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優生思想?・3

新書2のための連載・03

立岩 真也 2020/08/31 『eS』

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 この文章は、2020年中には出したいと思っていた本・2の草稿として準備を始めたものです。
 『介助の仕事』のための連載と異なり、順不同で書いていきます。今のところ、以下に記す取材時の記録を切り貼りしているだけのものです。だんだんと整理し、かたちを作っていきます。
 ここにおく註と文献表は、新書では大幅に減らされます、というよりなくすと思います。紙の新書をご購入いただいた方に有料で提供する電子書籍版には収録しようと思います。
 2021年の刊行になりました。7月には刊行していただきます。『eS』に連載?した文章(というか、方々で話したものの記録の抜粋)はそのままでは使えないので、大幅に書き直し書き足すます。〈Webちくま〉での連載をお願いしようと思っています。

◆立岩 真也 2021 『(本・2)』,ちくま新書,筑摩書房


優生学優生思想
優生学優生思想関連文献



○ここで一つ思い出したことがあって。さっき助産師の仕事をしてるって人がいたので思い出したんですけど。ちょうど松本にいた時に、この話はたぶんね、専攻科、つまりこれから助産師になろうっていう人の何とか、家族社会学だったっけな、なんかそんな科目があったんですよ。で、その時にお話ししたような気がしますね。でもこの話はさすがに脱線しすぎな気がするんですが、しましょうかね。
○あとで、さっき言ったわれわれのホームページの「中」を検索してください、すると、『助産婦の戦後』っていう本★があります。これは大林道子さんっていう人が書いた本で、もとはと言えば…、彼女はカリフォルニアですね、さっき言ったその西海岸の大学院にちょっと行ってた時期があったらしくて、そん時に日本の助産師の話を聞かれて何も答えられなくて、だめだなと思って日本に帰ってきたと。それでその助産師の戦後史を調べ始めて、っていう歴史らしいんですよ。僕はお会いしたことはないんですけれども、著書3冊ぐらいあって、『看護教育』って雑誌で紹介したことがあるんですよ★。
大林 道子 19890420 『助産婦の戦後』,勁草書房,医療・福祉シリーズ30,330+5p. ISBN: 4326798637 2580→3570 [amazon][kinokuniya]
★立岩 真也 2001/08/25 「『助産婦の戦後』とその後――大林道子の本」(医療と社会ブックガイド・8),『看護教育』2000-8(医学書院)
○で、僕はあんまり人の書いたものをほめない人なんですけど。いや、いい本だったらほめますけど、いい本があんまりないのでね。あんまりほめない人なんですけれども、『助産婦の戦後』はほめてます。今日せっかく大学院なんてとこに来て、看護とか助産とかそういうことについてちょっと勉強しようって人は知っといていい本だと思います。まだ出てると思います。勁草書房っていう本を絶版にしない出版社から出ているので。すぐ本を絶版にしてしまう岩波書店とかは違って、あると思います。見てください。それは日本の助産師の戦後の話なんですけど、どうしようかな、この話すると30分ぐらいかかるんだよね。でもしましょうかね。たぶん今日僕が話す気になんなきゃ一生みなさん聞かなかった話だし、知らない話だと思うんで、します。[02:09:38]
○その大林さんの『助産婦の戦後』にアメリカの話がちょろっと出てくるんですよ。それはですね、アメリカの助産師というか助産っていうものが、いかにして医者たちのコントロールのもとにおかれるようになったかっていう話なんです。これはタネも仕掛けもあってですね。助産っていうのはミッドワイフ(midwife)って言いますよね。ミッド(mid)って、子どもと母親を仲介するっていうような意味なのかな。ミッドって真ん中のっていう。で、ワイフ(wife)って、ミッドワイフっていいますけども。そういう人たちっていうのは、いわゆるその男性中心の医者、医療っていうシステムとはもともと別にあったっていうか、そういう性格のものらしいんですよね。アメリカ合衆国というか北米においてもそんな感じだったと。ところがですね、そのミッドワイフというのは産むのを助ける仕事であると同時に、中絶を助けるというか、に関わるような職業だったんです。それで…、ああ、だんだん思い出してきました。それでですね、じゃあそれは何がさっきの話と関係あるかっていうと、こういう話なんですよ。
○要するに、もともといる、そして自分たちは立派だ、偉いとも賢いとも思っている人たちと、それからあとからやってくるアジア人であるとか、南ヨーロッパであるとか、スラブ系であるとか、そういう「出来の悪いやつら」がどんどん入ってきて、アメリカにね、「わがアメリカ」にどんどん入ってきて、そいつらの人口の割合が増えていくと、どんどん出来が悪くなっていくと。で、優秀な自分たちの地位が脅かされるかもしれないと。そういうようなことをワスプ(WASP)って言いますよね。ホワイト・アングロサクソン(White Anglo-Saxon)・プロテスタントですけれども、そのワスプの連中が危惧を感じる。そういう時にどういうふうに言うかっていうと、「ああいう出来の悪いやつらは生殖率がいい」と、「子どもをやたらにたくさん産む」と、ね。
○入ってくる人数だけじゃなくて、やって来てから増えてしまうと。ていうことによって自分たちが脅かされる、そういうことを懸念するわけです。そん時に、中絶をする仕事に就くミッドワイフですよね、産婆さん、助産師っていう連中が中絶に関わってしまうがために、優秀な自分たちの子孫っていうのが残されないと。というか割合が減っていくと。ていうことで、そういうヤミ、ヤミっていうか、だから勝手に自分たちで資格を作ったんで、資格を作ると同時にヤミになるんですけれども、これは日本でも起こったことですけどね。
○要するにアメリカのワスプの連中が、産婆さん、中絶する人でもある産婆さんを疎んじ、敵視しだしたと。そういうことがあって、資格を作り、医師のもとに助産ってものをコントロールするというかたちで中絶を制限する。そのことによってワスプの人口の割合が減ることを防ぐ。そういうことをしたっていうんですよ。その話が大林さんの本に書いてあって、へえって思ったんですよね。実はそういう意味で、その北米というかアメリカでできた、医師のもとに管理される、統率される、制御される助産というモデルっていうのが、今度は日本の戦後に入ってくるんです、GHQといっしょに。ほんで日本の産婆さんたち、日本助産婦協会はそれに抵抗するんだが、看護協会のほうはGHQのほうについて、みたいな。そういうちょっと生臭い話があって。それを調べて書いたのが『助産婦の戦後』なんですよ。これは名著です。あんま人の本をほめない私は、この本はほめることにしてるんです。
○何年前の本だろ。ずいぶん前の本ですよ。それは日本助産婦協会の1940年代にそうした活動に関わった人たちに、いちいち電話帳を調べてね、それでインタビューして、それで書いた本なんですよ。当然それが30年前とかですから、あの本の中に出てくる助産師さんたちは、おそらく一人も現在生きておられない。
○この頃よくうちの大学院生に言うんですけど、人の話ってものはね、そういう聞ける時にしか聞けないんだと。研究ってものはそういう時を逃さず、できるだけ逃さないようにがんばって、追っかけて調べることを調べなきゃ、みたいなことを言うんですけど、それを本当にリアルに最初に思ったのは、その大林さんの『助産婦の戦後』かなあと思います。[02:16:53]


