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東日本大震災 障害者関連報道 2012年7月

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災害と障害者・病者:東日本大震災

 last update:20121127
新聞記事見出し

新聞記事本文
◇福祉フォーラム:災害時知的障害者支援−−盛岡で来月6日 /岩手
(2012.08.30 毎日新聞地方版/岩手) 
 知的障害のある人たちへの災害時の支援のあり方を考える福祉フォーラム「支援が必要な人たちの災害時の備え、どこまで進んでいる?」が来月6日午前10時半から、盛岡市西部公民館で開かれる。
 当事者の親たちでつくる市内の福祉団体「すまいる倶楽部」が主催。基調報告として県障害福祉課の担当者が現状を説明し、養護学校でPTA活動をしている保護者や、通所施設の施設長がそれぞれの取り組みを事例発表する。最後には市の担当者も加わりパネルディスカッションを行い、聴講者とも意見交換する。同団体の小田島佳子代表は「震災から1年半がたち、対策が進んだところ、不十分なところをみんなで共有したい」と話している。
 聴講は誰でも可。無料。問い合わせは同団体(電話090・7524・6807)。【山中章子】


◇災害支援バンダナ:聴覚障害者を支援 深谷市が作製、無料配布 /埼玉
(2012.08.30 毎日新聞地方版/埼玉) 
 災害時に聴覚障害者が支援を受けられるように、深谷市が災害支援用バンダナ=写真=を作製した。「耳が聞こえません」などの表示が見えるように首に巻いたり頭にかぶったりすることで、周りの人たちに気付いてもらうことができる。9月10日以降、希望者に無料配布する。バンダナには紫とピンクを配色し、55センチ四方。対角コーナーに「耳がきこえません」「手話ができます」と記している。たたみ方を変えることで、聴覚障害者も手話通訳者も使用できる。
 聴覚障害は外見では分かりづらく、災害時に周囲の手助けや避難情報が届きにくいことから、東京都墨田区が08年に専用バンダナを製作した。デザインを統一して全国に広まっており、県内では熊谷市も作製している。市内在住や在学・在勤者の聴覚障害者や市の手話通訳登録者に配布する。問い合わせは、市障害福祉課(電話048・571・1211)。【大平明日香】


◇死者「11万人」の衝撃:南海トラフ・被害想定/上 死者数の9割「津波」 下田で最大33メートル(その2止) /静岡
(2012.08.30 毎日新聞地方版/静岡) 
 ◇災害弱者対策が急務 浸水域の施設、輸送など課題
 津波による浸水が予想される病院では患者搬送に必要な車両などの輸送手段が限られるなど、病人、高齢者、障害者ら災害弱者に向けた防災対策が急務となっている。
 県健康福祉部政策監によると、県は在宅の65歳以上の独居高齢者や障害者手帳1・2級所持者などを「災害時要援護者」とし、市町に避難支援計画の策定を指導している。県によると、要援護者のリスト掲載者は約26万人。県内35市町は昨年度末に全体計画を作り終え、個人の避難支援の個別計画を25市町が策定済みという。
 県は「計画を立てれば終わり、ではない。だれがだれを連れて行くか、は地域の力に掛かっている。日ごろから地域力を高めてほしい」と強調する。
 また、県障害者政策課によると、県の第3次被害想定の浸水区域内にある障害児・者の施設や事業所は17カ所。今回の国の想定を受け、さらに増える可能性がある。同課は「移転を考えている施設もあるが、福祉は地域に密着したもの。簡単に他の地域に移れない事情もある」と明かす。
 医療施設では、下田市に5月に開設したばかりの下田メディカルセンター(同市六丁目)は、最大の津波が来た場合、最大水深8・24メートルまで浸水する、とされた。高さ1メートルの津波の到達予想時間は21分5秒。同病院を運営する一部事務組合の須田洋一事務局長は「精査して検討する必要がある。現在はベッド約100床中、60〜70は患者さんがいる。全員運べるだけの救急車もない。屋上に避難することになるだろうか」と、深刻な表情で話した。【扇沢秀明】
 ◇静岡市・焼津市「2分」に衝撃 浜松市「意識高める契機」
 地震発生後最短2分で高さ1メートルの津波が押し寄せると示された静岡市は東日本大震災以降、「5分で500メートル逃げる」を目標に訓練を重ねてきた。この目標を上回る2分という数字に、田辺信宏市長は「今回の想定の中で一番衝撃的だ」と驚きを示した。市防災対策課は「今まで避難を予定していた所から、さらに高い所へ逃げる意識を浸透させる必要がある」と指摘する。
 同じく最短2分で津波が到達するとされた焼津市の担当者は「今回示された最大11メートルの津波が2分で来るわけでないことを市民に正確に伝える必要がある」と話す。同市の海岸線は15・5キロあり、三つの港を除いた約3分の2の海岸で海抜6メートルの堤防が整備されている。1メートルの津波が来ても直ちに逃げ切れないわけでない。また、同市は海抜12メートルの津波避難タワーを建設する方針を示しており「堤防で津波を防いでいる間に十分に逃げられるだろう」としている。
 住民の受け止め方はさまざまだ。清水区で一番高い11メートルの津波が襲うとされる地区の9農園で構成する「まるぞういちご狩り組合」の大石末廣組合長(61)は「2分は驚きだが、畑は高台にあり、十分逃げられると思う」と話す。一方、焼津港の近くに住む女性(81)は「海も川も近くにあるので、たとえ1メートルの津波でも怖い。膝も悪いので、早く逃げるのは難しい」と不安を隠さなかった。
  ◇   ◇ 
 浜松市は海に面した西、南区を中心に今回の想定浸水域は県の第3次被害想定の約4倍に拡大した。ただ市は「2メートル以上の高さの区域はそんなに広くはない」と冷静に受け止めている。
 市は今年3月、03年の中央防災会議のデータを元に、マグニチュード(M)最大9・0を想定した遠州灘での津波浸水域の解析をした。「今回の浸水域は、それとよく似ていて考え方としては間違っていなかったと思う」(市危機管理課)と話す。今後は「(避難ビル整備などの)対策は今まで通りに進めたい」。地域住民に対しては「(数字は)避難意識を高めてもらうためのシグナルととらえており、丁寧に説明したい」としている。
 また西区では海岸近くを走る新幹線への影響が心配されるが、市は「図を見る限り中区の浜松駅は浸水域外」とし、高架の水没などもないとみている。
 29日、同区の海に近い公園にいた区内の男性(80)は孫3人が西区と南区の高校に通学。「孫が学校で津波に遭ったら、逃げられるのか大変心配だ」と話した。【小玉沙織、山本佳孝、沢田均】
 ◇中小企業「移転難しい」 沿岸に多く立地、資金余裕なく
 県内は沿岸部に多くの企業が立地する。今回の被害想定に、県商工会議所連合会の後藤康雄会長(はごろもフーズ会長)は「東日本大震災以降、企業の内陸シフトは進んでおり、今回のデータも内陸移転を検討する上での一つの判断材料になるだろう」と指摘する。
 しかし、企業の移転は容易ではないのが現状だ。最大12メートルの津波が襲うとされる磐田市内の沿岸部に立地する中小企業の社長は「そんな津波が来たら、あきらめるしかない」と嘆く。避難場所には近くの小学校が指定されているが「歩いて行くには30分かかる。工場の屋根(高さ10メートル)に逃げようと思っているが、建物が津波に耐えられるか」と不安を募らせる。周辺には大手自動車メーカーの下請け企業が多く立地しており、「多くは資金に余裕はない」と語る。
 こうした声に対し、後藤会長は「すでに行っている事業継続計画の無料相談を通して、災害復旧だけでなく事前の防災対策についてもサポートしたい」と話した。【小玉沙織】
 ◇浜岡原発 地元、中電に対策要求 川勝知事、防波壁「考え直して」
 中部電力浜岡原発のある御前崎市。津波高の想定最大値は、3月発表時の21メートルから19メートルへと2メートル低くなった。21メートルの想定について「数字が独り歩きしている」と困惑をあらわにしていた石原茂雄市長は今回、「県と緊密に連携して地域防災計画へ盛り込み、早い時期に市民に示したい。中部電力はしっかり評価・検討して、必要な対策があれば早急に講じてもらいたい」とのコメントを出した。
 一方、川勝平太知事は中電が津波対策としての建設中の防波壁(海抜高18メートル)について、「防波壁は(福島第1原発を襲った)15メートルを想定して作られており、はるかに上回る19メートルの津波が来るとわかった以上、もう一度考え直すべきだ」と中電に再検討を求めた。
 市議会が永久停止を決議した牧之原市の西原茂樹市長も、今回の想定で示された津波高19メートルが防波壁の高さを上回ると指摘。「命もふるさとも奪われることを考えれば、永久停止の考えが変わることはない。使用済み燃料の安全な保管を考えると、津波対策工事の早期完成を希望する」とのコメントを出した。【舟津進、小玉沙織】
 ◇松崎署、下田署に統合検討 浸水被害を懸念−−県警
 県警警務課は29日、最大16メートルの津波が想定された松崎町の松崎署(同町江奈)について、下田署に統合し、分庁舎とする案を検討していることを明らかにした。同署は1967年完工、現在県内の警察署中最も古い建物で、海抜1〜2メートルにある2階建て。東日本大震災後の11年8月、近くの高台にある介護福祉施設(海抜約50メートル)を災害時に警備本部として借りる提携を結ぶなど対策を進めてきたが、県警の中には、「すぐに津波が来たら警備本部の移動も厳しいのではないか」と危ぶむ声があった。
 ただ統合先となる下田署(下田市東中)も津波による浸水被害が想定される。湖西署(湖西市新居町新居)、細江署(浜松市北区細江町気賀)など津波で被害を受ける恐れの他の署の対策も含め、今後全体的な計画を検討していく。
 県警は05年に出した警察署の整備・再編計画に基づいて100人未満規模の警察署の統合を進め、蒲原、水窪、森の各署を分庁舎とした。【平塚雄太】
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 ◇被災ケースごとの県内の最大被害想定◇
 大すべり域        死者数     建物全壊数
駿河湾から紀伊半島沖 11万5600人 32万 100棟
紀伊半島沖から四国沖  1万8400人 29万1200棟
四国沖         1万7000人 29万1100棟
四国沖から九州沖    1万6800人 29万1100棟
 ※「大すべり域」は大きな断層すべりが生じた領域
 中央防災会議が公表した複数の想定のうち、県内に最大の死者数、建物全壊数が出るケースを抽出した
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 ◇高さ1メートルの津波の想定最短到達時間◇
 2分 焼津市
    静岡市清水区
 3分 富士市
 4分 静岡市駿河区
    沼津市
    伊豆市
    南伊豆町
    松崎町
    西伊豆町
    吉田町
 5分 浜松市南区
    磐田市
    御前崎市
 6分 牧之原市
    掛川市
    袋井市
 7分 浜松市西区
 8分 湖西市
13分 下田市
18分 東伊豆町
    河津町
19分 伊東市
24分 熱海市


