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「3-1-3 遺伝性がんの遺伝子検査とカウンセリング」

玉井 真理子・中澤 英之・阿部 史子 19970901 『遺伝医療と倫理』(バイオエシックス資料集 第1集)
信州大学医療技術短期大学部心理学研究室

last update: 20131126

◆3-1-3

遺伝性がんの遺伝子検査とカウンセリング

Barbara Bowles Biesecker, Judy E. Garber 1995 Testing and Counseling Adults for Heritable Cancer Risk, Journal of the National Cancer Institute Monographs 17:115-118

がんの遺伝子検査についてのワークショップが1994年4月にワシントンD.C.で開か れた。6つの勧告文は、そこでの話し合いの中から、遺伝サービス(遺伝子検査お よび遺伝カウンセリング)に関わる者が参考にするべき要素をまとめたものである。 上記論文中に引用され解説されている部分(pp.115-116)の全訳。

勧告(Recommendations)

1)「リスク」や「可能性」といった遺伝学の基礎概念だけでなく、「がんの罹患 性」という特有の概念についても、一般の人(the public)に対して教育をする努力 が必要である。

 検査を受けるかどうかという決断をするためには遺伝学に関する知識が不可欠で ある、という認識が広まりつつある。遺伝子検査を受けるかどうかの決断をする場 合も、遺伝学についてより多く教育を受けた人の方が、遺伝子検査からわかる発が んリスクの情報には限界があることを十分把握できたり、また遺伝情報が潜在的に どのように利用あるいは悪用されうるものなのかについて理解することができるの で、教育はその心構えを十分にするといえる。遺伝サービスを利用するようになる 消費者も、予め遺伝子について十分わかっていた方が、検査の時に自発性や自主性 の重大さをしっかり認識しながら決断することができるだろう。また、すべてのハ イリスクの人にとって、発症前検査が役に立つものあるいは受けた方が望ましいも のであるとは必ずしも言えない。消費者側が遺伝学について教育を予め受けていれ ば、広告の文句にただのせられて検査を受けてしまったり、検査の潜在的な悪影響 を正しく理解せず検査を受けてしまうことはあまり起きないだろう。
 被験者の科学知識が不十分である場合は大きな困難が伴う。さらにまた、数字の 誤解はしばしば起きることで、リスク要因などの数字の場合はなおさらである。数 学のよくできる人物でさえ、リスクのことになると合理的な判断ができなくなると いう調査もある。人間は、リスクを見るとき、それが自分に降りかかる重荷である という主観的な捉え方をする。よって、がんの遺伝子検査の分野で、換算遺伝子浸 透度(reduced penetrance)の不確実さについて人々に教育すること、そして罹患性 の抽象的概念を人々に教育することは、どちらも疑いなくやりがいのあることであ ると認識すべきである。

2)政策決定者および行政担当者は、健康保険制度の全国的な見直しをはかりつつ、 その枠組みの中

      [資料集p.58]

で、遺伝サービス、特にがん体質の検査およびカウンセリングという遺伝サービス を、とらえ直すべきである。

 全般的に見て遺伝カウンセリングサービスが公正に行われていない現在の状況を 考えると、今後遺伝性がんのリスク検査およびそのカウンセリングを提供する際、 ケアへのアクセスのよさが大変重要な問題であることがわかる。患者は複数の専門 家による医療チームから、教育、カウンセリング、医療的管理などの面からケアを 受けられるようにするべきである。社会の構成員全員が、検査とカウンセリングを 受けられるだけではなく、リスクの管理に必要な医療を利用できなければならず、 高価なサーベイランスや高額の治療方法にも、それが必要であれば手が届くように しなければならない。

3)遺伝学、腫瘍内科、腫瘍外科、プライマリーケアなどで現在活躍している専門 家であっても、さらなる訓練を積む必要があり、遺伝子検査に関する適切な情報を 提供したり、がんリスクについて適切な遺伝カウンセリングを行えるよう備えなけ ればならない。

