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「詐病」

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last update: 20211228

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■本頁の目次

■「詐病」に関する記述のある文献(作成中)
■「詐病」にまつわる言説の日本における変遷
■翻訳書における「詐病」

■「詐病」に関する記述のある文献(作成中)

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■「詐病」にまつわる言説の日本における変遷

1887(明治20)年

01/11(版権免許)・03/**(出版)
◆丹涅爾(Tanner, Thomas Hawkes.)著 1887 『詐病診断方』,長尾景弼. DOI:10.11501/834330
※原著詳細不明
其三十七疼痛「ペイン」
[詐僞(偽)法]神經(神経)痛、僂麻質(リウマチ)痛及他ノ疼痛ヲ詐稱(詐称)スル者(者)鮮少(せんしょう=非常に少ないこと。※『大デジタル辞林』)ナラス而シテ其ノ●(※判別できず。以下判別できない文字は●)察ハ甚タ困難ナルモノナリ●ニ出奇(人物・風景・性質・程度などが)特別である、格別である、珍しい。※白水社『中国語辞典』)ノ一例アリ曾テ(かつて)一●(丐?)婦切ニ乳房ノ疼痛ヲ訴エテ以テ之カ切斷(断)ヲ乞ヒ其施術ヲ受ケシ後更ニ他ノ乳房ヲ截斷(截断=切断)センヿ(こと)ヲ請フテ止マス因テ(よって)又之ヲ切去セシニ婦又其一手ヲ截除( 切除。※日中韓辭典研究所『日中中日専門用語辞典』)センヿヲ請求セリ是ニ於テ始メテソノ詐僞ナルヲ了知セリト云フ又「ゼ、ゴールド、ヘデット、ケーン」ト題セル一書中ニ齒(歯)痛ヲ假裝(仮装)セシ抱腹ノ一奇談ヲ載スルアリ曰ク一日(ある日)彿國(仏国)ノ皇子其近臣ト對(対)話シ談偶マ(たまたま)俄羅欺(オロシア)ノ事ニ及ヒシトキ(※原文は合字)皇太子曰ク彼ノ國ニ一人ノ侫人(ねいじん=口先巧みにへつらう、心のよこしまな人。※『大デジタル辞林』)アリ我將バイロンノ凌辱ヲ受ルニ及ヒ彼●(罵?)テ曰ク咄爾(おれ=二人称の人代名詞。相手を卑しめていう。貴様。おのれ。※『大デジタル辞林』)ハ吾二齒ヲ損失セシ原因ナリト傍人其義如何ト問フ彼答テ曰ク曾テバイロンノ愛顧セル牙醫(歯科医。※日中韓辭典研究所『日中中日専門用語辞典』)ノ我國ニ來(来)リシトキ(※原文ハ合字)吾バイロンニ諂媚(てんび=こびへつらうこと。※『大デジタル辞林』)センカ爲メ(ため)故ラニ(ことさらに)齒痛ヲ稱シ之ヲ拔除(抜除)スルニ託シテソノ牙醫ヲ招待セリト
[診斷法]此患者ニ於テハ剴切(がいせつ=非常によく当てはまること。また、そのさま。※『大デジタル辞林』)ニ其演述ヲ聽(聴)キ細愼(慎)ニ其訴フル患部ヲ撿シ(けんする=とりしらべる。あらためる。※小学館『漢字辞典』)且陽ニ(ように=うわべでは。※『大デジタル辞林』)信憑シテ着實(実)ニ診察スヘシ如此ナルトキ(※原文ハ合字)ハ其言フ所縱令(たとい)不條理(不条理)ナルモ彼必ス或症候ノ現存スルヲ告クヘシ但眞實(真実)判然タラサル者ハ眞ノ疼痛トシテ之カ處(処)置を施スヘシ若シ疼痛劇甚(激甚)ニシテ且延滯(延滞)スル者ニ在テハ或重病ヲ搜索(捜索)シ得ヘシ凡テ(全て)劇甚ノ疼痛ヲ帶(帯)フル患者ハ健食熟睡スル能ハスシテ肌肉多少脫耗(脱耗。※中国語)セサルハナシ (四十一〜四十三) ※カッコ内補足は中井
cf. Thomas Hawkes Tanner(外部リンク=Wikipedia)


