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東日本大震災 障害者関連報道 2011年11月

3月4月 1(1〜10日)4月 2(11〜20日)4月 3(21〜30日)5月6月7月8月9月10月11月12月
災害と障害者・病者:東日本大震災

作成:有松 玲 last update:20111128
*以下については別頁にも記事掲載されています。
人工透析  ◆ALS

◆テレビ報道

◆救援活動の写真 https://picasaweb.google.com/107166457718666569802
 「マスコミや各団体の広報等に活用できるように下記のURLに救援活動の写真をUPすることにしました。ご自由にダウンロードしてお使いください。」とのことです。

新聞記事見出し
◆2011/11/27東日本大震災:被災の障害者支援、東北作業所応援市−−神戸・中央区 /兵庫
毎日新聞 2011年11月27日
http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20111127ddlk28040239000c.html
◆2011/11/27復興支援障害者の職も
読売新聞 2011年11月27日
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/news/20111126-OYT8T00969.htm
◆2011/11/26沿岸の障害者雇用、法定率届かず 震災影響で40人減
岩手日報 2011年11月26日
http://www.iwate-np.co.jp/economy/e201111/e1111263.html
◆2011/11/25作業所「「頑張る」応援市/神戸
朝日新聞 MY TOWN兵庫 2011年11月25日
http://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000001111250001
◆2011/11/25障害者 避難生活を体験
読売新聞 大阪 2011年11月25日
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/osaka/news/20111125-OYT8T00075.htm
◆2011/11/25まず、個より始めよ――被災障害者の過酷な現実から考える防災のあるべき姿 災害に強い町づくりを、過疎の町と障害者たちに学ぶ【後編】5ページ
DIAMOND ONLINE 2011年11月25日
http://diamond.jp/articles/-/15024?page=5
◆2011/11/25まず、個より始めよ――被災障害者の過酷な現実から考える防災のあるべき姿 災害に強い町づくりを、過疎の町と障害者たちに学ぶ【後編】4ページ
DIAMOND ONLINE 2011年11月25日
http://diamond.jp/articles/-/15024?page=4
◆2011/11/25まず、個より始めよ――被災障害者の過酷な現実から考える防災のあるべき姿 災害に強い町づくりを、過疎の町と障害者たちに学ぶ【後編】3ページ
DIAMOND ONLINE 2011年11月25日
http://diamond.jp/articles/-/15024?page=3
◆2011/11/25まず、個より始めよ――被災障害者の過酷な現実から考える防災のあるべき姿 災害に強い町づくりを、過疎の町と障害者たちに学ぶ【後編】2ページ
DIAMOND ONLINE 2011年11月25日
http://diamond.jp/articles/-/15024?page=2
◆2011/11/25まず、個より始めよ――被災障害者の過酷な現実から考える防災のあるべき姿 災害に強い町づくりを、過疎の町と障害者たちに学ぶ【後編】
DIAMOND ONLINE 2011年11月25日
http://diamond.jp/articles/-/15024
◆2011/11/25作業所「「頑張る」応援市/神戸
asahi.com 2011年11月25日 MY TOWN 兵庫
http://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000001111250001
◆2011/11/24遷延性意識障害 全国アンケート(上)追いつめられる家族
河北新報 2011年11月24日
http://www.kahoku.co.jp/spe/inochi/20111124_03.htm
◆2011/11/24震災から 鴨川 避難の障害者 帰郷へ第1陣
河北新報 2011年11月24日
http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000761111240001
◆2011/11/24「植物状態」家族7割超拒否感 偏見に傷つき苦しむ
河北新報 2011年11月24日
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/11/20111124t73019.htm
◆2011/11/2412時間超介護4割 遷延性意識障害・全国アンケート
河北新報 2011年11月24日
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/11/20111124t73020.htm
◆2011/11/21震災の教訓生かす 自治会主導で防災訓練 明石
神戸新聞 2011年11月21日
http://www.kobe-np.co.jp/news/touban/0004631877.shtml
◆2011/11/20 「震災と自閉症児」考える 盛岡でシンポ
岩手日報 2011年11月20日
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20111120_8
◆2011/11/15 障害児支える地域の絆 震災、原発事故…… 避難生活で大切さ浮き彫り
西日本新聞 2011年11月15日
http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/word/2665/8558
◆2011/11/12 東日本大震災:福祉施設、沿岸部での建設禁止 仙台市方針、津波災害に配慮 /宮城
毎日新聞 2011年11月12日
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20111112ddlk04040060000c.html
◆2011/11/11 仮設住宅の住環境格差、寒さ対策を怠った宮城県
東洋経済オンライン 2011年11月11日
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111111-00000000-toyo-bus_all
◆2011/11/11 東日本大震災:福祉施設、沿岸部は建築禁止 仙台市方針
毎日新聞 2011年11月11日
http://mainichi.jp/photo/archive/news/2011/11/11/20111111k0000e040083000c.html
◆2011/11/10 東日本大震災:不便強いられる聴覚障害者 小平で12日、現状伝える講演 /東京
毎日新聞 2011年11月10日
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20111110ddlk13040250000c.html
◆2011/11/10 震災から 鴨川 障害者帰郷 立たぬメド
朝日新聞 MY TOWN 千葉 2011年11月10日
http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000761111100001
◆2011/11/10 【暮らし】震災で浮き彫り 排せつケア課題 普段から正しい知識を
東京新聞 2011年11月10日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2011111002000038.html
◆2011/11/09 福祉避難所 大震災後、京滋の指定ゼロ
京都新聞 2011年11月09日
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20111109000027
◆2011/11/09 企画特集 1【生きる・支える】災害弱者支援 知恵絞る地域
朝日新聞 MY TOWN 神奈川 2011年11月09日
http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000151111090001
◆2011/11/04 災害弱者の対応どう考える 13日、高津区でシンポジウム
タウンニュース 2011年11月04日
http://www.townnews.co.jp/0206/2011/11/04/123717.html
◆2011/11/03 フォーラム:災害時の障害者避難など考える−−盛岡 /岩手
毎日新聞 2011年11月03日
http://mainichi.jp/area/iwate/news/20111103ddlk03040056000c.html
◆2011/11/03 東日本大震災:住宅建設棚上げ、帰れない… 千葉に避難、障害者施設の入所者 /福島
毎日新聞 2011年11月03日
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20111103ddlk07040162000c.html
◆2011/11/03 要援護者の避難支援計画停滞
中國新聞 2011年11月03日
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201111030024.html
◆2011/11/03 東日本大震災:仙台市、復興へ独自基金 福祉施設を内陸移転−−最終案
毎日新聞 東京朝刊 2011年11月03日
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20111103ddm012040054000c.html
◆2011/11/02 添田町:災害時の要介護者福祉避難所、町体育館など6施設指定 /福岡
毎日新聞 2011年11月02日
http://mainichi.jp/area/fukuoka/news/20111102ddlk40010373000c.html
◆2011/11/02 記者の目:紀伊半島豪雨と災害弱者=岸本桂司
毎日新聞 2011年11月02日
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20111102k0000m070154000c.html


 
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◆東日本大震災:被災の障害者支援、東北作業所応援市−−神戸・中央区 /兵庫
毎日新聞 2011年11月27日
http://mainichi.jp/area/hyogo/news/20111127ddlk28040239000c.html
「◇つながろう!伝えよう!
東日本大震災で被災した障害者の作業所が商品を販売する「つながろう!伝えよう!東北作業所応援市」が26日、神戸市中央区のメリケンパーク広場で始まった。被災地の5団体が「ずんだ煎餅」などの菓子や、手作りの編み物などを出品している。27日まで。【金森崇之】
震災で施設や取引先を失った東北の作業所を支援しようと、同区のNGO「ガリレオクラブインターナショナル」が主催し、神戸市の9団体も出店した。
身体障害者らが通う岩手県大船渡市の「朋友館」は施設は無事だったものの、職員4人の自宅が津波で流され、家族を亡くした利用者もいた。民間企業に就職していた障害者約10人が職を失ったという。自宅を失った米田智館長(47)は「震災後、被災を知った全国の方から商品の注文が相次いで助かった。神戸の人たちに、お礼を言いながら販売したい」と、くるみやアーモンドのポン菓子やクッキーなどを出品した。
知的障害者が通う仙台市太白区の「こぶし」は、建物が揺れで全壊し立ち入り禁止に。7月下旬に移った同区の市民センターの使用期限は2年間で、その後のめどは立っていない。職員の舘山ゆりさん(26)は「取引先も被災して利用者の工賃も激減してしまったけど、頑張っていると伝えたい」。店先には、編み物やバックなどの手芸作品が並ぶ。
午前11時から午後4時。27日午後4時からは、同パークの「ユニバーサル・カルチャーセンター」で出店団体との交流会(参加費500円)もある。申し込みはガリレオ事務局(090・1718・0625)。」(全文)

 
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◆復興支援障害者の職も
読売新聞 神奈川 2011年11月27日
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/kanagawa/news/20111126-OYT8T00969.htm
「施設で作った商品販売
東日本大震災で被害に見舞われた地域の障害者を支援する目的で、障害者らが支援金を活用して製作した手作りせっけんなどを販売する期間限定ショップが、高島屋横浜店で開かれている。多くの来場者が連日訪れ、金銭面だけでなく、「仕事復興」の支援策として注目を集めている。
 ショップを企画したのは東京、奈良、福岡の3団体が共同運営する「エイブルアート・カンパニー」。障害者が描く絵画やイラストなどを、企業の広告や商品デザインとして提供し、著作権使用料を障害者に還元する取り組みを行っている。
 大震災の被災地では、障害者が職を失うなどして、生活の基盤が脅かされている。同カンパニーは障害者を支援する「タイヨウプロジェクト」を始め、8月からTシャツや靴下などを販売し、利益の一部を障害者の仕事確保に活用している。
 津波に襲われた宮城県山元町では、特産のイチゴの畑が大きな被害を受け、授産施設「工房地球村」では、震災前に取り組んでいたジャム作りができなくなった。同カンパニーは支援を表明し、支援金に加えて商品開発や販売手段のノウハウも提供。同施設の利用者にイチゴなどの絵を描いてもらって、そのデザインを使った手ぬぐい(1050円)やせっけん(315円)などを製作した。
 期間限定ショップでは、同施設で製作した商品と同プロジェクトの商品が販売されている。商品化に伴って、製作や梱包(こんぽう)作業という仕事が生み出されている。
 同カンパニーの山口里佳さん(30)は、「施設利用者は楽しそうに作業している。百貨店で販売できる水準の商品を作るという経験は、障害者の今後の仕事にも生かされる」と語っている。
 ショップは29日まで。」(全文)

 
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◆沿岸の障害者雇用、法定率届かず 震災影響で40人減
岩手日報 2011年11月26日
http://www.iwate-np.co.jp/economy/e201111/e1111263.html
「岩手労働局は25日、本県の障害者雇用状況(6月1日現在)を発表した。民間企業の雇用障害者数は2185・5人で2年連続で過去最高を更新。ただ、沿岸部は前年同期に比べ約40人減少し、震災による離職者が顕在化した。また、昨年厚労相から障害者採用計画の適正実施勧告を受けた県教委の雇用は依然、法定雇用率を大きく下回っている。
 今年の雇用者数を改正前基準でみると2131人となり、地域別内訳は内陸1885・5人(前年同期比24・5人増)、沿岸245・5人(同41・0人減)。今年は法定率の算定基礎になる労働者総数も沿岸で千人近く減り、地域の雇用悪化が障害者も直撃した。
 県の機関(法定率2・1%)は全4機関で達成。一方、県教委(同2・0%)は実雇用率1・75%、不足数22・0人だった。」(全文)

