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「詐病」

Malingering

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last update: 20240630

このページは中井 良平が自身の研究のために(も)情報の収集を行います。
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■本頁の目次

■当事者の語り
■「詐病」にまつわる言説の日本における変遷
■翻訳書における「詐病」

■当事者の語り

◆PNESと診断された自分へ/埼玉県/男性/30代/本人 20200917 「「本物と偽物?」PNESと診断された自分へ(「てんかん」あなたの体験談 ―#隣のアライさん(2020年9月放送))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/30/?page=8
この特設サイト投稿で色々な立場の方の声を目にして、自分と同じ悩み葛藤があるんだなと、少しホッとした自分がいる。 てんかんとの付き合いは約15年。タイプは「真性てんかん(強直間代)と心因性非てんかん(PNES)の混合です。」真性では何度も救急搬送され挿管、脳波異常も認められる。一方、PNESはメンタル(ストレスなど)が誘発するそうで、バイタルや脳波に特段異常なく「偽発作」と診断され搬送先の医師から、「メンタルの方だから精神科で診てもらって」と相手にされない時もありました。神経内科や精神科を歩き回り、今のかかりつけ医に出会うまで約8年ついやした。 色々なタイプの発作がありますが、PNESも知って欲しい。 […] 
◆ダイちゃん/男性/40代/患者本人 20200915 「発作が起きなくなった場合に被る不利益(「てんかん」あなたの体験談 ―#隣のアライさん(2020年9月放送))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/30/?page=8
全て私が経験したことです。 ・発作が起きないと障害基礎年金支給を停止される 手術から半年しか経ってないのに、「もう発作が起きないと思われるので支給停止します」と年金事務所から言われました(それから7年余り発作はありません)。支給停止を機に就労活動し、障害者枠で雇用されました。 ・詐病を疑われる 発作が丸一年以上無いと、「本当にてんかんなのか」と疑われることがあります。手術が成功したり、発作が起きる要因(寝不足、昼夜逆転など)を避けた生活をしていれば、何年も起きない人がざらにいます。 ・障害者手帳の更新も一苦労 発作がずっと起きていない=服薬が不要=障害者に相当しないと判断され、障害者手帳を失う可能性がつきまとっています。障害者枠で就労していることを考慮してもらい、最低限の薬を処方してもらっています。
◆みぃ/神奈川県/女性/50代/看護師 妻 20190114 「線維筋痛症 慢性疼痛 腎不全(“見た目にわかりづらい” 難病 仕事・恋愛・結婚についてのお悩み・体験談-チエノバ(2019年2月7日放送))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/16/?page=18
医療現場で看護師として働いて32年、以前なら人の夜勤の代わりに出たりするのも平気だったのが、今は欠勤太郎と名前がつくくらい。腎不全が持病にあったので、だるさや疲れ、発熱などは腎不全からだとおもっていました。年々体が言うこと聞かなくなり、 欠勤、ズル休み、役に立たないとか言われ、更年期でみんなたどるから甘えてるとか医療現場の方から冷たい目で見られてしまいます。 休んでいづらくなって退職、転職の繰り返し、自分を責めました。 2年前から普段の生活すら、身体をおこすことができなくなり寝返りのたびに激痛が。痛みのクリニックで脳脊髄液減少もやっているから線維筋痛症だと思う、そういわれて色々と診察しましたが、線維筋痛症はみれない。これはちがう。精神的だと言われ、やっと痛みにたいして治療と診断から障害2級です。それでも詐病扱いされます。
◆ハートフルたろうさん/東京都/30代/障害の当事者 20171002 「対話をする場(若者のこころの病について語り合いましょう 番組ディレクター)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/55/5.html
現在、統合失調症と診断されて10年ほど経ちました。  […]  病気について知りたいと思ってインターネットを見ると書き込まれている内容は様々で、医師や製薬会社が病気を潜在化させているというものや本人の怠けだというもの、障害の当事者同士でなのか不明でしたが相手を詐病でないかなどと言っているものもありました。  […] 精神医療に科学的な完璧さはないでしょうが、治療していこうという方向で進めることが正しい道だと思っています。  […] 今の精神医療は、医師の診断の責任も患者の申告の責任も問われないので、様々な立場で私欲の利用ができてしまう状態だと思います。(経済的苦境を他の福祉制度でフォローできない問題もあるかと思いますが) 番組で医師同士で討論したり、病気の経緯と今の診断を投稿してもらって他の医師からみてどう思うかなど、対立する意見が冷静に話される場所があればと思います。 多数決で正しさを決めたり誰が悪いかを決めたいわけではなく、医師も患者も誠実な人が尊重されてほしいです。
◆宮原拓海さん/東京都/20代/子ども 20170601 「みんなの為にも死にたい(発達障害プロジェクト カキコミ板に寄せられた声)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/46/38.html
適応障害と身体表現性障害(今で言う変換性/転換性障害?)、ADDの診断を受けている自閉ボーダー当事者です。 四肢の脱力の発作が頻発するのですが、発作さえ起きなければ健常者とほぼ変わらない仕事ができる状態なせいで、家族からは怠け者の穀潰しと言われ着替えと入浴の制限を受けています。発達は治らないから通院も金の無駄だということで、半年前から病院に通うことすら許されていません。  […]  母とは顔を合わせる度に喧嘩をしてしまい、母の言い分に反論するとお前の記憶は全て自分の都合のいい捏造だと怒られ、早く家を出て行けと言われます。働いて家を出るために病院に行きたいと言うと、お前が手帳の申請をしなかったのが悪いと言われるのですが、今の状態は病院で書類を書いてもらった当時とは大きく異なるのでよくないと言うと、障害者様気取りだと罵られます。 主症状である身体表現性障害の克服法をネットで調べても、同じ症状に悩まされている方の体験談は見つからず、年金目的の診断書だとか、ドクターショッピングだとか、詐病だとか言われている記事ばかりが目につき、周りのためにも一刻も早く死にたいという気持ちばかりが強くなっています。 人間として生きることを認められるためにも、治療を受けるためにも、働ける脳がほしいです。それを取り戻せないのなら社会の為にも死ぬことを許してほしいです。 死なない限り周りに迷惑をかけ続け、生きていても何も利益を生み出せない役立たずのゴミなので、今はただ、運良く障害の影響で心肺機能が止まってくれるか、その他の要因で突然死できることを祈るだけの毎日です。
◆まことさん/埼玉県/30代/妻 20170525 「リアリティのある「支援」を(発達障害プロジェクト カキコミ板に寄せられた声)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/46/42.html
ADHD・自閉スペクトラム障害と診断され、現在ストラテラ等の投薬治療を行っています。 生活において、やはり何よりも必要だと感じるのは、周囲の理解でも認知でもなく「お金」です。 発達障害の公的支援(障害年金)がある事を今年に入ってから知り、申請をしました。日本は資本主義です、誰が何と言おうが、綺麗事を並べようが、資本が無ければ実質何もできません。 もちろん、詐病や重病を装う事はあってはならないし、それは犯罪です。しかし、現在の社会システムに適応できない私のような人間へのセーフティネットがある、という部分をもっとメディアで広げてもいいのではないでしょうか。あまりにも情報が少なすぎます。 綺麗事と理解で生きてはいけません。どうか、検討していただけないでしょうか。
◆ごまふさん/30代/ 20160604 「諦めなければいけない(「障害のある女性」あなたの悩み・必要と思う支援(2016年7月特集))」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/25/6.html
わたしは、解離性障害を患っています。 10代の頃から発症し、沢山の病名を渡り歩いてこの病気に辿り着きました。 今わたしは既婚ですが、 子供を産む事は諦めています。  […] ハンデを乗り越えて、 出産、育児をされている方も多いのは知っていますが… 実母も出産どころか、 「妊娠したらおろしなさい。面倒は絶対に見ない」 と結婚前から言われ続け、 もし産んでもサポートをしてくれる人が居ないのは怖くて仕方ないです。 仕事面でも、 […]  わたしの記憶が保てない症状に責任が取れないと言われて解雇された事があります。 個人では必死でメモをしたり対策をしても、一度のミスが決定打になる仕事でしたので、仕方ありませんでした。 でも、今でも諦められずに居ます。 生きにくい。 こんなにも生きにくいのに、 詐病だとか、甘えと言われてしまう事が多い障害です。 利得なんて、この病気にないですよ。 普通の人生、やりたかった事、 挫折を繰り返すだけの病気です。 完治は無いらしいですが、 寛解を目指して生きています。
◆なごみさん/静岡県/40代/母親 20150806 「中途障害、弱視です(視覚障害「これだけは知って欲しい」街中に潜むキケン)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/13/1.html
手帳の等級は1種1級。 よく言われるのが、見えてるくせに(白杖を使って障害者アピールするな) ネットができるなんて詐病じゃないか 弱視なので全く見えないわけではありません(右0左0.03) 色にハッキリした違いがあれば足元見えますし 大きい文字も、見えます。 ゆっくり歩けば柱や人にぶつからないように歩けます。 ネットは老眼鏡の中にカード型の虫眼鏡のようなのを挟んで 5センチ先くらいまでの大きめの文字なら見えます。 視覚障害者はこうあるべきと決めつけられるのは悲しいです。 去年の今頃はしっかりと見えていたので、服もオシャレしてました。 突然見えなくなっても、新しく服を買い換えたりしません。 市役所に行くと、目が悪い人はそんな恰好はしない、目が悪いように見えないと散々いわれます。 そのくせ(生活保護相談で車の所有を認めてもらおうとしたら)全盲の人でも電車やバスを使って、どこにでも行けると。 でもとても怖いんです。 エスカレーターなど介助されても乗れません。 障害者枠で仕事を探しましたが「精神、肢体、聴覚ならあるんだけどね。目は厳しいよ」と、8ヶ月経った未だに一件も紹介してもらえません。  […] 
◆おやすみまんさん/埼玉県/40代/父親 20141210 「医療と福祉の拡充と連携が必要では?(高次脳機能障害と向き合う)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/73/5.html
4年前の交通事故で「高次脳機能障害」と診断されました。 この診断にたどり着くまで交通事故から3年弱掛かりました。 「高次脳機能障害」は周りからは分かりにくい障害なので、詐病とか気のせいにされやすく、正確な診断にたどりつくまで長期間経過している場合が多く、大変つらい思いをします。  […]  まず、「高次脳機能障害」を診断できる医療機関が偏在しているので、診断できる医療機関の拡充が急務ではと思います。 次に、医療と福祉の橋渡しをする支援拠点の拡充が必要ではと感じます。
◆ミクさん/北海道/40代/主婦 20141114 「難病、『理解されていない』と感じるとき(2014年11月“チエノバ”)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/new-voice/bbs/75/4.html
 […] 外科医には「大げさ」「痛みなんて置いておける」「気のせい」と言われ、ストレスマックス!!  […] 外科医の「こんなに腫れるなんてねぇ...本当に痛かったんだね」の言葉で更に心が病んできそうです。 医者がCRPS患者の痛みは詐病だと疑って診るんですから。 麻酔科医の先生は痛みに触れてくれます。だけど整形でもリハビリでも詐病を疑って治療をしてきました。麻酔科医以外のその“無茶な”治療がキッカケで腫れあがったんだと思う。 もっと患者の痛みに耳を傾けて欲しかった
◆郡 照子 『詐病と呼ばれて───交通事故傷害者の人権と弁護士』,碧天舎,451p ISBN-10:4865000062 ISBN-13:4883461181 [amazon][kinokuniya]
 平成十三年師走のとある朝、私は年賀状を書いていた。筆ペンを走らせていると、大切な友人達の懐かしい顔が思い浮かぶ。 […]  手を休めると、交通事故加害者の顔がふと目に浮かんだ。そして思った。この賀状のあて名の中に加害者さん夫妻の名前が入っていたら、その代理人T・M弁護士の名前が書けたなら、今私はどんなに幸せだろうか、と。  事故当時、私は若い加害者に宿っていた小さな生命に事故の果が及ばないようにとひたすら願った。また、私の健保による診療に切り替えて加害者の治療費の負担が増えないよう心配りもした。私のそんな思いと裏腹に現実はまるで違っていた。事故の傷害に苦しんでいる中、加害者が弁護士を使って治療費の支払いを拒絶したので、私は地検へ事故の再捜査を上申し弁護士会同弁護士の懲戒請求をするなど事態は思わぬ方向へ動いた。加害者が謝罪を拒み、争いを構えた三年越しの姿勢に、私は最後まで相手方と心からの和解が出来なかった。

(10-11)

 私がこの本を書き始めたのは、加害者側弁護士の不当な行為と主治医の診療態度がきっかけであった。私が交通事故による諸症状に苦しんでいた平成十年八月に、事故責任百パーセントの加害者の代理人となった弁護士が、「詐病だ」と虚偽の言いがかりをつけ治療費支払いを一方的に拒んで私に治療の打ち切りを迫った。 […]  一方、主治医は他覚的所見のない頸椎症状の証明を嫌って早期に診療を打ち切りたい意向で、頸椎以外の患部診療を一部拒否した。症状の真実を証言し証明してくれる見込みがなかったので、「このままでは加害者側の詐病だという大嘘の主張がそのまま通り、治療を打ち切られ私は寝たきりにされてしまう」事態に直面した。危機感を抱いた私は、自分の身を守るために症状推移の記録を残してきた。この本の基になったのは、手帳四冊にわたった通院期中の記録である。

(11)

■「詐病」にまつわる言説の日本における変遷

1886(明治19)年

06/21(版権免許)・09/**(出版)
◆山本善夫※編 1886 『裁判医学』,島村利助・島村支店・丸屋善七. PID:info:ndljp/pid/837317
※医師
裁判醫學序 今ヤ本邦醫學ノ進歩日一日ヨリ多ク四方ノ學士陸續輩出シテ基蘊奥ヲ究ムルニ至レリ而シテ裁判(原文では旧字)医學ノ如キ亦重要ニテ欠ク可ラザル者ナリ何トナレバ僞病及隱病等或自殺及被(原文では旧字)殺等ニ於テ監定精審ナラサル時ハ寃枉​(えんおう=無実の罪 ※『Wiktionary』)遁情(感情を隠すこと ※『汉语大词典』 ※情は原文で旧字)ノ失ナキ能ハス予斷訟ニ關スル處ノ諸說ヲ蒐集スルコト既ニ久シ遂ニ積テ一小冊子ヲナスニ至レリ而シテ此說(この理論)タル歐羅巴及日本國ニ於テ諸學士等實驗セシ所ノ範例ヲ擧(挙)クル者ニシテ聊カ(いささか=ちょっと)補益(補益)アラントス因テ刊行シテ世ニ公ニス醫術ニ志アル君子ノ參考ニ供ス學者幸ニ拙カ罪ヲ咎ムル勿レ 纂輯​(纂集)者錄​(録)之

