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東日本大震災 障害者関連報道 2011年12月

3月4月 1(1〜10日)4月 2(11〜20日)4月 3(21〜30日)5月6月7月8月9月10月11月12月
災害と障害者・病者:東日本大震災

作成:有松 玲 last update:20120112
*以下については別頁にも記事掲載されています。
人工透析  ◆ALS

◆テレビ報道

◆救援活動の写真 https://picasaweb.google.com/107166457718666569802
 「マスコミや各団体の広報等に活用できるように下記のURLに救援活動の写真をUPすることにしました。ご自由にダウンロードしてお使いください。」とのことです。

新聞記事見出し
◆2011/12/30田村市の公費支出請求却下は「過ち」
asahi.com マイタウン福島2011年12月30日
http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000001112300001
◆2011/12/27東日本大震災:福島第1原発事故 政府事故調中間報告 「災害弱者置き去り」 対策不足、怒り新た
毎日新聞 2011年12月27日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111227ddm041040055000c.html
◆2011/12/26災害弱者へ支援網
読売新聞 群馬 2011年12月26日
http://www.acs.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/news/20111226-OYT8T00030.htm
◆2011/12/261人暮らし高齢者「万が一」備え 冷蔵庫に救急カプセル
産經新聞 2011年12月26日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111226-00000100-san-soci
◆2011/12/24東日本大震災:障害者の死亡率2倍 在宅者保護、課題??35市町村、毎日新聞調査
毎日新聞 2011年12月24日 東京朝刊
http://mainichi.jp/life/health/fukushi/news/20111224ddm001040052000c.html
◆2011/12/24東日本大震災:障害者死亡率2倍 迫る津波、救援後手 電話通じず、警報聞けず
毎日新聞 2011年12月24日 東京朝刊
http://mainichi.jp/life/health/fukushi/news/20111224ddm041040116000c.html
◆2011/12/23聴覚障害者の「みみ」へ 来月、仙台に支援センター
河北新報 2011年12月23日
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20111223_05.htm
◆2011/12/21東日本大震災:被災者に花届けよう 通所者、学生らエコ紙の鉢植え作り??由利本荘 /秋田
毎日新聞 2011年12月21日 地方版
http://mainichi.jp/area/akita/news/20111221ddlk05040028000c.html
◆2011/12/20’11取材帳から:/1 復興へ、角田に障害者就労店舗 /宮城
毎日新聞 2011年12月20日 地方版
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20111220ddlk04070061000c.html
◆2011/12/18災害時「福祉避難所」導入へ
読売新聞 青森 2011年12月18日
http://www.acs.yomiuri.co.jp/e-japan/aomori/news/20111218-OYT8T00234.htm
◆2011/12/17福祉団体、震災で苦境…寄付金減、募金箱流失も
読売新聞 2011年12月17日
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=51862
◆2011/12/16「県地域防災」素案 地震、津波対策一体化
大分合同新聞 2011年12月16日
http://www.oita-press.co.jp/localNews/2011_132401466748.html
◆2011/12/05障害者週間:「絆の大切さ感じた」 仙台市福祉協会長、被災地経験語る /福岡
毎日新聞 2011年12月05日 地方版
http://mainichi.jp/universalon/clipping/archive/news/2011/12/05/20111205ddlk40040146000c.html
◆2011/12/04防災:明日に備える 災害時の視覚障害者支援 地域の理解と共助意識 /兵庫
毎日新聞 2011年12月04日 地方版
http://mainichi.jp/universalon/clipping/archive/news/2011/12/04/20111204ddlk28040245000c.html
◆2011/12/01震災障害者シンポ:当事者自身が声を--神戸 /兵庫
毎日新聞 2011年12月01日 地方版
http://mainichi.jp/universalon/clipping/archive/news/2011/12/01/20111201ddlk28040375000c.html


 
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◆田村市の公費支出請求却下は「過ち」
asahi.com マイタウン福島2011年12月30日
http://mytown.asahi.com/fukushima/news.php?k_id=07000001112300001
「●震災による避難で生じた介護費用、障害者が求め県採決
 震災による避難で生じた介護費用の公費支出を田村市が認めていない問題で、県は、同市内の女性の求めを却下した市の処分を取り消す、と裁決した。
 公費支出を求めているのは田村市の鈴木尚美さん(44)。脳性まひで全身を動かすことが難しく、介護なしでは生活できない。
 震災後、4月4日まで介護事業所の職員らと県内外の宿泊施設を転々とした。この間に受けた規定時間を超す介護サービスの支出を市に求めたが「家は住める状態で、避難は自主的な判断」と却下された。
 鈴木さんは県に審査を請求。県は、鈴木さんが自力で安全を確保できず恐怖を感じていた状況を市が調査していないと指摘。「心身に影響を与える事情を調べることは可能だった」とし、市の処分には大きな過ちがあると結論づけた。
 鈴木さんを支援するグループの代表を務める渡部貞美さんは「市の処分が取り消されてまずはよかった。ただ市がどう対応するかはわからないため、今後も市にきちんとした対応を求めていく」と話している。」(全文)

