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「在宅療養中のALS療養者と支援者のための重度障害者等包括支援サービスを利用した療養支援プログラムの開発」事業完了報告書 第四章T

特定非営利活動法人ALS/MNDサポートセンターさくら会 2008/03/31
平成19年度障害者保健福祉推進事業 障害者自立支援調査研究プロジェクト

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平成19年度障害者保健福祉推進事業 障害者自立支援調査研究プロジェクト

「在宅療養中のALS療養者と支援者のための重度障害者等包括支援サービスを利用した療養支援プログラムの開発」事業完了報告書 第四章

平成20年3月31日
特定非営利活動法人ALS/MNDサポートセンターさくら会

第四章T 在宅独居ALS療養者の支援の在り方に関するアクションリサーチ

T,長期療養ALS患者の在宅独居移行支援に伴う諸課題の明確化およびその要因の分析アクションリサーチに基づく調査研究

岡 輝秋*1
*1 特定非営利活動法人ALS/MNDサポートセンター さくら会

1 研究の背景と目的
2006年の医療制度改革により、喀痰吸引など常時医療的ケアの必要な特定疾患患者が入院を継続できず、在宅にも戻れず医療機関を転々とする事例も出ている。日常生活動作に障害をもつ人がその有する能力及び適性に応じ、自立した日常生活又は社会生活を営み、安心して暮らすことのできる地域社会の実現に寄与することを目的として制定された障害者自立支援法の理念の射程は、こうした患者の生活支援にも及ぶと考えられる。
本研究の目的は、こうした状況と認識を前提として、入院患者の地域生活移行でQOLを向上させつつ、移行時に障壁となりうる要因のいくつかを指摘し、社会的入院の解消に資する重層的なケアを探ることある。

2 方法・対象・時期
入院患者が地域生活に移行する際に障壁となりうる要因のいくつかを指摘し、社会的入院の解消に資する重層的なケアを探る、という上記の目的を実現するための方法として、本研究ではアクションリサーチがもっとも有効であると考えた。具体的には、あるALS患者への2007年1月から同年8月に地域生活移行するまでの支援プロセスを並行して記録しつつ、支援者、実際にサービス提供に関与するNPOへのヒアリング、医療機関や福祉事務所の記録などを参照して分析を試みた。
調査対象者は、筋萎縮性側索硬化症(以下、ALS)に由来する障害を有し、2007年7月、障害者自立支援法に基づく障害程度認定区分6に認定された49歳(2007年1月現在)の男性患者およびその在宅移行を中心的に支えた支援者と介助者である。この男性患者を以下「患者A」とする。
患者Aの病歴と生活歴
患者Aは、2002年11月頃から易疲労となり、2004年2月には構音障害、四肢脱力が出現した。発症時は妻と子2人で家庭生活を営んでいた。その頃から検査入院等を繰り返すようになり、会話や歩行も困難となったため、やむを得ず、それまで自営で営んでいた療術院を閉業した。同年10月にALSと診断され、それ以降、転院を繰り返しながら入院生活を送っていた。入院後も患者Aの病気は進行し、2005年1月には胃ろうを造設した。四肢機能全廃で、わずかに首と左手首を動かす程度しか随意運動ができない。2007年4月には誤嚥防止のため、咽頭全摘術を受けた。家族の介護力が著しく乏しいため在宅生活を断念し、外出も厳しく制限される入院生活を3年以上強いられていた。自分らしい生き方を取り戻すため、独居での地域生活を決意するに至り、2007年8月、病院を退院して地域社会に根ざした自立生活を開始した。図1に発症から在宅生活に移行するまでの患者Aの身体障害の進行プロセスと本研究対象期間を示す。

図1

歩行困難 発語障害大学病院A・2002年発症・2004.10月ALSと診断 入院開始
病院B2005.1月転院 胃ろう造設
嚥下障害 ほぼ四肢機能全廃病院C国立病院機構神経病棟
病院B2005年9月から2006年3月
硬直発作 たん吸引が常時必要に病院D療養病床2007.1月在宅移行準備開始
病院E2007.3月気管切開手術のため耳鼻科に2週間入院2007.4月介護給付申請
病院B在宅移行を前提にリハビリ病棟に3カ月を限度に入院2007.8月重度訪問介護支給決定 生活保護申請
在宅移行2007.8月

調査対象患者の主な症状と対処
(1) 痰づまりや誤嚥
気管に痰がたまるため呼吸が困難となる。また食事の際の誤嚥によって呼吸が困難となる。この場合、早急に気管切開部から吸引を行って呼吸を確保しなければ窒息死に至る危険性もある。痰づまりはいつ起こるかわからないが、患者Aは2008年現在、一日に7回前後の痰吸引が必要で、自ら声を発して助けを求めることも、手を伸ばしてブザーを押すこともできないため、 24時間常時介護者が待機し、直ちに吸引できる体制が必要不可欠である。また、誤嚥の対策として、食事形態の工夫や十分な食事時間の確保等もが必要となる。具体的には、安全流動食を嚥下することは可能だが自分の意志で口の開閉ができないため、気管切開部に口腔から溢れた食材や水分が入らないようにしなければならない。気道に直接、流動食や水分が混入することは生命にかかわる。また激しくむせ、体の動きを押さえてくれる二人目の介護者がいない中で吸引手技を行い、気管内を吸引チューブで傷つけ出血してしまう事態も発生している。安全に食事をとるために、1回の食事には、刻み食などの調理から、食事後の後片付けも入れて、平均して最低90分は必要である。

(2) 全身硬直発作
 全身硬直発作が多い日で一日5回の頻度で発生する。患者Aの硬直頻発は、ALS患者のなかでも特に多い。発作が起こると何もできなくなり、呼吸も苦しくなり、窒息や誤嚥の危険性が増す。場合によっては医療的処置の必要性や抗けいれん薬を服薬させる必要がある。また、ベッドから転落しそうになるほど激しい体動があるため、介護者が速やかに患者Aの体を押さえなければならない。薬の準備と服薬、体を押さえること、文字盤で本人の声を聞くこと、これらを同時に行わねばならない。発作が起こった後には、四肢を順番に少しずつゆっくりと伸ばしていかなければならない。発作はそれ自体が危険であるばかりでなく、ただでさえ弱った体が著しく体力を消耗し、精神的にも大きな負担となっている。

