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〈押丁・看守=死刑執行人〉図式の成立背景――明治期の絞首刑をめぐる動向を手がかりに

櫻井 悟史 (立命館大学大学院先端総合学術研究科) 20091017
日本犯罪社会学会第36回(2009年度)大会 自由報告A 於:於:北九州市立大学北方キャンパスC-302教室



■報告要旨

 〈押丁・看守=死刑執行人〉図式の成立背景――明治期の絞首刑をめぐる動向を手がかりに
 櫻井悟史(立命館大学大学院)

 2009年現在の日本において、死刑の執行を担うのは刑事施設で働く刑務官である。このことは、吉野和博の解釈にも見出せるように(吉野1991:103)、自明のこととされている。しかし、刑務官が死刑執行を担うことはそれほど自明なことではない。それにもかかわらず、死刑執行人についての先行研究において、〈なぜ刑務官が死刑執行を担うこととなっているのか〉という問いが立てられることはなかった(*1)。
本報告の目的は、明治期の絞首刑をめぐる動向を手がかりとしてあらためてこの問いを正面から再定位し、その正当化事由についての一つの論点を提示しようと試みることにある。この試みにより、刑務官が死刑執行を担うことの問題を、〈死刑の執行は(刑務官の)職務だから仕方がない〉と片付けてしまうことにどのような難点があるのか、その一端を示すことができると考える。
目的遂行にあたり、本報告では歴史社会学の手法を用い、以下の史料を分析する。『新律綱領』、『太政官布告第六五号』、『旧刑法・旧刑法附則』、『監獄則・監獄則施行細則』、ならびにそれらに言及した当時の史料である『大日本監獄協会雑誌』、『監獄協会雑誌』、そして以上をふまえて矯正協会が出版した『近世行刑史稿』、『監獄(刑務所)運営120年の歴史――明治・大正・昭和の行刑』等である。
 本報告では刑務官が死刑執行を担うこととなっている理由として、二つの仮説を提示した。第一の仮説は、死刑執行人であるかのように扱われる器械の登場である。明治初期の監獄における獄丁(ごくてい)は、罪人の縄をとることが忌避されていた時代にあって、罪人/死刑囚に触れる役、すなわち江戸時代においていわゆる非人と呼ばれた者たちが担わされていた職務を任されていた。そこでは、死刑執行は器械が担うとされていたのであって、獄丁はその介添人として位置づけられていた。しかし、器械は誰かが操作しなければ動かすことができない。そこで器械の操作/補助係として選ばれたのが介添人たる獄丁であり、そこから結果的に獄丁が死刑執行を担うこととなったのではないか。これが第一の仮説である。
 第二の仮説は牢屋と監獄の連続である。1889年6月「看守及監獄傭人分掌例」において、獄丁が改称されて生まれた押丁(おうてい)が死刑執行を担うと定められたのであるが、全ての監獄に押丁が存在したわけではなかった。そのため、『大日本監獄協會雑誌』第42号の刑法附則問答で、押丁のいない監獄で死刑を執行した場合、刑法附則違反になるのではないかという問いが提示された。それについて同雑誌では、死刑は監獄の最下等の人間が担うのであり、押丁がいない場合は一つ上の職掌の看守が担うとの回答を示した。だが、なぜ検察官でも裁判官でも大臣でもなく監獄の最下等の者なのか。この問いに対する説明として第二の仮説が挙げられる。小河(1894:917-919)の職務解説からわかるように、押丁は罪人との身体的接触ゆえにダーティーワークとされた職務を担っていた。その職務の一つとして死刑執行の職務があった。江戸時代の牢屋において罪人ともっとも身体的接触があったのは最下等の職掌であった非人である。ここに牢屋と監獄の連続が見てとれるのではないか。すなわち、押丁が廃止になったあと看守が死刑執行を担うこととなり、現在にまで至っているのであるが、上記の考察をふまえるならば、看守が死刑執行を担うこととなった理由として、看守が監獄の最下等の職掌だから、最下等の者が担うのはそれがダーティーワークであるからだという仮説が提示できるのではないかと考える。つまり、〈死刑の執行は(刑務官の)職務だから仕方がない〉と述べるとき、我々は牢屋の論理を使用している可能性がある。
 死刑が存置されていたころのイギリスでは、刑務官とは別に専門の死刑執行人が存在した(Bailey1989=1991)(Elis1928)。そこから示唆されることは、日本に専門の死刑執行人が存在したとしても不思議ではなかったという可能性である。日本では絞首刑に専門的な技術が必要との認識が薄かったため、監獄内の最下等の者に死刑を担わせることとなったと思われる。しかし、専門的な能力が必要であるとの認識の欠落と監獄の最下等の職員が死刑執行を担うこととは論理的に順接しない。それにもかかわらず、裁判官でも検察官でも大臣でもなく、最下等の職員に担わされることとなった要因として、本報告では器械の登場と、牢屋と監獄の連続を仮説として提示した。

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(註)
(*1)管見では、この100年間で唯一それを問うたのが小河(1902)であった。

■報告原稿→論文化して投稿中であるので省略

■(要旨の字数制限上省略したものも含む)参考文献・参考資料

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(立命館大学グローバルCOEプログラム「生存学」創成拠点HP内関連ページ:作成 櫻井悟史)
死刑 http://www.arsvi.com/d/c0132.htm
死刑関連法令・条文(現行法規) http://www.arsvi.com/d/c01321.htm
死刑関連法令・条文(旧法令・通達) http://www.arsvi.com/d/c01322.htm
「死刑執行人」 http://www.arsvi.com/d/c0134.htm
「死刑執行人」年表 http://www.arsvi.com/d/c0134a.htm
死刑執行方法 http://www.arsvi.com/d/c0134b.htm
「死刑執行人」――日本(江戸時代) http://www.arsvi.com/d/c0134c.htm
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1895(明治28)年12月28日内務省作成の「監獄吏職員録」より作成した表 http://www.arsvi.com/2000/0910ss2.xls


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