◇東日本大震災:県の沿岸13自治体、障害者の死亡率2.5倍 大半が津波による溺死−−支援団体資料集計 /宮城
(2012.08.29 毎日新聞地方版/宮城) 
 ◇逃げ遅れた可能性
 県の沿岸13自治体で障害者手帳所持者の3・5%にあたる1027人が東日本大震災で亡くなり、死亡率が住民全体の2・5倍に上ったことが分かった。障害者支援団体「日本障害フォーラム宮城」の資料から共同通信が集計した。大半が津波による溺死とみられる。死亡率が15%以上の自治体もあり、沿岸部に住む多くの障害者が津波から逃げ遅れた可能性がある。
 東日本大震災では多くの障害者が津波で逃げ遅れ、犠牲になった。障害者支援団体は「災害時には地域ぐるみで避難を支援する仕組みが必要」と指摘する。
 「歩行困難な障害者が避難する場合、手伝う人が欠かせない」。石巻市の主婦、伊勢理加さん(45)は、三女知那子さん(15)に重度の心身障害がある。震災後、家族4人で自宅近くの小学校に避難。車に乗り込む時など知那子さんを家族が抱えて移動した。
 しかし災害発生時にいつも周りに人がいるとは限らない。「被災地障がい者センターみやぎ」の及川智代表は震災で多くの障害者が亡くなったのは「家族の不在や施設職員の手が回らなかったため」と分析。災害時に近所の人々が障害者宅を訪れ、避難を補助する体制づくりが必要と訴える。
 とはいえ現実は容易でない。そもそも近所にどのような障害者がいるか把握できていない場合が圧倒的だ。「障害者は家の中だけで世話するという考え方が根強く、地域との関わりは希薄」と及川代表。
 伊勢さんは「地域とのつながりがあれば、避難後の生活もやりやすくなる」と指摘。障害者やその家族が町会の行事に参加するなど、日ごろから地域社会に積極的に関わっていくことが重要としている。
 ◇避難支援、地域ぐるみで
 福島県でも沿岸10自治体で100人を超す障害者が死亡。フォーラム宮城は「震災被害を検証し、障害者ら要援護者の避難体制を見直す必要がある」としている。
 同様に津波被害を受けた岩手県沿岸部については、県が犠牲者数をまとめておらず、数字を把握できていない。
 フォーラム宮城は宮城県のデータを基に、障害者の犠牲者数を調査していない仙台市と亘理町を除く13自治体の数値をまとめた。
 それによると、今年3月時点で13自治体の住民62万6926人のうち震災犠牲者数は8499人で、死亡率は1・4%。一方、震災前の障害者手帳所持者は計2万9185人(複数の手帳を持つ重複所有者含む)で、1035人の死亡が届けられたが、重複を除く実数は1027人。
 障害者全体の死亡率は3・5%で、手帳の種類別では、身体障害者が3・9%と、精神障害者の3・1%、知的障害者の1・5%より高かった。
 最も死亡率が高かった自治体は女川町で手帳所持者520人のうち81人が死亡し15・6%。南三陸町は13・3%だった。
 福島県沿岸10自治体では、津波をかぶった住宅密集地が少なかったこともあり、障害者手帳所持者の死亡は119人、死亡率は0・46%。
 フォーラム宮城の株木孝尚事務局長は「自然災害はみなに平等に訪れるが、人的被害の結果は平等ではなかった」と話している。
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 □ことば
 ◇障害者手帳
 障害がある人に居住地の都道府県知事らから交付される手帳の総称。「身体障害者手帳」のほか「精神障害者保健福祉手帳」、知的障害者のための「療育手帳」がある。手帳の提示により、交通機関の料金の割引や税の控除などさまざまなサービスを受けられる。身体障害者手帳の場合、申請には指定医の診断書が必要で、都道府県や政令市、中核市が障害の等級を判定する。