1888(明治21)年

03/**
◆山本 善夫(他)編 188803** 『裁判医学. 前篇』,島村利助. DOI:10.11501/837318
勞(労)役若クハ法庭(法廷)ヘ出頭スルヲ免(免)レンカ爲(ため)メ或ハ離婚ヲ慾シ或ハ兵役等ヲ避ルカ爲メ或ハ休暇ヲ得ンカ爲メ或ハ外傷ヲ誇張シテ金錢ヲ貪ルカ爲メ或ハ罪ヲ輕(軽)減セラレンカ爲メ或ハ病院ニ入ランヿ(コト)ヲ好ミテ疾病ヲ詐僞(偽)ス
疾病ヲ隱(隠)匿スルハ職務等ヲ免セラルゝ(ルル)ヲ恐レ或ハ離婚ヲ嫌フニ由リ或ハ生命保險會社(保険会社)ニ入ランガ爲ナリ又ハ犯罪的ノ疾病例之爭鬭(争闘)ニ因ル負傷或ハ梅毒ヲ隱(隠)匿スルモノアリ (五十六〜五十七) ※カッコ内補足は中井
cf. 日本における生命保険の歴史(外部リンク=Wikipedia)


1917(大正6)年

◆服部 北溟 1917 『悪太郎は如何にして矯正すべきか』,南北社. DOI:10.11501/980101
尤もこの詐病については自分は餘(余)りに多くの實驗(実験)がないから、兒童學者(児童学者)の三田谷氏の說(説)を紹介することにして置きたいと思ふ、卽(即)ち
 子供が親や敎(教)師を詐(かた)るため假(仮)病をすることがある、
(略)
 假(仮)病には二種類あつて、その一つは自覺(覚)的の疾患或は疼痛で只(ただ)自己に感ずるのみで子供そのものにすら、全身の狀(状)態が變(変)化したことが十分に知られない場合がある、これが最も周圍(囲)の人をして判斷(断)に苦しましむる所である、その次ぎの第二のものは疾病の狀(状)態を詐(いつは)らんとするもので、例へばよく眼が見えないとか耳が聞えないとか、或は彼所が痛む此所が痛むと云ふのである、もし醫(医)者にかけるとするなれば、醫(医)者は餘(余)程よく種々の方法を用いて判斷せねばならぬ、 (一三九) ※カッコ内補足は中井


