HOME > BOOK >

『臨床場面のポリティクス――精神障害をめぐるミクロとマクロのツール』

吉村 夕里 20091220 生活書院,263p
English Page

Tweet
last update:20200117

このHP経由で購入すると寄付されます
表紙写真から注文していただいても同じです。

『臨床場面のポリティクス』

吉村 夕里 20091220 『臨床場面のポリティクス──精神障害をめぐるミクロとマクロのツール』,生活書院,263p. ISBN: 4903690482 3675 [amazon][kinokuniya] ※

■内容(「BOOK」データベース、生活書院ウェブサイトより)

 アセスメントツールを使用した臨床ソーシャルワーク技術に関わる専門職の統制力の問題を、 障害者手帳制度による「障害の状態の証明」や障害者自立支援法下の「障害程度区分の認定」などのマクロの構造と、 ツールを介した面接場面などのミクロの構造との関連のなかで具体的に分析、現状の障害福祉サービスと専門職養成教育の再編に資することをめざした労作。

■著者略歴

→ リンク吉村 夕里 を参照

■目次

はじめに

第1章 精神障害をもつ人を対象としたツール  
    1 「ツール」と「評価」
    2 医療やリハビリテーションにおける評価
    3 ソーシャルワークが直面する新たな問題

第2章 「障害の状態の証明」と「障害程度区分の認定」
    1 問題の所在
    2 障害者手帳制度をめぐる議論 
    3 診断・判定への異議申し立て 
    4 障害や精神症状の認定

第3章 精神障害をめぐる組織力学 
    1 全家連と官僚組織 
    2 全家連と精神障害者保健福祉手帳 
    3 ソーシャルワークの動向

第4章 「直接的・対面的関係」と「ツールを介した関係」の問題 
    1 援助専門職のロールプレイ場面 
    2 「傾聴のワーク」と「インタビューのワーク」 
    3 「直接的・対面的関係」と「ツールを介した関係」
    4 臨床場面における身体やモノの布置 
    5 グループアプローチにおける身体やモノの布置 
    6 場面への参与方法の統制

第5章 ツール使用の合意形成について
    1 専門職へのインタビュー調査 
    2 インタビュー調査分析1(包括的分析) 
    3 インタビュー調査分析2(ツール使用の合意形成) 
    4 アセスメントツールを使用した臨床技術の問題と今後の課題 

第6章 援助専門職の学習モデルの問題 
    1 背景 
    2 調査:援助専門職の現任者訓練への期待と学習に影響を与える要因 
    3 現任者訓練への期待 
    4 調査結果の考察 
    5 現任者訓練の問題点

終章 専門職の統制力:精神障害をめぐるマクロとミクロのツール 
    1 専門職の統制力
    2 マクロとミクロの構造の関連 
    3 本書の限界と今後の展望  

あとがき

■あとがき(全文)

 本書に記述した事柄の多くは、筆者がリアルタイムで体験した事実と歴史に基づいている。
 筆者が就職したのは、男女雇用機会平等法が施行される以前、第一次石油ショックと第
 二次石油ショックの間の女子大生の就職難の時代である。然したる理由も展望もなく、アパレルメーカーに営業職として就職した筆者は、精神科医療や精神障害者福祉に関しては、別世界の出来事であるかのように、外野の立場で見聞きしていたに過ぎなかった。
 最初の就職によって対人サービスがもつ魅力に目覚めはしたものの、当時の民間企業には、結婚と子育てをしながら女性が長く働いていけるような素地は乏しく、早々に見切りをつけて、長く働けそうな仕事を求めることとした。そして、運よく(?)、自治体の児童福祉分野で心理臨床技術者(以下:心理職)となることができた。心理職として最初に就職した職場は、「訓練不能」のレッテルを張られて、旧来の療育施設、保育所や普通学校などから排除されがちな重度の脳性まひや発達障害、難病などをもつ児童を対象とした療育施設である。その施設で働くなかで、臨床心理学的地域援助とも、ソーシャルワークとも呼ばれていたフィールドワーク的な地域活動の必要性を感じるとともに、成人期の相談にも関心をもつに至るような心境の変化が自然に生じた。
 その後、精神保健福祉分野の相談職として参与したソーシャルワークをとおして、臨床に設けられている境界線は人為的なものであり、児童福祉や障害者福祉などの対象や領域、方法や技術は、実践現場においては継ぎ目なく連なっていることを明確に感じるようになり、ソーシャルワーク研究に対する興味・関心をもつようになった。その結果、大学院に社会人入学して、次いで専門職養成に関わる大学教員の職を得て、専門職の養成教育の現実に触れるようになり、本書の土台を成している博士論文を提出するに至っている。
 したがって、本書には、臨床実践での体験に加えて、社会福祉現場の援助専門職の現任者教育に関わってきた体験、新米の大学教員として専門職養成教育に関わってきた体験などから得た知見なども盛り込まれている。本書の主題には、臨床場面における「利用者/専門職」間の葛藤や軋轢などが関連しているが、それらに加えて、「職種」「利用者/家族」「実践/教育」間の葛藤や軋轢なども扱っているのは、筆者が精神保健福祉士や臨床心理士という2つの資格所持者であり、資格制度発足以前からの、それなりの就労経験や、長い臨床経験をもったうえで、教育や研究に関わっていることと関連している。ここでは若干ではあるが、精神保健福祉サービスに対する筆者の捉え方と関連している体験にも言及しておく。