◇東日本大震災:復興住宅戸数、仙台市が上方修正 2800戸を3000戸に、民間から買い取りも /宮城
(2012.08.28 毎日新聞地方版/宮城) 
 東日本大震災の被災者を対象にした災害公営住宅(復興住宅)について、仙台市は27日、供給目標戸数を2800戸から3000戸に上方修正する方針を発表した。このうち1380戸は、設計・建設する民間企業を公募し、市が買い取る方式で整備を進める。
 市は5、6月に入居の意向調査を実施。入居希望の約3500世帯の収入や世帯の状況を踏まえ、目標供給戸数を増やした。ただ、市外の被災者が今後さらに流入して入居希望者が増える可能性もあり、市は今年度内に再度、意向調査を行う。
 民間企業からの買い取り方式で整備する1380戸については、荒井・六丁の目駅周辺など8地区が候補。各地区の整備戸数などを確定した上で、12月末から公募を始める。
 また、市はこの日、入居者の決定方法について、市の防災集団移転促進事業の対象世帯となる「優先入居」▽障害者や高齢者、一人親世帯など、住宅確保に配慮が必要な「優先順位枠」▽震災や原発からの避難で住居を失うなど、入居資格がある「一般抽選枠」――の3区分に分ける方針を発表した。
 「優先入居」の対象者は公募ではなく優先的に入居可能とし、「優先順位枠」は一定の枠を設定した上で公募。「一般抽選枠」は、世帯の属性や現在の居住場所などの条件を当選の確率に反映できる仕組みを設け、抽選で決めるという。
 奥山恵美子市長はこの日の記者会見で「被災者が早く安心して暮らせるよう、民間の力を活用しながらスピードアップに最大限努めたい」と述べた。【宇多川はるか】


◇災害情報 無料配信アプリ FMしまばら、スマホ用に開発=長崎
(2012.08.28 読売新聞西部朝刊 長崎)
 ◎今月から運用、ラジオも聴ける
 島原市やその近隣をエリアとするコミュニティーラジオ放送局「FMしまばら」(島原市白土町、88・4メガ・ヘルツ)が、スマートフォン用の防災アプリケーションソフトを開発し、今月から運用を開始した。緊急時には携帯端末に災害情報が自動で表示され、画面を押せばラジオ放送につながって詳報が聴ける仕組み。(若林圭輔)
 ソフト名は「FM++」(エフエム・プラぷら)で、利用は無料。鹿児島県鹿屋市のIT関連会社「スマートエンジニアリング」と共同開発した。通知機能とインターネットを使う「IPサイマル放送」が同時にできるシステムは全国初という。
 東日本大震災で、地域防災行政無線や、家庭や事業所に設置する受信端末だけでは十分に災害情報が伝わらなかった事例を踏まえ、スマートフォンを携帯していれば手軽に情報を得られるようにした。
 行政から島原市周辺に関する警報などが発せられると、同局が情報を利用者の端末に配信する。端末を振動、点滅させる機能もあり、聴覚障害者も利用できるよう配慮した。平常時は端末からラジオ放送を聴くことができる。
 ソフトはアプリの配信サイトからダウンロードする。現在、利用できるのはソフトバンクモバイルとKDDI(au)などで取り扱っているiPhone(アイフォーン)。今後、対象の機種を増やしていく方針。
 全国のコミュニティーFM局や自治体に対しても、システム導入の初期費用が20万?30万円と安い点や、スマートフォン利用者に広告や情報発信を幅広くできる利点をPRして導入を働きかける。
 同局の清水真守社長は「防災システムの種類を増やすことで、災害から人命を守る可能性が高まる。多くの人に利用してもらいたい」と話している。問い合わせは、同局(0957・62・0885)へ。
 

◇災害時受け入れ 特養10施設指定 真庭市=岡山
(2012.08.25      読売新聞大阪朝刊  岡山2)
 真庭市は、災害時に高齢者や障害者、妊婦らを受け入れる福祉避難所に、市内の特別養護老人ホーム計10施設を指定し、運営する7社会福祉法人と協定を結んだ。
 10施設で計100人の受け入れが可能。各施設とも、土砂災害危険箇所の対象外で、指定要件の耐震・耐火構造やバリアフリー化に対応している。調印式は市役所であり、井手紘一郎市長が「行政、社会福祉法人一体となって有事に備えたい」とあいさつした後、施設側を代表して特別養護老人ホーム「千寿荘」(真庭市蒜山上長田)の小泉立志荘長が「困っている人に援助するのが使命。地域に役立つ福祉施設でありたい」と述べた。


◇協定:介護施設と平塚市、災害時に高齢者受け入れで /神奈川
(2012.08.25 毎日新聞地方版/神奈川) 
 平塚市は24日、湘南地域で福祉介護施設を運営している「ユーミーケア」と災害時の要援護高齢者の緊急受け入れ協定を締結した。大規模地震発生時などに、同社が運営する平塚市の介護付き有料老人ホームなど9施設で約300人を受け入れる内容。
 避難所での生活が困難な高齢者や障害者は県立平塚ろう学校など五つの福祉避難所が受け入れるが、対象者が多い場合などは今回契約を結んだ施設が受け入れる。談話室やサロンなど共用部分が避難者用に提供される。
 落合克宏市長は「高齢者にとって大きな安心につながる」と話し、高橋正社長は「これだけの資源を何とか活用できないか考えていた。職員も駆けつけて対応する」と説明した。【渡辺明博】


◇福祉避難所:災害時に設置 4団体と伊賀市が協定 /三重
(2012.08.25 毎日新聞地方版/三重) 
 伊賀市は24日、市内の社会福祉法人4団体と、大規模災害発生時に「福祉避難所」を設置・運営する協定を結んだ。要援護者の受け入れ可能な施設は計24施設に拡大した。
 青山福祉会▽あやまユートピア▽グリーンセンター福祉会▽洗心福祉会――の6施設。高齢者や障害者ら要援護者を受け入れる態勢を整備する。【矢澤秀範】


◇台風12号“1年”発起:被災を越えて/3 災害時要援護者 /和歌山
(2012.08.24 毎日新聞地方版/和歌山) 
 ◇避難支援に官民連携
 「避難準備情報が出てるけど、避難所に一緒に行きませんか」。台風4号が県内に接近中だった6月19日、那智勝浦町井関地区の会社員、三隅盛弘さん(48)は自力避難が困難な高齢者宅を一軒一軒回っていた。応じた人を自分の車に乗せ、町内に2カ所ある指定避難所まで運ぶ。自発的なボランティア。台風12号前は避難に無関心だったという反省と悔恨が動機だった。「もっと早く逃げていれば助かった人は多いはず。すぐに避難させることができる態勢を作りたい」と言う。
 台風12号での町内の死者・行方不明者(災害関連死含む)は計29人。那智川沿いでは土石流が次々と家屋を飲み込んだ。現在も本支流に岩や土砂が不安定な状態で残っているため、昨年9月〜今年6月末に計11回もの勧告などの避難情報が出された。井関区の石井康夫区長(57)は「住民は不安が大きいが、避難疲れも募っている。避難率も徐々に下がってきている」と顔をしかめる。
 そこで町と井関地区、近隣の市野々、八反田地区は5月、車を持っておらず介助が必要な「自主避難困難者」を登録し、公用車と住民の車で手分けして避難所に連れて行く「官民共同」の取り組みを始めた。井関地区の住民約400人のうち、高齢者は3〜4割。独居で交通手段を持たない住民も多く、町総務課の田代雅伸企画員(55)は「行政も積極的に取り組まなければいけない」と話す。
 井関地区では避難準備情報か勧告が発令された場合、住民有志やボランティアらが地区の災害対策拠点に集合。石井区長が町職員と連絡を取りながら、それぞれが避難呼び掛けに回っている。素直に応じる人もいれば、「大丈夫やろ」「避難所はしんどい」と渋る人もいる。説得する間にも、手分けして回る仲間から「あそこの家行ってくれへん?」と携帯電話に連絡が入る。石井区長は「今は有志でやっているが、今後は区として組織的にやっていきたい」と充実を目指す。
 9月以降の台風シーズン本格化を前に、自主避難困難者の把握を完了させる予定。市野々、井関地区は6〜7月、避難についてのアンケートを全戸に実施した。回答者のうち「避難しない」と答えた人は約2割。その理由として目立ったのは▽自宅2階に避難する▽何度も避難するのは面倒▽避難所が遠い――などだった。二度と犠牲を出さないために、いかに早く安全に避難させるか。模索が続いている。【岸本桂司】
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 ◎メモ
 ◇支援プラン策定
 高齢者や障害者といった「災害時要援護者」の支援は大災害につきまとう課題だが、過疎の中山間地を襲った台風12号後、改めて有効な対策が求められている。新宮市は今年6月、災害時要援護者避難支援プランを策定。避難に支援を要する、おおむね75歳以上のみの世帯の高齢者らが対象で、市や民生委員・児童委員、専門支援機関などの役割を定めた。市は災害時要援護者支援班を設置する、としている。