 
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◆作業所「「頑張る」応援市/神戸
朝日新聞 MY TOWN兵庫 2011年11月25日
http://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000001111250001
「東日本大震災で被災した障害者の支援を掲げるイベント「つながろう!伝えよう!東北作業所応援市&交流会」が26、27の両日、神戸市中央区のメリケンパークで開かれる。震災で販路を失った手作りの商品を、同じく震災を体験した神戸市民に買ってもらう。
国際交流の支援などをしている神戸市の市民団体「ガリレオクラブインターナショナル」が企画。宮城県石巻市や気仙沼市にボランティアを送る活動をしている中で、受注が減ったり販路が閉ざされたりといった福祉作業所の窮状を知ったという。
東北から参加するのは宮城、岩手両県の5団体。仙台市太白区にある知的障害者の授産施設「こぶし」は地震で建物が全壊した。利用者らは無事だったが、施設の間借りを強いられているうえ、受託した仕事は失ってしまった。施設の職員は「神戸の仲間がどう復興したのか話を聞き、それを励みに頑張りたい」と話す。
ガリレオによると、ほかの参加団体の中には津波で家を流された障害者や職員もいるという。
両日午前11時から午後4時まで。焼き物や雑貨、古着のほか、ずんだや仙台みそを使ったせんべいも売る。募金箱も置く。同じ広場では週末恒例のフリーマーケットも開かれている。神戸の作業所も10団体が参加する。27日午後4時からは会場近くのビルで震災復興について語る交流会もある(資料代500円)。問い合わせはガリレオ事務局(090・1718・0625)。(清野貴幸)」(全文)

 
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◆障害者 避難生活を体験
読売新聞 大阪 2011年11月25日
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/osaka/news/20111125-OYT8T00075.htm
「福祉避難所 指定遅れる大阪市
写真:毛布を敷き、寝る準備をする参加者(大阪市立城東小で)
東日本大震災を受け、災害時に障害者が直面する課題をあらかじめ見つけ、避難所暮らしを体験する訓練が10月下旬、大阪市城東区の市立城東小で行われた。電気、ガス、水道がストップした事態を想定し、体育館で毛布にくるまって寝るという、まさに実践的な訓練。記者も、さまざまな障害を持つ人たちと一緒に泊まり込みで体験した。
(雛谷優)
同28日午後3時 マグニチュード9の大地震が発生したとの想定で訓練が始まった。主催するNPO法人「地域自立支援推進協議会JOTO」の指導のもと、約2時間後には、参加者100人以上が続々と施設の車や徒歩で運動場に集まった。
同6時前 体育館が開放。日は暮れたが電気はつかないため、中に入るまでの足元がおぼつかない。
「道が狭く、ガタガタで、人の手を借りずには行けない」。体育館脇には盛り土があるなど平らな部分が少ない。脳性マヒで電動車いすに乗る参加者は、ヘルパーの手を借りながら何とか通り抜けた。
同8時 電気が復旧。スタッフらが作った食事が振る舞われた。アルファ米を水で戻した炊き込みご飯。「どんな味か心配したけどおいしい」とおおむね好評だった。
同10時 1人につき毛布2枚が配られ、下に断熱効果のあるシートを敷いて就寝。視覚障害者はトイレのことも考え、体育館の出入り口付近に。トイレまでの通路には誘導用のロープが張られた。
毎晩3回はトイレに行くという強度の弱視の菊本泰弘さん(77)は「トイレがものすごく不安で、寝られなかった。点字ブロックもないし、1人で行かれへんのは一番不便」。
脊柱側湾症を患う和田忠雄さん(70)は明け方、菊本さんに声をかけてトイレまで介助した。自身も「足音が気になり、度々目が覚めた」と疲れた表情を見せた。
床が硬いうえ、明け方には気温が下がり、何度も寝返りを打つなど寝つけない様子の人が少なくなかった。
翌29日午前6時 一斉に起床し、毛布を畳む。朝食に缶入りのパンを食べた後、グループに分かれ、意見交換した。
「テント内の簡易トイレは、支えとなる壁もなく、1人では使えない」(肢体不自由者)、「避難所となる地元の小学校について、せめて事前に内部を確認できるようにしてほしい」(視覚障害者)――。
障害者や高齢者、妊婦や病人などを対象にした福祉避難所の指定が全国で進むが、大阪市では全区での指定にはほど遠い。参加した城東区保健福祉課の大熊章夫・課長代理は「体験を基に議論を進め、区内での選定を早急に進めたい」と話す。
同NPOは、災害発生時の安否確認や物資の備蓄など「もしも」に備えた防災計画を練っている。先進的な取り組みが、行政を動かし、災害弱者の安心につながることを期待したい。」(全文)

 
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◆まず、個より始めよ――被災障害者の過酷な現実から考える防災のあるべき姿 災害に強い町づくりを、過疎の町と障害者たちに学ぶ【後編】5ページ
DIAMOND ONLINE 2011年11月25日
http://diamond.jp/articles/-/15024?page=5
「結局、自分で考えて自分で行動する人が数多くいなければ、共同体や公共には何もできないということなのかもしれない。
「よく、『自助共助公助』と言っています。自分を助けるのが最初。次に共同体での助け合い。最後に公共が支援させていただく。どうしても、この順序にならざるを得ません」(浅野氏)
□まず、個人が自分を助けよ
 前回述べたように、「べてるの家」の完璧な津波避難の出発点は、清水里香氏の「津波の時にパニックになったら逃げられない、どうしよう」という個人的な悩みだった。清水氏の「助かりたい、自分を助けたい」という思いが、清水氏の住む「べてるの家」のグループホームのメンバーに共有され、国立リハビリテーションセンター研究所を巻き込み、浦河町を動かす動きとなったのだった。
「べてるの家」には、「自分助けは人助け」という格言がある。自分の困っていることを解決すれば、そのことで同じ悩みを持つ他の人も助けられる、という意味だ。清水氏の「自分助け」は、数多くの人を地震と津波の恐怖から救うことになった
 熊篠氏の場合も、冷静な情報収集・判断・日常からの危機管理が、パニックや被害の拡大から本人を救った。山で遭難した時の対処の基本は、まず「うかつに動かないこと」である。状況を把握し、どうすれば確実に対処できるかが理解できるまでは、動くこと自体がリスクである。熊篠氏は停電によって外出できず、その状態で情報収集を行わざるを得なかったのだが、重度障害者の1人が自分自身の安全確保を行うことによって、どれだけ医療その他の社会資源の有効活用が行われたか。考えるまでもないであろう。
海すぐそばにある防潮堤。海抜4mの高さ。東日本大震災の際、浦河町を襲った津波(2.7m)から町を守った。
Photo by Yoshiko Miwa
 浦河町役場の吉野氏は語る。
「ハードウェア、インフラはなかなか作れません。資金の問題もありますし、作ったからといって役に立つかどうかという問題もあります。たとえば、津波から逃げようのない地域に、高さ30mくらいの『お助けタワー』を作ればいいんじゃないか?というご意見もあるんですが、着工途中に津波が来ちゃうかもしれないし、30年後、老朽化した時に津波が来て倒壊して役に立たないかもしれません。でも、ソフトウェア、意識や知識はその日から役に立ちます。だから、防災地図などのソフトウェアづくりや、地域住民の意識を高めることに、特に力を入れています」
 自分は災害時に何が怖いか。どのような災害から、どのように助かりたいか。
 まずは自問自答してみることが、より確実な防災への一歩かもしれない。
(ライター みわよしこ)」(全文)

 
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◆まず、個より始めよ――被災障害者の過酷な現実から考える防災のあるべき姿 災害に強い町づくりを、過疎の町と障害者たちに学ぶ【後編】4ページ
DIAMOND ONLINE 2011年11月25日
http://diamond.jp/articles/-/15024?page=4
「浦河町企画課長・浅野浩嗣氏は、役所としてすべきこととして
「避難場所を作ること」
 を挙げる。学校・公園などがあれば、それらを利用するが、避難場所として適切な場所がない地域も多い。そのような地域には、民間の空き地などを避難場所として利用できるようにする必要がある。実際に、浦河町職員が所有者と交渉を行ってきた結果、現在はどの地域にも避難場所がある状態になっているそうだ。
 次に必要なのは、その避難場所に実際に避難できることである。そのためには、避難ルートを確保する必要がある。その手すりは、平時にも生活の利便性を高めるであろう。
 浦河町の場合、町の動脈といってよい「浦河街道」が海のすぐそばを走っており、その道路が被害を受けた場合には交通が利用できない状態になることが問題である。そこで、もっと高い場所に第二の道路を作り、地域と地域を結ぶ役割を担わせる計画があるそうだ。
「利便性が高くなり、安全性も高くなるのが理想です」と浅野氏は語る。
□“地震慣れ”した住民の防災意識をどう高めるか
浦河町総務課参事(防災担当)・三澤裕治氏
Photo by Yoshiko Miwa
 それにしても、インフラに関して可能な取り組みは多くない。より重要なのは、住民の意識を高めることだと思われる。この問題について、浦河町総務課参事(防災担当)・三澤裕治氏は「ふだんの防災意識を高めることは、簡単ではありませんね」と率直に語る。
「浦河町の住民は地震慣れしています。地震に対して、経験値があります。経験値がありすぎて、安心しています。だから問題なんです。そこで、生の情報を提供することにしました」(三澤氏)
 浦河町では、「何メートルの津波が来たら、どこが浸水するか」を予測した浸水予測地図を作成した。今月(2011年11月)中に全世帯に配布する予定である。「だからこうしなさい」と書いてあるわけではなく、ただ、浸水予想が示されているだけである。
「まず、ご自分で考えていただきたいんです。『津波てんでんこ』ではないけれど、個人の意識を高めることが一番大事だと思っています」
 それでは、考えることはできるけれども行動できない弱者はどうすればよいのか。
「町の民生委員さんたちから、『どうやって避難の必要な人たちを守ったらいいんですか』とよく聞かれるんです。そこで『まず、自分が“逃げるぞー!”と大きな声を出して逃げてください』と言っています。誰かが大声を出して逃げていれば、それを聞いて逃げる人が出てくるし、その逃げる人を助ける人も出てきます」(吉野氏)」(全文)