(3) コミュニケーション障害
 首と手首を少し動かせるくらいしか随意運動ができないため、コミュニケーションは専ら「あ」から「ん」まで50音表を透明アクリルボードに記した書かれた透明な文字盤を使って行われる。介護者が患者Aとの間に対面式にて両手で文字盤を持って、眼球の動きを追い、1文字1文字を順番に声を出して確認しながら拾っていく作業となる。通常の介護と異なりコミュニケーション時に両手がふさがっているため、ケアの手を止めずにコミュニケーションすることができない。患者が介護者に体位交換を求める場合にも、電気を明るくしてもらう場合にも、まず文字盤による会話が必要となる。そして、10文字程度の簡単なこの会話だけでも相応の時間を要する。また意思伝達手段を常時確保することは、人権擁護の側面からも必要不可欠だが、看護師や経験あるヘルパーでも習得に長期間を要する。
主たる調査期間は、2007年1月から9月にかけてである。
なお、本研究に並行し、ALS患者であって単身で地域生活を送る患者を全国で探し、確認できた4名のヒアリングを実施した。うち3名については、入院入所期間はあるものの、病状が発話機能を喪失したり、痰吸引が必要となる前の比較的介護度が軽い段階で、単身の在宅生活を決意し、直接行政交渉を行うなどして、地域生活を始めた例であった。また他1名も、支援費制度以前から在宅に移行し、家族との同居を経てから24時間他人介護の一人暮らしを始めていた。
それに対して、本研究の対象ケースは障害者自立支援法や2006年の医療制度改革以降に、全介護状態で4年近くの入院生活を続けていた事例として特異な例ではあるが、さまざまな要因で家族の支援が受けられない同様の状況の患者は、他の疾患や障害を含めれば相当数存在すると思われる。にもかかわらず、本調査対象者と同様の障害程度のALS患者が24時間他人介護により単身で生活している例は、患者団体への聞き取りでも数例しかない。本調査では、家族というインフォーマルな介護負担をするファクターがないため、諸制度の重なりや医療機関の対応などの現状が表面化しやすいことも考慮した。

3 結果
アクションリサーチから明らかになったのは、現行制度利用上の壁と運用の実情である。この壁の要因の検討を通して、医療機関や地域福祉資源の対応とくに障害者自立支援制度における重度包括支援制度に期待される具体的役割が明らかになった。
以下ではまず、在宅移行に際して経験された現行制度利用上の問題点と運用の実情を、以降の経緯に合わせて時系列で記述し、その後、この問題を生じさせている要因を検討し、これを解消するために必要な制度的基盤・仕組みを提言する。

3−1 在宅移行の経緯とその困難
 まず、在宅移行を進めるまでの社会保障諸制度の活用状況を示す。
2007年1月に患者Aが在宅移行を決意するまでに活用していた制度は、
@ 身体障害者:四肢機能障害1級認定(2005年1月) 障害基礎年金を受給
A 特定疾患治療研究事業:特定疾患医療受給者重症患者認定
であった。また2005年6月、会話機能喪失に伴い、市の情報バリアフリー化支援事業により、意思伝達を容易にする障害者向けの支援ソフトを導入したパソコンを購入費のうち、10万円の支給決定を受けた。

次に、在宅移行に至った経緯を時系列で記述する。
患者Aは2007年1月、自薦ヘルパーを活用しながら、東京都において24時間他人介護により地域生活を実現している事例があることを知った。家族介護によらず、単身で住みなれた地域で住居を探し、社会生活を営みたいとの意思を持った。当時の入院先である療養病床では、6人部屋で起居し、入院生活への不満が高まっていた。患者Aの入院生活に対して抱いていた主な不満は以下のようにまとめられる。

友人らがボランティアで食事介助をしない場合には、経口での食事が可能であるにも関わらず看護体制の手薄さから経管栄養を強いられる。
夜間硬直を和らげるためのマッサージがなく、理学療法士によるリハビリがない。
神経内科医がおらず、病棟の医師1名による診察は月1回程度。
感知式センサーの不具合により緊急時のナースコールが押せないことがある。
喀痰吸引はALS患者のホームヘルパーには容認されているものの、入院患者の外出時に付き添う福祉制度がなく、家族の支援がないため外出ができない。
 
患者Aの療養環境は夜間の看護職員配置が少なく、夜間に頻繁な体位交換、吸引などの要望がある患者にとって、安心できる療養環境とは言えず、基本的ニーズが充足される状況ではなかった。
とくに、この時期患者Aはむせかえりが激しく、神経内科医の診察を長期間受けていなかったため、呼吸不全による死を覚悟する状況にあった。座位を1時間以上保持できないことと、病室の食事時間・就寝時間等のスケジュールに合わせるとパソコンを使った文字入力作業は1日1時間、実質20文字程度しかできず、インターネット等で外部からの情報を入手するのも著しく制限される状況にあった。また当該療養病床の病院からは、人工呼吸器装着時は急性期病床へ移ることやケアニーズの多さから退院を間接的表現で求められている状況だった。
こうした状況で、患者Aは友人ら支援者とともに在宅移行計画を立案する。だが、在宅移行には多くの課題・問題があった。次に、時系列で在宅移行計画後から在宅移行に至るまでの経緯を示す。

2007年1月〜3月
2007年1月末に患者Aが在宅移行を計画した段階で、主な支援者は40代の男女各1、名、30代男性1の3人だった。
この時期に、患者および支援者はALSの当事者・家族によるNPOと出会い、在宅24時間他人介護を実現している患者・家族の制度利用やヘルパー確保策、ALSへの専門医療の現状等の教示を受けた。この教示に基づいて、障害者の地域自立生活に取り組む当該地域の事業所、市の地域障害者地域生活支援センター等から当該自治体における障害福祉サービスの現状を聞き取った。「単身のALS患者が地域生活に移行すれば、重度訪問介護等で月400時間以上のサービス支給が決定されるかもしれない。だがどこの事業所もヘルパー不足に悩んでおり、現状の利用者へのローテーションを維持するだけでも精一杯である」との見通しを得た。また、「市内でも区役所によって支給時間の出やすいところと出にくい地域がある。一方で往診医療やボランティア確保の面も重要で、居住地をよく考えた方がよい」との指摘も受けた。
 入院先の療養病床の医療機関のソーシャルワーカーに在宅移行の意向を伝えたところ、医療的なアセスメントをせずに「転院や退院はかまわないが、再入院は現在の入院待機者が優先となるので、いったん病院を出るとベッドの保障はできない」と言われる。他県では障害者の地域生活において事実上の「自薦ヘルパー」を活用している地域があり、こうしたモデルを活用したいとの意向を患者側は伝えたが、障害施策や障害者への事業所に関する人的ネットワークや関心度が低く、積極的に地域生活移行の可能性や手段、制度検討をする姿勢はなかった。次の医療機関か施設への引き継ぎ業務のみ行った。
在宅移行の見通しが立たないなか、神経内科医による診察と現在の症状に対する対処を最優先し、患者Aは以前入院していたB病院の神経内科医の診察を受け、気管切開の上、気道と食道を分離する手術を受けることとした。同医師の紹介で3月に別の入院で2週間入院し気管切開と喉頭全摘手術を受けた。B病院からは、手術後、3か月をめどに退院することを条件に患者Aを引き受けてもよいとの回答を得た。
2007年3月から不動産屋を支援者が回り、賃貸物件を探した。同時期にボランティアやヘルパー候補者探しに着手した。往診する医療機関も退院後の住所地も福祉制度活用の見通しも決まらないまま、B病院への転院と同年8月13日を限度とする在院期限を口頭で約束することとなった。
ここで、なんら地域生活を支える体制づくりに進展がないにもかかわらず、一人で地域生活を開始する日だけが決まってしまうこととなる。また、支援者のなかには専門職はおらず、遠方の首都圏におけるALS介護の先端事例を先に聞いたため、当該地域の医療、福祉関係者との間で摩擦も生じた。当該地域では「自薦ヘルパー」「パーソナルアシスタント」(※1)等の理念は定着しておらず、制度の運用でも自治体間格差が大きいことがわかった。

