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刑務官が死刑執行人となることの問題の変遷

櫻井 悟史 (立命館大学大学院先端総合学術研究科) 20091012
日本社会学会第82回(2009年度)大会一般研究報告(社会病理・逸脱) 於:立教大学



■報告要旨

1 目的
 この報告の目的は、死刑執行人をめぐる言説を分析することで、刑務官が死刑執行人となることの問題にあらためて光をあてることにある。死刑存廃はたしかにそれじたい重要な論点である。だがそれらの議論には看過されている点もある。それは【A】死刑判決=人の死の決定と【B】死刑執行=人を殺すことが全く別の行為であるにもかかわらず、必ずしも分けて論じられていない点である。このように【A】と【B】が分けられていないことによる最大の弊害は、【B】の問題が【A】を論点とする死刑存廃論に回収されてしまう点にある。すなわち刑務官が死刑執行人となることの問題が後景に退いてしまうことにある。本報告で見るように、明治期の死刑廃止論者の言説を分析すると、当時においてすでにその問いは問われていた。つまりここに看取されるのは、ある種の歴史の忘却であり、その忘却が、刑務官が死刑執行人となることの問題が後景に退いてしまうことと結びついている。刑務官が死刑執行人となることの問題をめぐる言説を追うことで、そのことを確認する。

2 方法
 そこで、データとして代表的な三名の著名な死刑廃止論者、小河滋次郎、正木亮、菊田幸一の言説を用い、言説分析の手法で分析することで、刑務官が死刑執行人となることの問題の変遷をあとづける。具体的には、小河の『刑法改正案ノ二眼目』、正木の「死刑と矯正官の地位」、菊田の『死刑―その虚構と不条理』を分析対象とする。

3 結果
 分析の結果、以下のことが判明した。小河は死刑存廃論と刑務官が死刑執行人となることの問題を分けて論じていた。これに対して正木は刑務官が死刑執行人となることの問題があるのだから、死刑存廃論に介入せよと刑務官に述べた。他方で、正木と違い、菊田は刑務官が死刑執行人となることの問題について、その問題は刑務官が死刑執行人となることにあるのではなく、刑務官が人を殺すことによって負担を被ることにあるとしたうえで―つまりそれを根拠の一つとすることで―、それを死刑存廃論に回収してしまった。両者は全く別の問題であるので分けて論じるのが正しい。ここから両者を分けて論じていた小河を再評価することもできるが、小河もまた正確に刑務官が死刑執行人となることの問題をとらえていたわけではなかった。なぜなら小河は刑務官が死刑執行人となることの問題を、誰が死刑執行人にふさわしいかをめぐる問題に置き換えたからである。

4 結論
 以上から、本報告をつうじてあらためて確認されるべきことが明らかとなる。刑務官が死刑執行人となることの問題とは、人間が人間を殺させられることの問題であり、国家が命じた場合、命じられた人間に殺すことを拒否する権利がないことの問題である。また、死刑が廃止となったところで、この権利が保障されるわけではないという問題でもある。別のところ―たとえば戦争など―で、殺すことを命じられ、それを拒否できない事態が引き起こされるかもしれないからである。本報告では死刑存廃論と死刑執行の問題が別の問題であることを繰り返し強調した。それは以上にてあらためて確認された射程をもつ後者の問題(性)が死刑存廃論の問題に包摂されることで、社会の中で不可視化されていくことにたいする警鐘でもある。