 
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◆まず、個より始めよ――被災障害者の過酷な現実から考える防災のあるべき姿 災害に強い町づくりを、過疎の町と障害者たちに学ぶ【後編】3ページ
DIAMOND ONLINE 2011年11月25日
http://diamond.jp/articles/-/15024?page=3
「また震災後、道路の路面の状況が変わったことも、熊篠氏に外出を控えさせる原因となっている。震災で陥没したり、陥没した跡が埋められたりで、路面の凹凸などの状況は大きく変わっている。しかし、そのような細かい路面情報はどこにもない。車椅子利用者は、自分が通過することによって路面の情報を集積して行動に役立てているのだが、震災などで大きく状況が変わると、情報の収集と集積をやり直さなくては安全を維持できないことになってしまうのだ。
 では、次に大きな災害が首都圏を襲ったら?
 熊篠氏は、「どうにもならないものはどうにもならないでしょう。行政に頼る・地域で支えるといったことが絵空事とは言わないけれど、そういう備えが機能しなくなるのが大災害の時でしょう?都市部のように集中していればいるほどリスクが大きいし」と語る。確かに、それはそのとおりであろう。
□浦河町役場の取り組み
――自治体の限界の中で必要なインフラ整備
浦河町役場。職員約140人が、町民約14000人の生活を支える。
Photo by Yoshiko Miwa
 では、精神障害者たちが完璧な津波避難をやり遂げた浦河町では、自治体はどう考えているのか。
 浦河町保健福祉課長・吉野祐司氏は、筆者に、「緊急時、自治体が災害弱者すべての避難を支援することは、基本的に無理だと思います。地域の協力をお願いするという方向にならざるを得ません」と答えた。
 正直なところ、筆者は驚いた。「無理」と明言する自治体職員に初めて接したからである。しかし、考えてみれば当然のことである。有事の際、東京23区と概ね同面積の浦河町に点在する災害弱者を、140人(平成22年4月現在)の浦河町職員が支援することは、現実的に不可能だ。
 では、自治体として出来ることは、浦河町の場合は何であろうか。
浦河町保健福祉課長・吉野祐司氏
Photo by Yoshiko Miwa
「行政として行わなくてはならないことは、まず第一に現状の確認と、情報提供、避難所の開設です。その後、物資提供、健康ケアを行う必要もあります。物資も、地域住民全員に行きわたる量は備蓄できないので、足りない場合は、自衛隊や他の自治体に応援をお願いする可能性があります」(吉野氏)
 幸い、今回の震災では、避難所の必要性はそれほど高くなかった。もともと浦河町は、全国平均の数十倍の頻度で地震に襲われてきた地域である。住民は地震に対して非常な慣れがある。今回も、避難所に避難しなくてはならない差し迫った脅威があるかどうかは疑問であった。避難所に避難した住民の主なニーズは、「夜間に来るかもしれない津波が怖いので、海岸線から少しでも離れたい」ということであった。避難所の使用率が特に高かったのは、海の近くに住んでいる高齢者夫妻であった。ちなみに、3月11日の大震災の際の浦河町全体での避難率(避難所に来た人の比率)は11%だったそうである(この他に、知人宅等への避難・車で避難して車中泊といった避難行動を行った人々もいた)。」(全文)

 
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◆まず、個より始めよ――被災障害者の過酷な現実から考える防災のあるべき姿 災害に強い町づくりを、過疎の町と障害者たちに学ぶ【後編】2ページ
DIAMOND ONLINE 2011年11月25日
http://diamond.jp/articles/-/15024?page=2
「 飲食すれば大小便が出る。しかし停電のため、トイレの局部洗浄機能は使えない。熊篠氏は「大が出たらどうしよう」と心配した。幸いにして、「大」は出なかったそうだ。
 暗くて寒くてすることがないので、熊篠氏は17:30ごろにベッドに入り、ラジオに耳を傾けていた。ベッドは電動ベッドである。熊篠氏はふだん、ベッドをさまざまな高さで利用する。高くして読書用の机がわりに利用することもある。もし、その状態で停電していたら、熊篠氏が自力でベッドに入ることは不可能であったと思われる。幸い、その時の電動ベッドは、熊篠氏がベッドから電動車椅子に移乗した時のままの状態であった。熊篠氏は自力でベッドに入ることができた。
 そのうちに、いわゆる「帰宅難民」の様子がラジオで報じられはじめた。もし熊篠氏が予定通り外出していたら、車椅子で「帰宅難民」になったであろう。
 各自治体は、災害時に障害者の安否を確認して避難などの行動を支援するシステムを提供している。川崎市にもそのシステムはあり、熊篠氏も登録していた。しかし、電話回線のつながりにくい状態が長時間続き、熊篠氏も携帯電話の電源をオフにしていた。結局、そのシステムを利用した連絡は、来なかったのか、来ても通じなかったのか判然としない状態であったそうだ。
 熊篠氏は、「宮前区の福祉課の職員の人数は5人か10人くらいだから、人数を考えると対応できっこないんですよ」という。
 ふだんヘルパー派遣を受けている介護事業所からの連絡もなかったそうだ。介護事業所は、どこもギリギリの少人数でやりくりしているので、このような非常時に対応する余裕はないことが多い。致し方ない事情ではあるのだが、結局、熊篠氏の安否を公式には誰も確認できなかったということになる。
 電気の供給は、22:00ごろに復旧した。熊篠氏は「停電はそんなに長くは続かないだろう」と楽観していた。その後の計画停電も、近くにJRの操車場があるため免れた。
□震災後、ライフスタイルは一変
外出を控えざるを得なくなった様々な事情
 しかし、極めてアクティブだった熊篠氏の行動は、震災後、一変した。熊篠氏は「出かけるのが怖い」と考え、なるべく外出を控えるようになってしまったのである。あの震災の日、多数の健常者が「帰宅難民」となり、徒歩で数時間をかけて帰宅することになった。
 熊篠氏は、「障害者だからというつもりはないし、言いたくもないけど」と語るけれども、大型の電動車椅子に乗っており、タクシーを利用することのできない熊篠氏が「帰宅難民」となったら、健常者には想像を絶する困難があることだけは間違いない。」(全文)

 
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◆まず、個より始めよ――被災障害者の過酷な現実から考える防災のあるべき姿 災害に強い町づくりを、過疎の町と障害者たちに学ぶ【後編】
DIAMOND ONLINE 2011年11月25日
http://diamond.jp/articles/-/15024
「前回、東日本大震災の際、高さ2.7メートルの津波に襲われた北海道・浦河町で「完璧」に津波避難を成し遂げた「浦河べてるの家」の精神障害者たちのエピソードを紹介した。
 それでは、障害者が被災するとはどういうことなのであろうか?
「障害者」と一口に言っても、障害の程度や内容は人によりさまざまである。まず、比較的想像しやすい身体障害者の実例を紹介しよう。
障害者が被災するということ
――熊篠慶彦氏の体験
熊篠慶彦氏。特定非営利活動法人ノアール理事長。障害者の性のバリアフリー化に関する多様な活動を展開。
Photo by Yoshiko Miwa
 川崎市宮前区在住の熊篠慶彦氏は、特定非営利活動法人ノアールを運営して障害者の性のバリアフリー化に関する活動を行う、極めてアクティブな身体障害者である。生まれつきの脳性麻痺により四肢が不自由なので、電動車椅子を利用している。
 3月11日、熊篠氏は、自宅で外出の準備を始めようとしたところ、地震に襲われた。川崎市は震度5弱であった。熊篠氏の住まいの中では、家具の転倒は起こらなかったが、本棚の本が何冊か落ちたそうだ。
 地震の発生後、川崎市ではすぐに停電が発生した。このことは、熊篠氏が外に出られなくなることを意味した。熊篠氏が外に出るためには、住まいに設置されている電動リフトを利用しなくてはならない。停電すれば、リフトは利用できなくなる。外出に備えて、電動車椅子のバッテリはフル充電状態だったが、それ以前に外に出ることができない。
 熊篠氏は、まず情報を得ようとした。何が起こったのか。電車は動いているのか。停電しているので、パソコンとインターネットは利用できない。非常時に備えて所有していた電池式のラジオで情報を得た。東京の都市圏に大混乱が起こっていることが判明した。熊篠氏は出かける予定を断念した。
 次に熊篠氏が行ったのは、友人知人たちに無事を知らせることだった。出かけるためにフル充電状態にしてあった携帯電話を利用し、Twitterとブログに「無事」と書き込んだ。この後は、電気の供給が復旧するまで携帯電話の電源をオフにしていたそうだ。いざという時の最後の命綱だからである。
 熊篠氏は独居で自立生活を営んでいるが、四肢の不自由な障害者が自立生活を営むにあたっては、数多くの電気機器が必要である。停電のため、それらは全く利用できなくなった。照明も暖房も利用できず、暗く寒い中で、熊篠氏は数多くの問題について思いをめぐらせた。食事はどうすればよいのか。米は買ってあるし、ふだんから、3日分くらいのレトルト食品の備蓄などの危機管理はしている。しかし、水とガスは止まっていないけれども、電気が使えない。ピザや寿司の出前を取ることも考えたが、電話は不通になっていた。結局、その晩は、冷凍庫にあったおにぎりをガスの火で煮込んで食べたそうだ。」(全文)

 
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◆作業所「「頑張る」応援市/神戸
asahi.com 2011年11月25日 MY TOWN 兵庫
http://mytown.asahi.com/hyogo/news.php?k_id=29000001111250001
「東日本大震災で被災した障害者の支援を掲げるイベント「つながろう!伝えよう!東北作業所応援市&交流会」が26、27の両日、神戸市中央区のメリケンパークで開かれる。震災で販路を失った手作りの商品を、同じく震災を体験した神戸市民に買ってもらう。

 国際交流の支援などをしている神戸市の市民団体「ガリレオクラブインターナショナル」が企画。宮城県石巻市や気仙沼市にボランティアを送る活動をしている中で、受注が減ったり販路が閉ざされたりといった福祉作業所の窮状を知ったという。

 東北から参加するのは宮城、岩手両県の5団体。仙台市太白区にある知的障害者の授産施設「こぶし」は地震で建物が全壊した。利用者らは無事だったが、施設の間借りを強いられているうえ、受託した仕事は失ってしまった。施設の職員は「神戸の仲間がどう復興したのか話を聞き、それを励みに頑張りたい」と話す。

 ガリレオによると、ほかの参加団体の中には津波で家を流された障害者や職員もいるという。

 両日午前11時から午後4時まで。焼き物や雑貨、古着のほか、ずんだや仙台みそを使ったせんべいも売る。募金箱も置く。同じ広場では週末恒例のフリーマーケットも開かれている。神戸の作業所も10団体が参加する。27日午後4時からは会場近くのビルで震災復興について語る交流会もある(資料代500円)。問い合わせはガリレオ事務局(090・1718・0625)。(清野貴幸)」(全文)


 
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◆遷延性意識障害 全国アンケート(上)追いつめられる家族
河北新報 2011年11月24日
http://www.kahoku.co.jp/spe/inochi/20111124_03.htm
「河北新報社が全国遷延性意識障害者・家族の会などを対象に実施した調査では、介護の苦労や疲労、医療・福祉制度に対する不満など、数多くの切実な声が寄せられた。「長くは生きられない」「回復しない」などと医師らから宣告される一方で、4割が何らかの回復を示していることも分かった。241人から寄せられた回答を基に、患者と家族の現状と課題をまとめた。
◎寄り添う医療・福祉を/在宅、厳しい環境受忍?/全国遷延性意識障害者・家族の会代表 桑山雄次さんに聞く
 全国遷延性意識障害者・家族の会の桑山雄次代表(55)は、調査結果について「予想よりも介護疲れを感じる患者家族が少なかった。厳しい介護環境を受け入れてしまっているのではないか」と懸念する。医療、介護職に対しては「障害への理解を深め、患者への寄り添う姿勢がほしい」と求めた。
 ―介護疲れを「常に感じる」が約4割いたことをどう受け止めるか。
 「8割くらいと感じていたが、予想より少なく驚いた。たんの吸引などで夜もほとんど眠れなかったり、介護サービスを利用できなかったりする現状を受け入れ、家族が負担を抱え込んでしまっている危険がある。逆に怖いのは、4%の『全く感じない』との回答。つらい介護が日常化するほどまひしている恐れがあり、深刻な問題だ」