2007年4月〜(B病院)
患者Aは、療養病床の病院を退院し、気管切開手術のあとB病院に入院した。B病院では6人部屋のリハビリ病棟で、神経内科医が主治医となった。術後経過の管理やむせかえり、嚥下状態のチェック、硬直発作への対応など、診察の頻度があがるとともに医療面では改善が見られた。
この病院では、看護師資格と介護保険ケアマネージャー資格を持つ女性(以下ソーシャルワーカーB)が地域生活移行や退院調整などのソーシャルワークを専従で行っていた。約3か月間で退院してベッドを空けることが病院側から事前に求められており、4月末にソーシャルワーカーBの支援を受け、介護保険の居宅サービス申請を行った。
 患者の在宅移行に際して、24時間の生活を安全かつ快適に過ごせるよう、病院のソーシャルワーカーをはじめ、市障害者地域生活支援センター、自立支援センター、患者会などに照会を行い、在宅時に利用可能な制度の把握につとめた。しかし、このソーシャルワーカーからは介護保険、障害者自立支援法の申請について、急務である支給時間、支給決定の時期、自己負担額について明確な見通しを得ることができなかった。
また、ソーシャルワーカーBは介護保険のケアマネージャーであり、障害者自立支援法における訪問系サービス・事業等の連携や、重度訪問介護制度については活用経験が極めて乏しかった。一方、介護保険サービスの事業所、関連病院、系列の診療所はあり、病院と診療所との連携、神経内科医の往診や訪問看護ステーションからの訪問体制の確保は調整可能だとの回答があった。この時期の福祉事務所の記録には次のようにある。

4月16日 B病院から福祉事務所の障害担当者に架電 「在宅生活となれば介護保険対象者としてのサービス利用が前提となるが、単身生活を計画しているとのことで介護保険の限度額では不足が生じることは明らかで、自立支援法でのサービス利用も併用することになる。支援者に介護保険が優先であることを説明しているが、どこまで理解が得られているか不明」
4月20日 支援者が福祉事務所へ委任状提示の上、自立支援法での介護給付費支給申請書を提出

障害施策を利用しての在宅独居生活を目指す支援者は、独自に地域の障害者地域生活支援センターにアドバイスを求め、障害サービスの決定に要する時間は「2カ月ぐらいだろう」との情報を得ていた。この時期、患者・支援者間では、介護保険での認定とケアプラン作成が先行するとのB病院側の説明を受けて、「自薦ヘルパー」育成と事業所探しとの関係が理解できず混乱が生じていた。
この時期、ソーシャルワーカーBは「介護保険制度が優先で、ケアプランをケアマネージャーが作成する。足りない介護量を障害福祉サービスで補う。市に問い合わせた」と説明していたが、支援者が独自に市の福祉担当者や県外の福祉事務所担当者らに問い合わせたところ、「以前は、ALS患者は介護保険が障害サービスに優先だったが、今春、国から優先関係を見直す通達が出た。柔軟に対応できるはずだ」という返答が得られていた。
 また、介護保険の事業所や当該地域の難病団体連絡協議会から、介護保険のホームヘルパーは痰吸引など医療的ケアを引き受ける事業所が極めて少ないこと、ヘルパーの作業内容も障害者を利用者の中心とする事業所のヘルプ内容に比して極めて硬直的で、ALSの在宅療養のような多岐にわたるニーズに対応しきれないことが示された。
 支援者はソーシャルワーカーBに介護保険の優先関係の新しい通達内容や他都市の事例を検討してほしいと申し入れたが、具体的な進展はなかった。B病院ソーシャルワーカーからは、介護保険制度下でのヘルパー運用上「できない」とされていることが伝えられた。介護保険給付を使いきった不足の需要について、障害者自立支援法の訪問系給付を受けることになるが、当該地域では、患者Aが対象となる重度訪問介護の取り扱いについて以下のような運用をしていた。

▽ 週間の介護計画について、トイレ何分、風呂何分などサービス内容を細かく積み上げて計算し、計画を立てねばならない(見守りやパソコン作業等の時間は算定できない)。
▽ 重度訪問介護においても介助者は何らかの作業をする必要があり、見守りは不許可。
▽ 重度訪問介護において居宅介護の報酬算定「2時間ルール」を適用(サービスの間隔が2時間以上開いていない場合は前後のサービスを合算する)。
▽ 重度訪問介護において、移動加算時間(32時間)以外の外出は認められない。

しかし、これに対し、全身性の障害者らから、「見守り」「外出」など重度訪問介護の解釈が国の通達内容と異なり誤っていると指摘がなされ、この情報も患者および支援者に届いていた。患者Aと支援者は、行政の運用に誤りがありうることや、適用関係など実務の重なりについての障害福祉関係者や当事者団体、病院の説明が食い違うたび、さらに外部の意見を収集することとなり、とくに病院のソーシャルワーカーとの間に信頼関係を構築することが困難になっていった。
患者Aは退院期限まで残り1カ月となる7月になっても、いまだ障害者自立支援法に基づく介護サービス支給量が示されない状況にあった。支給量がなく自薦ヘルパー候補として集まったのは5人の男女にとどまり、時給や労働時間等の見通しをヘルパー候補に示せない状況が続いていた。

