 靖雄(1931〜,精神科医).
島 成郎(1931〜2000,医師).
吉田 おさみ(1931/01/02〜1984/11/01).
宇井 純(1932/06/25〜2006/11/11).
上田 敏(1932〜).
横田 弘(1933/05/15〜2013/06/03).
小池 清廉(1933〜,精神科医).
藤沢 敏雄(1934〜200903,精神科医)
広田 伊蘇夫(1934〜2011,精神科医)
風祭 元(1934〜,精神科医).
原田 正純(1934/09/14〜2012/06/11,医師,水俣学)
横塚 晃一(1935/12/07〜1978/07/20).
大野 萌子(1936〜2013)
清水 寛(1936〜,教育学者).
木村 浩子(1937〜)
黒岩 卓夫(1937〜,医師).
松本 雅彦(1937〜2015,精神科医)
小澤 勲(1938〜2008、精神科医)
村田実(1939〜1992)
新田勲(1940〜2013)
黒岩 秩子(1940〜).
山田 真(1941/06/22〜,小児科医)
川口 武久(1941〜1994,日本ALS協会).
楠 敏雄(1944〜2014)
岡江 晃(1946〜2013,精神科医)
木田 孝太郎(1947〜,精神科医)
鈴木 利廣(1947〜,弁護士)
高橋修(1948〜1999)
米津 知子(1948〜)
西尾 等(1949〜2002).
白石 清春(1950/04〜).
高 真司(1950/12/01〜2004).
大賀重太郎(1951〜2012)
山田 富也(1952〜2010)
金 満里(1953〜)
山本眞理(1953〜)
篠原 糸美(1956〜).
鹿野靖明(1959〜2002)

小島 純郎(〜2004).
なだいなだ(〜2013)
小田晋(〜2013)
金井康治(★〜1999)
三澤了(★〜2013)
入部香代子(★〜2013)
佐々木千津子(★〜2013)
小山 正義
副島洋明(★〜2014)
◆岩渕進(★〜2008)

□2015/12/01 「病者障害者運動研究――生の現代のために・7 連載 118」『現代思想』43-18(2015-12):16-29

 □物故者について

 この計画は、金のつく企画として実現するかはわからないのだが(これまでは実現しなかったのだが)、以上でも何箇所かで書いているように、今やっておかないとまにあわないということがあって、書いた。とくにここ数年物故者が多いことは『造反有理』にも記した。以下に出てくるのは(基本的に、おおむね)「造反」の側にいた精神科の医師たち。

 「それですこし調べて感じたのは、わからないことがとてもたくさんあることだった。本書に出てくる人たちは文章を書いて公にすることを主な仕事にする人たちではない。それでも中では多く文章を書いた人たちである。過去に出たもので今新本で買えるものはほとんど残っていない。そこで一つ、多くは古本を買い込んでみている。そして書かれたものを集め、資料・史料を求めていることをふれ回っている。そんなこともあり、いくらか集ってきてはいる。それは「生存学研究センター」(立命館大学)の書庫に所蔵され、整理の作業を始めている。
 それでもわからないことがたくさんある。文字になったものにしても、公刊されていないものは存在していたこともわからないものがある。それでも機関紙の類はいくらか集めた。しかし当然だが、それらには書きたくなかったことは書かれない。なにより、ものを書かない人たちが書く人たちよりもずっとたくさんいる。それでも医療者、とくに医師たちには文章を書く人がいくらかいる。そして私はそうして書かれた文章をもっぱら使ってこの文章を書いている。しかしものをめったに書かない人もたくさんいる。そして書きたくないことを人はあまり書かない。だから書きものを読むだけでは足りない。
 とすると聞くことになる。書きたくないことを書かないなら、話したくないことを話さないのも同じではある。しかし、わざわざ文章にするのは面倒だが、昔のことでもあり、聞かれれば話してもよいというぐらいには思っている人もけっこういることをこのごろ強く感じる。ただ、話すのを聞くことができる時間は人が生きて話せる時間のうちに限られている。できることをできるうちにと思う。その仕事は本来はきりがない。ただ、そうこうしているうちに、多くの方々が亡くなっている。本書のもとになった連載が掲載された『現代思想』の二〇一一年三月号に、「島成郎は二〇〇〇年に亡くなってから十年を越えたが、二〇〇八年に小澤勲が、二〇〇九年に藤沢敏雄が、二〇一〇年に浜田晋が亡くなった」と記したが、その後、広田伊蘇夫が二〇一一年に亡くなった(そして遺された蔵書を寄贈していただいたのだ)。加えて、「運動」に直接加担した側の人ではないが、なだいなだが二〇一三年に亡くなった。本書ではまったくふれない「本人」の運動の先駆者では、大野萌子が、同年、亡くなった。同年、本書に出てくる人たちとはおおいに立場を異にした小田晋が亡くなった。」(立岩[2013b:13-14])