 ―患者家族の8割以上が偏見や社会の理解不足を感じている。
 「遷延性意識障害は医療的ケアが必要で症状の個別性が高く、周囲の人に理解してもらえない。医療職ですら知識が乏しいことも事実だ。意識障害に詳しいスタッフによる集中的なリハビリや介護で症状が改善する面もあり、医療職には決して諦めてほしくない。仮に回復が難しい場合でも、障害を重くしないための寄り添う姿勢がほしい。回復に時間のかかる重度の意識障害を支える保険医療制度も必要だ」
 ―震災調査では要援護者登録制度について「あるか分からない」が6割を超えた。
 「個人情報保護法が悪い方向に出た典型で、行政は個人情報を逃げ口上に準備を怠っている。本来ならば絶対に把握しなくてはならない情報。在宅家族も3日程度、支援なしで乗り切れる備えが必要だ」
 ―家族会として行政に求めることは。
 「医療や介護の現場は、ぎりぎりの人数やぎりぎりの単価で運営されており、余裕が全くない。結果として家族が負担を抱え込みがちになる。介護疲れで家族が倒れたり、今回のような震災が起きたりすれば、現在の仕組みは崩壊する。在宅医療を進めたいのであれば、何が在宅を阻んでいるのか、国はきちんと分析すべきだ。命をしっかり守っていく姿勢を堅持してほしい」
<くわやま・ゆうじ>次男敦至さん(24)が小学2年の時に交通事故に遭い、遷延性意識障害になる。全国遷延性意識障害者・家族の会の設立準備にかかわり、2004年の発足とともに代表に就任。大阪府交野市の自宅で妻晶子さん(51)と敦至さんの3人暮らし。
◎負担/60代、20時間超介護23%
 遷延性意識障害者の家族が介護に関わる1日当たりの時間では、在宅は20時間超が29.3%で最も多く、16時間超〜20時間以下21.4%、12時間超〜16時間以下15.0%の順。在宅世帯の3分の2が12時間を超える介護に従事していた。
 病院・施設では4時間以下が最多の52.0%。次いで4時間超〜8時間以下の27.0%だった。
 介護者の年代でみると、60代は20時間超が23.8%で最も高く、50代は20時間超と4時間以下がともに21.3%で最多。70代以上で20時間超の介護を続けている人が3人いた。
 介護の疲れの度合いでは、介護者の全ての年代で「常に感じる」がトップ。とりわけ80代以上の割合が66.7%と高い。
 障害者の所在別では、在宅は「常に感じる」が59.3%を占めたが、病院・施設は「週に何度か感じる」が最多の30.0%で、「常に」は25.0%にとどまり、介護場所で疲れの度合いに大きな違いが出た。
 障害者の年代別では、介護保険制度の対象外となる20代以下、30代で、「常に感じる」が5割を超えたほか、脳卒中などの特定疾患を除き介護保険を利用できない40代でも48.6%と高かった。
 家計への負担感に関しては、「大いに感じる」が25.7%、「ある程度感じる」が43.6%で計7割に迫った。介護場所で見ると、「大いに感じる」は病院・施設で34.0%と負担感が高く表れたが、在宅も20.0%に上った。
 1カ月当たりの自己負担額は4万円超〜6万円以下(18.3%)、8万円超〜10万円以下(13.3%)の順。4分の1が10万円超を自己負担しており、そのうち20万円超が7.5%あった。
 所在別では、在宅は4万円超〜6万円以下(19.3%)、2万円以下(17.9%)、2万円超〜4万円以下(16.4%)が上位だった。一方、病院・施設は4万円超〜6万円以下、6万円超〜8万円以下(いずれも17.0%)、8万円超〜10万円以下15.0%が上位を占めており、病院・施設の自己負担額は在宅よりも高めの傾向だった。
◎経過/4割に何らかの回復
 介護者なき後に頼れる人や施設が「いない(ない)」との回答は63.1%に上った。主介護者の年代で見ると、7割以上を占めたのは40代(70.4%)と60代(70.0%)で、80代以上(33.3%)を除くほかの年代も5割を上回った。
 頼れる人や施設が「いない(ない)」と回答した人のうち、きょうだいを介護している人が最も多く75.0%に上り、子の69.7%が続いた。「いる(ある)」の割合が高かった配偶者(43.4%)、親(38.5%)でも4割程度で、問題の深刻さをうかがわせた。
 遷延性意識障害になってからの経過年数は、2年超〜4年以内が19.9%と最多。6年超〜8年以内が17.8%、4年超〜6年以内が17.4%だった。10年超の患者が2割以上おり、18年を超える患者も12人いた。
 介護場所では、在宅は6年超〜8年以内が最多の22.1%だったが、病院・施設は2年超〜4年以内の28.0%が最も高かった。10年超の割合は在宅(24.3%)が病院・施設(14.0%)を上回っている。
 病院や施設の転院・転所回数の最多は3、4回の37.8%。5、6回は12.4%あり、5回以上となると計20.2%に達した。9回以上の転院者も10人いた。
 遷延性意識障害の定義の6項目のうち、改善した症状(複数回答)では、意思の疎通が27.0%、視覚認識が19.5%、自力摂食が10.4%。患者の約4割に何らかの回復が見られた。変化の見られないケースは57.3%だった。
 発症原因別で「変化なし」の割合が低かったのは、脳外傷の転倒・転落(40.9%)、交通事故(50.0%)。割合の高かったのは心疾患、医療事故(ともに75.0%)、脳卒中(71.1%)で7割を超えた。
 介護場所でみると、在宅の方が改善傾向が高い。変化なしの割合は在宅が51.4%、病院・施設が66.0%だった。
 障害を負った年代別で、変化なしの割合が低かったのは、60代(41.2%)、10代以下(42.9%)、40代(47.1%)。高かったのは70代以上(90.0%)だった。」(全文)

 
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◆震災から 鴨川 避難の障害者 帰郷へ第1陣
河北新報 2011年11月24日
http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000761111240001
「東京電力福島第一原発の事故で鴨川市の県立鴨川青年の家に集団避難していた福島県の知的障害者ら279人のうち73人が23日、福島県相馬市の保養施設へ向かった。7カ月ぶりの「帰郷」に入所者もスタッフも市民も喜んでいた。
 青年の家で開かれたお別れ会で、片桐有而・鴨川市長は「待ちに待った福島へ帰れる日が来て本当によかった。がんばっぺ福島でどうぞお元気に」、諸岡研・青年の家所長は「やっぱり寂しいよ。よく我慢して過ごしてくれた。明るく楽しい人たちでした」と思いを込めて送り出した。
 青年の家スタッフが色紙を贈り、入所者から寄せ書きや「ありがとう鴨青」のパネルが渡された。入所者の代表が「カッター研修など生き生きとした生活ができました。鴨川の思い出は僕たちの宝です」と語り、大きな拍手に包まれた。
 一行とスタッフ22人が乗ったバス2台は、鴨川に残る仲間や諸岡所長、ボランティアが手を振って見送るなか、福島へ向かった。
 今回、帰ったのは南相馬市の原町学園など4施設の入所者で、いったん相馬市の保養施設に入り、除染作業が終わるのを待って、元の施設に戻る。
 青年の家には、福島県富岡町などからの約200人が残っているが、いわき市など様々な避難先の準備が進んでいて、早ければ年内にも第2陣が福島へ向かう予定という。
写真=鴨川青年の家のスタッフと別れを惜しむ福島のひとたち」(全文)

 
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◆「植物状態」家族7割超拒否感 偏見に傷つき苦しむ
河北新報 2011年11月24日
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/11/20111124t73019.htm
「河北新報社が全国の遷延性意識障害者の家族を対象に行った調査からは、偏見や社会の理解不足に8割以上の家族が苦しむ実態が明らかになった。7割以上が「『植物状態』と呼ぶのはやめてほしい」と訴えている。
 遷延性意識障害に対する社会の理解不足を「大いに感じる」とした家族は49.0%、「ある程度感じる」は35.7%に上った。
 治療や介護などをめぐり、74.3%の家族が「医師や看護師、行政職員らの言葉や態度に傷ついたことがある」と回答。医師から「回復の見込みなし」「リハビリは無駄」などと断定的に言われたという例が多い。「医療費の無駄遣い」(埼玉、50代女性)「病院の在院日数の成績が悪くなるから転院してくれ」(神奈川、50代女性)といった言葉を浴びせられた家族もいた。
 看護師や介護士らに、患者本人の前で「どうせ動かないんだから」などと言われたり、声も掛けずに患者を物のように扱われたりした、との回答も複数あった。
 「植物状態」という表現に対しては、「絶対に呼ばないでほしい」が35.3%、「できれば呼ばないでほしい」が39.0%に上った。
 その理由は「人間として生きているし、感情もあるので、そう呼ばれることには納得できない」(千葉、50代女性)「医学的には正しいかもしれないが、人格を無視した言葉だ」(千葉、50代女性)などの意見が多数を占めた。「遷延性意識障害という名称が一般に知られていないのが問題。以前、主治医に紹介状を書いてもらったら植物状態と書かれた」(滋賀、60代女性)との回答もあった。
 植物状態という言葉が与えるイメージを問題視する声もあり、家族らは「感情があったり改善したりするという事実につながらない表現で、誤解を招く」(東京、50代女性)と指摘している。
◎災害時、要援護登録3割弱/6割以上「制度知らぬ」
 震災に関する在宅世帯への調査では、総務省の「要援護者の避難支援ガイドライン」に基づく住所登録制度について、6割以上が制度自体の存在を「あるか分からない」と回答した。2006年のガイドライン策定後5年になるが、災害弱者を守る体制づくりがほとんど進んでいない現状が明らかになった。
 要援護者の登録制度は、災害時に高齢者や重度の障害者を行政、町内会、民生委員らが避難支援や安否確認をするため、市区町村があらかじめ名簿などを作成する。総務省は、ガイドラインを基に市区町村に名簿づくりを早急に進めるよう促している。
 調査では、所在する市区町村に登録制度が「あるか分からない」との回答が61.3%を占めた。「登録した」は29.0%と3割を下回った。
 災害時の避難方法などを盛り込んだ居住地の防災計画の信頼度については「大いに信頼できる」との回答はゼロ、「ある程度信頼できる」も19.4%にとどまった。
 「全く信頼できない」は27.4%に上り、「あまり信頼できない」も37.1%あった。公的支援への信頼が極めて低いことを裏付けた。
 東日本大震災前後の医薬品や食料、水などの備蓄に関しては、震災前は1日以上〜1週間以内の33.9%が最多。震災後は1週間超〜2週間以内の30.6%が最も多かった。備蓄日数は1人当たり平均で5.9日増加しており、防災意識の高まりを反映した。
 在宅介護を続けるため特に必要なサービス(二つ選択)を震災前後で比較すると、震災後は「緊急対応可能な病院」が11.0ポイント増え33.9%に上った。「近隣住民の理解と協力」も9.9ポイント上昇し11.3%になった。
 「介護者なき後の入所施設」は、震災前が50.0%、震災後が37.1%でともに最も多い。」(全文)

