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『ニーズ中心の福祉社会へ』続

医療と社会ブックガイド・91)

立岩 真也 2009/02/25 『看護教育』50-2(2009-2):
http://www.igaku-shoin.co.jp
http://www.igaku-shoin.co.jp/mag/kyouiku/


  前回、中身を紹介しなかったその本の構成は次のようだ。
  【理念】第1章「当事者とは誰か?――ニーズ中心の福祉社会のために」(上野千鶴子)
  【ニーズとサービス 】第2章 「ケアサービスのシステムと当事者主権」(笹谷春美)、第3章 「高齢者のニーズ生成のプロセス――介護保険サービス利用者の語りから」(齋藤曉子)第4章「ニーズはなぜ潜在化するのか――高齢者虐待問題と増大する「息子」加害者」(春日キスヨ)
  【事業】第5章「福祉多元社会における協セクターの役割」(上野千鶴子)第6章「福祉事業における非営利・協同セクターの実践――生活クラブ生協千葉の事例から」(池田徹)
  【制度】第7章「三つの福祉政府体系と当事者主権」(大沢真理)第8章「これからの社会保障政策と障害福祉――高齢者ケアとの統合を含む社会サービスの可能性を視野に」(広井良典)
  【アクション】第9章「楽観してよいはずだ」(立岩真也)第10章「当事者主権の福祉戦略――ユーザーユニオンの結成へ」(中西正司)
◇◇◇
  この本の企画は、「これから」を構想し、世間に知らせねばならないと考えた編者の中西が、『当事者主権』(岩波新書)での共著者上野に相談して始まった。その思いは明確なもので、それについては後で紹介する。ただ刊行されたこの本は、より広く様々が記される本になった。
  医学書院の編集者にも相談しながら、上野が著者の案を考えたと思う。上野は、自らの先行きのことも見越して、なのか、ずいぶん前から高齢者のこと、ケア・介護のことでものを書いている。そして、忙しいのに、高齢者ケア関係の民間組織の調査など、学生・院生たちと、意外にまじめに、地道に継続的に、調査、実証研究をやってきた人でもある。そんなこともあって、今回の執筆者には調査に携わってきた社会学系の研究者も多い。また生活クラブ生協千葉の池田徹も参加し執筆しているが、この活動もまた上野たちが注目してきたものだ。
  そして他方には、大沢真理や広井良典がいて、その人たちは政策について研究し提言してきた人たちである。双方の研究はおおいに重なるのではあるが、同じではない。例えば、春日キスヨはいつも聞きにくいことを聞き、調べにくいことを調べて書いてきた人で、それはそうそう他の人にできることではなく、とにかくそれが偉いのだが、今回は、単身中年男性である子による高齢者の親の虐待について書いている。すぐにどうにもなるような話ではない。
  すると事実/展望の間に線はある。なかなかに辛い現実と、明るく未来を展望しようという話とは、しっかりつながるのだが、しかしすぐにはつながらない。
  そして、障害者運動/高齢者ケアという微妙な線もある。そしてその線と対応するところもあり、しかし等しくはない、本人の意志/それですまないように思われる部分、という線がある。
  基本的には、中西はわりきりのよい話をしたいのだし、またしてきた。「当事者」という言葉は様々に使えるが、それは中西にとってまず「本人」のことであり、その本人が力をつけ、主張し、サービスはそれを受けてなされる。それでよいではないか。こうなる。
  他方、春日にせよ、笹谷春美にせよ、齋藤曉子にせよ、そうはなかなか問屋がおろさない、おろせないというあたりを見てきた人たちがいる。その間がどうなっているのか。そこにおもしろいところがあるのが、すぐにすっきりとはしない。ことの複雑さがこの本には当然に入り込む。
  しかし同時に、やはりすっきりした話もしたい。はっきりした話がしたい。だからする。そんなこんなが混じった本になった。
  ただそれは、ことの片方しか知らない、読まなという人にとってよいことであるようにも思う。人によっておもしろいところ役に立つところが違うだろうと思う。読もうと思うものが中に一つでも二つでもあったら、ついでに読んだらがよいものもその隣にあるはずだから、読んでもらえるとよい。そのようにこの本を読んでいただいたらよいと思う。
  そしてそれは、執筆者にとっても、似たところにいるがあまり出会わなかった人たちが出会ったということだった。互いに見知らぬ人が分担して書く本もよくあるが、この本については、医学書院の立派な新社屋の立派な会議室で、忙しい人ばかりなのに、幾度も、長い時間の会議・研究会を行なった。最後の会議は、たしか午前10時から始まって、終わったのは夜の11時半だったと思う。
◇◇◇