 むろん人名を見ただけではわからない。各々がどんな人であったかは、その本と、そしてすべての人についてHPに頁があるから見ていただくことになる。そして、この類のことは各所で書いている。例えば「精神」の関係では次の本『精神病院体制の終わり』(立岩[2015c])に収録した文章では「これからのためにも、あまり立派でなくても、過去を知る」(立岩[2012])。そして同じ本に再録した講演「病院と医療者が出る幕でないことがある」(立岩[2013a→2014a→2015c:230-247]、その講演は『造反有理』の発売日に行われた)では次のように話している。

 「そうした営みを担った方々がここのところ相次いで亡くなられている状況でもあります。小澤勲さん(一九三八〜二〇〇八)、藤澤敏雄さん(一九三四〜二〇〇九)、浜田晋さん(一九二六〜二〇一〇)、広田伊蘇夫さん(一九三四〜二〇一一)、そういった方々が次々に亡くなられている〔その後、岡江晃、(一九四六〜二〇一三、第2章註09・一〇五頁)、「敵方」ということになるが、台(臺)弘(一九一三〜二〇一四)〕。そういった方々の苦闘というか、その人たちが言ってきたこと、それをどう考えるかは、各々に考えていただくとして、少なくとも知っておかなければいけない、忘れられてはならないという思いで本を書きました。そんな思いで、いくらか書籍や雑誌も集めておりまして、昨年には故広田伊蘇夫先生の蔵書を私が関係している生存学研究センターに去年いただきました。それを今整理することを始めています。」(立岩[2013a→2015c:234-235])

 〔〕内は今年(二〇一五年)に出た本への再録にあたって加えた部分。岡江についてはその本(の第2章註09・一〇五頁)で次のように紹介している。

 「岡江[晃]は一九七二年から洛南病院に勤務、九八年に副院長、二〇〇三年から二〇一一年まで院長。二〇一三年一〇月二八日に亡くなった。亡くなった二年、(池田小学校事件の)宅間守の精神鑑定を行なったその鑑定書に基づく本が刊行された(岡江[2013a] 、この年にもう一冊、岡江[2013b])。『飢餓陣営』を編集発行している佐藤幹夫が世話人をする研究会で、その本を取り上げようということになり、著者本人を呼ぶことができ、二〇一三年八月十一日に行なわれたその研究会での講演(岡江[2014] )とその後の討議(香月他[2014])その他が『飢餓陣営』四〇号に掲載された。
 犯罪を行なった人の責任能力や情状酌量の問題と、再犯可能性の前提の上での処遇(保安処分)とはもちろん別のことではあるが、関係はする。この本を読んだ様々な人たちがその感想を書いたり話したりしている。その受け止め方の差異も含めて、意義のある特集になっている。この雑誌は四一号でも関連する特集を組んでいる。なお、私は佐藤の著書『自閉症裁判――レッサーパンダ帽男の「罪と罰」』(佐藤[2005])の書評を書かせてもらっている(立岩[2005]→本書補章3・三五八頁)。」(立岩[2015c:105])