 
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◆12時間超介護4割 遷延性意識障害・全国アンケート
河北新報 2011年11月24日
http://www.kahoku.co.jp/news/2011/11/20111124t73020.htm
「病気や交通事故などで脳に重い障害を負った遷延性意識障害の患者を主に介護する家族の約4割は、1日に12時間を超えて介護にかかわっていることが、「全国遷延性意識障害者・家族の会」などを対象に、河北新報社が実施したアンケートで分かった。震災後に行った追加調査では、在宅患者の7割弱が災害時に確実に受け入れてくれる病院、施設などがなかった。十分な医療・福祉サービスが受けられないまま、家族に負担がのし掛かり、災害時の要援護者対策からも漏れている現状が明らかになった。
 主介護者が1日の介護にかかわる時間では、20時間超が17.8%、16時間超〜20時間以下が13.3%、12時間超〜16時間以下が8.7%。介護に12時間を超えてかかわる家族は計39.8%に上り、そのうち9割以上を在宅家族が占めた。
 疲れの度合いでは、「常に感じる」が半数に近い44.8%を占め、長時間に及ぶ介護が家族の重荷になっている。「週に何度か感じる」は27.4%、「月に何度か感じる」は18.3%。「全く感じない」は4.1%。
 病院や施設の転院・転所回数では、5回以上の患者が2割を超え、最多は20回を数えた。
 在宅介護で不満を感じる介護・障害者支援サービス(二つ選択)では、ショートステイ・レスパイト(介護者の一時休養)が45.7%で最多。デイサービス・デイケアも20.0%と高かった。
 治療の現場から見放された上に、在宅でも満足のいくサービスが得られていない。
 震災関連では、災害時に確実に受け入れてくれる病院、施設、避難所が「ない」との回答が67.7%に上り、「ある」の22.6%を大幅に上回った。東日本大震災では、在宅介護世帯に支援が届かず多くが孤立した。災害弱者の救助、支援対策の見直しが急務であることを裏付けた。
 災害で引き起こされる停電や計画停電に関しては、「大いに不安」が37.1%、「やや不安」は48.4%に上った。在宅患者は電動式のたん吸引器など、電源を必要とする医療機器を使用しており、停電は患者の生死にかかわる深刻な問題となっている。
<調査の方法>「全国遷延性意識障害者・家族の会」会員と、取材で接した東北地方の家族ら計367人を対象に、2010年12月上旬に調査票を郵送。11年1月末までに回収し、241人から回答を得た。回収率は65.7%。
 震災に関する調査は、先の調査の367人のうち追加調査を了承した在宅家族67人を対象に、11年10月上旬〜中旬、電話で聞き取りをし、62人から回答を得た。」(全文)

 
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◆震災の教訓生かす 自治会主導で防災訓練 明石
神戸新聞 2011年11月21日
http://www.kobe-np.co.jp/news/touban/0004631877.shtml
「東日本大震災の教訓を生かそうと、明石市魚住町の東大溝自治会が20日、高齢者や障害者の逃げ遅れを防ぐための防災訓練を行った。自治会役員らが地域のお年寄りを介助し、近くの明石高専まで避難する手順を確認した。
 訓練はいざという時に助けを必要とする住民を登録した、市の災害時要援護者台帳を活用。同自治会のメンバーら約40人が、グループごとにお年寄りら計34人の自宅を訪問し、手をつないだり、車いすを押したりしながら一緒に移動した。
 同地域の避難所は錦浦小学校などだが、移動距離を短くするため、同自治会では明石高専を一次避難所にできないか市と協議を進めるという。魚住町住吉の女性(73)は「避難までの道順や、地域の人の顔を覚えられて安心した」。
 また相生町町内会も同日、恒例の自主防災訓練を行った。今回は初めて、津波警報の発令を想定した避難訓練を実施。パトロールカーで「マンション住民は上階へ、戸建ての住民は相生会館へ避難を」などと町内に呼びかけた。その後近くの公園で、市消防本部が指導する訓練もあり、町民約120人が参加した。同町内会の秋定茂樹防災部長(64)は「こういう機会に交流を深めて災害時に協力できるようにしたい」と話していた。(中務庸子)
写真1=車いすを押したり、お年寄りの体を支えたりしながら避難訓練に取り組む東大溝自治会の住民ら=明石市魚住町西岡
写真2=消防隊員の指導を受けながら、水消火器の放水に挑戦する子どもら=明石市天文町2」(全文)

 
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◆「震災と自閉症児」考える 盛岡でシンポ
岩手日報 2011年11月20日
http://www.iwate-np.co.jp/cgi-bin/topnews.cgi?20111120_8
「世界自閉症啓発デーin岩手(県自閉症協会主催)は19日、盛岡市三本柳のふれあいランド岩手で開かれた。「被災時の支援と今後の課題〜東日本大震災の現状から〜」と題したシンポジウムでは、自閉症の子を持つ親や福祉関係者らが発達障害のある子を取り巻く現状を報告し、支援の課題や方向性を考えた。
 宮古圏域障がい者福祉ネット「レインボーネット」の高屋敷大助相談支援員は震災時の障害者支援活動を振り返り、「緊急時、避難所で障害者をカバーするのも限界があるのは確か。障害者専用のスペースや福祉避難所拡充など平時からの準備が必要」と訴えた。
 進行役の小川博敬同協会副会長は「非常時にどれだけ障害理解が得られるかは難しい問題。障害の度合いに応じた『トリアージ』的な支援の発想も視野に入れておくべきかもしれない」とし「避難時だけでなく、これからの仮設住宅での生活支援も今後の重要なテーマ」と総括した。」(全文)

 
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◆障害児支える地域の絆 震災、原発事故…… 避難生活で大切さ浮き彫り
西日本新聞 2011年11月15日
http://www.nishinippon.co.jp/wordbox/word/2665/8558
「発達障害
 発達障害者支援法ではコミュニケーションがうまく取れない自閉症、読み書きなど特定分野の習得が困難な学習障害(LD)、注意力に欠け動き回りがちな注意欠陥多動性障害(ADHD)、自閉症に近いが知的障害はないアスペルガー症候群などを発達障害と定義。脳機能の障害が原因とされるが詳しいメカニズムは分からない。文部科学省は小中学生の6・3%が該当する可能性があるとしている。
障害児支える地域の絆 震災、原発事故…… 避難生活で大切さ浮き彫り
 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故では、発達障害のある子どもも数多く被災し、避難生活を強いられた。学校や地域に見守られ、新たな一歩を踏み出す家族がある一方、避難先で孤立を深める母親もいる。震災を通じ、地域の絆の大切さが浮き彫りになった。
 ●「この学校で良かった」 周囲に見守られて 宮城の特別支援学級
 大きな揺れに見舞われたのは、自宅近くの小学校にいた時だ。宮城県石巻市の浅野雅子さん(42)は、知的障害を伴う自閉症で特別支援学級に通っていた長男敬志君(13)を迎えに行っていた。
 薬を取りに一度帰宅。非常時でもいつも通りきちんと靴を脱ぐ息子に大声を上げてしまう。避難所の中学校に急いだ。
 敬志君は環境の変化が苦手。3日過ごした教室では片隅で身をすぼめ、ずっと横になっていた。登米市にある夫の実家に移っても安心できる布団にもぐったままだった。
 食料不足の中、親戚は気を使ってくれたが、偏食気味の敬志君はあまり食べない。「わがまま言えないんだから」。いら立ち、不安が募る。言葉を理解しづらい敬志君の腕を思わずつねったことも。「誰も悪くないのに。つねっても何も変わらないのに」と涙が出た。
 数日後、浅野さんは自分だけ自宅に戻り、片付けを始めた。好きなおもちゃやスケッチブックに囲まれ、笑う息子の姿を見たい一心だった。
 安否確認に訪れた担任教諭は「教室には敬ちゃんの好きなおもちゃがあるよ」と学校に来るよう勧めた。元担任は「食べられなくて困るだろう」と、好きなお菓子を残していた。
 「理解してくれる先生が目の前にいる。私も救われた」
 敬志君も自宅に戻り、卒業式を迎えた。頑張る一家を心配し、見守る周囲の人は増えていった。
 「この地域で育てて良かった。この学校で良かった」。卒業証書を受け取る敬志君を見て、浅野さんは思った。
 重度の知的障害がある自閉症の長男(21)がいる仙台市の高橋みかわさん(48)にも支えられた。「普段から子どもの存在を知ってもらうのが大事。日常の在り方が非常時の支えになる」と話す高橋さんは「『つらかった』で終わらせず次に伝えたい」と、自分や浅野さんら親たちの体験を「大震災 自閉っこ家族のサバイバル」(ぶどう社刊)にまとめた。
 敬志君が今春から通う県立石巻支援学校は児童生徒4人が犠牲になった。住民は学校に次々避難。介護が要る高齢者約20人を含む80人以上が避難していた時もあった。
 教職員は近所の人の食料支援や他校の協力を得て避難所も運営しつつ、5月12日の始業式と入学式にこぎ着けた。震災後、眠れなかったり自分の頭をたたいたりする子が増えた。体重が10キロ減った女子もいたが、学校が始まると元気になった。
 「学校がいかに子どもの支えになっているか、あらためて重みを感じた」と話す桜田博校長(57)は、地域の理解の重要性も再認識させられた。「震災で手を差し伸べてくれた地域の人に元気な子どもの姿を見せるのが感謝のメッセージだ」」(全文)

 
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◆東日本大震災:福祉施設、沿岸部での建設禁止 仙台市方針、津波災害に配慮 /宮城
毎日新聞 2011年11月12日
http://mainichi.jp/area/miyagi/news/20111112ddlk04040060000c.html
「東日本大震災で被災した仙台市が、将来の津波被害を受けかねない沿岸部にある約3600ヘクタールの地域で、福祉施設の新築・増築を原則禁止する方針を固めたことが11日、わかった。避難が遅れがちな高齢者や障害者の安全に配慮するためで、市が住宅について同じ措置を取る区域(約1220ヘクタール)の3倍に達する。市健康福祉局によると、震災に伴い福祉施設に限った建築制限を設ける自治体は全国で初めて。
 建築制限区域に想定されているのは、津波で浸水したエリア約4540ヘクタールのうち、防波堤の役割を果たした盛り土構造の「仙台東部道路」より海側にある一帯。震災前には沿岸部を中心に高齢者向け施設が数カ所あったが、損壊した施設もあった。このため、安全に重点を置き住宅に関する要件より厳しくすることにした。
 市は今月末に市議会に出す復興計画案で、既存施設に移転を促すことを明示。決定後に建築制限の方針を福祉施設の事業者へ説明する。
 同局は「新たな津波で大きな被害を受ける可能性が高い区域なので、理解してもらいたい」と話している。【平元英治】」(全文)

