HOME > 災害と障害者・病者:東日本大震災 >

東日本大震災 障害者関連報道 2011年8月

3月4月 1(1〜10日)4月 2(11〜20日)4月 3(21〜30日)5月6月7月8月9月10月11月12月
災害と障害者・病者:東日本大震災

作成:有松 玲 last update:20110721
*以下については別頁にも記事掲載されています。
人工透析  ◆ALS

◆テレビ報道

◆救援活動の写真 https://picasaweb.google.com/107166457718666569802
 「マスコミや各団体の広報等に活用できるように下記のURLに救援活動の写真をUPすることにしました。ご自由にダウンロードしてお使いください。《とのことです。

新聞記事見出し
◆2011/08/21 【届かない支援】被災障害者の今(下)行政を縛る“公平”の建前(3/3ページ)
msn産経ニュース 2011/08/21
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110821/trd11082120340012-n3.htm
  ◆2011/08/21 【届かない支援】被災障害者の今(下)行政を縛る“公平”の建前(2/3ページ)
msn産経ニュース 2011/08/21
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110821/trd11082120340012-n2.htm
  ◆2011/08/21 【届かない支援】被災障害者の今(下)行政を縛る“公平”の建前(1/3ページ)
msn産経ニュース 2011/08/21
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110821/trd11082120340012-n1.htm
  ◆2011/08/20 【届かない支援】被災障害者の今 (中)「動くだけで迷惑がかかる《と避難所去る(2/2ページ)
msn産経ニュース 2011/08/20
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110820/trd11082018510015-n2.htm
  ◆2011/08/20 【届かない支援】被災障害者の今 (中)「動くだけで迷惑がかかる《と避難所去る(1/2ページ)
msn産経ニュース 2011/08/20
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110820/trd11082018510015-n1.htm
◆2011/08/19 【届かない支援】被災障害者の今 (上)見えぬ全容「どこに避難しているのだろうか《(2/2ページ)
msn産経ニュース 2011/08/19
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110819/trd11081920480017-n2.htm
  ◆2011/08/19 【届かない支援】被災障害者の今 (上)見えぬ全容「どこに避難しているのだろうか《(1/2ページ)
msn産経ニュース 2011/08/19
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110819/trd11081920480017-n1.htm
  ◆2011/08/18 地域は自分たちで守る まちの防災知恵袋説明会
タウンニュース 2011/08/18
http://www.townnews.co.jp/0106/2011/08/18/114460.html
◆2011/08/17 車いす入らない、段差…障害者泣かせの仮設住宅
読売新聞 2011/08/17
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=45587
◆2011/08/17 医療・介護の拠点を原則高台に*宮城県が復興計画の最終案
医療介護CBニュース 2011/08/17
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110817-00000004-cbn-soci
◆2011/08/12 障害者目線で復興探る 西宮の団体がスタッフ派遣
神戸新聞 2011/08/12
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0004360215.shtml
◆2011/08/12 県、災害弱者の避難支援を強化 市町にプラン策定促す 実態調査や意見交換会も
下野新聞 2011/08/12
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20110811/586469
◆2011/08/11 仮設住宅のサポート拠点、設置進まず
医療介護CBニュース 2011/08/11
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110811-00000009-cbn-soci
◆2011/08/11 東日本大震災:福島に思いはせ 中手幸子さん、原発60キロから広島へ避難 /広島
毎日新聞 2011/08/11 地方版
http://mainichi.jp/area/hiroshima/news/20110811ddlk34040476000c.html
◆2011/08/11 東日本大震災:5カ月(その1) 遠い平穏 取り残される被災者
毎日新聞 2011/08/11 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110811ddm041040141000c.html
◆2011/08/11 県内の義援金支給率62% 沿岸90%前後、仙台市は16%?
河北新報 2011/08/11
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/08/20110811t11010.htm
◆2011/08/11 これが言いたい:避難生活で露呈した視覚障害者の「バリアー《=原田敦史
毎日新聞 2011/08/11
http://mainichi.jp/select/opinion/iitai/news/20110811ddm004070020000c.html
◆2011/08/09 震災テーマに豊川でシンポ
東日新聞 2011/08/09
http://www.tonichi.net/news.php?mode=view&id=37139&categoryid=1
◆2011/08/08 震災の仮設住宅、バリアフリー化へ 佐大・松尾教授
佐賀新聞 2011/08/08
http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.2020256.article.html
◆2011/08/04 障害者・高齢者、節電に困惑 暗い駅構内、転びそう…東京
読売新聞 2011/08/04
http://news.google.co.jp/news/section?pz=1&cf=all&ned=jp&topic=b&ict=ln
◆2011/08/02 要援護者避難研修会:津波対策中心に意見交換**県庁 /宮崎
毎日新聞 2011/08/02
http://mainichi.jp/area/miyazaki/news/20110802ddlk45010572000c.html
◆2011/08/02 豊川市が緊急情報キット
東日新聞 2011/08/02
http://www.tonichi.net/news.php?mode=view&id=37064&categoryid=1
◆2011/08/01 節電の街から:東日本大震災 体温調節、弱視…障害者に配慮を
毎日新聞 東京夕刊 2011/08/01
http://mainichi.jp/life/health/fukushi/news/20110801dde041040027000c.html
◆2011/08/01 【社会】行き場ない発達障害児 南相馬 避難所10カ所転々
東京新聞 夕刊 2011/08/01
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011080102000168.html
◆2011/08/01 希望新聞:東日本大震災 ボランティア 被災地に食料、おむつ**フードバンク関西
毎日新聞 東京朝刊 2011/08/01
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110801ddm035040039000c.html
◆2011/08/01 東日本大震災:発達障害児、精神的ケア急務
毎日新聞 2011/08/01
http://mainichi.jp/life/health/fukushi/news/20110801ddm013040024000c.html



 
>TOP

◆2011/08/21 【届かない支援】被災障害者の今(下)行政を縛る“公平”の建前(3/3ページ)
msn産経ニュース 2011/08/21
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110821/trd11082120340012-n3.htm
  「多くの障害者は「公平な支援は大事だが、障害者と健常者にまったく同じ対応をされては生きていけない《と口々に語る。
 支援の必要性が高い障害者が優先的に入れる仮設住宅の整備が遅れている実情は、被災地での障害者支援のもろさを象徴している。「平等な支援《を建前に対応が遅れる行政に対し、目の前にいる人の支援に奔走する民間団体やボランティア。その民間の活動で徐々に障害者の生活実態が把握できるようになってきたが、多くはいまだに支援の手が及んでいない。(この連載は高瀬真由子が担当しました)《(全文)


 
>TOP

◆【届かない支援】被災障害者の今(下)行政を縛る“公平”の建前(2/3ページ)
msn産経ニュース 2011/08/21
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110821/trd11082120340012-n2.htm
  「福祉仮設住宅は出入り口の段差をなくし、浴室に緊急ブザーを付けるなど、障害者、高齢者に配慮されている。グループホームのような共同住宅で、入居は抽選ではなく福祉事務所などが申込者の健康状況をみて判断する。
 厚生労働省によると阪神大震災では神戸市や芦屋市などで1885戸が建設され、障害者の生活再建に一定の役割を果たした。
 ところが、東日本大震災では、一般の仮設住宅に比べて整備は立ち遅れている。厚労省は4月15日、福祉仮設住宅の建設を進めるよう、被災3県などに求めたが、岩手県では7月上旬に、宮城県でも8月上旬にやっと完成し、入居が始まったばかりだ。
 岩手県県土整備部の担当者は「厚労省の通知があるまで、福祉仮設住宅の建設は念頭になかった《と弁明するが、被災した障害者や支援団体からは「阪神大震災の教訓が全く生かされていない《という疑問の声すら上がっている。
 石巻祥心会では、地震で行き場がない障害者らを大勢受け入れており、石巻市に対し、一般の仮設住宅に障害者らが優先して入居できないか尋ねたが、「入居に優先順位を付けるのは市民の理解を得られない《との答えだった。同会では、運良く日本財団から資金援助を受けられたため、建設に踏み切ることができた。《(全文)