 
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◆東日本大震災:福島第1原発事故 政府事故調中間報告 「災害弱者置き去り」 対策不足、怒り新た
毎日新聞 2011年12月27日 東京朝刊
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20111227ddm041040055000c.html
「◇避難・退避・移転強いられ
 政府の事故調査・検証委員会が26日に公表した中間報告は、原子力災害が発生した際の住民の避難について、政府や電力業界が十分な対策をとっていなかったことを指摘した。福島第1原発事故で避難を強いられた住民や医療関係者からは、改めて政府の対応を非難する声が上がった。
 大気中の放射性物質の拡散を予測する緊急時迅速放射能影響予測システム(SPEEDI)の分析結果公表が遅れた結果、放射線量の高い地域に避難してしまった人は少なくない。福島県南相馬市原町区の内科医、志賀嘉津郎さん(63)も福島第1原発3号機が爆発した3月14日、妻子を車に乗せ飯舘村の小学校に避難した。
 「ガソリンも少なかったし、飯舘村は原発から約50キロ離れているから安全だと思った。SPEEDIの分析結果を速やかに公表してくれれば、飯舘村には逃げなかった」。村の小学校では、小中学生がボランティアで避難者に食事を配るなど屋外で活動していたといい、「あの子たちがどのくらい被ばくしたのか」と案じる。
 屋内退避の指示区域に入った南相馬市立総合病院は、物流が止まったため医薬品や酸素ボンベが不足して混乱に陥った。全入院患者の避難も始めたが、病院の救急車は1台しかなく、自衛隊の協力で全員の搬送を終えたのは指示から5日後の3月20日。系列の特別養護老人ホームの入所者の間では、搬送後に死亡する人も相次いだ。
 金沢幸夫院長(58)は「国は屋内退避を指示しながら、災害弱者がどうなるか全く考えていなかった。患者の移送手段や医薬品などを確保できる体制を整備しなければ、また同じことを繰り返す」と警鐘を鳴らす。
 福島県福祉事業協会が運営する富岡町や川内村の知的障害者入所施設も、移転を余儀なくされた。当初は一般の避難所に移ったが、環境の変化に対応できない入所者が続出。田村市の通所施設に移った後も、手狭で入所者が重なり合って寝る状態だった。
 事情を知った医療関係者の紹介で、4月に千葉県鴨川市の県立施設へ移った。同協会の山田荘一郎理事長は「我々の力だけで受け入れ施設を探すのは困難。国が施設を紹介してくれないと、避難は難しい」と話した。【松本惇、吉川雄策】」(全文)

 
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◆災害弱者へ支援網
読売新聞 群馬 2011年12月26日
http://www.acs.yomiuri.co.jp/e-japan/gunma/news/20111226-OYT8T00030.htm
「太田市地区ごとに作成進む
 災害時に高齢者世帯や心身障害者の安否確認や、避難の手伝いをする人を決めておく支援網作りを、太田市社会福祉協議会が市内全域で進めている。3月の東日本大震災の際、同市九合地区での先行事例が、有効に機能したためだ。同協議会は2014年度までに、市内全12地区に広げる予定だ。
 65歳以上のみの高齢者宅や、自力で避難が困難な障害者宅に駆けつける近所の住民を1軒あたり4〜5人決めておき、安否やけがの有無を区長や民生委員に連絡したり、救助したりする仕組み。担当の住民宅やお年寄り宅、最寄りの医療機関が一目で把握できる地図も作る。
 10年度に先駆けて支援網「住民支え合いネットワーク」を作ったのは、飯塚町や新井町など11町がある太田市中心部の九合地区。区長会長の志村仁さん(70)は、「うまくいった。とてもよかった」と振り返る。
 地震発生直後は、担当住民が支援網に従って、約150世帯あるお年寄りなどの家に駆けつけ、民生委員に安否を報告。翌朝には、全員の無事を確かめることが出来た。
 同時に「強い味方だった」と、同地区の民生委員、吉沢洋子さん(67)が言うのは「安心カード」。同協議会が10年秋から市内全域の高齢者宅など900世帯に配った、氏名や生年月日、血液型やかかりつけの病院を記すA4判のカードだ。
 「カードがあることで日頃から関心を持つことができ、(震災では)すぐに対応を取れた」と吉沢さん。同じ地区の民生委員からも地図の有効性と共に、カードが確認作業に貢献したとの声が上がった。
 ただ、課題も出た。震災当日は携帯電話が通話しにくく、志村さんも吉沢さんも、「安否確認後、報告する場所を一本化したり、担当住民の役割を決めたりしておくべきだった」と振り返る。
 同協議会では1月中に、同市東部の韮川地区で、今年度末には太田地区と旧新田町地区で支援網を作成し、14年度までに市内全域の支援網を順次完成させたいとしている。」(全文)