文献(参考文献表は以下のHPに所収)
arsvi.com:gCOE生存学創成拠点 「死刑執行人」http://www.arsvi.com/d/c0134.htm

■報告原稿

 日本の各種メディアは一般市民が量刑にも関わる裁判員制度の導入に伴い、裁きとは何かについての多くの特集を組んだ。そこで特に焦点となったのは、死刑か無期懲役かの判断である。それに伴い、その問題の前提である死刑の存置か廃止かを巡る議論が活発化している。
 死刑存廃はたしかにそれじたい重要な論点である。だがそれらの議論には看過されている点もある。それは【A】死刑判決=人の死の決定と【B】死刑執行=人を殺すことが全く別の行為であるにもかかわらず、必ずしも分けて論じられていない点である。【A】は他者の身体に介入することを必要としないが、【B】はなんらかの手段を用いて他者の身体に介入する必要がある点で、両者は決定的に異なっている。このように【A】と【B】が分けられていないことによる最大の弊害は、【B】の問題が【A】を論点とする死刑存廃論に回収されてしまう点にある。すなわち死刑執行を担う者=刑務官が死刑執行人となることの問題が後景に退いてしまうことにある。そこで本報告では、死刑執行人をめぐる言説を分析することで、この問題にあらためて光を当てることを目的とする。
 このような本報告の目的の設定にあたり、その前提となる事項を確認しておく。2009年現在の日本において、死刑の執行を担うのは刑事施設で働く職員、すなわち刑務官である。ただし、刑務官イコール死刑執行人というわけではない。全国には187の刑事施設が存在し、そのなかで刑場があるのは7箇所しかない。これらの刑事施設で働く刑務官だけが、死刑の執行が行なわれるときだけ死刑執行人となる。その数は刑務官全体の中では少なく、全体の10%弱でしかない(坂本2003:55)。また1991年以降、刑務官の職務規定には刑務官が死刑執行を担うことを示す文言は存在しない(櫻井2008)。国家公務員法98条1項のみが刑務官が死刑執行を担う根拠であり、刑務官の死刑執行が殺人罪にあたる殺人行為と区別されるのは、刑法35条によっている。
 他方で、死刑執行人について、もっとも示唆的な先行研究は澤野(2004)である。澤野は大塚公子の『死刑執行人の苦悩』をFoucaultの〈生-権力〉から分析し、犯罪者の社会復帰を手助けする刑務官が、犯罪者を社会に帰さない死刑執行を担うことのパラドクスを示した。たしかにこの指摘は、死刑執行人の現状を理解するうえで重要である。しかし、「そもそもなぜ刑務官が死刑執行を担うこともあるのか」が看過されている点で不満が残る。以下で報告するように、明治期の死刑廃止論者の言説を分析すると、当時においてすでにその問いが問われていた。つまりここに看取されるのは、ある種の歴史の忘却であり、その忘却が「死刑執行を担う者=刑務官が死刑執行人となることの問題が後景に退いてしまう」という先に指摘した問題に結びついている。
そこで本報告では、言説分析の方法を用い、刑務官が死刑執行人となることの問題の変遷をあとづける。対象となるのは、代表的な三名の著名な死刑廃止論者、小河滋次郎、正木亮、菊田幸一の言説である。三名の言説を分析することで明らかになるのは、時代を経るに従い、刑務官が死刑執行人となることの問題が死刑存廃論に回収されていってしまうことである。本報告では、その回収のプロセスを詳らかにする。
 まず小河の言説を見る。小河は死刑廃止論を展開した『刑法改正案ノ二眼目』の中で、もし死刑が廃止されなかったとき、死刑の濫用を防ぐためとして、七つの提案を行なっている。そこで死刑執行は裁判官か検察官に担わせることが必要だと述べ(小河1902:180)、仮に監獄の職員の中に死刑執行に応ずる者がいたとしても、そのような人物を監獄職員として使用するのは「監獄行政の汚辱にして又大不利」(同上)とも述べている。ここで示されたのは死刑執行人が刑務官(押丁、看守)である必然性がないことであり、また死刑執行に応じる職員は監獄職員としての適正に問題があるとの考えである。そのうえで確認しておきたいのは、刑務官が死刑執行人となることの問題が死刑廃止の理由ではないことである。それらはあくまで別個の問題として展開されている。また、1907年2月の監獄協会雑誌では、小河の影響を受けたと思われる多くの監獄の実務家たちが、刑務官(押丁、看守)に死刑の執行を担わせることを再考せよと声を挙げたが、これは小河の文脈で理解されなければならない。
