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「詐病」

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last update: 20240419

このページは中井 良平が自身の研究のために(も)情報の収集を行います。
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■本頁の目次

■当事者の語り
■「詐病」にまつわる言説の日本における変遷
■翻訳書における「詐病」

■当事者の語り

◆PNESと診断された自分へ/埼玉県/男性/30代/本人 20200917 「「本物と偽物?」PNESと診断された自分へ(「てんかん」あなたの体験談 ―#隣のアライさん(2020年9月放送))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/30/?page=8
この特設サイト投稿で色々な立場の方の声を目にして、自分と同じ悩み葛藤があるんだなと、少しホッとした自分がいる。 てんかんとの付き合いは約15年。タイプは「真性てんかん(強直間代)と心因性非てんかん(PNES)の混合です。」真性では何度も救急搬送され挿管、脳波異常も認められる。一方、PNESはメンタル(ストレスなど)が誘発するそうで、バイタルや脳波に特段異常なく「偽発作」と診断され搬送先の医師から、「メンタルの方だから精神科で診てもらって」と相手にされない時もありました。神経内科や精神科を歩き回り、今のかかりつけ医に出会うまで約8年ついやした。 色々なタイプの発作がありますが、PNESも知って欲しい。 […] 
◆ダイちゃん/男性/40代/患者本人 20200915 「発作が起きなくなった場合に被る不利益(「てんかん」あなたの体験談 ―#隣のアライさん(2020年9月放送))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/30/?page=8
全て私が経験したことです。 ・発作が起きないと障害基礎年金支給を停止される 手術から半年しか経ってないのに、「もう発作が起きないと思われるので支給停止します」と年金事務所から言われました(それから7年余り発作はありません)。支給停止を機に就労活動し、障害者枠で雇用されました。 ・詐病を疑われる 発作が丸一年以上無いと、「本当にてんかんなのか」と疑われることがあります。手術が成功したり、発作が起きる要因(寝不足、昼夜逆転など)を避けた生活をしていれば、何年も起きない人がざらにいます。 ・障害者手帳の更新も一苦労 発作がずっと起きていない=服薬が不要=障害者に相当しないと判断され、障害者手帳を失う可能性がつきまとっています。障害者枠で就労していることを考慮してもらい、最低限の薬を処方してもらっています。
◆みぃ/神奈川県/女性/50代/看護師 妻 20190114 「線維筋痛症 慢性疼痛 腎不全(“見た目にわかりづらい” 難病 仕事・恋愛・結婚についてのお悩み・体験談-チエノバ(2019年2月7日放送))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/16/?page=18
医療現場で看護師として働いて32年、以前なら人の夜勤の代わりに出たりするのも平気だったのが、今は欠勤太郎と名前がつくくらい。腎不全が持病にあったので、だるさや疲れ、発熱などは腎不全からだとおもっていました。年々体が言うこと聞かなくなり、 欠勤、ズル休み、役に立たないとか言われ、更年期でみんなたどるから甘えてるとか医療現場の方から冷たい目で見られてしまいます。 休んでいづらくなって退職、転職の繰り返し、自分を責めました。 2年前から普段の生活すら、身体をおこすことができなくなり寝返りのたびに激痛が。痛みのクリニックで脳脊髄液減少もやっているから線維筋痛症だと思う、そういわれて色々と診察しましたが、線維筋痛症はみれない。これはちがう。精神的だと言われ、やっと痛みにたいして治療と診断から障害2級です。それでも詐病扱いされます。
◆ハートフルたろうさん/東京都/30代/障害の当事者 20171002 「対話をする場(若者のこころの病について語り合いましょう 番組ディレクター)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/55/5.html
現在、統合失調症と診断されて10年ほど経ちました。  […]  病気について知りたいと思ってインターネットを見ると書き込まれている内容は様々で、医師や製薬会社が病気を潜在化させているというものや本人の怠けだというもの、障害の当事者同士でなのか不明でしたが相手を詐病でないかなどと言っているものもありました。  […] 精神医療に科学的な完璧さはないでしょうが、治療していこうという方向で進めることが正しい道だと思っています。  […] 今の精神医療は、医師の診断の責任も患者の申告の責任も問われないので、様々な立場で私欲の利用ができてしまう状態だと思います。(経済的苦境を他の福祉制度でフォローできない問題もあるかと思いますが) 番組で医師同士で討論したり、病気の経緯と今の診断を投稿してもらって他の医師からみてどう思うかなど、対立する意見が冷静に話される場所があればと思います。 多数決で正しさを決めたり誰が悪いかを決めたいわけではなく、医師も患者も誠実な人が尊重されてほしいです。
◆宮原拓海さん/東京都/20代/子ども 20170601 「みんなの為にも死にたい(発達障害プロジェクト カキコミ板に寄せられた声)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/46/38.html
適応障害と身体表現性障害(今で言う変換性/転換性障害?)、ADDの診断を受けている自閉ボーダー当事者です。 四肢の脱力の発作が頻発するのですが、発作さえ起きなければ健常者とほぼ変わらない仕事ができる状態なせいで、家族からは怠け者の穀潰しと言われ着替えと入浴の制限を受けています。発達は治らないから通院も金の無駄だということで、半年前から病院に通うことすら許されていません。  […]  母とは顔を合わせる度に喧嘩をしてしまい、母の言い分に反論するとお前の記憶は全て自分の都合のいい捏造だと怒られ、早く家を出て行けと言われます。働いて家を出るために病院に行きたいと言うと、お前が手帳の申請をしなかったのが悪いと言われるのですが、今の状態は病院で書類を書いてもらった当時とは大きく異なるのでよくないと言うと、障害者様気取りだと罵られます。 主症状である身体表現性障害の克服法をネットで調べても、同じ症状に悩まされている方の体験談は見つからず、年金目的の診断書だとか、ドクターショッピングだとか、詐病だとか言われている記事ばかりが目につき、周りのためにも一刻も早く死にたいという気持ちばかりが強くなっています。 人間として生きることを認められるためにも、治療を受けるためにも、働ける脳がほしいです。それを取り戻せないのなら社会の為にも死ぬことを許してほしいです。 死なない限り周りに迷惑をかけ続け、生きていても何も利益を生み出せない役立たずのゴミなので、今はただ、運良く障害の影響で心肺機能が止まってくれるか、その他の要因で突然死できることを祈るだけの毎日です。
◆まことさん/埼玉県/30代/妻 20170525 「リアリティのある「支援」を(発達障害プロジェクト カキコミ板に寄せられた声)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/46/42.html
ADHD・自閉スペクトラム障害と診断され、現在ストラテラ等の投薬治療を行っています。 生活において、やはり何よりも必要だと感じるのは、周囲の理解でも認知でもなく「お金」です。 発達障害の公的支援(障害年金)がある事を今年に入ってから知り、申請をしました。日本は資本主義です、誰が何と言おうが、綺麗事を並べようが、資本が無ければ実質何もできません。 もちろん、詐病や重病を装う事はあってはならないし、それは犯罪です。しかし、現在の社会システムに適応できない私のような人間へのセーフティネットがある、という部分をもっとメディアで広げてもいいのではないでしょうか。あまりにも情報が少なすぎます。 綺麗事と理解で生きてはいけません。どうか、検討していただけないでしょうか。
◆ごまふさん/30代/ 20160604 「諦めなければいけない(「障害のある女性」あなたの悩み・必要と思う支援(2016年7月特集))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/25/6.html
わたしは、解離性障害を患っています。 10代の頃から発症し、沢山の病名を渡り歩いてこの病気に辿り着きました。 今わたしは既婚ですが、 子供を産む事は諦めています。  […] ハンデを乗り越えて、 出産、育児をされている方も多いのは知っていますが… 実母も出産どころか、 「妊娠したらおろしなさい。面倒は絶対に見ない」 と結婚前から言われ続け、 もし産んでもサポートをしてくれる人が居ないのは怖くて仕方ないです。 仕事面でも、 […]  わたしの記憶が保てない症状に責任が取れないと言われて解雇された事があります。 個人では必死でメモをしたり対策をしても、一度のミスが決定打になる仕事でしたので、仕方ありませんでした。 でも、今でも諦められずに居ます。 生きにくい。 こんなにも生きにくいのに、 詐病だとか、甘えと言われてしまう事が多い障害です。 利得なんて、この病気にないですよ。 普通の人生、やりたかった事、 挫折を繰り返すだけの病気です。 完治は無いらしいですが、 寛解を目指して生きています。
◆なごみさん/静岡県/40代/母親 20150806 「中途障害、弱視です(視覚障害「これだけは知って欲しい」街中に潜むキケン)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/13/1.html
手帳の等級は1種1級。 よく言われるのが、見えてるくせに(白杖を使って障害者アピールするな) ネットができるなんて詐病じゃないか 弱視なので全く見えないわけではありません(右0左0.03) 色にハッキリした違いがあれば足元見えますし 大きい文字も、見えます。 ゆっくり歩けば柱や人にぶつからないように歩けます。 ネットは老眼鏡の中にカード型の虫眼鏡のようなのを挟んで 5センチ先くらいまでの大きめの文字なら見えます。 視覚障害者はこうあるべきと決めつけられるのは悲しいです。 去年の今頃はしっかりと見えていたので、服もオシャレしてました。 突然見えなくなっても、新しく服を買い換えたりしません。 市役所に行くと、目が悪い人はそんな恰好はしない、目が悪いように見えないと散々いわれます。 そのくせ(生活保護相談で車の所有を認めてもらおうとしたら)全盲の人でも電車やバスを使って、どこにでも行けると。 でもとても怖いんです。 エスカレーターなど介助されても乗れません。 障害者枠で仕事を探しましたが「精神、肢体、聴覚ならあるんだけどね。目は厳しいよ」と、8ヶ月経った未だに一件も紹介してもらえません。  […] 
◆おやすみまんさん/埼玉県/40代/父親 20141210 「医療と福祉の拡充と連携が必要では?(高次脳機能障害と向き合う)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/73/5.html
4年前の交通事故で「高次脳機能障害」と診断されました。 この診断にたどり着くまで交通事故から3年弱掛かりました。 「高次脳機能障害」は周りからは分かりにくい障害なので、詐病とか気のせいにされやすく、正確な診断にたどりつくまで長期間経過している場合が多く、大変つらい思いをします。  […]  まず、「高次脳機能障害」を診断できる医療機関が偏在しているので、診断できる医療機関の拡充が急務ではと思います。 次に、医療と福祉の橋渡しをする支援拠点の拡充が必要ではと感じます。
◆ミクさん/北海道/40代/主婦 20141114 「難病、『理解されていない』と感じるとき(2014年11月“チエノバ”)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/75/4.html
 […] 外科医には「大げさ」「痛みなんて置いておける」「気のせい」と言われ、ストレスマックス!!  […] 外科医の「こんなに腫れるなんてねぇ...本当に痛かったんだね」の言葉で更に心が病んできそうです。 医者がCRPS患者の痛みは詐病だと疑って診るんですから。 麻酔科医の先生は痛みに触れてくれます。だけど整形でもリハビリでも詐病を疑って治療をしてきました。麻酔科医以外のその“無茶な”治療がキッカケで腫れあがったんだと思う。 もっと患者の痛みに耳を傾けて欲しかった
◆郡 照子 『詐病と呼ばれて───交通事故傷害者の人権と弁護士』,碧天舎,451p ISBN-10:4865000062 ISBN-13:4883461181 [amazon][kinokuniya]
 平成十三年師走のとある朝、私は年賀状を書いていた。筆ペンを走らせていると、大切な友人達の懐かしい顔が思い浮かぶ。 […]  手を休めると、交通事故加害者の顔がふと目に浮かんだ。そして思った。この賀状のあて名の中に加害者さん夫妻の名前が入っていたら、その代理人T・M弁護士の名前が書けたなら、今私はどんなに幸せだろうか、と。  事故当時、私は若い加害者に宿っていた小さな生命に事故の果が及ばないようにとひたすら願った。また、私の健保による診療に切り替えて加害者の治療費の負担が増えないよう心配りもした。私のそんな思いと裏腹に現実はまるで違っていた。事故の傷害に苦しんでいる中、加害者が弁護士を使って治療費の支払いを拒絶したので、私は地検へ事故の再捜査を上申し弁護士会同弁護士の懲戒請求をするなど事態は思わぬ方向へ動いた。加害者が謝罪を拒み、争いを構えた三年越しの姿勢に、私は最後まで相手方と心からの和解が出来なかった。