(一〜二) ※カッコ内補足は頁作成者

1887(明治20)年

01/11(版権免許)・03/**(出版)
◆丹涅爾(Tanner, Thomas Hawkes.)著 1887 『詐病診断方』,長尾景弼. DOI:10.11501/834330
※原著詳細不明
詐病診断方緒言 本篇ハ西暦一千八百七十一年刷行米国非拉得費刷行メヂシンドクトル丹迴爾氏著ノ察病論ヨリ抄訳セルモノニ係ル夫レ洋ノ東西ヲ問ハス人智ノ開進スルニ随テ(したがって)奸計詐謀ノ益々多且ツ巧ニ至ルハ勢ヒ免ル可カラサルノ事情ナリ看ヨ泰西人(西洋諸国の人。 ※『精選版 日本国語大辞典』)智ノ度高上ナルヨリ姦悪ノ計策モ亦極メテ巧妙ナルヲ今也(いまや)我邦人ノ智識日進月歩シテ愈々(いよいよ)開明ノ域ニ達セントス是ニ於テ乎詐偽ノ術計亦随テ増進セサルヲ得ス現ニ徴兵検查ノ時ノ如キ往々詐病ヲ称する者アルハ既ニ世人ノ知ル所ナリ尚且西人雑居ノ期応ニ(まさに)近キニアルヘシ世智ノ益々慧点ニ趣クヘキハ蓋シ(けだし)智者ヲ須テ(もちいて)後ニ知ラサルナリ是レ予(われ)カ此篇ヲ訳成セシ所ノ微意ナリ世ノ刀圭(医術、また、医者の称。 ※『精選版 日本国語大辞典』)ニ従事スル者之ニ頼テ詐病ヲ診断スルノ一助ヲ得ハ幸甚 明治十九年十二月 訳者識

(一〜二) ※カッコ内補足・新字体変換は頁作成者

其三十七疼痛「ペイン」
[詐僞(偽)法]神經(神経)痛、僂麻質(リウマチ)痛及他ノ疼痛ヲ詐稱(詐称)スル者(者)鮮少(せんしょう=非常に少ないこと。※『大デジタル辞林』)ナラス而シテ其ノ●(※判別できず。以下判別できない文字は●)察ハ甚タ困難ナルモノナリ●ニ出奇(人物・風景・性質・程度などが)特別である、格別である、珍しい。※白水社『中国語辞典』)ノ一例アリ曾テ(かつて)一●(丐?)婦切ニ乳房ノ疼痛ヲ訴エテ以テ之カ切斷(断)ヲ乞ヒ其施術ヲ受ケシ後更ニ他ノ乳房ヲ截斷(截断=切断)センヿ(こと)ヲ請フテ止マス因テ(よって)又之ヲ切去セシニ婦又其一手ヲ截除( 切除。※日中韓辭典研究所『日中中日専門用語辞典』)センヿヲ請求セリ是ニ於テ始メテソノ詐僞ナルヲ了知セリト云フ又「ゼ、ゴールド、ヘデット、ケーン」ト題セル一書中ニ齒(歯)痛ヲ假裝(仮装)セシ抱腹ノ一奇談ヲ載スルアリ曰ク一日(ある日)彿國(仏国)ノ皇子其近臣ト對(対)話シ談偶マ(たまたま)俄羅欺(オロシア)ノ事ニ及ヒシトキ(※原文は合字)皇太子曰ク彼ノ國ニ一人ノ侫人(ねいじん=口先巧みにへつらう、心のよこしまな人。※『大デジタル辞林』)アリ我將バイロンノ凌辱ヲ受ルニ及ヒ彼●(罵?)テ曰ク咄爾(おれ=二人称の人代名詞。相手を卑しめていう。貴様。おのれ。※『大デジタル辞林』)ハ吾二齒ヲ損失セシ原因ナリト傍人其義如何ト問フ彼答テ曰ク曾テバイロンノ愛顧セル牙醫(歯科医。※日中韓辭典研究所『日中中日専門用語辞典』)ノ我國ニ來(来)リシトキ(※原文ハ合字)吾バイロンニ諂媚(てんび=こびへつらうこと。※『大デジタル辞林』)センカ爲メ(ため)故ラニ(ことさらに)齒痛ヲ稱シ之ヲ拔除(抜除)スルニ託シテソノ牙醫ヲ招待セリト
[診斷法]此患者ニ於テハ剴切(がいせつ=非常によく当てはまること。また、そのさま。※『大デジタル辞林』)ニ其演述ヲ聽(聴)キ細愼(慎)ニ其訴フル患部ヲ撿シ(けんする=とりしらべる。あらためる。※小学館『漢字辞典』)且陽ニ(ように=うわべでは。※『大デジタル辞林』)信憑シテ着實(実)ニ診察スヘシ如此ナルトキ(※原文ハ合字)ハ其言フ所縱令(たとい)不條理(不条理)ナルモ彼必ス或症候ノ現存スルヲ告クヘシ但眞實(真実)判然タラサル者ハ眞ノ疼痛トシテ之カ處(処)置を施スヘシ若シ疼痛劇甚(激甚)ニシテ且延滯(延滞)スル者ニ在テハ或重病ヲ搜索(捜索)シ得ヘシ凡テ(全て)劇甚ノ疼痛ヲ帶(帯)フル患者ハ健食熟睡スル能ハスシテ肌肉多少脫耗(脱耗。※中国語)セサルハナシ

(四十一〜四十三) ※カッコ内補足は頁作成者

cf. Thomas Hawkes Tanner(外部リンク=Wikipedia)

1888(明治21)年

03/**
◆山本 善夫(他)編 188803** 『裁判医学. 前篇』,島村利助. DOI:10.11501/837318
第四章 詐病及隠病総論 Ein-leitung der simulire uud Seercynosema. 為ニスル(為にする=ある目的に役立てようとする下心をもって事を行う。※デジタル大辞泉[小学館])所アリテ疾病ヲ詐偽シ或ハ之ヲ隠匿スルモノアリ生命保険会社ノ関係兵役詐偽ノ方法ハ詐欺狡猾手段摸擬ニ出或ハ薬物ノ力ヲ藉(か)ルヿ(こと)アリ薬剤尖鏝(こて)ノ器械血液ノ強キ臭気ヲ放ツ物質、繃帯(包帯)具、眼鏡、歇児尼亜(ヘルニア)帯、杖等ヲ用ヒテ現存ノ疾病ヲ誇張シ眼ヲ細クシ近眼ヲ撿(検)シ眼瞼ヲ開閉シテ羞明(異常にまぶしさを感じる病的な状態。※デジタル大辞泉[小学館])ヲ擬シ頭首ヲ傾斜シテ重聴(耳が聞こえなくて何度も聞きかえすこと。※精選版 日本国語大辞典[小学館])ヲ摸シ或ハ跛行(片足をひきずるようにして歩くこと。※デジタル大辞泉[小学館])、痙攣発作ヲ詐偽スルハ模擬ノ才ナリ雁肉ヲ分娩シ石ヲ尿道ニ挿入レ墨汁排泄スノ白徒(=雑卒=身分の低い兵士。※デジタル大辞泉[小学館])アリ又蛙ヲ吐出シタル者アリ 第一詐病及ヒ隠病ヲ企ルノ意思 Purpose opintion der Shanosema, und Sercynosema. 労役若クハ法庭へ出頭スルヲ免レンカ為メ或ハ離婚ヲ欲シ或ハ兵役等ヲ避ルカ為メ或ハ休暇ヲ得ンカ為メ或ハ外傷ヲ誇張シテ金銭ヲ貪ルカ為メ或ハ罪ヲ軽減セラレンカ為メ或ハ病院ニ入ランヿ(こと)ヲ好ミテ疾病ヲ詐偽ス 疾病ヲ隠匿スルハ職務等ヲ免セラルルヲ恐レ或ハ離婚ヲ嫌フニ由リ或ハ生命保険会社ニ入ランカ為ナリ又ハ犯罪的ノ疾病例之争闘ニ因ル負傷或八梅毒ヲ隠匿スルモノアリ

(五十五〜五十七) ※カッコ内補足・新字体変換は頁作成者

勞(労)役若クハ法庭(法廷)ヘ出頭スルヲ免(免)レンカ爲(ため)メ或ハ離婚ヲ慾シ或ハ兵役等ヲ避ルカ爲メ或ハ休暇ヲ得ンカ爲メ或ハ外傷ヲ誇張シテ金錢ヲ貪ルカ爲メ或ハ罪ヲ輕(軽)減セラレンカ爲メ或ハ病院ニ入ランヿ(コト)ヲ好ミテ疾病ヲ詐僞(偽)ス
疾病ヲ隱(隠)匿スルハ職務等ヲ免セラルゝ(ルル)ヲ恐レ或ハ離婚ヲ嫌フニ由リ或ハ生命保險會社(保険会社)ニ入ランガ爲ナリ又ハ犯罪的ノ疾病例之爭鬭(争闘)ニ因ル負傷或ハ梅毒ヲ隱(隠)匿スルモノアリ

(五十六〜五十七) ※カッコ内補足は頁作成者

cf. 日本における生命保険の歴史(外部リンク=Wikipedia)

1905(明治38)年

**/**
◆西井廉作 1905 「内飜股關節ノ一例」,『岡山醫學會雜誌』17-188:406-410.
凡ソ骨盤疾患ノ初期ニ正鵠ノ診断ヲ下スハ殆ト不可能ナリ、蓋シ(けだし=物事を確信をもって推定する意を表す。まさしく。たしかに。思うに。 ※「デジタル大辞泉」小学館)筋層(原文は旧字)ノ厚キト關節(原文は旧字)連合ノ複雑ナルハ正ニ之カ原因ナリ、殊ニ(ことに=とりわけ)當該患者ニ於テ其局所ヲ精密ニ訴ヘサルトキニ然リトス、之ニ依り其症候ノ著明ナラサルトキハ少ナクモ我陸軍ニ於テハ或ハ詐病ニ非サルカ、或ハ病症ヲ誇大ニ訴フルニハ非サルカニ姑ク観念セサルヘカラス。 (四百六) ※カッコ内補足は頁作成者

1916年

◆三田谷啓 1916 「詐病の話」, 『婦人衛生雑誌』320:32-35. DOI:10.11501/1522649
子供の中には教師又は父兄を詐るが為めに仮病を粧ふ者がある。即ち病気を自ら作って或事実から逃れん事を欲するのである。之れは児童を取扱ふ父兄並に教師の為めに重要な事であるから、茲で其の概要を話しておかうと思ふ。 多くの場合に在りては唯児童の外見だけで其の疾病であるか否かを知る事が出来る。こどもは熱が有ると云って大に顔色を紅めて居る事がある。然し此の場合には脈を見、且つ皮膚の温度を見れば発熱の有無がよくわかる。こどもはまた胃加答児の為めに具合が悪いと云ふ事が度々有るが是れは舌を見ればよくわかる。若し胃腸の病があれば、舌が白くなって居る。病気がないのに詐つて戯れる者は割合に少くない。質験によると詐病は絶対的のもので無くて病気を重く言ひ過ぎる場合がある。即ち僅かの事にも重々しく言ふのである。 詐病を分つて次の二つにする。其の一つは自覚的の疾患或は疼痛で、只自己に感ずるのみで児童その ものにすら全身の状態が変化した事を充分に知らない場合である。之れが最も周囲の人に取って判断に苦しむ者である。実際正確の判断を下す事は困難である。 第二のものは疾病の状態を詐らんとするもので、例へば良く目が見えないとか、耳が聞こえないと或は彼処が痛む此処が痛むと云ふのである。此の場合医者は種々の方法を用ゐて判断する事が出来る。尤も経験のある人に由りては此の関係を明かに判断し得らるのである。 概して云ふと詐病的の児童は現現はれて居る症状の最大限を発表するのである。それであるから、時に由ると詐病の子供が詐病する事を忘れて居る事がある。例へば足が痛くて歩けないと云ふて居るが先生や父兄が見て居らねば今迄歩けないと云ふた思で盛んに運動して居る事がある。一足を詐つて病気だとして居る場合に児童は病足の左と右とを混同して途に化の皮が現れるやうなこともある。又こどもの中には少しばかり痛みのあるのを劇痛のやうに訴へるものがある。ヒステリー性のものに往々見らるる事実である。 子供の中に次の如きものが居る。即ち他人から同情を求める為めに、始終何事かを訴へて居る。かかる子供は例へば外の人と共に唱歌を歌ふ事をしない。なぜかと聞くと私の肺は弱いからだと云ふ。又翌日になると書取りもしない。其の理由を問へば痙攣が起るからだと云ふ。後には又最早体操が出来ないと云ふ。其理由を問へば関節の工合が悪いからだと云ふ。又かかる児童は授業の間に外に出してくれと云ふ。なぜかと問へば工合が悪くなったからだと言ふ。若し此の場合に児童の要求が許されないならば中々児童は頑固である。若し幸ひに其の要求が許された場合は力強く、元気付き、親切で、精神作用もよく現はれて来るのである。 其の外罰が恐はくて詐病するもの、又実際怠慢であるもの等は先生の性格と関係あることがある。一体病気を過度に主張する者はヒステリー性を有する者である。子供の中には非常にうそを云ふ者がある。 然しそれは生理的に或る時代に於て現はれるものである。即ち真実と不真実とを明確に区別し能はざる為めである。殊に其の時代には想像の力が逞しいが為めに、凡ての精神作用は其の為めに、混同するのである。然し子供のヒステリーの場合に実際詐病の起る事は割合に少ない。 児童が詐病して耳が聞えぬと云ふことがある。一方の耳だけ聞えぬなどと真実らしい嘘言を吐くものがある。斯くの如くうそを言つて居る場合には一方の耳が聞えて見たり又は聞えなかつたりする事が有る。即ち児童は詐つた耳の左であつたか右であつたかを忘れるからである。 視力の障碍を検して実際詐病であるか否かを試験する事は困難である。若し詐病者が上手にやる場合には其の判断は非常に困難である。此の場合には正確な方法を以て検査する事が大切である。最も容易なる場合は雨方の目が見えないと詐つた場合である然し之れは実際上稀れである。此の場合に瞳孔の反応並に検眼鏡の所見が普通で有れば両眼の見えないと言ふ事は頗る疑はしい。又かかる両眼の見えないと言う詐りは其人の気分を見てもよく判じられる。かかる人は目を普通ふさいで、如何にも羞明を感じると云ふ。本当の盲目であれば目は自由に開らき。そして丁度真正面を見るか少し上の方を見るのである。それよりも多く現はれるのは変則の盲目である。永く其の練習をして居るものは中々上手である。それ故色々の方法によりて此の詐りを発覚する事が必要である。一番簡単な方法は小さな文字を両方の目の中央に置いて讃ませるのである。若し続いて読むことが出来るならば盲目はうそである。 もつと六つかしいのは変則の視力障碍を詐るか又は程度を過大に訴ふる場合である。此の場合には別に目に異状を見ずして変則の視力障碍を見る事がある。然し注意して見ると此の場合にも多覚的な兆候を見る事が出来る。之れに由つて一方の目の障碍を知る事が有る。或は種々の距離に由りて視力の試験をなして其の詐りを発見する事がある。此の事実は徴兵検査等に於て往々之を目撃するところである。癲癇の患者が詐病する事は可成り多い事である。然し其の遣り方がまづい為めに発覚する事が有る。又癲癇を粧ふ為めに癲癇の真似をする者があるが、充分知識の無いために外人から其の詐りを発見される事がある。是れと同じ関係で精神病者を真似る事も有るが、大抵抵の場合には発覚される。精神病者を真似て人を詐ろうとする者は甚だ稀れで、之れは永い間持続する事が中々困難である。健康な者では迚も出来ない。通常の者は普通こう考へて居る。即ち精神病者は何事に由らず人と反対な事をすれば差支へないと思つて居る。然かしそんな事をすると発見される茲に一つの例を舉げると一婦人が夜ベットに就いて、そして自分は五ツの耳と五つの目を持つて居る。鼻の重さは五斤。指は二十本も有ると云ひ。家の鍵を見てこれは時計の鍵だと言ひ。二を四倍して六つになると云った。数日又は数週以前迄健康で有ったものが俄かに字が書けなくなったり、読めなくなつたり、物の名や、故郷を知らずになるとか、くだらぬうそを云ふ事は詐病の発覚を容易ならしむるものである。