 遺伝性がんの体質検査について勉強する必要があるが、その必要性すらわかって いない医療者も多い。医師が遺伝学や遺伝子検査についてわかっているかというと、 検査に携わっている専門医(例えば小児科医や産科医)であれば、知識も豊富だが、 しかし研修医になると、遺伝子検査、遺伝学教育、遺伝カウンセリングなどの要求 が腫瘍学の分野でますます増えているにもかかわらず、それらについてあまり知っ ていない。医学教育および看護教育の中に遺伝学の視点を採り入れ、カリキュラム 全体の見直しをはかるという効果的な方法を探る努力がもっと必要となるであろう。
 最終的には、NIH(National Health Institute)コンセンサス会議のようなメ カニズムを通じて、遺伝子検査およびがんリスクについてのカウンセリングの臨床 用のガイドラインを開発しなければならない。例えば、ハンチントン病やリフラウ メニ症候群の場合も、発症前検査のガイドラインを作ったことが臨床基準を作るの に役立った。どちらのガイドラインの場合も、その作成過程において、消費者側と 医療者側から、ハイリスクの人達のために最善を尽くそうという大勢の参加があっ た。

4)検査計画およびカウンセリング計画の改良や評価の過程に消費者側の人を加え るべきである。

 ハンチントン病の検査と、p53やその他疾患遺伝子の検査について、ガイドライ ンの作成、配布、実行といった過程に消費者が参加することは非常に重要である。 教育教材や決断に必要な資料の作成(development)に、消費者がそれらを利用する 立場から参加することによって、ハイリスクの家族が直面している問題をバランス よくもりこむことができる。アメリカ乳がん協会もその声明の中で、まだ答えるこ とのできない疑問が残っていることを理由に、遺伝子検査を用いて乳がん体質を調 べることは時期早尚であると警告している。
 また、遺伝性がんの家族のためにピアサポートの制度を取り入れることが提案さ れた。ちなみに提

      [資料集p.59]

案したのは会議に参加していた消費者である。現在、リフラウメニ症候群のサポー ト団体、デイナ・ファーバーがん研究所(Dana-Farber Cancer Institute)と、フォ ンヒッペルリンダウ病(Von Hippel-Lindau disease)のサポート団体(VHL家族 連合)、そして家族性大腸がんのサポート団体(ジョンズホプキンス大学)が存在 する。これらのサポート団体があるということは、ハイリスク家族の人にとって、 支援が遺伝子検査を受ける以前から必要であるという証拠でもある。遺伝性の乳が ん、卵巣がん、大腸がんの家族から、遺伝病サポートグループ連合(The Alliance of Gnetic Support Groups)に寄せられる問い合わせの件数も増加している。この 傾向を考えると、このようなサポートグループが近い将来の内にますます増えるだ ろうことは当然予想できることである。そしてまた消費者も検査後のサポートに当 然参加するだろうから、消費者がそのサービスについて理解し、サービス開発の役 割の一端を担うことが重要なのである。

5)がん罹患性を調べるDNA検査について実施基準を作るべきである。

 がんのDNA解析の大半は小規模の研究施設で行われており、患者に伝えられる 検査結果はこれらの研究を臨床応用したものだと言える。臨床面および経済面から 遺伝子検査を実用化せよという強い圧力があるだけに、検査基準の作成と実施が必 要なのである。しかし実験室レベルの検査を臨床の場に応用するのは面倒な作業で あるから、これらの基準の作成と実施には困難が伴うと予想される。
 検査基準には検査の正確さおよび研究所での検査の実行についての規定を盛り込 む必要があるが、それだけでなく検査結果の解釈についても触れられていなければ ならない。さらに検査規定に責任を持つ監督機関(アメリカでは厚生省食品医薬品 局や健康保険財務局など)も基準作成の過程に加わるべきであろう。また現行の連 邦法によると、研究所が研究結果を被験者に伝える場合には、その研究所はCLI Aの認定を受けている必要がある。

6)検査およびカウンセリングプログラムの開発に携わる者は以下の項目について 考慮する必要がある。

a)患者が十分な説明(社会的・心理的リスクおよび利益についての説明)を受けた 上で同意をするかしないかを決めることが非常に大切であり、そして遺伝子検査に おける決断を本人の意志で決めることも重要である。そのためにも罹患性検査を遺 伝カウンセリングの枠組みの中で行うことが必要である。

b)各疾病ごとに(あるいは各がん遺伝子ごとに、またはがんの各分類ごとに)、個 別の検査手順を定めることが可能でなければならない。発がんリスクのある臓器が 様々であれば、発症の年齢にも幅があり、各発がん性遺伝子によってがんリスクへ の対処方法も異なってくる。すなわち検査やカウンセリングプログラムは一様には ならないということである。

