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「論点と論点はあるが通過されるという現況について」

立岩 真也 2009/09/06
COE死生学+生存学シンポジウム 於:東京


当日報告

配布資料(本の目次)(MS Word)

□cf.

清水 哲郎 19970530 『医療現場に臨む哲学』,勁草書房,246p. ISBN: 4326153245 2520 [amazon][kinokuniya] ※

清水 哲郎 20000801 『医療現場に臨む哲学II――ことばに与る私たち』,勁草書房,201p. ISBN-10: 4326153474 ISBN-13: 978-4326153473 2310 [amazon][kinokuniya] ※

◇立岩 真也 2000/10/06 「書評:清水哲郎『医療 現場に臨つ哲学II――ことばに与る私たち』(勁草書房)」『週刊読書人』2356:4

 「筆者は、インフォームド・コンセントの考え方では医療者−患者関係は対立ないし緊張関係にあり、それは「法的な発想であっても、倫理的な発想ではない(あるいは喧嘩をしないための倫理ではあっても、仲良くするための倫理ではない)。そこで、両者のよりよいあり方、理想的なあり方を探る」(一二二頁)と言う。「倫理(学)」とはそういうものだと規定すればそれはそれで筋は通る。だがそれは「医療現場」にどう関係するのか。仲良くできる人たちの現場もあるが、それだけではない。だから「よりよいあり方」を示せばよい、か。正解だとは思う。だが、様々な力関係があり、それに対して(喧嘩にならないための、喧嘩をするための)「現場に臨む」「倫理」もあるのではないかと思う人もいるだろう。
 そしてこの疑問はたんにより「現実的」であれとねだっているのではない。論ずる論理の妥当性についての問いでもある。第7章「浸透し合う諸個人」では、第4章に続き死の自己決定について考察される。そのままその決定を認めて引き下がるのは評者もためらう。ただ、病は家族やその他の人々にとっても関わりのあるものだ(それはその通りだ)から、共同で決定されるべきものだと言えるだろうか。原初的、基礎的な場面(個と共同性とが同時に成立するとされる場)を見定めることが、ある立場(個別性を尊重しつつも共同の決定とすること)を正当化することに直結するのか。これは「哲学」と「臨床倫理」の関係を問うことでもある。だからもっと多くのことを考えなくてはならない。」

◇2004/10/27 http://www.enpitu.ne.jp/usr7/bin/month?id=73081&pg=200410

小泉 義之・立岩 真也 2004/11/01 「生存の争い」(対談),『現代思想』32-14(2004-11):036-056→2005/02/25 「生存の争い」,松原・小泉編[2005:255-298]*
*松原 洋子・小泉 義之 編 20050225 『生命の臨界――争点としての生命』,人文書院,306p. ISBN: 4409040723 2730 [amazon][kinokuniya] ※

  「昨年の一一月号の特集「争点としての生命」に載った「受肉の善用のための知識――生命倫理批判序説」([2003c])で小泉さんは生命倫理学に喧嘩を売っているんですが、そこでやり玉にあがっているのは[…]いわゆるバイオエシックスというよりは、とりわけここ二〇年ほどおびただしい言葉が重ねられてきた「死生学」であるとか「ケア」のなんとかとか、「臨床」なんとかといったものであったと思います。僕はいくらかはそういうものを読んできて、それに対してなにがしかの不全感を抱いてきたので、そこのところで共感するところはあった。しかし、では喧嘩売っている小泉さんの方は代わりに何言うの、という疑問もあったし、言えるなら言ってほしいという期待もある。」(小泉・立岩[2004:36→2005:233])
 (前段の表現では「そういうもの」を読んできて)「思ってきたことは三つあります。
  一つは、そんなことは言われなくてもわかっているよということです。[…]病気になって体が弱って、気も弱ってくる。そうなったときに、その人にやさしくしてあげよう[…]と言うわけです。しかし[…]それはいっぺん言われればわかる話です。そして、言われなくてもたいがいの人はわかっている。[…]
  二つめは、[…]死ぬのはやだな、怖いなと思う。それから、死ぬこととはまったく別のことだと思いますが、体が痛くて、痛いのはいやだと考える。そういうことに関して死生学だの死の臨床だのが何か言ってくれているのかというと、ほとんど何も、少なくとも私にとってはありがたいことを言ってくれたりはしていないのです。ありがたい以前に、何か言っているという感じがしないわけです。[…]
  三つ目は、「よい死」というお話に滑っていくというか、それをはじめから内包してしまっているというか、それが気になってきました。[…]
  一つめの話については、だれでもわかることを確認したら、その次を考えればいい。つまり生きるためにどういう手だてと仕組みがあったらよいのかということを考えて、それを書けばよい。[…]実際、そう思って、ずっと書いてきました。[…]
  三つめに関しては、これはちょっと捨て置けない。それについては言わなきゃと思う。[…]
  けれども、二つめは私の手には負えないと思った。何も言えるようには思わないから、何も考えず、何も言わずにきたんです。けれども、小泉さんは、僕がパスした二番目のことについて、臨床なんとかケアのなんとかが何も言ってないと批判した後、自分は何か言うぞと言うわけです。ここのところを聞きたいんです。」(小泉・立岩[2004 : 37-38→2005 : 256-258])

