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『ニーズ中心の福祉社会へ』

医療と社会ブックガイド・90)

立岩 真也 2009/01/25 『看護教育』50-1(2009-1):
http://www.igaku-shoin.co.jp
http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/


  この連載、9年目になってしまった(あと1年で終わります)。
  2008年もたくさん本が出た。紹介していないものもたくさんあるのだが、その中から『ニーズ中心の福祉社会へ――当事者主権の次世代福祉戦略』を紹介する。
  この本は、いま実際のところがどうなっているのかを記述する部分もありつつ、基本的には、この世の中はこうなったらよい、なるべきである、そしてそれは可能である、そういうことを述べた本である。編者たちによる「はじめに」から少し長く引用する。
  「制度と政策とが「当事者ニーズ」をおきざりにして進んでいるように見える[…]。
  共編者の上野千鶴子中西正司は二〇〇三年に共著で『当事者主権』(岩波新書)を著した。それから五年。わたしたちはその後、「当事者主権」の理念にもとづく、次世代型の福祉戦略を構想しようとしてきたが、二〇〇五年には障害者自立支援法が成立し、さらに二〇〇三年と二〇〇六年には介護保険法の改定が行われ、社会保障費の総量抑制の政策方針のもとに、状況はその当時よりもむしろ悪化している。この流れを押し戻し、ほんとうに当事者にとってほしいサービスが手に入る社会をつくるために一歩をすすめることは、重要でかつ喫緊の課題である。この福祉社会への転換期をどう乗り切るかは、今後三〇年間の日本社会のシナリオを決めるであろう。すなわち現在壮年期にあるひとびとが、高齢期に入ったときの、運命を決めることになるだろう。
  ニーズ中心の福祉社会を、できないと悲観する前に、わたしたちは、それが必要だし可能だと宣言したい。そしてたんに希望的な観測を述べるのではなく、どのような理念にもとづいて、何を、どうして、どこに配慮しながら、どうすれば、実現できるか、の道筋を示そうとした。」(pp.3-4)
  私はこんな本が必要だと思い、価値があると思う。だから取り上げるのだが、この本を読むべき理由は以上で尽きてもいる。あとは買って読めばよい。それを言えばすむ。すんでしまったので、いくらか回り道をすることができる。
◇◇◇
  この頃「ケア」という語のついた本は山とある(『ニーズ中心』もシリーズ「ケアをひらく」の一冊だが)。昨年は岩波書店から「ケア・その思想と実践」全6巻が出た。『ニーズ中心』の編者で第5章「福祉多元社会における協セクターの役割」を書いた上野はこの6巻の編集委員の一人であり、第7章「三つの福祉政府体系と当事者主権」を書いている大沢真理もその一人、他に大熊由紀子・神野直彦・副田義也、計5人。
  私も第1巻「ケアという思想」に原稿を書いている。ただ、このような、多数の著者――今回はその過半は知っている人で世間は狭いという気もするが、それでも「多彩な執筆陣」――の短い文章を集めた本、そのシリーズものであまりおもしろいものを見たことがない。そして「(また)ケアか」という気持ちもいくらかあった。だから、ではなく、考えてみてよいと思って、当初、別の場で話した話の記録に少し手を入れたものを掲載してくださいと原稿を送った。その始まりから引用する。
  「ケアという[…]行いは、たんに行われているというだけではなくて、愚痴をこぼしながら行われたり、独り言を言いながら行われるというように、ある了解、理解と共になされている。
  そしてまた、とくに学問的というのではなくケアについて語られる場があり、一方では今日のように学問的な議論の場の中でケアというものが語られることがある。そのような時に何が語られているのだろうか、あるいは、そのような議論の場で話がすまないことがあるが、それは何だろう、とか、思うことがあるのです。
  […]「ケアをする」ということは[…]誰も悪いことであるとは思っていない、良いことだと皆が皆思っています。[…]ケアについて肯定的に語ることが承認されていることになるわけです。
  そしてまた、ケアというものは、たいていの場合、なかなかに大変なものである。大変なものについては、我々は「ご苦労さん」と言うことになっています。「ご苦労さん」という感想、感慨を我々は持ち、それをまた肯定的に語るということがある。
  そしてまた、例えば家庭の中で、自分だけがケアをしているという状況があるとしましょう。他の人はやってくれないのに、社会はやってくれないのに、国家は何ほどのこともしてくれないのに、自分だけがそれをやっている。[…]それは不当なことです。ですから、そのような状況に置かれていることを告発すれば、その告発はやはり正当性をもつことになり、我々に受容されることになる。
  そしてまた、実際のケアの現場においては、ケアをされる側は、ケアなくしては生きていけないということがありますから、そのことにおいて、ケアをする側は何がしかの優位性をもつことが常にできている。もちろん、ケアをすることが強いられた状況であれば、十分な抑圧、鬱屈感を伴うけれども、そのように社会の中で置かれていることの不当性に対する慰めの言葉とともに、肯定され承認されている。それと同時に、その個別の関係における、自分のある種の優位は保障されている。そういう仕掛けになっている。
  さらに、我々はケアをすることによってケアをされる側から何がしかのものを受け取るということもある。人生について、あるいは生死について何ごとかを学ぶ。そして、その学んだことを語る。それは[…]有意義なことである。そして、「我々はケアをするけれども、そのことにおいてかえって学んでいる。かえって与えられている」と語ることにおける、ある種へりくだった私の態度はなかなかに称讃に値するとされます。
  このようなことが、一人一人の[…]独り言の中にも含まれているかもしれませんし[…]、小さい、中くらいの、大きな人の集まりの中で語られている。そのような時、あるいは今日のような学問的な場において語られる時、ケアに対する全体としての肯定感と言いますか、大変でありながら肯定的であるということを承認し合う場を作り上げているのだろうと思うのです。
  こういうことはきっとよいことであり、また必要なことでもあろうと思います。しかしながら、同時になにかしら退屈な感じもしないでもない。むろんこれは、ひっくり返すこともできるわけで、なにかしら退屈ではあるけれども、よいことであり、大切なことであるというふうにも言える。そして、それでいいじゃないかという感じもするにはします。ただ、他に考えよう、語りようがなくはないだろうとも思うのです。」
◇◇◇
  こうやって始まる原稿は、一般読者向けに平易な文章をという出版社側からの依頼だったし、よいだろうと思ったのだが、結局掲載されなかった。一度掲載されたものの使いまわしはよくないということだったのかもしれない。
  何を使いまわそうとしたのか。これは、二〇〇五年十一月、東京大学大学院人文社会系研究科21世紀COEプログラム「生命の文化・価値をめぐる<死生学>の構築」主催のシンポジウムで話した話の始まりの部分で、二〇〇六年十一月に出たCOE発行の冊子『ケアと自己決定――シンポジウム報告論集』「位置取りについて――障害者運動の」という題で収録されている。また当方のHPにも全部が掲載されている。
  だからその後に私が何を話したのか、読んでいただければわかるのだが、この話の「入り」の部分では、私はいささか冷ややかなものいいをしている。
  「人間学」的なものいいを否定しているのではない。ただもっと必要なことがある、その方が先だろうという思いがあったし、今でもある。つまり制度・仕組み・お金の話はやはり大切だろうということだ。そしてそれが『ニーズ中心の福祉社会へ』を推す理由だ。
  そこで、その岩波のシリーズ本でも、私の当初の案が却下となった後、「有限性という常套句をどう受けるか」という題の文章にした。いつもは書くのにずいぶん時間がかかるのだが、もう決まった話を短くして書いたから、一日ぐらいで書いてそれが載っている。
  そして『ニーズ中心』の方に載せてもらった私の文章が第10章「楽観してよいはずだ」。基本的に同じ話をしているが、こちらの方が長い。そしてさらにずっと長い同じ話――ときに長いのも仕方のがないと思う――は拙著『良い死』(筑摩書房)の第3章「犠牲と不足について」でしている。金が足りない、人が足りないという話をあまり真に受けないようにしようということだ。『ニーズ中心』の基調も、様々な困難が現に存在するのではあるが、基本的にはなんとかなるはずだというものだ。その中身を次回に紹介する。