 筆者の専門職としての職歴の開始は、前述したように自治体の児童福祉分野の心理職としてである。当時、勤務していた肢体不自由児施設は、住民運動の請願が功を奏した形で自治体の単費事業として創設された「重症児」療育の拠点であり、創設10年を経過したところであった。心理職以外にも理学療法士、保育士、言語治療士など、多職種が雇用されており、「重症児」療育を全員が模索していた。家族会は創設期の勢いを少しばかりは残しており、施設スタッフの監視役や教育係のような雰囲気をもつ家族もいて、下手なハンドリングをすれば手厳しい批判を受けた。療育手帳制度や養護学校の義務化に対する疑問も現場にはくすぶっており、障害児保育や普通学級進学問題などに家族とスタッフが取組む機会や、ソーシャルワークの必要性を考える機会にも恵まれた。既存の発達検査が適応できない状況の「重症児」への知的検査の実施や、悩み苦しむ家族に対するパーソナリティの診断などは論外であり、いわゆる「職能成熟モデル」は役に立たないことを実感した。
 特に、筆者のように、臨床心理士認定資格が登場する以前から、組織的な仕事の一部として、福祉の谷間に存在している「公認されないクライエント」たちを、臨床心理学的地域援助の対象者とする、多職種合同の開拓的な仕事に従事してきた者にとって、一対一のカウンセリングモデルが提示する心理臨床の相談モデルは、魅力的とも、現実的とも言い難いものであった。一対一のカウンセリングモデルは、その遂行者にとって致命的な欠点が存在する。批判をもつ「クライエント」の多くは黙って去っていき、彼らからの批判が直接的に耳に入ってくる機会の多くが失われることとなるからだ。また、他の職種と協働して働く機会が少なければ、他の職種からの批判を耳にする機会も少なくなる。つまり、ある程度耳障りのいい言葉を語りながら継続的に来談してくれる「クライエント」のみと「オフィス」で向き合うことになっていく。
 一般に、一対一のカウンセリングは時間と場所に関する厳密性を保持している。しかし、地域活動に取り組んでいる場合は、如何に時間や場所を統制して「クライエント」との出会いを制限しようとしたところで、様々な場面での日常的な出会いまでも統制できるわけではなく、また、統制するべきでもないと思うようになる。
 現代の「クライエント」たちは、様々な共同体や組織の一員として、たとえば、介助の要請者、サービスの消費者、サービスの協力者、あるいは、当事者組織や圧力団体などの一員として、立場や役割を変えてはカウンセラーの前に立ち現れる。以上の状況を無視して、心理職はミクロの臨床場面だけを統制していればいいと捉えることには、当然のことながら無理が生じるのである。一対一のカウンセリングモデルの適応が現実的に可能なのは、オフィスに来談する「クライエント」を対象としている「嘱託型」「派遣型」「独立型」の心理療法家モデルであり、職場において組織的な仕事を担うために常勤で雇用されている心理職の大半が直面している現実からは乖離しているのである。
 そして、社会福祉に関するコストが問題視される契機となった、1981年から発足した「第二次臨調」(第二次臨時行政調査会答申)の時代を経過する際に生じた、福祉施設の民営化に関連する様々な事情と縁が重なり、宇都宮病院事件が生じた年に、筆者は自ら希望して成人期の精神障害をもつ人の相談援助にあたる精神衛生相談員となった。
 ところで、精神衛生相談員という呼称は、精神衛生法上の業務に従事する行政吏員を指し示す行政用語であるが、その業務に従事して者たちは、当時から好んで精神医学ソーシャルワーカー(Psychiatric Social Worker:PSW)を名乗っていた。PSWは、「Psychiatric」という言葉が指し示すイメージよりは広義の意味で使用されており、精神科医療機関に勤務しているソーシャルワーカーだけではなく、行政吏員で精神衛生法上の相談に関わる相談職をも指し示していた。
 当時、PSWを名乗る者たちがめざしていたソーシャルワークの理念に基づく支援活動と、現実の法律や職場が要請している業務との間には様々な亀裂が生じていた。また、PSWたちがフィールドで接触する援助要請者は、狭義の意味での精神障害をもつ人に限らず、福祉施策の谷間に存在するような対象者たち、即ち様々な疾患や障害や生活歴をもっていて、コミュニティから疎外され孤立する人々、そのなかにはコミュニティからの攻撃の対象となっている人々もいれば、逆にコミュニティを攻撃対象としている人々も認められた。
 このような状況下においては、精神衛生相談員たちが対象とするフィールドは、「オフィス」ではなく、担当する「地域」や「現場」そのものにならざるを得ない。そして、職種よりも職場、職場よりも「地域」や「現場」に、職務としての準拠点に置いた場合、その逆の準拠点からは自明のものとして捉えられていた継ぎ目は、次第に曖昧なものとなっていく。そして、一旦シームレスな視点でものごとを捉え始めると、人為的な継ぎ目がもたらしている理不尽な現象、即ち社会的な不正義と呼べるものが明確に視野に入ってくることとなる。