 誰の精神鑑定についての本であるかを明らかにした本は、予想されうる反応を考えると出しにくいかもしれず、この二冊は岡江が自らの「さき」のことを見越してこの年に出したのかもしれない。こんなことも時にある。筋ジストロフィーの人であった鹿野靖明(一九五九〜二〇〇二)のことを書いた、今は文庫版で買える名作『こんな夜更けにバナナかよ』(渡辺一史[2003])は鹿野が亡くなった翌年に出た。その本の紹介の文章を最初に書いたのは多分私で(立岩[2003])、その文章にも書いたが、鹿野が生きている時だったらそのままのかたちで出せただろうかと思うところもある。こうして、死の前後に事情が変わって、かえって書けることが出てくることもある。ただ、すくなくとも生きている人自身は生きている間にしか書いたり語ったりすることができない。
 そしてその後松本雅彦(一九三七〜二〇一五)が亡くなって、亡くなる前に一冊の本を残したことを先月号に書いた。以上は、「精神」の方面、そして大野萌子以外は医療者に限られた、そして「偏った」人たちに限られたリストだが、それだけで十一人になる。
 そして、『自閉症連続体の時代』(立岩[2014])でとりあげた自閉症の業界では、石井哲夫(一九二七〜二〇一四)。そして知的障害・発達障害に関わる事件を多く担当した弁護士・副島洋明(〜二〇一四)、札幌で障害者の支援にあたっていた岩渕進(〜二〇〇八)。後者の二人では、副島が弁護士として(当初)関わり、殺した人本人に直接ではないが岩渕も関わりがあった「浅草レッサーパンダ事件」のについて書かれた佐藤[2005]――佐藤はさきに引用した文章に出てきた個人雑誌『飢餓陣営』の発行人でもある――の書評(立岩[2005])に出てくる。岩渕のことについては〔〕内に、つまり今度の本に追記した部分に――「どう見ても堅気じゃない」と佐藤が書いているのを受けて、「写真を見ると[…]好人物ではないか」とその書評に書いたのを受けているのだが――〔二〇〇七年の夏、松山であった「障害児を普通学校へ全国連絡会」第一二回全国交流集会で講演した時に岩渕氏に初めて(そして一度だけ)お会いした。堅気の人ではなかった。二〇〇八年逝去〕と記した(立岩[2005→2015c:367])。「堅気でない」というのは、そうした職についているということではなく、全体に醸し出しているもの、に加えて彼が過去に武装闘争を志向した党派にいたことがあるというようなことを、いろいろと、講演の後、昼間から酒を飲んで語ったことを受けている。加えて一四人になる。
 さらに主に「身体」の方面でこちらのHPに頁のある人たちを加えていくと、村田実(一九三九〜一九九二)、高橋修(一九四八〜一九九九)、金井康治(〜一九九九)、鹿野靖明(一九五九〜二〇〇二)、二日市安(一九二九〜二〇〇八)、山田富也(〜二〇一〇)、大賀重太郎(一九五一〜二〇一二)、三澤了(〜二〇一三)、横田弘(一九三三〜二〇一三)、新田勲(一九四〇〜二〇一三)、入部香代子(〜二〇一三)、佐々木千津子(〜二〇一三)、楠敏雄(一九四四〜二〇一四)。そしてその前、同じ時期に活動したが、胃癌で早くに亡くなった(一九三五〜一九七八)――生活保護の医療がよくなかったせいだと言われる――横塚晃一がいる。
 こうして三〇人ほどにはなるのだが、名前と数字をただ並べてもいかなる意味もない――HPの今回の分の頁に各々の人への頁にリンクはさせておく。この数年、私が関わった範囲の保存と再生のいくらかについてだけ記しておく。
 横塚は青い芝の会で活動。ずっと品切れになっていた『母よ!殺すな』(横塚[1975][1981])が二〇〇七年に再刊された。その解説(立岩[2007])を書いた。そして戦後七〇年ということなのか、岩波書店から「ひとびとの精神史」という十冊のシリーズが出ることになって、私はその一冊『万博と沖縄返還――一九七〇前後』にその人のことを書いた(立岩[2015d])。