○さて、よけいなって言えばよけいな話をしましたが、いやいや、ちゃんとした話なんです、これはね。実は優生思想のメインストリームの話なんですけれども。ちょっと「へえー」っていうか、なんか傍流っていうか、そんな話をあえて今日はしました。こういう話をしようと思って、看護の学生にしようと思って、その話を、ちょっとアンバランスなんだけど『私的所有論』ていうタイトル見た時に、そんな話なんか書いてあるって誰も思わない本の第6章に入れたのは、そういうこともあったんですよね。で、ちなみにそれの話の続きとして、第9章っていうのが出生前診断の話になってるっていう、そういう仕掛けなんです。
 で、そうだなあ。もっと普通の優生学の歴史っていうのを知りたければ、優生学っていう、われわれのホームページのコーナーにありますけれども、『優生学と人間社会』ていうのが新書、講談社現代新書で出ていて★。それは今回、副学長で忙しいっつうんで、俺だって忙しいわいと思ってるんですが、この講義ことわった松原洋子さん、その他何人かの人が、日本だけじゃないですね、日本の話を松原さんがしてるってことか、そういう本が出ているので。スタンダードな本としてはそうしたものを見てくれればいいと思います。[02:18:49]
米本 昌平松原 洋子ぬで島 次郎市野川 容孝 20000720 『優生学と人間社会――生命科学の世紀はどこへ向かうのか』,講談社現代新書,286p.