 
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◆1人暮らし高齢者「万が一」備え 冷蔵庫に救急カプセル
産經新聞 2011年12月26日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20111226-00000100-san-soci
「□持病などペットボトルに情報カード
 1人暮らしの高齢者らの「万が一」の際に備え、持病や血液型など、救急搬送時の治療に必要な情報を記入したカードをペットボトルに入れ、「どの家庭にもあり頑丈」である冷蔵庫に保管しておく「救急カプセル」が大阪で普及している。東日本大震災後に導入する地域が増え、府内では少なくとも27市町で導入されている。大阪市内で初めて導入した鶴見区では、これまでに「救急搬送時に救急カプセルが活用された」事例が約30件あるという。 
 普及に取り組む大阪市北区社会福祉協議会によると、救急カプセルとは、A4判の「救急情報カード」に名前、親族の緊急連絡先、持病やかかりつけ医などを記入し、500ミリリットルの空きペットボトルに入れたもの。それを冷蔵庫に入れて保管しておくことで、1人暮らしの高齢者らが緊急搬送される際、救急隊員が冷蔵庫を開ければ治療に必要な情報をスムーズに得られる仕組みだ。
 保管場所が冷蔵庫なのは「どこの家庭にもあり、見つけやすく、頑丈で地震でも壊れにくい」(同協議会)ことが理由。大阪市内では鶴見区や北区、住吉区などが導入しているほか、堺市でも一部の区が導入。大阪府社会福祉協議会によると、府内ではそれ以外で、少なくとも25市町が導入している。
 各地区の社会福祉協議会や消防署、ボランティアらが共同で取り組む例が多いが、自治会などが地域単位で独自に導入している例もあるという。基本的な仕組みはどこも同じだが、「救急カプセル」以外に「救急医療情報キット」などと名前が異なるほか、配布対象者や対象年齢が地域によってばらつきがある。東日本大震災後に、導入する地域が増加し、障害者など高齢者以外からの問い合わせも増えたという。
 平成20年に東京都港区が全国で初めて導入し、全国へ広がった。大阪市鶴見区や北区では、専用の用紙と説明書、カプセルが入っていることを示すために冷蔵庫の扉に張るシールをセットで配布している。
 21年夏に導入した鶴見区では、これまでに約1万3千セットを配布。22年には同区内で1人暮らしをする80代の男性が救急搬送された際、カプセルによって、男性に心臓病の持病があることが救急隊員に伝わり、命を取り留めるなど、同区ではカプセルが救急搬送時に活用された例が約30件報告されているという。
 大阪市鶴見区社会福祉協議会の宇都宮葉子さんは「救急カプセルを活用してもらうことも大事だが、このカプセルを手渡して説明することで、1人暮らしのお年寄りとコミュニケーションを取ることができるのも大きなメリット」と話している。
写真:大阪市北区で配布されている「救急情報カード」とそれを入れたペットボトル(写真:産経新聞)」(全文)

 
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◆東日本大震災:障害者の死亡率2倍 在宅者保護、課題??35市町村、毎日新聞調査
毎日新聞 2011年12月24日 東京朝刊
http://mainichi.jp/life/health/fukushi/news/20111224ddm001040052000c.html
「東日本大震災の被害が最も大きかった東北3県の沿岸部自治体で、身体、知的、精神の各障害者手帳の所持者に占める犠牲者の割合は約2%に上り、住民全体の死亡率に比べ2倍以上高かったことが、毎日新聞の調べで分かった。多くの犠牲者は自宅など施設以外の場所にいて、移動が困難だったり状況を把握できず津波から逃げ遅れたとみられる。障害者が抱える災害時のリスクをどう減らすかが改めて問われている。
 調査は10月、3県の沿岸部のうち犠牲者が出た35市町村を対象に実施、33市町村(宮城14、岩手9、福島10)が回答した。仙台市と岩手県陸前高田市は「障害者の死者数を把握できない」として数値の回答はなかった。33市町村の死者は計1万3619人で、全体に占める割合は約0・9%。身体、知的、精神の各障害者手帳の所持者(計7万6568人)に限ると犠牲者は1568人で、死亡率は約2%に達していた。
 障害者が亡くなる率が特に高かったのは宮城県沿岸部。599人の障害者が亡くなった石巻市は7・4%。538人は身体障害者で、うち256人が肢体不自由だった。視覚障害者と聴覚障害者もそれぞれ30人以上亡くなった。市障害福祉課は「施設入所者やデイサービスを受けていた人たちの死亡例は、ほとんどなかった。自力で動けなかったり、津波が迫るのが分からず自宅などで逃げ遅れたケースが多かった可能性がある」と指摘する。
 宮城県女川町では75人の障害者(身体69人、知的4人、精神2人)が犠牲になり、死亡率は14%に達した。同県南三陸町(8・2%)、岩手県山田町(5・4%)、福島県新地町(3・9%)などの死亡率が高かった。【野倉恵】」(全文)