(10-11)

 私がこの本を書き始めたのは、加害者側弁護士の不当な行為と主治医の診療態度がきっかけであった。私が交通事故による諸症状に苦しんでいた平成十年八月に、事故責任百パーセントの加害者の代理人となった弁護士が、「詐病だ」と虚偽の言いがかりをつけ治療費支払いを一方的に拒んで私に治療の打ち切りを迫った。 […]  一方、主治医は他覚的所見のない頸椎症状の証明を嫌って早期に診療を打ち切りたい意向で、頸椎以外の患部診療を一部拒否した。症状の真実を証言し証明してくれる見込みがなかったので、「このままでは加害者側の詐病だという大嘘の主張がそのまま通り、治療を打ち切られ私は寝たきりにされてしまう」事態に直面した。危機感を抱いた私は、自分の身を守るために症状推移の記録を残してきた。この本の基になったのは、手帳四冊にわたった通院期中の記録である。

(11)

■「詐病」にまつわる言説の日本における変遷

1886(明治19)年

06/21(版権免許)・09/**(出版)
◆山本善夫※編 1886 『裁判医学』,島村利助・島村支店・丸屋善七. PID:info:ndljp/pid/837317
※医師
裁判醫學序 今ヤ本邦醫學ノ進歩日一日ヨリ多ク四方ノ學士陸續輩出シテ基蘊奥ヲ究ムルニ至レリ而シテ裁判(原文では旧字)医學ノ如キ亦重要ニテ欠ク可ラザル者ナリ何トナレバ僞病及隱病等或自殺及被(原文では旧字)殺等ニ於テ監定精審ナラサル時ハ寃枉​(えんおう=無実の罪 ※『Wiktionary』)遁情(感情を隠すこと ※『汉语大词典』 ※情は原文で旧字)ノ失ナキ能ハス予斷訟ニ關スル處ノ諸說ヲ蒐集スルコト既ニ久シ遂ニ積テ一小冊子ヲナスニ至レリ而シテ此說(この理論)タル歐羅巴及日本國ニ於テ諸學士等實驗セシ所ノ範例ヲ擧(挙)クル者ニシテ聊カ(いささか=ちょっと)補益(補益)アラントス因テ刊行シテ世ニ公ニス醫術ニ志アル君子ノ參考ニ供ス學者幸ニ拙カ罪ヲ咎ムル勿レ 纂輯​(纂集)者錄​(録)之

(一〜二) ※カッコ内補足は中井

1887(明治20)年

01/11(版権免許)・03/**(出版)
◆丹涅爾(Tanner, Thomas Hawkes.)著 1887 『詐病診断方』,長尾景弼. DOI:10.11501/834330
※原著詳細不明
詐病診断方緒言 本篇ハ西暦一千八百七十一年刷行米国非拉得費刷行メヂシンドクトル丹迴爾氏著ノ察病論ヨリ抄訳セルモノニ係ル夫レ洋ノ東西ヲ問ハス人智ノ開進スルニ随テ(したがって)奸計詐謀ノ益々多且ツ巧ニ至ルハ勢ヒ免ル可カラサルノ事情ナリ看ヨ泰西人(西洋諸国の人。 ※『精選版 日本国語大辞典』)智ノ度高上ナルヨリ姦悪ノ計策モ亦極メテ巧妙ナルヲ今也(いまや)我邦人ノ智識日進月歩シテ愈々(いよいよ)開明ノ域ニ達セントス是ニ於テ乎詐偽ノ術計亦随テ増進セサルヲ得ス現ニ徴兵検查ノ時ノ如キ往々詐病ヲ称する者アルハ既ニ世人ノ知ル所ナリ尚且西人雑居ノ期応ニ(まさに)近キニアルヘシ世智ノ益々慧点ニ趣クヘキハ蓋シ(けだし)智者ヲ須テ(もちいて)後ニ知ラサルナリ是レ予(われ)カ此篇ヲ訳成セシ所ノ微意ナリ世ノ刀圭(医術、また、医者の称。 ※『精選版 日本国語大辞典』)ニ従事スル者之ニ頼テ詐病ヲ診断スルノ一助ヲ得ハ幸甚 明治十九年十二月 訳者識