 この話の続きがあるかっていうと、もちろんあるんですけれども、それは安くなった『私的所有論』って本の中に書いてはあります。ただですね、一応だんだん40分ね、まとめというか次に繋げようとするとですね、一つ、実は戦後、この優生思想ってものが悪いものだって本当に思われてた時期がどれほどあるだろう?っていうのが、けっこう僕はあやしくて★。優生保護法って法律が1947年48年っていうかたちでできますけど、あれ作る時はみんな、いいもんだと思ってたはずですよ。ほぼほとんどの人が。で、それが50年以上続くわけでしょ。それがようやくなくなって母体保護法って法律になるんですけど、少なくともそれをやってた間そんなに悪いものだと、誰もとは言いませんけれども、あまり思われてなかったと思うんですよね。でそれが、「いや、やばいでしょ」っていうような人たちもいて。ていうあたりも、この50年間ぐらいっていうのがどんなふうに動いてきたのかっていうのは、それはそれでおもしろいんですけれども、やめときます。で、この数年日本で起こってることについては、われわれのサイトの中で「優生〜母体保護法・不妊手術 2020」っていうページから行けば、2019年のことも18年のこともわかるようになります。
『私的所有論  第2版』表紙
○ちなみに、不妊手術を強制的に受けさせられて、それで嫌だっていうか、それを規定していた法律が一応なくなって…、ちなみにそのなくなったことには世論ってあまり関係なくて、僕の知人なんですけども、安積遊歩(あさかゆうほ)ってのがいてね、これもホームページで検索すれば出てきます。僕より4つ上で、骨形成不全で、身長107センチかな、109センチかで、年とったんでもっと縮んでるかもしれませんが、女性で、安積ってのがいるんですよ。安積ってのはね、「安い」って書いて「積む」って書くんですよ。安積疏水ってのどうやら福島にあるらしいんですけど、その関係らしい、関係あるのかもしれません。「あづみ」じゃなくて「あさか」ゆうほっていうのがいて。それが北京の、女性の問題を、集中的にっていうか国際的に議論するような会議に出て行って、「私たちの国にはお恥ずかしいことに強制的な不妊手術を正当化する法律がいまだにございます、あります」と、ていうような話を吹聴してきて、宣伝してきてですね。それで「え?」みたいなことになって。「え?」ってほどなのかな。実はその、じゃそれは日本が本当にそんなに特異かっていうと、そうでもなくて。さっきアメリカにも1970年代までそういう法律がある、あったとこがあったって言いましたし、それから北欧でもあったんですけれども。とにかくそれで国際世論っていうかそういうものに負けてっていうか押されてって、というより気にして、優生保護法がなくなったって経緯があるんですが。


 とにかく優生保護法がなくなって母体保護法になって、でそれで、それを機会にというか…、「実は私も不妊手術を受けさせられた」っていう話を、知ってる人は知ってたんですよ。もう20年ぐらい前です。それで、それを社会的に問題にしなきゃいけないっていうことを言ってたんです。それには学者っていうか研究者も一定関わりました。さっき言った、新書で優生思想のことを松原洋子さんたちと一緒に書いた市野川容孝っていう、それも僕の古い知り合いで、今東大の教員やってますが、彼なんかもそういう民間の団体っていうかな、国の責任を問題にしなきゃいけないと、この問題を社会的に明らかにしなきゃいけないと、責任を追及しなきゃいけないっていう活動はずっとやってきたんです、10何年やってきたんですよ★。ただ、それをやっぱり本人的に言いたくないじゃないですか。知らないって人もいます。「なぜか子どもが産めないんだけど、なんでだかわかんなかった」っていうね。わけわかんないままやられてっていう人もいれば、「わかってんだけれども、そういうことは言いたくない」って、もちろん当然言いたくないですよね。っていうことの中で、言う人が現れなかったっていうことの中で10何年の時が経ち。
優生手術に対する謝罪を求める会
優生手術に対する謝罪を求める会 編 20030910 『優生保護法が犯した罪――子どもをもつことを奪われた人々の証言』,現代書館,274p.
優生手術に対する謝罪を求める会 編 20180228 『優生保護法が犯した罪――子どもをもつことを奪われた人々の証言 増補新装版』,現代書館,326p.
○「うーん、どうにもなんないね。なかなか難しいね」って話をその市野川とかとしていた。それが、2017年ですけれども、仙台にですね、自分のこと言ってもいいと、言ってもいいっていうか、それで裁判に持ってってもいいっていう方が現れて、僕その人と話(はなし)したことありますけども。で裁判になって。そうすると、マスメディアってそういうもので、あまり責める気にはなれないんですけれども、一変というか、メディア、新聞社であるとか、テレビであるとか、そうしたものが取り上げるようになって。それで全国にぽつぽつと、九州も関西も、そういう裁判に訴えるっていうかな、そういう人たちが出てきて。いわゆる救済に関わる法律ができたり、裁判が進むというようなことが起こったのが、まだ始まって3年4年ですよ。で、しばらくはわりとメディアのワールドでも、京都新聞なんかはかなり熱心にやってくれましたけれども、メディアが報道したり、それから裁判が行なわれたりしたんですけれども。[02:26:54]
○どうなんだろ? この話って、たとえば看護の教育を3年4年受けて、今大学にいる人たちってのはどの程度…、たぶん全然知らないってことはないと思うんだよね。どのぐらい知ってるんだろな?っていうようなことは思ったりします。いや、うちの大学院なんかに来る医療とか特に関係ない人、まるっきり知らないんじゃないかなって思うので、話すようにしてるんですけども。そういうことがあります。