 
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◆仮設住宅の住環境格差、寒さ対策を怠った宮城県
東洋経済オンライン 2011年11月11日
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20111111-00000000-toyo-bus_all
「冬の足音が近づく中、東日本大震災の被災地で、寒さ対策の遅れが深刻な問題になっている。
 取り組みの立ち遅れが特に著しいのが宮城県だ。9月30日に厚生労働省が開催した仮設住宅の居住環境に関するプロジェクトチーム(PT)会合で、平野達男復興対策担当相が宮城県東京事務所長を前にこう苦言を呈した。
 「仮設住宅の整備はそもそも県の事業だ。きちんと実情を把握して主体的に対応してもらわないと困る。村井嘉浩知事にも私から直接言う」
 平野氏が宮城県を名指しで批判したのには理由があった。厚労省の調査で、仮設住宅の住環境改善の取り組みに関してほとんど手つかずであることが判明したためだ。
 厚労省は30日のPT会合で、岩手、宮城、福島の3県を対象としたアンケート結果を公表。仮設住宅を設置している50市町村すべてから仮設住宅の住環境整備に関する回答を得た。その中で「雨、風よけのための風除室の設置」「断熱材追加」「窓の二重ガラス化」などの寒さ対策について、宮城県がほとんど何もしてこなかったことが明らかになった。
 風除室の設置については、福島県の実施率(実施見込みを含む)が82・4%、岩手県で28・9%に達しているのに対して、宮城県は1・7%。断熱材追加でも岩手県28・6%、福島県7・3%に対して、宮城県は0%。二重ガラス化でも岩手県42・8%、福島県11・5%に対して宮城県は0%だった。
 身体障害者や高齢者が必要とする手すりやスロープの追加設置についても、岩手県35・7%、福島県50・9%に対して宮城県ではわずか4・4%にとどまった。
■台風で劣悪な環境が露呈
 危機感を抱いた厚労省はPT会合に先立つ9月28日、寒さ対策について早急に措置を講じるように促す通知を仮設住宅を設置している各県の担当部局宛に送付した。同通知によれば、断熱材の追加や窓の二重サッシ化・複層ガラス化、玄関先への風除室の設置などの寒さ対策、通路や駐車場の舗装および排水用側溝の整備などについては、災害救助法に基づき国庫補助の対象となることを明記している。同法の仕組みにより、市町村の資金負担はわずかで済む。
 もっとも、災害救助法に基づく支援措置は今回初めて盛り込まれたものではなかった。すでに厚労省は6月21日の通知でも暑さ寒さ対策の実施を促している。岩手県や福島県はこの前後の時期から、すでに対策に着手していた。その反面で、宮城県が大きく出遅れたのはなぜか。
 岩手県や福島県では、仮設住宅の建設だけでなく、その後の追加工事に関しても県が主体的に対応した。これに対し宮城県は仮設住宅の設置者でありながら、その後の管理とともに増改築についても地元の市町に委ねた。
 ところが、地震や津波の被害が大きく、職員確保すらままならなかった市町側では住民に対して、「原則として新たな追加工事はしない。住民側で増改築することも禁止する」という姿勢で臨んだ。そのうえで、雨漏りなど最低限の補修工事しか行わなかった。県と市町の役割分担もあいまいだった。
 宮城県石巻市では、「夏場に大量発生したハエ対策として住民から要望が多かった玄関網戸の設置については、予算化して対応している」(仮設住宅運営管理室)というが、秋が深まりつつある現在もまだ未完了。
 そもそも宮城県内の仮設住宅のほとんどで玄関網戸が設置されていないのは、県がプレハブ建築協会との間で取り決めた仮設住宅の仕様に玄関網戸の設置を含めていなかったためだ。その結果、当初から仕様に盛り込んでいた福島県で玄関網戸の設置が72・1%に達しているのに対して宮城県ではわずか3・9%。県の取り組み方針の違いが、県民の住環境格差につながっている。
 9月下旬に日本列島を直撃した大型台風15号は、被災地にも大きなつめ跡を残した。石巻市では市内の至る所が冠水し、仮設住宅でも住民は暴風雨に悩まされた。
 289世帯が入居していた石巻市の仮設住宅大橋団地では、敷地内に水がたまった(写真)。団地内には水を流す側溝がないため、自然に乾くのを待つしかなかった。
 湿気対策も大きな問題になっていた。大橋団地住民の山崎信哉さん(75)は「室内では結露がひどく、乾いたタオルもびっしょりになった」と語った。石巻市の飯野川北高校グラウンド仮設住宅で暮らす鈴木しく子さん(63)は、「風除室がないので、玄関に風雨が吹き込む」と嘆いた。
 石巻市雄勝町名振の仮設住宅に住む大和久男さん(56)は、「地面からの湿気がひどく、布団も湿っぽい。棚の後ろの壁にはすでにカビが生えている」と打ち明ける。
■自治会結成遅れる石巻市
 仮設住宅についてはハード面での整備が急がれているのとともに、自治会の組織化や集会所の活用など、ソフト面での取り組みも急務だ。しかし、ここでも格差は大きい。10月6日の参議院・東日本大震災復興特別委員会で、牧義夫厚生労働副大臣は、同日現在で被災3県にある890の仮設住宅団地のうち418で自治会が存在することを明らかにした。
 ところが、石巻市の場合、市内131カ所の仮設住宅団地のうち、10月3日時点で結成済みはわずか3カ所、準備中も20カ所にとどまっている。
 看護師らのボランティア団体「キャンナス東北」で石巻エリアリーダーを務める佐々木あかね看護師によれば、「8月27日以降に訪問した石巻市内の仮設住宅12カ所のうち8〜9割で、仮設住宅の敷地内に設けられた集会所がまったく活用されていなかった」という。
 「集会所の鍵は市役所が管理している場合が多く、ほとんどの集会所の談話室には机も白板も置かれていなかった。結果として、住民同士が顔を合わせる機会もなかった」(佐々木看護師)。
 こうした実態は、行政の機能低下によるところが大きい。津波の被害が大きかった石巻市では、市の職員の多くも被災。震災前からの行政改革で職員数も大きく減っており、住民への対応が困難になっている。市の担当者は「苦情処理に追われ、現地訪問もままならない」と打ち明ける。県による手助けも不十分だ。
 石巻市では仮設住宅への入居を抽選に委ねたため、被災住民が市内各地の住宅にばらばらに入居。コミュニティ形成を阻んでいる。岩手県の宮古市が抽選を行わずにすべての被災住民を地区単位で近隣の仮設住宅に入居させたのとは対照的だ。
 自治体の取り組み格差はすでに被災地の住民生活に大きな影響を及ぼしている。
(本誌:岡田広行 =週刊東洋経済2011年10月22日号)
※記事は週刊東洋経済執筆時の情報に基づいており、現在では異なる場合があります。」(全文)

 
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◆2011/11/10 東日本大震災:福祉施設、沿岸部は建築禁止 仙台市方針
毎日新聞 2011年11月11日
http://mainichi.jp/photo/archive/news/2011/11/11/20111111k0000e040083000c.html
「東日本大震災で被災した仙台市が、将来の津波被害を受けかねない沿岸部にある約3600ヘクタールの地域で、福祉施設の新築・増築を原則禁止する方針を固めたことが11日、わかった。避難が遅れがちな高齢者や障害者の安全に配慮するためで、市が住宅について同じ措置を取る区域(約1220ヘクタール)の3倍に達する。市健康福祉局によると、震災に伴い福祉施設に限った建築制限を設ける自治体は全国で初めて。
 建築制限区域に想定されているのは、津波で浸水したエリア約4540ヘクタールのうち、防波堤の役割を果たした盛り土構造の「仙台東部道路」より海側にある一帯。震災前には沿岸部を中心に高齢者向け施設が数カ所あったが、損壊した施設もあった。このため、安全に重点を置き住宅に関する要件より厳しくすることにした。
 市は今月末に市議会に出す復興計画案で、既存施設に移転を促すことを明示。決定後に建築制限の方針を福祉施設の事業者へ説明する。
 同局は「新たな津波で大きな被害を受ける可能性が高い区域なので、理解してもらいたい」と話している。
【平元英治】」(全文)

 
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◆東日本大震災:不便強いられる聴覚障害者 小平で12日、現状伝える講演 /東京
毎日新聞 2011年11月10日
http://mainichi.jp/area/tokyo/news/20111110ddlk13040250000c.html
「◇矢野・ソーシャルワーカー協会副会長「被災地での生活支援を」
 東日本大震災の被災者支援に携わる日本聴覚障害ソーシャルワーカー協会(渋谷区)の矢野耕二副会長(55)が12日、国立都営東京障害者職業能力開発校(小平市)の技能・文化祭で講演する。自ら聴覚障害者である矢野さんは「被災地に手話や筆談ができる人が少なく不便を強いられている。長期的な生活支援が必要」と訴える。
 矢野さんは、聴覚障害者の被災の様子や震災後の状況を調べるため、他の支援団体とともに4〜6月、宮城県内の11市9町で125人から聞き取った。
 精神状態については28人に不眠、地震酔い、一時記憶喪失などの症状が出ていたことが判明。また8人は職を失ったと回答した。
 ある避難所で出会った人は、せきを切ったかのように震災発生時や津波から逃げた様子を手話で語り、2時間続いたという。矢野さんは「健常者は体験したことや大変だったことをすぐに話し合えるが、聴覚障害者はそれができなくてつらい」と語る。
 被災時の状況に関しては、「地震はすぐに分かったが、防災無線が聞こえないので、津波への注意の呼び掛けに気づかなかった」という答えも複数あり、「防災無線や津波警報を視覚や振動で関知する方法の確立が急務」と報告書にまとめた。
 仮設住宅に入居しても新たなコミュニティーにうまく溶け込めないケースもあるといい、矢野さんは「障害があることで誤解されることもある。講演会を通して現状を伝えられれば」と話している。
 講演会は同校体育館で午後2時から。入場無料。問い合わせは同校(042・341・1411)。【柳澤一男】〔都内版〕」(全文)

 
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◆震災から 鴨川 障害者帰郷 立たぬメド
朝日新聞 MY TOWN 千葉 2011年11月10日
http://mytown.asahi.com/chiba/news.php?k_id=12000761111100001
「東京電力福島第一原発事故で、福島県の福祉施設から避難してきた知的障害者245人が県立鴨川青年の家(鴨川市)で生活を始めてから半年が過ぎた。施設はいずれも原発から30キロ圏内で、全員が帰郷できるメドは立っていない。長期化する避難生活でストレスを感じる入所者も目立ってきている。
 避難生活を送るのは、社会福祉法人「福島県福祉事業協会」が運営する6施設の入所者で6〜67歳の重度知的障害者ら。避難区域の拡大で、福島県内ではまとまって過ごせる施設がなくなったことから、4月上旬に鴨川に避難してきた。
 青年の家は、主にボートの宿泊研修に使う健常者向けの教育施設。障害者にとっては入浴やトイレの介助で、ふだんの施設にいる時より手間も時間もかかる。階段しか使えないため、一人で行き来できない入所者も多い。生活が難しい入所者34人は千葉県内のほかの施設に移っていった。
 宿泊室は職員の目が行き届かないため使えず、研修室や会議室などの大部屋に寝泊まりする。それでも場所が足りず、廊下やホールの床に布団を敷く。「これからの季節、寒くて寝られるかどうか」と草野勝正施設長(53)は心配する。
 4月下旬には、避難していた小学6年生の女児が近くの海岸で水死する事故もあった。室内で過ごす時間が増え、足腰が弱って一人では歩けなくなった高齢者も。ストレスを感じやすくなり、ささいなことでケンカになることも目立つ。
 青年の家は、11月末までの約5万5千人分の予約をキャンセルした。12月にも予約が入っているが、青年の家の諸岡研所長(64)は「この施設を利用したい人はいるし、入所者の心境も考えると、『いつまでもゆっくりして下さい』とも言えず、複雑だ」と話す。
 入所者らとともに避難してきた職員は92人。被災した職員約30人が休職や退職に追い込まれたため、人手不足から今いる職員たちは休みも十分に取れない。ほとんどが近くのアパートで単身赴任している。
 同協会の三瓶佳治事務局長(58)は「入所者は危険から身を守ることや身の回りのことができず、職員がいなければ生きていけない。職員の多くは使命感で働いている」という。
 福島県は福祉型の仮設住宅の用地を確保し、先月末から転居を進める予定だった。しかし、候補地の一部が台風により浸水し、計画見直しを迫られた。同県障がい福祉課は「利便性や安全性も配慮すると、これだけの人数を収容できる用地が見つからない」という。
 三瓶事務局長は「夏ごろには戻れると思っていたのに福島県から連絡が来なくなった。先も見えない状態が続けば、やめざるを得ない職員も出て、悪循環に陥りかねない」と話す。就職を控えている入所者の男性(19)は「福島に戻って落ち着きたい。早く就職したい」という。
 同協会は一部の入所者を緊急時避難準備区域が解除された福島県内の施設に今月下旬以降、戻すことを決め、ほかの施設も探している。
(上田学) 」(全文)