2007年6月〜7月 生活保護
 退院に備え、住居地を早期に定める必要があり、敷金礼金計20万円、家賃45000円の賃貸の平屋建ての住居を6月までに契約した。取り壊し予定だった改修可能な物件で、所有者には難病患者の在宅生活への理解があった。住宅を早期に確保することで、患者に外泊を試みてもらい、現在のヘルパー候補者のみで本当に在宅生活が賄えるのかを判断し、入院生活では把握できていない潜在的なケアニーズを浮き彫りにするという目的もあった。他方、入院時から家賃や転居費用が発生することになり、障害基礎年金では日々の暮らしや必要な衛生物資の購入等にも影響する懸念が出たことから、患者は生活保護申請を決意するに至る。
 生活保護申請に関してもB病院との間で齟齬が生じた。 B病院に対して生活保護申請の意向を伝えると、生活保護受給開始により、介護保険2号被保険者ではなくなり、介護保険サービスが使えなくなるがどうするか、という旨の質問があった。そして、「生活保護受給者は、適用関係は障害サービスが介護保険サービスより優先となる。既に介護ケアプランを作成しており事業所や訪問看護との調整、介護保険サービスによる移乗用リフト導入等を行っているので、退院後に即生活保護を申請せず、一日だけでもいいから介護保険優先のプランを行ってほしい」と要請を受けた。即生活保護を申請すると現在のケアプラン調整を破棄せざるを得ないので、退院時に支える公的サービスがなくなるとのことだった。
しかし、これに対し、居住予定地を担当する障害者地域生活支援センターに相談を行うと、優先関係の説明は以下の通りであった。

【生活保護受給者で介護保険2号保険者の優先順位】
#1 障害者自立支援法における自立支援医療(訪問看護・訪問リハビリ・通所リハビリ)
#2 障害者自立支援法における訪問入浴
#3 介護保険における介護サービス(財源は生活保護の介護扶助)
#4 障害者自立支援法における介護給付
#5 生活保護の他人介護料加算
介護保険に関しては介護扶助によって賄われる制度が存在するということであり、支援者はB病院の説明にさらに不信感を抱く。
また、B病院からは、生活保護によって、介護保険に対して障害者施策(障害者自立支援法)が優先されることで、「訪問入浴が介護保険なら週2回組めるが、障害サービスになると週1回しかできない」という事態が生ずる、という説明があった。しかし、この説明についても、制度的にそうした制約はなく、当該地域の障害福祉系事業所で訪問入浴サービスを提供しているところが少ないことに起因する事実上の制約でしかないこと、その場合には代替案を考えていくことになるので、生活保護を受けたから使えない制度があるということではない、という説明を別のところから得られていた。
患者側としては、生活保護申請によって同等のサービスが受けられるかどうか、自己負担や生計への影響、再調整に要する時間で退院時期がどうなるかによって、生活や支援体制の構築が大きく左右される。この時期、申請から3か月が経過しているにもかかわらず障害福祉サービスの支給量は「非定型で審査会にかけねばならない」との理由で決定されておらず、B病院側から「退院時には間に合わないかもしれない」との見通しが伝えられたため不安が増す事態となった。
これまでの経過を勘案し、同ソーシャルワーカーの交渉や調整に任せると事態が打開できないとの考えから、ケアプランの作成や福祉行政等との交渉を、B病院ソーシャルワーカーから市障害者地域生活支援センターに移管した。
なお、B病院がケアプランの調整をしていた段階で、支援者の独自のネットワークで自薦ヘルパーを雇用登録する障害福祉の事業所(NPO)は確保されていた。ヘルパー候補者は、当該地域で同時期、重度訪問介護事業従事者講習の場がなかったこと、また神経難病に適合した講習内容を希望したことから、東京のNPOで「進化する介護」の20時間研修を修了し、重度訪問介護従事の資格を得た。
退院期限まで一か月を切る状況にあって、患者Aは家賃負担が発生したことと、退院後の新生活準備にかかる出費により、貯金が10万円を下回るにあった。本人の外出は吸引問題により病院から著しく制限されており、介護タクシー費用も高額なため、支援者が新たな住居地を所管する福祉事務所へ窮状を訴えるために出向いた。
 福祉事務所の生活保護担当者からは、「まだ居住していないため管轄外である。入院中は死ぬような生活の窮乏にないから保護申請しても却下されるだけで、無駄である。他に困っている人はいる」等と言われ、申請は受理されず相談扱いとされた。他人介護料や生活保護から使える住宅改修制度の説明、車いす使用者の住宅扶助額の1.3倍加算などは回答が得られなかった。
 8月13日からは預貯金もない状況で在宅移行せざるをえないと説明したが、いつからどういう形で生活保護を利用できるのか、入院時には見通しを得ることができなかった。また申請を受け付けてもらえなかったため、訪問調査等も実施されなかった。

退院と支給決定
退院日が一週間後に迫った段階で、福祉事務所から障害福祉サービス支給量決定、介護保険による居宅サービス、ケアプランが示された。またこれを受けてヘルパー事業所、訪問看護ステーション、B病院主治医、ケアマネージャー、理学療法士、支援者3名が出席し、在宅移行に向けたケアカンファレンスが開催された。
ヘルパー候補者5名は、B病院において、看護師から痰吸引の指導講習を受けた。食事の注意について15分程度引き継ぎを受けた。また日中の半日程度、居住予定の賃貸物件で過ごし、ヘルパー候補者のみでケアを試す「試験滞在」を実施した。こうした講習、試験滞在は退院日直前であったため、課題について理解や習熟を深めたり、ケアプランに反映させる機会はなかった。

在宅移行後
ヘルパー5名はいずれもALS患者の在宅ケアの経験がなかったことから、24時間体制で医療度の高い他人介護に大きな不安があった。また問題点やケア技術をヘルパー候補者間で共有する必要、環境の激変に伴う患者の体調不良や緊急時の医療機関への対応にも実際に経験しないと分からないといった点が予想された。
こうした課題に対処するため、支援者らはヘルパー5人で一日24時間のローテーションを考えるにあたり、移行直後は実質二人体制とするほか、支援者らが重なって在宅することでリスクを軽減する必要があった。5人で一か月744時間の見守りとケアを続けるには無理が伴い、20時間を超す連続勤務も発生した。
 生活保護は、在宅移行の翌日に申請することにB病院の要望によって決まった。これに伴うメリットは不明確であった反面、移乗用のリフト設置費などで1割の自己負担が発生した。生活保護申請日に遡及して介護保険と障害福祉施策の適用関係が逆転するのであれば、生活保護の決定を見越したプランだけを作成すればよいが、生活保護法が制度上、先を見越した保護開始決定がされず、一カ月後には無駄になるようなプランと介護給付の見直しの実務が発生することになる。実際の給付時間と生活保護が9月に支給決定されてからの見直し経過は次の通りであった。