 次に正木の言説を見る。正木は1956年に「死刑と矯正官の地位」と題する論文を発表している(正木1956)。その論文の中で、正木は「矯正官とは囚人を矯正し之を人間に復帰せしめることがその職務である」(同上:9)にもかかわらず、矯正官(=刑務官)が死刑執行に無反省であるならば、矯正官とは名ばかりのものであるとする観点から、刑務官を批判している。そのうえで、監獄官吏が死刑廃止論を展開した1907年2月の監獄協会雑誌を褒め称える。ここで注意しておきたいのは、小河が刑務官(押丁、看守)を擁護したのに対し、正木は刑務官を批判している点である。これは小河と違い、正木が死刑存廃論と刑務官が死刑執行人となることの問題を分けて論じていなかったゆえの違いである。正木にとっては、刑務官が死刑の執行を担わされるのは死刑判決が存在するからであり、そのような判決を許す死刑制度を打破することによってこそ、刑務官の純粋な矯正の職務の遂行は可能となる。つまり死刑判決があった場合、刑務官が死刑執行を担うことは正木にとって自明なことなのである。この自明性によって失われたのは、そもそもなぜ刑務官が死刑執行人とならねばならないのか、という問いである。
 最後に菊田の言説を見る。菊田は自身の死刑論の集大成である『死刑―その虚構と不条理』の中に「死刑執行人の人権」と題する章を設けている。ここでは「もとより監獄外において刑務官以外の者が執行したところで死刑の問題が解決するわけではないが」(菊田1988:106)と前置きしたうえで、刑務官が死刑の任に当たる根拠は存在しないとし、その主張を強化するために1907年2月の監獄協会雑誌を引いている。また死刑執行に当たる刑務官の苦悩を雑誌媒体等から挙げたのちに、「死刑執行人たる刑務職員の人権問題から死刑を問い詰めねばならない」(菊田1988:107)と述べている。ここでは、刑務官の職にある者が死刑執行を担うことではなく、死刑判決を含んだ死刑制度全体が問題視されている。つまり、その刑務官の人権問題から死刑を問いつめる論理は、死刑が存在することで、刑務官が死刑執行を担うこととなり、苦悩を被るのだから、それを解消するためにこそ死刑廃止は必要だ、という構造となっている。ここに看取されるのは、小河の問題意識との断絶である。すでにみたように、小河は刑務官(押丁、看守)が死刑執行を担わされる問題から死刑廃止を訴えようとしたのではなかった。死刑廃止とは別個の問題として、刑務官が死刑執行人となることの問題があった。しかし、菊田は死刑廃止の問題と死刑執行の問題を結びつけて考えている。そのため菊田は、小河が提示したような裁判官か検察官が死刑執行を担うべしとするようなオルタナティブを提示することはなかった。
 以上をあらためてまとめたうえで本報告の結論を述べる。小河は死刑存廃論と刑務官が死刑執行人となることの問題を分けて論じていた。これに対して正木は刑務官が死刑執行人となることの問題があるのだから、死刑存廃論に介入せよと刑務官に述べた。他方で正木と違い、菊田は刑務官が死刑執行人となることの問題について、その問題は刑務官が死刑執行人となることにあるのではなく、刑務官が人を殺すことによって負担を被ることにあるとしたうえで―つまりそれを根拠の一つとすることで―、それを死刑存廃論に回収してしまった。はじめに指摘したように、両者は全く別の問題であるので分けて論じるのが正しい。ここから両者を分けて論じた小河を再評価することもできるが、小河もまた正確に刑務官が死刑執行人となることの問題をとらえていたわけではなかった。なぜなら小河はその問題を、誰が死刑執行人にふさわしいかをめぐる問題に置き換えたからである。
本報告をつうじてあらためて確認されるべきは、以下のことである。刑務官が死刑執行人となることの問題とは、人間が人間を殺させられることの問題であり、国家が命じた場合、命じられた人間に殺すことを拒否する権利がないことの問題である。また、死刑が廃止となったところで、この権利が保障されるわけではないという問題でもある。別のところ―たとえば戦争など―で、殺すことを命じられ、それを拒否できない事態が起こり得るからだ。本報告では死刑存廃論と死刑執行の問題が別の問題であることを繰り返し強調した。それは以上にてあらためて確認された射程をもつ後者の問題(性)が死刑存廃論の問題に包摂されることで、社会の中で不可視化されていくことにたいする警鐘でもある。
(参考文献表は以下のHPに所収)
arsvi.com:gCOE生存学創成拠点 「死刑執行人」http://www.arsvi.com/d/c0134.htm