(32〜35)※新字体変換は頁作成者

1917(大正6)年

◆服部 北溟 1917 『悪太郎は如何にして矯正すべきか』,南北社. DOI:10.11501/980101
尤もこの詐病については自分は餘(余)りに多くの實驗(実験)がないから、兒童學者(児童学者)の三田谷氏の說(説)を紹介することにして置きたいと思ふ、卽(即)ち
 子供が親や敎(教)師を詐(かた)るため假(仮)病をすることがある、
(略)
 假(仮)病には二種類あつて、その一つは自覺(覚)的の疾患或は疼痛で只(ただ)自己に感ずるのみで子供そのものにすら、全身の狀(状)態が變(変)化したことが十分に知られない場合がある、これが最も周圍(囲)の人をして判斷(断)に苦しましむる所である、その次ぎの第二のものは疾病の狀(状)態を詐(いつは)らんとするもので、例へばよく眼が見えないとか耳が聞えないとか、或は彼所が痛む此所が痛むと云ふのである、もし醫(医)者にかけるとするなれば、醫(医)者は餘(余)程よく種々の方法を用いて判斷せねばならぬ、 (一三九) ※カッコ内補足は頁作成者

1927年

◆醫海時報社 19270917 「被保険者の詐病防止」, 『醫海時報』1727:22. DOI:10.11501/11184313
被保険者の詐病に就ては健康保険実施以来、各方面で研究され居るが、芝浦製作所鶴見工場に於て目下労働争議中にて、罷業(※ストライキ)を継続する状態にある事とて東京府医師会は、共の防止に関し各郡市区医師会健保部長宛左の如く通牒を発し警戒する事となりたり

 被保険者の詐病防止に関する件 神奈川県横浜市鶴見町所在芝浦製作所鶴見工場は目下労働争議中にて罷業の状態を継続中に有之候処従来同盟罷業等の為め被保険者たる職工側と事業主側との間に暫定的経済関係の離絶の状態に置かれる場合其の期間長きに亘るにつれ被保険者中には其の経済的困窮より免れんが為め或は仮病を構へて保険医の診療を強要し傷病手償金請求書の証明を強請する等の事実も往々にして有之為めに種々複雑なる不祥の事象を惹起する等の遺憾も有之候に就ては此際貴管下各保険医に対し之が防止方に付き為念可然御指達置被下度芝浦健康保険組合たり来示の次第も有之此段得貴意候也追而右の事実有之際は速時本会に申越相成様致度。

(二二)※補足、新字体変換は頁作成者

1932(昭和7)年

02/29(執筆)
◆渡辺 房吉 1932 『健康保険と詐病及外傷性神経症』,日本医事衛生通信社. DOI:10.11501/1049349
 私は長年開業醫(医)生活をして種々の患者に應接(応接)して來(来)たが、其中にはいろ/\(いろいろ)の事情󠄁(情)の纏綿(てんめん=複雑に入り組んでいること ※デジタル大辞林)したものもあり、複雑なる關(関)係の錯綜したものもあり、或は警官の前へ出で、或は法廷に自己の所見を開陳せるが如き場合もあった。
而かし未だ詐病 Simulation 及び外傷性神経症 Traumatische Neurose と云ふものに就き、 特に深く考慮し、或は之が容疑者に接する場合も尠(すくな)かつた。然るに數(数)年前健康保險(険)法が施行せられてから、詐病者(者)ならずやと疑はるゝ(るる)患者(者)や、外傷性神經(神経)症と診断せられた患者(者)などに遭遇する場合が多くなった。餘(余)りに不思議に思はれたので、内外の文獻(献)や、古今の書冊を涉獵(渉猟)し、旁た(かたがた) 容疑者(者)たる被保險者(保険者)等の身體(体)的竝(ならび)に精神的狀況(精神的状況)に一層(層)の注意を拂(払)ひ、多少の得るところがあったである。是に於て私は詐病に就ては雑誌『醫(医)業と社會(社会)』紙上に數囘(数回)に亘つて連(※原文は二点しんにょう)載し、更に昨年十一月福(福)島市に於て開催せられた第二十一囘關東々北醫師大會(二十一回関東東北医師大会)請(※原文は旧字)ひに應(応)じ、特別講演として其の一端を開陳した。 外傷性神經症(神経症)に就ても之を諸會(会)で講演し、日本醫師會(医師会)出版部發行(発行)の『醫政』紙上でも公表した。
 然るに偶ま(たまたま)友人鹽(塩)澤潮香君から『健康保険と詐病』との小著を慫慂(しょうよう=そうするように誘って、しきりに勧めること ※デジタル大辞林)せられたので、取り敢へず雑誌中の所載と講演の内容とを骨子とし、之に肉をつけ衣を纏はせて讀者(読者)に見えることゝした。從(従)って何等の誇る可き新味もなく、 又何等の特殊とすべき色彩もないのである。各種の外國(外国)文書をも参考し、且つ之を引用もし、例用もしたが、 又自己の實驗(実験)例をも加へて卑見を述(※原文は二点しんにょう)べ、或は我流の術語を用ひた所も尠(すくな)くない。 其分類、系統、記述の如きも敢て先蹤(せんしょう=先例 ※デジタル大辞林)の跡を追(※原文は二点しんにょう)ふことをせず、全くの我流が多い。讀者(読者)幸に私の愚を憐れんで、高敎(教)を垂れ給ふに吝(やぶさか)ならざらんことを。
  昭和七年二月二十九日 (一〜二) ※カッコ内補足は頁作成者
cf. 健康保険法 (大正11年[1922年]4月22日 法律第70号)(外部リンク=愛大六法 Aichi University Legal Search Enging 'Aidai Roppou' version2.1)
11/01(印刷)11/05(発行)
◆中村 登 1932 『耳鼻咽喉科臨牀の実際』, 南山堂書店. DOI:10.11501/1049728
僞聾(偽聾)觀(観)破法
 之は裁判醫學(医学)上殊に兵役義務者(者)の檢(検)査に際し屡(しばしば)必要なるものにして、之を觀破せんとする方法種々あり。而して之が檢査に際しては、可及的凡ての方法を用ふるを良とす。然らざる場合には往々狡猾なる被檢者の爲(為)に欺れ、或は眞(真)性のものを詐僞者と誤る事あり。 (五一三) ※カッコ内補足は頁作成者

1935(昭和10)年

◆中央公論社 1935 『防犯科学全集. 第2巻』. DOI:10.11501/1138408
保險(険)と詐病 次(つい)で勞(労)働保險、工場保險などの制度が布(し)かるゝに及び勞働者(者)の假(仮)病が急に激增(増)した。 殊に職務上の負傷には能率減退の率に相當(当)して年金が貰へることになつて居るので、なるべく働かずに貰へるものは貰はうとする心理が暗々裡に働いて、外傷性神經(神経)症といふ厄介な醫(医)者泣かせの病氣(気)がいつまでも長びき、其療法としては札束の投與(与)より外にはないとまで云はるゝに至った。 疾病保險、傷害保險の審査醫は常に詐病看破に熟達して居なければ會社(会社)に多大の損害を興(あた)へる事にならう。
 これに反して生命保險に加入したい人々は既(既)往症を祕(秘)し、現在症をなるべくごまかさうとする傾向がある。之は匿病といふが詐病の一變(変)態である。
 詐病は自傷することもあり、既存疾患、負傷の治癒を妨害する事もあるが、多くは實(実)在の疾病、障害を過大、誇張的に訴えてなるべく働くことを避けようとするのである。  然し症狀(状)に精(精)通する醫師の目から見ると身體(体)を精檢して得たる他覺(覚)的所見と本人の訴える自覺的症狀との閒に、餘(余)りにもヒドイ矛盾があれば直(ただち)に看破出來(来)る。素人は醫學に精通して居らぬから、矛盾をも平氣で誇張するから鑑定醫には有難い。 (一七七) ※カッコ内補足は頁作成者
cf.
◆菊池 浩光 20131225 「わが国における心的外傷概念の受けとめ方の歴史」,『北海道大学大学院教育学研究院紀要』, Vol.119, 北海道大学大学院教育学研究院, pp105-138. [外部リンク]
本症は,その姿を追究しようとすると,輪郭が曖昧なものになってしまうという性質があった。外傷後の精神変容は明らかに認められるにもかかわらず,器質因なのか心因なのか,独立した疾患なのか従来の神経症にすぎないのか,それらを追究していこうとすればどちらの可能性も捨て切れないといった胡散臭さは最後まで解消しなかった。CTやMRIなど脳の画像診断から遠い時代には,やむをえないことであっただろう。かくして,外傷神経症は細分化されたり多義を抱くようになったり,わざわざ「真性」と差別化しないといけなくなったりした。高折(1931)は,外傷性神経症の研究を次のような比喩を用いて表現している。「ひとつのことを知るために10匹の動物実験をする場合に,最初の2匹の実験をすればだいたいの見当はつくものだ。要領の良い人は2匹の実験だけでやめて次に進んでいく。丁寧な人は残る8匹も実験してみる。ところが8匹の実験をやったためにいろいろと一致しない成績が現れて判断に苦しむ」。これが当時の研究者の実感だったのであろう。研究の甲斐がなく曖昧模糊とした中にあって,例えば「外傷性神経症は賠償欲求に由来する」といった見解は,患者をそのような色眼鏡をかけてみればそのように見えてくるし,医療者も迷わなくてすむので,受け入れやすかったであろう。

◆佐藤 雅浩 2009 「戦前期日本における外傷性神経症概念の成立と衰退--1880-1940」,『年報科学・技術・社会』, Vol.18, 科学・技術と社会の会 pp1-43.
◆佐藤 雅浩 2013 『精神疾患言説の歴史社会学 : 「心の病」はなぜ流行するのか』, 新曜社, 518p. ISBN-10:478851334X ISBN-13:978-4788513341 5720+ [amazon][kinokuniya]

1936(昭和11)年

◆渡辺 房吉 1936 『詐病と其診査』,日本医事衛生通信社. DOI:10.11501/1047157

 詐病にも時代色がある。此時代色はそれ/゛\(それぞれ)の時代に於ける社會(社会)事情(※原文の「情」は旧字)や、人心の歸(帰)向を反映して居るものであるが、一般に古代色の詐病の方が現代色のそれよりも性善良質の樣(様)であり、其動機や原因にも寬(寛)恕すべき點(点)が多い樣である。思ふに之は各國(国)とも同樣であらう。要するに社會生活が複雜(雑)になればなるほど、人の生活が逼迫すればするほど、嘘も詐病も不良惡(悪)質になるものゝ樣である。 (三) ※カッコ内補足は頁作成者

二四〜二五

第五 詐病に惡(悪)用せらるゝ(るる)病名及び症狀
 病氣(気)の中には詐病に利用され易いものと、利用され難いものとがある。昔は醫學(医学)的智識が淺く(浅)、醫家と稱(称)せられた者(者)でも其診斷(断)が明確で無く、殊に科學的鑑定などと云ふことが絕(絶)無であつたから、詐病に用ひらるる病名及び症狀なども好い加減のものであつた。故に昔の記載を見ても癪(しゃく=胸や腹が急に痙攣 (けいれん) を起こして痛むこと。さしこみ ※デジタル大辞泉)だとか、 疝氣(せんき=漢方で、下腹部や睾丸 (こうがん) がはれて痛む病気の総称 ※デジタル大辞泉)だとか、風だとか、所勞(労)だとか、不快だとか云つたものが多い。或は單(単)に作病を構へたとか、虛(虚)病を使つたとか、云ふ樣(様)に槪(概)念的に書いて病名の無いものも多い。此間に於て割合に多いのは佯(よう=いつわる)病である。 作り阿呆、似せ氣違ひ、うつけ病、佯盲、僞(偽)唖、僞聾、作りどもり、僞せ馬鹿等々の名が往々にして散見される。
 近來(来)は醫學の進步が著しく、病氣の數(数)も昔よりは多くなった。從つて(したがって)、詐病者に利用される病氣も廣(広)汎多數になつて來たが、其診斷鑑定が又明確になつて來たから之が發(発)見も中々多い。然しながら詐病者も科學的に硏究して詐病する樣になつて來たから、迂闊にして居ると容易に欺かれるものである。近代の作病者が好んで詐病に惡用する病名は、何れ本書の各論に於て簡單に略記するから、玆(ここ)には症狀の詐病に就て一言して置かう。

症狀の詐病
 疾病の症狀としては單に自覺(覚)的のものと、他覺的變(変)化を伴ふものとがある。其の何れもが詐病せらるゝものであるが、殊に他覺的變化を伴はない自覺症狀は好んで詐病者から慣用される。醫家としては之が診斷は困難である。此の困難が詐病者の乘(乗)ずる所の附け目である。それだけ詐病するには好都(都)合であるわけである。