◇立岩 真也 2004/11/01「より苦痛な生/苦痛な生/安楽な死」,『現代思想』32-14(2004-11):085-097→『唯の生』に収録

清水 哲郎 20050805 「医療現場における意思決定のプロセス――生死に関わる方針選択をめぐって」,『思想』976(2005-8):4-22

◇安彦 一恵 2007 「「安楽死」をめぐる清水・立岩論争のメタ倫理学的考察」http://www.hucc.hokudai.ac.jp/~k15696/home/kakenhi06/ABIKO.PDF

◇2008/01 http://barbare.cocolog-nifty.com/blog/2008/01/post_b7a1.html

◇武川 正吾・西平 直 編 20080711 『死生学3――ライフサイクルと死』,東京大学出版会,256p. ISBN-10: 4130141236 ISBN-13: 978-4130141239 2940 [amazon][kinokuniya] ※ d01.

◇立岩 真也 2008/07/11 「人命の特別を言わず/言う」,武川・西平編[2008:23-44]

「「死生「観」」を研究することに意味があるのか。私にはよくわからない。とくに「死後の世界」「死後の生」について研究することの意味はよくわからない。もちろん、そうした観念・表象が様々な時代と社会にあり、それらには共通する部分があり異なる部分がある。そしてそのことは人々の生におおいなる影響を与えてきたこと、ゆえにそれを調べることは、それらの時代や社会のあり様、そこに生きてきた人々のあり様を知る上で必要なことであり、有意義なことである。ここまではよくわかる。そして実際そうした研究は様々になされてもきた。もっとなされてもよいだろう。しかしその次がよくわからない。一つには、私自身が、死後の生を信じられたらよいだろうとは思うものの、そのように思うことのできるすべを考えつくことができないということである。また学の側にしても、人々がこんなことを思っていた、思ってきたという記述を超えるのであれば、それをどのように考えるのかを言わねばならないが、過去はともかく現在、そのことについてなにごとかが言われているように思えないし、なにか言いようがあるのか、それがわからないということだ。
 そして死について。人は(人も)死ぬということ以外、なにか言うことがあるのか、これもまたわからない。ただ、死のことはわからないが、死なせられることや死ぬことに決めることについては考えるしかないことがあると思い、書くべきことがあると思って、考えて書いてきた。」([2008])

◇立岩 真也 2008/09/05 『良い死』,筑摩書房,374p. ISBN-10: 4480867198 ISBN-13: 978-4480867193 2940 [amazon][kinokuniya] ※ d01. et.,

◇立岩 真也 2009/03/25 『唯の生』 ,筑摩書房,424p. ISBN-10: 4480867201 ISBN-13: 978-4480867209 [amazon][kinokuniya] ※ et. English