 それでですね、この話あとしばらくしてやめますが。で、それどういう問題か、あるいは何を問題にされたかって言えば、一番わかりやすいのは2つですね。とんでも科学というか、えせ科学というか疑似科学というかによって迷惑をこうむった人たちがたくさんいたっていう。間違いであったと。間違いをもとに出来事があったということ。それからもう一つは、無理矢理やらされたっていうこと。大きく言えばこの2つだと思います。
 で今、損害賠償であるとか…、でも損害賠償っつってもね、お金がうんぬんってわけでもないんですよ。要するに民事裁判ってのはそういうふうにしか争えないので。民事の場合はね。国賠、国家賠償にしても賠償ってことになる。だからってことになる。とにかくその裁判に訴える時に、同意なく、いわゆるインフォームド・コンセントってやつですよね、同意なく、無理矢理、強制的にさせられたと。そのことに対して、それを問題にするというのが一つと。もう一つは、嘘をもとにとんでもないことをさせられたということと、二通りなわけです。[02:29:10]
 で、嘘のほうからいけば、今回のコロナのこともどこまで嘘がっていうのが、今後のことも含めて流通するかってことなんですが、その話は専門家というか知ってる人に任せますけれども。、たとえばその人種、たとえばその日本人、中国人、韓国人、黄色いやつらは白人よりずっと劣るっていう話であるとか。あとは、特にアメリカなんかの場合典型的なのはブラックですよね。あ、イエローもそう、イエローも。赤い、レッドもそうですけれども、そういう人たちってのは人種的に劣るっていうような類の話。それからユダヤ人がっていうような話。ていうのは、いわば、言えば根も葉もない嘘というか、であったと。
 ただ、根も葉もない嘘だっていうところは実は微妙で、70年代になっても80年代になっても、かなり有力な生物学者であるとか、心理学者、教育学者が「いや、差はあるんだ」ってことを言い、でもそれが議論になったってことはあります。
 でその話も僕の『私的所有論』では第7章に、IQ論争ですね、「黒人のIQは白人より低いのか?」論争みたいな話なんですけれども、そういうことを取り上げたりしています。だから前半の難しいややこしい話を飛ばしても、僕は学生たちに…、前半の話も本当は難しい話じゃないんですけれどもね、6章と7章の一部だけしか話しませんでしたけれども。第6章の第4節と、第7章のIQ論争みたいな話はした記憶があります。だから嘘は嘘なんですよ。で、嘘にもとづいて散々なことがされたってのも事実なので、嘘をついちゃいけませんと。嘘にもとづいてやっちゃいけませんっていうのは、それはその通りなんですよ。[02:31:29]
 しかしですね、問題は、ややこしいのは、「嘘じゃなかったらどうするか」っていう話なんです。で、嘘じゃない部分もあるわけです。これね、今日講談社のサイトに出ている私の連載の第3回ってところにちょろっと出てきます★。どういう話かっていうとコロナの話で、医療の、病院勤めの人であるとか、福祉施設に勤めてる人であるとかっいうのが差別されて、子どもが学童に行けないとか、学校に行けないとか、タクシーに乗れないとか、そういうことが起こっているわけだ。起こってきたわけだ。その話に実際ちょっと触れてるんですけどね。僕のところの大学院生も実は、年齢層はこちらの大学院の年齢層よりもだいぶ上かなと、窪田先生をはじめですね、かなと思うんですが、看護の学生、意外といっぱいいるんですよ。意外とっていうか、十分にいっぱいいるんですよ。いすぎるほどいっぱいいるんですけど、いや、そんなことはない、いすぎるってことはないです。いるんですが、今、東京とかでバイトしながら、けっこうコロナでばたばたっていう看護師の院生とかの話聞いたりして、「ああ大変だな」って思うんですけれども。ま、それはそれでちょっとおいといて。医療者、医療に関わる、あるいは障害、ま、感染者、感染のおそれが高い、実際感染してる人もいる、そういうところにいる人たちが差別されてるってことはある。これとさっきの優生学の話と何の関係があるかというと、関係があるんですよ。つまりその人たちがその根も葉もない偏見、流言飛語、フェイクニュース、そういったものによって、単なる嘘にもとづいて差別されているかっていうと、そうでもないわけ。そうとも限らないわけですよ。つまり実際に感染者が出たり、なんやかんやっていう。あるいはリスクが少なくとも一般人より高い職場に勤めている、勤めざるをえない、そういう仕事に就いてる人たちっていうのは、そのリスク、確率っていう意味で言えば、高いっちゃ高いわけですわ。そういう意味で言うと、根も葉もない話ではないと。「根も葉もあったら差別していいのか?」っていう…。「いけない」と言いたいけれども、「じゃあできるのか?」って話なんですよ。これなかなか難しい話です。しちゃいけないんだ、基本はいけないんだって言ってるわけですけれども、私はね。と思ってるわけですけれども、そういうことがある。
★立岩 真也 2020/05/02 「新型コロナの医療現場に、差別なく、敬意をもって人に来てもらう――だいじょうぶ、あまっている・3」,『現代ビジネス』 https://gendai.ismedia.jp/articles/-/72304
○で話を戻すと、たとえば出生前診断の今のターゲットは基本的にダウン症です。21番のトリソミー、染色体の21番が2本じゃなくて3本ある。今の高度なと言われているものじゃなくても、染色体検査で簡単にわかります。それからいろんなやり方がある。それはもう一切パスですけど。そうするとこれは確実にわかる。で、ダウン症で、そういうこと言うとね、ダウン症でも大学に行く人はいるだとかさ、そういう話になるんだけれど。ま実際そうですよ、実際にそういう人はいます。いますけれども、ダウン症になる、トリソミーの人がダウン症になるってことは明らかで。で18番なんかだと、状態としては重度、もっと重度のね。で21番の人でも、多くの人が知的の障害をもつってことは、少なくともダウン症になるってことは100パーセント確実で、そして知的な障害であったり、内臓に障害をもつってことは確率的に非常に高いと。そういうことになるとですね、嘘八百だと、優生学は、優生思想は、っていうふうには言い切れない。言い切れないっていうか言えないわけですよ。ていう時に、じゃあ何をしていいのか、しちゃいけないのかっていう話なんですよ。問題の本体、ボディはね。「嘘こくな」っていうのは、当たり前っちゃ当たり前の話で。ややこしいというか、難しいし本当に考えなきゃいけないことは、嘘じゃない場合にどう考えるかってことです。
○ちなみに、日本の70年代ぐらいの人たちっていうのが「優生思想だめだ」って言った時に言ってたのは、必ずしも「嘘つくな」って話じゃないのね。自分たちは、遺伝ならいいかもしれないけど、たとえばそういうこと言ったの脳性まひの人たちで、脳性まひは基本、遺伝ではないですよ。遺伝ではないけれども、先天性ではあると。遺伝子検査でわかったもんじゃないけれども、でも遺伝子検査でわかるような人たちも含めて、障害をもつ自分たちっていうのを差別すんなっていうことを言う時に、優生思想って言葉を使ったっていうことです。これが一つです。[02:37:30]