 
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◆東日本大震災:障害者死亡率2倍 迫る津波、救援後手 電話通じず、警報聞けず
毎日新聞 2011年12月24日 東京朝刊
http://mainichi.jp/life/health/fukushi/news/20111224ddm041040116000c.html
「大災害が起きたとき、地域の障害者を誰がどう救えばいいのか。東日本大震災で、東北3県沿岸自治体の障害者の死亡割合が住民全体の2倍に上っていたという事実は、障害者を守る方策が機能しなかったことを物語る。あの日、被災地の障害者はどんな状況に置かれ、行政はどう動いたのか。【野倉恵】
 障害者手帳の所持者2586人のうち約2・2%にあたる56人が亡くなった岩手県釜石市。手足や呼吸のための筋肉が衰える難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)を発症した60代の男性は、救急車に乗せられる直前、津波に流され亡くなった。
 地域の医療機関や介護支援事業者らは、災害時に動けない難病患者らをどうするか事前に検討していた。まず保健師らが安否を確認し、連絡が取れなかったり交通網が遮断されたような場合には救急出動を要請する??。
 地震発生時、保健師は事態が急迫していると判断、保健所から災害優先電話で119番通報して男性を助けようとした。しかし、何度かけてもつながらない。「寝たきりの患者を搬送してください」。やっと電話が通じたのは十数分後だった。
 地元消防や保健所などによると、救急隊の4人が男性宅に到着した時、既に玄関が浸水しており、男性を担架に乗せた直後、大量の水がなだれ込んで男性と隊員1人をのみ込んだ。隊員は生還したが、男性は亡くなった。
 住民の死亡・行方不明が700人以上に及んだ宮城県名取市閖上(ゆりあげ)地区。聴覚障害者の渡辺征二さん(70)は地震発生時、やはり耳の聞こえない妻勝子さん(66)と自宅にいた。
 征二さんの兄敏正さん(74)が血相を変えて車で駆けつけてきたのは50分後。「早く乗れ!」。敏正さんは津波が来ると手ぶりで伝え、夫婦を車に押し込んだ。川沿いの土手を飛ばす車の数メートル後ろに黒い波が迫り、土手下の車と人をのみ込んだ。「30秒遅ければ、私たちも命がなかった」と敏正さんは振り返る。
 征二さん夫婦は普段テレビもあまり見なかった。消防団や地区の役員らが避難を呼びかけたようだが、聞こえない2人には伝わらず、「津波は全くわからなかった」(征二さん)という。
 釜石市も名取市も津波による浸水域を示すハザードマップは作製していたが、障害者らを誰が助けるのかは決めていなかった。
 ◇「時間帯」「障害別」で支援を
 国は05年、1人では避難が困難な障害者や高齢者らを支援するため、全国の市町村に「災害時要援護者避難支援計画」を策定するよう求めた。毎日新聞が調査した3県沿岸部35市町村のうち、だれがどの災害弱者を支援するかという個別計画まで立てていたと回答したのは宮城県石巻市、岩手県久慈市、福島県いわき市など6市。そこですら計画はほとんど役に立たなかった。
 個別計画を35市町村中最も早い07年4月に策定した石巻市。町内会、民生委員、消防団などのネットワークを使い、避難支援を申し出た人に原則2人の支援者をあてていたが、結果的に599人の障害者が亡くなった。市は今後、避難時の住民行動の検証をする方針だが、担当者は「津波は想定を超える高さで、逃げ込める高層ビルや高台がない所も少なくなかった」と話した。
 塩釜市の担当者も「防災無線や電話が使えず、支援者自身の身の安全確保すら難しかった」と話し、計画が機能しなかったことを認めた。
 「災害弱者に誰かをつけて一緒に逃げてもらう」という計画の仕組みそのものが、地元に伝わる「津波てんでんこ」の思想と「本質的に相いれないのではないか」(宮城県気仙沼市、岩沼市)との声も上がる。津波の際はめいめいが他人を気にせず逃げろという「津波てんでんこ」。気仙沼市の担当者は「支援者の安全優先を明確にしないと、なり手がなくなる。災害別、時間帯別、障害別に支援の仕方をきめ細かく決める必要がある」と指摘した。
 住民の高齢化や過疎化が進む三陸地方などでは、元々支援者の確保が難しい自治体も多い。震災後の災害弱者支援については「従前の支援計画を再び作っても意味はない。新たなまちづくりや復興計画と連動させるべきだ」(宮城県東松島市、南三陸町、岩手県陸前高田市など)とする自治体が多かった。
 自らも車椅子を利用する東俊裕・内閣府障がい者制度改革推進会議担当室長は「聴覚障害の人に危険を伝えれば自分で避難できるが、視覚障害や肢体不自由の人には移動介助が必要だ。災害弱者対策は都市計画、福祉、防災を総合して取り組むべき問題だ」と話す。
 ◇障害者手帳所持者と全住民の死者数と割合◇
 【宮城】障害者手帳所持者(人)    %  住民全体   %
石巻市       599     7.4  2726 1.7
塩釜市         0     0.0    47 0.08
気仙沼市      135     3.7  1027 1.4
名取市        76     2.0   810 1.1
多賀城市       17     0.7   122 0.2
岩沼市        12     0.7   149 0.3
東松島市       96     4.8   990 2.3
亘理町        23     1.5   299 0.8
山元町        53     6.3   614 3.7
松島町         1     0.1    16 0.1
七ケ浜町        7     0.8    91 0.4
利府町         0     0.0    11 0.03
女川町        75    14.0   771 7.7
南三陸町       82     8.2   755 4.3
 【岩手】
釜石市        56     2.2   735 1.8
大船渡市       47     2.1   328 0.8
宮古市        36     1.1   418 0.7
大槌町        59     5.8  1184 7.4
山田町        60     5.4   730 3.8
岩泉町         1     0.1    11 0.1
田野畑村        3     1.5    23 0.6
野田村         1     0.4    28 0.6
久慈市         0       0     4 0.01
 【福島】
相馬市        17     0.9   457 1.2
南相馬市       34     0.8   640 0.9
いわき市       35     0.2   307 0.09
新地町        17     3.9   109 1.3
浪江町        23     1.7   146 0.7
広野町         0     0.0     2 0.04
楢葉町         1     0.2    11 0.1
富岡町         1     0.1    19 0.1
大熊町         0     0.0     9 0.08
双葉町         1     0.3    30 0.4
3県計      1568     2.0 13619 0.9」(全文)