サービス支給量については、市は基準(重度訪問介護について、障害程度区分が区分6の者は、月224時間と定めている。国が定める国庫負担基準における重度訪問介護対象者の平均160時間の1.4倍としている)を定める一方、市は、具体的なサービス支給量の決定に当たって、介護等に必要となる時間数を積み上げて算定することとしている。
支給決定にかかる重度訪問介護の支給量については、本市の標準的な支給量の基準である月224時間を超え、月589時間(支給決定時は別途、介護保険から居宅サービス62時間の支給が予定されていた)となることから、審査会での意見を聴取のうえ、支給決定を行っている。申請時の8月14日に遡及して生活保護の受給が開始されたことに伴い、福祉サービスの支給についても、同日に遡及して変更が行われた。(月651時間への変更)

3−2 在宅移行に伴う困難とその主要因
以上の経緯を踏まえて、あらためて、在宅に移行するためにクリアすることが求められた個別課題を図にまとめておく。

在宅移行後の問題
ヘルパー・24時間供給できる訪問ヘルプ事業所
・たん吸引などの医療的ケア
住居・障害に対応した居住空間
・収入が障害年金のみ
在宅医療・往診体制
・訪問看護等の連携
単身生活

ヘルパーの確保
第一の、そして最大の課題は、在宅を支えるヘルパーの確保だった。
病院で退院や転院を担当するソーシャルワーカーは、家族介護によらない重症患者の在宅移行に対して非協力的であった。また、患者会への相談、障害者の自立生活センター、市の障害者地域生活支援センター等への相談から、市内では患者Aを引き受ける訪問系事業所の資源が極めて厳しいとの見通しを得た。夜間を含めた長時間派遣可能なヘルパーや、痰吸引等ALS患者への医療的ケアに消極的な事業所が多いとの指摘があった。
これに対して本ケースでは、友人や知人の輪を通じて支援者を募り、友人に重度訪問介護が可能な重度訪問介護に従事しうる資格を取得し、患者Aのケアニーズや透明文字盤を通じた意思疎通に入院期間中のボランティア介助を通じて習熟を図ることで、地域のヘルパー不足のため事実上の「自薦ヘルパー」方式によって対処するほかなかった。
 そのため、痰の吸引など医療的ケアやケア技術について看護師らに指導を依頼するなどし、指導を受ける場を探した。患者Aは一日24時間の見守りが欠かせないため、在宅生活を支えるのに最低限必要なヘルパーの人数について、既に在宅生活を送っているALS患者から経験を問い合わせるとともに、複数の介護事業所に諸制度の活用方法、同市において通常どのくらいの公的介護保障が得られるのかなど見通しを探った。
 
今回の調査対象ケースでは、2007年7月の段階で、ヘルパー候補者は入院中から支援を続けてきた友人など5人(女4、男1)だった。他に中心的な支援者が、個人的に知り合った人たちにヘルパー候補にならないかと声をかけてみたが、退院後にどの程度の介護が保障されるかが不明な状況では、職業として積極的に従事することはできない。

「月給は手取りでいくらぐらいになるのか。社会保険にはあるのか。月にどういうシフトで入ることになるのか。将来的な資格はどうなるのか」(20代男性)
「ローテーションに穴が開かないか心配だが、自分の生活もあって急に夜に入るのは難しい。夜勤続きや連続勤務が続くと体力的に厳しいしケアの上でも不安」(30代女性)

といった当然の反応に対して、支給量やヘルパーの人数によるので、支援者も答えることができず、「最初はボランティアで」では人が集まらなかった。
また、ヘルパー候補者の中には「命がかかっているから不安」など、患者の医療度の高さによる不安や、食事介助やセンサー取り付け手順などの煩雑さや責任の大きさから、在宅移行後に単独で介助することへの不安も聞かれた。最終的には、個人的関係性を軸にして最小限の人数で在宅移行を敢行することになる。重度訪問介護のヘルパーを確保するにあたり、本研究では、ALS患者家族からのピアカウンセリングを1月から2月に受けた。
以下の図にまとめたように、ヘルパー確保に問題が生じた主要因は、ニーズ審査制度と期間にある。在宅移行時期に間に合わなかったため、上述したように、事前に在宅移行した際にケアを提供するヘルパーが足らず、連続20時間勤務という過酷な状況を生じさせた。これは、病状に合致した標準的な公的ホームヘルプの支給量が早期に保障され、かつ試験外泊で現実に近いケアニーズが考慮されていれば、労働条件等の呈示につながり、ヘルパーの確保につながり、空白期間の不安は解消された公算が高い。

病院が設定した退院期限 8月13日
介護保険・4月下旬申請
・6月下旬決定 介護度5
障害福祉・4月下旬申請→8月上旬決定 障害程度区分6
・2005年手帳取得 四肢・体幹機能障害1級
生活保護・7月福祉事務所訪問 入院中申請を拒否
・9月上旬支給決定→他人介護料は支給されず