○もう一つは、強制って話ですわ。強制的に不妊手術をさせちゃいけないっていうことに関しては、今や多くの人々が、渋々かどうかわかりませんけれども、同意する。ただね、これも本当にみんな同意してるかって言えば、どうかなっていうところがあって。その話もしだすと暗くもなるし、えぐくもなりますけれども。一応だめだってことにしときましょう。だめだっていうふうにみんな思ってるってことにしときましょう。だけれどもですね、たとえば出生前診断っていうのを考えてみると、そうした時に、もちろん強制的な出生前診断、強制的にさせて、んで堕ろさせるっていうか、受精卵の段階であったり胎児の段階であったり、堕ろさせるっていうこともあるわけですけれども、もちろんみなさんご存知のように、今どきの出生前診断、そして選択的中絶、セレクティブ・アボーション(selective abortion)ってものは、ほぼ自発的な、妊婦というかあるいは関係者というかそういう人たちの意思によってなされていると。そういう意味で言えば、少なくともそれを検査を受ける人に対する強制はないって、とりあえず言えるわけじゃないですか。むしろ自己決定によってなされているってことになるわけです。そうした時に、「であれば問題ない」っていうふうに割り切っちゃうって考え方が一つです。
 で、生命倫理学っていう、学問っていうか何て言うんですか、学問でしょうね、バイオエシクス(bioethics)という学問はあって。生命倫理学会って学会もあって、僕も一応会員で。なんか行くたびにげんなりして帰ってくるので、もうやめようかなと思うんですけど、こともあるんですけれども。昨日までに会費を払わないとなんか権利が失われるっていう最終通告が、昨日じゃない一昨日ですね、4月の30日に来て。うーん、しばし考えたうえで会費払いましたけど。そういう学会もあるんです。もちろん学会ですからいろんな考え方の人がいて、だから議論があり、論戦というか論争が起こるわけですけれども。ただそのメインストリームっていうのかなあ。ま、日本はとはあえて言いませんけれども、欧米っていうのもざっくりした言葉になりますが、に関して言えば、日本語で言えば自己決定ですね。それで、英語で言えば、英語で自己決定ってあんまり言わないんだと思うんですよ、実は。ま、セルフ・ディターミネーション(self-determination)っていう言葉は一応あります。だけどこれはね、たとえば民族自決権ってわかります? その民族、ネーション(nation)っていうか、民族民族が、たとえば自分たちのことは自分たちで決められるっていうような話ですよ。植民地支配から独立しようみたいなことが1950年代ぐらいに起こるわけじゃないですか。もっと前からあるけどもね。の時に民族自決権っていうのが標語になった時に、セルフ・ディターミネーションって言葉がありました。セルフ・ディシジョン(self-decision)って言葉もあることはあるんだと思います。ただあんまり、実は使われなくて、オートノミー(autonomy)っていうね、自律っていう、「自ら」を「律する」っていう字があてられることが多いですけど、そういう言葉は多いですけど。
 メインストリームは「いいんちゃう? それで」っていう、「本人がいいって言ってるんだったら」っていう、そういう話ですよ。で、「それでいいのか?」っていうのが、私の長年のテーマです。だから「目に見える強制じゃなく、間違いでもなく、自分で決めるっていうんであれば、みんなOKなのか?」っていう。煎じ詰めれば優生思想の問題ってのはそこに帰着する、ということになるんだろうと思います。