■追加資料

引用(1)小河滋次郎, 1902, 『刑法改正案ノ二眼目』, 明法堂

(第五) 死刑の執行は裁判官をして自身に之れに當らしむることを要す、裁判官にして若し不便の事情ありとならば檢察官をして之を執行せしむるも亦た不可とせず、昔者王者自ら刀を執て罪人の首を刎ね中頃僧正に委ね更らに法官に移り終に降て獄吏の掌る所となり一層堕落して一私人の請負賤業となるに至れり余は此歴史ある所に就て之を見るも死刑に對する民想の推移即ち倫理道徳の觀念に背戻する行爲たるを認識するに至りたる文明民想の一班を證明するに足るべしと信する者なりと雖も苟くも死刑は千古の理法に適する公明且つ神聖なる刑罰として之れが執行の局に當らしむること盖し合理的至當の措置なりと謂ふべきなり
(第六) 裁判官又は檢察官にして自ら執行の局に當ること能はすとならば宜しく一私人の受負事業たらしむること我が幕政時代の如く又歐米死刑維持國の現況の如くならしむることを要す、何れの國か今日また獄吏をして死刑執行の局に當らしむるが如き所之れあらんや裁判官にして自ら之れに任ずること能はずとならば獄吏(押丁)も亦た之を峻拒せざるを得ず、余は寧ろ今日に於て社會が最も賤み且つ憎む所の業務をば甘んじて之を執行する所の獄吏あるを怪む、少しく事理を解する者の必らず之を峻拒すべきは勿論にして早晩、終に一人の之れに應する者なきに至るべきは明らかなり、假りに之れに應する者ありとするも此種の者を吏員の一人として(たとへ最下級の者なるにせよ)使用するは監獄行政の汚辱にして又大不利なりと謂はざるを得ず
(第七) 絞殺を廢し、斬殺とすべし、何となれば絞殺は獨り我が國風に適せざるのみならず(外國に於ても絞殺を用ふるは英國丁抹等に過ぎず)絞架場を監獄内に常設し置くか如きは経済上に於ても躰裁上に於ても將た監獄行政の目的を達する上に於ても少なからざる不利あるを免かれざればなり(180-181)


(引用2)矯正図書館編, 1977, 『資料・監獄官練習所』, 財団法人矯正協会:184-185

余は諸君の了知せらるゝ如く此の死刑は廃せさるを得すとの意見を有する者なり併し今現に死刑か存在すれは悪法も法律なり此の法律にして存在する以上は此の機会に於て此の死刑執行に対し爰に外国の例を講和するは無益に非すと思へは今其の実況を述へんと欲す是れ余か欧州諸国に於て見聞せし所の断片を述ふるに過きさるなり死刑を用ゆる国に於ても直接に執行する事務即死刑を執行する仕事を以て監獄官吏に任せると言ふか如きことはなきなり此の死刑執行に付ては一定の請負人の如き者ありて絞首若くは斬首する事は総て此の請負人の任務としてあるなり仏蘭西に於ては全国を通して只一人の請負人あるのみなり而して此の請負事業は世襲にして親か子に伝へ子か孫に伝ふると言ふ如く定めあるなり他の地方は重なる都府に之を請負ふ者あれとも是又殆んと世襲として引受居る慣例なり然して此の死刑の請負人なる者は非常に社会より擯斥せられ日本に於て穢多を卑むより一層甚たしく之を卑むの風あり仏蘭西の請負者は常に巴里に住居し死刑執行の時には余所に旅立すれとも此の死刑執行人は到る処之を宿泊せしむる者なきを以て多く旅宿に苦しみ官署の一部を借受けて止宿するなり去れは無論之と縁組をするとか交際するとか言ふことは世人の忌避する所にして全く社会より擯斥せらるゝ一種の下等人なれとも財産は非常に有し居るなり是れ大に考慮すへき点にあらすや何故に此の如く世人か死刑執行者を忌むや若し此の請負者無きに於ては国法の目的を達すること能はさるを以て之を擯斥するの道理なかるへし然るに此の請負人を斯く迄擯斥するは乃ち人情の欺くへからさる所にして人の天性は之を殺すと言ふことは為し得さるなり是れ人情自然に発したるものと謂ふへし此辺より推考するも死刑は人間の自然に照らして良き事に非すとするは何人と雖も一様なるへし我邦に於ては死刑執行は監獄官吏の任務と定められたれは世人か監獄官吏を卑むは全く茲に基ひすへしと思はる縦ひ下級官吏の仕事とするも官吏の一部に居る者の仕事なれは自然一般の監獄官吏か世人に卑しまるゝは無理ならさることなり何故に監獄官吏は此事を為さゝるを得さるやと言ふに刑法に死刑か存在し居るを以てなり余は此の死刑執行は独り不法不都合なるのみならす我か監獄の体面を傷つくる最も悪むへき醜き事と信するなり