 
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◆【暮らし】震災で浮き彫り 排せつケア課題 普段から正しい知識を
東京新聞 2011年11月10日
http://www.tokyo-np.co.jp/article/living/life/CK2011111002000038.html
「排せつケアは介護する人にとっても、される人にとっても切実な問題。普段の生活が制限される災害時にはより重要だ。排せつ障害の予防や適切なケアを推進するNPO法人日本コンチネンス協会(東京)が東日本大震災の被災地で続けている支援活動などから、必要な心構えや備えを探った。 (境田未緒)
 紙おむつ、尿とりパッドなど物資の不足や介護サービスの中断、間違った使用法を続ける介護者、褥瘡(じょくそう)(床ずれ)の増加−。東日本大震災発生の一カ月後、日本コンチネンス協会の会長西村かおるさんは、宮城県内で物資の配布や炊き出しをする中で、非常時の介護の難しさに直面する家族の姿を見た。
 在宅で介護されていた女性は震災後、おしりの部分に褥瘡ができた。西村さんがおむつを開くと、パッドが四枚も重ねられていた。水がない状況では周囲が汚れると後始末は難しい。家族が「横漏れしないように」と考えてのことだった。
 ただ、重ね使いしても尿の吸収量は増えず、隙間ができるので、かえって漏れやすい。動きにくく、褥瘡の原因にもなる。西村さんは正しい当て方を説明。家族は「今まで誰も教えてくれなかった」と話した。
 日本コンチネンス協会が九月下旬〜十月中旬、ユニ・チャーム排泄(はいせつ)ケア研究所と実施したアンケートでは、介護のプロもおむつの使い方を間違えていることが分かった。被災地の訪問看護、介護ステーションを対象に調査し、震災で業務に支障が出た百三十事業所の回答を分析した。
 「震災直後の排せつケアの対処」で最も多かったのが「パッド、おむつの工夫」。ほとんどが重ね使いで、五枚重ねもあった。重ね使いは十月になっても続き、日常化している事例が十六カ所。「普段のケアが有事にも影響する」と西村さん。おむつ不要の人への安易な使用、重ね使いや、排尿障害の放置など、日ごろ、排せつケアの課題となっていることが、災害時にも問題になっていた。
 避難所で介護できない高齢者らは電気も水道もない自宅で過ごした。こうした在宅者には、救援物資が届かなかった。
 「避難所に山積みされていても取りに行けない。道路が寸断され、ガソリンがない状況で、行政が一カ所に集めて配るシステムは機能しなかった」(西村さん)。在宅介護の家族には、いざというときに支援を求められるネットワークづくりが必要。要介護者に合うおむつを知った上で、緊急用に普段より吸収量の多いものも備蓄しておく。
 一般避難所での生活が難しい高齢者や障害者を対象に、福祉施設などを「福祉避難所」に指定する自治体も増えている。ただ備蓄は施設任せ。西村さんは「三日〜一週間分のおむつやパッドの備蓄、適切な使い方の知識が必要」と指摘する。
 調査では、一時的に運動能力が低下した要介護者の約七割が半年で震災前と同じレベルに回復していた。「献身的なケアの継続で運動や排せつの機能は回復すると分かり、希望が持てた」と西村さんは話す。
◇適切な対応で改善期待
 災害時の対応も左右する日常の排せつケア。NPO法人愛知排泄ケア研究会理事長の後藤百万(ももかず)・名古屋大大学院教授(泌尿器科学)は「現状は施設も在宅も、ひどい状況が多い」と指摘する。
 おむつや尿道カテーテルを安易に使えば、自尊心が傷つく上、日常生活にも支障を来し、寝たきりや認知症の引き金になりうる。逆に適切なケアは、心身機能を保つリハビリにもなる。
 尿失禁といっても、障害のタイプによって治療やケアの方法が違う。研究会では、適切なケアや家族への情報提供などができる「排泄機能指導士」を養成。看護師や介護福祉士など約二百人が、施設や在宅で活躍している。
 尿道カテーテルを使っていた人が指導士の看護師と出会い、治療やケアで自力排尿できるようになったケースも。後藤教授は「尿失禁は薬や手術で改善する場合も多い。諦めないことが大切」と話している。」(全文)

 
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◆福祉避難所 大震災後、京滋の指定ゼロ
京都新聞 2011年11月09日
http://www.kyoto-np.co.jp/politics/article/20111109000027
「災害時に介助が必要な高齢者や障害者、妊産婦らを受け入れる「福祉避難所」を、東日本大震災を受けて新たに指定した自治体は、京都府内と滋賀県内にはないことが、京都新聞社の調査で分かった。大震災で重要性が注目されたが、現時点で指定している京滋の自治体は半数にとどまっている。
 大半の自治体は「地域防災計画の見直しに合わせ、指定を急ぐ」としている。国は阪神大震災を受けて1997年に全国の自治体に指定推進を通知した。自治体担当者は「民間の福祉施設との調整に時間がかかる」「災害時に援護が必要な人がどれだけいるか、まだ把握できていない」と指定が進まない理由を挙げている。
 京滋の全自治体に10月下旬から11月初旬にかけて電話で聞いた。1カ所でも指定しているのは府内26市町村の53%に当たる14市町、県内19市町の42%に当たる8市町だった。
 指定個所が多かったのは、府内では京丹後市の24カ所で、与謝野町の14カ所、長岡京市の12カ所と続いた。京都、宇治、亀岡市などは未指定だった。県内では大津市が51カ所で、東近江市の42カ所、高島市の23カ所、甲賀市の22カ所が目立った。草津、彦根市などは指定がなかった。
 国はおおむね小学校区ごとの設置を呼び掛けているが、この目安を満たしているのは、井手町、大山崎町、東近江市のみだった。
 東日本大震災を受け、草津市は市の施設を福祉避難所に指定する方針を決めた。木津川市は3月に指定したが、「震災以前に決まっていた」という。
 厚生労働省によると、宮城県は4割の自治体が指定済みだったが、指定していなかった自治体では、高齢者が支援態勢の乏しい一般の避難所で長期の生活を強いられ、体調を崩すケースがあったという。
□福祉避難所 学校の体育館などでは生活が難しい高齢者や障害者、妊産婦、乳幼児らを災害時に受け入れる施設。原則として室内に段差が無く、障害者用トイレがある高齢者福祉施設や障害者支援施設、宿泊施設などが対象となる。市町村が指定し、介護職や保健師などの専門職が派遣される。1995年の阪神大震災を教訓に、国が設置促進を通知した。」(全文)

 
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◆企画特集 1【生きる・支える】災害弱者支援 知恵絞る地域
朝日新聞 MY TOWN 神奈川 2011年11月09日
http://mytown.asahi.com/kanagawa/news.php?k_id=15000151111090001
「大災害に襲われた時、避難や生活に支援が必要なお年寄りや病人、障害者ら「災害弱者」にどう手を差し伸べればよいのか。地域の人々が態勢づくりに知恵を絞っている。
 「地震から1時間もしないで民生委員さんが様子を見に来てくれて、とにかくほっとした」
 横浜市鶴見区平安町の森茂さん(76)は3月11日のことをそう振り返る。「けがはないですか」「大丈夫」。それだけの会話だが、訪問は心強かった。
 平安町会では、一人暮らしの高齢者などに、災害時に支援が必要かどうか意思確認してリストアップしている。これまで対象者の大半から同意をとりつけた。
 ふだんから民生委員らが手分けして120人余りを月に1、2回訪問している。抜け道も熟知し、顔も見知った間柄だ。民生委員らは震災直後から自分の判断で安否確認を始め、午後5時前には、不在だった2人を除いて全員の無事が分かった。
 震災当時、町会長の河西英彦さんは区役所で会議中だった。自転車で地元に戻る途中、停電で信号が消えた交差点で町会役員が交通整理をしていた。マニュアルはないが、様々なテーマを設定して実施してきた防災訓練の成果だ。
 河西さんは「どうするか決めておくのではなく、日頃から色々考え、生きた訓練をしていれば、やるべきことは自然にわかる」と話す。
 地区は鶴見川の河口に近く、大半が海抜1メートル以下だ。1958年の狩野川台風で床上浸水を経験したことがきっかけで防災意識が高まった。
 町会会館には、寝たきりのお年寄りなどを救出するため、担架搬送用のゴムボート2隻を用意している。冠水した場合に支援が必要な平屋建て家屋も調査済みだ。訓練などを通じ、揺れたら構造が丈夫な玄関などに逃げ、津波警報が出たら鉄筋建築の3階以上に避難するよう、日頃から徹底している。
 河西さんは震災後、被災地を訪れ、津波の爪痕を目の当たりにした。「水の怖さを再認識した。大災害では誰もが災害弱者になる可能性がある。想定外を想定する努力を続けたい」
 横浜市港北区の大曽根地区では、高齢者らに防災カードを配っている。防水加工したカードに氏名や緊急連絡先、主治医などの情報を書き込んでもらい、1枚は本人が携帯し、もう1枚を町内会長が保管する。いざという時の安否確認のためだ。
 地区の有志らは5年前、民家を借り、100円でお茶とお菓子が楽しめる「ほっとステーション」を開いた。お年寄りを中心に毎月延べ300人ほどが訪れ、近所の人とゆっくり話しながら過ごす。
 この「地域の居場所づくり」には災害弱者対策の意図もある。同ステーション会長の岡野内恭子さんは「孤立してしまった人には何か起きた時にも手の差し伸べようがない。なるべく街に出てもらい、お互いに顔がわかる関係になっておくことが最大の防災対策になるはずです」と話している。
(古沢範英)
 写真:救助用ボートは時折空気を入れて点検する。とたんに子どもたちの遊び場になる=横浜市鶴見区平安町」(全文)

 
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◆災害弱者の対応どう考える 13日、高津区でシンポジウム
タウンニュース 2011年11月04日
http://www.townnews.co.jp/0206/2011/11/04/123717.html
「3月11日、人々はどう行動し、どんな避難生活を過ごしてきたのか――。震災時の対応を考えるシンポジウム「震災、つながる、川崎」が11月13日(日)、川崎市立養護学校(高津区)で開かれる。専門家や被災者らが参加し、災害弱者ともいわれる障害者への対応にも目を向ける。
 主催するのは多摩区内のNPOや社会福祉法人などで構成される同実行委員会。主催者によると、被災地の避難所では障害者への対応に様々な課題が浮かび上がったという。大声を出す子どもの周囲への迷惑を気遣い、親が追い詰められるケースもあったという。
被災者が体験談
 シンポジウムでは災害弱者への対応を考えてもらおうと、被災地の福祉施設の職員で自宅をボランティアの宿泊場として提供した藤原伸哉さんを招いた。障害者の避難所生活の実状を伝えるという。被災地に派遣された川崎市健康福祉局職員の川上賢太さんや津波で自宅を流された被災者も体験談を話す。
 講演後にはグループごとに分かれて震災について思うことを話し合う企画もある。
 会場では写真展「津波に襲われた町 岩手県大槌町、山田町」も開催される。
 主催者は「震災時のネットワーク作りのきっかけができれば」としている。
 時間は午後1時から4時まで。定員200人。入場無料。会場は同校体育館(高津区久本3―7―1/溝の口駅徒歩10分)。
事前申込み制
 参加は申込み制。申込みは▼名前▼連絡先▼グループで話したい内容や関心のあるテーマ――をFAXまたは電話で伝える。申し込み期限は11月11日午後5時。
 問合せ・申込みは社会政策研究会かわさき事務局(【電話】【FAX】044・244・7610)まで。」(全文)