(一〜二) ※カッコ内補足・新字体変換は中井

其三十七疼痛「ペイン」
[詐僞(偽)法]神經(神経)痛、僂麻質(リウマチ)痛及他ノ疼痛ヲ詐稱(詐称)スル者(者)鮮少(せんしょう=非常に少ないこと。※『大デジタル辞林』)ナラス而シテ其ノ●(※判別できず。以下判別できない文字は●)察ハ甚タ困難ナルモノナリ●ニ出奇(人物・風景・性質・程度などが)特別である、格別である、珍しい。※白水社『中国語辞典』)ノ一例アリ曾テ(かつて)一●(丐?)婦切ニ乳房ノ疼痛ヲ訴エテ以テ之カ切斷(断)ヲ乞ヒ其施術ヲ受ケシ後更ニ他ノ乳房ヲ截斷(截断=切断)センヿ(こと)ヲ請フテ止マス因テ(よって)又之ヲ切去セシニ婦又其一手ヲ截除( 切除。※日中韓辭典研究所『日中中日専門用語辞典』)センヿヲ請求セリ是ニ於テ始メテソノ詐僞ナルヲ了知セリト云フ又「ゼ、ゴールド、ヘデット、ケーン」ト題セル一書中ニ齒(歯)痛ヲ假裝(仮装)セシ抱腹ノ一奇談ヲ載スルアリ曰ク一日(ある日)彿國(仏国)ノ皇子其近臣ト對(対)話シ談偶マ(たまたま)俄羅欺(オロシア)ノ事ニ及ヒシトキ(※原文は合字)皇太子曰ク彼ノ國ニ一人ノ侫人(ねいじん=口先巧みにへつらう、心のよこしまな人。※『大デジタル辞林』)アリ我將バイロンノ凌辱ヲ受ルニ及ヒ彼●(罵?)テ曰ク咄爾(おれ=二人称の人代名詞。相手を卑しめていう。貴様。おのれ。※『大デジタル辞林』)ハ吾二齒ヲ損失セシ原因ナリト傍人其義如何ト問フ彼答テ曰ク曾テバイロンノ愛顧セル牙醫(歯科医。※日中韓辭典研究所『日中中日専門用語辞典』)ノ我國ニ來(来)リシトキ(※原文ハ合字)吾バイロンニ諂媚(てんび=こびへつらうこと。※『大デジタル辞林』)センカ爲メ(ため)故ラニ(ことさらに)齒痛ヲ稱シ之ヲ拔除(抜除)スルニ託シテソノ牙醫ヲ招待セリト
[診斷法]此患者ニ於テハ剴切(がいせつ=非常によく当てはまること。また、そのさま。※『大デジタル辞林』)ニ其演述ヲ聽(聴)キ細愼(慎)ニ其訴フル患部ヲ撿シ(けんする=とりしらべる。あらためる。※小学館『漢字辞典』)且陽ニ(ように=うわべでは。※『大デジタル辞林』)信憑シテ着實(実)ニ診察スヘシ如此ナルトキ(※原文ハ合字)ハ其言フ所縱令(たとい)不條理(不条理)ナルモ彼必ス或症候ノ現存スルヲ告クヘシ但眞實(真実)判然タラサル者ハ眞ノ疼痛トシテ之カ處(処)置を施スヘシ若シ疼痛劇甚(激甚)ニシテ且延滯(延滞)スル者ニ在テハ或重病ヲ搜索(捜索)シ得ヘシ凡テ(全て)劇甚ノ疼痛ヲ帶(帯)フル患者ハ健食熟睡スル能ハスシテ肌肉多少脫耗(脱耗。※中国語)セサルハナシ

(四十一〜四十三) ※カッコ内補足は中井

cf. Thomas Hawkes Tanner(外部リンク=Wikipedia)

1888(明治21)年

03/**
◆山本 善夫(他)編 188803** 『裁判医学. 前篇』,島村利助. DOI:10.11501/837318
第四章 詐病及隠病総論 Ein-leitung der simulire uud Seercynosema. 為ニスル(為にする=ある目的に役立てようとする下心をもって事を行う。※デジタル大辞泉[小学館])所アリテ疾病ヲ詐偽シ或ハ之ヲ隠匿スルモノアリ生命保険会社ノ関係兵役詐偽ノ方法ハ詐欺狡猾手段摸擬ニ出或ハ薬物ノ力ヲ藉(か)ルヿ(こと)アリ薬剤尖鏝(こて)ノ器械血液ノ強キ臭気ヲ放ツ物質、繃帯(包帯)具、眼鏡、歇児尼亜(ヘルニア)帯、杖等ヲ用ヒテ現存ノ疾病ヲ誇張シ眼ヲ細クシ近眼ヲ撿(検)シ眼瞼ヲ開閉シテ羞明(異常にまぶしさを感じる病的な状態。※デジタル大辞泉[小学館])ヲ擬シ頭首ヲ傾斜シテ重聴(耳が聞こえなくて何度も聞きかえすこと。※精選版 日本国語大辞典[小学館])ヲ摸シ或ハ跛行(片足をひきずるようにして歩くこと。※デジタル大辞泉[小学館])、痙攣発作ヲ詐偽スルハ模擬ノ才ナリ雁肉ヲ分娩シ石ヲ尿道ニ挿入レ墨汁排泄スノ白徒(=雑卒=身分の低い兵士。※デジタル大辞泉[小学館])アリ又蛙ヲ吐出シタル者アリ 第一詐病及ヒ隠病ヲ企ルノ意思 Purpose opintion der Shanosema, und Sercynosema. 労役若クハ法庭へ出頭スルヲ免レンカ為メ或ハ離婚ヲ欲シ或ハ兵役等ヲ避ルカ為メ或ハ休暇ヲ得ンカ為メ或ハ外傷ヲ誇張シテ金銭ヲ貪ルカ為メ或ハ罪ヲ軽減セラレンカ為メ或ハ病院ニ入ランヿ(こと)ヲ好ミテ疾病ヲ詐偽ス 疾病ヲ隠匿スルハ職務等ヲ免セラルルヲ恐レ或ハ離婚ヲ嫌フニ由リ或ハ生命保険会社ニ入ランカ為ナリ又ハ犯罪的ノ疾病例之争闘ニ因ル負傷或八梅毒ヲ隠匿スルモノアリ

(五十五〜五十七) ※カッコ内補足・新字体変換は中井

勞(労)役若クハ法庭(法廷)ヘ出頭スルヲ免(免)レンカ爲(ため)メ或ハ離婚ヲ慾シ或ハ兵役等ヲ避ルカ爲メ或ハ休暇ヲ得ンカ爲メ或ハ外傷ヲ誇張シテ金錢ヲ貪ルカ爲メ或ハ罪ヲ輕(軽)減セラレンカ爲メ或ハ病院ニ入ランヿ(コト)ヲ好ミテ疾病ヲ詐僞(偽)ス
疾病ヲ隱(隠)匿スルハ職務等ヲ免セラルゝ(ルル)ヲ恐レ或ハ離婚ヲ嫌フニ由リ或ハ生命保險會社(保険会社)ニ入ランガ爲ナリ又ハ犯罪的ノ疾病例之爭鬭(争闘)ニ因ル負傷或ハ梅毒ヲ隱(隠)匿スルモノアリ

(五十六〜五十七) ※カッコ内補足は中井

cf. 日本における生命保険の歴史(外部リンク=Wikipedia)

1905(明治38)年

**/**
◆西井廉作 1905 「内飜股關節ノ一例」,『岡山醫學會雜誌』17-188:406-410.
凡ソ骨盤疾患ノ初期ニ正鵠ノ診断ヲ下スハ殆ト不可能ナリ、蓋シ(けだし=物事を確信をもって推定する意を表す。まさしく。たしかに。思うに。 ※「デジタル大辞泉」小学館)筋層(原文は旧字)ノ厚キト關節(原文は旧字)連合ノ複雑ナルハ正ニ之カ原因ナリ、殊ニ(ことに=とりわけ)當該患者ニ於テ其局所ヲ精密ニ訴ヘサルトキニ然リトス、之ニ依り其症候ノ著明ナラサルトキハ少ナクモ我陸軍ニ於テハ或ハ詐病ニ非サルカ、或ハ病症ヲ誇大ニ訴フルニハ非サルカニ姑ク観念セサルヘカラス。 (四百六) ※カッコ内補足は中井

1917(大正6)年

◆服部 北溟 1917 『悪太郎は如何にして矯正すべきか』,南北社. DOI:10.11501/980101
尤もこの詐病については自分は餘(余)りに多くの實驗(実験)がないから、兒童學者(児童学者)の三田谷氏の說(説)を紹介することにして置きたいと思ふ、卽(即)ち
 子供が親や敎(教)師を詐(かた)るため假(仮)病をすることがある、
(略)
 假(仮)病には二種類あつて、その一つは自覺(覚)的の疾患或は疼痛で只(ただ)自己に感ずるのみで子供そのものにすら、全身の狀(状)態が變(変)化したことが十分に知られない場合がある、これが最も周圍(囲)の人をして判斷(断)に苦しましむる所である、その次ぎの第二のものは疾病の狀(状)態を詐(いつは)らんとするもので、例へばよく眼が見えないとか耳が聞えないとか、或は彼所が痛む此所が痛むと云ふのである、もし醫(医)者にかけるとするなれば、醫(医)者は餘(余)程よく種々の方法を用いて判斷せねばならぬ、 (一三九) ※カッコ内補足は中井