 横塚の二六年後、二〇一三年に亡くなった横田は同じく青い芝の会で活動。やはり長く品切れになっていた『障害者殺しの思想』(横田弘[1979])が二〇一五年に再刊され(横田[2015])、やはりそれに解説のようなものを書いた(立岩[2015c])。そして、私は生前彼に呼ばれて、二〇〇二年に二度、二〇〇八年と三回話をすることがあった。その第二回目(横田・立岩[2004])は本に収録されている(横田[2004]、現在は品切れ)。第一回と第三回の記録を文字にし、横田と長いつきあいがあって企画を立てた臼井正樹の文章と共に本にすることになって、長い註をつける仕事をした。その仕事はほぼ終わっている。来年本になる(横田他[2016])。
 他に記録が本の一部になったものでは新田勲との対談がある。新田は府中療育センター闘争(別に記す)を経て「練馬区在宅障害者の保障を考える会(練馬区在障会)」「全国介護保障要求者組合」等で活動した。彼は肝癌になってからわりあい長く生きることができて、その間にものを書き残すこともできた。二冊の著書・編書がある(新田編[2009]、新田[2012])。前者に対談の記録(新田・立岩[2012])が収録されている。そしてなにより、長く本格的に新田の家に出入りし、浸って、新田とその周りの人たちを追った深田耕一郎の博士論文がもとになった本(深田[2013])がある。
 そしてそのずっと前、新田に初めて私たちが聞き取りをした一九八〇年代の後半、一九九九年に突然若くしてなくなった高橋修に、三回聞き取りをした。高橋は一九九一年設立の「自立生活センター・立川」の最初の代表他を務めた。新田と「要求者組合」でともに、やがて分かれて「全国障害者介護保障協議会」その他で活動した。他の人が行った聞き取りもあった。それで、その記録をもとに彼が亡くなった後文章を書けた(立岩[2001])。
 そして、本誌に掲載された大野萌子と山本眞理のインタビューを本にする。これは『精神病院体制の終わり』でも予告した。来年には出してもらおうと思っている。
 そして関西の方面。以前『闘争と遡行』(立岩・定家編[2005])を出して今は電子書籍で――というほどでない、ただのワードのファイルだ――をサイトから売っている。その改版も行ないたいのだが、それと別に楠敏雄についての情報を集めてまとめた。楠は「全国障害者解放運動連絡会議(全障連)」の二代目の代表幹事――一九七六年結成のこの組織の最初の代表幹事は横塚晃一――他を務めた。楠については私の勤め先の大学院生の岸田典子が研究をしている。そんなこともあって資料集(立岩編[2014])を作った。
 もう一人、大賀重太郎は神戸大学中退という人だが、全障連他の活動に関わり、長く東京で裏方の仕事をずっとしてきた。阪神淡路大震災の時、東京から兵庫に戻って活動した。最近『大震災の生存学』(天田・渡辺編[2015])が出て――私の担当した章の題は「田舎はなくなるまで田舎は生き延びる」(立岩[2015b])――その中で彼といっしょに兵庫で仕事をした野崎泰伸の文章(野崎[2015])に大賀のことが書かれている。また同じ本に収録されている佐藤恵の文章(大賀はO氏になっている)やその著書(佐藤[2011][2015])にも、佐藤も関わった調査を報告する他の何冊かの本にも出てくる。
 こうして、私や私の周りでいくらかのことがなされている。とくに二〇一五年は幾つかの仕事が重なり、昔話をする年になった。これまで私は七〇年前後以降に限ったことを書いていたがそれでよいと思っているわけではない。それで六〇年代初期に関わる資料集も作った(立岩編[2015])。そして私自身は、調べる時間があれば、私ごとを含めて書いていけばいくらも書けるのだろうが、他の仕事がその分できなくもなって、困る。しかし必要なのではある。必要かどうかわかる前に、様々が無くなり、亡くなっている。だから急がざるをえない。それで今回のような文章も書かざるをえないことになる。理解される話だと思う。そのように判断されないとなると(ここ数年そうだった)、どうしたよいのか私にはわからない。」