 
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◆聴覚障害者の「みみ」へ 来月、仙台に支援センター
河北新報2011年12月23日
http://www.kahoku.co.jp/spe/spe_sys1062/20111223_05.htm
「宮城県は22日、東日本大震災で被災した聴覚障害者を対象とした「みやぎ被災聴覚障害者情報支援センター」(愛称みみサポみやぎ)を、仙台市内に来年1月4日開設することを決めた。ホームページによる生活関連、社会参加情報の発信などを行い、外見から判別しにくく、支援の手が届きにくいと指摘されてきた聴覚障害者の生活再建を支援する。?? センターは震災後から聴覚障害者を支援してきた「東日本大震災聴覚障害者救援宮城本部」(県ろうあ協会など5団体で構成)が運営。手話通訳士2人と要約筆記奉仕員、聴覚障害者の4人をスタッフとして配置する。? 生活関連、社会参加情報の発信のほか、仮設住宅や自宅訪問による巡回相談、地域生活の支援などが活動の柱となる。? 生活関連情報は、手話通訳を収めた動画に字幕を入れて1週間に1回程度配信する。情報のニーズを探るため、身体障害者手帳(1〜6級)を持つ聴覚障害者にアンケートを行った上で制作する。? ボランティア団体や民生委員を対象にした啓発にも力を入れる方針。スタッフの手話通訳士庄子陽子さん(36)は「情報不足を訴える聴覚障害者の声に応え、地域の中で安心して生活できるよう支援したい」と語る。? 開所時間は、土曜を含む平日の午前9時半〜午後5時半。連絡先は022(349)9605。ファクスは022(349)9606。
写真=開所に向け、手話入り動画の編集作業に当たるスタッフ=22日、仙台市宮城野区」(全文)

 
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◆東日本大震災:被災者に花届けよう 通所者、学生らエコ紙の鉢植え作り??由利本荘 /秋田
毎日新聞 2011年12月21日 地方版
http://mainichi.jp/area/akita/news/20111221ddlk05040028000c.html
「仮設住宅で暮らす東日本大震災の被災者に花を届けようと、由利本荘市の障害者小規模作業所「あゆみ」の通所者と仙台市の東北文化学園大の学生らが20日、新聞紙で作った「エコ紙鉢」240個に、チューリップの球根を植えた。「一緒に春を待とう!プロジェクト」と名付け、紙鉢は22日に宮城県名取市内の仮設住宅に届ける。来年4月半ばごろ花が咲くという。
 同プロジェクトは、作業所を運営するNPO法人の佐々木三知夫理事長(65)が、作業所で作っている紙鉢を復興支援に役立てたいと、同大の三木賢治教授(62)に相談したことで始まった。この日は由利本荘市岩谷町の「創作いきがいセンター」で、通所者5人と同大総合政策学部の3年生7人が、同市の園芸家、鈴木文雄さん(81)の指導を受けながら一つずつ球根を植えた。秋田市の大森山動物園のゾウのフンなどから作った「ゾウさん堆肥(たいひ)」も使われた。
 同大の山城瑠美さん(21)は「震災復興の支援をしたいという障害者の人たちの手伝いができてよかった」と話した。古泊一成さん(21)も「春に咲く花が、被災者と障害者の懸け橋になればいい」と笑顔を見せた。佐々木さんは「障害の有無にかかわらず、ボランティア活動を通して被災者とのかかわりを持ちたい」と話した。
 仮設住宅へ紙鉢を届ける際は、通所者が農園で育てたサツマイモを焼いた焼き芋や、被災者への励ましの言葉を書いた寄せ書きも贈るという。【加藤沙波】」(全文)