1932(昭和7)年

02/29(執筆)
◆渡辺 房吉 1932 『健康保険と詐病及外傷性神経症』,日本医事衛生通信社. DOI:10.11501/1049349
 私は長年開業醫(医)生活をして種々の患者に應接(応接)して來(来)たが、其中にはいろ/\(いろいろ)の事情󠄁(情)の纏綿(てんめん=複雑に入り組んでいること ※デジタル大辞林)したものもあり、複雑なる關(関)係の錯綜したものもあり、或は警官の前へ出で、或は法廷に自己の所見を開陳せるが如き場合もあった。
而かし未だ詐病 Simulation 及び外傷性神経症 Traumatische Neurose と云ふものに就き、 特に深く考慮し、或は之が容疑者に接する場合も尠(すくな)かつた。然るに數(数)年前健康保險(険)法が施行せられてから、詐病者(者)ならずやと疑はるゝ(るる)患者(者)や、外傷性神經(神経)症と診断せられた患者(者)などに遭遇する場合が多くなった。餘(余)りに不思議に思はれたので、内外の文獻(献)や、古今の書冊を涉獵(渉猟)し、旁た(かたがた) 容疑者(者)たる被保險者(保険者)等の身體(体)的竝(ならび)に精神的狀況(精神的状況)に一層(層)の注意を拂(払)ひ、多少の得るところがあったである。是に於て私は詐病に就ては雑誌『醫(医)業と社會(社会)』紙上に數囘(数回)に亘つて連(※原文は二点しんにょう)載し、更に昨年十一月福(福)島市に於て開催せられた第二十一囘關東々北醫師大會(二十一回関東東北医師大会)請(※原文は旧字)ひに應(応)じ、特別講演として其の一端を開陳した。 外傷性神經症(神経症)に就ても之を諸會(会)で講演し、日本醫師會(医師会)出版部發行(発行)の『醫政』紙上でも公表した。
 然るに偶ま(たまたま)友人鹽(塩)澤潮香君から『健康保険と詐病』との小著を慫慂(しょうよう=そうするように誘って、しきりに勧めること ※デジタル大辞林)せられたので、取り敢へず雑誌中の所載と講演の内容とを骨子とし、之に肉をつけ衣を纏はせて讀者(読者)に見えることゝした。從(従)って何等の誇る可き新味もなく、 又何等の特殊とすべき色彩もないのである。各種の外國(外国)文書をも参考し、且つ之を引用もし、例用もしたが、 又自己の實驗(実験)例をも加へて卑見を述(※原文は二点しんにょう)べ、或は我流の術語を用ひた所も尠(すくな)くない。 其分類、系統、記述の如きも敢て先蹤(せんしょう=先例 ※デジタル大辞林)の跡を追(※原文は二点しんにょう)ふことをせず、全くの我流が多い。讀者(読者)幸に私の愚を憐れんで、高敎(教)を垂れ給ふに吝(やぶさか)ならざらんことを。
  昭和七年二月二十九日 (一〜二) ※カッコ内補足は中井
cf. 健康保険法 (大正11年[1922年]4月22日 法律第70号)(外部リンク=愛大六法 Aichi University Legal Search Enging 'Aidai Roppou' version2.1)


11/01(印刷)11/05(発行)
◆中村 登 1932 『耳鼻咽喉科臨牀の実際』, 南山堂書店. DOI:10.11501/1049728
僞聾(偽聾)觀(観)破法
 之は裁判醫學(医学)上殊に兵役義務者(者)の檢(検)査に際し屡(しばしば)必要なるものにして、之を觀破せんとする方法種々あり。而して之が檢査に際しては、可及的凡ての方法を用ふるを良とす。然らざる場合には往々狡猾なる被檢者の爲(為)に欺れ、或は眞(真)性のものを詐僞者と誤る事あり。 (五一三) ※カッコ内補足は中井


1935(昭和10)年

◆中央公論社 1935 『防犯科学全集. 第2巻』. DOI:10.11501/1138408
保險(険)と詐病 次(つい)で勞(労)働保險、工場保險などの制度が布(し)かるゝに及び勞働者(者)の假(仮)病が急に激增(増)した。 殊に職務上の負傷には能率減退の率に相當(当)して年金が貰へることになつて居るので、なるべく働かずに貰へるものは貰はうとする心理が暗々裡に働いて、外傷性神經(神経)症といふ厄介な醫(医)者泣かせの病氣(気)がいつまでも長びき、其療法としては札束の投與(与)より外にはないとまで云はるゝに至った。 疾病保險、傷害保險の審査醫は常に詐病看破に熟達して居なければ會社(会社)に多大の損害を興(あた)へる事にならう。
 これに反して生命保險に加入したい人々は既(既)往症を祕(秘)し、現在症をなるべくごまかさうとする傾向がある。之は匿病といふが詐病の一變(変)態である。
 詐病は自傷することもあり、既存疾患、負傷の治癒を妨害する事もあるが、多くは實(実)在の疾病、障害を過大、誇張的に訴えてなるべく働くことを避けようとするのである。  然し症狀(状)に精(精)通する醫師の目から見ると身體(体)を精檢して得たる他覺(覚)的所見と本人の訴える自覺的症狀との閒に、餘(余)りにもヒドイ矛盾があれば直(ただち)に看破出來(来)る。素人は醫學に精通して居らぬから、矛盾をも平氣で誇張するから鑑定醫には有難い。 (一七七) ※カッコ内補足は中井
cf.
◆菊池 浩光 20131225 「わが国における心的外傷概念の受けとめ方の歴史」,『北海道大学大学院教育学研究院紀要』, Vol.119, 北海道大学大学院教育学研究院, pp105-138. [外部リンク]
本症は,その姿を追究しようとすると,輪郭が曖昧なものになってしまうという性質があった。外傷後の精神変容は明らかに認められるにもかかわらず,器質因なのか心因なのか,独立した疾患なのか従来の神経症にすぎないのか,それらを追究していこうとすればどちらの可能性も捨て切れないといった胡散臭さは最後まで解消しなかった。CTやMRIなど脳の画像診断から遠い時代には,やむをえないことであっただろう。かくして,外傷神経症は細分化されたり多義を抱くようになったり,わざわざ「真性」と差別化しないといけなくなったりした。高折(1931)は,外傷性神経症の研究を次のような比喩を用いて表現している。「ひとつのことを知るために10匹の動物実験をする場合に,最初の2匹の実験をすればだいたいの見当はつくものだ。要領の良い人は2匹の実験だけでやめて次に進んでいく。丁寧な人は残る8匹も実験してみる。ところが8匹の実験をやったためにいろいろと一致しない成績が現れて判断に苦しむ」。これが当時の研究者の実感だったのであろう。研究の甲斐がなく曖昧模糊とした中にあって,例えば「外傷性神経症は賠償欲求に由来する」といった見解は,患者をそのような色眼鏡をかけてみればそのように見えてくるし,医療者も迷わなくてすむので,受け入れやすかったであろう。

