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高橋 さきの
たかはし・さきの
1957~
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last update: 20160614
・1957年生まれ、翻訳者
◆
https://ja.wikipedia.org/wiki/高橋さきの
■論文
◆「科学技術の現場から――工場法からテクノサイエンスまで」(舘かおる編『ジェンダー研究のフロンティア 第四巻 テクノ/バイオ・ポリティクス 科学・医療・技術のいま』
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作品社 ISBN-10: 4861821789)
◆「身体性とフェミニズム」(
江原由美子
・山崎敬一編『ジェンダーと社会理論』
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有斐閣、2006)
◆「生命科学とジェンダー」(『環』Vol.12 2003年1月号 藤原書店
http://homepage2.nifty.com/delphica/archives/sakino01.html
)
◆「生物学とフェミニズム科学論」(廣野喜幸・
市野川容孝
・林真理編『生命科学の近現代史』
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勁草書房、2002)
◆「身体/生体とフェミニズム」(江原由美子・
金井淑子
編 『ワードマップ フェミニズム』
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新曜社、1997)
◆「サイボーグ状況下の身体性」(
『現代思想』
22巻10号 青土社、1994)
◆「フェミニズムと科学技術」(江原由美子編『フェミニズム論争』
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勁草書房、1990)
■訳書
◆2007
ダナ・ハラウェイ
著『犬と人が出会うとき 異種協働のポリティクス』,青土社,552p. ISBN-10: 4791766660 ISBN-13: 978-4791766666 3780
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◆Rosei, Federico & Johnston, Tudor 2006
Survival Skills for Scientists
,Imperial College Press = 20080609 高橋 さきの 訳
『科学者として生き残る方法』
,日経BP社,356p ISBN-10: 4822246698 ISBN-13: 978-4822246693 2940
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[kinokuniya]
※
◆2000
ダナ・ハラウェイ
著
『猿と女とサイボーグ――自然の再発明』
,青土社,558p. ISBN-10: 4791758242 ISBN-13: 978-4791758241 3600
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※ b c01 c02
http://homepage2.nifty.com/sakino/yakusho.htm
に訳者による紹介、glossaryがあります。
Donna Haraway "WHEN SPECIES MEET"
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, University of Minnesota Press. 2008
の紹介
仮題:種と種が出会うとき:コンタクトゾーンの自然文化風土
→ 『
犬と人が出会うとき 異種協働のポリティクス
』のタイトルで出版されました。
本書で扱われるのは、直接的には、人間(=ヒト)と犬(=イヌ)の共存状態である。人間の歴史の相当部分は、犬とともに進化してきた歴史だといえるし、犬の側では、その過程でさまざまな犬種が確立されてきた。人と犬は、人や犬のみならず多数の種が作用・応答を相互に誘導する相互進化の過程を経た結果として、現在という世界に棲息している。その意味で、人間と犬は、代表的な伴侶種(コンパニオン・スピーシーズ、複数)といえるだろう。
本書の第一部では、人間の「からだ」をめぐって生じてきたさまざまな事態が、多数の伴侶種が棲息する世界という視座で把握しなおされる。前世紀後半から今世紀のはじめにかけて身体/生体/からだという場で生起し、ハラウェイの読者であるとなしとにかかわらず体験されてきたであろうバイオメディカルな事象の数々が、人間のみならず、伴侶種たる犬の、それも「犬種」という強烈な歴史性を帯びた存在を通じて描出されることで、はっきりとした輪郭をあらわにする。伴侶種たる犬は、その繁殖自体がさまざまな主体によって担われる遺伝学の実践現場であり、実験室では労働の主体ともなる。
本書第二部は、フィクションともノンフィクションともつかぬ筆致で開始され、まず、2005年に亡くなった父、フランク・ハラウェイの思い出の数々が綴られる。44年間にわたってデンバー・ポスト紙で野球やフットボールの記事を執筆しつづけた父の思い出、その父とのやりとりを通じて、障害があっても自在な身体の確かな存在が語られ、ハラウェイ自身が選んだ伴侶種との共同作業としてのアジリティー競技が紹介される。この競技での、ことにコンタクトゾーン(接触領域)を介した作用・応答の相互誘導の様子を通じて、非言語コミュニケーションという位相が具体的に提示される。
本書第三部では、犬にとどまらず、ニワトリ、ネコなど、さまざまな伴侶種の営みがそれぞれにバイオポリティカルな自然文化風土、技術文化風土という状況に置かれている様子が描写され、より広い文脈との交通がつけられる。
ウッズホール海洋生物学研究所という発生学の現場から出発したともいえるハラウェイは、常に生物学の現場に忠実な仕事をつづけてきた。『プライメート・ビジョンズ』(1989)では、霊長類学研究を題材としてエスノグラフィカルな生物学史の方法論を確立しつつ、観察という行為の持つさまざまな問題に切り込みながらサルとヒトとのコミュニケーションを扱う端緒を開いたわけだが、その後も、霊長類学の現場との対話を重ね、本書ではさらに進んで、自らが伴侶種と暮らす現場から、伴侶種との非言語コミュニケーションについて描出する領域へと踏み込んだ。これは、20世紀後半の科学技術の存在の重みの増大のある種の結果として1980年代以降顕著となった社会構成主義(社会と科学技術を区別されたものとして把握し、社会の側から科学技術を論評する構成をとる)に対するハラウェイなりの一つの回答だろう。この点については、クローン羊ドリーをめぐって、社会構成主義の一つの顕著な表出形態である生命倫理をきっぱり批判するくだりで表明がなされる。
さまざまな現場を選び得たなかで、なぜ、人と人でなく、人と人以外の動物、それも、生物学において「無垢」なる存在とされることの多い野生種でなく、人間とともに進化をとげてきた伴侶種とのコンタクトゾーンという場が設定されたのか。一つには、バイオメディカルなポリティクスを奥行きあるかたちで観察・描出するうえでうってつけの設定だったことが挙げられよう。また、非言語コミュニケーションのノイズなき安定した内部観測系を可能とする唯一無二の巧みな設定であったことも指摘されよう。しかし、こうした設定が、実は、階級/ジェンダー/人種/年齢等のさまざまなベクトルの作用する場をより広いかたちで描き出すかたちでいつの日か書かれるべき『“生”資本論第一巻』において踏まえられるべき数々の問題群を提示する意図があればこその選択であることが、本書には随所で表明されている。
そして、サイボーグである。サイボーグ状態が日常化した今日にあって、サイボーグは、本書の文脈では、ある種の純系種に相当する存在ということになるはずである。
これまでのサイボーグを手がかりとした考察に、本書で扱われた伴侶種の位置取りが加わったことで、「生きもの」や「からだ」を現場とする暮らしや労働の見取り図がいよいよはっきりしてきたといえるだろう。
UP:20090408 REV:20090531, 0817, 20150109
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