 第1章・注1
 「(1)この章は「人命の特別を言わず/言う」([2008c])に、シンガー、クーゼ、加藤秀一の本を紹介した『看護教育』の連載の六回分([2001-(71)(72)(73)(79)(82)(83)])を加え、構成を変え、加筆して、構成されている。一番目の文章は、シリーズ死生学第3巻『ライフサイクルと死』(武川・西平編[2008])に収録されている。その死生学はグローバルCOEプログラム「死生学の展開と組織化」(東京大学大学院人文社会系研究科)の死生学であり、日本ではおもに一九八〇年代以降盛んになる「死生学」――サナトロジー(thanatology)を直訳すれば「死学」だろうが、「死生学」が一般に使われることになった(『生死本』で何冊かを紹介する)――と同じものではない。その上で、その文章のはじまりは以下のようになっている。   「「死生「観」」を研究することに意味があるのか。私にはよくわからない。とくに「死後の世界」「死後の生」について研究することの意味はよくわからない。もちろん、そうした観念・表象が様々な時代と社会にあり、それらには共通する部分があり異なる部分がある。そしてそのことは人々の生におおいなる影響を与えてきたこと、ゆえにそれを調べることは、それらの時代や社会のあり様、そこに生きてきた人々のあり様を知る上で必要なことであり、有意義なことである。ここまではよくわかる。そして実際そうした研究は様々になされてもきた。もっとなされてもよいだろう。しかしその次がよくわからない。一つには、私自身が、死後の生を信じられたらよいだろうとは思うものの、そのように思うことのできるすべを考えつくことができないということである。また学の側にしても、人々がこんなことを思っていた、思ってきたという記述を超えるのであれば、それをどのように考えるのかを言わねばならないが、過去はともかく現在、そのことについてなにごとかが言われているように思えないし、なにか言いようがあるのか、それがわからないということだ。   そして死について。人は(人も)死ぬということ以外、なにか言うことがあるのか、これもまたわからない。ただ、死のことはわからないが、死なせられることや死ぬことに決めることについては考えるしかないことがあると思い、書くべきことがあると思って、考えて書いてきた。」([2008c])   本書もまたそのように書かれている。でなければどんな書きようがあるか。死んでも終わりではないことを言えば違ってくる。このことは「学問」のなかではあまり言われないのだが、それでもそのことを言う人たちもまたいる。『生死本』でふれる。」(立岩[2009])

 「6 家族/市民
 他にも様々な人たちがいる。例えば――日本社会では一九八〇年代に表に現われ広がった動きとしての――「死生学」が語られる場に集った人たちがいる。それは、学問のための学問ではなく、医療や看護や福祉の現場で職業として関わる人や身近な人を亡くした家族、将来の自らのことを考える市民たちのためのものであり、その人たちに対して提供されるものでもあった。何が語られたのか、そこにいた人がどんな人たちであったか。読むことのできる記録、書籍はかなりたくさんある。その歴史の記述・分析はまだあまりなされていないのだが、なされるとよいと思う。
 講演をしたり報告をしたりするのは多くの場合、医療や看護の仕事をする人であり、そして他領域の学者が若干、その他宗教者、著作家等々といったところだが、その人たちも自分の近くに起こったことを話すことが多い。そして、家族や遺族がその話を聞き、感想を語ったりする。また自らが自らの体験を語る。亡くなった人の世話をしてきた人がいる。そしていま現にそのことに携わっている人たちがいる。その体験を語り、悩みを語る。
 こうした場で語る人たちの多くは、たいへんではあったけれどもよくやってきた人たちである。そしてそんな苦労の中から、これからの自分のことを考える人たちでもある。そうした人たちが集い、語り、またその人たちを聴衆として、多くのことが、繰り返し、語られてきた。すると、その中にその家族を施設や病院に置いたまま顧みることがなかったという人はあまりいないだろう。とくに経済的な理由から、負担が大きいからといった理由によって、家族を遠ざけるといったことは、語るべきことではないと思われているから、あるいは当人においても忘れたいことであるから、言論の場に現われるのはそんな人たちではない。肉親の死について語る人、語ることができる人は、むろん様々な後悔はあるとしても、まじめに向き合った人たちであり、よくやった人たちである。自分たちはその人が長く生きるのを望んでしまったのだが、本人は苦しんでいるようであった。その人のことを思って「延命」を受け入れたのだが――そしてそのこと自体は公式には非難されないのだが――しかしそれでよかったのだろうかというふうに自らを振り返り反省する。
 そしてまたその人たちの多くは、自らをよく律することのできる人でもある。そして苦労をした人でもあり、そのことに関わって苦労をかけさせられた人を否定したり軽蔑したりすることはないのだが、しかし自らについては、そこまでのことをとは思わない人たちであることがある。その人は自分のことを考えている。その自分は、世話する側から見られたところの未来の自分である。
 そしてここに本人が現われるのはなかなかに難しい。たとえば認知症の人自らが語るといったことがなされるようにもなり、それはよいことなのだが、そこに現われるのはやはり、それなりには語ることのできる人ではある。そしてその中に、生きたいことを語る人もいるのだが、それは一言で終わってしまう。他方、死にたいことを語る人は、たくさん語ることがある。例えば、積極的安楽死への望みが、かなりの点数出ている翻訳ものの本などで語られる。それは、心を揺り動かすものとして受け止められる。その主張は極端な意見であるとして、すぐには受け入れられないとしても、本人からの強い願いがそこに表明されるから、それにもっともなところはあるとして、受け止められる。それが言論の外縁を形成することになる。つまり極端とも思われる主張にも理があるのだから、より穏当な行ないには問題がないということになる。
 本人が語らないと、あるいは語らせてもらえない時、代理して語ること、語らざるをえないことがある。何を語ってきたか。例えば、寝たきりにさせられたことの悲惨を告発してきた。そこに多くの痛みがあり苦しみがあるのだから、それはまったくなされるべき行ないである。ただ、動けない人の反対は動ける人ということになる。そして結局動けない人はいる。
 むろん、いくらか慎重に語れば、分けるべきを分けて語ることはできる。ただ、これまで手本にしてきたヨーロッパにしても、わりあいここはあっさりと言ってしまう。現状を告発して、その人たちを守ろうとする主張が、その人自身の意図を超えて、否定的な像を与えてしまうことがある。
 では肯定すればよいか。すると何を肯定するのかということになる。「たんなる延命」を肯定すればよいではないかという言い方もある。ただそれでは取り付く島がないということにもなる。するともっと肯定的なものを取り出して、それを語るのがよいということになる。そこで、ある部分についてはまったく機能を停止しているのではあるが、ある部分において元気な人が紹介されることになる。ただ、それに限界があることもまた感じられる。つまり全体として衰弱している人もまたいるということだ。
 すると再度、死の側に行ってしまうおそれを語ることになる。それは基本的には暗い話である。つねにではないとしても、暗い話は嫌われる。死生学より分がわるいことになる。
 7 人間学」