 で、私がその考えてきたのは、出生前診断っていうのは、今言った意味で言えば、少なくとも母親は強制されてはいない、のが普通なわけですよね。じゃあこれどう考えたらいいのか?ってのが第9章ってことになります。[02:43:16]
 これはいつ頃考えたんだったっけな? 1990年代の頭ぐらいに、僕が千葉大にいる頃か、そのちょっと前ぐらいでプータローしてる頃か、学術振興会の研究をしてる頃か、そのへんですね。オーバードクターっていうか、ドクター終わってプラプラ…、プラプラしなかったですけど、忙しくバイトしてましたけど。その頃に江原由美子っていう、フェミニズムに関することをちょっとでも勉強してる人だったら名前ぐらい知っとかなきゃいけない、ただのおばちゃんっていう感じもしなくもない、でも私は好きな、好きっていうか(笑)、いい感じの、ちょっとぼーっとした感じの女性研究者がいるんですけどね。私の大学院の先輩でもありますが。で、江原由美子さんが、『フェミニズムの主張』っていう、フェミニズムに関する、女性とか男性とかそういうことに関して論争的な、つまり「いい」って言う人もいるし「悪い」って言う人もいると、どっちがいいんだかちょっとぐらい考えてもよくわかんない、そういうテーマについて「いい」って言う人と「悪い」って言う人と両方出てきて議論するっていう本のシリーズを作りたい、みたいな、そういうことを言ってたんですよ。
 で、私と江原さんと何かの時に雑談つうか何かしてる時に、そんなことだっていう、本を作るって話が先だったのか、出生前診断とか性の商品化ってのが先だったのか、ちょっと思い出せないんですけど、そういう話があって。そん時に僕「書きます」って言っちゃったんですね。「出生前診断についてちょっと書けると思うんで、書きます」って、80年代の2年とか3…その頃に言って、そん時はたぶんなんか書けるような気がしたんですよ。何も知らないわけじゃなかった、さっきも言ったけど89年ぐらいから看護学の専門学校で授業とかもしてたし、それはどういう技術であるのかとか、どういう人がいいって言ってて、どういう人が反対してるのかってことも一応頭には入っていた。で、書けるかなと思って書いたんですけど、俺がちょっとやっぱえらいことしてね、90年代、92、3、4ぐらい。で、論文も書いたけど、でその江原さんの編集の『フェミニズムの主張』っていう本に載っけてもらった文章書きました★。
★江原 由美子 編 19920530 『フェミニズムの主張』,勁草書房,336p. ISBN:4326651385 2835 [kinokuniya]
立岩 真也 1992/05/30 「出生前診断・選択的中絶をどう考えるか」,江原由美子『フェミニズムの主張』,勁草書房,pp.167-202 65枚
○けどもこれは非常に難儀で、僕はなんか筆が早いっていうか、さっさと字を書く人のように思われていて、そんなことはないんですよ。一日中字を書いているので、ようやく書けてるだけで。早くはないんです、もともと。そん時は本当に遅くって。1日何百字も書けないっていうような感じで、ずいぶん時間がかかってっていうか、大変でした。けれども、書いて。さらに考えて書いたのが『私的所有論』の第9章ということになります。[02:47:04]
○で、出生前診断って言葉は章のタイトルに出てこないですね。「正しい優生学とつきあう」というタイトルになってます。で、ここの章だけでたぶん普通の本だったら、少なくとも新書だったら1冊分ぐらいのサイズがあると思いますけれども、正しい優生学っていうのはさっき言った、乱暴でもなく間違ってもいないそういう優生学があるとしたら、あるんだけれども、それはどう考えられるのかっていう、そういう話ですね。
 で今日、次回の3時間何しゃべるかまだ何にも考えてなくて、その話をあんまりしたくないんですけど、するかもしれませんが、その話の続きはそこでしてます。長いですけど、そんなに間違ったことは書いてないと思うので、読んでいただければ幸いです。
○で、僕は97年に出生前診断のことを書いて「もうこりごりだ」っていうか「もういいわ」、「もう書いたし」と思ってね。で、97年に本が出て、そん時に、どこだったっけなあ、原稿の依頼を受けるようになって。やっぱ本が出て、多少とも読んでいただけるようになって。最初はこの本誰も読める…、僕も含めてですけど、読まれると思ってなかったみたいで。6千円だしね。最初は9千円って言われたんですよ。9千円で本買うやついるかと、いるはずねえだろと思って、とにかく分量減らしたんです。減らして9分の7にして、「じゃ7千円ですよね」って勁草書房に言って。分量っていうかページ数をとにかく減らしたんですよ。ほんで9分の7にして7千円にして、ほんで「本1冊売れたら千円払う」っていう。印税、つまり収入はゼロはもちろんで、そのうえに本が売れたら千円払うっていう契約にして、で6千円にしてもらって、ていう本だったんです(笑)。ほんで蓋開けて、意外とというか読んでいただけて。で僕は献本も含めて200万か、もっとかな、借金から始まったんですけど。ちゃんと借金返せて。ていう本だったんですが(笑)。んなことはいいんですけれども、そういう話のほうがおもしろいんだよね、聞いててね。