◇ヘッドマウントディスプレー、聴覚障害者に字幕情報、エプソンなど実験。
(2012/08/24 日経産業新聞 4ページ)
 セイコーエプソンは眼鏡のように装着して映像を視聴する自社製のヘッドマウントディスプレーを使って聴覚障害者を支援するシステムの実験を26日に実施すると発表した。新日鉄ソリューションズなどと組み、静岡県の施設で災害時の避難に役立つかどうかを確認する。
 ヘッドマウントディスプレー「MOVERIO(モベリオ)」=写真=と新日鉄ソリューションズが開発した「字幕表示アプリケーション」を組みあわせ、災害情報や避難情報をディスプレーに表示する。シースルータイプで外部の状況と避難経路などを同時に認識でき、両手も自由で安全に避難できる可能性があるとみている。
 静岡福祉大学(静岡県焼津市)、特定非営利活動法人(NPO法人)の長野サマライズ・センター(長野県塩尻市)と共同で実施する。モベリオは昨年11月に発売。業務用や教育用に広げるため、企業や大学と連携してソフトウエアと組み合わせて幅広い用途での利用を提案する方針。7月にも神戸大学で実証実験を実施している。
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◇エプソン、眼鏡型映像視聴システム、聴覚障害支援の実験。
(2012/08/23 日本経済新聞 地方経済面 長野)
 セイコーエプソンは22日、眼鏡のように装着して映像を視聴する「MOVERIO(モベリオ)」を使って聴覚障害者を支援するシステムについて実証実験を実施すると発表した。新日鉄ソリューションズなどと共同で災害時の避難支援に役立つかどうかを実験する。一般向けの同製品を業務や教育用途に広げる方針で、他社との協業などで開発を加速する。
 新日鉄ソリューションズが開発した「字幕表示アプリケーション」とモベリオを組みあわせ、災害情報や避難情報を表示する。シースルータイプで外部の状況と避難経路などを同時に認識でき、両手も自由で安全に避難できると期待している。
 静岡福祉大学(静岡県焼津市)、特定非営利活動法人(NPO法人)の長野サマライズ・センター(塩尻市)と共同で、26日に実施する。実施後はアンケートなどで効果を確認する。
 モベリオはヘッドマウントディスプレーと呼ばれる製品で、昨年11月に一般向けに発売した。企業や大学と連携してソフトウエアと組み合わせて幅広い用途での利用を提案。7月にも神戸大学で実証実験を行っている。


◇けんこうナビ:千曲市、障害者や独居高齢者に「命のカプセル」配布へ 緊急連絡先など保管 /長野
(2012.08.23 毎日新聞地方版/長野) 
 千曲市は10月から、独居の高齢者(65歳以上)や障害者に対して、緊急時の連絡先などを記載した用紙を入れる「命のカプセル」の配布事業を始める。独居の高齢者らの場合、緊急通報や災害時などに、本人から親族の連絡先などを聞き取れないことが多いことから、親族の連絡先やかかりつけ医などの情報を記した「緊急時連絡カード」をカプセルに入れて保管してもらう。約2500人に配布を予定している。
 事業は県の補助事業を活用し、予算は60万円(6月補正)。カプセルは長さ約20センチの筒状で、直径は約6センチ。置き場所を統一するために冷蔵庫での保管を求め、連絡カードと共に、保険証コピーと飲んでいる薬の情報のメモも入れてもらう。
 10月から各区長や民生児童委員らが配布する。市高齢福祉課は「高齢者らが緊急搬送されて親族の連絡先が分からない場合は、市に問い合わせが来るが、夜間や休日は対応が遅れてしまう。治療に親族の同意が必要な状況があり、カプセルがあることで迅速に連絡が取れる環境を整えられる」と強調した。【渡辺諒】


◇青少年交流の家 福祉避難所に 大田市、災害時協定=島根
(2012.08.23  読売新聞大阪朝刊  島根)
 大田市と国立三瓶青少年交流の家(同市山口町)は22日、災害時に、交流の家を福祉避難所として利用するための協定を結んだ。災害が起きた際、介護を必要とする高齢者や障害者らを受け入れる。同市では初めての協定締結となる。
 協定書には、避難者を受け入れてもらう際、市が看護師や介護員などを確保したり、日常生活品や食料、医薬品などの物資調達に努めることなどが盛り込まれている。市役所で、竹腰創一市長と吉留義史所長が協定書に調印。竹腰市長は「災害が発生した場合、迅速に要援護者を避難させることは市の責務」とあいさつ。吉留所長は「交流の家には福祉避難所として十分な機能がある。最大限活用できると思う」と話した。(陶山格之)


◇府盲人福祉センター:建て替えの方針−−松井知事 /大阪
(2012.08.22 毎日新聞地方版/大阪) 
 松井一郎知事は21日、建設から50年が経過して老朽化している府盲人福祉センター(大阪市天王寺区)について、建て替える方針を決めた。同センターの視察後、報道陣に「早期に建設場所を決定したい」と述べた。
 センターは視覚障害者の生活訓練や書籍の点訳、ヘルパーの養成事業などを実施。施設はバリアフリー化されておらず、トイレも男女共用で、利用者から改善を求める声が上がっていた。松井知事は「現状では災害の際に安全確保も難しい。予算は厳しいが知恵を絞りたい」と意欲を見せた。【平野光芳】


◇災害時協定:12施設が「福祉避難所」に 阿南市が締結 /徳島
(2012.08.21 毎日新聞地方版/徳島) 
 阿南市は、災害発生時に障害者や高齢者ら災害弱者を受け入れてもらうため、市内の福祉関係の12施設と協定を結んだ。災害時に各施設が「福祉避難所」となり、市の要請に応じて受け入れる。
 協定を締んだのは▽養護老人ホーム2施設▽特別養護老人ホーム7施設▽障害者支援施設3施設。災害発生時に避難所に避難した人の中で生活に支障を抱える人に、これらの施設に移動してもらい、施設職員が入浴や食事の世話などに当たる。
 開設期間は原則2週間で、状況によっては延長することもある。【大原一城】