◆佐藤 雅浩 2009 「戦前期日本における外傷性神経症概念の成立と衰退--1880-1940」,『年報科学・技術・社会』, Vol.18, 科学・技術と社会の会 pp1-43.
◆佐藤 雅浩 2013 『精神疾患言説の歴史社会学 : 「心の病」はなぜ流行するのか』, 新曜社, 518p. ISBN-10:478851334X ISBN-13:978-4788513341 5720+ [amazon][kinokuniya]


1936(昭和11)年

◆渡辺 房吉 1936 『詐病と其診査』,日本医事衛生通信社. DOI:10.11501/1047157

 詐病にも時代色がある。此時代色はそれ/゛\(それぞれ)の時代に於ける社會(社会)事情(※原文の「情」は旧字)や、人心の歸(帰)向を反映して居るものであるが、一般に古代色の詐病の方が現代色のそれよりも性善良質の樣(様)であり、其動機や原因にも寬(寛)恕すべき點(点)が多い樣である。思ふに之は各國(国)とも同樣であらう。要するに社會生活が複雜(雑)になればなるほど、人の生活が逼迫すればするほど、嘘も詐病も不良惡(悪)質になるものゝ樣である。 (三) ※カッコ内補足は中井

二四〜二五

第五 詐病に惡(悪)用せらるゝ(るる)病名及び症狀
 病氣(気)の中には詐病に利用され易いものと、利用され難いものとがある。昔は醫學(医学)的智識が淺く(浅)、醫家と稱(称)せられた者(者)でも其診斷(断)が明確で無く、殊に科學的鑑定などと云ふことが絕(絶)無であつたから、詐病に用ひらるる病名及び症狀なども好い加減のものであつた。故に昔の記載を見ても癪(しゃく=胸や腹が急に痙攣 (けいれん) を起こして痛むこと。さしこみ ※デジタル大辞泉)だとか、 疝氣(せんき=漢方で、下腹部や睾丸 (こうがん) がはれて痛む病気の総称 ※デジタル大辞泉)だとか、風だとか、所勞(労)だとか、不快だとか云つたものが多い。或は單(単)に作病を構へたとか、虛(虚)病を使つたとか、云ふ樣(様)に槪(概)念的に書いて病名の無いものも多い。此間に於て割合に多いのは佯(よう=いつわる)病である。 作り阿呆、似せ氣違ひ、うつけ病、佯盲、僞(偽)唖、僞聾、作りどもり、僞せ馬鹿等々の名が往々にして散見される。
 近來(来)は醫學の進步が著しく、病氣の數(数)も昔よりは多くなった。從つて(したがって)、詐病者に利用される病氣も廣(広)汎多數になつて來たが、其診斷鑑定が又明確になつて來たから之が發(発)見も中々多い。然しながら詐病者も科學的に硏究して詐病する樣になつて來たから、迂闊にして居ると容易に欺かれるものである。近代の作病者が好んで詐病に惡用する病名は、何れ本書の各論に於て簡單に略記するから、玆(ここ)には症狀の詐病に就て一言して置かう。