 
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◆’11取材帳から:/1 復興へ、角田に障害者就労店舗 /宮城
毎日新聞 2011年12月20日 地方版
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20111220ddlk04070061000c.html
「◇支え合い働く喜び
 日本漢字能力検定協会(京都市)は、今年の世相を漢字1字で示す「今年の漢字」に「絆」を選んだ。東日本大震災や台風による被害、タイ洪水など、国内外で大きな自然災害が相次いだ中、家族や仲間など身近でかけがえのない人との絆を改めて知ったことが選定の主な理由という。
 震災以来、被災地各地でボランティア団体や企業などによる義援金、支援物資、激励の手紙など絆を深める物心両面の支援活動が今なお続けられている。
 白石通信部の管内でも連日、さまざまな復興支援活動を取材している。列挙すると、有名歌手の激励コンサート▽仮設住宅の入居者への衣類や日用品、花苗無料配布▽避難所での健康診断▽流失した魚市場の施設整備▽壊滅したイチゴ畑でのがれき撤去▽書家による激励詩文寄贈▽手狭な保育所のテラス増築??など数え切れない。
 こうした中、震災発生から半年が経過した9月15日、角田市のAコープ角田店内に障害者の就労施設店舗「にじいろカフェ」がオープンした。震災からの復興を目指す第一歩と位置づけられる。
 これまで同市の社会福祉法人・臥牛三敬会(湯村利憲理事長)が運営し、障害者が働いていた山元町の「ぱぴはうす2号店」と「つつみ屋山下駅前店」、多賀城市八幡の「ぱぴはうす3号店」の全3店舗は大津波で流失した。
 幸いにも利用者と職員の人的被害はなかったが、運営がやっと軌道に乗った店舗がなくなってしまった。利用者も就労場所を失い、自宅待機などを余儀なくされていたという。
 こうした現状を知った日本財団とAコープ宮城など関係者多数の支援協力で、地元の人々の「憩いの場」として「にじいろカフェ」のオープンにつながった。震災後、途方に暮れていた利用者と職員は今、地元産の果実や野菜を使ったイタリアンジェラート、シフォンケーキ、パウンドケーキなどの製造・販売に意欲的に取り組んでいる。どの顔も明るく生き生きとし、「働ける喜び」を改めてかみしめているようだ。復興への「小さな明かり」が見え始めた。
 県内は「復興へ頑張ろう!みやぎ」をスローガンのもと、復興に向けて歩き始めたばかり。復興への道のりはまだまだ遠く険しい。取材に臨むたび、「一人の記者として私に今何ができるのか」と自問自答を繰り返している。その一方で、困難な時だからこそ、人と人が互いに支え合い、地域社会との協力による「絆」の大切さを改めて実感している。これからも引き続き、刻々と進む復興状況を取材しながら、一日も早い復興を願っている。【豊田英夫】
 東日本大震災でかつてない被害を受けた宮城県。混乱が続く中、記者はさまざまな現場に立ち会い、記事を書き続けました。新たな年を迎える前に最前線で取材した記者が取材帳を見直し、2011年で一番印象に残った取材を振り返ります。=つづく」(全文)

 
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◆災害時「福祉避難所」導入へ
読売新聞 青森 2011年12月18日
http://www.acs.yomiuri.co.jp/e-japan/aomori/news/20111218-OYT8T00234.htm
「八戸市事業者と協定70か所
 八戸市は、災害時に高齢者や障害者らの避難を専門に受け入れる福祉避難所を導入する方針を決めた。22日に約50の介護・福祉事業者と協定を結び、今後は震災時に施設を開放してもらう。東日本大震災で不自由な避難生活を余儀なくされた障害者などからは歓迎の声が上がる一方、行政の支援が足りず事業者に設備・人員面で負担がかかるなど課題は少なくない。(岡部雄二郎)
 市福祉政策課によると、福祉避難所として開放されるのは、協定先の事業者が市内や近隣自治体で運営する介護・福祉施設計約70か所。一般の公民館や学校など「1次避難所」に避難した住民のうち、特別な介護や配慮が必要な高齢者や障害者に設備やスタッフの充実した各施設へ移ってもらう仕組みだ。県内の自治体で福祉避難所を整備するのは6例目。
 同市では、東日本大震災で最大9000人超が避難生活を送った。視力障害を持つ人が避難所のトイレの場所も分からずに困るなどした経験を踏まえ、震災後に福祉避難所の整備を市に要望した市視力障害者福祉協会長の田村政雄さん(64)は、協定締結に「大きな一歩前進だ」と期待を寄せる。
 ただ、実情は事業者側の善意に頼る部分が大きい。今回協定を結ぶ市内のある特別養護老人ホームは、直前まで協定締結を見送る方針だった。避難所運営に必要な大型自家発電機の配備や大量の食糧備蓄が難しいためだ。最終的には、震災後に購入した小型の発電機2台など既存の設備でも乗り切れる「受け入れ人数6人」に限って協力を決めたが、担当者は「受け入れたい気持ちは強くても自前の施設だけでは不安がある。行政の手助けがほしい」と話す。
 厚生労働省によると、災害後の避難所運営費は災害救助法に基づき国が補助するが、平時にかかる諸経費には適用されない。県にも財政的な支援制度はない。
 6月に福祉避難所を導入したむつ市の場合、当初打診した31施設のうち、設備や職員数の不足を理由に断念する施設が相次ぎ、協定を結べたのは21か所だった。受け入れ可能人数は計634人にとどまり、市介護福祉課は「今後も数を増やしたいが、現状ではなかなか難しい」と打ち明ける。
 そもそも1人では避難所にたどり着くこと自体が難しい高齢者や障害者の避難を、誰がどう支援するのか。こうした「要援護者」の問題も残されたままだ。
 7月の総務省消防庁の調査によると、要援護者一人ひとりの個別支援計画を策定している自治体は、県内では9自治体のみ。八戸市は策定途中で、登録された要援護者約3600人のうち支援計画を作り終えたのはまだ1割程度だ。市は「避難所を整備しても、避難できなければ意味がない」として、自主防災組織の結成率を高めるなどして要援護者の支援にも力を入れる方針だ。」(全文)

