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『障害教師論――インクルーシブ教育と教師支援の新たな射程』

中村 雅也 20200710 学文社,240p.

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last update: 20211009


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中村 雅也 20200710 『障害教師論――インクルーシブ教育と教師支援の新たな射程』,学文社,240p. ISBN-10: 4762030139 ISBN-13: 978-4762030130  3600+ [amazon][kinokuniya] ※ w0105. v01. e19. gsce

『障害教師論――インクルーシブ教育と教師支援の新たな射程』表紙イメージ

■内容

AmazonHPより

視覚障害のある教師20名へのインタビューからその教育実践を浮き彫りにする。また厚生労働省、文部科学省の政策分析を行い、実態調査調査をもとに障害教師への支援方策を業務支援理論で明解に提示した。障害のある教師について総合的に論じたはじめての学術書。

「障害教師論」は筆者の造語で、既存の確立した学問領域ではない。筆者なりにひとまず定義するならば、障害教師論とは障害のある教師をめぐる諸事象を調査し、実態を解明するとともに、障害のある教師を視座として、既存の教育を問い直す学問領域である。(本書「まえがき」より)

障害教師には排除と差別の厳しい歴史があり、現状も決して楽観視できるものではない。しかし、語りの中に立ち現れた視覚障害教師たちの教育実践は、それを跳ね返す力強さに満ちていた。それは支援の客体ではなく、既存の教育を変革する主体としての障害教師の姿であった。(本書「あとがき」より)


■目次


■言及

◇『障害教師論――インクルーシブ教育と教師支援の新たな射程』「まえがき」

まえがき

 本書のタイトルは『障害教師論―インクルーシブ教育と教師支援の新たな射程』である。「障害教師論」は筆者の造語で、既存の確立した学問領域ではない。筆者なりにひとまず定義するならば、障害教師論とは障害のある教師をめぐる諸事象を調査し、実態を解明するとともに、障害のある教師を視座として、既存の教育を問い直す学問領域である。
 もう少し具体的に説明しよう。これまで長年にわたり、障害のある教師は学校現場から疎外されてきた。それは学校現場に障害のある教師を受け入れたり、位置づけたりできない何らかの事情があったからだ。そして、それは個々の学校現場における個別の事情というより、むしろ学校という組織や学校教育という制度がもつ構造に起因する事情だと考えられる。なぜなら、どの時代、どの地域の学校においても障害のある教師は疎外され、ごく少数が例外的に存在したに過ぎないからだ。障害のある教師という視座は、既存の学校組織や学校教育制度がそのような構造をはらんでいることに気づかせる。そして、その構造を解明することで、学校組織や学校教育制度の不可視化されていた側面が新たに照らし出されるのである。
 また、教師―生徒関係には一般に教師優位の非対称性がある。一方、健常者―障害者関係には一般に健常者優位の非対称性がある。ところが、障害者の教師と健常者の生徒との関係では、この非対称性が交錯して、従来の教師―生徒関係とは異なった関係が構築される。それは教師―生徒関係、および健常者―障害者関係の新たな可能性を提示しているはずだ。これらは障害教師論が扱うテーマの例だが、このように障害のある教師は既存の教育、学校、教師などを問い直す有効な視座を与えてくれるのである。
 次に、サブタイトルである「インクルーシブ教育と教師支援の新たな射程」についても解説を付しておきたい。一つ目に、インクルーシブ教育の新たな射程についてである。インクルーシブ教育とは人間の多様性を尊重し、障害のある人が社会に効果的に参加することを目的に、障害の有無にかかわらず子どもたちがともに学ぶ教育である。これまでインクルーシブ教育は専ら障害のある子どもを包摂する教育として捉えられてきた。だが、インクルーシブ教育が多様性を尊重し、障害を包摂する教育であるならば、子どもたちだけでなく、教育のもう一方の当事者である教師の障害も包摂するものでなければならない。障害のある子どもたちのみならず、障害のある教師たちが包摂されてこそ、インクルーシブ教育が達成されたということができるのだ。本書はこれまでインクルーシブ教育が射程に入れてこなかった障害のある教師を、インクルーシブ教育実現のための重要なファクターとして提示するものである。
 二つ目に、教師支援の新たな射程についてである。これまで教育学で教師支援といえば、専ら教師の力量形成の支援を意味していた。教師が独力でさまざまな困難に対処し、職務を遂行できるようになることを目的として支援が行われてきたのである。そこではオールラウンドに職務をこなせる教師が、めざすべき完成形として前提されている。ところが、障害のある教師には力量形成を支援して完成形をめざす方途は必ずしも適合しない。障害のある教師には独力で職務遂行するための支援よりも、むしろ職務そのものを補助したり、代行したりする支援が必要なのだ。本書は教師支援を完成形をめざす前提から解き放ち、教師の不完全性を承認しながら職務遂行を保障する教師支援の方向性を拓くものである。
 本書の目的は、障害のある教師たちの教育実践や勤務の実態を明らかにするとともに、彼/彼女らの職務遂行を支援する有効な方策を解明することである。視覚障害のある教師二〇名にインタビュー調査を実施し、主にそのデータをもとに分析、考察を行った。調査対象は視覚障害のある教師だが、視覚障害に限定されず、障害のある教師全般に通じる論考を行っている。
 本書は序章と終章を含め、全一一章で構成される。序章では障害のある教師が顕在化してきた社会的背景、および障害のある教師の量的データを示し、先行研究を概観した上で、本書の目的と方法を述べる。第1章は一人の全盲の教師の生活史である。ここではある視覚障害教師が経験した歴史的、社会的事実を示し、視覚障害教師をめぐる諸課題を照らし出す。そして、それらの課題を次章以降の論点として取り上げる。第2章では、前章で個人のミクロな視点から明らかにした障害のある教師をめぐる歴史を補完するために、国の政策のマクロな視点から、障害のある教師に対する厚生労働省、および文部科学省の政策の歴史について詳述する。第3章では、障害のある教師が現れる一つのパターンとして、教師が中途失明し、休職から再び教壇に復帰するまでの事例を検討し、中途で障害となった教師の復職を促進する要因、および阻害する要因を解明する。第4章では、障害のある教師が現れるもう一つのパターンとして、視覚障害者が新規に採用されて教師になるまでの経緯を追い、障害児教育から職業への移行、障害者への大学の門戸開放、障害学生支援、障害者に対する教員採用試験といった論点について考察し、障害者が教師になることを阻む社会的障壁を明らかにする。第5章では、視覚障害教師たちの学習指導、生徒指導などの教育実践の経験を分析し、彼らの障害に対する意味づけや障害のある教師特有の生徒との関係性を明らかにする。第6章、第7章、および第8章では、視覚障害教師の職務遂行を保障する労働支援の方策について論じる。第6章では、従来、障害者の職場支援で実施されてきた障害者個人に対して支援人員を配置する「対個人支援モデル」の問題点を指摘し、職場に対して人員措置をすることで職場の支援体制を整える「対職場支援モデル」を提案する。第7章では、視覚障害教師の学習指導に対する支援事例を分析し、支援業務を教員という単一の人的資源だけで担う「一元支援」の問題点を指摘する。さらに、オルタナティブな支援システムとして、支援業務を複数の人的資源で担う「多元支援」を提示する。第8章では、視覚障害教師の学級担任業務に対する支援事例を分析し、「多元支援」の有効性を検証する。第9章では、第6章、第7章、および第8章で得られた視覚障害教師に対する労働支援の知見を、視覚障害という障害種別、および教師という職業種別の条件を外して再検討し、障害者労働一般に適用可能な支援理論の構築を試みる。終章では、前章までの議論を総括し、本書の意義と限界、および今後の課題について述べる。
 なお、本書では主として「教員」という用語を使う章と主として「教師」という用語を使う章がある。「教員」という用語は学校の組織成員という意味合いが強く、「教師」という用語は子どもたちに相対する個人という側面に力点がある(今津 2012 ; 久冨編 1994)。本書の第1章と第5章では調査協力者の個人としての側面や生徒との関わりに着目しているので主として「教師」という用語を、他方、その他の章では学校の組織成員という側面を重視しているので主として「教員」という用語を使う。また、本書のタイトルとしては「教員」よりも包括的な概念であり、調査協力者たちのアイデンティティにも合致すると思われる「教師」という用語を採用した。
 本書は学術書として、教育学、社会学、社会福祉学、障害学などの研究者の理論的関心に応えるとともに、教育行政、労働行政、学校関係者などの実践的関心にも応える論考を展開している。また、特に教育や障害についての専門知識がない読者にも十分に理解できる内容となっている。多くの人たちが本書を手に取り、いまだ十分に知られていない障害のある教師の問題に関心を寄せ、理解を深めていただくことを強く願っている。そして、本書が障害教師論という学問領域の端緒を開き、現在、および未来の障害のある教師たちの教育実践にいささかなりとも寄与できるならば、著者としてこれほどの喜びはない。