1932(昭和7)年

02/29(執筆)
◆渡辺 房吉 1932 『健康保険と詐病及外傷性神経症』,日本医事衛生通信社. DOI:10.11501/1049349
 私は長年開業醫(医)生活をして種々の患者に應接(応接)して來(来)たが、其中にはいろ/\(いろいろ)の事情󠄁(情)の纏綿(てんめん=複雑に入り組んでいること ※デジタル大辞林)したものもあり、複雑なる關(関)係の錯綜したものもあり、或は警官の前へ出で、或は法廷に自己の所見を開陳せるが如き場合もあった。
而かし未だ詐病 Simulation 及び外傷性神経症 Traumatische Neurose と云ふものに就き、 特に深く考慮し、或は之が容疑者に接する場合も尠(すくな)かつた。然るに數(数)年前健康保險(険)法が施行せられてから、詐病者(者)ならずやと疑はるゝ(るる)患者(者)や、外傷性神經(神経)症と診断せられた患者(者)などに遭遇する場合が多くなった。餘(余)りに不思議に思はれたので、内外の文獻(献)や、古今の書冊を涉獵(渉猟)し、旁た(かたがた) 容疑者(者)たる被保險者(保険者)等の身體(体)的竝(ならび)に精神的狀況(精神的状況)に一層(層)の注意を拂(払)ひ、多少の得るところがあったである。是に於て私は詐病に就ては雑誌『醫(医)業と社會(社会)』紙上に數囘(数回)に亘つて連(※原文は二点しんにょう)載し、更に昨年十一月福(福)島市に於て開催せられた第二十一囘關東々北醫師大會(二十一回関東東北医師大会)請(※原文は旧字)ひに應(応)じ、特別講演として其の一端を開陳した。 外傷性神經症(神経症)に就ても之を諸會(会)で講演し、日本醫師會(医師会)出版部發行(発行)の『醫政』紙上でも公表した。
 然るに偶ま(たまたま)友人鹽(塩)澤潮香君から『健康保険と詐病』との小著を慫慂(しょうよう=そうするように誘って、しきりに勧めること ※デジタル大辞林)せられたので、取り敢へず雑誌中の所載と講演の内容とを骨子とし、之に肉をつけ衣を纏はせて讀者(読者)に見えることゝした。從(従)って何等の誇る可き新味もなく、 又何等の特殊とすべき色彩もないのである。各種の外國(外国)文書をも参考し、且つ之を引用もし、例用もしたが、 又自己の實驗(実験)例をも加へて卑見を述(※原文は二点しんにょう)べ、或は我流の術語を用ひた所も尠(すくな)くない。 其分類、系統、記述の如きも敢て先蹤(せんしょう=先例 ※デジタル大辞林)の跡を追(※原文は二点しんにょう)ふことをせず、全くの我流が多い。讀者(読者)幸に私の愚を憐れんで、高敎(教)を垂れ給ふに吝(やぶさか)ならざらんことを。
  昭和七年二月二十九日 (一〜二) ※カッコ内補足は中井
cf. 健康保険法 (大正11年[1922年]4月22日 法律第70号)(外部リンク=愛大六法 Aichi University Legal Search Enging 'Aidai Roppou' version2.1)


11/01(印刷)11/05(発行)
◆中村 登 1932 『耳鼻咽喉科臨牀の実際』, 南山堂書店. DOI:10.11501/1049728
僞聾(偽聾)觀(観)破法
 之は裁判醫學(医学)上殊に兵役義務者(者)の檢(検)査に際し屡(しばしば)必要なるものにして、之を觀破せんとする方法種々あり。而して之が檢査に際しては、可及的凡ての方法を用ふるを良とす。然らざる場合には往々狡猾なる被檢者の爲(為)に欺れ、或は眞(真)性のものを詐僞者と誤る事あり。 (五一三) ※カッコ内補足は中井


1935(昭和10)年

◆中央公論社 1935 『防犯科学全集. 第2巻』. DOI:10.11501/1138408
保險(険)と詐病 次(つい)で勞(労)働保險、工場保險などの制度が布(し)かるゝに及び勞働者(者)の假(仮)病が急に激增(増)した。 殊に職務上の負傷には能率減退の率に相當(当)して年金が貰へることになつて居るので、なるべく働かずに貰へるものは貰はうとする心理が暗々裡に働いて、外傷性神經(神経)症といふ厄介な醫(医)者泣かせの病氣(気)がいつまでも長びき、其療法としては札束の投與(与)より外にはないとまで云はるゝに至った。 疾病保險、傷害保險の審査醫は常に詐病看破に熟達して居なければ會社(会社)に多大の損害を興(あた)へる事にならう。
 これに反して生命保險に加入したい人々は既(既)往症を祕(秘)し、現在症をなるべくごまかさうとする傾向がある。之は匿病といふが詐病の一變(変)態である。
 詐病は自傷することもあり、既存疾患、負傷の治癒を妨害する事もあるが、多くは實(実)在の疾病、障害を過大、誇張的に訴えてなるべく働くことを避けようとするのである。  然し症狀(状)に精(精)通する醫師の目から見ると身體(体)を精檢して得たる他覺(覚)的所見と本人の訴える自覺的症狀との閒に、餘(余)りにもヒドイ矛盾があれば直(ただち)に看破出來(来)る。素人は醫學に精通して居らぬから、矛盾をも平氣で誇張するから鑑定醫には有難い。 (一七七) ※カッコ内補足は中井
cf.
◆菊池 浩光 20131225 「わが国における心的外傷概念の受けとめ方の歴史」,『北海道大学大学院教育学研究院紀要』, Vol.119, 北海道大学大学院教育学研究院, pp105-138. [外部リンク]
本症は,その姿を追究しようとすると,輪郭が曖昧なものになってしまうという性質があった。外傷後の精神変容は明らかに認められるにもかかわらず,器質因なのか心因なのか,独立した疾患なのか従来の神経症にすぎないのか,それらを追究していこうとすればどちらの可能性も捨て切れないといった胡散臭さは最後まで解消しなかった。CTやMRIなど脳の画像診断から遠い時代には,やむをえないことであっただろう。かくして,外傷神経症は細分化されたり多義を抱くようになったり,わざわざ「真性」と差別化しないといけなくなったりした。高折(1931)は,外傷性神経症の研究を次のような比喩を用いて表現している。「ひとつのことを知るために10匹の動物実験をする場合に,最初の2匹の実験をすればだいたいの見当はつくものだ。要領の良い人は2匹の実験だけでやめて次に進んでいく。丁寧な人は残る8匹も実験してみる。ところが8匹の実験をやったためにいろいろと一致しない成績が現れて判断に苦しむ」。これが当時の研究者の実感だったのであろう。研究の甲斐がなく曖昧模糊とした中にあって,例えば「外傷性神経症は賠償欲求に由来する」といった見解は,患者をそのような色眼鏡をかけてみればそのように見えてくるし,医療者も迷わなくてすむので,受け入れやすかったであろう。

◆佐藤 雅浩 2009 「戦前期日本における外傷性神経症概念の成立と衰退--1880-1940」,『年報科学・技術・社会』, Vol.18, 科学・技術と社会の会 pp1-43.
◆佐藤 雅浩 2013 『精神疾患言説の歴史社会学 : 「心の病」はなぜ流行するのか』, 新曜社, 518p. ISBN-10:478851334X ISBN-13:978-4788513341 5720+ [amazon][kinokuniya]


1936(昭和11)年

◆渡辺 房吉 1936 『詐病と其診査』,日本医事衛生通信社. DOI:10.11501/1047157

 詐病にも時代色がある。此時代色はそれ/゛\(それぞれ)の時代に於ける社會(社会)事情(※原文の「情」は旧字)や、人心の歸(帰)向を反映して居るものであるが、一般に古代色の詐病の方が現代色のそれよりも性善良質の樣(様)であり、其動機や原因にも寬(寛)恕すべき點(点)が多い樣である。思ふに之は各國(国)とも同樣であらう。要するに社會生活が複雜(雑)になればなるほど、人の生活が逼迫すればするほど、嘘も詐病も不良惡(悪)質になるものゝ樣である。 (三) ※カッコ内補足は中井