■組織 ※これから

0の会
「全国「精神病」者集団」


 
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■申請書類について

◆立岩 真也 2016/09/01 「七・二六殺傷事件後に」,『現代思想』44-17(2016-09):196-213

◇2016/08/23 「事件後に1――「身体の現代」計画補足・195」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1767137586886554
◇2016/12/10 「『わらじ医者の来た道』と(書評リプライ06)――「身体の現代」計画補足・272」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1816221031978209

 「★02 […]『精神病院体制の終わり』は今終わりつつあることを書いたのではない。現在における繁盛にもかかわらず終えることはできるということ、そしてそのための条件を述べた。
 こうしてすこし古い話をした、古いところから始めたのではあるが、まったく今の現実のことでもあることを思い知ることにもなった。今年になって、認知症の親の医療保護入院に立ち会うことにもなった。また別の人のありうる転院先として「十全会病院がありますが」、という話を聞いた。このようにことは運ぶのかと思った。
 新しい歴史を調べて書くべきことについては、(二〇一六年度についても)採用されなかった科研費応募書類から転記した「病者障害者運動研究」([2015/12/01])他で述べている。」

◆立岩 真也 2017/03/** 「『精神病院体制の終わり』書評へのリプライ」,『解放社会学研究』

◇2016/12/11 「科研費にも応募しているのだが(書評リプライ07)――「身体の現代」計画補足・273」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1817037998563179

 「■リプライの前に・1
 […]
 そして私は、こういうそんなに古くない昔話が少なすぎると思っている。精神医療史の著作というのはけっこうあるのだが、それらの多くは戦前についてのものであり、戦後でも1960年代前半あたりで止まってしまうものが多い。それにはそれなりの理由があってその事情については『造反有理』(立岩[2013b])を参照のこと、なのだが、特段の事情がない領域でも、ここ50〜60年ほどの現代史研究は進んでいない。それはよろしくないと思い、科研費にも応募しているのだが、もう6年だったか続けて落とされている。それもよくないと思い、大切だと言い続けていくし、仕方がないから金がなくても調べて書くことを続けていくことになる。本書もまたそうした仕事の一部である。この本の(とくに第T部の)もとになったのは『現代思想』での連載だが、本書になった部分の後、今は戦後、おもには1960年以降の、結核、筋ジストロフィー、重症心身障害児、国立療養所、「難病」、患者運動、親たちの運動…といったあたりを書いている。そのうちこれも本になる。そして、「精神」関係の2冊の間、2014年に出版してもらった『自閉症連続体の時代』(立岩[2014])はもっと「最近」の歴史を追った本だ。といっても始まる場所は1990年代前半。もう20年よりは長い時間が経っている。優に1冊分にはなるし、なった。」


 
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■寄贈書籍・資料の受け入れ

尾上 浩二氏より寄贈していただいたもの
椎木章氏より寄贈していただいたもの
 リスト作成:堀智久
広田伊蘇夫氏より寄贈していただいたもの
 →広田伊蘇夫氏蔵書
福永年久氏貸与資料
 整理:青木千帆子権藤眞由美定藤邦子・他
 福永資料についてはすべてコピー→かなりの部分スキャン済/リストは未作成
吉川勇一(1931〜2015)氏蔵書 2014.夏
◆星野征光氏 2015
大谷いづみ氏 『現代思想』他
野崎泰伸
寺本晃久氏 2015?
木村健一氏 2016.7

 →報告書・資料等

□cf.

◆立岩 真也 2014/08/29 「今のうちにでないとできないこと(『造反有理』前後/広田伊蘇夫文庫)――「身体の現代」計画補足・3」
 https://www.facebook.com/ritsumeiarsvi/posts/1477360962530886
◆立岩 真也 2015/06/01 「生の現代のために・3――連載 112」『現代思想』43-10(2015-6):8-19

 「□資料をもらいうける
 使うためにはその資料がなければならない。国会図書館がもちろん一番あてにはなるが、使い勝手はよくない。そして、出版社から出されたものでないものなら、わざわざそこに送られたもの以外はそこにはない。主題によるが、研究機関にもないものはない。
 そして、個々の人や組織のもとにあるものがある。それらを整理したほうがよいだろうとは思いながら、多くの人は忙しいから、たいがいそんな手間をかける暇はない。そして、その人たちとともに、あるいはしばらくたって、あったものが失われることも稀ではない。
 ただ、記したようなことをしていると、書かれたもの刊行されたものを集めたがっていることを知る人がいる。それで、「センター」の方に、これまで幾人かの人たちから寄贈を受けている。精神医療の関係では、二〇一一年に亡くなった広田伊蘇夫の蔵書を、彼に関係した人の仲介でもらいうけた。その前後、尾上浩二、椎木章、福永年久、吉川勇一、星野征光といった人たちから書籍・資料を贈与あるいは貸与されている。尾上からはDPI(障害者インターナショナル)日本会議事務局長就任に際しての引っ越しの折に報告書等を、また二文字・椎木編[2000]の編者でもある椎木からは七〇年代以降の大阪での部落解放運動と障害者運動との関連に関わる冊子等をいただいた。福永からは兵庫・大阪青い芝の会関連他の膨大なそして細々とした資料を貸与された。ベトナムに平和を!市民連合(ベ平連)の事務局長だった古川からはそれにまつわる書籍の一部(その組織に関わる資料は別途立教大学に寄贈されている)をいただいた。大阪・高槻市の光愛病院に長く務めた星野からは『精神科医共闘ニュース』のコピー他を提供された★07。
 所謂活字媒体のものばかりというわけではない。ウェブ上にある情報も確実に保存されるとは限らない。むしろこれから消えてなくなるものが多いだろう。そのなかに残っていってほしいものがある。
 これまで私が関わってきたところでは、ALSの人で逝去された西尾等(一九四九〜二〇〇二)が作成していたホームページが閉鎖されたおり、そのファイル群の寄贈を受けそれをそのまま収録してもいる(西尾[1999-2002→2003]、こちらのサイト内を「鳥のように風のように」で検索)。またやはりALSの佐々木公一は著書(佐々木[2006])や修士論文(佐々木[2009])もある人だが、二〇〇〇年からメールマガジンを出し続けている(佐々木[2000-])。それを再録している。そのバックナンバーの全体は、もう本一冊分ほどにはなっている。