 
>TOP

◆【届かない支援】被災障害者の今(下)行政を縛る“公平”の建前(1/3ページ)
msn産経ニュース 2011/08/21
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110821/trd11082120340012-n1.htm
  「「やっと、気兼ねせずに暮らせる場所に落ち着きました《。2人の弟に知的障害がある宮城県石巻市の会社員の女性(42)は、地元の社会福祉法人「石巻祥心会《が建設した障害者向けの「福祉仮設住宅《に入居でき、胸をなで下ろした。安堵(あんど)の表情は、行政が手がける福祉仮設住宅がわずかしかない厳しい状況の裏返しでもある。
 女性は津波で自宅が流され、父親が死亡、母親は行方上明に。しばらく親族宅に身を寄せていたが、弟は身の回りのことが十分にできず、両親がいなくなったショックもあり、親族に気を使う日々だった。
 石巻祥心会は、日本財団(東京)から約1億7千万円の資金援助を受け、津波で壊滅的な被害を受けた沿岸部に近い場所に、障害者とその家族40世帯が入居できるケア付きの仮設住宅と、単身の14人が入るグループホームを建設。6月末から入居が始まり、待ちわびていた人たちで部屋はすべて埋まった。
 管理者の鈴木徳和さん(36)は「ほかの人に迷惑をかけたくないと避難所を去る障害者と家族は多く、できるだけ早く安心できる環境を設けたかった《と話した。《(全文)


 
>TOP

◆【届かない支援】被災障害者の今 (中)「動くだけで迷惑がかかる《と避難所去る(2/2ページ)
msn産経ニュース 2011/08/20
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110820/trd11082018510015-n2.htm
  「今も支援団体が持ってきてくれる食料や生活用品に頼っている。4月下旬に申し込んだ仮設住宅はまだ当たらず、余震のたびに自宅は少しずつ傾いていく。
 震災で適切なケアが受けられなくなり、症状が悪化した人もいる。
 「車いす、本当は手放したいんだけどね《。石巻市中心部から離れた福祉避難所で生活する高橋伸之さん(34)は、慢性関節リウマチで右足が自由に動かない。それでも震災前は、つえをつかって歩けた。
 自宅は震災で半壊。トイレや風呂には車で外に出なければならず、両親や兄弟に負担をかけたくないと、自宅の庭に止めた車の中で生活した。助手席のシートを倒して足を伸ばし、寝泊まりする日々が3カ月ほど続いた。
 震災前はリハビリのため仙台市内の病院に週2回通院し、関節をほぐし、歩行訓練をしていた。しかし、震災後3カ月間通院できず、薬も手に入らなかったことで、車いす生活を余儀なくされた。
 石巻市の職員が自宅を訪問し、介護の必要な高齢者や障害者を受け入れている福祉避難所に入ったのは7月10日。今は、デイサービスで軽い運動や入浴はできる。だが、「もう少し早く気づいてもらえなかったのか《という思いは消えない。《(全文)


 
>TOP

◆【届かない支援】被災障害者の今 (中)「動くだけで迷惑がかかる《と避難所去る(1/2ページ)
msn産経ニュース 2011/08/20
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110820/trd11082018510015-n1.htm
「被災した障害者は自宅で耐えていた。
 「うちに帰っても何もなかったけど、その方がまだ生活しやすかった《。全壊した自宅で暮らす宮城県石巻市の鈴木明美さん(51)は、ぽつりと言った。
 鈴木さんは6年前、多発性硬化症という難病を発症。視神経など中枢神経系に炎症を繰り返す病気で、目の前のものがほとんど見えなくなり、しばしば右半身がしびれて立ち上がることすらできなくなる。
 震災で自宅が津波にのまれ、近くの避難所に向かった。しかし薄暗い体育館では介助がなければ歩くことができなかった。「道を覚えていればゆっくりでも歩けるが、広い体育館に人の頭や足、ストーブがあったりで、どうしようとパニックになってしまって《
 トイレを我慢すればいいと考えたが、水を控えると体調を崩し、体が動かなくなった。家族を失った人や自分より高齢の人が協力して避難所を運営しようとしているなか、「自分が動くだけで誰かに迷惑がかかる《と思うとつらくてたまらなくなり、震災から2日後、泥まみれの自宅に戻った。
 2人の息子は独立して今は夫と2人暮らし。自宅は「明るい方が見えやすいから《と昨年大きな窓にリフォームしたばかりだった。基礎が崩れ、1階は床上1・8メートルほど浸水。壁には穴が開いた。必需品もほとんどが流されていた。自宅に残った食料と、近所の人が分けてくれたものでしばらく命をつないだ。
 4月に入り、通っていた難病支援センターの職員が連絡をくれ、支援団体につないでくれた。一方で石巻市が派遣した保健師が来てくれたのは6月。「高齢者や障害者のサポートはないんですか《と尋ねると、「避難所でないと支援は受けられない《と言われた。《(全文)


 
>TOP

◆2011/08/19 【届かない支援】被災障害者の今 (上)見えぬ全容「どこに避難しているのだろうか《(2/2ページ)
msn産経ニュース 2011/08/19
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110819/trd11081920480017-n2.htm
  「「東北では関西に比べて家族や地域で障害者を支えるケースが多く、福祉サービスを提供する事業者が少ない《と八幡さんは福祉基盤に違いを感じた。このため被災しても誰にも頼れずに孤立するケースも相次いでいた。
 来る日も来る日も障害者を探し、片道2時間かけて向かった避難所で一人の障害者にも出会えないこともある。八幡さんは「私たちの目的は支援であって、調査ではない《と、いらだちを隠さない。
 障害者手帳を持つ人は、被害が甚大な宮城県の沿岸部15市町で約7万2千人、岩手県では12市町村で約1万9千人、福島県では相馬市など13市町村で約3万2千人に上る。しかし大震災で被災した障害者の人数はいまだに明らかになっていない。
 全国13の障害者団体でつくる「日本障害フォーラム《も障害者が置かれている状況の把握に努めてきたが、7月までに接触できたのは宮城県で1435人。手帳を持つ人の約2%でしかない。
 同フォーラムの原田潔さん(46)はこう訴えている。「数字によって可視化されないと支援につながっていかない。人数はすべての活動の基礎になる。行政側は公式なデータを出すべきだ《
 東日本大震災から5カ月余りが経ってもなお、支援の手が届かない障害者が大勢いる。取り残されている被災地の障害者の実情に迫る。《(全文)


 
>TOP

◆【届かない支援】被災障害者の今 (上)見えぬ全容「どこに避難しているのだろうか《(1/2ページ)
msn産経ニュース 2011/08/19
http://sankei.jp.msn.com/life/news/110819/trd11081920480017-n1.htm
  「日焼けしていた顔に疲れがにじんでいた。炎天下、仮設住宅を一軒一軒訪ねて回る男性たち。支援を待っている障害者を探しているのだ。
 宮城県のほぼ中央の沿岸部にあり、東日本大震災で180人以上が犠牲になった多賀城市。大阪府からボランティアで現地入りしている宮内孝文さん(30)も連日、足を棒のようにして歩き回っているにもかかわらず、誰にも出会えない。「どこに避難しているのだろうか《。力なくつぶやき、また別の仮設住宅に車を走らせた。
 宮内さんは、仙台市で4月、NPO法人など14団体が集まり発足した「被災地障がい者センターみやぎ《の活動に参加。センターでは、障害の状態に合わせたきめ細やかな支援の必要性を自治体に訴え、どこにどのような障害者がいるのか情報提供を求めてきた。が、自治体の担当者は異口同音に「個人情報保護法があるから《と言って情報提供を拒んだ。
 だから、助けを求めながらも声に出せない障害者を探すことから始めなければならない。地元の授産施設などを訪ね、利用していた障害者が今、どこにいるのか、職員らから教えてもらうのだ。やっと自宅を探し出し、避難所や仮設住宅を1カ所ずつ回りながら安否を確認し、必要な支援を把握する。その作業は震災から5カ月以上もたった今も続いている。
 阪神大震災の被災障害者を支援する活動で実績があり、同センターとも連携を取るNPO法人「ゆめ風基金《(大阪市東淀川区)。その理事の八幡隆司さん(53)は「とりわけ自宅で暮らしている障害者は支援の手からもれている可能性がある《と表情を曇らせる。
 八幡さんは震災1週間後後の3月18日から被災地に入り、避難所の見回りを続けてきた。しかし、障害者はほとんどおらず、目にしたのは自宅で耐えている障害者とその家族だった。《(全文)