(一) 自覺的症狀の詐病
 損傷治癒後に於ける該部の頭痛、異常感・牽引感・重壓(圧)感等々は往々訴へらるゝ所であり、頭部損傷後に於ける頭痛・眩暈・不眠・壓迫感・記憶力減退等々も詐病者の云い募る症狀である。挫傷又は打撲後の不定痛・關節(関節)痛・瘢痕痛・神經(神経)痛又は僂麻質(リウマチ)性疼痛等も亦屢々(しばしば)訴へられる。最初は誇大的に大袈裟に訴へるが、云い分が通つて相當(当)の補償又は手當金が獲得さるれば直に治癒するを常とする。若し此の不純な目的が貫徹されない間は、何時までも其症狀の苦痛は永續(続)する。此の點(点)はよく慾望性神經痛と稱せられてゐる外傷性神經症に類似してゐる。又實(実)際外傷性神經症に於けるが如く、最初は不純な動機から誇大的に云つたのが、遂には固定觀念となり、實際病症の存續するやうに想像し、或は然う(そう)であると自信するやうなことがある。然うなると意志の力も弱り、判斷の力も鈍り、而も(しかも)甚だしく過敏性となり、輕(軽)易の業務にも從事不可能と思ひ込むやうになる。 (二四〜二五) ※カッコ内補足は頁作成者
cf. 器質性精神障害(外部リンク=脳科学辞典)=◆上田 敬太・村井 俊哉 20130524 「器質性精神障害」,『脳科学辞典』. DOI:10.14931/bsd.3716
現在の分類の問題点は、認知症性疾患などを除いて、器質性精神障害は、内因性精神障害の分類に基づいて分類されていることにあるといえるだろう。つまり、明らかに脳に障害を生じている一群の疾患が、原因不明の精神障害に基づいて分類されているということである。このことは、一つには精神医学という医学の分野から、原因がはっきりするたびにそういった疾患が取り除かれてきた過程を思い出させて、興味深い。

一二二〜一二四

(ほ) 自覺症狀(自覚症状)の確認
 自覺症狀の診斷(断)の際には、患者(者)の訴へが大きければ大きいだけ、虛僞(虚偽)若くは詐病の潛(潜)在することが多いものである。故に醫(医)家としては、『どんな仕事も出來(来)ないか』、『仕事によっては出來るか』を確めるの必要な事がある。尙ほ(なお)患者が自發(発)痛若くは壓(圧)痛を訴へるならば『此の如き微細な外傷で果して斯程(かほど)まで痛いものか』、『他覺的變化(変化)が聊(いささ)かも無くしてどうしてこれ程痛がるのか』等の點(点)を精(精)査しなければならぬ。
 自發痛の診斷、、、、、、 患者が自發痛のみを訴へ、他覺症狀の全く缺(欠)如して居る際には、能く受傷當(当)時の外力の働き具合、其の際に於ける患者の位置等を確かめ、更に脫(脱)衣させたり、着衣させたり、立たせたり、座らせたり、かゞませたり、握らせたり、種々の動作をさせて見て、其の疼痛の模樣(様)を銳敏(鋭敏)に監視(視)し、觀(観)察する。次に二ー三日臥床を命じ、次で步行させたり、或は輕(軽)易の仕事をさせたりする。其間監視の眼を放つてゐると、患者が油斷して詐病を暴露することがある。或は麻醉劑(麻酔剤)を注射したり、蒸留水を注射したり、兩(両)者を交互に注射したりして共反應(応)に注意すると、患者は容易に化けの皮を現はすこともある。
 壓痛の診斷、、、、、 他覺的變化が極徵であるか、或は絕(絶)無であるに關(関)せず、壓痛を訴ふる患者があつたら時を違へ、場所を違へ、又其强(強)さを違へて屢々(しばしば)壓迫を試みる。或は患者の注意力を他方に傾けさせつゝ之を檢(検)査して見る。若し壓痛部に觸(触)れぬうちに之を撥ねのけやうとしたり、單(単)に皮膚に觸れたのみであるのに、痛さうな樣子をするのは詐病である。一體(体)に輕微な外傷後に、診察せんとする醤師の手を撥ねのけやうとするのは、多くの詐病者の慣用手段だと云はれてゐる。醫師の最初の診斷を困難にさせ、其思想を多少混亂(乱)させて、醫師をして『重い外傷だ』と思ひ込ませるためである。 不馴れの醫師は之により欺かれるが、經驗(経験)ある醫師は容易に其の手に乘(乗)らないものである。私が後に記述󠄁(※原文は旧字)するヨセフ・プツチヤーと云ふ保險魔は、此のトリックを用いて曾て(かつて)一度も受傷部に醫師の手を觸れさせずに、脊柱骨折の診斷の下に入院治療を長く續(続)けてゐたのであった。 (一二二〜一二四) ※カッコ内補足は頁作成者
cf. アロディニア(外部リンク=脳科学辞典)=◆津田 誠・井上 和秀 20210623 「アロディニア」,『脳科学辞典』. DOI:10.14931/bsd.3875
通常では痛みを引き起こさないような非侵害刺激(接触や軽度の圧迫、非侵害的な温冷刺激など)で痛みを生じてしまう感覚異常のこと。

1937(昭和12)年

◆浅田一 193704 『法医学講義』, 克誠堂書店. DOI:10.11501/1138385
第二十二章詐病 Simulation.  昔は仮病、作病(つくりやまい)と云はれた,これは自分が病気でないのを病気であるやうに云ふのである、近代では徴兵検査が始まつてからこの詐病を使ふ者が増して来たので詐病学は主に軍警がやり出した。近時労働保険,工場法の発達と共に又詐病が流行し、労働者がちよつとした事を重い病気のやうに言ひ、若い医者を瞞して診断書をとつて遊んでいて金を貰はうとする。然し医者も経験が積むとこの詐病にはだまされぬやうになる。  詐病を試みるものは誇張する癖があり、又疼痛のある箇所をはつきり此処ださ明示せずにこの辺が痛いといふやうに曖昧に云ふ。強ひて疼痛の場所を詳密に言はしむればそれは検査する度ごとに異つている。  詐病者は出鱈目のことを云ふから症状の統一がないし又病気の Symptome が全部揃はない,むしろ反対のやうなことを云ふ事がある,それ故に本人及び家族の Angabe を全然信用してはいけない。常にobjektiv の Befund だけで判断するやうにしなければ間違を起すもととなる。  詐病の看破には頓智、機才が必要である。看破法として systematisch の方法もあるが略す。頓智機才の例として、或る人が徴兵検査の時に聾であるといひながら徴兵官の顔をみてるなかつた時に頓智のある軍医がその若者に四斗俵をかついで場内をまはれと命令した,そこでその若者は命令通りに場内を廻つていたが何時迄たつても止めよと言はないのでへとへとになつて廻つてるた、その時軍がその若者の傍へ行き小ちい声でもう止めてよしといつたらその若者がすぐに止めたので看破されたといふことである。  詐病者を調べるには裸にして繃帯,眼鏡,松葉杖等をみな取去つて検査しなければなぬ、又軍隊では兵士が負傷をして繃帯をしておくときに若しも繃帯を解いてその傷を更に大きくする疑があれば其れが出来ないやうに巻いた編帯の上から墨で条を引いておくといふ。

(264〜265)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者

1938年

◆山口 梅雄 193805 「八幡製鐵所に於ける外傷性神經症及びその類似症に關する二三の調査」 『グレンツゲビート』12-5:687-711. DOI:10.11501/1473058
外傷性神経症(願望神経症)は文字の示す通り外傷は外科に属し神経症は精神科の領域にて外科と精神科の「グレンツゲビート」である。然かも先づ災害発生以来永い間外科に於いて治療をなし、軽快せず何んでも仕様のない最後の土壇場こなって之を精神科に送り外傷性神経症なる診断を付けてもらつて解職をなす一手段となすに過ぎない様な傾向である。極言すれば専門的の診断書作成以外は殆んど全部の治療災害扶助等の後始末に至る迄当該工場会社病院の外科にて為され、その症状経過も或は外科医に於いて之を観察する機会が多い様である。或論者は本症の原因は外科医の処置の不適当な為であるこさへ極言する者すらある。故に吾人工場鉱山等に勤務する外科医たるもの本症の本態誘因予防法等に精通する事は必要欠くべからざる重要事であり、為に精神科の数を乞ふべき処も又多いのである。而して本症は内外諸学者の幾多の研究発表によつてその本態明らかにされた様な感があるが一方亦幾多の疑問がある様にも考へられ、特にその詐病さの鑑別診断に至つては至難の事に属し殆んど不可能の状態である事は総ての当事者が認めて居る処である。 此処に於いて余は八幡製鉄所病院で取扱った大正十一年より昭和十一年に至る約十五年間の本症及び本症類似症患者の調査を行った処従来の記載と一致せざる点もあり、いささか興味ある結論に達したので敢へて諸権威者の御教示を仰がんとする次第である。

(687〜688)新字体変換は頁作成者

或る論者は詐病と云ふものは実際に於いて非常に少い。それで診察に際して詐病なんて考は全く除外すべきであると云ふ人もある。これは真に結構な言葉である。そして今迄の医者患者の関係ではさうであつたであらう。然し現在に於いては断じて然らす。工場鉱山等に働く医師或は健康保険係員等にて直接患者に接する者は屢々全く馬鹿にされた様な事を見る事がある。馬鹿にされて居ればそれで済む事であるがやはり気持が悪い。腰痛にて永い間公休治療中の者が、しかも昨日公休をもらつて居りながら今日の野球試合を見物に来て居る。午後二時頃の始球なのに午前十一時頃から固い「コンクリート」の「スタンド」に腰掛け野球が始まると応援歌を歌ひ旗を振って居る。魚釣りに行つて見ると朝早くから一日中浮木に眺め入つて居る。足を怪我して仕事が出来ぬと云つて休んで居ながら上棟式の手伝、転宅加勢等に行つて居る者がある。

(709)新字体変換は頁作成者

第八節結論 一、現在考へられて居る外傷性神経症には詐病的又は非常に誇張的因子が含まれて居る事が多い。 二、器質的疾患と思はれるものを多分に含んで居る様に思はれる。 三、外傷性神経症患者に一時金を奥へただけで解職にせずにも治った例が沢山あり、一時金で解職にしても治つて居ない例が沢山ある。 四、故に現在の本症に対する考方を一応考へ直して今一度本症の本態に就いて考慮して見る必要がある。

(711)新字体変換は頁作成者

◆植村卯三郎 193807 「外傷性神経症と詐病」 『グレンツゲビート』13-7:811-821. DOI:10.11501/1473072
本症の神経病学上の位地や分類及内科的意義に就ては爰には述べない、重に外科医の立場から見た考察と治療とを記する。本病症は同一の病院内で終始同一の医師が診察するに比べて受持医師が交代する場合は治癒する迄に長日数を要する。従ふて転々として多くの病院を変へて受診し得る制度の下では、かかる患者の病症は治癒よりも寧う悪化に向ふ傾向が往々存在する、即ち単独開業の医師に受診中の患者の或者は治療中に種々の入智慧を周囲の人々から注ぎ込まれ、未治の儘で大病院へ送り込まれて更に治療を続けられるが全快せず、却って患者は医師を困らしたり或は操縦する秘策を覚える。故に現代医学の粋を尽した幾多の治療法も寸効なく、遂に不治に由る退職の運命に会い、同時に一時金を交付支給せられるのが概して今日までの慣例である。斯様な患者の内で一時金を受取ると忽ち病症の消失する者がある。さうして西欧の専門家は之を解釈して「紙幣が此病気に対する最上の投薬である」と唱へ、我国でも之に賛成する人のあるを見受けるが、以上のやうな経過を取る患者は真の意味で病人と云へるかどうか、自分は甚だ疑ひを抱くのである。換言すれば右の様な場合に神経症と詐病との区別は甚だ困難であると思ふ、病院で診察すれば神経症と診断せねばならぬが、翻って家庭での本人の行動を精査すると、如何なる角度から観察しても病人とは断定されない場合のある事は稀れではない。是れ医師が正直一途に患者の陳述を其儘信用し、単に医学的見地のみから検査したに止まり、不幸にも相手の心理状態を洞察し得なかった失策と不用意さの結果ではないだらうか。 […]   […]  以上の如く八幡製鉄所の患者は退職後も病気は捗々しく治癒しないのに、鉄道省では割合に早く治し、西欧著名医師の言たる銀行紙幣の治療的価值絶大なるを立証するの観がある、此相違を来す根本的理由は一に材料の如何に由ると思ふ。余は余の有する八幡製鉄所の材料から次の結論に到達する。外傷性神経症患者に一時金交付をして退職さしても容易に治るものでなく、これに敷年を要する。引続き在職する者は其病気の程度に従ひ或は全治し或は多少の障碍を残す。且此場合に一時金を交付した為に其結果として全治したのではなく、全治の半年乃至一年を経て全治者には手術瘢痕の美容損傷補償の意味で一時金を交付し、同様に多少の故障を残す者は出勤後半年以上を経て症状固定後に交付した。斯様な状況から見て今日の所謂外傷性神経症には多くの詐病や之に近いものが含まれ、是等は退職して一時金を貰へば直に全快する。さうして真の外傷性神経症は右同様の手段を行ふても決して急速に治らない。之れは脳の機能的変化ではなくて、或は解剖的或は物理的変化に基くのであるが現今医学の未開拓分野に属し暗黒不明瞭の結果として機能的変化と唱へられるのかも知れず、更に今後の研究に待たねばならぬ。 銀行紙幣が最上の治療法との説が出るのは、同一の医師が負傷当時から数年間引続き観察し、家庭に於ける本人の生活振りを検査し、更に解職後長期間の模様を探究するやうに徹底的に終始一貫して本人の状況を知る事なく、長い経過の途中で僅の回数だけ診察した為と思はれる。