◇東日本大震災:福島「震災障害者」26人 避難生活原因が9割−−県調査
(2012.08.21 東京朝刊 社会面) 
 東日本大震災の影響で、身体に後遺症が出たり、悪化したりした「震災障害者」が福島県内で少なくとも26人いることが20日、県の調べで分かった。9割以上が持病の治療ができなくなったり車上生活を続けたりするなど過酷な避難生活が原因で、高齢者が約7割を占めた。宮城(36人)、岩手(8人)を含む被災3県で少なくとも計70人になるが、災害障害見舞金の受給者は計43人にとどまり、支給要件の緩和を求める声が上がっている。
 福島県が障害者手帳の申請時に提出された診断書から集計した。26人には障害の程度が悪化した3人を含んでいる。24人が原発周辺の双葉郡や南相馬市など「浜通り」の住民。障害の内訳は肢体不自由が12人で、残る14人は心臓・腎臓・呼吸器の機能障害だった。
 年齢別では65歳以上の高齢者が19人。障害の等級は最も重い「1級」が17人と最多だった。
 障害を負った理由は、津波や建物崩壊による「直接的理由」は2人にとどまり、大半は、震災後の避難生活に起因している。いわき市の高齢女性は車内での避難生活でエコノミークラス症候群になり、足を切断した。双葉郡の高齢男性は震災後の混乱で医療機関にかかれず持病の腎機能障害が悪化。人工透析が必要になった。
 一方、自然災害で身体や精神に障害を負った人への救済策として災害障害見舞金制度がある。最大250万円が支給されるが、両目の失明や両足切断など適用基準が厳し過ぎるとの批判もあり、厚生労働省の集計(6月15日現在)によると受給者は3県で43人にとどまっている。
 阪神大震災で震災障害者の実態調査に関わった関西学院大災害復興制度研究所長の室崎益輝教授は「障害の程度にかかわらず生活に苦しむ人は多く、見舞金制度は見直しが必要だ。行政の調査も障害者手帳の交付実態だけでは不十分。判明した数はごく一部に過ぎないだろう。継続的な調査や医療支援の体制づくりなどを急ぐべきだ」としている。【竹内良和、福島祥】


◇福祉避難所設置へ23施設と協定締結 糸島市=福岡
(2012.08.19    読売新聞西部朝刊  福岡)
 糸島市は、災害時に高齢者や障害者が支障なく避難生活を送れる「福祉避難所」を設置するため、市内にある27福祉施設のうち、23施設と協定を締結した。市は今後、残り4施設とも協定を結ぶ方針。
 一般の避難所での生活に特別な配慮が必要な要援護者が受け入れの対象。原則として開設期間は災害発生から7日以内で、閉鎖が難しい場合は必要最小限の延長ができるとしている。
 市によると、市内の要援護者は約6500人だが、協定を結んだ市内の福祉避難所で受け入れ可能な人数は約100人。災害時の割り振りなどは市が調整し、収容できない場合は市外の福祉施設に受け入れを要請するという。