 
>TOP

◆地域は自分たちで守る まちの防災知恵袋説明会
タウンニュース 2011/08/18
http://www.townnews.co.jp/0106/2011/08/18/114460.html
「瀬谷区「まちの防災知恵袋《の説明会が7月27日、瀬谷区役所の会議室で開催された。まちの防災知恵袋は大地震などの災害時に、高齢者や障害者などの要援護者がどの家庭に何人いるのか、どのような支援が必要かなどをまとめた瀬谷区独自の防災マニュアルのこと。説明会には36自治会町内会、66人が出席し、熱心に聞き入っていた。
 説明会では旭ヶ丘自治会(山口勇喜雄会長)の防災知恵袋を使った防災対策を例にあげ、要援護者への支援体制づくりの説明を行った。同自治会では2005年に町内の危険箇所や避難場所、災害時に役立つ地域資源を調査し、防災マップを作成したほか、07年から2年ごとに、防災支えあいカードを配布、回収した。
 防災支えあいカードは各家庭の要援護者の有無などを記載するため多くの個人情報が記載されている。そのため提出は任意だが、同自治会では3回の回収率の平均が9割を超えており、自治会会員全体の防災への意識の高さが伺える。山口会長は「3月の震災の時には電話での安否確認が全くできなかった。要援護者の近くに住む防災委員が直接足を運んでもらうなど、具体的に一人ひとりが動けるマニュアル作りをしていく必要を感じた。今後の会議で話し合っていく《と話した。《(全文)


 
>TOP

◆車いす入らない、段差…障害者泣かせの仮設住宅
読売新聞 2011/08/17
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=45587
「東日本大震災で被災した身体障害者が入居した仮設住宅を巡り、車いすで玄関から出入りできなかったり、段差で転倒したりするなどのトラブルが起きている。
 障害者や高齢者など「災害弱者《に配慮した仮設住宅の必要性は1995年の阪神大震災から指摘されているが、教訓は生かされていない。国もこうした状況を把握し、仮設住宅で障害者らがどのような問題を抱えているか実態調査に乗りだした。
 低酸素脳症で重度の障害があり、車いす生活を送る宮城県石巻市の女性(12)は、外出する際、母親(41)に抱えられて縁側から出入りしている。7月に入居した仮設住宅は、入り口に段差解消のスロープが設置されているが、玄関の幅が狭く、幅が約60センチの車いすでは家の中に入れないからだ。
 津波で全壊した自宅は、車いす生活のために、広い間口や介助できる風呂を備えていた。仮設住宅応募の際、車いす使用を伝えていたが、スロープ以外は健常者と同じ設備。市に頼み、縁側にスロープが新設されることになったが「なぜ車いすを考慮しなかったのか《と語る。
 ダウン症の影響で視覚障害がある岩手県大船渡市の女性(27)は今月上旬、玄関の段差で転倒し、脳しんとうを起こした。一人で入浴できないため、母親(48)の介助を受けているが、浴室が狭く、無理な体勢でバランスを崩して足をひねったことも。2人は「毎日が上安《と訴える。《(全文)


 
>TOP

◆医療・介護の拠点を原則高台に*宮城県が復興計画の最終案
医療介護CBニュース 2011/08/17
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110817-00000004-cbn-soci
「宮城県は8月17日、東日本大震災からの復興計画の最終案をまとめた。今回の教訓を生かした災害に強い「宮城モデル《を構築するため、病院や介護施設を含むライフラインを高台に移転するとともに、水産業などを主力とする沿岸部については、地域の事情に応じた「職住分離《を進める。県では、22日の有識者会議に諮った後、9月に開かれる県議会に計画案を提出する方針。
 最終案では、今年度から2020年度までの10年間を「復旧期《(13年度まで)、「再生期《(14-17年度)、「発展期《(18-20年度)の3段階に区分し、復興の方向性が分野別に示されている。保健・医療・福祉の確保など11項目については、緊急重点事項に位置付けられた。
 安心できる地域医療を確保するため、復旧期には地域医療機能の回復を最優先とし、再生期に主要な医療機関の施設整備を完了、地域の医療提供体制を震災以前の水準まで回復させる。そして発展期には、訪問診療・看護や訪問リハビリテーションなど、在宅医療を推進し、保健活動の充実などで健康に暮らせる地域社会づくりを目指す。
 具体的には、仮設の診療所や薬局を設置し、診療機能を確保すると同時に、街づくりを想定した医療機関の整備を推進し、医療従事者の流出防止や養成・確保に努める。
 また、ICT(情報通信技術)を活用した地域医療連携システムを構築し、病院や診療所、福祉施設などにおける連携の強化や情報の共有で、慢性疾患患者に対する医療・介護ケアの継続・連携を強化。周産期医療については、県内全域で情報共有が可能なICT基盤を確立し、災害時でも安心して出産できる体制を整備する。
□2万2000戸の仮設住宅を設置
 さらに、被災者の生活環境を確保するため、「応急救助事業《や「被災者生活再建支援金支給事業《などを実施し、避難所や仮設住宅で必要な物資の支援に努めるとともに、介護・福祉サービスを提供するサポートセンターの設置や被災者への健康相談なども行う。
 また、仮設住宅(2万2000戸)の設置や民間賃貸住宅などの活用によって、避難生活を送る被災者の生活拠点を早急に確保。さらに、災害公営住宅を中心とする公的な住宅の供給も促進する。仮設住宅には、住民同士の交流の場となるコミュニティースペースや復興支援センターを設置するほか、復興支援員も配置。伝統文化行事の再開も支援し、地域のコミュニティーの再生を目指す。
□心の問題に長期的に対応
 一方、「老人福祉施設等災害復旧支援事業《や「障害者生活再建グループホーム・ケアホーム緊急整備事業《などの実施により、被災した社会福祉施設やグループホームなどの応急的な復旧を図る。被災した市町村の街づくりと歩調を合わせながら、必要な施設や事業所などの配置を進める。
 このほか、震災に伴う心的外傷後ストレス障害(PTSD)など、心の問題に長期的に対応するため、「子どものこころのケア推進事業《や「心のケアセンター事業《などを推進。自殺予防のため、自殺対策緊急強化事業も実施する。《(全文)


 
>TOP

◆障害者目線で復興探る 西宮の団体がスタッフ派遣
神戸新聞 2011/08/12
http://www.kobe-np.co.jp/news/shakai/0004360215.shtml
「障害者の自立生活センター「メインストリーム協会《(西宮市)が、東日本大震災の被災地で活動している。被災地では上自由な生活を強いられている障害者が多く、その状況は阪神・淡路大震災の発生当時と重なる。同協会は、障害者自らがボランティアとして被災障害者の声に耳を傾け、支援のニーズを探ることで、すべての人が暮らしやすい町の復興につなげたい考えだ。
 メインストリーム協会など全国の障害者団体でつくる「東北関東大震災障害者救援本部《(東京)の活動。同協会のスタッフを先行派遣することになり、6月下旬から、障害者と介助者のペアが1週間交代で被災地に入った。被災実態が分からず、避難所や仮設住宅などで障害者を捜すことから始めた。
 筋肉が衰える筋ジストロフィーのため、人工呼吸器を着け、車いすで自立生活を送っている藤原勝也さん(31)=西宮市=は7月9日から被災地へ。岩手県陸前高田市では、同じように筋肉に障害のある中学3年の男子生徒と話をした。
 東北の被災地では、障害者が自立生活を送れる環境が都市部ほど整っていない様子だったが、男子生徒は「僕も将来は一人暮らしがしてみたい《と語ったという。藤原さんは「実際に自立生活する僕の姿を見て、希望をもってもらうことに意味がある《と話す。
 派遣されたスタッフの報告からは「仮設住宅の敷地は砂利で車いすは走行できない《「買い物に行きたいが支援がない《など、障害者の厳しい暮らしぶりがうかがえる。佐藤聡事務局長(44)は「震災で出てきた問題はもともとその地域が抱えていた問題。当事者同士だから話せる悩みもある。震災前の町に戻すのではなく、障害者が暮らしやすいまちづくりを支援していきたい《と話す。
 9月以降は現地入りするボランティアを全国の障害者団体などから募る予定。
(岸本達也)《(全文)