(811〜821)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者

1939年

◆大西清治 193906 『産業衛生講座 第9巻 就業制限と災害扶助』, 保健衛生協会. DOI:10.11501/1220099
一、聴力障害 第三節耳鼻の障害  元来聴力の程度を正確に検査することは困難である。従つて之を視力の如く多数の階段に分割して記録することが難しい。尤も比較的には特殊の聴力検査器等によつて或る程度までは之を検査することも可能ではあるが、外界の騒音等の影響もあり、信頼し得べき値を発見することが容易ではない。更に聴力障害に基く作業能の低下といふ事実は、聴力のみに依存する例へば電話交換手等の如き、特殊の職業を除いては、視力程の鋭敏なる影響がない。以上の理由によつて本表では聴力障害の程度を全聾、中等度聾、軽度聾の三階段に分割してゐるに過ぎない。且つ共の程度も判然とした数量的区分を用ひず、抽象的な表現方法に依つてゐるのである。更に左右の組合せ方に付ては、眼の場合と同様に、両耳の場合と一耳の場合とを区別し、併合の取扱ひをしない方針とした。  而して聴力は専ら自覚症状のみを以て決定を必要とする場合が少くない。然るに単に自覚症状のみを過信するときは、動もすれば詐病を誘発し、然らざるも扶助の決定に屢々紛議を起し易きものである。此の意味に於て本規定には鼓膜の大部分の欠損、或は中等度の欠損等の他覚的標準をも附し、詐病に依る弊害を極力防止せんとしたのである。 (両耳の場合) 第四級ノ三 鼓膜,全部ノ欠損其ノ他ニ因リ両耳ヲ全ク聾シタルモノ 第六級ノ三 鼓膜,大部分ノ欠損其ノ他ニ因リ両耳ノ聴力耳殻ニ接セザレバ大声ヲ解シ得ザルモノ 第七級ノニ 鼓膜/中等度/終損其ノ他因リ雨耳ノ聴力四十糎以上ニテハ尋常ノ話声ヲ解シ得ザルモノ (一耳の場合) 第九級ノ七 鼓膜,全部,欠損其ノ他因リ一耳ヲ全ク聾シタルモノ 第十級ノ四 鼓膜/大部分ノ欠損其ノ他=因リ一耳ノ聴力耳殻=接セザレバ大声ヲ解シ得ザルモノ 第二級ノ一 鼓膜ノ中等度/欠損其ノ他ニ因リ一耳ノ聴力四十種以上ニテハ尋常ノ話声ヲ解シ得ザルモノ

(258〜260)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者

 以上の如き詐病の観破は、扶助問題の解決的手段としても屢々必要なることがある。詐病の観破には第一に症状に精通してわることが必要であるが、反覆檢診を行ふ外時々臨機に種々な問を發して患者の意表に出ることも、往々詐病發見の端緒となるものである。其の外適當なる監視人を附し、既往症を精査し、交錯訊問を行ひ、檢診中暗示を與るへなども一つの方法である。凡て詐病の検診には裸體檢査が必要であり、決して家族同僚の言には餘り信を措かぬ方がよい。  概して詐病者は疼痛など訴へる際も只漫然と共の部位を云ふに過ぎないが、真の病者は出来るだけ詳細且つ具體的に疼痛の部位を指示しようと努力するものである。其の外レントゲン診斷、血壓、脈波曲線等の測定も時に詐病觀破に役立つことがある。  特に扶助法規上最も多く遭遇する例は疼痛の訴へであらう。之については大體次の如き諸點に注意することが必要である。 (一)局所に關節腫脹、静脈血栓、癒著性の瘢痕等のある場合は、真に疼痛を感ずる筈である。 (二)心臓疾患のあるときは、エンボリーのため屢々局部的貧血及び疼痛、厥冷、麻痺等を起すものである。 (三)局所に帶狀葡萄疹、動脈のアテローム様硬化、腫脹、温度上昇、血管運動障害等のあるこきは、信するに足りる。 (四)足蹠の瘢痕は身體を支持すべき𧿹趾球、小趾球及び題部に疼痛を成する。 (六)神経痛には夫々壓痛點がある。 (七)神經痛で腰や脚の動かぬ場合でも、必ず他動的には動くものである。 (八)扁平足のある場合屢々下腿内部及び膝に疼痛を訴へることがある。 (九)不馴れな勞働後には筋肉痛を訴へる。

(296〜297)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者

1941年

◆南波杢三郎 1941/11 『新警察防犯策』, 松華堂書店. DOI:10.11501/1438306
 併しながら戦争中途から戦後の何年かへかけて、戦争の副産物として現在より更に多くの精神障碍者、殊にヒステリー及其他の神経病者を見るであらう事、或は元来精神病の遺伝的負因を有つ人々が発病し、 若くは現症状を一層高度に悪化せしむるであらう事は、次の事情を考へても判かる。  持久的長期戦の所謂「神経戦」方面から来る処の一般国民の神経の過度の疲労と動揺、或る場合は昏乱(例へば連続空爆を受けた場合)、戦線に立っ将卒の寸刻も断えざる極度の精神緊張と其過労、恐怖、驚愕、不安等の神経興奮を惹起せしむる場面の続発、身体的過激な労務に拘はらす補ふべき栄養と睡眠の不充分、頭部に受ける銃傷、急性伝染病等々、国民及戦士の神経を害すべき原因と為る事情それである。斯くして神経毀害が、犯罪と密接な因果関係を有つものである。 試みに第一次世界戦争に就て見るに、『独逸では、国内に於ける精神病入院患者の中、心因的精神病者の増加稍々顕著なものがあり、軍隊に於てもヒステリー、神経衰弱が最も多く、而して定型的神経衰弱は、精神的緊張も激しい将校に比較的多く、ヒステリーは、兵士に比較的多かったと言はれてるゐる。注意すべき事は、ヒステリー、驚愕性神経症の如きは、第一線よりは寧ろ却て後方勤務時、帰休時、入院時等に発病が多く、また第一戦では、危険区域より脱出し或は戦友を失った事を知つての後等に、発病することが多く、而して精神病の総数は六七、三四八名で、戦闘参加者毎年平均数の○、三七%に当つてゐる。 又北米合衆国では、将兵中の神経精神系統の病者乃至欠陥者六九、三九四名の中、精神薄弱を除いて神経衰弱・ヒステリーが最も多く、犯罪者中精神病者、精神欠陥者の少からぬ事は独逸軍でも同様であつて、米軍では精神病者は戦闘争加者の○、三八%である。英吉利斯陸軍に於ても、精神病の発現率は内地勤務部隊で約○、二%、出征部隊で約○、四% と推定されてゐる。各国軍ともその将兵二五〇乃至二七〇人ほどに就て一人の割であり、神経病を加へれば恐らく其数倍の数字とならう』と言はれてゐる。(東京帝大・村松常雄医学博士・戦争と神経・昭和・十六・三・十三・十四・東日参照)

(486〜487)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者

1942年

◆小南 又一郎・大島 正徳 194208 「京都帝国大学教授小南又一郎博士に『詐病と頓死』を訊く」 『診療と経験』6-8-63:553-558, 診療と経験社 10.11501/1480989
一、詐病  大島 法医学では興味ある問題が多く範囲が広いのでどんなお話でも先生にお任せしたいと思ひます。先生は詐病の鑑定をされたことがありますか?詐病はよくあるものでせうか。詐病は内科的ですと例へば神経衰弱とか神経痛の如き者が問題になります。これらははつきり詐病であるといふ証拠はなかく分りにくいです、又保険ノイローゼといふものもあると思ひます。  小南 詐病ですか?詐病は初め軍医とそれからして監獄医即ち刑務所の保健医に研究されて、そして西洋でも社会保険が実施になつた時、我国でも健康保険が実施された時に、最初多かったのであります。で初め西洋で社会保険が出来た時には、来る患者の二五パーセントまでも詐病だといふ位多かったのであります。日本でも一度健康保険に入つて居れば、診て貰はなければ損だといふ考へで、最初なかなか詐病が多かったのでありますが、段々詐病といふものはそんなに甘く成功するものでないといふ事が解って、西洋でも日本でも現在は非常に減って来て、現今では詐病は全被保険者の二、三パーセントと云はれ、非常に下つて来ました。詐病を見分けるにはいろくな方法があります。例へば先づ第一に頓才法といふものがあります。これはよくその医者が頓才を使って患者の疾病の真偽を見破る方法であつて、例へば保険金或は弁償金を余計に貰はらと思ふやうな患者が「私の片一方の足が少しも役に立たない」と松葉杖をついて入つて来た時に、医者はそれを見破るためには患者に同情するやうに見せかけ「貴君の足は成程間にあはんだらう。本当に動かないだらう」といふ風に患者に同情するやうにみせて、診察して居つて、突然火事だとか、空襲だとか云つて医師などが逃げ出すと今まで患者の動かないと云つた足が普通になつて、松葉杖を放つて患者も走り出すといふ様なことがあるので其悪計を観破し或は「工場で損傷を受けたために全く聾になつた」といふ詐病者が来た時に、医者は偽聾だといふ事を察知したならば、耳を見つつ、低声で独り言を云ふ「成程此耳に聞えまい、外聴道の中に大きな腫物が出来てゐるから、看護婦一寸メスを持つて来い、其腫物を切ってやらう」といふ様な事を云ふのです。さらすると偽聾であればそれが患者に聞えて「そんな事をむやみにやつてもらつては困る」などといふので信聾だといふ事が解る。或は偽聾を見破る頓才法には、こんなのもあります。「私は一寸も聞えないのですが」といふ患者に対しては診察室を歩かせておいて、そして向ふをむいて歩いてゐる時に大きなものを落す、と偽聾であると今後の方で音がしてゐるが、若し振り向けば偽書だといふ事を見破られるかと思つて振り返らずにゐるが、本当の聾なら「ドン」と音がすると、その振動が床板を停はつて足を通過し内耳に来るから患者は後を振り向く、これが本当の聾であります。かういふ頓才法があるがいつも用ひられる方法でないのです。次に詐病観破法としては麻酔法があります。即ち詐病者と思はるるものに全身麻酔をかけて精神の統制を破り、その人の病気が詐病であるか否やといふ事を見破るので、全身麻酔で精神の統一を失ふ時は色々なことを云ふから、それで悪計を見破るといふのでありますが、この方法は、一面全身麻酔といふものは常に安全なものでないといふ場合があるし、他面に麻酔をかけても思った程精神の統制が破れない場合があるので実際はあまり使はれないのです。  佯狂を見破るのに酒を呑ませる一種の麻酔法があります。この方法は全く泥酔してしまふと、しゃべらないやうになるし、軽い酩酊の場合は案外精神の統制を失はないから存外役に立たない。それにはこんな一例があります。京都の二条罪で或る男が窃盗をして逮捕されたところが、窃盗するまでよくしゃべつて居つたのが、逮捕して取調べるやうになつてからは、どんなにしてもしゃべらない。併しそのま、裁判を受けて刑務所に入れられたが、入所後二年間も一言もしゃべらない。併し此男は贋啞にきまつてゐるといふことで、鑑定する事になつて診察を始めたけ、れども彼はどうしてもしゃべらない。それで一日中飢餓せしめた後一ぺんに約五合の日本酒を胃消息子で注ぎこんだところ酩酊はしたがそれでもしゃべらない。どうも仕方がないから身体的の検査や周間の色々な状況から、彼は贋啞だらうといふ鑑定をしました。それで刑務所で困つて服役を中止して刑務所を出しました所、彼は直に刑務所の前の差入屋に行って「ああ腹が減った」と云つたさうであります。そんな風で詐病親破には麻酔法といふものでは余りよく成功しません。  詐病機破法の第三には、心理学的方法といふものがあります。これは詐病、佯狂であると思はれる人に質験心理学的方法を試みて、詐病であるといふことを見破らうとする方法であります。例へば精神分裂症(早発性痴呆症)では主として感情が侵されるからして、感情を動かさんといふことが特徴であるから普通人ならば感情を動かす様な事を云って聞かせたり、読んで聞かせたりして、血圧、呼吸等に変動が来るかどうかといふことを実験心理学的に調べてその感情が動けば佯狂であるが、動かねば本当の精神分裂症であると診断するのであります。これには嘗てかういふ例があります。或男が殺人事件を犯して、それから後は精神分裂症の様に見えて居たのを法医学者或は精神病学者が此方法を用ゐて鑑定をして、或人は本当の精神分裂症であるといふし、或人は佯狂であると云つて居つたのであります。がたうたうこの者は数年後真の精神分裂症であると云ふことが分ったのであります。  さういふ風に実験心理学的方法により、自分を検査してゐるといふことを本人が知ると、それでもつてそれに反対する行動をするからして此詐病観破法も実用は難しいのであります。  最後に残つてゐるのは、臨床的方法であります。これは贋病を診察するのに一番よく用ゐられてゐる方法で、或る詐病をしてゐる者を精神病院に入れて、さうして永く見て居つて、その人の賃似をしてゐる病気と今迄の該病に対する記載と一致するか、どうかといふことによつて、之に一致すれば本当の病気、即ち狂人であるが、一致しなければ贋病であるといふ方法であります。例へば本当のマニー(躁病)であれば一日中騒ぎまわっても疲労感がないのが特徴であつて動けんやうになるまで騒ぎ廻つてゐます。ところが詐病患者はその質似をしようとして騒ぎさへすればよいと思つてむやみに騒ぎ廻つてゐるが二、三時間でくたびれてしまつて溜息をついたり休んだりしますから之は伴狂であるとの疑を置くのでさういふ臨床的方法で贋病を見破る方法が現今一番よく使はれて居ります。けれどもこの方法の欠点としては、若しその人が今迄記載されてゐない新しい病気に罹って居つたら贋病であるといふ鑑定をされることがある。これがこの方法の欠点であります。  大島 結局は大抵見破られるものですか?  小南 詐病といふものは結局見破られるものでありまして、贋狂人しようとする者は大抵精神に欠陥があるのが多いのであります。精神に欠陥のないもので贋狂人の真似をしようとする者は滅多にありません。又佯狂の如く見えて実は本当の精神病者であることが多いので、一昨々年頃大法螺吹きの伊藤ハソニといふものがありましたね。あれなんかは大阪の刑務所に行つて「俺は非常に偉い者で、何時も色々な発明をしてゐる。例へば支那へ行くと皆水に困つてゐるから空気から水を作ることを考へてゐる」などと云ひ初めは色々な人が贋狂人であると思つて居つたけれども、私等が鑑定して佯狂でなくて拘禁性精神病であると鑑定しました。それから職工その他保険に関係のある者で贋病を使って或利益を得ようといふ者は、智慧の足らん者か、ヒステリイ性の者が多い。精神の確かな者は、贋病が到底成功するものでないことを知つてゐるから之を試みようとはしません。

(553〜555)※カッコ内補足、新字体変換は頁作成者

◆若月 俊一(東大分院外科(主任 福田保助教授)) 194204 「某工場に於ける災害の統計的並に臨床的研究 (下) 」, 『民族衛生』10-5:336-358. DOI: https://doi.org/10.3861/jshhe.10.336
 傷頭部損傷の主なるものは工具・製品の飛散及び落下に因る(第19表参照)打撲傷及び挫創である。第25表はその種類と件数並びに平均休業日藪を示したものである。但し頭蓋骨骨折折で死亡した2例は何れも「労働者の墜落」に原因するものである。「墜落」は一般に重症災害を惹起するものであつて,一般に工場災害の死亡の3分の1以上は之に帰せられると云ふ。脳震盪症3例のうち1例はやはり自身の「墜落」,他は工具・製品に因る打撲であるが斯様な頭部損傷のあとに頑固な頭痛を訴える労働者が往々あり,外傷性神経症(traumatischeNeurose)との鑑別が問題となつて来る。所謂外傷性神経症には詐病的なものがあるから,Trepanationを行ふと良いと云はれてゐる。又山ロ氏はかかる勢働者の「家庭内情調査」を行つて日常素行の善悪を判定する事が必要であると称してゐる。単なる「願望性」の紳経症には斯様な方法も亦止むを得ぬ所かと思はれるが,斯かる場合に勢働者に馨師の立場を誤解せしめぬ様特に慎重を期する必要があらうと考へる。