 
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◆福祉団体、震災で苦境…寄付金減、募金箱流失も
読売新聞 2011年12月17日
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=51862
「東日本大震災の被災者に全国から義援金などの善意が集まる一方、震災以前から地道な活動をしてきた福祉公益団体への関心は、相対的に薄れている。
 福祉関係者からは「被災者以外の弱者にも、目を向けてほしい」との声が出ている。
 悩みを抱える人の声に、ボランティアが耳を傾ける「盛岡いのちの電話」(専用ダイヤル019・654・7575)は、事務や研修費などの運営資金が年間1000万円程度かかる。寄付金を募っているが、今年は震災の影響もあって昨年より一般寄付が数十万円少ないという。金沢弘幸理事長は「震災を受け、心の相談はますます重要になっている。ぜひ関心を持ち続けてほしい」と話す。
 活動を支援するためのチャリティーコンサートが22日午後6時半から、盛岡市内丸の県民会館で開かれる。
 14回目の開催で、10月の全日本合唱コンクールで4年連続金賞に輝いた県立不来方高校音楽部がクリスマスソングなどを披露。入場料は大人1200円(前売り1000円)、小中高校生600円(同500円)。県民会館などで前売り券を販売している。問い合わせは、いのちの電話事務局(019・652・4162)。
 一方、障害者の自立を支援している「生命(いのち)の詩(うた)基金」は、沿岸地域の商店などに置いてもらっていた募金箱が津波で流されたが、再設置の見通しは立っていない。同基金は、障害者の結婚祝い金やパラリンピックに出場する選手へ補助金を支給してきた。
 県身体障害者福祉協会の吉田与三郎事務局長は「被災地は大変な思いをされており、再設置をお願いしにくい。ただこういう時だからこそ、障害者を元気づけたい」と話している。
 問い合わせは事務局(019・637・7636)、寄付金は郵便振替(02270・3・54620)。
写真:チャリティーコンサートに向け練習する不来方高音楽部の生徒たち」(全文)

 
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◆「県地域防災」素案 地震、津波対策一体化
大分合同新聞 2011年12月16日
http://www.oita-press.co.jp/localNews/2011_132401466748.html
「東日本大震災を受け、見直しを進めていた県地域防災計画の素案がまとまり、16日、県庁であった同計画再検討委員会(委員長・照山龍治生活環境部長)の第6回会合で明らかにされた。「災害に上限はない。何よりも人命」の基本方針に基づき、地震対策に重きを置いていた従来計画を全面的に見直し、地震と津波の対策を一体的に扱うよう変更。今後、国の防災基本計画と擦り合わせながら、来年3月までに最終的な計画をつくる。?? 県や市町村の防災担当者らが出席した会合で、広瀬勝貞知事は(1)津波からの避難対策の強化(2)高齢者や障害者ら災害時要援護者対策の推進(3)被災者の目線に立った計画策定(4)広域大規模災害への備え―の4項目に重点を置いたと説明。策定に当たっては、有識者会議から提言を受けたほか、被災地から県内に避難している人や、被災地に派遣された県職員らから聞き取った意見を反映した。? 素案では、津波の暫定的な想定を従来の2倍とし、避難訓練などでは3倍以上を目安とするよう明示。訓練での災害想定のモデルを示すなど従来より具体性を持たせた。防災教育では、子どもたちの学年に応じ計画的な指導をするなどソフト面を充実。震災の教訓を踏まえ、広域災害への態勢整備や避難所運営の在り方なども盛り込んだ。? 各市町村はこの素案に基づき、地域の実情を考慮して、各自で防災計画の素案を本年度中にまとめる。? 今回、見直したのは地震や津波の防災対策に関わる部分だけ。福島第1原発の事故を受け、国は原子力防災対策の見直しを進めているが、県生活環境部は「当面は国の動向を見守る」との姿勢で、原子力災害を見据えた計画の見直しには着手していない。」(全文)

 
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◆障害者週間:「絆の大切さ感じた」 仙台市福祉協会長、被災地経験語る /福岡
毎日新聞 2011年12月05日 地方版
http://mainichi.jp/universalon/clipping/archive/news/2011/12/05/20111205ddlk40040146000c.html
「障害者週間(3〜9日)に合わせた記念の集いが4日、中央区の市民福祉プラザで開かれた。基調講演では、仙台市障害者福祉協会の阿部一彦会長が東日本大震災の経験に基づいて「伝えたい思い」のテーマで講演、「絆の大切さを感じた」と話した。
 阿部会長によると、一般の避難所に身を寄せた障害者の多くが、周囲の理解不足に苦しみ、車の中で過ごしたりしたという。また、行政の個人情報保護が壁となり、障害者がどこにいるのか分からなくなり、結果的にボランティアの支援が届かない状況に陥ったという問題も起きた。
 阿部会長は「大半の身体障害者や難病患者が、近所の人やボランティアの手助けを必要としている。(被災時の)具体的な避難方法を個別に決めておく必要がある」と話した。【川島紘一】
〔福岡都市圏版〕」(全文)