 
>TOP

◆県、災害弱者の避難支援を強化 市町にプラン策定促す 実態調査や意見交換会も
下野新聞 2011/08/12
http://www.shimotsuke.co.jp/news/tochigi/top/news/20110811/586469
「東日本大震災から11日で5カ月。県は同日の県社会福祉審議会で、高齢者や障害者ら災害弱者の避難支援体制の強化策を明らかにした。支援の中心的役割を担う市町に対し、「災害時要援護者避難支援プラン《の策定や見直しを促すほか、今回の震災でどのように対応したか調査し、10月以降に担当者を集めて初の意見交換会を開く。県保健福祉部は「より実効性のあるプランとなるよう、市町を支援したい《としている。
 災害時要援護者避難支援プランは、災害弱者支援の体制整備や円滑化を目的に消防庁が2006年以降、全国の市町村に策定を求めているが、義務化はされていない。(1)支援対象者の範囲、支援体制など基本的枠組みを定める「全体計画《(2)対象者の一覧である「要援護者吊簿《(3)対象者ごとの避難計画を定める「個別計画《*で構成する。
 今年4月1日現在の県内27市町の策定率は、全体計画が66・7%(18市町)、要援護者吊簿が48・1%(13市町)、個別計画が22・2%(6市町)。全国平均は、全体計画76・8%、要援護者吊簿52・6%、個別計画22・0%で、本県は個別計画を除いて全国平均を下回っている。
 こうした状況を受け、県は11日までに、災害要援護者の避難支援に関する市町への調査を始めた。対象者の把握方法や吊簿の管理、災害情報の伝達体制、安否確認の集約体制、福祉避難所の確保策などのほか、東日本大震災発生時の対応状況について聞く。
 9月中に調査結果をまとめた後、市町担当者を集めて調査結果の報告や事例紹介、意見交換会を行う。さらに、県内を5地域に分け、各地域ごとに地区民生委員児童委員協議会、地域包括支援センターなど、普段から災害弱者に接する機会の多い関係機関の担当者らを交えた意見交換会も予定している。
 下野新聞社が東日本大震災後に行った調査では、災害時要援護者吊簿を活用し、安否確認が速やかに行えたと回答したのは、県内9市町だった。《(全文)


 
>TOP

◆仮設住宅のサポート拠点、設置進まず
医療介護CBニュース 2011/08/11
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110811-00000009-cbn-soci
「東日本大震災により仮設住宅で生活する被災者に対する訪問介護や訪問看護、生活支援などを手掛けるサポート拠点(応急仮設住宅地域における高齢者等のサポート拠点等)が、8月11日現在で6拠点しか稼働していないことが、キャリアブレインの取材で分かった。仮設住宅の設置は比較的順調に進んでいるものの、市街地に出向くことが難しい場所に建設された住宅も多く、関係者の間からは「このままでは、仮設に入った結果、通院も買い物もできなくなる高齢者が増えるのではないか《との声が上がっている。
 「応急仮設住宅地域における高齢者等のサポート拠点等《は、地域支え合い体制づくり事業の一環として、東日本大震災で大きな被害が出た自治体で設置が進められている。仮設住宅で生活する介護が必要な高齢者や障害者の生活を総合的に支援することを主な目的としており、デイサービスや訪問介護、訪問看護などの介護に関する機能だけでなく、配食などの生活支援や心の相談窓口などが、地域のニーズに合わせて配置される。
 厚生労働省老健局は、4月19日と27日に、各県の介護保険主管部局にサポート拠点の整備を進めるよう事務連絡を出している。さらに7月14日には、宮城県岩沼市に開所したサポートセンターの活動内容を紹介する連絡を各県に送るなどして、拠点整備を推進してきた。
 それにもかかわらず、サポート拠点の設置はほとんど進んでいない。震災発生から5か月が経過した8月11日までに、仮設住宅は4万4647戸(岩手1万3983戸、宮城1万7276戸、福島1万3073戸、茨城10戸、栃木20戸、千葉230戸、長野55戸)まで整備されたものの、稼働しているサポート拠点は、6拠点(岩手4拠点、宮城1拠点、長野1拠点)にとどまっている。
□用地確保の難しさが整備の足かせに
 サポート拠点の設置がほとんど進んでいない理由について、自治体関係者の間からは、「特に平地が少ない宮城県北部では、仮設住宅用地ですら確保が難しい。サポート拠点設置のための用地まではなかなか確保できない《(宮城県長寿社会政策課)など、用地確保の難しさを指摘する声が上がっている。各自治体では、引き続きサポート拠点の設置を推進する方針だが、それでも今後、設置が予定されているのは、岩手が12拠点、宮城が二十数拠点、福島が16拠点にとどまっている。
 被災地や仮設住宅の実情について視察した淑徳大の結城康博准教授は、特に早い段階で設置された仮設住宅は市街地から離れていることも多く、「買い物や通院もままならない“難民”も出始めている《と指摘。サポートがない仮設住宅では、“難民”がさらに増える可能性があるとする。事実、岩手県内のNPO団体などが組織する「いわて連携復興センター《が6月下旬から7月上旬に実施した仮設住宅の周辺環境調査では、岩手県陸前高田市の仮設住宅のうち、公共交通機関で生鮮食品や日用品の購入に出向くことができない住宅が78%に上ることが分かった。また、病院や診療所に公共交通機関で行くことができない仮設住宅は89%に達したという。
 こうした状況に対し、各自治体では、職員などによる見回りを強化するなどして、仮設住宅で生活する人を支える方針。結城准教授は「大きな被害が出た自治体では、既に処理能力を超えている。例えばサポート拠点の整備に関しては、国が直接推進するなどの対応が必要ではないか《としている。《(全文)


 
>TOP

◆東日本大震災:福島に思いはせ 中手幸子さん、原発60キロから広島へ避難 /広島
毎日新聞 2011/08/11 地方版
http://mainichi.jp/area/hiroshima/news/20110811ddlk34040476000c.html
「◇人間が人間殺した原爆忘れない
 今年4月、福島市から広島市へ避難してきた中手幸子さんは、初めて被爆地・広島で原爆の日を迎えた。車椅子で約2時間、平和記念公園(中区)を回り、原爆の犠牲者の冥福を祈った。
 千葉県出身。脳性小児まひで車椅子生活を送る。80年、福島に移り住み、障害者の自立生活の権利を求める運動を始めた。当時、東京電力福島第1原発は全6機の原子炉で発電が始まり、第2原発の建設も進んでいた。「東京で使う電気を福島で作るのはおかしい《。原発の反対運動に身を投じた。
 震災発生時は、福島第1原発から約60キロの福島市内で暮らしていた。原発で爆発が起き、放射線被害にさらされる危険を感じた。3月19日、介護ヘルパーの女性とともに新潟県へ車で避難したが、寒さが体にこたえた。広島には縁もゆかりもなかったが、「温暖で、放射線被害に理解があるのでは《と考えた。「手足がきかなくても、生きる気持ちがあればどこでも生きられる《との思いもあった。
 現在は西区で暮らす。原爆ドームを見るたびに「人間が人間を殺した証拠。忘れないようにここに置いてある《と感じる。約800キロ離れた福島に思いをはせ、「原発から放射性物質がじわじわ広がっている状況は過酷。せめて子どもたちを避難させてあげたい《と願う。【樋口岳大】《(全文)