◇検証・大震災:手探り避難、高齢者犠牲
(2012.08.18 東京朝刊 特集面) 
 東日本大震災で介護の必要な高齢者が多数犠牲になった。津波と原発事故は災害弱者に何を強いたのか。2人の記者が福島と宮城にあった二つの高齢者施設を取材した。
 ◎湾から400メートルの老健施設−−気仙沼
 寺から寄贈された59体の小さな童地蔵が祭壇に並んだ。気仙沼湾から約400メートル、鹿折(ししおり)川沿いに建つ宮城県気仙沼市の介護老人保健施設「リバーサイド春圃(しゅんぽ)」で6月30日、建物の取り壊しを前に慰霊祭が営まれた。53人の職員は全員無事だったが、利用者133人のうち47人が津波の犠牲になり、避難した体育館でも12人が亡くなった。参列した遺族の女性が目を閉じ、手を合わせる。「母が逝くときはそばにいてあげようと思っていた。最後に手を握ってあげられなかったことが心残りです」。なぜ59人もの犠牲者が出たのか。施設長や職員の話から、当時の状況が分かってきた。【市川明代】
 ◇想定外、濁流に次々のまれ 津波で修羅場の2階
 昨年3月11日午後、猪苗代盛光施設長(64)は、隣接する市の総合市民福祉センター「やすらぎ」で会議に出席中だった。揺れが収まり春圃に駆けつけると、避難誘導が既に始まっていた。
 施設がある鹿折地区の住民は、津波警報が発令されたときは市が避難ビルに指定した3階建ての「やすらぎ」へ逃げる決まりだった。だが、多くの高齢者を連れて隣の建物へ移動するのは難しく、年1回の訓練では春圃の2階へ避難していた。
 「予想される津波の高さは6メートル」とラジオが告げる。「せいぜい1階までしか来ない」と、ベテラン相談員の熊谷美幸さん(39)は思った。「上さ上がれ」。職員の声が響く。歩ける人は階段で、車椅子の人はスロープで2階へ避難した。
 広間で点呼を取り、全員の無事を確認して安堵(あんど)感が漂った。だがそれもつかの間。職員は川の水があふれ、渦を巻きながら迫ってくるのを見た。家が押し倒されるバリバリという音が聞こえ、大型船が目の前を流れていく。利用者が動揺しないよう、看護師がカーテンを閉めた。
 突然、海側の窓が割れ、波が車椅子のお年寄りたちをのみこんだ。熊谷さんはとっさに目の前の女性を両腕に1人ずつ抱えた。体が浮いて足元が不安定になる。つま先立ちで流されながらも2人の顔を水面に出し続けた。猪苗代施設長は、両腕に抱えた2人を椅子や机の上に乗せ、天井から下がっているリハビリ用のひもにつかまらせた。おぼれかかっている別の人を助けにいこうとした時だ。背後にいた女性にものすごい力で襟元をつかまれ、身動きが取れなくなった。
 介護職の藤村直樹さん(24)は左右の手で1人ずつ襟首をつかみ、右脇にも1人を抱えた。相談員の小野寺千賀子さん(40)はエアマットに乗ったまま浮いた寝たきりの人たちがおぼれないよう手で支えたが、水位はたちまち鎖骨あたりまで上がってきた。「もうだめだ」。そう思った瞬間、水は止まった。
 職員たちの前で、何人もの高齢者が濁流にのまれていった。波が引いた後、誰かが言った。「腕が3本あったら……」
 その後も津波警報は繰り返し響いた。もっと大きい波が来るかもしれない。これ以上の犠牲者は出せない。施設長の判断で、屋上へ誘導した。
 ぬれていないシーツを敷き、その上にお年寄りたちを座らせた。ぼた雪が風にあおられ、ずぶぬれの体に容赦なく降り積もる。「これからどうなるけ」。心配する利用者に、小野寺さんは「大丈夫」と繰り返すしかなかった。普段は口数の少ない職員が、必死で利用者の名前を呼んでいるのが聞こえた。
 隣接する福祉センター「やすらぎ」も2階まで浸水したが、3階は無事だった。ここに近隣住民100人以上が避難し、全員が一命をとりとめた。当時、そこから春圃の屋上の様子を見ていた人たちがいた。
 自宅から夫と避難した小野寺伊与子さん(80)もその一人だ。「職員たちが屋上さ一生懸命に上げてたよ。おじいさんやおばあさんが『さむーい、さむーい』って言ってるのが聞こえた。水をかぶってない私たちだって、とっても寒くていられねんだもの」。近くのアパートから逃げた山内直人さん(45)は「職員が『しっかりして』と声をかけているようだった。泣いているような声だった」と振り返る。
 結局、春圃では全員を屋上に誘導し終える前に、2階へ引き返すことになる。「あのときは屋上に上げるしかなかった。でも、その判断が正しかったかどうか」。猪苗代施設長は今も自問する。
 屋上から見えた鹿折地区は壊滅的だった。2階へ戻った職員たちは覚悟した。今日はもう、ここで助けを待つしかない。泥やがれきで埋まった部屋を片付け始めた。
 奥の2部屋を遺体安置室にし、一つのベッドに3体ずつ寝かせることにした。介護職の藤村さんは船から漏れた重油で真っ黒になった泥をかき分け、遺体を捜した。テーブルの上で力尽きている人。ベランダで息絶えた人……。後日、逃げ遅れがいないか確かめるため春圃に入った東京消防庁副参事(当時)の五十嵐幸裕さん(53)は、ベッドに並んだ遺体を目にした。津波の泥が丁寧にぬぐい取られ、顔には布やタオルがかぶせられていた。あの凍えそうな夜、生存者の避難を急ぐ中で、助けられなかった命をどんな思いで悼んだのか。胸が詰まった。
 ◇やっと高台の体育館へ がくぜん「昨夜より寒い」
 職員は助かった高齢者を三つの部屋に集めた。少しでも体を温めるため、ぬれていない紙おむつやタオルケットをお年寄りの体に巻き付け、異変にすぐ気づけるよう、すぐ脇に座った。
 日が沈んでくると、窓の外が真っ赤に燃えているのが分かった。重油に引火し、大火災が起きていた。何度も爆発音が聞こえる。震災や津波の被害はどれほど広がっているのか。ここに何日いることになるのか。職員たちには見当も付かなかった。
 相談員の熊谷さんは利用者の名を呼び、返事のないときは顔に耳を近づけて呼吸があるか確かめた。「○○さん、もうだめです」。息をしなくなった高齢者を遺体安置室へ移していく。熊谷さんは自分に言い聞かせた。「夜が明ければ、誰かが迎えにきてくれる」
 翌12日早朝。栄養士がカセットコンロでおかゆを作り、お年寄りに食べさせた。幸い、米が袋のまま残っていた。残りはおにぎりにして職員で分けた。
 東京消防庁と地元消防団のチームが到着したのは同日午前10時過ぎ。高台に建つ市立鹿折中学校への搬送が始まった。「みんなのいるところに行けば、助けてもらえる」。熊谷さんは希望を抱いた。
 消防隊員と消防団員3〜4人で班を作り、1人ずつ車椅子の人を運ぶ。介護職の藤村さんは1人をおぶって陸上自衛隊の車が待つバイパスまでの約1キロを歩いた。途中、がれきに行く手を阻まれ、津波警報が出るたびに、流されて積み上がった民家の上によじ登った。副分団長の小野寺淳(すなお)さん(56)は、高齢者たちがかなり衰弱していたのを覚えている。「息をしているので、かろうじて生きていると分かる人もいた」
 鹿折中への避難が終わったのは午後4時ごろ。体育館に着いた熊谷さんはがくぜんとする。「昨日の夜より寒い」。床に座ると、氷のように冷たかった。走り高跳び用のマットの上に体調の悪い人を寝かせ、車椅子の人は座ったまま休んでもらうほかなかった。
 熊谷さんはこのとき、小学生の長女と次女の安否が分かっていなかった。自宅は恐らく全壊だが確かめるすべもなく、疲労で体がずっしりと重い。前夜と同じようにお年寄りに声をかけ、呼吸を確認して回った。市民や中学生が校庭でたき火を始めると、職員はペットボトルにお湯を入れ、湯たんぽ代わりにして配った。
 春圃から避難したお年寄りはその夜に3人、翌13日に4人が息絶えた。救急搬送先の病院で亡くなった人もいた。
 自宅に戻ることができた職員が何台かのストーブを持ち寄った。避難所の環境は徐々に改善されていった。だが、体育館より暖かい教室を開放した気仙沼小学校に移るまでの2週間に、12人が亡くなった。
 ◇福祉避難所ゼロ 市「危機感足りなかった」
 海のそばで生まれ育った人たちはよく「海が見える場所で最期を迎えたい」と言う。95年に開設した春圃も、景観の良さで人気の施設だった。
 春圃と同じ鹿折川沿いにあった特別養護老人ホーム「恵心寮」も同様だ。運営する社会福祉法人の吉田寛事務局長は「この地区に特養を建てたのは県と市の意向だったが、津波の心配のない高台には広い土地が見つからなかった」と話す。
 恵心寮も79人の利用者を2階に避難させていた。春圃より約400メートル上流にあったため、幸い津波は1階の天井近くで止まり、犠牲者はなかった。10年2月のチリ大地震では避難所まで1時間もかかったことから、2階に逃げることにしていた。翌12日には春圃と同じ鹿折中体育館へ避難した。低体温による死者は出なかったものの、吉田事務局長は「もう少し津波が高く水をかぶっていたら、どうなっていたか分からない」と言う。
 チリ大地震のとき、鹿折中では電動のジェットファンヒーターを回して暖を取った。だが今回は広域で停電が発生し、ジェットファンを使えなかった。気仙沼市危機管理課によると、宮城県沖地震の避難者数の想定は3000人程度。今回は市内全体で2万人が避難した。避難所には毛布は備蓄していたが、圧倒的に数が足りず、ストーブはそもそも配備していなかった。
 95年の阪神大震災では避難所で高齢者や障害者が相次ぎ死亡した。その教訓から、国はスロープやバリアフリーのトイレが備わった既存の施設を「福祉避難所」に指定し、災害弱者を受け入れるよう全国の自治体に求めてきた。しかし気仙沼市には一カ所もなかった。市高齢介護課は「危機感が足りなかった」と反省する。厚生労働省災害救助・救援対策室は「地域の実情に応じ自治体ごとに整備してもらうしかない」と話す。
 記者は低体温が原因で85歳の祖母を亡くした男性(38)に会った。12日夕、男性が鹿折中に駆けつけると、祖母はびっしょりぬれた服の上にビニールのようなものを巻き、震えていた。マットの上で既に呼吸をしていないように見える高齢者もいた。他のお年寄りに申し訳ないと思いながら、祖母を車に乗せ病院へ連れて行ったが、震災から1週間後の18日に息を引き取った。「あれだけの津波で生き延びたのに。もっと早く対処していれば、守れた命もあったのではないか」。今もそう思えてならないという。
 ◇仮設で再スタート 待機70人、求める声強く
 今年5月、春圃を運営する医療法人は、系列の精神神経科医院「光ケ丘保養園」(気仙沼市)の中庭にプレハブ仮設の老健施設を建てた。医院も1階まで浸水する被害を受けたが、計70床で運営をスタートした。内陸の施設に移されたまま戻っていない人もいる。半数は新しい利用者だ。
 被災地では避難生活のため高齢者の介護ができなくなる家族が増えている。環境の変化やストレスから要介護度が上がった高齢者も多い。浸水区域での再開に踏み切ったのは、施設を求める声が大きいからだ。
 利用者の家族との間に立つ相談員の熊谷さんは、地元で遺族の顔を見るたびに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。「それでも、地域の介護になくてはならない施設を任されている。辞めるわけにはいかない」。仮設施設には70人の待機者がいる。本格再建の用地は確保できた。しかし、復興バブルによる建設費の高騰や作業員不足で、再開には早くても1年近くかかる。
 厚生労働省によると、岩手、宮城、福島の被災3県で、特別養護老人ホームやグループホームなど高齢者施設1033カ所が被災し、うち52カ所が全半壊。死者・行方不明者は判明しているだけで469人に上る。用地が見つからず、再開のめどさえ立たない施設もある。
       ◇
 6月の慰霊祭の日、記者は猪苗代施設長の案内で、近く取り壊される春圃の2階へ上がった。津波は居室の窓を壁ごとえぐり、部屋を仕切る壁も突き破っていた。
 介護職の藤村さんは、あの日助けられなかった命と今も向き合う。よく笑い、若い頃の話をしてくれた認知症のおばあちゃん。地震の時は食堂にいたはずだったが、この2階で遺体を見つけた。24歳の藤村さんをいつも息子と間違えた。津波が来たとき、息子の名前を呼んでいたという。
 ◎福島第1から11キロの特養ホーム−−浪江
 「私の死に場所は、ここに決まったの。町が元に戻るなら帰りたいけど、あり得ないでしょ」。栃木市の特別養護老人ホーム「うづま荘」。脳出血で左半身にまひが残る今村由里子さん(80)はそう話しながらも、福島のニュースに見入る。125キロ離れた福島県浪江町の特養「オンフール双葉」にいたが、東京電力福島第1原発事故で避難を余儀なくされた。生まれ育った町、仲のよい友達、家族とも離れて1年半。他の入居者と話すことはほとんどなく、テレビを見て過ごす。オンフールの利用者141人は県内外の施設に離散し、今年6月までに例年の2倍の35人が亡くなった。【神保圭作】
 ◇介護設備ない宿泊施設へ 過酷…車に10時間
 昨年3月14日夕、今村さんは車椅子に座ったまま、鉄格子のある警察の大型輸送バスに揺られていた。「何があったの? どこに行くのかしら」
 オンフールは第1原発の北西11キロに建つ。12日早朝、10キロ圏内に避難指示が出されると、近くの精神科の入院患者や住民が続々と詰めかけ、一時は400人規模に膨らんだ。同日午後6時過ぎには避難指示が20キロ圏内まで拡大されたが、行政機能がまひし、迎えの車両が来たのは丸2日後だった。
 警察車両の椅子は硬く、背もたれを倒すこともできない。寝たきりの人たちは毛布でくるまれ、折り重なるように床に寝かされた。車は街灯の消えた暗闇をパトカーに誘導されて北上し、南相馬市の保健所で放射性物質のスクリーニング検査を受けた。その後、市内の体育館に向かったが、すでに避難者で満杯だった。別のバスに乗り換え、福島県の指示で、西郷村にある「那須甲子(なすかし)青少年自然の家」に行くことになった。
 オンフールを出発して10時間後の15日朝、約100キロ離れた青少年自然の家に着く。海に近く温暖な浪江町とは違い、雪が積もっていた。
 バスの中で寒さに耐えていた今村さんは「やっと暖かいところに来られた」と安心した。だが、一般の被災者も約600人が避難していた。おかゆやみそ汁の炊き出しはあるものの、流動食の用意はなく、業者に届けてもらわなければならなかった。介護ベッドもなく、布団を敷いて雑魚寝しているため、自力で起きられない。入浴はできず、衛生状態が悪化した。青少年自然の家の職員は「みんな疲れ切っている。ここは介護の必要な人には向いていない」と思った。
 体力が落ち、風邪をひいたり体調を崩したりする人が増えてきた。オンフールの吉野和江施設長(57)は「もう限界だ」と、19日から次の避難場所を探し始める。福島県は隣接する栃木県にも要請し、受け入れを呼びかけた。利用者は県内外の3地域の計31施設に分散していくことになる。
 20日朝、80代の男性の容体が急変し、搬送先の病院で亡くなった。心臓に持病があり、寝たきりだった。その夜。栃木県へ向かうバス2台に40人が乗り、受け入れ先の施設で次々と降ろされた。今村さんら7人は栃木市の「うづま荘」に着いた。
 オンフールに入居して半年で、今村さんは大切な友達ができた。小田切アキイさん。部屋が近いので親しくなった。「由里子さんはどこに行っても、誰とでも仲良くできるよ」。小田切さんはそう励まし、別の施設へ行った。「私も一緒に行きたい」と言えないまま別れた。
 ◇受け入れ先、散り散りに 命縮めた移転、相次ぐ死
 オンフールの吉野施設長から受け入れを依頼する電話を受けた福島県塙町の特養「ユーハイムはなわ」の施設長らは同じ20日、青少年自然の家に駆けつけた。「これはひどい」。衰弱した人が多く、異臭が漂っていた。
 ユーハイムには15人が移った。系列病院の藤井俊宥(としひろ)院長(72)が診察したところ、ほとんどが栄養不足で脱水症状を起こしていた。その後持ち直したものの、昨年12月までに8人が死亡した。「大半が心不全。みんな心臓がへばってしまっていた。避難生活が命を縮めた可能性は否定できない」
 松本正圀(まさくに)さん(70)の母親もユーハイムに移転後に肺炎を患い、栃木県にある藤井院長の病院に入院、9月に93歳で亡くなった。松本さんも介護施設の副施設長を務め、利用者の避難に追われた。震災後に初めて母と面会したのは7月初め。すぐに異変に気がついた。母はオンフールではベッド回りをいつもきれいに整理し、職員に感謝された。「お袋らしい」と誇りに思えた。だが、認知症が進み、ほとんどしゃべれなくなっていた。
 死亡診断書を受け取ったときに聞いた藤井院長の無念そうな言葉が忘れられないという。「福島から逃げて来た人はもろい」
 栃木市の特養ホーム「うづま荘」で避難生活を送る今村さんは、離ればなれになった小田切さんのことが気がかりだ。記者は「また一緒に暮らしたい。取材で彼女に会ったら、私は元気だと伝えていただけませんか」と託された。
 小田切さんはどこにいるのか。調べてみると、西郷村から県内の施設に転院後、家族に引き取られ、昨秋亡くなっていた。
 ◇独自の手段確保、困難
 原発事故の際、要介護者をどう避難させるか。福島県は地域防災計画で「入院患者や施設利用者の避難は施設が担う」と定めていたが、施設が独自に避難先や移動手段を確保するのは困難だった。今年7月に報告書を公表した国会事故調査委員会も「防災計画は機能しなかった」と指摘した。
 福島事故を受け、島根県は今年3月、中国電力島根原発(松江市)での事故を想定した半径30キロ圏の災害時要援護者の避難計画を策定中だ。介護施設入所者と入院患者の一部を広島、岡山、鳥取の隣県3県で受け入れてもらう。
 だが、他の自治体では対策が進まない。内閣府原子力安全委員会は3月、従来の防災対策重点地域(半径8〜10キロ)を「緊急防護措置区域」(同30キロ)に広げる新たな防災指針案をまとめたが、担当する原子力規制委員会の発足が遅れ正式決定がずれ込み、災害弱者を含む避難計画が立てにくい状態だ。
       ◇
 福島県高齢福祉課によると、避難の対象となった原発30キロ圏やその周囲の特養13施設では、震災から今年1月までに例年の2倍の206人が死亡している。震災当時、20キロ圏内の介護施設にいた利用者は945人。今年7月現在も588人が避難先の施設で暮らし、うち今村さんを含む142人は県外での生活が続く。
 オンフールのある浪江町は今も町の半分が警戒区域に指定されている。施設は、生い茂る草木に覆われ、まるで廃虚だ。事務所にはアンテナが伸びた携帯ラジオや「水素爆発」「外部被曝(ひばく)」と走り書きしたメモが散乱する。
 デイルームの壁に「来年は家に帰ってみたい」「元気ですごせますように」と書いた短冊が張られたままだ。ここには高齢者の穏やかな暮らしが確かにあった。