 
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◆防災:明日に備える 災害時の視覚障害者支援 地域の理解と共助意識 /兵庫
毎日新聞 2011年12月04日 地方版
http://mainichi.jp/universalon/clipping/archive/news/2011/12/04/20111204ddlk28040245000c.html
「◇情報提供方法の構築が必要
 災害時の視覚障害者のサポートのあり方について探るシンポジウム「アイライトフェア2011」(NPO法人神戸アイライト協会主催)がこのほど、神戸市中央区で開かれた。視覚障害者や支援者約150人が参加し、配慮すべき課題、問題点が次々と浮き彫りとなった。シンポを通じて重視するテーマの根幹となったのは、やはり「地域社会とのつながり」だった。【村上正】
 阪神大震災では約8000人の視覚障害者が被災したとされる。倒壊した民家のがれきが生活道路をふさぎ、点字ブロックが壊れるなど歩き慣れた街の環境が一変。避難、救援のあり方などが課題となった。シンポでは、東日本大震災の被災地で視覚障害者の支援活動にあたった識者らが、さまざまな視点で意見を交わした。
 議論の皮切りに、社会福祉法人「岐阜アソシア」(岐阜市)の棚橋公郎さん(47)が「被災地の現状」と題して講演した。棚橋さんは日本盲人福祉委員会からの派遣で東日本大震災発生直後から、視覚障害者の安否確認で現地入り。効率的な活動のため、行政に視覚障害者の名簿を求めたが、個人情報保護が壁となり入手は難しく、安否確認は困難を極めたという。
 「要援護者登録はあるが、行政がそれをもとに支援できる状況ではなかった」といい、地元の社会福祉協議会は利用者のみの安否確認にとどまっていた。避難所で「視覚障害者の方いらっしゃいますか」と呼びかけたが、返事はほとんどなかったという。周りの避難者に迷惑をかけたくないとの遠慮があったではないかと分析する。しかし、周囲がそうした災害弱者の存在を知ることも大切で、住民とのコミュニケーションは不可欠。「呼びかけには応じてもらいたい」と訴えた。
 また、岐阜県で実施している視覚障害者と住民が一体となった防災への取り組みを紹介した。岐阜アソシアは5年前から、障害者を主役にし地域住民も多く参加する防災運動会を開いている。地域の一般的な防災訓練は、健常者の視点で実施されるケースが多い。障害者が積極的に参加できる取り組みをしようと企画した。参加者は目隠しで競技に挑戦するなどし、視覚障害について互いに理解を深める。取り組みは08年度、消防庁長官賞に選ばれ、現在は岐阜県との共催事業に成長した。
 パネルディスカッションでは、棚橋さん▽JBS日本福祉放送代表の川越利信さん▽人と防災未来センター主任研究員の宇田川真之さん▽神戸アイライト協会理事長の森一成さんの4人がパネリストとなり、災害時の要支援情報の扱いや避難所のあり方などについて議論を交わした。
 森さんは阪神大震災の教訓から、救援チームと行政が協力して情報提供方法を構築する必要性を訴えた。阪神大震災では視覚障害者の2次避難所として、盲老人ホームなどが受け皿となった。森さんは支援、避難が必要な人には「各県に一つはある盲学校を利用するべき」と提案した。
 宇田川さんは、情報提供のチラシなどを作成し、行政を通じて要援護者に届ける手法の有効性を説明。津波対策では浸水域などを示したハザードマップを活用することを勧め、地震の揺れで倒れて障害物にならないよう、家具の固定の重要性もつけ加えた。
 川越さんは、今年9月の台風被害でも課題となった「障害者に避難情報をいかに素早く届けるか」について取り上げた。「普段から地域に入り込むかが問われている」と視覚障害者自身の努力も欠かせないとし、さまざまな地域の行事に参加することを勧めた。「隣人だけにとどまると、互いに被災した際に情報が届かなくなる」とし、「自助の先に共助があると考えた方が良い」と防災の基本的な考え方を強調した。」(全文)

 
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◆震災障害者シンポ:当事者自身が声を--神戸 /兵庫
毎日新聞 2011年12月01日 地方版
http://mainichi.jp/universalon/clipping/archive/news/2011/12/01/20111201ddlk28040375000c.html
「阪神大震災や東日本大震災で被災した障害者が体験を伝えるシンポジウム「震災と障がい者」(ひょうご地域福祉政策研究会主催)がこのほど、新長田勤労市民センター(神戸市長田区)であった。約60人が参加、当事者自身が声を上げていく必要性など震災時の問題を語り合った。
 仙台市の自立生活センター「CILたすけっと」代表、及川智さん(33)は脳性まひで車椅子生活。センターで会議中に被災し「落下物から体を守るものが何もなく、怖かった」と振り返った。スタッフと避難所に逃れたが、車椅子での移動が困難で食料も回らず、荒れ果てた事務局で避難生活を送った。
 3月18日に障害者の安否確認や救援物資の配布を始め、同31日には「被災地障がい者センターみやぎ」を設立し半年間で389人の障害者を支援。「東北はもともと福祉サービスが少ないが、震災でさらに課題が浮かんだ。私たち当事者がもっと活動していくことが重要だ」と訴えた。
 阪神大震災を機に設立された、障害者団体を支援するNPO法人「ゆめ風基金」(大阪市)の橘高千秋事務局長は、被災地の福祉作業所が津波で流され「無認可の小規模作業所は公費が一切出ない。これでは障害者は居場所を失い、暮らしていけない。長期的に支援していかなければならない」と指摘した。
 阪神で被災したNPO法人「生活支援研究会」の野橋順子理事長(36)=神戸市東灘区=は「阪神も被災時に『障害者はこれが困る』と訴えたのでバリアフリーが進んだ。東日本の皆さんも今がチャンスと思ってほしい。当事者が訴えないと変わらない」と呼び掛けた。【錦織祐一】
〔神戸版〕」(全文)

*作成:有松 玲
UP:20120112 REV:,
災害と障害者・病者:東日本大震災 
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