二四〜二五

第五 詐病に惡(悪)用せらるゝ(るる)病名及び症狀
 病氣(気)の中には詐病に利用され易いものと、利用され難いものとがある。昔は醫學(医学)的智識が淺く(浅)、醫家と稱(称)せられた者(者)でも其診斷(断)が明確で無く、殊に科學的鑑定などと云ふことが絕(絶)無であつたから、詐病に用ひらるる病名及び症狀なども好い加減のものであつた。故に昔の記載を見ても癪(しゃく=胸や腹が急に痙攣 (けいれん) を起こして痛むこと。さしこみ ※デジタル大辞泉)だとか、 疝氣(せんき=漢方で、下腹部や睾丸 (こうがん) がはれて痛む病気の総称 ※デジタル大辞泉)だとか、風だとか、所勞(労)だとか、不快だとか云つたものが多い。或は單(単)に作病を構へたとか、虛(虚)病を使つたとか、云ふ樣(様)に槪(概)念的に書いて病名の無いものも多い。此間に於て割合に多いのは佯(よう=いつわる)病である。 作り阿呆、似せ氣違ひ、うつけ病、佯盲、僞(偽)唖、僞聾、作りどもり、僞せ馬鹿等々の名が往々にして散見される。
 近來(来)は醫學の進步が著しく、病氣の數(数)も昔よりは多くなった。從つて(したがって)、詐病者に利用される病氣も廣(広)汎多數になつて來たが、其診斷鑑定が又明確になつて來たから之が發(発)見も中々多い。然しながら詐病者も科學的に硏究して詐病する樣になつて來たから、迂闊にして居ると容易に欺かれるものである。近代の作病者が好んで詐病に惡用する病名は、何れ本書の各論に於て簡單に略記するから、玆(ここ)には症狀の詐病に就て一言して置かう。

症狀の詐病
 疾病の症狀としては單に自覺(覚)的のものと、他覺的變(変)化を伴ふものとがある。其の何れもが詐病せらるゝものであるが、殊に他覺的變化を伴はない自覺症狀は好んで詐病者から慣用される。醫家としては之が診斷は困難である。此の困難が詐病者の乘(乗)ずる所の附け目である。それだけ詐病するには好都(都)合であるわけである。

(一) 自覺的症狀の詐病
 損傷治癒後に於ける該部の頭痛、異常感・牽引感・重壓(圧)感等々は往々訴へらるゝ所であり、頭部損傷後に於ける頭痛・眩暈・不眠・壓迫感・記憶力減退等々も詐病者の云い募る症狀である。挫傷又は打撲後の不定痛・關節(関節)痛・瘢痕痛・神經(神経)痛又は僂麻質(リウマチ)性疼痛等も亦屢々(しばしば)訴へられる。最初は誇大的に大袈裟に訴へるが、云い分が通つて相當(当)の補償又は手當金が獲得さるれば直に治癒するを常とする。若し此の不純な目的が貫徹されない間は、何時までも其症狀の苦痛は永續(続)する。此の點(点)はよく慾望性神經痛と稱せられてゐる外傷性神經症に類似してゐる。又實(実)際外傷性神經症に於けるが如く、最初は不純な動機から誇大的に云つたのが、遂には固定觀念となり、實際病症の存續するやうに想像し、或は然う(そう)であると自信するやうなことがある。然うなると意志の力も弱り、判斷の力も鈍り、而も(しかも)甚だしく過敏性となり、輕(軽)易の業務にも從事不可能と思ひ込むやうになる。 (二四〜二五) ※カッコ内補足は中井
cf. 器質性精神障害(外部リンク=脳科学辞典)=◆上田 敬太・村井 俊哉 20130524 「器質性精神障害」,『脳科学辞典』. DOI:10.14931/bsd.3716
現在の分類の問題点は、認知症性疾患などを除いて、器質性精神障害は、内因性精神障害の分類に基づいて分類されていることにあるといえるだろう。つまり、明らかに脳に障害を生じている一群の疾患が、原因不明の精神障害に基づいて分類されているということである。このことは、一つには精神医学という医学の分野から、原因がはっきりするたびにそういった疾患が取り除かれてきた過程を思い出させて、興味深い。

一二二〜一二四

(ほ) 自覺症狀(自覚症状)の確認
 自覺症狀の診斷(断)の際には、患者(者)の訴へが大きければ大きいだけ、虛僞(虚偽)若くは詐病の潛(潜)在することが多いものである。故に醫(医)家としては、『どんな仕事も出來(来)ないか』、『仕事によっては出來るか』を確めるの必要な事がある。尙ほ(なお)患者が自發(発)痛若くは壓(圧)痛を訴へるならば『此の如き微細な外傷で果して斯程(かほど)まで痛いものか』、『他覺的變化(変化)が聊(いささ)かも無くしてどうしてこれ程痛がるのか』等の點(点)を精(精)査しなければならぬ。
 自發痛の診斷、、、、、、 患者が自發痛のみを訴へ、他覺症狀の全く缺(欠)如して居る際には、能く受傷當(当)時の外力の働き具合、其の際に於ける患者の位置等を確かめ、更に脫(脱)衣させたり、着衣させたり、立たせたり、座らせたり、かゞませたり、握らせたり、種々の動作をさせて見て、其の疼痛の模樣(様)を銳敏(鋭敏)に監視(視)し、觀(観)察する。次に二ー三日臥床を命じ、次で步行させたり、或は輕(軽)易の仕事をさせたりする。其間監視の眼を放つてゐると、患者が油斷して詐病を暴露することがある。或は麻醉劑(麻酔剤)を注射したり、蒸留水を注射したり、兩(両)者を交互に注射したりして共反應(応)に注意すると、患者は容易に化けの皮を現はすこともある。
 壓痛の診斷、、、、、 他覺的變化が極徵であるか、或は絕(絶)無であるに關(関)せず、壓痛を訴ふる患者があつたら時を違へ、場所を違へ、又其强(強)さを違へて屢々(しばしば)壓迫を試みる。或は患者の注意力を他方に傾けさせつゝ之を檢(検)査して見る。若し壓痛部に觸(触)れぬうちに之を撥ねのけやうとしたり、單(単)に皮膚に觸れたのみであるのに、痛さうな樣子をするのは詐病である。一體(体)に輕微な外傷後に、診察せんとする醤師の手を撥ねのけやうとするのは、多くの詐病者の慣用手段だと云はれてゐる。醫師の最初の診斷を困難にさせ、其思想を多少混亂(乱)させて、醫師をして『重い外傷だ』と思ひ込ませるためである。 不馴れの醫師は之により欺かれるが、經驗(経験)ある醫師は容易に其の手に乘(乗)らないものである。私が後に記述󠄁(※原文は旧字)するヨセフ・プツチヤーと云ふ保險魔は、此のトリックを用いて曾て(かつて)一度も受傷部に醫師の手を觸れさせずに、脊柱骨折の診斷の下に入院治療を長く續(続)けてゐたのであった。 (一二二〜一二四) ※カッコ内補足は中井
cf. アロディニア(外部リンク=脳科学辞典)=◆津田 誠・井上 和秀 20210623 「アロディニア」,『脳科学辞典』. DOI:10.14931/bsd.3875
通常では痛みを引き起こさないような非侵害刺激(接触や軽度の圧迫、非侵害的な温冷刺激など)で痛みを生じてしまう感覚異常のこと。

1943(昭和18)年

◆軍警会 1943 『憲友』 37-5(別册). info:ndljp/pid/1504300
※正確な発行年不明
窃盗容疑者として取調中突然腹痛を訴へ苦悶せるを詐病と信じ取調を続行したる処病状の悪化を認めたるを以て医師の診断を受けしめたるに「モルヒネ」中毒患者なること判明応急処置(注射)の上再び取調に着手したるが「モルヒネ「患者の習慣性及症状を熟知せざりし為数回同様状態を繰返し被疑者を増長せしめ取調に困難を来したり

(37〜38)※新字体変換は中井

犯罪者ハ往々詐病ヲ作為スルコトアリ又本件如ク事実罹病ノ場合アリ而シテ之ヲ無視シ取調ヲ続行センカ時トシテハ予審又ハ公判廷ニ於テ過酷ノ取扱ヲ受ケタリトテ否認ノ材料ヲ興フルカ如キコトナジトセス(服規第六五五)

(37〜38)※新字体変換は中井

 

1944(昭和19)年

◆司法省秘書課 1944 『司法資料. 第287号』. DOI:10.11501/1145721
精神(精神)病學者(学者)の著(著)述(※原文は二点しんにょう)を見ると、法律家は被疑者の精神狀(状)態に異樣(様)な點(点)を認めると、すぐこれを詐病であると考へ易いことを戒めてゐる。そして、詐病といふものは法律家の側から想像する程多くはない、といふことが捉はれのない觀(観)察者の一致せる意見であると述(※原文は二点しんにょう)べてある。なるほど犯罪者が不名譽(誉)なそして自由を奪ふ刑罰を免れんとして、詐病を思付くことは見易い道理ではあるが、クラフトエービング Kraft-Ebing (註一)の指摘してゐる如く、感情(※原文は旧字)の動搖(揺)といふことが精神障碍の重大な原因であり、而もそれは犯罪者がその犯行の前後竝(ならび)に犯行の最中に充分經驗(経験)することである點を看過してはならないのである。從(従)て、自由剝奪の影響竝に肉體(体)的に障害を與(与)へ精神的にも抑壓(圧)する拘禁生活狀(状)態の影響によつて、眞實(真実)精神障碍が存するであらうとの疑惑は、少くとも詐病であらうとの疑惑が一應(応)正常であるのと同樣(様)に成立し得るのである。これを要するに、拘禁せられた者が他の理性確かな囚人との雜(雑)居であらうとも、或は病院内であらうとも、これを綿密巨細に觀察することこそ重要問題なのである。
 詐病であるかどうかは、逮捕せられた者が監(※原文は旧字)視(視)人のゐる前で病氣(気)を申立て、頭痛などを特に熱心執拗に訴へることによって判斷(断)出來(来)る。卽(即)ち眞實の精神病者ならば通常さうしたことをしないものである。また假令(たとえ)暴れ騷(騒)いだとしても何處(処)かに我身を要愼(用心)する態度があり、質問に對(対)しては反對の答をするものであるから、それによって直ちに質問の意味を了解してゐるに違ひないといふことが判るのである。 (三三八ー三三九) ※カッコ内補足は中井