このHP経由で購入すると寄付されます

■表紙写真を載せた本

◆上野 千鶴子・中西 正司 編 20081001 『ニーズ中心の福祉社会へ――当事者主権の次世代福祉戦略』,医学書院,シリーズケアをひらく,296p. ISBN-10: 4260006436 ISBN-13: 9784260006439 2310 [amazon][kinokuniya] ※ a02. a06. d00.

■言及した文献

◆中西 正司・上野 千鶴子 20031021 『当事者主権』,岩波新書新赤860,214+2p. 700 ※ d
◆東京大学大学院人文社会系研究科21世紀COE研究拠点形成プログラム 2006/11/10 「生命の文化・価値をめぐる<死生学>の構築」『ケアと自己決定――シンポジウム報告論集』,東京大学大学院人文社会系研究科
◆上野 千鶴子・大熊 由紀子・大沢 真理・神野 直彦・副田 義也 編 20080410 『ケアという思想――ケア その思想と実践1』,岩波書店,249p. ISBN-10: 4000281216 ISBN-13: 978-4000281218 2310 pp.163-180 [amazon][kinokuniya] ※ c04.,
◆立岩 真也 2008/09/05 『良い死』,筑摩書房,374p. ISBN-10: 4480867198 ISBN-13: 978-4480867193 2940 [amazon][kinokuniya] ※ d01. et.,


UP:20081124 REV:20081201
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