(349)※新字体変換は頁作成者

1943(昭和18)年

◆大倉功 194304 「拘禁性精神反応と詐病」, 『刑政』56-4:2-3. DOI:10.11501/2671343
 詐病は刑務所に於ては甚だ多く、恐らく他の如何なる社会部面に比しても其の頻度は遥かに多かるべし。刑務所にて診療に従事する医師は詐病を常に念頭に置かざるを得ざる状態なり。  予は最近拘禁性精神病なりや、或は詐病なりやと其の診定に甚だ困難し観祭せる中、其の症状略去りて後既往症其の他より拘禁性精神反応としての癲癇性精神発作なりし一例を経験せり。依つてその診察過程を記載せんとす。 […] 患者の症状を要約すれば迷蒙状態にあり、即ち恐怖症、緘黙症、無罪妄想ありて気力沈衰し抵抗の元気なし、之等は拘禁性精神病の一型を示す、斯くて第一回診察に於いては拘禁性精神病と詐病を疑へり。  而して詐病にて特有なるは症状の誇張性なるが、本患者は全く消極的にて無関心の状にあり、斯くて第二回診祭に於いて拘禁性精神病と判定せり。 然るに公判に際し利害得失を説示せらるるや緘黙症先づ消え、次いで忽ち諸症状恢復し普通状態になれりとの報告に接し、詐病なりしかと嘆ぜし次第なりしが、其の遺伝歴、既往症を知るに及び拘禁性精神病にも非ず又詐病にても非ず、実に拘禁性精神反応としての十三日間に亙る癲癇性精神発作なりしこと分明せる なり。

(2〜3)※新字体変換は頁作成者

1943

◆軍警会 1943 『憲友』 37-5(別册). info:ndljp/pid/1504300
※正確な発行年不明
窃盗容疑者として取調中突然腹痛を訴へ苦悶せるを詐病と信じ取調を続行したる処病状の悪化を認めたるを以て医師の診断を受けしめたるに「モルヒネ」中毒患者なること判明応急処置(注射)の上再び取調に着手したるが「モルヒネ「患者の習慣性及症状を熟知せざりし為数回同様状態を繰返し被疑者を増長せしめ取調に困難を来したり

(37〜38)※新字体変換は頁作成者

犯罪者ハ往々詐病ヲ作為スルコトアリ又本件如ク事実罹病ノ場合アリ而シテ之ヲ無視シ取調ヲ続行センカ時トシテハ予審又ハ公判廷ニ於テ過酷ノ取扱ヲ受ケタリトテ否認ノ材料ヲ興フルカ如キコトナジトセス(服規第六五五)

(37〜38)※新字体変換は頁作成者

 

1944(昭和19)年

◆司法省秘書課 1944 『司法資料. 第287号』. DOI:10.11501/1145721
精神(精神)病學者(学者)の著(著)述(※原文は二点しんにょう)を見ると、法律家は被疑者の精神狀(状)態に異樣(様)な點(点)を認めると、すぐこれを詐病であると考へ易いことを戒めてゐる。そして、詐病といふものは法律家の側から想像する程多くはない、といふことが捉はれのない觀(観)察者の一致せる意見であると述(※原文は二点しんにょう)べてある。なるほど犯罪者が不名譽(誉)なそして自由を奪ふ刑罰を免れんとして、詐病を思付くことは見易い道理ではあるが、クラフトエービング Kraft-Ebing (註一)の指摘してゐる如く、感情(※原文は旧字)の動搖(揺)といふことが精神障碍の重大な原因であり、而もそれは犯罪者がその犯行の前後竝(ならび)に犯行の最中に充分經驗(経験)することである點を看過してはならないのである。從(従)て、自由剝奪の影響竝に肉體(体)的に障害を與(与)へ精神的にも抑壓(圧)する拘禁生活狀(状)態の影響によつて、眞實(真実)精神障碍が存するであらうとの疑惑は、少くとも詐病であらうとの疑惑が一應(応)正常であるのと同樣(様)に成立し得るのである。これを要するに、拘禁せられた者が他の理性確かな囚人との雜(雑)居であらうとも、或は病院内であらうとも、これを綿密巨細に觀察することこそ重要問題なのである。
 詐病であるかどうかは、逮捕せられた者が監(※原文は旧字)視(視)人のゐる前で病氣(気)を申立て、頭痛などを特に熱心執拗に訴へることによって判斷(断)出來(来)る。卽(即)ち眞實の精神病者ならば通常さうしたことをしないものである。また假令(たとえ)暴れ騷(騒)いだとしても何處(処)かに我身を要愼(用心)する態度があり、質問に對(対)しては反對の答をするものであるから、それによって直ちに質問の意味を了解してゐるに違ひないといふことが判るのである。 (三三八ー三三九) ※カッコ内補足は頁作成者

1947年

◆高橋 正義・池辺 道隆・坂中 善治 194711 『身体障害等級社会保険廃疾認定基準精義』, 年金保険厚生団. DOI:10.11501/2389244
 なお、今一つ詐病ではないが、詐病と極めて判別のつきにくいものに外傷性神経症がある。  外傷性神経症とはオッペンハイム氏の命名であつて、同氏の考えによれば、外傷のために起った中枢神経の病変叉は末梢部の外傷が神経を介して中枢を刺戦するために生ずる神経症であるということである。しかし、その後本病の研究が盛んになると共に一八九五年ストリユンペル氏は、本症の大部分は災害の直接の結果ではなく、年金或いは補償金獲得の欲望がその発生の原因であることを主張した。此の見解に対しネーグリー、ノンネ、カウフマンその他諸大家が賛同し、オッペンハイムの説はその価値を失うに至つた。現在本病が一つの欲求性疾患であるという点については最早異論のないところである。  勿論外傷性神経症のすべてが欲求と結びついているという訳ではなく、例えば災害の直接結果である外傷に続いて神経系統特に自律神経系統に障害を残し、頭痛、眩暈、耳鳴等の症状を起すが時日の経過と共に自然治癒するもの、外傷が暗示となり又は精神感動の因となつて麻痺、痙攣等のヒステリー様の症状を呈するもの、或いは大災害に遭遇し、それが原因となつて所謂驚愕神経症をきたすもののように真性の外傷性神経症もある。しかし、此等は何れも概ね視野狭窄、脊髄圧の亢進、速脈等他覚的に検証のできる症状を伴うものである。之に反し欲求と結びついた神経症所謂願望神経症においては顔貌沈鬱で頭痛、眩暈、不眠等を主訴とする鮎は真性の外傷性神経症と類似しているが脊髄圧の亢進、速脈等を証明することは困難である。又、特にすべてが哀訴的であつて、症状は外傷が治癒に近づいた頃から増強し、且つ症病の程度と外傷の程度とは全く平行しないのみならず本症を起す外傷は一般に非常に軽度のものが多いという特徴がある。さらに、本病が災害保障のある所に起り、それのない所には殆んど見られないのであつて、此等の点から益々本病が欲求観念による産物であることを示すものである。従つて願望神経症に対してどの程度の補償をするかといふ問題はきわめて困難な問題であつて、その取扱いには格別の注意を要する。

(245〜246)※新字体変換は頁作成者

1956年

◆Alberto A.Marinacci 著※, 祖父江逸郎 訳 1956 『臨床筋電図学』. DOI:10.11501/1376014
※原著詳細不明
肢神経の障碍殊に上腕骨頭の偏位により伸展されて生じた場合には、臨床的に診断をつけることは困難である。筋萎縮のみられない工場障碍による症例の場合には、そうした障碍の存否を決定したり、患者の訴えが神経障碍か、関節部の障碍かあるいはヒステリーかを鑑別するのは一層困難を伴う。かかる症例では筋電図は大いに役立つ。 […]  […] かかる症例ではその筋萎縮が神経性のものであるかを決めるのに筋電図は非常に価値がある。尺骨神経障碍のある例では殊に著明な筋萎縮のない場合は診断に非常に困難である。これ等の例はヒステリーだとか仮病だとか診断されるものである。 22才の女の事務員の例で著明な筋萎縮はなかつたが、右手の筋力減弱に気づいた。2年間症状を訴えていたが頸部のミエログラフィーに何も所見がなかつたので、ヒステリーと診断された。筋電図では右肘部で尺骨神経の中等度の障碍を示した。病歴を調べると彼女は長時間に亘って筆記を行ない、固い机に肘をおしつけていたのでそのため尺骨神経の圧迫を来たしたことが判明した。 同様な症例で書字が変化したために小切手のサインについて銀行で尋ねられたような例がある。者明な筋萎縮を伴わない尺骨神経の圧迫神経炎は、固い机に肘をついて長く筆記をしたりする職業の人にはよくみられる。

(178)※

1957年

◆日本学士院日本科学史刊行会 編 1957 『明治前日本医学史 第5巻』. DOI:10.11501/1370639
平安朝時代には、疾病に藉口して、或は脱税し、又は職務を懈怠する者を取締るため屢々詐病の撿験が行われた。また穢忌の有無を決するのが、法曹家の重要な職責とされていたので、これ対しても頻りに撿験が行わにれた。

(一)※新字体変換は

第八詐病取締 賦役令に  […]  とて舎人兵衛資人衛士仕丁等雑任の者が、春解職されて原籍に帰ったならば庸調共に徴収し、夏ならば庸調いづれか一方を徴収し、秋以後ならば庸調共に免除する。がしかし虚偽の申立をして戸籍をごまかし、又は詐病して課役を免れた者は、原籍に帰った時期に関せず、その一年分を徴収することにしている。

(二一)※新字体変換は頁制作者

第一四奴婢廃疾 捕亡令に  […]  とて、官又は私有の奴婢が逃亡して、一ヶ月以上を経過した者を捉えた者には、その奴婢の価の二十分の一の賞を与え、若し一年以上を経過したものであるときには、十分の一を与える。しかしその奴神が、七十歳以上か又は廃疾以上の疾病のため使役に堪えないか、或は前の主人若くは関所港津等の役人が捕えたときには、その賞与は、前記の半額とすると云うのであつて、奴婢についても廃疾以上の者と否とによって賞与の程度に差等をつけている。  如上列記の如く身体の欠陥障碍によつて、法規上の取扱に重大の相違があったのであるから、これが取扱につき遺憾なきを期するには、是等を明確に鑑別し、又は詐病等を検定することは、医学的知見によらなければならないことは云うまでもないことであつて、医家に課せられた重要な職務であるので、裁判医学的操作が行われたであろうことは十分に察知されるのである。

(二三〜二四)※新字体変換は頁作成者

1961年

◆白木良夫 1961 『医師の告発 (三一新書)』, 三一書房. DOI:10.11501/1670582
二 詐病の発見 「見習医官殿、予定のやつが泡をふき始めました」 と、中年、いや軍隊では老いた衛生兵が落ちついた態度で、私を呼びにきた。 「よし、今行く」 暗い電灯の医務室の中から私は立ち上がって病室に出かける。老衛生兵の案内で行くと、同室の下痢や感冒の病兵たちが珍らしそうに眺めている寝台に、口からシュッシュッと音を立て唾を吐きながら痙攣をおこしている兵隊がいる。まったく意識を失い、体を弓なりにそらし、顔を充血させ、手足をぐいとのばして痙攣をおこしている兵隊の脈をはかり、それから瞳孔を指でひらくと、すでに散大して反応がなく、唇は紫色にかわっている。口から血のまじった赤い泡を吹きだしているのだ。舌を歯できずつけたらしい。 「真正テンカンだ。まちがいない。明日、即日帰郷の書類を作ろう」 「軍医殿、自分もテンカンになりたいですな」 と、老衛生兵は不精ひげの顔の中から目だけ光らす。 (即日帰郷)の召集解除には、まわりに見物にきていた病兵たちに、たちまちうらやましそうな溜息が もれる。私でさえうらやましいのだ。 […] テンカン患者は軍隊では召集解除にすることになっている。ただし、それを詐病でないと確認するまで はいちおう軍隊内にとどめておくことになっている。 私は毎日、詐病(Scheinkrankheit)とたたかっているような奇妙な医者になっていた。応召後、軍医のたりないときであったため、一兵卒から軍医要員にまわされ、そこで『軍医は医師より偉いのである。それは医師である上に、さらに大元帥陛下の窓を体した軍人精神を合わせ持っているからである』[…] […] まだ、学校出たての生半可な医者の私にとって、詐病の問題に首をつっこむのは皮肉なことだ。だが、さまざまな詐病も兵隊だけでなく将校にも相当あった。 老衛生兵がひとりの兵隊を背おって装飾ひとつない医務室にはいってきた。この兵隊は明後日サイパンに出発する部隊に所属している。ところが、きょう訓練の途中から足に神経痛がおきて動けなくなったと訴えているのである。息子が今年応召したという老衛生兵には奇妙な人情と仏心が出てきて、ほかの衛生兵では相手にもしない兵隊たちの愁訴を聞いて、私のところへ連れてくるのだ。 […] 詐病看破術の教科書のとおり、私は強烈な麻酔の阿片アルカロイドのモルヒネをやっても、やたらに痛がり、私の誘いにひっかかる兵隊を冷たくながめていた。 「お前のそれはかんたんな神経痛だ。聞けばきみはサイパン行きの部隊に属しているそうだ。向こうはあたたかい。南方は神経痛がなおる。正に転地療法だ。まあ、すこしくらい痛くてもあきらめるんだな。お前もへんなことを云っていると詐病にされてしまうよ」 兵隊の目から急に光が消えさった。力が抜けたように彼は首をたれた。 兵隊は囚人が未決から既決にきまったように、しょんぼりと立ちあがってかえりだした[…] 「待て、この野郎」と、若い衛生兵が兵隊のうしろから追いかけ、ピンタをくれようと手をあげた。 「やめろ」と老衛生兵はとめた。「サイパンに行く前だ。むしろ、祝ってやれ」

(17〜22)

