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安楽死・尊厳死:ドイツ


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◆Binding, Karl; Hoche, Alfred 1920 Die Freigabe der Vernichtung lebensunwerten Lebens. Ihr Mass und ihre Form 1920, 2.Aufl.,1922 Selig Meiner, Leipzig, SS.62 
 =『生存無価値な生命の毀滅の許容 その範囲と方式』,町野朔他編[1997:051-060](要約)
 「現代においては、理性的な人であれば当然に死を希望するはずの消極的な価値しかない生命を、無限の時間と忍耐と保護を浪費することで保持すべく努力が続けられている。これは同情を通り越して、残酷以外の何ものでもないのである。はたして、人々は、錯誤の可能性を指摘して人間の美しさを封じ込めることを欲するのだろうか?」
 (Binding, Karl; Hoche, Alfred[1920=1997:60],結末部)

◆Engisch, Karl 1948 Euthanasie und Vernichtung lebensunwerten Lebens in strafrechtlicher Beleuchtung Kreuz, Stuttgart, SS.40 
 =『刑法的観点から見た安楽死と生存無価値な生命の毀滅』,町野朔他編[1997:061-070](要約)

◆北 杜夫 1960 『夜と霧の隅で』,新潮社,266p. ASIN: B000JAPAXI [amazon] ※→19630731 新潮文庫,257p. ASIN: B000JAIK6W [amazon] ※ et-ger.
 *「夜と霧の隅で」の初出は『新潮』1960-5 芥川賞受賞作

◆Bernadac, Christian 1967 Les Medicins: Les experiences medaicals humaines dans les camps de concentrations, Editions France-Empire=1968 野口 雄司 訳,『呪われた医師たち――ナチ強制収容所における生体実験』,早川書房,262p.,ASIN: B000JA5B96 [amazon] ※→19790815 ハヤカワ文庫,265p. ASIN: B000J8F8NW [amazon] ※ e04 eg eg-ger


◆四十物 千鶴子(河上) 1995 「ドイツ視察・交流旅行を終えて」

  ◆↓〜ナチスによる「安楽死」については別ファイル
   優生・〜ナチス
   (平野龍一による記述等を含む)

 
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◆四十物 千鶴子(河上) 1995 「ドイツ視察・交流旅行を終えて」
◆臼木 豊 19970420 「死を選ぶ権利、自殺関与、臨死介助――ドイツの尊厳死問題 1判例 資料解説」
 町野朔他編[1997:218-220]
◆連邦通常裁判所大刑事部 19540310 「連邦通常裁判所大刑事部1954年3月10日決定」
 町野朔他編[1997:221-222]
◆連邦通常裁判所第四刑事部 19590515 「連邦通常裁判所第四刑事部1959年5月15日判決」
 町野朔他編[1997:222-224]
◆デュッセルドルフ上級地方裁判所 19730906 「デュッセルドルフ上級地方裁判所1973年9月6日決定」
 町野朔他編[1997:224-226]
◆連邦通常裁判所第二刑事部 19821203 「連邦通常裁判所第二刑事部1982年12月3日判決」
 町野朔他編[1997:226-228]
◆連邦通常裁判所第三刑事部 19840704 「連邦通常裁判所第三刑事部1984年7月4日判決[ヴィッティッヒ事件]」
 町野朔他編[1997:228-233]
◆連邦通常裁判所第二刑事部 19870708 「連邦通常裁判所第二刑事部1987年7月8日判決」
 町野朔他編[1997:233-235]
◆ミュンヘン上級地方裁判所 19870731 ミュンヘン上級地方裁判所1987年7月31日決定[ハッケタール事件]」
 町野朔他編[1997:235-240]
◆カールスルーエ憲法裁判所 19871211 「カールスルーエ憲法裁判所1987年12月11日判決[第二ハッケタール事件]]
 町野朔他編[1997:240-244]
◆ラーヴェンスブルク地方裁判所 19861203 「ラーヴェンスブルク地方裁判所1986年12月3日判決」
 町野朔他編[1997:244-245]
◆マインツ検察庁 19850906 「マインツ検察庁1985年11月6日中止処分およびコブレンツ検事総長1985年9月6日抗告決定」
 町野朔他編[1997:245-247]
◆ミュンヘン地方裁判所 19820129 「ミュンヘン地方裁判所1982年1月29日判決」
 町野朔他編[1997:247-249]
◆フライブルク検察庁 19800718 「フライブルク検察庁1980年7月18日処分」
 町野朔他編[1997:249-252]
◆臼木 豊 19970420 「死を選ぶ権利、自殺関与、臨死介助――ドイツの尊厳死問題 2立法提案、ガイドライン 資料解説」
 町野朔他編[1997:253-254]
◆(ドイツ) 1986 「臨死介助に関する法律対案(1986年)」
 町野朔他編[1997:255-256]
◆第56回ドイツ法曹会議刑法部会 1986 「第56回ドイツ法曹会議刑法部会決議」
 町野朔他編[1997:256-260]
◆連邦医師会 1979 「連邦医師会・臨死介助に関する指針(1979年)」
 町野朔他編[1997:260-264]
◆ドイツ外科学会 19790410 「ドイツ外科学会(「致死性患者および瀕死者の取扱い」委員会)・致死性患者および瀕死者の取扱いについての決議――医的・法的示唆 1979年4月10日」
 町野朔他編[1997:265-267]
◆ドイツ医事法学会(DGMR) 19860629 「ドイツ医事法学会(DGMR)・最重度障害新生児における医師の治療義務の限界――1986年6月29日「アインベッカー勧告」」
 町野朔他編[1997:268-270]
◆第84回ドイツ医師会議 1981 「第84回ドイツ医師会議決議・尊厳死」
 町野朔他編[1997:270-271]
◆第87回ドイツ医師会議 1984 「第87回ドイツ医師会議決議・医師による臨死介助」
 町野朔他編[1997:271-272]

■文献(発行年順)

甲斐 克則 1986 「自殺企画患者に対する医師に救助義務――西ドイツのヴィッツィッヒ医師事件BGH判決から」
 『年報医事法学』1
◆甲斐 克則  1988 「医師患者関係における嘱託殺人と自殺幇助の区別――自己決定権の限界に関するハッケタール事件ミュンヘン上級地裁決定」
 『海上保安大学校研究報告』34・1
◆甲斐 克則  1988 「末期医療における患者の自己決定権と医師の刑事責任――西ドイツにおける新たな議論の展開を素材として」
 『刑法雑誌』29-1
◆松宮 孝明  1988 「西ドイツの「臨死介助対案」とその基本思想」,『刑法雑誌』29-1:167-
◆上田 健二  1989 「臨死介助と自死への権利――西ドイツにおける最近の法政策的論議を中心として」,『刑法雑誌』29-1
◆甲斐 克則  1989 「末期医療と延命拒否――西ドイツおよびアメリカの事例を素材として」,『ジュリスト』945
◆甲斐 克則  19950215 「ドイツ法における「尊厳死」論」 『ジュリスト』1061:061-069


REV:....20060624
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