 
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◆フォーラム:災害時の障害者避難など考える−−盛岡 /岩手
毎日新聞 2011年11月03日
http://mainichi.jp/area/iwate/news/20111103ddlk03040056000c.html
「災害発生時の障害者の安否確認や避難の課題について考えるフォーラムが2日、盛岡市内で開かれた。
 盛岡市の知的障害や発達障害を持つ子どもの親たちでつくる団体「すまいる倶楽部」(小田島佳子代表)が主催し、市の担当者や福祉施設の関係者らと意見交換した。
 自閉症の子どもを持つ同市の加藤好江さんは「子どもが大きな声を出し、パニックになることも多く、障害者が避難できる福祉避難所を整備してほしい」と話した。また、発達障害の一種であるアスペルガー症候群の女性は「障害者本人の気持ちを一番優先して対応してもらいたい」と求めた。
 市地域福祉課の佐藤政敏課長補佐は「市も東日本大震災後、課題を検証している。困っていることがあればいつでも声をあげてほしい」と話した。【山中章子】」(全文)

 
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◆東日本大震災:住宅建設棚上げ、帰れない… 千葉に避難、障害者施設の入所者 /福島
毎日新聞 2011年11月03日
http://mainichi.jp/area/fukushima/news/20111103ddlk07040162000c.html
「◇千葉・鴨川に集団避難 いわきに県予定も、水害予想地区と判明
 福島第1原発事故で、千葉県鴨川市の「県立鴨川青年の家」に集団避難している障害者施設の入所者が帰郷できない問題で、県がいわき市内の地権者に入所者用の仮設住宅の建設を打診しながら、契約が1カ月以上、棚上げされていることが分かった。打診後、建設予定地が市のハザードマップの水害予想地区に入っていることが判明したため。地権者は「ハザードマップは最初から分かっていたはず」と批判し、県は対応に苦慮している。【川崎桂吾】
 千葉県に避難しているのは、福島県福祉事業協会が運営する障害者施設「東洋学園」(富岡町)など9施設に入所していた6〜68歳の知的障害者約250人。9施設は警戒区域など原発周辺にある。避難生活で県内の小学校などを転々とし、4月上旬、鴨川市に身を寄せた。県内に帰郷先を見つけ、10月末に退去する予定だった。
 地権者によると、建設予定地はいわき市好間町の農地。8月上旬に県から「入所者用の仮設住宅を建設したい」と打診があり、地権者8人はこれに応じて9月28日に土地の賃貸契約書にサイン。県側の調印を待っていた。しかし、県からはその後、音沙汰がなく、代表者が問い合わせたところ、「水害ハザードマップの予想地区に入っているのですぐに契約ができない」との回答があった。
 地権者は10月28日、県に早期契約の要望書を提出したが、明確な回答は得られなかったという。地権者の男性(62)は「県に貸すつもりでいたので、来年の作付け準備をしていない。今更白紙に戻されても作付けが間に合わない。この地域は今まで水害に遭ったことはなく、入所者のためにも早く契約をしてもらいたい」と話した。
 契約の棚上げについて、県障がい福祉課は「後でハザードマップのことを知ったのは事実。安全性が保てるのか、技術面で検討している」と話す。県には、9月下旬の台風15号で須賀川市の仮設住宅が浸水被害に遭ったことが念頭にある。
 県福祉事業協会によると、千葉県は「無理に出て行くことはない」と退去期限の延長に理解を示している。一方、同協会の山田荘一郎理事長は「千葉県にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。一刻も早く県内に戻りたい」と話している。」(全文)

 
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◆要援護者の避難支援計画停滞
中國新聞 2011年11月03日
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201111030024.html
「災害時に自力での避難が困難な高齢者や障害者の支援を目的にした、三原市の「避難支援プラン」が停滞している。市は町内会や自主防災組織に対して、援護が必要な人の名簿を活用した支援計画の作成を呼び掛けているが、取り組みが進んでいるのは町内会で全体の2%、自主防災組織で11%にとどまっている。
 プランは2009年1月に策定した。市は独り暮らしの75歳以上や身体障害者たち「要援護者」をリストアップして、名簿への登録の同意を得る。名簿は協定を結んだ町内会・自治会、自主防災組織に提供。緊急時の避難支持者や避難場所を盛りこんだ計画作り、訓練、安否確認などに役立てる。
 協定が進まない理由について、市高齢者福祉課は「避難計画に盛りこんで救助できなかった場合の責任を心配したり、名簿の管理に不安を覚えたりする団体が多い」と説明する。災害が少ないために危機感自体が低いことも要因に挙げた。」(全文)

 
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◆東日本大震災:仙台市、復興へ独自基金 福祉施設を内陸移転−−最終案
毎日新聞 東京朝刊 2011年11月03日
http://mainichi.jp/select/weathernews/news/20111103ddm012040054000c.html
「東日本大震災で被災した仙台市は2日、復興事業資金を準備するため市独自の基金を創設するなどとした復興計画案の最終版を公表した。将来の津波被害を受けかねない沿岸部にある福祉施設に、内陸部の西側地域への移転を促すことも新たに盛り込んだ。
 復興基金は、市が必要と考える事業のために資金を積み立てておく仕組み。計画で掲げた事業を着実に進めるため、復興に限った財政枠組みを明確にすることにした。金額や設置期間は今後決める。
 将来の津波で2メートルを超す浸水が予測される沿岸部を巡っては、震災前約2000世帯が住んでいた地域で「住宅の新築・増築を原則禁止」との方針を維持。その上で避難が遅れがちな障害者や高齢者が使う福祉施設などを対象に、ある程度の浸水が予想される地域からは移転するよう促す。
 計画期間は15年度までの5年間で、総事業費として約1兆円を投じる方向で市は調整している。17日をめどに計画案を決定し、臨時市議会に提案する考えだ。【平元英治】」(全文)

 
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◆添田町:災害時の要介護者福祉避難所、町体育館など6施設指定 /福岡
毎日新聞 2011年11月02日
http://mainichi.jp/area/fukuoka/news/20111102ddlk40010373000c.html
「◇約100人の収容態勢整う
 添田町は1日、災害時に在宅の要介護高齢者らを避難させる福祉避難所に町体育館など町内6施設を指定した。トイレや床の段差問題などで通常の公共施設では避難生活が困難な高齢者や障害者、妊婦らを一時的に受け入れる。これで町内約100人とされる要介護者らをほぼ受け入れる態勢が整ったという。
 6施設のうち、民間の「特別養護老人ホームそえだ」を管理する町社会福祉協議会とは町役場で協定を結んだ。寺西明男町長は「今後も安心安全なまちづくりの態勢を整えたい」。社協の宇都宮多美子会長は「非常時は誠心誠意お手伝いしたい」と話した。
 添田町は、災害時の避難所として公民館など68施設を指定している。このうち、体育館など比較的バリアフリーなどが整った4施設と、町立老人ホーム錦風荘、特老ホームそえだの6施設を福祉避難所に指定した。
 厚労省がガイドラインを定めた08年以降、老人福祉施設などと協定を結ぶ自治体が全国的に増え、筑豊地区でも飯塚市が7月、26施設と協定を結んだ。【荒木俊雄】
〔筑豊版〕」(全文)

 
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◆記者の目:紀伊半島豪雨と災害弱者=岸本桂司
毎日新聞 2011年11月02日
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20111102k0000m070154000c.html
「◇「老老避難」対策 行政の責任で
 台風12号による豪雨が紀伊半島山間部の過疎地を襲い、和歌山県内では死者・行方不明者57人を数えた。うち65歳以上の高齢者が約半数にのぼる。東日本大震災でも、高齢化が進む東北の三陸沿岸を津波がのみ込んだ。私は二つの現場で、高齢者ばかりだったために避難がままならず、逃げ遅れたとみられるケースを取材した。「老老避難」ともいえる危機的状況だ。それは限界集落が増える地域に共通する課題といえる。災害弱者である高齢者らを事前に危険から遠ざける方策を考えることが急務だと痛感した。
 ◇足の悪い85歳 翌朝遺体で発見
 9月3日夜、和歌山県新宮市熊野川町にある西敷屋地区。台風による豪雨で近くを流れる熊野川の水位が上昇を続ける中、高台に住む坪井作夫さん(86)は、一人で近所に暮らす足の悪い男性(85)の身を案じていた。「はよう逃げえよ」。電話で促したが「家に水が入ってきて今畳を上げよる。また電話するわ」と言って切ったまま、連絡はなかった。翌朝、男性は自宅で水死体で発見された。
 同地区は、約50人の住民の8割程度を高齢者が占める。しかも大半が独居だ。山に囲まれた集落は数百メートルしか離れていない川の氾濫によって孤立し、警察や消防も救助に行けなかった。避難のための一定の時間的余裕があったはずだが、男性は逃げ遅れた。坪井さんは「若い人が近くにいれば、無理にでも避難させることができたのかもしれない」と悔やむ。
 災害時に高齢者や障害者ら要援護者を避難誘導する必要性は、04年の新潟・福島豪雨などで高齢者の犠牲が相次いだことから検討され始めた。国は、災害弱者の避難支援について定めた「災害時要援護者避難支援計画」の策定を全国の市町村に求めている。同計画は▽要援護者の対象範囲など基本方針を決める全体計画▽要援護者の名簿▽対象者一人一人について誰がどうやって避難させるか具体的に定める個別計画−−からなる。
 消防庁によると、個別計画を作っているのは、東北の一部を除く市町村の22%(今年4月1日現在)。新宮市も策定途中だった。では、計画が完成していたら、犠牲は出なかったのだろうか。私は懐疑的だ。個別計画では要援護者を避難させる支援者の確保が求められるが、過疎地には若者がおらず支援する側も高齢だ。新宮市防災対策課の井上登課長は「言い訳ととられるかもしれないが、計画ができても実際に動ける人がいないと意味がない。現実に即して考えると、計画は理想論と言わざるをえない」と話す。
 私は東日本大震災発生から10日後、岩手県に入った。津波で743人が死亡・行方不明になった山田町も、事情は同様だった。犠牲者の多くが逃げ遅れた高齢者。町は個別計画が未整備だったが、多くの地区で自主防災組織が事前に高齢者の支援者を決めるなど避難のルールを決め、個別計画の代替の役割を果たすはずだった。しかし、現実はそうならなかった。
 地震発生時は昼間で、若〜中年層は仕事で自宅にいない時間帯だった。残された人々は高齢者ばかり。協力して避難できなかったのか、高齢男性に問うと「自分だって足が悪い。時間がないのに他の人を助けていたら、自分がやられてたんだよ」と強い口調で答えが返ってきた。
 高齢者が災害で犠牲になりがちなのは、足腰の弱さだけが理由ではない。群馬大の片田敏孝教授(災害社会工学)は「高齢者は他人の世話になるのが嫌だという特有の意識がある。また、『これまで大丈夫だったから』と過去の経験則にこだわりがちだ」と指摘する。だからこそ、事前に災害の危険から可能な限り回避させることが必要だ。
 ◇支援計画見直し 人員の投入を
 震災の津波被害を受けた地域について、国は住民の高台への集団移転を進めようとしている。紀伊半島などの山間部でも犠牲を防ぐ究極の方策は、集落丸ごと安全な場所に移転させることかもしれない。だが多くの住民が「今さら新しい土地に行きたくない」と反対するだろうし、財政の制約からも現実的ではない。
 そうであるならば、要援護者避難支援計画と現実とのギャップを踏まえ、より実効性のある対策を行政の責任で考えるべきだ。豪雨が予想される場合に、洪水や土砂崩れなどの危険性が高い地域を限定して、行政が人員を投入して早めに住民を集団避難させるなど、住民任せにしないことが必要だ。
 もちろん行政の人員や、予報の精度などの課題もあるだろう。だが、従来の対策が大規模災害で機能し切れなかった現実を謙虚に受け止めなければならない。(和歌山支局)」(全文)

*作成:有松 玲
UP:20111128 REV:20111118,
災害と障害者・病者:東日本大震災 

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