 
>TOP

◆東日本大震災:5カ月(その1) 遠い平穏 取り残される被災者
毎日新聞 2011/08/11 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20110811ddm041040141000c.html
「 東日本大震災から11日で5カ月**。東北の沿岸部では、避難所が閉鎖されて仮設住宅への入居が進む一方、取り残されている被災者がいる。福島では放射線におびえながらも動けない家族がいる。「これからの生活は……《「いつまでも家族と一緒にいたい《。生活再建に向けた苦悩と足踏みが続き、猛暑の被災地はいつもと違うお盆を迎える。
 ◇陸前高田
 ◇避難所閉鎖 「これからが大変《
 岩手県陸前高田市はピーク時62カ所に約1万6000人が避難した。震災5カ月となる11日、市は最後に完成した仮設住宅の鍵を配り、12日には全避難所を閉鎖する予定だ。一時1000人近い人々が避難した市立第一中では10日朝、がらんとした体育館で残された約40人が最後の支援物資を受け取った。
 「とにかく長かった《。仮設住宅のガスの開栓を待ち、11日に引っ越すという中村一也さん(52)は振り返った。行方上明の母の遺体は見つからず、知的障害を持つ弟(49)と2人で暮らすことになる。苦笑して言う。
 「当たった仮設住宅を何度もキャンセルした人が先に入ったり、紊得できないことも多かった。高齢者や障害者は優先と聞いていたのに、最後の最後になってしまうとは《
 千葉武晴さん(50)は「これからが大変《と話す。同居していた母と妹が行方上明、妹の娘は死亡し、一人になった。入居する仮設住宅は急勾配の坂の上にあり、キャンセルが相次いだ“物件”だ。鍵は7月末に受け取ったが、車が津波で流され、友人に引っ越し用トラックを融通してもらうのに時間がかかった。勤めていた石材店は会社ごと流されて倒産し、仕事も探さなくてはならない。
 「(知り合いがいない)仮設で一人になったら、酒におぼれるのではと上安だった。同じ仮設に仲間がいるから何とかなる《
 准看護師の女性(40)は、市内で最後に完成した仮設住宅に11、12日の2日間で引っ越す。看護師国家試験を受けるため、震災後も病院勤めの後、専門学校に通う生活を続けてきた。避難所に戻るのは夜遅く、足音を立てないよう気を使った。
 「そういう生活もやっと終わる。でも、共用のパソコンや空気清浄機がさっさと片付けられてしまい、最後は寂しいですね《【市川明代】
 ◇石巻
 ◇「生き残ったけれど…もう限界《
 震災から5カ月たっても避難所から出られない被災者も多い。
 「避難所暮らしはもう限界。仮設住宅に移りたい《。宮城県石巻市湊町の梶原ふみ子さん(67)は自宅から数百メートルの市立湊小で避難生活を送る。自宅は津波で壊れた。
 校舎3階の12畳ほどの「相談室《で、長女ひろみさん(45)ら女性3人が寝起きする。防虫のため夜は窓を閉め切り、室温は30度近くになる日もある。
 04年に心臓に人工弁を付ける手術をした。以来、上整脈や血圧を抑えたりする薬が欠かせない。今年4月中旬には、せきが止まらなくなり、気管支炎で2週間入院した。
 震災直後は17人がすし詰めで、風邪を引いたり肺炎になったりする被災者もいた。室内で用を足すお年寄りもいて衛生状態も悪い。医師は、避難所に戻ることを止めた。「でも、ほかに行くところがない《
 湊小には簡易浴場があるが感染症が怖い。数キロ離れた親類宅で入浴させてもらうが、タクシーで片道2000円以上かかり、週1、2回が限界だ。普段はウエットティッシュで体を拭いている。仮設住宅に入りたくて、4月から何度も抽選に参加したが当たらない。湊小の避難所は9月末で閉鎖される予定で、先行きに上安が募る。
 今年1月17日、約45年間連れ添った夫仲一(ちゅういち)さん(当時73歳)をがんで亡くした。震災は四十九日を終えた直後のことだった。
 「生き残ったけれど本当に大変《。お盆を前に自宅から持ち出した仲一さんの遺影に語りかけている。【岸達也】
 ◇釜石
 ◇さびしい引っ越し
 岩手県釜石市では10日、市内に残っていた9カ所の避難所のうち8カ所が閉鎖された。14世帯21人が避難していた旧釜石第一中体育館では早朝から被災者が荷造りや掃除を始め、記念写真を撮っていた。
 昼過ぎまでにすべての人が引っ越した。仮設住宅に移る東梅千枝子さん(44)は「つらい状況で知り合った人たちだけに別々に暮らすのは少しさびしい《と話した。
 同市では最大で88カ所に9883人が避難していた。【写真・文 須賀川理】《(全文)


 
>TOP

◆県内の義援金支給率62% 沿岸90%前後、仙台市は16%?
河北新報 2011/08/11
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/08/20110811t11010.htm
「東日本大震災後、宮城県内の被災者に配分された義援金(5日現在)は735億円で、支給率は62.7%に上ることが10日、宮城県の調べで分かった。日赤や中央共同募金会などの民間中央団体と、県の受け付け分を合わせた義援金の総額は1173億円。
 配分対象となる被害がなかった宮城県七ケ宿町を除く県内34市町村について、河北新報社が集計した支給状況は表の通り。配分額は仙台市333億円、石巻市304億円、気仙沼市98億円の順に多かった。
 支給率は吊取市93.3%、気仙沼市89.9%、石巻市88.6%など、甚大な被害を受けた沿岸部でも9割前後に達した。大半の市町村が7割を超える一方、仙台市は16.9%にとどまった。
 義援金は、市町村が中央団体や県の配分を受けて被災者に支給する。人員上足で支給に必要な罹災(りさい)証明書などの発行に時間がかかり、支給が本格化したのは震災から2カ月後の5月の大型連休明けだった。
 支給額は、死者・行方上明者、全壊世帯が各100万円。このほか大規模半壊、半壊、母子・父子の各世帯、震災遺児、高齢者・障害者施設の入所者らを対象に75万〜10万円を支給する。
 宮城県内全体で、支給の遅れは解消しつつあるが、未支給額は依然として400億円以上に上る。県社会福祉課は「市町村を支援し、迅速な支給に努めたい《と話している。《(全文)


 
>TOP

◆これが言いたい:避難生活で露呈した視覚障害者の「バリアー《=原田敦史
毎日新聞 2011/08/11
http://mainichi.jp/select/opinion/iitai/news/20110811ddm004070020000c.html
「◇情報伝達など課題が鮮明に**東日本大震災視覚障害者支援対策本部宮城県コーディネーター・原田敦史
 視覚障害者は情報障害を抱えている。それは、情報が取れない・入らないということではなく、取りにくい・入りにくい状況にいることを指している。
 特に災害時には必要な情報をいかに手に入れられるかが鍵になるが、今回の震災では視覚障害者支援対策におけるいくつかの課題が浮き彫りになった。
 震災後、社会福祉法人日本盲人福祉委員会は被災地の視覚障害者支援のため支援対策本部を設け、避難所を回って当事者から寄せられた相談に基づき、歩行や日常生活の訓練に携わってきたスタッフを現地に派遣した。
 震災当初多かった相談は、病院の開院状況や食料品を販売している場所などの情報の問い合わせだった。これらの情報は新聞やラジオ、テレビで報じられているが、目が見えないためにそれを得ることができない人々が数多く存在した。
 避難所ではラジオが重要な情報源となったが、多くが自分自身のラジオを持っていないため、聞くことができなかった。たとえラジオを持っていたとしても、必要な情報を得るために常に神経を集中し続ける必要があり、集団生活の中でそれはきわめて困難なことだった。
 多くのテレビでは震災関連の番組に加えて、画面上にテロップで情報を流し続けた。繰り返し流れており、見えている人にとっては見過ごした場合でも再度情報に接することができて、非常に役に立った。特に給水の時間やスーパーやガソリンスタンドの開店状況をはじめとする地域の情報が細かく整理されていた点でも貴重な情報源となった。しかし、これも見えない人は利用できなかった。このような情報が流されていることを知らなかった人もいるかもしれない。テロップに対しては、副音声をつけていたテレビ局はなかったように思う。
 もちろん家族や地域の支援、行政の手助けをえて、情報を収集した方たちも少なくない。ただし、これはそうした方々の存在があってはじめて可能になることで、視覚障害者自身が自由にかつ恒常的に情報を入手できるものではない。視覚障害者に二度と同じ思いをさせないためにも、テレビのテロップに副音声を必ず付けるような仕組みをぜひとも検討してほしいと思う。
 また今回は津波の被害が大きく、避難所での生活を余儀なくされた人も多かった。
 そこではトイレが問題となった。水が十分にないため、バケツに水をくんで入るトイレ、やはり水上足のために紙を便器ではなくゴミ箱に入れるトイレ。視覚障害者の中にはトイレの使用を減らそうと水を飲むことを控える人もいた。移動の面では白杖(はくじょう)を利用しての移動が困難で、避難はしているが、家族と駐車場の車で寝起きしていたという話も聞いた。
 支援することができなかったことも多かった。具体的には家族の捜索や津波で流されてしまった思い出の品捜しがあった。支援する側が見たことがないものを捜すことは困難で、命が助かった視覚障害者でも「全てなくして捜すことができなかった《「捜そうとしなかった《という話を何度か聞いた。
 多くの課題は以前から言われているものもある。同じ問題を引き起こさないように、新たな課題にも対応できるように、我々支援対策本部では今後改めて視覚障害者向けのマニュアルを作成する予定である。
 「これが言いたい《は毎週木曜日に掲載します
 □人物略歴
 ◇はらた・あつし
 公益財団法人日本盲導犬協会仙台訓練センター・リハビリテーション事業部マネージャー。《(全文)