1957年

◆日本学士院日本科学史刊行会 編 1957 『明治前日本医学史 第5巻』. DOI:10.11501/1370639
平安朝時代には、疾病に藉口して、或は脱税し、又は職務を懈怠する者を取締るため屢々詐病の撿験が行われた。また穢忌の有無を決するのが、法曹家の重要な職責とされていたので、これ対しても頻りに撿験が行わにれた。

(一)※新字体変換は中井

第八詐病取締 賦役令に  […]  とて舎人兵衛資人衛士仕丁等雑任の者が、春解職されて原籍に帰ったならば庸調共に徴収し、夏ならば庸調いづれか一方を徴収し、秋以後ならば庸調共に免除する。がしかし虚偽の申立をして戸籍をごまかし、又は詐病して課役を免れた者は、原籍に帰った時期に関せず、その一年分を徴収することにしている。

(二一)※新字体変換は中井

第一四奴婢廃疾 捕亡令に  […]  とて、官又は私有の奴婢が逃亡して、一ヶ月以上を経過した者を捉えた者には、その奴婢の価の二十分の一の賞を与え、若し一年以上を経過したものであるときには、十分の一を与える。しかしその奴神が、七十歳以上か又は廃疾以上の疾病のため使役に堪えないか、或は前の主人若くは関所港津等の役人が捕えたときには、その賞与は、前記の半額とすると云うのであつて、奴婢についても廃疾以上の者と否とによって賞与の程度に差等をつけている。  如上列記の如く身体の欠陥障碍によつて、法規上の取扱に重大の相違があったのであるから、これが取扱につき遺憾なきを期するには、是等を明確に鑑別し、又は詐病等を検定することは、医学的知見によらなければならないことは云うまでもないことであつて、医家に課せられた重要な職務であるので、裁判医学的操作が行われたであろうことは十分に察知されるのである。

(二三〜二四)※新字体変換は中井

2006年

◆牧 潤二 2006 『詐病』,日本評論社. ISBN-10:4535982678 ISBN-13:978-4535982673
●詐病をどうみるか  詐病が良いか悪いかと聞かれれば、もちろん、悪いに決まっている。その悪い典型的な例が、保険金詐欺に詐病を使うことだ。とくに、医療保険や介護保険のような強制の社会保険は一種の税であり、その保険金を詐取することは、全国民の懐から金を盗むようなものである。また、詐病により、犯罪者が無罪になることもある。これも大問題だ。  その意味では、医師など専門家は詐病に注意し、積極的に詐病をみつけるよう努力する必要がある。まちがっても、詐病に荷担してはいけない。  一方で、詐病については広義に解釈し、匿病(病気を隠すこと)なども視野に入れておいたほう がよい。そうすれば、現代社会の問題をより深く理解できる。すなわち、広義の詐病とは、まさに時代社会のもつ問題の重さによって、湧き上がってくるものなのである。  したがって、詐病をなくすための重要な方法の一つは、時代・社会の問題点をなくすこと、となる。しかし、それではあまりにも観念的で、子どものような論理になってしまう。具体的には、社会保障制度や社会福祉の充実、差別やいじめなどをなくしていくことが、詐病をなくすための重要な道筋となるだろう。  いずれにしても、詐病を通して、現代社会の問題点を浮き彫りにできる。また、その改革の方向も見えてくる。まさに、現代社会の”合わせ鏡”という意味で、詐病には常に注目しておきたい。  そのような視点から、以下、さまざまな分野の詐病についてくわしく紹介していこう。 (5-6)

2016年

◆立岩 真也 20160125 「社会防衛のこと・9 ───「身体の現代」計画補足・110」,arsvi.com.
 そして他方に刑事司法の場面がある。ときに誤解されるように、精神障害者であるから免罪されることにもされないことにもなってはいない。あくまでその人のその時の状態が問題にされることにはなっている。その上でも、長らく、免責・免罪が批判されることがずっとなされてきた。そうした反感の成分の分析はまた別途なされたらよいと思うが、なそうとしてなしたこと(避けようとすれば避けられたこと)について責任を負うという帰責の構図に対する全面的で説得的な根拠を有する批判はあまり見当たらない。一つに極端には「詐病」によって、罰せられることから不当に逃げているというもの言いがある。他方に、それが「本物」であるなら、今度は「野放し」にすることになるという懸念が、いくらか報道等における言葉遣いは変わったにせよ、結局のところは変わらず、むしろより強く言われるようになってきている。  そして、言説として顕在化するのはわりあい近くになってからのように思うが、場合によっては本人が「責任」を引き受けようとすることもある。『自閉症連続体の時代』でも、免責を求め自分にあった処世術を自らも使い他人たちにもそうした配慮を望みながら、すべてを自閉症のせいにはしない、自らが責任をとる(とれる)人間であることを示そうという言説があることもまた見た。精神障害についてもそんなことはある。ここでも――その流れを追うのは誰か別の人の仕事になると思うが――本人が認めつつ、しかも責任を負うという言説もまた見られるようになる。やはり今度の本に想田和弘の映画『精神』を紹介する文章(立岩[2012])を収録したが、そこでもそのように受け取れる「本人」の発言があったように思う。確かには、あるいはまったく覚えてはいないが、「やったのはこの私だ」というのである。こうした言説の連続性と変化についても調べておく必要があるだろう。  責任を取ろうという気持ちはわかる、それはなされてよい主張ではあると言ってよいはずだ。そうした言説のすべてを否定する必要はない。ただ、これを引き受けないと「一人前」と認めてもえらないからといった動機もまたそこには含まれているように思える。ならば、そのような気持ちにさせている側としては、その「当事者」の言うことをそのままに受け入れるわけにもいかないはずだ。

2018年

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 20180403 「NCNP の医師・研究者らが新たな神経難病 “NINJA” の概念を提唱 リンパ球解析と拡散テンソル解析により、身体表現性障害とされてきた一群から、多発性硬化症に類似した免疫介在性神経疾患を同定」[外部サイト],国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センターサイト(https://www.ncnp.go.jp/).
 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター […] の研究グループは、多発性硬化症(MS; multiple sclerosis)に類似する臨床経過があり、多くの症例で血液浄化療法が有効でありながら、通常撮像法の脳・脊髄MRIで異常を認めないために、診断が未確定であった11例を詳細に解析しました。その結果、末梢血液中の B 細胞に異常を認め、広範囲の脳白質において微細な構造変化を示唆する MRI 拡散テンソル画像の異常が確認できました。これらの特徴は、神経難病 MS とは一線を画すことから、この一群を新たに “Normalappearing Imaging-associated, Neuroimmunologically Justified, Autoimmune encephalomyelitis”(NINJA)と名づけました。  NINJA では運動麻痺や感覚障害、視力障害などの MS に類似する慢性再発性の中枢神経脱落症状を認めるにも関わらず、MRI で異常を認めないことから身体表現性障害や詐病と誤って判されることがあります。本研究は身体表現性障害と誤って判断されやすい MRI正常・MS 類似の脳脊髄炎という病態を世界に先駆けて報告したものです。診断が難しい慢性経過の脳神経内科疾患の診療に役立つことが期待されます。
 ■研究の背景  脳神経内科の代表的な難病である多発性硬化症(MS)は多様な病態を示し、現在でも診断に苦慮するケースがあります。NCNP多発性硬化症センターでは、先端的な技術を応用して診断の精度をあげる研究を進めてきました。MSは中枢神経(脳や脊髄)の様々な部位において炎症に伴う脱髄や神経障害が生じる自己免疫疾患であり、再発と寛解(症状の悪化と改善)を繰り返しながら徐々に障害が蓄積していきます。MRI画像検査はMSの診断や重症度の評価において有用ですが、一部のMS患者においては、症状が重症の割に、MRIの異常所見が軽度であることもあり、症状・診察所見とMRI所見との間に大きな乖離があります。世界中で一般的に用いられているMcDonald診断基準では、時間的・空間的に多発する客観的臨床的証拠(中枢神経の障害を示唆する神経学的異常所見)を認め、かつ他疾患に該当しなければMSの範疇に含まれます✳1。しかし脳・脊髄のMRIが正常な場合、多くの医師は「脱髄」は存在しないと判断するため、診断保留となるばかりか、ときには身体表現性障害や詐病と診断されることがあります。我々はMSに類似する臨床経過がありながらも脳・脊髄MRIで異常を認めないこれらの症例の特徴を明らかにし、適切な治療に結びつけることを目的に本研究を開始しました。