 でそんで本多少読んでいただけて、で原稿の依頼が来て。最初の依頼が「出生前診断について書いてください」っていうことでした。『仏教』っていう、今はもうそういう編集方針じゃなくなりましたけど、いろんなテーマをけっこう野心的にやってた時期があって、ほんで「書いてください」って言われて、「もうこりごりだ」と、「もう書いたし」とか思って、ほんで、「前から気にはなっていた安楽死・尊厳死のことについてだったら書きます」っていう、「わかりました」ってことになって、書いたのが98年。その『仏教』っていう雑誌と、それから『現代思想』っていう雑誌と、それから『ヒポクラテス』っていったと思いますけど、医学生向けの医学部受験のための受験雑誌みたいなのが前あったんですよね。それのインタビューみたいなのにたてつづけに答えたのがあります。[02:51:02]★
 で、この安楽死・尊厳死っていうのも、ナチスがやったみたいなやつは、普通は、定義的には安楽死じゃないですよ。ただの人殺しです。それを安楽死って言ったんで、安楽死っていう言葉の評判が悪くなってっていう。だから安楽死って言葉は日本人は、あんまり使わないようにしようっていう話になったっていう、そういう歴史的経緯があるんです。で、日本ではおんなじことをやっても尊厳死って言おうみたいなね、安楽死と尊厳死は違うとか、そういうややこしいっていうかどうでもいい話は私の本にちゃんと書いてあるので、見てください。
 その安楽死、ユーサネイジア。これでようやくこの講義の最初に出てきたユーサネイジアって言葉と繋がりますけれども。ユーサネイジア。あるいは尊厳死ですね、デス・ウィズ・ディグニティ(death with dignity)っていう。その話について『私的所有論』ではあんまり書いてない。書いてないことはないんですけど、書いてない。ていうことで、次はこれかなと。で、結局そういう暗い話をして、それ98年ですから、それでもう20年経ってしまうわけですけれども。時が経ってしまった。でも世の中あんまり変わんないかなっていうか、そんな感じですね。ちなみに、そのユーサネイジア、安楽死も、定義的にはナチがやったみたいな安楽死とは普通、学問的にはというか、呼ばれないものではない、普通っていうか正しい意味でのユーサネイジアっていうのは、他人に指図されず無理強いもされず、自分が決めて自分で死ぬことっていうことになりますから、うん、無理矢理でもなく、そして、あ、たとえばね、こういうこと、間違ったインフォメーションですね、インフォームド・コンセントの前提になるインフォメーションが間違っていて、実は死なないのに死ぬとか、そういう間違った情報にもとづかない自発的な行ないってのが正しい安楽死ってことになりますから、先ほどの条件にかなってるわけです。
 普通は、優生思想っていうのは、生まれる方面なんですよ。英語的にはそうだと思います。生まれる方角ですね、生まれる、産まさせないっていう話なんで、その安楽死、優生思想っていうのは、ちょっと日本独特的なところが若干あるんですけどね。若干ですよ。あるんですけれども、でもその無理強いではない正しいインフォメーションにもとづいた行ないっていう意味で言えば、正しい優生思想というか、にもとづいたとも言えるし、ということになる。そして、その生命倫理学、バイオエシクスの、多数決とるっていうもんでもないですから、どのぐらいの人が、ってことになるってわかりませんけれども、メインストリーム、大きな勢力っていうのは「いいんじゃないの?」っていう、そういうことですよ。オートノミーっていうのが旗印っていうかな。