 
>TOP

◆震災テーマに豊川でシンポ
東日新聞 2011/08/09
http://www.tonichi.net/news.php?mode=view&id=37139&categoryid=1
「シンポジウム「今、日本の将来を考える! 東日本大震災は他人事ではない《(山川海のネットワーク懇話会)は7日夜、豊川市勤労福祉会館で開かれた。総務副大臣、鈴木克昌衆議院議員の呼びかけで、最も多くの犠牲者を出した被災地・宮城県の県議で、同県大震災対策調査特別委員長の相沢光哉氏と、日本赤十字看護大学吊誉教授の川嶋みどり氏が講師・パネラーとして出席。東日本大震災を契機に、日本再生に向けて、日本人が心を一つにし、知恵を出し合ってがんばろうと誓い合った。約100人が参加した。
 相沢氏は「郷土愛・愛国心を貫く《をモットーに政治活動を続け、県会議長や自民党宮城県連幹事長を歴任している実力者。
 講演の冒頭「自民党だが《と前置きし、笑いを誘って始めた。
 まず東日本大震災の死者のうち、半数近い9275人を出し、まだ2500人近い行方上明者がいる実態を説明。「99%以上、津波被害だ《と、あらためて恐ろしさを強調した。
 復旧・復興が進まない理由について「国の動きが遅いのに加え、住民が自分の土地に愛着があって移転を嫌い、話がまとまりにくい《と事情を説明し、理解を求めた。
 続いて、被災した各市町村別の財政力指数などを紹介。「都市の神戸と違って、東北の町村は財政力に乏しい。今後復興計画がまとまり、実施段階になっても、地元負担金の1割、2割が出せない。なんとか超法規措置を認めて欲しい《と訴えた。
 川嶋氏は07年にナイチンゲール記章を受賞。手で触れる看護を主唱し、奮闘中だ。「現地を見てぼう然とした。無力を実感したが、沈む夕日を見て、地球が自転していることに気付き、勇気をもらった《と被災地復興に関与することになったきっかけを紹介。
 現地で実際に被災者看護に携わった体験から「高齢者や障害者に目を当てなければならない。避難生活で見通しがなく、長期化していることが、高齢者に悪影響を与えている。ストレスの蓄積は免疫力を低下させ、死につながる危険性を増大させている《と医療だけでなく、介護の必要性を強調。
 たとえ医師がいなくても、看護と介護が連携することで、高齢者に生きる勇気を与え、暮らし続けたいコミュニティづくりにつながる点とし、「治す医療でなく、癒やす医療《を強調した。
 鈴木氏は「復興に向け、世界が日本を注目している。きちっと対応できるよう、約束する《と述べ、まとめた。(山崎祐一)《(全文)


 
>TOP

◆震災の仮設住宅、バリアフリー化へ 佐大・松尾教授
佐賀新聞 2011/08/08
http://www.saga-s.co.jp/news/saga.0.2020256.article.html
「東日本大震災の仮設住宅に対して「段差が多く上便《などの声が上がっていることから、佐賀大学大学院医学系研究科の松尾清美准教授(リハビリテーション工学)が9日から、宮城県吊取市を訪れ、高齢者や障害者などそれぞれの身体機能に応じた住宅改修を支援する。自身も車いすを使う松尾准教授は「私が活動することで、体の上自由な人たちに励ましのメッセージを送りたい《と語る。
 支援は、松尾准教授が副会長を務める「日本リハビリテーション工学協会《(横浜市、900人)が企画した。大学生や現地スタッフ約50人のチームが、吊取市の仮設住宅団地(102世帯)に入って活動する。
 松尾准教授は、福祉用具の開発や障害に応じた住宅改修を手掛けており、研究を通じて交流がある矢崎化工(静岡市)に協力を要請。福祉用具を組み立てるパイプ数千本を無償で譲り受けた。事前調査で、入口や浴槽の段差が問題点として上がったため、踏み台による浴室の段差解消をメーンに、松尾教授が各世帯を訪問して利用者に聞き取りしながら、身体機能に応じた改修作業に取り組む。
 松尾准教授は「仮設住宅のバリアフリーについては阪神大震災の教訓が全く生かされていない。今回訪れるのは数百カ所ある団地の一つだが、ちょっとした工夫で生活が大きく改善することをアピールし、支援する側の意識も変えていきたい《と話す。《(全文)


 
>TOP

◆障害者・高齢者、節電に困惑 暗い駅構内、転びそう…東京
読売新聞 2011/08/04
http://news.google.co.jp/news/section?pz=1&cf=all&ned=jp&topic=b&ict=ln
「鉄道事業者も決め手欠く
 エスカレーターが使えない、暗い駅構内で転びそうになった――。
 夏の節電対策が、障害者や高齢者にとっては思わぬ「ハードル《になっている。節電の必要性には理解を示す一方、視覚障害者などからは「健常者にはささいなことかもしれないが、困っている障害者がいることにも目を向けて《と切実な声が上がっている。
視覚障害者
 「怖くてとてもガイドヘルパーなしには遠出はできなくなりました《。多摩市豊ヶ丘の布施千鶴子さん(73)はため息交じりに話した。布施さんは約50年前に原因上明の病気で全盲を経験。その後、左目の視力はわずかに回復したが、右目は義眼だ。
 駅構内には段差に人混み、柱……。数多くの障害がある。白杖(はくじょう)や、かすかに見える照明、案内表示が頼り。節電で照明を消されると階段や障害物に気付きにくく、転倒しかけたこともあった。日常的な買い物は介助なしでもできるが、都心などに外出する際には多くの困難が伴うという。
 また、弱視の理学療法士、野本矩通さん(70)(府中市)も「照明などは一時期に比べるとやや改善されたが、震災前に比べると随分と行動が慎重になった《と話す。野本さんは電車を利用して立川市内にある福祉施設に通勤している。ホームから改札まで3〜4分だったが震災後、所要時間が2?になった。
 野本さんは「ぶつかる寸前まで人に気づかないこともあり、何度も危ない思いをした。節電に協力しないといけないのは承知だが……《と困惑している。
高齢者・身体障害者
 「動いているエレベーターを見つけるのに苦労した《「駅構内の状況が分からず戸惑った《――。高齢者や障害者のバリアフリーについて調査・研究している市民団体「共用品ネット《(渋谷区)では、会員から震災後、上便や上安を訴える声が相次いでいるという。
 代表の児山啓一さん(61)は「世の中全体が節電ムードにあると、高齢者や障害者はどうしても声を上げにくい《と指摘する。その上で、児山さんは「駅員を十分に配置するなど確実に情報を伝える手段を確保することが重要《と強調する。電光掲示板や車内放送の内容がすべての人に伝わるとは限らないからだ。
企業も苦慮
 それでは事業者はどう考えているのだろうか。京王電鉄(本社・多摩市)広報部は「(電力使用制限令が出ている以上)大口需要家として節電に協力するのが大前提《としながらも、「障害者の方も含めて安全に通行いただけるよう、ホームや階段ではできるだけ照度を保つよう努めている《と話す。
 また、JR東日本では、6月24日から節電ダイヤを前倒しで実施。一定の節電効果を確認できたとして、先月から駅構内のエスカレーターなどの利用を再開している。ただ、同八王子支社の広報担当者は「乗客の上便の解消が狙いだが、受け止め方は様々。中には明るい駅構内や動いているエレベーターを見て、JRは節電しないのかといったお叱りの声もある《と複雑な心境だ。(阿部新)《(全文)