2006年

◆牧 潤二 2006 『詐病』,日本評論社. ISBN-10:4535982678 ISBN-13:978-4535982673
●詐病をどうみるか  詐病が良いか悪いかと聞かれれば、もちろん、悪いに決まっている。その悪い典型的な例が、保険金詐欺に詐病を使うことだ。とくに、医療保険や介護保険のような強制の社会保険は一種の税であり、その保険金を詐取することは、全国民の懐から金を盗むようなものである。また、詐病により、犯罪者が無罪になることもある。これも大問題だ。  その意味では、医師など専門家は詐病に注意し、積極的に詐病をみつけるよう努力する必要がある。まちがっても、詐病に荷担してはいけない。  一方で、詐病については広義に解釈し、匿病(病気を隠すこと)なども視野に入れておいたほう がよい。そうすれば、現代社会の問題をより深く理解できる。すなわち、広義の詐病とは、まさに時代社会のもつ問題の重さによって、湧き上がってくるものなのである。  したがって、詐病をなくすための重要な方法の一つは、時代・社会の問題点をなくすこと、となる。しかし、それではあまりにも観念的で、子どものような論理になってしまう。具体的には、社会保障制度や社会福祉の充実、差別やいじめなどをなくしていくことが、詐病をなくすための重要な道筋となるだろう。  いずれにしても、詐病を通して、現代社会の問題点を浮き彫りにできる。また、その改革の方向も見えてくる。まさに、現代社会の”合わせ鏡”という意味で、詐病には常に注目しておきたい。  そのような視点から、以下、さまざまな分野の詐病についてくわしく紹介していこう。 (5-6)

2010年

◆栂 紀久代(NPO法人サン・クラブ 理事長) 20100727 「「脳脊髄液減少症」について 」,厚生労働省 総合福祉部会第5回.
体の痺れは、痛みの一種ですがその痺れを証明する方法すらありません。その上、詐病とか怠け病と言われ、心を傷つけられ精神的に追い詰められ、自ら命を絶つ方も多く、今は、サン・クラブは「心の雨宿りの場所」として電話やファックス、メールの病気の相談にも応じています。いわゆるピア・カウンセリングです。  この病気をご理解頂く為には、強烈な船酔いまたは車酔い状態、または強烈な二日酔い状態と表現すれば解って頂けるでしょうか。その上全身に痛みを伴います。  病状から来る肉体的苦痛、無理解から来る精神的苦痛、働けない現実から来る経済的苦痛の三重苦に遭っています

2016年

◆立岩 真也 20160125 「社会防衛のこと・9 ───「身体の現代」計画補足・110」,arsvi.com.
 そして他方に刑事司法の場面がある。ときに誤解されるように、精神障害者であるから免罪されることにもされないことにもなってはいない。あくまでその人のその時の状態が問題にされることにはなっている。その上でも、長らく、免責・免罪が批判されることがずっとなされてきた。そうした反感の成分の分析はまた別途なされたらよいと思うが、なそうとしてなしたこと(避けようとすれば避けられたこと)について責任を負うという帰責の構図に対する全面的で説得的な根拠を有する批判はあまり見当たらない。一つに極端には「詐病」によって、罰せられることから不当に逃げているというもの言いがある。他方に、それが「本物」であるなら、今度は「野放し」にすることになるという懸念が、いくらか報道等における言葉遣いは変わったにせよ、結局のところは変わらず、むしろより強く言われるようになってきている。  そして、言説として顕在化するのはわりあい近くになってからのように思うが、場合によっては本人が「責任」を引き受けようとすることもある。『自閉症連続体の時代』でも、免責を求め自分にあった処世術を自らも使い他人たちにもそうした配慮を望みながら、すべてを自閉症のせいにはしない、自らが責任をとる(とれる)人間であることを示そうという言説があることもまた見た。精神障害についてもそんなことはある。ここでも――その流れを追うのは誰か別の人の仕事になると思うが――本人が認めつつ、しかも責任を負うという言説もまた見られるようになる。やはり今度の本に想田和弘の映画『精神』を紹介する文章(立岩[2012])を収録したが、そこでもそのように受け取れる「本人」の発言があったように思う。確かには、あるいはまったく覚えてはいないが、「やったのはこの私だ」というのである。こうした言説の連続性と変化についても調べておく必要があるだろう。  責任を取ろうという気持ちはわかる、それはなされてよい主張ではあると言ってよいはずだ。そうした言説のすべてを否定する必要はない。ただ、これを引き受けないと「一人前」と認めてもえらないからといった動機もまたそこには含まれているように思える。ならば、そのような気持ちにさせている側としては、その「当事者」の言うことをそのままに受け入れるわけにもいかないはずだ。
◆yomiDR. 20161102 「原因不明の難病患者らのNPO、差別や偏見考えるドラマ制作」,yomiDR..
 原因不明の難病「 難治性血管奇形 」の患者らでつくる山口県内のNPO法人「みらいプラネット」が、大学の映画サークルの協力で、差別や偏見の解消を訴える啓発ドラマのDVDを完成させた。全国の小中学校などに無償で配布する予定だ。  […]   タイトルは「咲き誇れ、強く Irreplaceable(英語で、かけがえのないの意)」。難病に苦しむ少女が主人公だ。最初は周囲から理解を得られずに苦しむが、信頼できる養護教諭らに支えられ、高校時代に専門医の診断を受けて、前向きに生きるようになるというもので約30分。  ストーリーの元になったのはNPO法人理事長で山口県職員の 有富健ありどみつよし さん=写真=の体験だ。有富さんは2001年、原因不明の腰痛や左脚のしびれや、腫れに苦しみ、入退院を繰り返した。  病気による痛みだけでなく「詐病でサボってる」「君に仕事は任せられない」などと周囲の無理解やパワハラによる精神的な苦痛にも悩まされたという。  […] 

2017年

◆若倉 雅登(井上眼科病院名誉院長) 20170824 「難病指定の条件が「人口の0.1%程度に達しないこと」の不可解」,yomiDR..
 脳の神経伝達回路に異常をきたすと、眼球は正常で視力や視野にも仮に異常がないのに、「目を開けよ」という脳の指令が瞼まぶたに届きにくくなり、目を開けたくても開けられない事態になります。  こういう方々には、一見どこが悪いのかわからない症例から、わずかな光にも過敏に反応して耐え難い目の痛みや眩まぶしさを感じ、無理やり目を開けると失神するなどの過敏反応を起こしてしまう重症例さえあります。  […]  原因や重症度はさまざまですが、そうした方々の生活上の不都合を考えて、「眼球使用困難症候群」と名付けました。眼球を快適に使用することができないことが共通していたからです。[…]  同時に、同様な症状で苦しんでいる人々の状況を知り、情報を共有するためにも「患者友の会」が必要だとも呼びかけました。それを読んだ患者さんや家族から、これまでに50件近い反応をもらいました。文面から推測すると、そのうち少なくとも10例近くは最重症例に属すると考えられます。  しかし、彼らのほとんどは、詐病、心因性疾患と言われるなど、医師にまともに取り合ってもらえなかった、と書かれていました。  […] 

2018年

国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター(NCNP) 20180403 「NCNP の医師・研究者らが新たな神経難病 “NINJA” の概念を提唱 リンパ球解析と拡散テンソル解析により、身体表現性障害とされてきた一群から、多発性硬化症に類似した免疫介在性神経疾患を同定」[外部サイト],国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センターサイト(https://www.ncnp.go.jp/).
 国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター […] の研究グループは、多発性硬化症(MS; multiple sclerosis)に類似する臨床経過があり、多くの症例で血液浄化療法が有効でありながら、通常撮像法の脳・脊髄MRIで異常を認めないために、診断が未確定であった11例を詳細に解析しました。その結果、末梢血液中の B 細胞に異常を認め、広範囲の脳白質において微細な構造変化を示唆する MRI 拡散テンソル画像の異常が確認できました。これらの特徴は、神経難病 MS とは一線を画すことから、この一群を新たに “Normalappearing Imaging-associated, Neuroimmunologically Justified, Autoimmune encephalomyelitis”(NINJA)と名づけました。  NINJA では運動麻痺や感覚障害、視力障害などの MS に類似する慢性再発性の中枢神経脱落症状を認めるにも関わらず、MRI で異常を認めないことから身体表現性障害や詐病と誤って判されることがあります。本研究は身体表現性障害と誤って判断されやすい MRI正常・MS 類似の脳脊髄炎という病態を世界に先駆けて報告したものです。診断が難しい慢性経過の脳神経内科疾患の診療に役立つことが期待されます。
 ■研究の背景  脳神経内科の代表的な難病である多発性硬化症(MS)は多様な病態を示し、現在でも診断に苦慮するケースがあります。NCNP多発性硬化症センターでは、先端的な技術を応用して診断の精度をあげる研究を進めてきました。MSは中枢神経(脳や脊髄)の様々な部位において炎症に伴う脱髄や神経障害が生じる自己免疫疾患であり、再発と寛解(症状の悪化と改善)を繰り返しながら徐々に障害が蓄積していきます。MRI画像検査はMSの診断や重症度の評価において有用ですが、一部のMS患者においては、症状が重症の割に、MRIの異常所見が軽度であることもあり、症状・診察所見とMRI所見との間に大きな乖離があります。世界中で一般的に用いられているMcDonald診断基準では、時間的・空間的に多発する客観的臨床的証拠(中枢神経の障害を示唆する神経学的異常所見)を認め、かつ他疾患に該当しなければMSの範疇に含まれます✳1。しかし脳・脊髄のMRIが正常な場合、多くの医師は「脱髄」は存在しないと判断するため、診断保留となるばかりか、ときには身体表現性障害や詐病と診断されることがあります。我々はMSに類似する臨床経過がありながらも脳・脊髄MRIで異常を認めないこれらの症例の特徴を明らかにし、適切な治療に結びつけることを目的に本研究を開始しました。

2020年

◆田所 裕二(日本てんかん協会 理事・事務局長) 20201019 「てんかんの困りごと・お悩み 支援者からのアドバイス(2)」, NHK福祉情報サイト ハートネット. https://www.nhk.or.jp/heart-net/article/419/.
※心因性非てんかん(PNES)…ストレスなどの心理的負担が大きく意識を失う発作。 大脳の病であるてんかんとは区別される ―PNES当事者はどれくらいいるのでしょうか? 田所:PNESは「詐病」と呼ばれてきた過去がある病気です。今は国際的に位置づけができて、てんかん性の脳波が出ないとか、てんかんの特徴的な症状が出ないということで、いわゆるてんかんの治療ではないとされています。精神科関係の治療になりますが、ただ、てんかんのある人が合併する確率が国際的なデータでは3割ぐらい。日本でも1割から2割はてんかんのある人が併せ持っていることが報告されています。 正確な数はわかりませんが、PNESだけがある人は、アメリカのデータでは10万人に30人ぐらい。つまり少なくはないということです。てんかんを中心に考えると、PNESはうそを言っているように見えたのかもしれませんが、PNESは精神の障害・疾患として位置づけられています。
◆篠原 三恵子(特定非営利活動法人 筋痛性脳脊髄炎の会 理事長) 20201026 発言,「障害者差別解消法の見直しの検討に係る障害者団体ヒアリング(10月26日)議事録」[外部サイト].
 この病気は客観的診断基準が確立しておらず、一般の検査では異常がないため、精神的なもの=怠けていると思われ、診断まで何年もかかる方がほとんどという状況です。この病気の中核症状は労作後の消耗と呼ばれ、ほんの短い間動いた後でも、急激に症状が悪化し、何日も寝たきりになることが多いのですが、他の方は家で寝たきりになっている状態を見ることがありませんので、怠けているという誤解や差別を生む傾向があります。  その上、WHOで神経系疾患と分類されている難病であるにもかかわらず、日本では一部の医師が認知行動療法や、段階的運動療法などによって症状が改善するという事実と異なった情報を20~30年間にわたって流しています。医師の情報だけに誤解を解くことが難しく、重症患者でも身体障害者手帳取得が困難で、その上、障害者総合支援法の対象疾患にもなっておりません。  こうした誤った認識が社会的な理解に影響し、他の人と平等に社会参加する権利、必要な介護を受ける権利、外出する権利、選挙権を行使する権利、教育を受ける権利、医療を受ける権利、就労する権利などを保障する合理的配慮がほとんど受けられていない状況です。  厚労省から出された「医療関係事業者向けガイドライン」では「不当な差別的取扱いと考えられる例」として「わずらわしそうな態度や、患者を傷つけるような言葉をかけること」が挙げられています。ところが、患者たちは詐病とみなされることが多く、医療関係者からも患者の尊厳を踏みにじるような差別的な処遇をいまだに受け、全く医学的に関係がない精神科に回されるケースが多く見られます。  私たちは世界的な常識である、ME/CFSは神経系疾患であるということを10年近く厚生労働省に訴えてきていますが、2019年2月の国会議員へのレクチャー資料に、病気の症状として「抑うつ」「気分障害」「不安障害」「身体表現性障害」など、精神的な疾患を思わせる記載があったことを確認しています。  実例として、つい3週間前に当法人に電話で相談があった方は、10歳で発症して、病歴が約30年。15年以上前に診断を受けていたにもかかわらず、両親のみならず、行政からも怠けていると思われて、障害者手帳を取得できないために何のサポートも得られず、寝たきりに近い状態で一人暮らしをされています。スポーツドリンクだけでしばらく命をつないでいるという電話が当会に入りました。  もう一人の方は、出産後に発症され、数年後にはおむつが必要なほど重症化したのですが、一般の検査で異常がないために診断も下りず、治療のためと称して精神病院に入院させられ、配偶者や両親が引取りを拒んだために、数年に及んで精神科に入院されていました。これがこの病気の現状です。
病気による内部障害は外からは見えないために、障害を理解されることが困難で、詐病の扱いを受けてきた疾患もたくさんあります。疾患を抱える障害者も障害者差別解消法の対象であることを当事者や国民に広く周知すると同時に、難病者が合理的配慮を求めやすくするような環境整備をしてください。また、各行政機関及び事業者などにおいて、支援者となるべき職員が疾患を抱える障害者の特性を理解するために、担当者による研修を必須としてください。