(引用3)正木亮, 1956, 「死刑と矯正官の地位」『刑政』67(3):8-14

「矯正官とは本来囚人を矯正し之を人間に復帰せしめることがその職務であるに拘らず、その教育官が素顔で人間を殺さねばならぬということに無反省であり得るならば矯正官ということは名のみで徳川時代の牢番の地位にあまんじて居るというそしりを受けてもやむを得まい。徳川時代の死刑は、武士に対する刑の場合を除いては非人谷の者が穢多頭弾左衛門の指揮によって行なったものであるが、徳川時代でさえ死刑の執行は常人の行なうものに非ずとされていたものを今日無反省のままそのことに当たることは全く、矯正官として、立場を省みないことにもなると思われる」(9)

「監獄官吏は非常なる結束をもって死刑廃止論の筆先き(ママ)をそろえた。明治四〇年二月二〇日の『監獄協会雑誌』を見ると、野口謹造、坪井直彦、杉野喜祐、木名瀬礼助の各典獄、免囚保護事業家の留岡幸助、教誨師の高安博道氏等数十名の者が廃止の論陣を張った。
教誨師の近角常観氏は、全く人間に復帰した者を殺す職につくことができないといって職を去ったというように、改善教育を職とする監獄職員が人間を殺すことの矛盾悲痛を訴えての衷心の叫びであったのである。
しかし、それから以後再びかような熱烈な刑罰闘争は起こらなかった。矯正職員はいつまでも黙して語らなかった。心中この問題について反省しているか否かはわからないけれども、その代わり軍部がのさばってきた。死は毫毛よりも軽しという武家時代の死の教育が授けられて壮丁が特攻隊、人間魚雷にのせられるようになった。かくして大戦争が起こり、日本帝国は崩壊してしまったのである」(13)


(引用4)菊田幸一, 1988, 『死刑――その虚構と不条理』, 三一書房

 たしかに執行人は裁判所の命令に従うだけのことであろうけれども、個人として家族の父親であり、一人の人間である。どういう感覚でこの仕事をすればよいのか。
 とくに戦後の行刑において"教育行刑の理念"を耳にタコができるほど、たたき込まれている刑務官たちである。その行刑の現場の第一線にいる刑務官たちが、ロープをにぎる殺し屋にならなければならない。職務とはいえ血の流れている人間である。「自分が執行するとき、ロボットになれたらと思った」と刑務官はいう。こんにちの行刑は被害者に代わってする復讐機関でないことについては異論はなかろう。ところが、死刑という野蛮な行為を刑務官に実行させている。「死刑ノ執行ハ監獄内ノ刑場ニ於テ之ヲ為ス」(監獄法七一条)は削除すべきである。もとより監獄外において刑務官以外の者が執行したところで死刑の問題が解決するわけではないが、刑務所が死刑を執行する任に当たる当然の根拠はすでに存しない。
このような見解はすでに明治期に主張されている。京都監獄の木名瀬礼助はつぎのごとく主張している(辻本編『資料、日本の死刑廃止論』一一〇ページ以下参照)。
「……監獄に懲役禁錮の自由刑を執行する所と認めたる如きに拘はらず由来自由刑の執行目的を達するに最大防害たりし死刑の執行及死刑確定者を監獄機関に管属せしめたるは如何なる理由ぞや余輩は実に了解に苦むの余り或は自由刑執行の目的を遺志したるにあらざるやを願ふものなり……感化遷善を本位とするは行刑の要義とする所なり我国に於ても亦夙に此の方針を採り感化矯正を本位とし大に開発しつつあるにあらずや誠に問はん一の学校内に屠殺場を設け而して校長教員等は其の残殺業務を兼執するものありと聞かば世人之を何にとか評せん……」
 裁判官は国民感情を理由に、あるいは量刑相場を根拠に法にもとづく名のもとに死刑を宣告するが、自らその執行をするわけではない。刑務官という月給で雇われているサラリーマンが執行させられる。単なる一公務員が法律にもとづいているとはいえ、人を殺すという大きな仕事をしなければならない。死刑執行人たる刑務職員の人権問題から死刑を問いつめねばならない。(106-107)


(引用5)木名瀬禮助, 1907, 「刑法改正案についての所感」『監獄協会雑誌』20(2)第一部:127-135

 要するに余輩は刑典に先つ死刑存置せるを絶對排斥せんと欲すると雖も今日議會の趨勢は不幸にも存置の意見多數なるか如き感あり萬一にも此の堪ゆへからさる惨刑尚除去するの機至らすとし存置の運命となるに於ては今日の監獄の根本義たる自由刑執行の目的に顧み死刑執行及執刑確定者を監獄機關より除去し以て自由刑執行に遺憾なからしめむことを切望して止ます(134-135)