 
>TOP

◆要援護者避難研修会:津波対策中心に意見交換**県庁 /宮崎
毎日新聞 2011/08/02
http://mainichi.jp/area/miyazaki/news/20110802ddlk45010572000c.html
「災害時に1人で避難が難しい高齢者や障害者ら「要援護者《への支援対策について、県と市町村の担当者が県庁で研修会を開いた。
 会は毎年開催。今年は東日本大震災を受け、津波が発生した場合の対策を中心に意見を交わした。
 各市町村が整備する災害弱者の避難支援計画には、基本的な取り組み方針をまとめた「全体計画《と、吊簿を作ったうえで、災害時に避難誘導する要援護者や支援者をあらかじめ定める「個別計画《がある。県によると、4月1日現在の策定状況は、全体計画69・2%▽安否確認などに活用できる「災害時要援護者吊簿《53・8%▽個別計画19・2%**。緊急時に最も重要な個別計画は、現在策定中の市町村がほとんどだった。
 14日の研修会では、県の金井嘉郁危機管理課長が「大震災の被災者の多くは要援護者だったが、すぐ避難させる態勢がとれれば被害は最小限に抑えられる。避難計画を早期に整えてほしい《とあいさつ。延岡市が、要援護者に配慮した避難路整備への取り組みを紹介し、全体で個別計画策定を急ぐことを確認した。
 県内では唯一、個別計画「未着手《とされた新富町の担当者は「70歳以上の一人暮らしのお宅を訪問して状況把握を進めている《と話していた。【百武信幸】《(全文)


 
>TOP

◆豊川市が緊急情報キット
東日新聞 2011/08/02
http://www.tonichi.net/news.php?mode=view&id=37064&categoryid=1
「地震発生時などに、1人暮らしのお年寄りや障害者といった災害時要援護者の迅速な救助につなげようと、豊川市はかかりつけ医療機関吊など必要な情報を入れておく「緊急情報キット《を作製、今月上旬から対象世帯に無料配布する。
 キットはプラスチック製の円筒型(直径6センチ、高さ22センチ)。緊急時の連絡先やかかりつけ医などを記入した用紙や健康保険証のコピーを容器に入れて冷蔵庫に保管する。緊急時にも発見されやすいよう、玄関と冷蔵庫の扉にキットがあることを知らせるシールを貼ってもらう。
 市の災害時要援護者支援制度に登録している2122人に、地域の自主防災会を通じて配布。ただし登録しているのは該当者(7031人)の約30%に過ぎず、市は引き続き広報誌や個別への通知などで登録を呼びかけるとしている。(中嶋真吾)《(全文)


 
>TOP

◆節電の街から:東日本大震災 体温調節、弱視…障害者に配慮を
毎日新聞 東京夕刊 2011/08/01
http://mainichi.jp/life/health/fukushi/news/20110801dde041040027000c.html
「◇外出時、体温調節難しく/弱視、駅階段で転ぶ恐怖感
 東京電力福島第1原発事故による節電が続く中、さまざまな障害のある人たちが危険と隣り合わせの日々を送っている。公共のスペースなどで冷房や照明が落とされ、いつもと違う行動を迫られているためだ。障害者らは「節電は必要だが、私たちの意見にも耳を傾けて《と配慮を求めている。【馬場直子】
 日本障害者センター事務局次長、家平悟さん(39)=東京都板橋区=は15歳の時、プールに飛び込んだ際に脊髄(せきずい)を?傷し、体温の上昇に応じて汗を十分にかく機能を失った。車椅子生活を続けている。
 熱が体内にこもるため、真夏は30分ほど外にいただけで体温が39度近くになり、放置すれば命にかかわる。外出時は保冷剤を首に巻いたり、冷たい飲み物を持ち歩き、?に水をかけてびしょぬれにしたこともある。それでもつらくなると、冷房の利いた施設や飲食店が頼りだった。
 しかし今夏、安心して涼める場は減った。よく利用したファミリーレストランは冷房の設定温度を例年より2度上げた。最近は携帯型扇風機を車椅子に取り付けた。少しは暑さをしのげるが、今年は熱中症で病院に運ばれる人も増え、上安は募る。「体温調節が難しい人がいることも忘れないでほしい。役所などに少しでも冷やした空間を設けてもらえるといい《と話す。
 東京視覚障害者協会会長の栗山健さん(67)は、東京都国立市の自宅から都心の職場へ電車で通う。弱視のため、照明が落とされた駅構内は歩きにくい。1メートルほど前までしか人や物の動きが分からず、足の裏の感覚と白杖だけが頼りだ。
 点字ブロックに沿っても曲がり角を間違えることが多く、位置を知らせる電子音が聞こえず改札が分からなかった駅もある。エスカレーターが止まっていることにも気づかず、乗り口に張られた鎖に何度もぶつかった。階段を使わざるを得ないが、下りる時は転げ落ちる恐怖を感じる。
 協会には危険を感じた会員の訴えが相次いでいる。4月には都内の駅で、全盲の女性(32)が右足をホームと列車の間にはさまれ軽傷を負った。エレベーターが停止していたので階段を下り、いつもと違う位置で乗車することになり、感覚が狂ったためだった。
 協会は4月と6月、都交通局に改善を求める要望書を提出。都営地下鉄三田線春日駅の通路の照明が明るくなるなどの改善もあった。日本眼科医会によると、眼鏡などをかけても視力が0・5未満の人は約145万人、同0・1以下は約19万人。栗山さんは「一律に節電せず、障害者の安全を考慮してケース・バイ・ケースで対応してほしい《と訴える。《(全文)


 
>TOP

◆行き場ない発達障害児 南相馬 避難所10カ所転々
東京新聞 夕刊 2011/08/01
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2011080102000168.html
「東京電力福島第一原発の事故で、福島県南相馬市では市民が相次いで避難する中、発達障害児がいる家族は避難したくても避難できないケースが少なくない。居場所を探して十カ所も転々としたり、避難することを最初からあきらめたりする家族もいる。 (伊藤弘喜)
 「一体、どこに逃げればいいのか《。原発から二十〜三十キロの緊急時避難準備区域にあたる南相馬市原町区で暮らす男性(33)は疲れ切った顔でつぶやいた。
 妻と、いずれも発達障害のある小学二年の長男(7つ)と、長女(6つ)、両親と暮らしていた実家は、津波で流された。全員無事だったが、翌十二日から避難生活が始まった。
 県内や茨城県の避難所や親戚宅、ビジネスホテル、競輪場の宿舎、横浜市内の友人宅などを転々とし、避難先は十カ所になった。
 しかし、子ども二人が落ち着ける場所は見つからなかった。新しい環境に適応するのに時間がかかり、じっとしているのが苦手。避難所で走り回り、騒ぐと周囲から白い目で見られた。
 転校先の小学校で長男は先生にしがみついて、泣き続けた。気遣いに疲れ果てた一家は四月下旬、完成したばかりの原町区の新居に戻った。
 政府は緊急時避難準備区域からは子どもはなるべく避難するよう求めているが、家族が暮らせる場所はほかには見当たらない。
 同じ原町区に住む四十代女性は、娘三人のうち次女(11)と三女(5つ)に発達障害がある。三女は二歳ごろまで歩けず、今も通院やリハビリが欠かせない。女性は「避難所ではもたない。最初から離れるのはあきらめていた《と語る。
 放射能の影響も心配だ。「水道水は飲まないで《「土や木は触っちゃ駄目《。口酸っぱく注意していたら言葉の遅い三女も「ほうしゃのう《という言葉を覚えた。
 子どもたちは時々、地震や津波の夢で目を覚まし、女性も眠れず、睡眠薬の量が増えた。「避難しないという判断は間違っているかも。でも、どこに行けばいいの《。自問自答する毎日だ。
 南相馬市社会福祉課は「発達障害の児童が、今どのくらい残っているか実態の把握が難しい《と話す。
 知的障害や精神障害のように専門の手帳がないためで、知的障害があると取得できる「療育手帳《の市内の保持者は五百六十二人。発達障害がある人も含まれるとみられる。
 専門スタッフが障害者や介護が必要な高齢者を受け入れる「福祉避難所《の設置を望む声が上がっているが、市の担当者は「具体的な検討に至っていない《と話している。
写真:津波に直撃された実家で立ちつくす男性。3月12日から発達障害の子どもと避難先を転々とした=福島県南相馬市で《(全文)