★07 このうち、広田から寄贈されたものについては提供者側からの資料をもとに作ったリスト、椎木のものについては堀智久(著書に堀[2014])が作成したリストを掲載している。光愛病院が関西における精神医療改革の拠点の一つであったことについては桐原・長谷川[2010])。
 これらのいただきものやその整理についてはフェイブックでの連載(HPに再録)[2014-]で記している。例えば以下。「今のうちにでないとできないこと(『造反有理』前後/広田伊蘇夫文庫)」((3)・ 2014/08/29)、「レア文献」((6)・2014/09/21])、「資料について、の前に、書いてしまったもの幾つか」((7)・2014/09/26])、「尾上浩二さん・広田伊蘇夫さんからのいただきもの((10)・2014/10/06)、「不定型な資料を整理し始めたこと〜横田弘一九七四」((14)・2014/12/20)、「不定型な資料をまとめ出したこと」((15)・2015/01/08)。」

◆立岩 真也 22015/08/01 「生の現代のために・6――連載 115」『現代思想』43-(2015-8):-

◆立岩 真也 2015/07/01 「生の現代のために・5――連載・114,『現代思想』2015-7

「★01 人が失せていくことについて『造反有理』(立岩[2013b])で幾人かを挙げ、その後の「補記」をだいぶなおして本(立岩[2015a])にするが、そこでさらに幾人かをあげ、そしてこの「生の現代のために」でも幾人かを加えた。その後、ここでの主題から直接には離れるが、この五月二八日、ベ平連(ベトナムに平和を!市民連合)の事務局長を務めた吉川勇一が亡くなった(一九三一〜二〇一五、著書に吉川[1991]他)。その前年、吉川から蔵書寄贈の申し出をもらい、その夏、『沖縄闘争の時代1960/70――分断を乗り越える思想と実践』(大野[2014])の著者である大野光明とともに自宅に伺い、本を見せてもらい、そしていただいた。(いただいたのは関係者の著作などの書籍。ベ平連の資料は立教大学に寄贈され保存されていると聞く。)
 岩波書店からシリーズ「ひとびとの精神史」全九巻――私は第5巻で横塚晃一について書くことになっている(立岩[2015b])――が刊行されることになっていて、吉川は第4巻(苅谷編[2015])でパンフレットには「□□□□――米兵とともに」とある章を(□□□□には人名が入るのだが、私が添付ファイルでもらったパンフレットにはまだ、吉川の担当分だけ、人名は入っていなかった)を書く予定になっていたが、書けなかったのではないかと思う(確認はしていない)。」

□他で所蔵 ※他御存知のものお知らせください

◆南部障害者解放センター
 http://www18.ocn.ne.jp/~nanbu123/
・書籍等リスト
 http://www18.ocn.ne.jp/~nanbu123/bl.pdf
・パンフレット等リスト
 http://www18.ocn.ne.jp/~nanbu123/pl.pdf

□HP上の情報

◆新解放理論研究会『マハラバ文庫』
 http://homepage2.nifty.com/maharababunnko/maharaba.html


UP: REV:20161115, 19, 27, 1204, 06, 07, 10, 11, 13 .. 23 .. 20170130, 0216 ... 0501
歴史  ◇病者障害者運動史研究  ◇  ◇索引 
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