病院側は3カ月をめどに退院を迫るが、福祉制度の認定に時間がかかり、間に合わない

弊害
・単身者は在宅移行時に空白期間が生じる
・福祉サービス量が決まらないとヘルパーが集められない
・入院時には在宅生活のニーズが把握できない

居住地の確保
 第二の課題は、住居地の確保であった。
単身の入院患者が住居を確保するとしても、賃貸物件探しや現地での確認、不動産仲介業者との契約行為に病院の外出許可が必要なことから困難を伴う。
まず、在宅移行計画を始めて以降、外出をする際には、たん吸引のために友人のつてを辿って看護師資格のある友人に付き添ってもらい、介護タクシーを利用する必要があった。たん吸引器は貸与を受ける方法も判らず、ソーシャルワーカーも障害福祉の事業所に対する知識や連携の経験を有していなかった。また患者の意思決定、外部との交渉に際して、患者が家族によらずに生活と在宅移行を進めていたが、入転院にかかる諸手続きや病院の治療、外出の手続きなど、透明文字盤を通じて患者本人が意思表示をしているにも関わらず、家族の同意を書面に求められ、家族の同意サインがなければ認めないケースがしばしば繰り返された。
患者本人の意思決定の書面化についても、家族がいない場合には大きな支障があった。四肢機能がほぼ全廃して書記能力を喪失しているが五感や判断能力になんら問題が生じていないALS患者であり、病院関係者が面前で本人同意を確認しているにも関わらず、「代筆」を家族以外に当初は認められず、家族から委任状を支援者が取るなどの方法をとらざるを得なかった。
入院患者Aにとって、月々の障害年金を支給されているにも関わらず、入院生活の上の必要では従来金銭出納を家族らが代行せざるをえず、金銭管理を自分で行わない入院生活が長期に渡って継続していた。ALSを4年前に発症して以来、寝たきりに症状は進行し、従前の社会生活での経験に照らしても、最重度の障害者となった自己の退院後の月々の生活費の需要がまったく見通せない環境に置かれていた。
 月々の障害年金支給額は約8万円であったが、在宅移行後の食費や光熱費、介護保険制度利用に伴う自己負担額などが推定できないため、住居を探すにあたって、できるだけ低家賃の賃貸物件とする必要があった。
調査対象地区では、月額4万円までの賃貸物件で、車いすの移動と移乗、介護ベッドを置き荷重に耐えられ、ヘルパー複数が十分に作業しうる面積を確保できる物件を探すのは困難を極めた。ALS患者へ往診を引き受ける可能性のある医療機関との距離なども考慮しつつ、ALS患者の地域療養生活に対する知識のない支援者だけが不動産業者等をあたっても、はかばかしい物件はなかった。また公営住宅への入居は、呼吸不全など症状の急速な進行から在宅移行を急ぐ状況から検討外とした。
コミュニケーションに支障があるALS患者にとって、在宅の場所を確保するのは困難を極めた。不動産業者を支援者が当たっても、入居希望者が無職の重度障害者であり24時間の他人介護があることを伝えると難色を示される例が多かった。また身体障害に対しては介護保険、障害福祉サービス、自治体独自制度等でバリアフリー化の支援策がるが、改修可能性のある低家賃の賃貸住宅の条件に適合する物件は乏しかった。また、この制度は介護保険も含め在宅生活を既に送っている患者らのニーズを充足することや、転居の際には利用可能であっても、住宅が未定の場合には使えない制度である。退院を見越した新規の住宅確保時のニーズにはバリアフリー化や敷金・礼金、保証人の問題があるが、いずれの制度も活用することができなかった。
また患者自身が4年近い長期入院のため、日当たりや周辺環境等へのニーズが高いこと等、物件を探す支援者も含めて相当程度に進行したALS患者の在宅生活において、どのような居住環境が適当なのか具体的なイメージを持ちえていなかった。
そこで支援グループでは、商店街の空き店舗や伝統的な日本家屋等、利用されていない建築物の再生と福祉活動を結び付けることで、地域活性化や都市景観保全事業に取り組むNPO等のネットワークを深め、ALS患者の在宅独居移行の意義に理解ある地域資源を探り、支援者ネットワークと住宅事情の好条件が重なり、在宅移行の2か月前に居宅をかろうじて確保できた。この経緯と課題を図にまとめると次のようになる。

外出の壁:常時たん吸引が必要なため、病院が外出許可を出さない
家賃の壁:収入が障害年金のみ 在宅移行時の必要経費が入院時に把握できない
居住環境の壁:全介助と車いす移乗に対応した空間 24時間ヘルパーが出入りすることへの家主の拒否感
契約行為の壁:本人意思は清明であるにもかかわらず、署名できないことを理由に契約拒否

地域医療体制の確保
第三の課題は、地域医療体制の確保だった。
ALS患者にとって、ALSの病名告知、呼吸筋の低下による呼吸不全に伴い、人工呼吸器の装着をするかどうかの選択が重圧となり、大きな心理的不安、過酷な心理状態に置かれるとされる。患者Aも夕食後や夜間にむせかえりが頻発していたことから、喫緊の問題として在宅療養生活移行前に、現在の症状に対する進行性の難治神経疾患に対する十分な知識と臨床経験を持った神経内科医の診断を受け、対処の方法と、在宅移行後は受けづらくなることも予想される治療を早期に受けることを希望した。また療養病床においては夜間等も看護配置が薄く、不安からくる痙攣硬直発作や、在宅移行に向けた適切な栄養管理指導、リハビリ等に対するニーズもあった。
 一方、ALS患者を受けいれる病院が乏しいことは発症以来転院を余儀なくされてきた患者Aには十分自覚されており、病院側から「いったん退院すると、再び入院できるとしても順番は後回しになる」との意向を伝えられてもいた。患者にとって転院で環境を変え、自己の症状や必要なケア、意思疎通手段をまったく知らない看護師ばかりの病院への転院は大きなストレスであり、現在のベッドを確保するために病院側の対応やケアに不満や問題点があっても、訴えにくい環境下に置かれていた。
 病院と在宅医療を担う診療所の往診体制については、当該地域の医師会も病診連携体制の構築に着手したばかりであり、訪問看護やレスパイト入院で難病を支えるネットワーク化は図られていない現状にあった。当該地域の行政の難病支援センターは1カ所設置されているものの、特定疾患で利用しうる医療費の減免などの制度説明が主で、医師のあっせんや往診体制の構築など具体的なソーシャルワークは人的体制上からも行えない現状にあった。
 当該地域のALS患者団体の調査★(日本ALS協会近畿ブロック会報51号、p. 49「重度ALS患者のケアマネジメント事例の検討」豊浦保子)の事例報告では、2006年-07年まで1年間に合計7回のレスパイト入院、入所を行った在宅人工呼吸療法のALS患者の場合、病院4カ所×6回(一回平均18日間) 身体障害者療護施設1回(3日間)を利用したとされている。この患者は次回の入院から差額ベッド代を徴収すると告げられ、ケアについて苦情を言うと次の入院入所は断られた。費用負担のない病院、家族が付き添わなくてもいい病院は探しても見つからなかった。国立病院機構の呼吸器病棟の入院予約は20数人の待機者がおり、何年後になるか不明とのことだった。


支援者はALS患者の支援をする東京のNPOの人脈をたどるなどして神経内科医をあたり、最優先の課題として入院している病院以外の神経内科医への受診を目指した。
 当該地域の難病相談・支援センターに対するヒアリング並びに同センターが開業医1330人を対象に実施した神経難病(特定疾患)に関するアンケート調査によると、往診を実施している医療機関は43%あったが、今後は神経難病患者の往診を引き受けないとした回答が50%にのぼり、理由は、@経験が少ない、A急変時の受け入れ先がない、B専門病院で在宅療養における対応が十分に話し合われていない、という回答が目立った。症例検討会の実施率は35%で、レスパイト先の入院確保があるのは56%にとどまっていた。