 筆者が当初赴任した地域は郡部に隣接した地域である。まず驚いたのは実質的な相談を担う援助職の少なさである。児童福祉といういわば福祉の王道とされる現場にいた筆者は、利用者が15歳になるのを境に突如として相談援助を担う人々が消えてしまうこと、障害福祉サービスの枠外にはじき出されている不特定多数の「公認されない障害者」が地域社会で孤立しながら生活していることに気づかされ、福祉サービスに著しい格差が存在することを実感した。また、児童福祉の領域には存在している専門職に対する家族の手厳しさと対比をなしているかのような、精神科医療や精神障害の福祉サービスを担う専門職に対する家族の「弱さ」も実感した。さらに、違和感を抱いたのは、ソーシャルワークを構成している言葉である。精神障害をもつ人の悲惨な状況に対峙する専門職の取組が、綺麗な言葉で語られすぎているように感じたのだ。
 当時の精神衛生相談は駆け込み寺のような様相を呈していた。地域社会で孤立する精神病者や、地域社会で不適応状態となった療育手帳を所持していない知的障害をもつ人とその家族などが駆け込んでくる状態であり、いわゆる「医療中断者」の相談がほとんどを占めていた。「医療中断者」が受けていた地域社会からの差別は激烈であったが、他方では未治療で急性症状にしばしば陥る人たちも地域社会に存在しており、郡部ではそれらの人たちは「呆けた人」と柔らかい言葉で呼ばれて、田植えや村の行事に受け入れられていた。
 これは何を意味するのか。
 日本ではコミュニティワークは地域福祉と呼ばれており、行政の管轄地域単位に存在する社会福祉協議会などが行う取組の名称のように、教科書などでは扱われている。しかし、筆者が精神衛生相談員として赴任した地域で直面した事態は、行政単位というお仕着せのコミュニティではなく、風土という失われていく共同体が確かにそこに現存しているという実感のなかにあった。同時にそれらの風土には新興住宅街の文化も既に進出していた。以上の文化がぶつかり合い、そこに精神科医療が関わった時代は、日本の精神科医療が不幸な発展を遂げた時代と合致する。「医療中断者」が存在する背景には、その他多くの長期入院患者が社会的入院を継続しているという事実が存在するのだ。
 「医療中断者」とは社会的入院を逃れた人、免れた人である反面、「都会」の精神科医療機関から「精神病」というレッテルを張られたうえで、地元のコミュニティに丸投げされ、孤立している人々である。「長期入院患者」と、コミュニティから孤立する「医療中断者」たち。それは日本の精神科医療が風土に与えた人為的産物である。そして、その人たちへの相談サービスをどのようにするのかが、宇都宮病院事件という未曽有の惨事の後、漸く国策としても取組まれるべきこととされる時代を迎えた時が、筆者がPSWとしての職歴を重ね始めた時期と合致したのである。
 以後、多くの社会資源の創設に関わった。断酒会、地域家族会の創設、精神障害をもつ人たちの憩いの場から共同作業所の創設、地域の精神科診療所の開設。そのたびに地域社会からの大きな抵抗に直面した。それに対して精神障害への理解や家族の協力を説く人たち。以上は耳触りのよい言葉でも語れる経過や事象でもある。そして、精神衛生法から精神保健法への改正に伴って、精神衛生相談員は精神保健相談員に、次いで精神保健法から精神保健福祉法への改正に伴って精神保健福祉相談員となり、精神保健福祉士の国家資格化に伴って精神保健福祉士という名称も併せて使用するようになった。この変遷は、ソーシャルワークの理念と現実が折り合っていった過程であるかのように捉えられる。しかし、本当にそうなのだろうか。
 現在、過去の「医療中断者」は障害福祉サービスの枠内に抱えられるようになっている。精神保健福祉関係者の多くは精神障害者保健福祉手帳制度の創設に何の疑問も呈さなかった。当時は目前に迫っていた国家資格化に職能団体の頭のなかは一杯であったのだ。しかし、その結果はどうなのか。精神障害者福祉サービスは利用者の利益に基づいて発展していくのか。
 そのような疑問をもちつつ、筆者自身も利用者の病理や健康さの両方にその時々でつき合える環境を異動していき、精神障害リハビリテーションに関わるなかで、制度施策と社会資源が拡充していく精神保健福祉のバブルのような時期を経験した。また、心理職やPSWの境界域にあたるような仕事に従事することが増えていき、様々な専門職たちや、専門職の養成教育や援助専門職の現任者訓練に関わるなかで、何か結果が見えてきたように感じるのだ。
 社会的入院は一向に解消されず、「医療中断者」たちは、時に命がけで逃亡した精神科医療の枠内でのホスピタリズムから、障害福祉サービスの枠内のホスピタリズムに移行していく。障害福祉サービスは受動的な人々を取り込み管理する一方でゲートを閉めている。利用者と同様に、専門職や援助専門職からもフィールドが奪われているのではないか。以上の疑問が本書を執筆する筆者の脳裏にはあった。
 ヒューマンサービスの従事者にとって、フィールドはいわば神のような存在であり、汚されることを許してはならないと思うのだ。