  こうしてこの本は一つになかなか複雑・多様な本でもあるが、一つ、やはり言えることは言おう、言った、という本でもある。以下その中から一つ。
  中西は大学生の時に交通事故で頸椎損傷。その後様々を経て、この二十年超、障害者の生活のための活動・運動を率いてきた人の一人だ。その中西(たち)が将来を案じているのは私も知っていた。
  知らない人の方が多いと思うが、これまで幾度か、公的介護保険と障害者の介護(介助)の制度を合わせてしまおうという動きがあった。その制度では足りないから、(高齢でない)障害者たちはそれに反対してきた。それで今のところ一本化はされていない。しかし代わりにできた障害者自立支援法のもとで、生活は厳しくなっている。これからどうしようかということがある。
  高齢者向けの使えない制度に飲み込まれることは避けたい。しかし、高齢者でない障害者は障害者である高齢者とは違うから、別の制度でよいということにもならない。違いがないとは言わないが、基本は同じはずだ。そして実際、中西自身にしても、また同世代の人たちにしても、高齢者の範疇に入ってもいく。その時に、今の介護保険程度のものがめいっぱいだということになったら、それは困る。どうにかなるはずだと思うのだが、人々はそう思っていないのとすれば、こちらで考えて、それを言おうということになる。
  しかしこれまで高齢者たちは、自分たちの生活をよくするために自ら行動することが少なかった。すくなくとも組織だったものはわずかだった。だから声を集め、声を出し、圧力をかける仕組みを作ろう。それが「ユーザーズ・ユニオン」だ。中西の章でそのことが主張される。
  ただ、声は上がっても、金がないとなったらやはり無理だということにされてしまう。そして結局はこのことが、現在の全体として暗い雰囲気、きつい状況を規定しているのだし、それは、笹谷が記述する介護保険の現場に関わっているのだし、春日が記述する暴力の場にも関わっている。
  だから、金のことについては、はっきり言っておきたい、言っておかねばならないということになる。足りないということはないだろうと思う。そのことを言えるはずだ。言おう。と、こういう筋になる。中西が示そうとしているのは、そして私も乗ろうと思うのは、そのような方向である。
  今回、財源についての記述があるのは、大沢、広井、私、そして中西の章である。会議で議論したこと、耳学問したことも生かされている。おおむね共通の線が出ていると思う。つまり、たくさんあるところからたくさん徴収するという、税金の本来の機能をきちんと確認し、それを活用しようということである。これまでの経緯についての記述は大沢の章にあり、具体的な試算は中西の章にある。
  必要な額は「すべてを合計しても三兆四〇〇〇億でしかない。われわれの試算では九〇年代税制に戻すだけで二二兆円、金融資産課税を税率三%とすれば三〇兆円も生み出せた。四兆円というのはその一〇分の一にもならないささやかな額ではないか。できないはずはない。」(p.269)
  ほんとにそうなるか。そういうことはこれから考えてよいと思う。しかし基本的にはだいじょうぶ、だいじょうぶに決まっていると私は思う。やっかいなことはいくらでもあって、なかでもお金のことはいちばんやっかいだと思われるのだが、実はそんなことはないのかもしれない。本当は、一番簡単なことであるのもしれない。
  しかし、そうは思わない人がいるなら、話を続けなければならないのだろう。この本で私が分担した「楽観してよいはずだ」でこのことに触れた部分は短いが、拙著『良い死』(筑摩書房)でもっと長く考えてみている。そしてさらに、問題は税金だ、とあらためて思い、青土社の月刊誌『現代思想』でずっとさせてもらっている連載でこのところ税金のことについて書いている。二〇〇八年の十一月掲載分の第三八回から始まった。まだしばらく続くと思う。よろしかったらこれもご覧ください。

このHP経由で購入すると寄付されます

■表紙写真を載せた本

◆上野 千鶴子・中西 正司 編 20081001 『ニーズ中心の福祉社会へ――当事者主権の次世代福祉戦略』,医学書院,296p. ISBN-10: 4260006436 ISBN-13: 9784260006439 2310 [amazon][kinokuniya] ※ a02. a06. d00.

■言及した文献

◆中西 正司・上野 千鶴子 20031021 『当事者主権』,岩波新書新赤860,214+2p. 700 ※ d
◆立岩 真也 2008/09/05 『良い死』,筑摩書房,374p. ISBN-10: 4480867198 ISBN-13: 978-4480867193 2940 [amazon][kinokuniya] ※ d01. et.,

UP:20081215 REV:
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