症狀の詐病
 疾病の症狀としては單に自覺(覚)的のものと、他覺的變(変)化を伴ふものとがある。其の何れもが詐病せらるゝものであるが、殊に他覺的變化を伴はない自覺症狀は好んで詐病者から慣用される。醫家としては之が診斷は困難である。此の困難が詐病者の乘(乗)ずる所の附け目である。それだけ詐病するには好都(都)合であるわけである。

(一) 自覺的症狀の詐病
 損傷治癒後に於ける該部の頭痛、異常感・牽引感・重壓(圧)感等々は往々訴へらるゝ所であり、頭部損傷後に於ける頭痛・眩暈・不眠・壓迫感・記憶力減退等々も詐病者の云い募る症狀である。挫傷又は打撲後の不定痛・關節(関節)痛・瘢痕痛・神經(神経)痛又は僂麻質(リウマチ)性疼痛等も亦屢々(しばしば)訴へられる。最初は誇大的に大袈裟に訴へるが、云い分が通つて相當(当)の補償又は手當金が獲得さるれば直に治癒するを常とする。若し此の不純な目的が貫徹されない間は、何時までも其症狀の苦痛は永續(続)する。此の點(点)はよく慾望性神經痛と稱せられてゐる外傷性神經症に類似してゐる。又實(実)際外傷性神經症に於けるが如く、最初は不純な動機から誇大的に云つたのが、遂には固定觀念となり、實際病症の存續するやうに想像し、或は然う(そう)であると自信するやうなことがある。然うなると意志の力も弱り、判斷の力も鈍り、而も(しかも)甚だしく過敏性となり、輕(軽)易の業務にも從事不可能と思ひ込むやうになる。 (二四〜二五) ※カッコ内補足は中井
cf. 器質性精神障害(外部リンク=脳科学辞典)=◆上田 敬太・村井 俊哉 20130524 「器質性精神障害」,『脳科学辞典』. DOI:10.14931/bsd.3716
現在の分類の問題点は、認知症性疾患などを除いて、器質性精神障害は、内因性精神障害の分類に基づいて分類されていることにあるといえるだろう。つまり、明らかに脳に障害を生じている一群の疾患が、原因不明の精神障害に基づいて分類されているということである。このことは、一つには精神医学という医学の分野から、原因がはっきりするたびにそういった疾患が取り除かれてきた過程を思い出させて、興味深い。