○で私はじゃあどう思ってるかっていうと、出生前診断のことは第9章に書き、それから98年以降、安楽死・尊厳死について書き。さっき言った98年、99年、2000年あたりの文章は、『弱くある自由へ』という本が、2000年、ちょうど20年前に出たんですけれども、そこの最初の3章、1章2章3章がその話です。つまりその当時書いたものを再録したものになっています。よろしかったら読んでください。初版はなくなっていて、第2版を同じ青土社から出版していただきましたので、今は新版、増補新版になってますけど読むことができます。
 基本的に私の考えはその20年変わっていません。同じふうに思っていますし、それで間違っていないと思っています。ですが、だから2000年で終わったはずなんだけど、なんでだろう、2007年、2008年かな、『良い死』っていう本と『唯の生』っていう本を筑摩書房から出てるんですけれども、2冊書き。2012年に『生死の語り行い』っていう本を、これは有馬斉さんっていう今、横浜市立大学の医学部で生命倫理の教員をしている有馬斉さん、一時期われわれの研究所の専門研究員をしてくださった方ですが、と共著で書いています。これは実は生命倫理学会っていう大会、学会の大会を2012年に立命館大学で行なったことがあり、私はその時の大会長でして、その時に「ちょっとお前ら知ってんのか?」みたいなこの話について、日本であってきたことを学者たちがどのぐらい知ってるのかおおいに疑問だったので、大会に合わせて出版してもらった、っていう本でもあります。
 それから、その2っていうの、実は誰も知らないんですけど、たぶんまだ3冊ぐらいしか売れてないと思うんですが、違うかな、5冊ぐらい売れたかな、10冊ぐらい売れたかな、わかりませんけれども、『生死の語り行い・2』っていうのが、これは電子書籍オンリーっていうかたちで、つまり紙の本はないってかたちで、実はひそかに数年前に出しております。ひそかにっていうか、おおいに宣伝してるんですけど全然売れない。ずそれはですね、「いいんじゃないの」ってこと言ってる人いっぱいいるわけです。「ちゃんと説明すれば」とか、「みんなと話し合えば」とかね、「ちゃんと書面に残せば」とか、「チームで相談すれば」とか、いっぱいあるわけですよ。そういうことを言ってる人とか、言うにいたった人とか、もっと前にサナトロジー(thanatology)っていうね、死生学か、というもののあたりの始まりの話です。そういういろんな本がいっぱい山ほどあるんですけれども、それを僕は88年の立川高等看護学院のアルバイト以来、なんか集めてるわけですよ。趣味が悪いなと思いながら集めてきて、でそれを並べて、こういう本があるってのを紹介した本です。[02:58:36]
立岩真也『良い死』表紙   立岩真也『唯の生』表紙   立岩真也・有馬斉『生死の語り行い・1』表紙   立岩真也『生死の語り行い・2――私の良い死を見つめる本 etc.』表紙

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 で、さあ2000年で終わってもよかった話を2007年2008年でなんでしてきたのかっていうのはですね、一つは2004年から2005年にかけて。その時は安楽死とは言わなかったですね。とにかく印象が悪いと、誤解されるということで、日本安楽死協会っての昔あったんですが、その安楽死協会もしばらく安楽死協会でやってきたんだが、名称変更して日本尊厳死協会っていうふうになって、今にいたるわけです。ちなみに日本尊厳死協会はけっこう繁盛しておりまして。うーん、ちょっと頭打ちかな。このままずっと増えるのかな、と思ってたんですけど、ちょっと頭打ちで、ピークより少し会員数が減ってるかもしれません。ていうような感じなんですけれども、それでも会員数10万人ぐらいはいるのかな。そういう団体がずっと日本でも、日本でというか日本でもというか、認めてちょうだい、法律を作ってちょうだいっていう、そういうことをやり。でその、


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