2020年

◆田所 裕二(日本てんかん協会 理事・事務局長) 20201019 「てんかんの困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス(2)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/419/.
※心因性非てんかん(PNES)…ストレスなどの心理的負担が大きく意識を失う発作。 大脳の病であるてんかんとは区別される ―PNES当事者はどれくらいいるのでしょうか? 田所:PNESは「詐病」と呼ばれてきた過去がある病気です。今は国際的に位置づけができて、てんかん性の脳波が出ないとか、てんかんの特徴的な症状が出ないということで、いわゆるてんかんの治療ではないとされています。精神科関係の治療になりますが、ただ、てんかんのある人が合併する確率が国際的なデータでは3割ぐらい。日本でも1割から2割はてんかんのある人が併せ持っていることが報告されています。 正確な数はわかりませんが、PNESだけがある人は、アメリカのデータでは10万人に30人ぐらい。つまり少なくはないということです。てんかんを中心に考えると、PNESはうそを言っているように見えたのかもしれませんが、PNESは精神の障害・疾患として位置づけられています。
◆篠原 三恵子(特定非営利活動法人 筋痛性脳脊髄炎の会 理事長) 20201026 発言,「障害者差別解消法の見直しの検討に係る障害者団体ヒアリング(10月26日)議事録」[外部サイト].
 この病気は客観的診断基準が確立しておらず、一般の検査では異常がないため、精神的なもの=怠けていると思われ、診断まで何年もかかる方がほとんどという状況です。この病気の中核症状は労作後の消耗と呼ばれ、ほんの短い間動いた後でも、急激に症状が悪化し、何日も寝たきりになることが多いのですが、他の方は家で寝たきりになっている状態を見ることがありませんので、怠けているという誤解や差別を生む傾向があります。  その上、WHOで神経系疾患と分類されている難病であるにもかかわらず、日本では一部の医師が認知行動療法や、段階的運動療法などによって症状が改善するという事実と異なった情報を20~30年間にわたって流しています。医師の情報だけに誤解を解くことが難しく、重症患者でも身体障害者手帳取得が困難で、その上、障害者総合支援法の対象疾患にもなっておりません。  こうした誤った認識が社会的な理解に影響し、他の人と平等に社会参加する権利、必要な介護を受ける権利、外出する権利、選挙権を行使する権利、教育を受ける権利、医療を受ける権利、就労する権利などを保障する合理的配慮がほとんど受けられていない状況です。  厚労省から出された「医療関係事業者向けガイドライン」では「不当な差別的取扱いと考えられる例」として「わずらわしそうな態度や、患者を傷つけるような言葉をかけること」が挙げられています。ところが、患者たちは詐病とみなされることが多く、医療関係者からも患者の尊厳を踏みにじるような差別的な処遇をいまだに受け、全く医学的に関係がない精神科に回されるケースが多く見られます。  私たちは世界的な常識である、ME/CFSは神経系疾患であるということを10年近く厚生労働省に訴えてきていますが、2019年2月の国会議員へのレクチャー資料に、病気の症状として「抑うつ」「気分障害」「不安障害」「身体表現性障害」など、精神的な疾患を思わせる記載があったことを確認しています。  実例として、つい3週間前に当法人に電話で相談があった方は、10歳で発症して、病歴が約30年。15年以上前に診断を受けていたにもかかわらず、両親のみならず、行政からも怠けていると思われて、障害者手帳を取得できないために何のサポートも得られず、寝たきりに近い状態で一人暮らしをされています。スポーツドリンクだけでしばらく命をつないでいるという電話が当会に入りました。  もう一人の方は、出産後に発症され、数年後にはおむつが必要なほど重症化したのですが、一般の検査で異常がないために診断も下りず、治療のためと称して精神病院に入院させられ、配偶者や両親が引取りを拒んだために、数年に及んで精神科に入院されていました。これがこの病気の現状です。
病気による内部障害は外からは見えないために、障害を理解されることが困難で、詐病の扱いを受けてきた疾患もたくさんあります。疾患を抱える障害者も障害者差別解消法の対象であることを当事者や国民に広く周知すると同時に、難病者が合理的配慮を求めやすくするような環境整備をしてください。また、各行政機関及び事業者などにおいて、支援者となるべき職員が疾患を抱える障害者の特性を理解するために、担当者による研修を必須としてください。

2023年

◆立岩 真也 20230305 「堆積や交錯や忘却を描く――そのための仕事がなされた」『国立結核療養所――その誕生から一九七〇年代まで』(酒井美和),生活書院.
 まず、疲れるものは疲れるし、痛いものは痛い。そのこと自体について、嘘をつく要因はない。だからそれは、解明され軽減のための技術が開発され改善され適用されるべきだ。  疑いをかけられる場合があるとすればそれは、サービスやお金の受給の場面、そして労働の軽減が求められるといった場合だ。「詐称」「詐病」の可能性が言われる。つまり、ほしいので、あるいは働きたくないので、嘘をついているのではないかということだ。  たしかに人は嘘はつける。嘘をつく人はいないと言い切る必要はないと私は思う。しかし、それがどれほど大きな問題かと考えることだ。さほど大きな問題ではないというのが答になると考える。  まず一つ、社会サービスは、人にやってもらうということであって、人にもよるし、場合にもよるが、たいがいの場合には、自分でできるなら自分でした方がさっさとすんで、気も楽で、それでよかろうということになる。一つ、ものとして支給されるものについて。疲労を補うための「自助具」などあまり考えつかないが、もしあったとしてそれは、不都合を補うためのものだから、不都合がなけれはいらないものである。すると残るのは、生活保護などの所得保障であり、労働の軽減措置等である。  疲れていないのに疲れていると言って公的扶助を得ようとする、その可能性はないではない。しかし、実際には働いて収入を得ているのにそれを隠してというのではなく、現に働いていないのであれば、あれこれ理由は求めず、公的扶助がなされてよいという主張は可能であり、私は妥当であると考える。そして働けないと働かないとの間はときに曖昧であり、それをとやかく言わないほうがよいという理由も加えることができよう。そしてそれで社会が大きく困ることはない。そして、ことのよしあしはともかく、多くの人は働こうとする。その意を汲もうというのであれば、むしろその人の申告に応じた方がよい。つまり、まったく働けないとしてしまうのではなく、その人の状態に応じて、いくらかを軽減して働いてもらう。それでよいはずだ。  そして疑われる側の人には次のように言える。病気をしてそれで身体がうまく動かないとか、長い時間仕事ができないとったことはある。そのことをすっと受け入れて、必要なものは必要だと言い、そして必要なものを受け取るという当たり前なことにためらいがあるなら、なによりそれは(不当に)損なことだから、やめた方がよい。とすれば、そのように思えるように、求めると疑われるからといった理由で、求めること阻害しないように制度の側はあった方がよいということである。つまり、本当は痛くないのではないか、疲れてはいないのではないか、気のせいではないか、と、そんなことがないではないとしても、言わない、言わないことを前提に制度を組み立てた方がよいということだ。