      [資料集p.60]

c)遺伝性がんの発がんリスク検査について話し合いをする際、遺伝以外のリスク要 因についても触れることが大切である。環境要因や、リプロダクションの要因、あ るいはその他の要因が、遺伝要因とどのように相互作用して罹患率を上げるのかに ついてはほとんど知られていない。それだけに、発がん遺伝子部位に突然変異が見 つからなかった個人に対して、発がんの恐れがまったくないと言うべきではない。

d)遺伝子検査の手続きにはいる前に、身体所見をとってがんがすでに存在するかど うかを確認することが望ましい。発症前検査と診断のための検査とを混同するべき ではない。がんの遺伝子検査はがんを探す検査ではないからである。将来がんにな るかどうかという検査を受けている人が抱える心理的問題と、今がんがあるかどう かを検査で調べている人が抱える心理的問題とは、明らかに異なっていることも理 解しなければならない。ハンチントン病の発症前検査のガイドラインがよい例であ るが、その中にも検査に先立って徹底した神経検査が必要であると記されている。

e)がん体質の検査やそのカウンセリングプログラムに参加すること自体に、心理社 会面・感情面への強い影響力が潜んでいることを認識しなければならない。検査に 先立って心理的検査を行い、適切な教育方針およびカウンセリング方針を作ること が大切である。またその検査は、検査を延期したい(あるいはまれに中止したい) という何らかの意思表示をする機会になるという意味でも大切である。これによっ てパターナリズムを助長するつもりはないが、患者が自分の置かれた状況を十分理 解するためにも患者の心理的評価が重要であり、さらに患者が人生のスランプに陥 っているときは特にそれが大事であると主張したいのである。またまれにであるが、 患者が感情的に非常に不安定な状態にあり、検査結果を開示する前に正式な臨床カ ウンセリングを行って心理的な評価をした方がよい場合がある。また臨床的に鬱状 態にあったり極度の不安状態にある場合には、検査を延期するべきである。検査が 感情に与える影響を調べる際、心理テストを利用すれば価値あるデータを集める機 会も増えるであろう。

f)同じ地域に住んでいないが、それぞれ自分の住む地元で検査とカウンセリングを 受けたいと考えている家族のために、ケアと情報の両面で協力体制が必要である。

検査およびカウンセリングの要素(Elements of Testing and Counseling Programs)

 下記のリストは、これで必要なことがすべて網羅されているとは思わないが、検 査およびカウンセリング計画の開発の際に重要となる論点を箇条書きにしたもので ある。またここでは、検査前教育およびカウンセリング、リスクを開示する時のカ ウンセリング、そしてその後のフォローのカウンセリングとの3回のカウンセリン グを想定してある。検査に参加した人が、必要な支援を受けつつも自己の意思に基 づいて決断を下し、さらに後で振り返ってみて納得のいく決断ができたと思えるよ うな

      [資料集p.61]

カウンセリングをしたい。しかし何回のカウンセリングをすればこの目的がかなう のか、またこの目的に必要な最良かつ最低限の回数が何回であるか、などについて は現在行われている以上にさらなる研究が必要であろう。

・検査前の教育およびカウンセリング
  包括的なインフォームドコンセント(書面および口頭)
  保険加入資格について
  守秘義務が解除される可能性について
  与えられる情報の限界について(検査の限界、(遺伝子)浸透度の限界、選択 肢の限界)
  医療的観察(サーベイランス)と予防方法についてのまとめ
  参加意志と検査への期待の評価
  カウンセリングおよび医療的治療行為にかかわる金銭的問題について
  家族や医療専門家が検査を受ける方向に圧力をかけていないかについて

・リスク開示時のカウンセリング
  開示時に同伴者あるいは本人を支えてくれる人の同席をすすめること
  開示情報の限界について確認すること
  開示に二の足を踏む気持ちあるいは開示に対する不安をはっきりさせること
  プライバシーの保護について
  検査結果開示の準備について
  危機に陥ったときの支援について
  医療管理の選択肢について

・フォローアップカウンセリング
  質問または心配事について電話で話ができる体制
  医療者側担当者の継続性
  秘密が守られていることを確認
  DNAバンクについて
  新たな情報がわかった場合再度連絡を取る義務の履行について
  心理カウンセリングを継続して行う体制
  ピアサポートグループの紹介
      [資料集p.62]



*作成:小川 浩史
REV: 20131126
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