 第7章「『病いの哲学』について」1「何か言われたことがあったか」
 「以前、一九九〇年頃、非常勤講師として東京都立川市の看護学校で「社会学」を担当していたことがある。教室の学生をあまり容易に寝つかせない方がよいかもしれないと思って、当時からずいぶんの数の本が出ていた「死生学」の本などもすこし見た。三鷹市立図書館等にもたくさん並んでいた。今はもっと多いだろう。また古本屋に行くと、そうした本たちはきわめて安価に買えたりもしたから、いくつかは買い、買い出すときりがないのではあるが、ある程度を集めた。すると背表紙に「死」の文字ばかりが並ぶ、きわめて不吉な本の列が書架にできることになった。そして本のリストを作った。飽きてしまったので収集はやめたが、ずっと更新を怠っているリストはホームページに載せたままになっている。
 それらを読んでおもしろかったかと言えば、それほどおもしろくはなかった。それらの多くは「臨床」のために書かれているのであるから、床に就いているその人が、あるいはその人に、どのように対したらよいのかが書かれていることになっている。そして、その人たちにとって情勢は切迫しているのだろう。そして、周囲の者たちは死に臨んだその人を突き放さないことになっているはずだ。とすると何を言うか。やさしくしたらよいだろうし、苦痛をやわらげ、いささかでも快適にした方がよい。それはもちろんまったくそのとおりだ。そして、その人がなにかを語るのであれば、語ることをよく聞くのがよい。傍にいてほしいと思っているのなら、そうした方がよい。それもそのとおりだ。
 ただ、そうしたことなら、それはもう知っていることではないか。あるいは、すくなくとも一度聞けばよいことではないか。技術的に具体的なこと――これはこれで明らかに大切なことだ――のいくらかは別として、今までも行なってきたし、今でも行なえることではないか。その次に言うことはないのか。ほとんどないのだが、中味としては、さきに述べたことを薄めたようなことが言われたりする。まず、当人を突き放せないことがここでは前提になっているから、死ぬことなど考えるだけ無駄だといったものいいは少なくなる。しかし同時に、多くは宗教的なものへの抑制が効いてもいるから、「あの世」が積極的に持ち出されることもない。無常を説いたとしても、それが解決・解消される場所を提示することができないから、それを強調しても仕方がないということになる。
 私は、しばらく考えていても何も浮かばない。それで私は深く考えたりしない。何かを読んでも、何も加わることはなく、何も変わらず、そのままだ。誰にとってもそう事情は変わらないだろうと思う。しかし、現代において死は隠されている、語られないという枕詞を置いて、死にゆくことについて語る言葉が夥しくある。
 では社会科学はどうか。」


UP:20090702 REV:20090817, 27, 0903, 20100523
立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa
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