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書評:清水哲郎『医療現場に臨む哲学II――ことばに与る私たち』(勁草書房)

立岩真也 20001006
『週刊読書人』2356:4 【原稿送付:2000.09.12】3枚=1200字


 本書は一九九七年の『医療現場に臨む哲学』(勁草書房)の続篇であり、「医療の現場で頑張っている医療者の現実の問題に活かすことができる思想的営みに繋げたい」と書かれた。また広く読まれている前著に示された立場を基礎づける性格ももつ。
 「現場」が迷うところ、そこに必ず現われる面倒で重要な主題に踏み込み、どうしたらよいか自らの立場を述べ、その根拠を示そうとする。それがこの本のなにより魅力的なところだ。たしかに筆者は「現場に臨む」。と同時にその思考は、直接に理論的な諸問題、例えばQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を「主観的満足度」でなく「置かれている環境の評価」と捉えるべきだというA・センらの主張にも関わる論点(第3章「生をめぐる価値」)や、延命治療や安楽死という主題に関わるP・シンガーの論を吟味し、積極的行為/消極的行為の区分が有効でないことを認めつつ、「意図」を考慮した別の軸で捉えるべきことの提示(第4章「意図と結果」)等につながっている。
 ではその論の中身はどうか。うまくいっているところと詰めきれていないところと両方が、右に紹介した論点も含め、各章にある。論ずべきことがたくさんあり到底書き切れない(cf.http://http://www.arsvi.com/→「人」→「清水哲郎」)。まず読まれたらよい。
 それでも一つ。筆者は、インフォームド・コンセントの考え方では医療者−患者関係は対立ないし緊張関係にあり、それは「法的な発想であっても、倫理的な発想ではない(あるいは喧嘩をしないための倫理ではあっても、仲良くするための倫理ではない)。そこで、両者のよりよいあり方、理想的なあり方を探る」(一二二頁)と言う。「倫理(学)」とはそういうものだと規定すればそれはそれで筋は通る。だがそれは「医療現場」にどう関係するのか。仲良くできる人たちの現場もあるが、それだけではない。だから「よりよいあり方」を示せばよい、か。正解だとは思う。だが、様々な力関係があり、それに対して(喧嘩にならないための、喧嘩をするための)「現場に臨む」「倫理」もあるのではないかと思う人もいるだろう。
 そしてこの疑問はたんにより「現実的」であれとねだっているのではない。論ずる論理の妥当性についての問いでもある。第7章「浸透し合う諸個人」では、第4章に続き死の自己決定について考察される。そのままその決定を認めて引き下がるのは評者もためらう。ただ、病は家族やその他の人々にとっても関わりのあるものだ(それはその通りだ)から、共同で決定されるべきものだと言えるだろうか。原初的、基礎的な場面(個と共同性とが同時に成立するとされる場)を見定めることが、ある立場(個別性を尊重しつつも共同の決定とすること)を正当化することに直結するのか。これは「哲学」と「臨床倫理」の関係を問うことでもある。だからもっと多くのことを考えなくてはならない。



清水哲郎  ◇A・セン  ◇P・シンガー  ◇書評・本の紹介 by 立岩
立岩 真也
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