◇佐藤幹夫「"教育"はどこへ届くのか」『教職課程』

「本書の全体を紹介する余裕はないのですが,かいつまんでいえば教育政策と労働政策の歴史と現状,当事者への聞き書きと調査を通して分析されていく障害教員のライフヒストリー,そこから抽出される教員としての経験と意味づけ,その支援といった点が主題化されています。いわば『障害のある先生』をめぐる社会的問題と,個々人が遭遇する教師としての個別的・実存的課題を網羅するようにして本書は編まれています。
 ここで紹介したいのは,第4章「障害者が教員になることを阻む社会的障壁」とタイトルされ,『阻む要因』として,次の点があげられていることです(中村さんの記述は視覚障害に焦点があてられています)。
 教員志望の動機として,障害教員が少数のため,障害のある児童・生徒にとってロールモデルとできる機会が少なく,それが教員志望の機会を制限している。教育実習に関しても,通常学校において障害のある実習生を受け入れる体制が不十分であり,排除されやすい構造がある。採用試験において,時代とともに改善されてきてはいるが,自治体によって対応が異なり,適切な試験方法が提供されていない例がいまだみられる。臨時講師として教育現場に参入しにくい状況があり,そのことが採用試験の合格から遠ざけている。おおむね,こうした点を挙げています。これらが社会的障壁となっており,その解消が急務であることを訴えるというのが第4章の主調音です」(佐藤 2020)


■書評・紹介


■引用





*作成:安田 智博
UP: 20200707 REV: 1009, 1024, 1108, 20210112, 0226, 0305, 0312, 20210420, 1009
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