制度解釈のズレ
第四に、諸専門職間で制度解釈にズレがあり、そのため支援者が支援方針を確定できなかった点がある。
難病患者が利用できる医療福祉制度としては、医療保険、介護保険、障害者自立支援法、難病対策事業がある。これらは、疾患や年齢によって適用される制度が異なる。特定疾患に該当する疾患では、小児慢性特定疾患治療研究事業や特定疾患治療研究事業による医療費の公費負担、そして障害者自立支援法(65歳未満)、介護保険(65歳以上)に基づくサービスを受けられる。介護保険制度、障害者自立支援法、医療などの適用関係を病院ソーシャルワーカーにとっても難しく、新たに出された適用関係の通達の把握はさらに困難である。以下の図にまとめたような諸制度間の相関関係と問題点を正確に把握し、支援体制をコーディネートできる機関・業務の担い手は存在しなかった。


生活保護
・捕捉性の原則
・保護開始されると国保適用外により、制度適用関係が変更される
・介護扶助は障害サービスが介護保険サービスに優先
・他人介護料の扱い

介護保険
・介護保険が障害福祉サービスに優先する適用関係があるが、2007年3月に「一律に介護給付を優先としない」との通達

障害サービス
介護保険のサービスを使い切らないと障害サービスを受けられないため、障害施策の長時間のサービスが利用できず、自己負担1割も発生する

特定疾病
・40歳−64歳のALS患者
・特定疾病で2月被保険者に該当 介護保険制度が障害福祉サービスに優先する

生活保護


これに関連して、生活保護行政の対応にも不備があった。長期療養から在宅生活に移行するALSおよび類似の重度障害者の生活には、現在の状況では、諸制度と諸社会慣行によって無保障期間が生ずる。本来、生活保護は、これを埋める制度として設定されているが、その利用可能性は現状では諸地域の行政の裁量に委ねられてしまっている。
 生活保護法においては、補足性の原則により、利用可能な他の制度があれば、できるだけ他制度の活用を優先するように規定されている。しかし他方で、「即応の原則」により、健康で文化的な最低生活が脅かされる事態を回避するため、即応することが定められている。生活保護法は申請から2週間以内に受給するか否かを決定するよう定めているが、該当の地域の市では、概ね申請から1カ月後の決定となる例が多い。また生活保護法は、障害者が家族以外のものを介助者とするため直接費用を援助する「他人介護料」の制度を設けている。他人介護料の当該自治体の運用については後述するが、障害認定審査会で必要な需要を判断し、必要量を満たしているとの理由で、事実上運用をしていない。
 回復の見込みがない長期在院の重度障害者の退院日は、病院側の経営上の事由により決定され、患者側は拒むのが難しい現況にある。その期間は診療報酬の算定上、概ね3カ月から半年での転院を迫られる。一方、介護保険の申請から一次判定、認定に要する期間と、重度包括対象者のような非定型の障害ヘルプサービスの支給申請に対して、3カ月以上の時間を要することがある。ゆえに退院直後から、公的なサービスが未だ決定されないまま、退院をして支給決定を待たざるを得ない空白期間が生じうる。
 家族がいない重度包括対象の難病患者の場合、支給決定が間に合わないと再度の入院を行うか、不安定なボランティア労働に頼らざるをえない。また、自立支援法に基づく重度訪問介護の支給量決定は、長期入院患者の在宅移行モデルでは病院時の介助状況から推察するしかなく、多様な日常行為を伴う地域生活に比して、低く見積もられる傾向にある。
こうした観点からも、生活上の困窮に即応する最後のセフティネットである生活保護制度、特に他人介護料は、他制度の空白を補完し健康で文化的な最低生活を支えるものとして重要な役割を果たす。患者Aの場合、退院直後は介護保険と障害福祉の居宅サービスを合算しても、月651時間分、一日当たり19時間分の支給がなされた。ケアプランでは、在宅生活の実際に照らして明らかに不合理な夜間にヘルパーが誰もいない時間が1時間ずつ、細切れで計4時間存在した。
 他人介護料は、家族以外の介護人を雇用する生活に困窮した障害者への制度で、現物給付ではなく現金給付で機動性に富むため、応急の介護人を確保する上で意義ある制度である。一般基準の他人介護料6万9720円(昭和38年4月1日厚生省告示第158号別表第1第2章−4障害者加算(5))、あるいは、特別基準の他人介護料10万4590円(昭和38年4月1日社発第246号厚生省社会局長通知第6−2−(2)エ障害者加算(オ))は保護開始当初から支給されるべきだったと言えるだろう。にもかかわらず、当該地域の自治体は他人介護料をまったく支給しなかった 。(※2)
 図に、これら制度運用に関わる諸問題をまとめる。

生活保護介護保険重度訪問介護
入院時の申請不受理介護プラン作成在宅のニーズ積み上げで支給時間数を決定
申請から決定まで1カ月介護事業所は医療的ケアに消極的定型的な支給量を超える場合、審査に時間がかかる
他人介護料(現金給付)

入院時の支給決定は、退院直後のケア支給量の不足リスクを回避できない
単身の重度包括対象者の場合、生存にかかわる空白時間をなくすため、生活保護の即応の原則が重要だが機能していない

包括的なサービス支給は、社会的入院の解消にも有効

4 結論・まとめ
単身のALS患者で、長期入院しており相当程度に進行した患者が在宅移行する場合、現行の制度ならび医療機関、自治体の運用では以下のような問題点がある。

1 喀痰吸引行為やコミュニケーションの壁により、外出が著しく制限され、在宅生活者に比して十分な制度に関する情報が供給されず、交渉や契約行為が行えない。
2 ALSは中途障害であり、長期入院すると患者自身が重度障害者として地域生活を送ることがどのようなことなのかイメージすることができない。これに伴い、ヘルパーやケアプランを作成する専門職も在宅生活に即したニーズ把握ができない
3 介護保険が重度訪問介護等の障害施策より優先する適用関係にあるが、パーソナルアシスタントを育成する在宅支援モデルの適用に差し支える。また介護保険ベースの事業所の訪問サービス運用は、ALSのニーズに合致しないのみならず、諸サービスや事業所間の調整でも介護保険制度のケアマネジメントモデルでの退院調整が機能しにくい。
4 病院が患者の平均在院日数の短縮を急ぐ中で、介護認定、障害認定のプロセスに時間がかかりすぎ、退院に間に合わずに空白が生じる。
5 これを補い最低生活を保障すべき生活保護制度が、入院患者の申請を受け付けない。

これらの問題点を解消するための方策は、図の上段に示した連携体制が存在することである。

望ましい単身のALS患者の住宅移行支援

現在の患者
公的サービスのメドが立たないまま、ボランティア覚悟のヘルパー候補を探さなくてはならない
病院
・申請受理・標準支給時間呈示
→中間施設:
・在宅時のケアニーズ把握・患者の地域生活体験
→病院:
・在宅医療との調整
・レスパレイト
・試験外泊を反映した支給量決定
在宅:
・安心できる暮らし
・包括的なサービス提供