■引用

「「利用者/専門職」間の軋轢や葛藤の解決を、個人のコミュニケーション能力の求める立場においては、臨床場面に内包されているミクロやマクロのポリティクスに関わる問題がしばしば曖昧にされる。同時に、臨床場面で利用者が発揮している統制力を覆い隠して、受動的で無力な存在、もしくはその真逆である、統制が効かない、道理が通じない存在としての利用者像を社会的に固定させがちである。一方、本書が問題としている事柄は、利用者のパーソナリティや専門職の資質や能力など、個体的な要因に還元できる問題ではなく、現実の臨床場面の力動や構造を成り立たせている様々なポリティクスに関わる問題である。」(p3)

「「利用者/専門職」によって構成される臨床場面は、すべてのサービス申請者に門戸が開かれているわけでも、利用者の自由意思に基づく参与が保障されているわけでもない。サービスの申請に際しては、制度的・文化的な圧力がかけられる仕組みが、障害福祉サービスのシステムに埋め込まれており、サービス申請者が臨床場面に参与することを阻むためのハードルやフィルターの役割を果たすようになっている。そして、これらを乗り越え、かいくぐった者が「利用者/専門職」によって構成されるミクロの臨床場面に辿りつける。  サービス申請者は、臨床場面に辿りつく過程で、診断・判定における専門職の特権的な役割を補完する受動的な役割が配分されたり、専門職の言語的文化の圧力に晒されたりする。様々な制度的圧力の負荷は、ミクロの臨床場面における専門職のテクノロジーの行使を容易にさせる幾重もの装置として機能する。そして、基盤となる構造自身を不問にしながら、アセスメントツールを使用した臨床ソーシャルワーク技術や、コミュニケーション技術の向上が専門職によってめざされていく傾向がある。」(p4)