一二二〜一二四

(ほ) 自覺症狀(自覚症状)の確認
 自覺症狀の診斷(断)の際には、患者(者)の訴へが大きければ大きいだけ、虛僞(虚偽)若くは詐病の潛(潜)在することが多いものである。故に醫(医)家としては、『どんな仕事も出來(来)ないか』、『仕事によっては出來るか』を確めるの必要な事がある。尙ほ(なお)患者が自發(発)痛若くは壓(圧)痛を訴へるならば『此の如き微細な外傷で果して斯程(かほど)まで痛いものか』、『他覺的變化(変化)が聊(いささ)かも無くしてどうしてこれ程痛がるのか』等の點(点)を精(精)査しなければならぬ。
 自發痛の診斷、、、、、、 患者が自發痛のみを訴へ、他覺症狀の全く缺(欠)如して居る際には、能く受傷當(当)時の外力の働き具合、其の際に於ける患者の位置等を確かめ、更に脫(脱)衣させたり、着衣させたり、立たせたり、座らせたり、かゞませたり、握らせたり、種々の動作をさせて見て、其の疼痛の模樣(様)を銳敏(鋭敏)に監視(視)し、觀(観)察する。次に二ー三日臥床を命じ、次で步行させたり、或は輕(軽)易の仕事をさせたりする。其間監視の眼を放つてゐると、患者が油斷して詐病を暴露することがある。或は麻醉劑(麻酔剤)を注射したり、蒸留水を注射したり、兩(両)者を交互に注射したりして共反應(応)に注意すると、患者は容易に化けの皮を現はすこともある。
 壓痛の診斷、、、、、 他覺的變化が極徵であるか、或は絕(絶)無であるに關(関)せず、壓痛を訴ふる患者があつたら時を違へ、場所を違へ、又其强(強)さを違へて屢々(しばしば)壓迫を試みる。或は患者の注意力を他方に傾けさせつゝ之を檢(検)査して見る。若し壓痛部に觸(触)れぬうちに之を撥ねのけやうとしたり、單(単)に皮膚に觸れたのみであるのに、痛さうな樣子をするのは詐病である。一體(体)に輕微な外傷後に、診察せんとする醤師の手を撥ねのけやうとするのは、多くの詐病者の慣用手段だと云はれてゐる。醫師の最初の診斷を困難にさせ、其思想を多少混亂(乱)させて、醫師をして『重い外傷だ』と思ひ込ませるためである。 不馴れの醫師は之により欺かれるが、經驗(経験)ある醫師は容易に其の手に乘(乗)らないものである。私が後に記述󠄁(※原文は旧字)するヨセフ・プツチヤーと云ふ保險魔は、此のトリックを用いて曾て(かつて)一度も受傷部に醫師の手を觸れさせずに、脊柱骨折の診斷の下に入院治療を長く續(続)けてゐたのであった。 (一二二〜一二四) ※カッコ内補足は中井
cf. アロディニア(外部リンク=脳科学辞典)=◆津田 誠・井上 和秀 20210623 「アロディニア」,『脳科学辞典』. DOI:10.14931/bsd.3875
通常では痛みを引き起こさないような非侵害刺激(接触や軽度の圧迫、非侵害的な温冷刺激など)で痛みを生じてしまう感覚異常のこと。

  

1944(昭和19)年

◆司法省秘書課 1944 『司法資料. 第287号』. DOI:10.11501/1145721
精神(精神)病學者(学者)の著(著)述(※原文は二点しんにょう)を見ると、法律家は被疑者の精神狀(状)態に異樣(様)な點(点)を認めると、すぐこれを詐病であると考へ易いことを戒めてゐる。そして、詐病といふものは法律家の側から想像する程多くはない、といふことが捉はれのない觀(観)察者の一致せる意見であると述(※原文は二点しんにょう)べてある。なるほど犯罪者が不名譽(誉)なそして自由を奪ふ刑罰を免れんとして、詐病を思付くことは見易い道理ではあるが、クラフトエービング Kraft-Ebing (註一)の指摘してゐる如く、感情(※原文は旧字)の動搖(揺)といふことが精神障碍の重大な原因であり、而もそれは犯罪者がその犯行の前後竝(ならび)に犯行の最中に充分經驗(経験)することである點を看過してはならないのである。從(従)て、自由剝奪の影響竝に肉體(体)的に障害を與(与)へ精神的にも抑壓(圧)する拘禁生活狀(状)態の影響によつて、眞實(真実)精神障碍が存するであらうとの疑惑は、少くとも詐病であらうとの疑惑が一應(応)正常であるのと同樣(様)に成立し得るのである。これを要するに、拘禁せられた者が他の理性確かな囚人との雜(雑)居であらうとも、或は病院内であらうとも、これを綿密巨細に觀察することこそ重要問題なのである。
 詐病であるかどうかは、逮捕せられた者が監(※原文は旧字)視(視)人のゐる前で病氣(気)を申立て、頭痛などを特に熱心執拗に訴へることによって判斷(断)出來(来)る。卽(即)ち眞實の精神病者ならば通常さうしたことをしないものである。また假令(たとえ)暴れ騷(騒)いだとしても何處(処)かに我身を要愼(用心)する態度があり、質問に對(対)しては反對の答をするものであるから、それによって直ちに質問の意味を了解してゐるに違ひないといふことが判るのである。 (三三八ー三三九) ※カッコ内補足は中井