(引用6)川口南甫, 1907, 「刑法改正案に對する卑見」『監獄協会雑誌』20(2)第一部: 92-97
 國家が自己の生存上人道に悖り宗教を無視し誠に種々の弊害ある野蠻的死刑の行爲を刑法上に廢する勇氣がないとならば、吾輩又何をか云わんである。去れと犯罪防遏の目的に大害ありとせば、其執行を監獄内に於て爲すべき規定を除き他の適當なる機關に移して貰ひたい、苦心惨憺囚徒に改善を促しつつある司獄官吏をして、蠻的行爲を敢て爲さしめ、以て其目的を破壊せしむるは、國家の希望でもないではないか、監獄は悔悟遷善を目的とする爲めに設けたる場所で人類の生命を奪わんか爲めの機關ではない、司獄官吏も亦其目的の爲めに設けられたる職分で人類のせみ栄を絶つを以て本文とするものではない、罪人の生命を絶つへき決定を與ふるは他の機關の作用である他の機關の作用により決定したる、野蠻的行爲をして本分以外にある、機關の作用に嫁するの道理がないではないか、立法者の反正を望む行法改正案に死刑は監獄内に於て執行するてふ、文字を削りて、其決定を與へたる、他の適當なる機關の作用に移さんことを適當なる機關とは、即ち裁判所そのものである(96-97)

(引用7)富井隆信, 1907, 「刑法改正案に對する修正卑見」『監獄協会雑誌』20(2)第二部: 49-50

 死刑執行を監獄内に於てすることを廢し別に適當なる場所を撰びて密行すること
 監獄は自由刑執行の場域にして感化改良を期する所なり然るに自由刑以外のもの特に感化改良の意義を有せざる死刑を其構内に於て執行するときは大に行刑の意義を阻害し且つ世人をして監獄を以て不浄所とするが如き誤解を懷しむるに至る

(参考文献)

川口南甫, 1907, 「刑法改正案に對する卑見」『監獄協会雑誌』20(2)第一部: 92-97
菊田幸一, 1988, 『死刑――その虚構と不条理』, 三一書房→1999, 『新版 死刑――その虚構と不条理』, 明石書店
――, 1990, 『岩波ブックレットNO.166 死刑廃止を考える』, 岩波書店→1993, 『岩波ブックレット306 〈改訂版〉死刑廃止を考える』, 岩波書店
――, 2002, 『日本の刑務所』, 岩波書店
――――, 2004, 『Q&A 死刑問題の基礎知識』, 明石書店
菊田幸一・辻本義男・藤吉和史, 1986, 「刑務官と死刑──元刑務官に聞く」『JCCD』37:4-9
木名瀬禮助, 1907, 「刑法改正案についての所感」『監獄協会雑誌』20(2)第一部:127-135
矯正図書館編, 1977, 『資料・監獄官練習所』, 財団法人矯正協会
正木亮, 1955, 『死刑』, 河出書房
――――, 1956, 「死刑と矯正官の地位」『刑政』67(3):8-14
――――, 1968, 『現代の恥辱――わたくしの死刑廃止論』, 矯正協会
小河滋次郎, 1894, 『監獄学 全』, 警察監獄學會
――――, 1902, 『刑法改正案ノ二眼目──死刑及刑ノ執行猶豫』, 明法堂
大塚公子, 1988, 『死刑執行人の苦悩』, 創出版→2006, 『死刑執行人の苦悩 第二版』, 創出版
坂本敏夫, 1997, 『元刑務官が語る刑務所』, 三一書房→, 2003, 『刑務官』, 新潮社
櫻井悟史, 2008, 「死刑存廃論における「死刑執行人」の位置についての一考察――日本の公文書に見る死刑執行現場の生成と消滅」『Core Ethics』4:93-104
――――, 2009, 「斬首を伴う「死刑執行人」の配置に関する考察──公事方御定書から旧刑法にいたるまで」『Core Ethics』5:171-180
澤野雅樹, 2004, 「死刑をめぐる幾つかのパラドクス」『現代思想』32(3):124-143
富井隆信, 1907, 「刑法改正案に對する修正卑見」『監獄協会雑誌』20(2)第二部: 49-50
吉野謹吉, 1907, 「監獄は死刑を執行すべき場所にあらず」『監獄協会雑誌』20(2)第二部:114-115


UP:20090830 REV:20091013
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