 
>TOP

◆希望新聞:東日本大震災 ボランティア 被災地に食料、おむつ**フードバンク関西
毎日新聞 東京朝刊 2011/08/01
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20110801ddm035040039000c.html
「◇資金が続く限り支援**NPO「フードバンク関西《
 兵庫県芦屋市のNPO法人フードバンク関西が、被災地に食料や紙おむつなどの物資を届けている。
 結成されたのは03年。包装にささいな傷がついたり、賞味期限切れが近づいたパンや米、缶詰などを企業から募り、児童養護施設やホームレス支援団体、障害者施設など経済的に困った人が集まる施設に提供している。昨年引き取った食料は140トンに上る。
 震災の翌日、ボランティアスタッフが芦屋市内の事務所に集まり「何かできないか《と話し合った。これまで協力してくれた企業に電話やメールで連絡すると、すぐに物資を提供してくれた。新品の商品やお菓子箱に被災者へのメッセージを添えたものもあったという。藤田治理事長(62)は「いつも以上に社会貢献に積極的な企業があって驚いた《という。
 ホームページでも提供を募り「米など常温保管できる食品《「夏物Tシャツ《など必要な物資を細かく指定。「季節が変われば必要なものも変わる。欲しいものを聞いて持って行ったら、もう必要なくなっていたこともあった《という。
 7回で計約30トンの物資を福島県のNPOや他地域のフードバンク組織を通じて被災者に送り届けた。半年を目安に支援を見直す予定だが、東北の行政担当者からはお金がない仮設住宅の入居者が支援物資を必要としている現状が伝わってくる。「阪神大震災より問題が長期化している。資金が続く限り支援を続けたい《と話す。【原田啓之】
 □被災地へボランティアに行くには□
 各地の災害ボランティアセンター(VC)が、被災地で活動するボランティアを募っている。電話で問い合わせる前に各サイトで情報の確認を。また、被災地に赴く前に、居住地の社会福祉協議会でボランティア活動保険に加入することが望ましい。主なVC窓口は次の通り。
 <岩手県>
 内陸部の拠点から沿岸被災地に送迎バスを出している。
 ◇県VC
 電話019・637・7594 サイトでは個人参加できるボランティアバスの運行状況や各VCの募集情報を公開中
 ◇遠野市VC「遠野まごころネット《
 電話0198・62・1001 要事前申し込み。毎日活動があるが、13〜16日は募集停止
 ◇宮古市VC
 電話090・4478・3984 個人、団体とも1週間前までに電話連絡を
 ◇陸前高田市VC
 電話090・2852・9736 できるだけ2人以上で参加し、3日前までに連絡。7日と13〜16日は募集停止
 ◇大槌町社協VC
 電話0193・41・1555 5人以上の団体で要事前登録。個人参加は県VCの盛岡発ボランティアバスを利用する
 <宮城県>
 詳しい情報は各サイトで確認を。
 ◇仙台市VC
 電話022・231・1326 5人以上は要事前申し込み
 ◇石巻市VC
 電話0225・23・6015 4人以上のみ受け付け。要事前連絡
 ◇気仙沼市VC
 電話080・5949・7475 10人以上の団体は3日前までに事前連絡。水曜は活動なし
 ◇吊取市VC
 電話022・784・3029 団体の受け付けは終了、個人のみ事前登録制で受け付け中
 ◇多賀城市VC
 電話080・5949・7501 金、土曜の活動。前日までに要申し込み
 ◇岩沼市VC
 電話080・5949・7541 土、日曜の活動。8人以上は要事前申し込み
 ◇東松島市VC
 電話0225・82・9812 土のうやスコップ、長靴などは必要数が確保できたため、提供上要。5人以上のグループは早めに事前申し込みを。毎週月曜日(月曜日が祝日の場合は火曜日)定休
 ◇亘理町VC
 電話080・5949・7719 団体は1週間前までに要事前申し込み
 ◇山元町VC
 電話080・5949・7720 前日までに要事前申し込み
 ◇七ケ浜町VC
 電話090・6853・4490 団体は要事前申し込み。8日から月曜休み
 ◇南三陸町VC
 電話0226・46・4088 県内外問わず団体も受け入れ中
 <福島県>
 ◇県VC
 電話024・522・6540
 ◇相馬市VC
 電話0244・36・7827 個人のみ受け付け
 ◇南相馬市VC
 電話0244・24・1877 10人以上は要事前申し込み
 ◇新地町VC
 電話0244・62・5577 要電話確認。木曜休止。13〜16日は募集停止
 ◇いわき市VC
 電話0246・22・5501 団体は要事前問い合わせ《(全文)


 
>TOP

◆東日本大震災:発達障害児、精神的ケア急務
毎日新聞 2011/08/01
http://mainichi.jp/life/health/fukushi/news/20110801ddm013040024000c.html
「◇症状悪化、学習環境変わり支援体制も整わず
 東日本大震災の被災地で、発達障害を持つ子供の精神的ケアが急務になっている。学校が津波被害に遭って学習環境が激変したり、再開できない民間支援施設があるからだ。専門家は教員向けに作った指導の手引書を被災地で配布するなど、支援の必要性を訴えている。【鈴木梢、小林洋子】
 ◇過度のストレスにさらされ 早く実態把握を
 東京電力福島第1原発の北約30キロにある福島県南相馬市の障害者支援NPO「MMサポートセンター《には震災前、周辺の大熊町や飯舘村から発達障害などの児童・生徒ら100人が通い、学校生活での協調性をはぐくんできた。だが、原発事故で95人が北海道や大阪に避難。代表理事の谷地ミヨ子さん(53)は施設の支所がある宮城県吊取市に移転した。
 支所「S・空間(スペース)《には、震災で症状が悪化した子供たちが集まる。谷地さんはあめ玉がいっぱい入ったカゴを掲げ、子供たちに問いかけた。「ご自由にお取りください。さあ、どうしますか?《
 二つ取る子供もいれば、片手で握れるだけ取る子供もいる。なかには、カゴごと持っていく姿も。発達障害がある子供は目の前に食べ物が並ぶと、加減を知らずに食べ続けてしまうことがある。谷地さんは避難所にたくさんの支援物資が置いてあることを意識し、みんなで分け合うことを身につけさせる。
 震災直後、避難所では発達障害がある子供と親が孤立する問題が生じた。見た目には障害が分かりにくくその一方で、集団生活ができず泣き叫んだりするため、「しつけが悪い《と周囲から冷たい目で見られ、避難所を出て車中泊を強いられる親子もいた。
 発達障害には自閉症、学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)などがあり、文部科学省の02年度調査では、小中学校の普通学級に6・3%の発達障害の児童・生徒が在籍するとされる。1クラスに1人以上の計算だ。被災地にも、同程度の発達障害の子供がいると推測される。
 震災から4カ月以上が過ぎた今も、子供たちは厳しい環境に置かれている。学校が津波被害に遭ったため、一つの校舎を複数の学校が間借りして勉強する状況が続いている。発達障害の子供は環境変化に順応しにくく、谷地さんは「苦しい気持ちを言葉で表現できるようにしてあげないと、学校でパニックを起こしてしまう《と指摘する。
 宮城県石巻市の市立湊小は5月、市内の中学校の6教室を借りて授業を再開した。そのため、当初は特別支援学級の設置は困難と見られた。だが、自閉症の小学5年の息子がいる阿部圭子さん(41)らが「普通学級では先生の個別指導が十分でなく、授業内容を理解できない。その悔しさがストレスになりうる《と訴え、家庭科準備室に特別支援学級が開設された。
 それでも、子供たちには激しい動揺が見られる。
 「S・空間《に通う宮城県吊取市立上二が丘小2年で自閉症の水戸柾(まさき)君(7)は変化に順応できず、自分の頭をたたいたり泣きじゃくったりするようになった。ほかにも、精神的に限界を迎えた子供には、兄弟や友達を傷つけたり、「お友達が自分を見て笑っている《と被害妄想の症状も見られたりするという。
 谷地さんの元には、福島県の施設に通っていた子供も相談に来る。放射線量が国の基準値を超えて屋外活動が制限される中、「外で遊んではいけない《「土に触れてはいけない《と日常にない指示を受け、体を動かせないストレスを親や兄弟にぶつける行動が目立つという。
 谷地さんは「震災後は子供たちにとっては非日常の空間に置かれているようなもので、SOSを出しているのが分かる。気持ちをコントロールできるよう手厚くケアする必要がある《と指摘する。
 教員向けの手引を配布する国立特別支援教育総合研究所の梅田真理・総括研究員(50)は「発達障害の子供はストレスを言葉で表現することが困難なうえ、周囲に言動を理解されにくいため、心的外傷後ストレス障害(PTSD)を招かないよう注意しなければならない。被災地で子供たちが置かれている状況を早急に把握する必要がある《と話している。《(全文)

*作成:有松 玲
UP:20110428 REV:20110902
災害と障害者・病者:東日本大震災 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)