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■翻訳書における「詐病」

1996年

詐病の定義に関して|身体化について|虚偽性障害について

Kleinman, Arthur 1988 The Illness Narratives : Suffering, Healing, and the Human Condition,Basic Books =19960425 江口 重幸・五木田 紳・上野 豪 訳 『病いの語り――慢性の病いをめぐる臨床人類学』,誠信書房,379p. ISBN-10: 4414429102 ISBN-13: 978-4414429107 4410 〔amazon〕 ※ b ma

72-73

慢性の痛みには、世界中の人間の病いの経験でもっともありふれたひとつの過程が含まれている。私はその過程をあまり優雅とはいえないが事態を明らかにする、身体化、、、 (somatization) という名前で呼ぼうと思う。身体化とは、個人的問題や対人関係の問題を、苦悩の身体的慣用表現や、医療による援助を強く求める行動様式によって伝えるコミュニケーションである。身体化は、社会・生理学的な経験の連続したものである。一方の極には、身体の病理学的過程が認められなくても身体的不調を訴える事例があり、これには、意識的な行為(詐病、これはあまり見られないが簡単に見抜ける)と、無意識的に人生の問題を表現しているもの(いわゆる転換症状、これはより普通に見られる)とがある。もう一方の極には、身体医学的ないしは精神医学的な疾患による生理的機能の障害を経験し、説明可能なレベルを越えて症状やその症状が創り出す機能障害を増幅させながら、たいていの場合、その悪化に患者自身気づいていないという事例がある。 断然多数を占めている後者のカテゴリーの患者では、三つのタイプの力が影響して、彼らの病いの経験を増強し、ヘルスケア・サービスを過剰に利用するように促している。一つは、苦悩の表現を助長する社会的環境(特に家庭環境や職場環境)であり、二番目は、身体的訴えという言語を使って個人的問題や対人関係上の問題を表現する不幸の文化的慣用表現であり、そして三番目は、個人の心理的特徴(たいていは、不安障害、抑うつ障害、あるいは人格障害)である。 (72-73)

246-247

 病者のなかには、さまざまな理由によって、自分自身の病いをひき起こしてしまうという重篤な精神医学的問題をかかえている人びとがわずかながら存在するが、そうした問題は、普通、ごく親しい人に知られるほかはみな隠されている。病いを創り出す行為には、自分で血を流したり、さまざまな細菌を自分に注射したり、 尿や便の検体に血液を加えて重病に見せかけたり、体温計を暖めて熱のあるふりをしたりすることが含まれている。当人はこういう行動を隠して、しばしば綿密な医学的診断検査と治療を受けることになり、医療システムは大きな損害を被る。かつては、こういう行為にはミュンヒハウゼン症候群 (Munchausen's syndrome) というラベルが貼られていた。それは、奇想天外な手柄話で有名な冒険家、ミュンヒハウゼン男爵 (一七二〇ー九七)にちなん 名称である。現在の精神医学用語では、虚偽性の病い [虚偽性障害] (factitious disorder) と呼ばれている。 多くの場合、この異常な行動は慢性のものになり、ひとつの生き方になってしまう。[疾患があるといつわって主張する]詐病(malingering) と違って、そうすることで、経済的なあるいはその他の社会的な利益が実際に得られるわけではない。むしろ、すでにかなり混乱している人生をますます複雑にするだけである。 (246-247)

252-253

病いがその人個人にとってもつ意味はつねに重要であるが、それがこれまでの章で示したように病いのもつ種々の社会的意味や文化的意味によって支配されていることもたびたびある。それでも多くの人において、心理的な意味が、病の経過にもっとも大きな影響を及ぼすものなのである。そのようなグループに分けられる患者のなかでも、自らの病いを創り出すのはきわめて稀である。
 これまで慢性の病を集中しててきた経験のなかで、私は十五例の虚偽性の病いに出会った。 (252-253)


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*作成・更新:中井 良平
UP:20211115 REV:20211116, 17, 18, 19, 20, 21, 22, 23, 24, 27, 29, 30, 1201, 02, 03, 04, 05, 06, 07, 08, 09, 14, 20, 21, 22, 23, 28,
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