表0-1 障害基礎年金制度成立過程の分析
| 第1章 | 第2章 | 第3章 | 第4章 | 第5章 | 第6章 | 第7章 | |
| 分析 対象 |
1985年年金改正の構造 | 1985年年金改正の構造 | 複数のアクター | すべてのアクター | |||
| 目的 | 1985年年金改正の全体構造と障害基礎年金制度の関連性について | 障害基礎年金制度成立の背景について，厚生官僚と障害者団体の2つのｱｸﾀｰの貢献の明確化 第2章ではCP研究会最終報告書完成まで 第3章では検討委員会から専門家会議最終報告書完成まで |
障害者所得保障の理論的な論争から厚生省と障害者団体の2つのｱｸﾀｰの障害者所得保障の立場の明確化 | 1985年年金改正への複数のアクターの思惑を明確化 | 複数アクターの思惑に対して，障害基礎年金がどのような説得の手段となったのかを明確化する | 非難回避戦略ﾓﾃﾞﾙを用いた分析 | |
本書の構成においてどこで何を明らかにしていくのかを、明示していく。
第１章では、1985年年金改正までの歴史的経緯から、公的年金改革を行わなければならなかった背景と、1985年年金改正の主要な制度設計上の４つの変更点、(1)基礎年金の導入による年金制度一元化、(2)給付水準の適正化、(3)婦人の年金権の確立、(4)障害年金の改善について、新制度全体の構造を明らかにする。その上で、被用者年金組合によって障害福祉年金からの増額分を拠出される形で誕生した障害基礎年金について、新たな制度全体の構造の中での位置付けを明らかにする。さらに1985年年金改正は、1961（昭和36）年の国民年金施行後25年目にあたる1986（昭和61）年の施行を目指さなければならなかった背景を、厚生官僚へのインタビューや座談会、その他文献資料等に基づいて明らかにしていく。
第２章では、戦後の障害者の自立観の変遷と障害者運動の生成プロセスから始まり、身体障害者実態調査の反対運動をきっかけとして、CP研究会に結集した障害者団体や板山が障害基礎年金の原形と言われる最終報告書をまとめるまでの経緯について述べていく。こうした経緯を追いつつ、先行研究では触れられていない点について、次の諸点を明らかにする。①所得保障改善の要求を中心に据えた東京青い芝の会が、身体障害者実態調査の反対者を役員から解任し、行政との関係を構築する運動スタイルを確立した内部闘争について、②身体障害者実態調査実施をめぐり障害者団体と交渉にあたった更生課長の板山が私的研究会であるCP研究会を立ち上げるにいたった経緯およびCP研究会の中で板山が果たした役割、③完成した最終報告書が障害基礎年金制度に与えた影響、についてである。
第３章ではCP研究会を引き継いだ検討委員会、さらに具体的な障害者所得保障の検討の場であった専門家会議の最終報告書提出を経て、1983（昭和58）年11月、林厚相による年金改革案の審議会への諮問に至るまでの、当事者の所得保障改革運動と年金局官僚の貢献を中心に先行研究にはない以下の諸点を明らかにする。①障害者団体と厚生官僚をつないだ政治の役割について、②厚生官僚に対する脳性マヒ者の運動スタイル、③障害基礎年金の立法化への道を切り開いた人物として、年金局長の山口の貢献、さらに板山と山口のつながりについて、④無拠出と拠出の統合の技術的背景と、無拠出と拠出の統合に対する官僚の意識の違いがどこから生じたのかについて、⑤当事者運動の展開と年金改革が同時期に行われたことの意義、についてである。
第４章では、1981（昭和56）年の国際障害者年前後から活発になった障害者所得保障に関する研究者の議論から障害者団体や厚生省の立場を明確にしていく。1975（昭和50）年の堀木訴訟控訴審判決で憲法第二十五条の二項分離論が示されたが、憲法第二十五条１項の「最低生活保障」の解釈において、生活保護を批判、それに代わるものとして年金・手当を中心とした障害者所得保障を求める法政大学教授の高藤、１項の義務規定「最低生活保障」を生活保護とし、年金・手当を努力義務の２項に基づいた国の裁量によるとした立法裁量論の立場をとる厚生官僚堀との間の論争について先行研究に基づき明らかにしていく。こうした論争を整理したうえで、先行研究にはない次の３点を明らかにする。①生活保護を批判した高藤と障害者団体の主張の差異、②高藤と堀の主張の違いを堀木訴訟にまでたどり、厚生省の生活保護・年金・手当への基本的考え方の明確化、③高藤と障害者団体の生活保護批判は障害基礎年金制度にどのような影響を与えたのか、について述べていく。
第５章では1985年年金改正で基礎年金への国庫負担の一元化に伴う大蔵省と厚生省の利害関係、さらには期待給付額削減の影響を受けた被用者年金組合や被保険者の立場、その背後に位置付けられる社会党や労働組合などの1985年年金改正への思惑を明らかにしていく。そもそも厚生官僚と障害者団体の２つのアクターの周辺が障害基礎年金の成立にどう結びつくのかは、第４章までに明確にされていない。1985年年金改正とは障害を除く老齢、遺族等の基礎年金、被用者年金の期待給付の水準を大幅に切り下げたものである。そうした期待給付削減の方向性の中で障害基礎年金の給付水準が改善されている。1985年年金改正と障害基礎年金の成立の関係を明確にするためには、縮減の構造とともに、縮減の影響を受けるアクターとその周辺の利害関係を明確にしておく必要がある。
第６章では、第５章で明らかにした不利益を被るはずの被用者年金組合の被保険者等の反対アクターがなぜ最終的に賛成に回ったのか、反対意見を持ったアクターに対して、障害基礎年金はどのような役割を持ったのかを明らかにしていく。そもそも障害基礎年金やその成立を待ち望む障害者団体と1985年年金改正の反対者の関連付けについては、厚生官僚や障害者団体という２つのアクターだけでは明るみにならない。1985年年金改正全体の中で障害基礎年金が果たした役割を第二臨調、大蔵官僚、自民党、社会党、年金組合等の複数のアクターの1985年年金改正への思惑から明確にしていく。
第７章では、第６章までの障害基礎年金の成立プロセスの中で解明された複数の経緯について非難回避戦略モデルを用いて考察していくとともに、成立プロセスの中で残された課題についても言及していく。第６章までに明らかになったことは、臨調による行革の流れがあり給付削減に基づく年金改革が必然的な流れとなっていたこと、こうしたことと時期を同じくして脳性マヒ者を中心とした所得保障改善を求める障害者団体の動きがあったことが障害基礎年金成立の大きな背景にあった。さらに年金縮減の動きに反発している複数のアクターに対して、調整的な役割を担うものが必要で、こうしたところにも障害基礎年金は貢献したといえる。一方で、こうした年金改革全体と関連する複数のアクターの利害関係は、非常に複雑である。ここではこうした複数のアクターの複雑な利害関係を新川が提唱した非難回避戦略モデルに基づいて分析し、障害基礎年金との関連付けを行う。その上で整理された障害基礎年金成立プロセスから、障害者所得保障が抱える課題を明確にしていく。以上全章の流れをまとめると、表0-1 の構成となる。