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仕事しよう――解説の代わりに

立岩 真也 20200831
髙阪 悌雄 20200831 『障害基礎年金と当事者運動――新たな障害者所得保障の確立と政治力学』,明石書店

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髙阪 悌雄 20200831 『障害基礎年金と当事者運動――新たな障害者所得保障の確立と政治力学』,明石書店,320p. 5400+ ISBN-10: 4750350745 ISBN-13: 978-4750350745 [amazon][kinokuniya] ※ ds. i04j01d. d08
 こんな研究がなされ、論文が書かれ、本になるべきだ。研究者という人たちは何をしているのだろう、すべきことがこんなにたくさんあるのに、と思う。
 そのなされるべき研究がなされ、障害基礎年金の成立過程が明らかにされた。社会の歴史は一回限りのもので、実験はできない。だから因果関係を確定といったことは滅多にできない。他のことを言うことはできよう。ただ、私は、ほぼ確実にこれこれは言えるだろうなと思えるところが本書に示されていると思う。よくよく調べた結果、どういう話になったのか、どのようにまとめたか、終わりの方をまずさきに読んだらよいかもしれない。
 本書に書かれていることは、年金制度の獲得は運動の成果であり、正義の実現であるという話をしたい人たちにとっては、いささか苦い話だ。その人たちがまじめに真剣に取り組んだがゆえに、なおさらそうかもしれない。しかし、この世がよくなることを望む人たちにとっても、距離をとった研究は絶対に必要だ。よいと思って作ったものがそうでもなかったり、かえってよろしくなかったということもある。またときには、いろいろを勘案し少し面倒な作戦を立てる必要のあることもある。そのために調べて考えることが求められる。それでも結局勝ちきれないとしても、また、ときには勝つことを選ばないとしても、さらに選ばないためにも、詰められるところを詰めておくべきことがある。
 そして、きちんと調べられて書かれたものを、私たちは土台にして、さらに自分ならどう解釈するか、考えて言う。きちんと調べられ書かれたものの場合にはだが、そういうことが、別の、後発・後継の人たちによってできる。
 障害基礎年金についてだけということではないのだが、私も、1980年代(以降)について考えることがあって、幾度か書いてきた。髙阪の研究のことも思いだしながら書いたのが「分かれた道を引き返し進む」だ。2019年9月に刊行された福島の障害者運動の歴史についての本『往き還り繋ぐ――障害者運動於&発福島の50年』(青木千帆子・瀬山紀子・立岩真也・田中恵美子・土屋葉、生活書院)に収録されている。東京青い芝の会の人たちといっときいっしょに活動した福島の白石清春たちのことについて書いた。その時にはまだ本書はなかったから、髙阪の文献としてあげたのは雑誌論文だ。
 そうして実現した制度はどう評価されるか。もちろん、年金全般の水準の引き下げと合わせて「こみ」で考えたら、違った話になる。また、年金があることによって、年金より額は多いが条件が厳しい生活保護をとらない人は、自ら選んだこととはいえ受給額が少なく抑えられたとも言える。そして、私の知り合いにはそういう人が多かったのだが、生活保護で暮らす人たちにとっては前後に変化はなかった。それでも、その制度は、すくなくともある人たちにとってはよいものであった。私も、関係者が障害基礎年金を受給することになったことによって、益を得ている。追い風が吹いている間にとれるものはとっておこうというよりはまじめに、真剣に主張し運動したその成果を評価はしよう。
 こうして結果のよしあしについてもどこを見るかでいろいろ言えるのだが、それとはすこし異なり、どんな「構え」でどういう方角を向くことにするかということがある。私は、年金獲得(と「ケア付住宅」の要求)のための運動に特化した東京青い芝の会の人たちの主張に明らかに批判的であり、そこに一時期同調しつつやがて離れていった白石の軌跡を辿りながら「分かれた道を引き返し進む」でそのことを書いている。そしてそこで、新田勲ら、東京青い芝の会の人たちと別の主張をした人たちを肯定的に評価した。
 さらに続けるなら、2020年1月に出版された『弱くある自由へ――自己決定・介護・生死の技術 増補新版』(青土社)に新たに加えた第9章「高橋修1948~1999」では、さきにその1980年代を肯定的に捉えた新田たちの1990年代後半の道行きを批判し、新田たちとともに行動した後そこから分かれた高橋修たちを評価している。
 ほぼ誰も聞いたことのない見知らぬ人たちのことを次々と持ち出し、肯定だの否定だの、なんのことかときっと思われるだろう。しかし私は、まずは細かい小さなことと思われることがとても大切なことだと思っているから、調べて、書いているのだ。いくつかの分かれ目がある。どこに行くか分かれる。2つのうちの1つにした方がよいことがある。その根拠も言う。両方あってもよいが、2つの間の差異や位置関係はわかっていた方がよいことがある。
 それはただ調べさえすれば見えてくるわけではない。それなりに長く、よく考えないとならないとは思って、それで私は仕事をしてきた。している。しかし、そういう仕事・研究を皆が各々やっていくためにも、各自思想・理論のことを気にかけながら、きちんとたくさん、調べて書くことだ。筆者はその仕事をしてくれた。85年は何だったのか。30年は待っていた仕事がなされた。

青木千帆子・瀬山紀子・立岩真也・田中恵美子・土屋葉『往き還り繋ぐ――障害者運動於&発福島の50年』表紙   立岩真也『弱くある自由へ――自己決定・介護・生死の技術 増補新版』表紙


UP:20200817 REV:
博士号取得者  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa  ◇病者障害者運動史研究  ◇生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築 
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