「①障害者手帳制度の「障害の状態の証明」や、障害者自立支援法の「障害程度区分の認定」に関わる障害福祉のマクロの構造が、臨床場面への利用者の算入や算入方法を拘束していること、②マクロの構造を基盤として成り立つミクロの臨床場面の設定じたいが、アセスメントツールを使用した臨床ソ>>4>>ーシャルワーク技術の展開を容易していること、③そのなかでアセスメントツール使用の合意形成が行なわれていること、④専門職がめざす技術や方法がコミュニケーション技術の向上に偏向していること、を明確化していく。」(p4-5)

「医療者リハビリテーション分野では、精神障害をもつ人に対して、「評価尺度」「インストルメント」などと呼ばれる用具類(ツール)が、「評価」を目的に使用されてきた。また、近年のケアマネジメントやソーシャルワークのアセスメントでは、利用者の社会生活に関する情報収集や評価の目的として、パッケージにされた様々な用具類を指して、「アセスメントツール」と呼んでいる。」(p11)

「……。このような現実に合わせて、本書における「ツール」とは、情報収集や評価の目的として、面接場面で使用される「評価尺度」と「インストルメント」全体を示すものとする。……。本書では、支援局面を問わない広義の意では「評価」を、ソーシャルワークやケアマネジメントの生活支援プロセスの一局面では、支援計画作成時は「アセスメント」、終結時は「エヴリュエーション」とする。」(p12)

■言及・紹介・書評■

◆2015/10/11 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/653224029680041984
 「もう一つ見ておくべきは家族会だ。精神障害の関係で最も大きな組織は経営上の不正・失敗から二〇〇七年に消滅することになった「全国精神障害者家族会連合会(全家連)」だった」(立岩真也近刊より)/吉村夕里の前掲書&『現代思想』論文も→http://www.arsvi.com/o/zkr.htm

◆2015/10/11 https://twitter.com/ShinyaTateiwa/status/653196117312573440
 「吉村夕里『臨床場面のポリティクス』「利用者と同様に[…]援助専門職からもフィールドが奪われているのではないか。[…]フィールドはいわば神のような存在であり、汚されることを許してはならないと思うのだ」MSWだけでなく、必読、後で説明→http://www.arsvi.com/b2000/0912yy.htm」

◆立岩 真也 2021/03/10 『介助の仕事――街で暮らす/を支える』,ちくま新書,筑摩書房,238p. ISBN-10 : 4480073833 ISBN-13 : 978-4480073839 820+ [amazon][kinokuniya]
 「そして次に、基本的には、支援(全般)、たとえば介助と相談支援は分かれないと捉えたほうがよいと考えます。「専門職」の人は受け入れ難いかもしれませんが、また仕事の厳しさによって加算があってもよいとは思いますが、そう考えたほうがよいと私は思います。一つに、基本的に、両者は人の生活に必要だという点では同じです。一つに、とくに「精神(障害)」の人の場合、話を聞いたり引っ越しの手伝いをしたりすることについて、相談支援――そもそも「相談」という言葉を使うのがよろしくないというのも萩原さんの本で言われているまっとうなことの一つです――とそれ以外の支援とを分けてどちらなのかと問う必要もありません。経験値といったものの差異はあり、分業はときに必要で有効だとしても、基本は連続的なものと見たほうがよいということです。萩原さんから、幾度か(幾度も)いつ終わるともわからない延々とした、また突発的で不定形な仕事のことを聞いてきました。そしてそれに萩原さんはっきり「意気」を感じています。それは、吉村夕里さんがその博士論文、をもとにした著書『臨床場面のポリティクス』(2009、生活書院)を書いた動機でもあります。今「面接」の場で何が起こっているかをたんたんと記していくその本は、自分たちがしてきた、そして今できなくなっている、そしてこれからするべき「ソーシャルワーク」の仕事は、机を隔ててマークシートをチェックしていくとか、そんなものではないはずだという思いから書かれています。
 カウンセリングの技法とか理論とかそんなことをいろいろと論じることはもちろん大切でしょう。しかし、「ソーシャル」ワークとはそういうこと(だけ)ではない。そう言うと、それは一部の「熱い」人たちのことだと返されるかもしれません。しかし、支援がどういうものであるべきか、あるしかないかは、…]きちんと言えます。そして」(pp.184-185)


*作成:篠木 涼
UP:20100122 REV:20100218(小林 勇人)0331, 20151012, 20200117(北村 健太郎)
吉村 夕里  ◇精神障害/精神医療  ◇施設/脱施設  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK博士号取得者 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)