◇災害研修会:手話団体、通訳求める災害用バンダナの活用法など障害者の防災対策協議 /愛媛
(2012.08.13 毎日新聞地方版/愛媛) 
 ◇耳がきこえません/手話ができます
 県内の17の手話サークルでつくる県手話サークル連絡協議会は12日、松山市本町6の県視聴覚福祉センターで、会員や聴覚障害者ら約100人が参加して災害研修会を開いた。東日本大震災を受けて同協議会が作った「災害用バンダナ」や「SOSカード」の活用法など、聴覚障害者の防災対策を協議した。【中村敦茂】
 紫とピンクの災害用バンダナは対角線の半分側に耳の絵と「耳がきこえません」の文字、反対側は両手の絵に「手話ができます」と付せられている。避難所などで障害者が首や腕などに巻けば、耳が不自由であることを周囲に伝えられるし、支援者が巻けば障害者が見つけやすい。折り畳み式のSOSカードは、開くと九つのマス目にそれぞれ「書いてもらえませんか?」「放送は何と言っていますか?」などとイラスト付きで記され、指を差して要望を伝えられる。
 この日は参加者にバンダナとカードが配られ、7グループに分かれ活用法を議論。「非会員の障害者への配布は行政を通じてできないか」「仕事をしている障害者もおり、職場にも置いてほしい」「カードの裏に病歴や既往症も書いておけば」などの意見が出た。
 グループ討議では、自治体の作るハザードマップの活用なども議論。被災地で支援活動をした県手話通訳問題研究会の森川美恵子会長の講演もあった。同協議会の岡野由季枝会長(57)は「具体的な意見が上がり、今後の課題も浮かんだ。置き去りにされがちな聴覚障害者の防災対策の改善に、これからも取り組みたい」と収穫を得た様子だった。