■翻訳書における「詐病」

1918(大正7)年

06/28(印刷)
◆ベツケル(※詳細不明 = 1918 木谷祐寛訳,『詐病及鑑定法』,南江堂書店. DOI:10.11501/933985
自序 往年予ノ姬路衞戍病院ニ職ヲ奉ズルヤ時ノ軍醫部長寺西幸作氏一日偶々(ある日たまたま)予ニ獨逸ベッケル氏著詐病論示シテ其ノ近世ノ好著ナルチ稱揚シ且ツ之ガ譯述ヲ勸メラル、予就テ(就いて=前に述べた事柄から、次に述べようとする事柄が起こるか、または必要となる旨を示すときに用いる語。したがって。よって。それだから。 ※小学館:デジタル大辞泉)之ヲ繙讀(はんどく)スルニ書中内科、外科、眼科、耳科、神經病、精神病等ノ各科二亙ル(わたる)詐病竝其ノ看破法ヲ網羅詳述シテ予ス所ナシ、而シテ其ノ詐病者ノ中ニハ或ハ兵役其ノ他ノ義務ヲ免レントセルアリ或ハ勞働賑賉(中國語)金又ハ保險金ヲ詐取セントセル者アリ其ノ手段方法ニ至リテハ實ニ千種萬態頗ル(すこぶる)吾人(=一人称複数ノ人代名詞。ワレワレ。 ※小学館:デジタル大辞泉)ノ意表ニ出ヅルモノ少カラズ、從テ其ノ看破法ノ如キモ苦心慘憺漸ク(ようやく)其ノ目的ヲ達セシ鑑定例等アリテ愈々(いよいよ=ますます。まさしく。とうとう。ついに。いざ。 ※小学館:デジタル大辞泉)譯述スルニ從ヒ益々其ノ趣味ノ盡キ(尽き)ザルヲ覺エタリ、當時之ヲ世ニ公ニセント欲セシモ公務多端ニシテ其ノ意ヲ得ズ空シク之ヲ筐底ニ藏セリ、今ヤ世ノ進運ニ伴ヒ各種保險業務ハ益々發達シ加之工場法ノ發布ト共ニ勞働者救助法ハ愈々繁雜ニ向ハントスルニ際シ奸黠(かんかつ=悪賢いこと。また、そのさま。狡猾。 ※デジタル大辞泉)ナル手段ヲシテ不正ナル利益ヲ獲得セントスル者ノ輩出スルニ至ルベキハ之ヲ逆睹(=物事ノ結末ヲアラカジメ推測スルコト ※小学館:デジタル大辞泉)スルニ難カラズ、此時ニ當リ僚友間ニ本書ノ出版を切ニ勸ムルモノアリ、予モ亦意動キ茲(ここ)ニベッケル氏原著ニ卑見ヲ加ヘ以テ之ヲ梓ニ壽スルニ至リシナリ、若シ夫レ(それ=文頭に用いて語調を整える語。そもそも。いったい。 ※デジタル大辞泉)軍醫、保險醫、監獄醫、警察醫、工場醫、竝一般實地醫家ガ之ニ賴リテ多少ニテモ裨益(=(する)助けとなり、役立つこと。 ※小学館:デジタル大辞泉)スル所アラバ予ガ望ハ既二足レルナリ。 予ガ本書ノ出版ニ從事スルヤ實ニ繁劇ナル公務ノ寸暇ニ於テセルガ故ニ校訂意ノ如クナラズ加フルニ予ノ淺學駑才謭陋(=見識が浅薄である ※白水社:中国語辞典)不文ハ以テ巧ニ原著ノ意ヲ讀者ニ告グル能ハズテ從テ譯語妥當ナラザルモノ字句ノ誤脫等亦必ズ多々アラン此等ハ他日再版ヲ待ツテ訂正スル所アラントス讀者幸ニ叱正ノ勞ヲ賜ハラバ光榮之ニ過ギザルナリ。 大正七年五月 木谷祐寬識 (一,二(序文)) ※カッコ内補足は中井
總論 詐病 Simulationトハ疾病或ハ障礙(障碍)ヲ有セザルモ之ヲ詐稱(詐称)スルヲ謂ヒ隱蔽(隠蔽) Dissimulation トハ是等ノ障礙ヲ隱匿スルヲ謂ヒ誇張 Uebertreibungトハ之ヲ誇大ニ訴フルフ謂フ、其ノ他既往(既往)ノ災禍(災禍)ト現症トノ原因的關係竝(並)其ノ疾病ガ作業能力ニ及ボス影響ヲ詐ハルモノモ亦之二屬(属)ス、以上ノ詐爲行爲ヲ總稱(総称)シ詐病ト云フ而シテ是等ノ目的トスル所ハ自己ノ健康狀態ヲ詐稱シ以テ不正ナル恩惠若クハ利益ヲ得ントスルニ他ナラズ。 詐病ハ虛言 Lüge ト同ジク古キ歷史ヲ有シ詐病セル例ハ既ニ太古ノ歷史中二見ユ、然レ共詐病ヲ行フニ最モ主要ナル動機及機會ヲ初メテ與(与)ヘタルハ實(実)ニ兵役ナリトス、卽(即)チ兵役ニ對スル恐怖心 費用、苦勞、忍耐及健康ナル體格(体格)等ヲ要スル兵役ヲ免レントスル努力トハ遂ニ詐病ノ範圍ヲ超越セル諸種ノ自傷 Selbstverstümmelung ヲ作爲スルノミナラズ(自傷ハ特ニ露圈ニ多キモ現今尙(尚)各國共ニ之アリ)各種ノ詐病モ亦(また)種々巧妙ナル手段ヲ以テ行ハルゝニ至レリ、サレバ詐病ニ關スル最初ノ群報モ亦之ヲ軍隊記事中二見ルコトヲ得ベシ、然レ共他ノ官廳(官庁)殊ニ民事及刑事裁判所ニアリテ…… (一〜(本文)) ※カッコ内補足は中井 ※続きを作成中

1996年

詐病の定義に関して|身体化について|虚偽性障害について

Kleinman, Arthur 1988 The Illness Narratives : Suffering, Healing, and the Human Condition,Basic Books =19960425 江口 重幸・五木田 紳・上野 豪 訳 『病いの語り――慢性の病いをめぐる臨床人類学』,誠信書房,379p. ISBN-10: 4414429102 ISBN-13: 978-4414429107 4410 〔amazon〕 ※ b ma

72-73

慢性の痛みには、世界中の人間の病いの経験でもっともありふれたひとつの過程が含まれている。私はその過程をあまり優雅とはいえないが事態を明らかにする、身体化、、、 (somatization) という名前で呼ぼうと思う。身体化とは、個人的問題や対人関係の問題を、苦悩の身体的慣用表現や、医療による援助を強く求める行動様式によって伝えるコミュニケーションである。身体化は、社会・生理学的な経験の連続したものである。一方の極には、身体の病理学的過程が認められなくても身体的不調を訴える事例があり、これには、意識的な行為(詐病、これはあまり見られないが簡単に見抜ける)と、無意識的に人生の問題を表現しているもの(いわゆる転換症状、これはより普通に見られる)とがある。もう一方の極には、身体医学的ないしは精神医学的な疾患による生理的機能の障害を経験し、説明可能なレベルを越えて症状やその症状が創り出す機能障害を増幅させながら、たいていの場合、その悪化に患者自身気づいていないという事例がある。 断然多数を占めている後者のカテゴリーの患者では、三つのタイプの力が影響して、彼らの病いの経験を増強し、ヘルスケア・サービスを過剰に利用するように促している。一つは、苦悩の表現を助長する社会的環境(特に家庭環境や職場環境)であり、二番目は、身体的訴えという言語を使って個人的問題や対人関係上の問題を表現する不幸の文化的慣用表現であり、そして三番目は、個人の心理的特徴(たいていは、不安障害、抑うつ障害、あるいは人格障害)である。 (72-73)

246-247

 病者のなかには、さまざまな理由によって、自分自身の病いをひき起こしてしまうという重篤な精神医学的問題をかかえている人びとがわずかながら存在するが、そうした問題は、普通、ごく親しい人に知られるほかはみな隠されている。病いを創り出す行為には、自分で血を流したり、さまざまな細菌を自分に注射したり、 尿や便の検体に血液を加えて重病に見せかけたり、体温計を暖めて熱のあるふりをしたりすることが含まれている。当人はこういう行動を隠して、しばしば綿密な医学的診断検査と治療を受けることになり、医療システムは大きな損害を被る。かつては、こういう行為にはミュンヒハウゼン症候群 (Munchausen's syndrome) というラベルが貼られていた。それは、奇想天外な手柄話で有名な冒険家、ミュンヒハウゼン男爵 (一七二〇ー九七)にちなん 名称である。現在の精神医学用語では、虚偽性の病い [虚偽性障害] (factitious disorder) と呼ばれている。 多くの場合、この異常な行動は慢性のものになり、ひとつの生き方になってしまう。[疾患があるといつわって主張する]詐病(malingering) と違って、そうすることで、経済的なあるいはその他の社会的な利益が実際に得られるわけではない。むしろ、すでにかなり混乱している人生をますます複雑にするだけである。 (246-247)

252-253

病いがその人個人にとってもつ意味はつねに重要であるが、それがこれまでの章で示したように病いのもつ種々の社会的意味や文化的意味によって支配されていることもたびたびある。それでも多くの人において、心理的な意味が、病の経過にもっとも大きな影響を及ぼすものなのである。そのようなグループに分けられる患者のなかでも、自らの病いを創り出すのはきわめて稀である。
 これまで慢性の病を集中しててきた経験のなかで、私は十五例の虚偽性の病いに出会った。 (252-253)


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*作成・更新:中井 良平
UP:20211115 REV:20211116~24, 27, 29, 30, 1201~09, 14, 20~23, 28, 20230529~0603, 05~08, 0717~19, 0920, 0924~27, 1211, 12, … 240304, 05, 0415, 0419
生を辿り道を探る――身体×社会アーカイブの構築  ◇生存・生活  ◇名づけ認め分かり語る… 
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