2023年

◆立岩 真也 20230305 「堆積や交錯や忘却を描く――そのための仕事がなされた」『国立結核療養所――その誕生から一九七〇年代まで』(酒井美和),生活書院.
 まず、疲れるものは疲れるし、痛いものは痛い。そのこと自体について、嘘をつく要因はない。だからそれは、解明され軽減のための技術が開発され改善され適用されるべきだ。  疑いをかけられる場合があるとすればそれは、サービスやお金の受給の場面、そして労働の軽減が求められるといった場合だ。「詐称」「詐病」の可能性が言われる。つまり、ほしいので、あるいは働きたくないので、嘘をついているのではないかということだ。  たしかに人は嘘はつける。嘘をつく人はいないと言い切る必要はないと私は思う。しかし、それがどれほど大きな問題かと考えることだ。さほど大きな問題ではないというのが答になると考える。  まず一つ、社会サービスは、人にやってもらうということであって、人にもよるし、場合にもよるが、たいがいの場合には、自分でできるなら自分でした方がさっさとすんで、気も楽で、それでよかろうということになる。一つ、ものとして支給されるものについて。疲労を補うための「自助具」などあまり考えつかないが、もしあったとしてそれは、不都合を補うためのものだから、不都合がなけれはいらないものである。すると残るのは、生活保護などの所得保障であり、労働の軽減措置等である。  疲れていないのに疲れていると言って公的扶助を得ようとする、その可能性はないではない。しかし、実際には働いて収入を得ているのにそれを隠してというのではなく、現に働いていないのであれば、あれこれ理由は求めず、公的扶助がなされてよいという主張は可能であり、私は妥当であると考える。そして働けないと働かないとの間はときに曖昧であり、それをとやかく言わないほうがよいという理由も加えることができよう。そしてそれで社会が大きく困ることはない。そして、ことのよしあしはともかく、多くの人は働こうとする。その意を汲もうというのであれば、むしろその人の申告に応じた方がよい。つまり、まったく働けないとしてしまうのではなく、その人の状態に応じて、いくらかを軽減して働いてもらう。それでよいはずだ。  そして疑われる側の人には次のように言える。病気をしてそれで身体がうまく動かないとか、長い時間仕事ができないとったことはある。そのことをすっと受け入れて、必要なものは必要だと言い、そして必要なものを受け取るという当たり前なことにためらいがあるなら、なによりそれは(不当に)損なことだから、やめた方がよい。とすれば、そのように思えるように、求めると疑われるからといった理由で、求めること阻害しないように制度の側はあった方がよいということである。つまり、本当は痛くないのではないか、疲れてはいないのではないか、気のせいではないか、と、そんなことがないではないとしても、言わない、言わないことを前提に制度を組み立てた方がよいということだ。

■翻訳書における「詐病」

1918(大正7)年

06/28(印刷)
◆ベツケル(※詳細不明 = 1918 木谷祐寛訳,『詐病及鑑定法』,南江堂書店. DOI:10.11501/933985
自序 往年予ノ姬路衞戍病院ニ職ヲ奉ズルヤ時ノ軍醫部長寺西幸作氏一日偶々(ある日たまたま)予ニ獨逸ベッケル氏著詐病論示シテ其ノ近世ノ好著ナルチ稱揚シ且ツ之ガ譯述ヲ勸メラル、予就テ(就いて=前に述べた事柄から、次に述べようとする事柄が起こるか、または必要となる旨を示すときに用いる語。したがって。よって。それだから。 ※小学館:デジタル大辞泉)之ヲ繙讀(はんどく)スルニ書中内科、外科、眼科、耳科、神經病、精神病等ノ各科二亙ル(わたる)詐病竝其ノ看破法ヲ網羅詳述シテ予ス所ナシ、而シテ其ノ詐病者ノ中ニハ或ハ兵役其ノ他ノ義務ヲ免レントセルアリ或ハ勞働賑賉(中國語)金又ハ保險金ヲ詐取セントセル者アリ其ノ手段方法ニ至リテハ實ニ千種萬態頗ル(すこぶる)吾人(=一人称複数ノ人代名詞。ワレワレ。 ※小学館:デジタル大辞泉)ノ意表ニ出ヅルモノ少カラズ、從テ其ノ看破法ノ如キモ苦心慘憺漸ク(ようやく)其ノ目的ヲ達セシ鑑定例等アリテ愈々(いよいよ=ますます。まさしく。とうとう。ついに。いざ。 ※小学館:デジタル大辞泉)譯述スルニ從ヒ益々其ノ趣味ノ盡キ(尽き)ザルヲ覺エタリ、當時之ヲ世ニ公ニセント欲セシモ公務多端ニシテ其ノ意ヲ得ズ空シク之ヲ筐底ニ藏セリ、今ヤ世ノ進運ニ伴ヒ各種保險業務ハ益々發達シ加之工場法ノ發布ト共ニ勞働者救助法ハ愈々繁雜ニ向ハントスルニ際シ奸黠(かんかつ=悪賢いこと。また、そのさま。狡猾。 ※デジタル大辞泉)ナル手段ヲシテ不正ナル利益ヲ獲得セントスル者ノ輩出スルニ至ルベキハ之ヲ逆睹(=物事ノ結末ヲアラカジメ推測スルコト ※小学館:デジタル大辞泉)スルニ難カラズ、此時ニ當リ僚友間ニ本書ノ出版を切ニ勸ムルモノアリ、予モ亦意動キ茲(ここ)ニベッケル氏原著ニ卑見ヲ加ヘ以テ之ヲ梓ニ壽スルニ至リシナリ、若シ夫レ(それ=文頭に用いて語調を整える語。そもそも。いったい。 ※デジタル大辞泉)軍醫、保險醫、監獄醫、警察醫、工場醫、竝一般實地醫家ガ之ニ賴リテ多少ニテモ裨益(=(する)助けとなり、役立つこと。 ※小学館:デジタル大辞泉)スル所アラバ予ガ望ハ既二足レルナリ。 予ガ本書ノ出版ニ從事スルヤ實ニ繁劇ナル公務ノ寸暇ニ於テセルガ故ニ校訂意ノ如クナラズ加フルニ予ノ淺學駑才謭陋(=見識が浅薄である ※白水社:中国語辞典)不文ハ以テ巧ニ原著ノ意ヲ讀者ニ告グル能ハズテ從テ譯語妥當ナラザルモノ字句ノ誤脫等亦必ズ多々アラン此等ハ他日再版ヲ待ツテ訂正スル所アラントス讀者幸ニ叱正ノ勞ヲ賜ハラバ光榮之ニ過ギザルナリ。 大正七年五月 木谷祐寬識 (一,二(序文)) ※カッコ内補足は頁作成者
總論 詐病 Simulationトハ疾病或ハ障礙(障碍)ヲ有セザルモ之ヲ詐稱(詐称)スルヲ謂ヒ隱蔽(隠蔽) Dissimulation トハ是等ノ障礙ヲ隱匿スルヲ謂ヒ誇張 Uebertreibungトハ之ヲ誇大ニ訴フルフ謂フ、其ノ他既往(既往)ノ災禍(災禍)ト現症トノ原因的關係竝(並)其ノ疾病ガ作業能力ニ及ボス影響ヲ詐ハルモノモ亦之二屬(属)ス、以上ノ詐爲行爲ヲ總稱(総称)シ詐病ト云フ而シテ是等ノ目的トスル所ハ自己ノ健康狀態ヲ詐稱シ以テ不正ナル恩惠若クハ利益ヲ得ントスルニ他ナラズ。 詐病ハ虛言 Lüge ト同ジク古キ歷史ヲ有シ詐病セル例ハ既ニ太古ノ歷史中二見ユ、然レ共詐病ヲ行フニ最モ主要ナル動機及機會ヲ初メテ與(与)ヘタルハ實(実)ニ兵役ナリトス、卽(即)チ兵役ニ對スル恐怖心 費用、苦勞、忍耐及健康ナル體格(体格)等ヲ要スル兵役ヲ免レントスル努力トハ遂ニ詐病ノ範圍ヲ超越セル諸種ノ自傷 Selbstverstümmelung ヲ作爲スルノミナラズ(自傷ハ特ニ露圈ニ多キモ現今尙(尚)各國共ニ之アリ)各種ノ詐病モ亦(また)種々巧妙ナル手段ヲ以テ行ハルゝニ至レリ、サレバ詐病ニ關スル最初ノ群報モ亦之ヲ軍隊記事中二見ルコトヲ得ベシ、然レ共他ノ官廳(官庁)殊ニ民事及刑事裁判所ニアリテ…… (一〜(本文)) ※カッコ内補足は頁作成者 ※続きを作成中

1957年

◆GRUHLE, HANS W 1955 GUTACHTENTECHNIK, SPRINGER-VERLAG. = 1957 中田 修訳 「精神鑑定」, 文光堂. DOI:10.11501/2426661
五 診断 多くの鑑定人がとくに憤りを感ずるのは、「明瞭な詐病」の場合である。

  一人の精神薄弱の歩兵が眼がまったく見えなくなったと主張して来た。看護兵が大ざっぱに眼鏡をあわせてい たら、彼はまったくとりみだしてしまった。そして、出放題のことをいったり、まったく辻褄のあわぬことをし ゃべった。呼ばれてやって来た衛生士官は、徴兵忌避者が出たと大喜びで、軍隊の命令調で半時間にわたって視力検査を行った。そのため、兵隊はわあわあと泣きだして、一種のガンゼル朦朧状態におちいった。軍医は彼を詐病として軍法会議に送致した。軍法会議は彼が精神薄弱であることを認め、私に相談を求めて来た。私は軍医 にたいしてこういわずにはいられなかった。「まず、貴下の高声で、興奮した、とびとびの質問によって、その男は半狂人のようになった。そして貴下は、その男を軍法会議に送るのを喜んでいられる。」

(20〜21)

 ある兵士が一九三九年に落馬し、第三、第四の腰椎の(嵌入)骨折をおこした。かれは何度も訴えたけれども、非常に大げさな訴えであると見なされ、除隊になるどころか、あちこちの病院をまわされ、しかもいつも「最も重い詐病」ときめられていた。かれは、当然支給されるべき支持コルセットと手当を不当に長い間待たねばならなかった。かれは憤懣の手紙を書いたが、取上げられなかった。 […] かれの「無遠慮かつ破廉恥な」請願書に対して、かれは労働可能であって最も重症の年金神経症であるという宣告があたえられた。かれが私的に診てもらった医者(郷里の)は、かれの労働不能性を証明した。患者は病手当も分割払いも受けられなかったので窮状におちいった。落馬してから丁度一年後に、左大腿部に破裂寸前傷の大きな流注膿瘍が発見された。それは第二、第三腰椎の破壊性骨病変(結核性椎骨炎)によるものであった。 […] 災害後一三年に再び流注膿瘍(一九五二年)。 […] 周囲が無理解であるので、かれは「自分の病気が全く重症で絶望的である」と体験した。ついに、この悩みと不平に満ちた男は、鉄道線路に投身して自殺した。  保険医はこう書いている。「自殺以外にとるべき方法がないような情況が兵役によってつくられたとは考えられない」。自殺はかれの異常な人格にもとづくものであると。――私は反駁する。理由のないのにただ異常人格であると主張することは許されない。Xは不充分な医学的保護と全く誤った精神的処置の犠牲となった […] 他の人たちが自己の正当な苦痛を理解しないで、かえって理由のない非難と疑惑をあびせるのを体験して、かれが非常な不満を感じたのである。それからかれが自らの病気が絶望的であるという直接の証明を得たと自覚したときには、すでにかれの忍耐の限界が来ていたのである。そしてかれは一九五二年六月二六日に鉄道自殺を遂げたのである。

(85〜86)

1996年

詐病の定義に関して|身体化について|虚偽性障害について

Kleinman, Arthur 1988 The Illness Narratives : Suffering, Healing, and the Human Condition,Basic Books =19960425 江口 重幸・五木田 紳・上野 豪 訳 『病いの語り――慢性の病いをめぐる臨床人類学』,誠信書房,379p. ISBN-10: 4414429102 ISBN-13: 978-4414429107 4410 〔amazon〕 ※ b ma

72-73

慢性の痛みには、世界中の人間の病いの経験でもっともありふれたひとつの過程が含まれている。私はその過程をあまり優雅とはいえないが事態を明らかにする、身体化、、、 (somatization) という名前で呼ぼうと思う。身体化とは、個人的問題や対人関係の問題を、苦悩の身体的慣用表現や、医療による援助を強く求める行動様式によって伝えるコミュニケーションである。身体化は、社会・生理学的な経験の連続したものである。一方の極には、身体の病理学的過程が認められなくても身体的不調を訴える事例があり、これには、意識的な行為(詐病、これはあまり見られないが簡単に見抜ける)と、無意識的に人生の問題を表現しているもの(いわゆる転換症状、これはより普通に見られる)とがある。もう一方の極には、身体医学的ないしは精神医学的な疾患による生理的機能の障害を経験し、説明可能なレベルを越えて症状やその症状が創り出す機能障害を増幅させながら、たいていの場合、その悪化に患者自身気づいていないという事例がある。 断然多数を占めている後者のカテゴリーの患者では、三つのタイプの力が影響して、彼らの病いの経験を増強し、ヘルスケア・サービスを過剰に利用するように促している。一つは、苦悩の表現を助長する社会的環境(特に家庭環境や職場環境)であり、二番目は、身体的訴えという言語を使って個人的問題や対人関係上の問題を表現する不幸の文化的慣用表現であり、そして三番目は、個人の心理的特徴(たいていは、不安障害、抑うつ障害、あるいは人格障害)である。 (72-73)

246-247

 病者のなかには、さまざまな理由によって、自分自身の病いをひき起こしてしまうという重篤な精神医学的問題をかかえている人びとがわずかながら存在するが、そうした問題は、普通、ごく親しい人に知られるほかはみな隠されている。病いを創り出す行為には、自分で血を流したり、さまざまな細菌を自分に注射したり、 尿や便の検体に血液を加えて重病に見せかけたり、体温計を暖めて熱のあるふりをしたりすることが含まれている。当人はこういう行動を隠して、しばしば綿密な医学的診断検査と治療を受けることになり、医療システムは大きな損害を被る。かつては、こういう行為にはミュンヒハウゼン症候群 (Munchausen's syndrome) というラベルが貼られていた。それは、奇想天外な手柄話で有名な冒険家、ミュンヒハウゼン男爵 (一七二〇ー九七)にちなん 名称である。現在の精神医学用語では、虚偽性の病い [虚偽性障害] (factitious disorder) と呼ばれている。 多くの場合、この異常な行動は慢性のものになり、ひとつの生き方になってしまう。[疾患があるといつわって主張する]詐病(malingering) と違って、そうすることで、経済的なあるいはその他の社会的な利益が実際に得られるわけではない。むしろ、すでにかなり混乱している人生をますます複雑にするだけである。 (246-247)

252-253

病いがその人個人にとってもつ意味はつねに重要であるが、それがこれまでの章で示したように病いのもつ種々の社会的意味や文化的意味によって支配されていることもたびたびある。それでも多くの人において、心理的な意味が、病の経過にもっとも大きな影響を及ぼすものなのである。そのようなグループに分けられる患者のなかでも、自らの病いを創り出すのはきわめて稀である。
 これまで慢性の病を集中しててきた経験のなかで、私は十五例の虚偽性の病いに出会った。 (252-253)


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*作成・更新:中井 良平
UP:20211115 REV:20211116~24, 27, 29, 30, 1201~09, 14, 20~23, 28, 20230529~0603, 05~08, 0717~19, 0920, 0924~27, 1211, 12, … 240304, 05, 0415, 0419, 0428, 0429, 0430, 0502, 0509, 0528, 0530, 0531, 0614, 0624, 0630
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