◇川崎授産学園:障害者と小学生ら、親子防災キャンプ /神奈川
(2012.08.12 毎日新聞地方版/神奈川) 
 重度知的障害者の支援施設「川崎授産学園」(川崎市麻生区)で10、11の両日、「親子キャンプで防災サバイバル!」が開催された。災害時に役に立つ知識を学んでもらおうと初めて企画され、市内の小学生親子連れ約30人が参加した。
 キャンプでは、テントの設営やわき水をろ過して飲むといった実習や、東日本大震災の災害ボランティアに参加した人の講義などがあった。一部のプログラムには同学園の入所者も参加し、一緒に非常用炊き出し袋や空き缶を使ってご飯を炊く訓練を行った。
 石井和明学園長(63)は「知的障害者は自分から発信できないことが多い。訓練をきっかけに、避難所で一緒になった時などに気遣ってあげられるようになってもらえれば」と話す。
 参加した同市立西菅小4年の大川内愛さん(10)は「言葉だけでなく、手を取って教えてあげることが大切だと思った」と話した。【高橋直純】


◇寄贈:災害避難所用車椅子20台 岡山市に中央LC /岡山
(2012.08.09 毎日新聞地方版/岡山) 
 岡山中央ライオンズクラブは8日、災害時の避難所で高齢者や障害者に使ってもらおうと、車椅子20台を岡山市に寄贈した。
 同ライオンズクラブの認証(設立)35周年記念の一環。避難所で車椅子が不足していることを聞き、寄贈を決めた。折りたたみ式で、高さ90センチ、広げた際の幅は65センチ。近藤裕貞会長(51)ら9人が市役所を訪問し、高谷茂男市長に車椅子2台と目録を贈った。
 近藤会長は「いつ、どんな災害が起こるか分からない中、高齢化社会でもあり、避難所で車椅子の必要性は高まっていると思う。今後も継続したい」と話した。【江見洋】


◇災害弱者の情報 瞬時に 東大阪市消防局が新システム=大阪
(2012.08.08  読売新聞大阪朝刊  堺泉州)
 ◎地図上に表示、登録増課題 
 東大阪市消防局は、災害時に自力での避難が難しい住民の情報をいち早く検索できる「災害時要援護者情報伝達システム」を導入した。119番などで災害をキャッチしてから現場到着までの数分間に、通信指令室と救助隊が周辺の情報を共有する仕組みで、関係者は「1分1秒を争う人命救助の大きな武器になる」と期待している。(安田弘司)
 市福祉部が2008年2月から進めている、災害に備えた要介護者や障害者、高齢者世帯の登録制度のデータを活用。2万2854人(4月1日現在)の情報がシステムに登載される。
 新システムでは、市消防局通信指令室の画面に表示される災害現場の周辺地図に、危険物や建物情報、消火栓の位置などと一緒に、自力で避難するのが難しい住民が登録されている建物に丸印が表示される。丸印を押すと、要援護者の情報や世帯構成、緊急連絡先など詳しい情報が確認できる。
 通信指令室に災害の情報が入ってから約2分程度で支援が必要な住民の情報を把握し、現場到着までに消防車や救急車へ連絡。素早い救助、捜索が可能になる。
 同市消防局は、市内の単身高齢者や障害者手帳を持つ住民など要援護者数が約9万6000人と推計しており、登録件数はまだ全体の2割程度にとどまる。
 樋口峰夫・通信指令室長は「災害現場は情報戦でもある。市民の理解を得て登録数を増やし、火災など日常的に起こる災害にも積極的に活用していきたい」と話している。
 ◎文書での共有、大半 
 総務省消防庁によると、市区町村の福祉担当部署との要援護者の情報共有は、全国の消防組織791団体のうち、8割超の674団体で進んでいる。
 府内では、庁舎建て替えや設備更新を行った大阪市消防局や高槻市消防本部が、東大阪市消防局が導入するのと同様のシステムを使っている。しかし、情報管理の安全性や、通信指令設備の処理能力の問題があり、大半の消防組織では、文書ベースでの共有にとどまっている。


◇手話通訳派遣24時間体制で 聴覚障害者支援を強化=三重
(2012.08.02     毎日新聞中部朝刊)
 ◎県警と県センター協定 
 事件や事故に巻き込まれた聴覚障害者を24時間体制で助けようと、県警は1日、夜間や休日でも手話通訳者を現場などに派遣するための協定を県聴覚障害者支援センター(津市桜橋)と結んだ。こうした協定は全国初といい、耳の不自由な人を支援する県聴覚障害者協会は「立場の弱い障害者が被害や目撃証言を正確に伝えられるようになる」と期待を寄せている。
 聴覚障害者はこれまで、事件や事故に遭ったときでも自分で県や市町が委託している通訳者を呼ぶか、筆談を用いて意思表示するしかなかった。行政機関の窓口は平日しか利用できず、手話を使える警察官の少なさも課題となっていた。
 4月に同センターが設立され、県警本部が窓口となることを決めた。業務時間外や休日でも通訳者の派遣を依頼することが可能になった。センターに所属する約90人の通訳者のうち、65人が要請を受けた時に県内全域に派遣される。迷子になったり、災害に遭ったりした際も要請できる。
 調印式で、斉藤実本部長は「問題が解決し、いっそう細かい現場対応が可能になった」と評価。センターの深川誠子会長(43)は、「耳の聞こえない人の不安を少しでも解消できれば」と手話で表現した。


*作成:
UP:20120805 REV:20121127,
災害と障害者・病者:東日本大震災 

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