重度包括のアプローチの有効性
本研究で明らかにしたように、ALS長期入院患者の在宅移行には、ヘルパー候補/パーソナルアシスタントが、在院中に吸引や身体介護、栄養管理など在宅生活に即した手技を取得しておくことが望ましい。完全看護通知の壁で吸引手技などを家族以外に教えることに消極的であった。ただ逆説的なことに、病院側が完全看護をうたいながら付添者に文字盤による意思疎通や食事介助、夜間ナースコールと接続する感知式センサー設置などケアの大きな部分を支援者に委ねていたことが、患者に適したケア技法の開発と継承に役立った面がある。
 社会的入院を強いられているALS患者の独居生活移行には、在宅生活のイメージ形成と、その人に適合したケア技術を医療と福祉で共有する中間施設的なものの存在は有効だろう。
また入院患者の様子から机上の介護保険ケアプランを組むのではなく、最重度障害者の地域生活の多様なニーズを見越した包括払いの仕組みがあれば、退院までに余裕を持って退院後の生活設計をすることにも資する。これがヘルパーやボランティアの確保、持続可能なローテンションの構築にも役立つ可能性がある。
 国内で唯一の障害者が直接行政から現金給付を受け介護者を雇う仕組みである他人介護料の制度が、障害者自立支援法の施行後、自治体によっては極めて狭く解釈され事実上機能していない例を踏まえると、重度障害者の日々のニーズに変化に即応できる重度包括支援制度に対する期待は大きいといえる。

参考資料
厚労省通達
(2)65歳以上の障害者が要介護又は要支援状態となった場合(40歳以上65歳未満の者の場合は、その要介護又は要支援状態の原因である身体上又は精神上の障害が加齢に伴って生ずる心身上の変化に起因する特定疾病によって生じた場合。以下「特定疾病による場合」という。)には、要介護又は要支援認定を受け、介護保険から介護保険法に定める保険給付を受けることができる。その際、障害者施策と介護保険とで共通する在宅介護サービスについては、介護保険から保険給付を受けることとなるので、支給された介護給付と重複する障害者施策で実施されている在宅介護サービスについては、原則として提供することを要しない。また、障害者に対する在宅介護サービスの適切な提供を行う上で、当該障害者の要介護状態等の把握を行うことが必要となるので、65歳以上(特定疾病による場合は40歳以上65歳未満)の障害者が、在宅介護サービスを利用しようとする場合は、介護保険法に基づく要介護認定等申請を行うよう、周知徹底を図られたい。

(1)ホ−ムヘルプサービス(訪問介護)
 [1]適用・給付関係について
  ホームヘルプサービスについては、介護保険と共通するサービスであるので、65歳以上(特定疾病による場合は40歳以上65歳未満)の障害者が要介護又は要支援の状態となった場合は、要介護認定等を受け、原則として、介護保険の保険給付としてサービスを受けることとなる。
  ただし、ガイドヘルプサービスについては、介護保険の保険給付にはないサービスなので、1.(3)において述べたとおり、引き続き障害者施策から受けることとなる。
 なお、ホームヘルプサービスにおいては、介護保険法の保険給付に比べてより濃密なサービスが必要であると認められる全身性障害者(両上肢、両下肢のいずれにも障害が認められる肢体不自由1級の者及びこれと同等のサービスが必要であると市町村が認める者)については、社会生活の継続性を確保する観点から、介護保険では対応できない部分について、引き続き障害者施策から必要なサービスを提供することができることとする。なお、本措置については、[1]介護保険の1週間当たりの訪問通所サービス区分の支給限度基準額まで介護保険のサービスを受ける場合であって、かつ、[2]介護保険の訪問介護(ホームヘルプサービス)を、[1]の基準額のおおむね5割以上利用する場合に対象とするものとする
要介護認定を受け非該当とされた人以外(要支援者、要介護者)は原則として訪問看護も介護保険優先で医療保険の訪問看護は使えない。例外として、末期がん、厚生労働大臣が定める疾病等(多発性硬化症、重症筋無力症、スモン、筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症、ハンチトン舞踏病、進行性筋ジストロフィー症、パーキンソン病、シャイ・ドレガー症候群、クロイツフェルト・ヤコブ病、後天性免疫不全症候群、頚椎損傷、人工呼吸器を使用している状態)、急性増悪期の訪問看護は介護保険のサービスの対象を外れ、医療保険から訪問看護を受けることになる。

ALSなど厚生労働省の定める16特定疾病患に限っては、40歳以上から第2号被保険者として、介護保険によるサービスを優先するよう、 2002年に厚労省が出した通達(注1)が規定している (旧通知)。だが2007年3月の通知(注2)障害者自立支援法第7条の規定及び「障害者自立支援法に基づく自立支援給付と介護保険制度との適用関係等について (平成19年3月28日 障企発第0328002号・障障発第0328002号厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部企画課長、障害福祉課長連名通知)は、訪問入浴等で障害サービスを優先可能とし、介護保険の限度額の過半数を訪問介護に使わなくてはいけないなどの規制を撤廃するなどの変更がなされた。当該の市では、厚労省の通達から1カ月と日が浅かったため、現場への優先関係の変更の周知がいまだ浸透していない状況にあった。



※1 当事者の自立生活をささえるヘルパーは長時間滞在し、個別のニーズにしたがって介助を行う。障害者自立支援法の中でも、重度訪問介護サービスは、見守りや夜間の泊まり介護も含む長時間滞在型サービスを実現するために作られた。自立支援法以前の障害者施策支援費制度の日常生活支援(その前身は全身性障害者等介護人派遣事業)を踏襲し、高齢者を対象とした介護保険法による訪問介護とは、理念もサービスの内容も大きく異なっている。また、ヘルパーは障害当事者のパーソナルアシスタントとして、個別のニーズに応じて、日常生活や社会参加に必要な介助をおこなう。介護保険では禁止されている外出時の同行や、見守りも提供できるため、障害当事者にとってはもっとも使い勝手がよい制度とされる。障害者の自立生活におけるヘルパーの役割とはまさに、当事者の個別のニーズに応える介助を行うパーソナルアシスタントのことである。
※2 他都市では、身体障害1級手帳所持の障害者が生活保護を申請時、福祉事務所でケースワーカーが他人介護料制度の存在を伝え、積極的に併給されている例がある。

*作成:
UP: 200900807
全文掲載  ◇目次  ◇川口 有美子  ◇ALS  ◇ケア  ◇障害者自立支援法  ◇NPO法人さくら会
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