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『思考停止社会――「遵守」に蝕まれる日本』

郷原 信郎 20090220 講談社(講談社新書1978),210p.

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last update:20150830

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■郷原 信郎(ごうはら・のぶお) 20090220 『思考停止社会――「遵守」に蝕まれる日本』,講談社(講談社新書1978),210p.  ISBN-10: 4062879786 ISBN-13: 978-4062879781 740+税  [amazon][kinokuniya]

■内容

2007年1月、『「法令遵守」が日本を滅ぼす』で、社会や経済の実態と乖離した法令の「遵守」による弊害に警鐘を鳴らし、 大きな話題を呼んだ著者による待望の新書第2弾。あれから2年、日本社会の状況は一層深刻化、「遵守」がもたらす「思考停止」の弊害がさらに拡大。「法令違反」だけではなく、 「偽装」「隠蔽」「捏造」「改ざん」などのレッテルを貼られると、一切の弁解・反論が許されず、実態の検証もないまま、強烈なバッシングが始まる。

○消費期限切れ原料使用を作為的に隠蔽しようとしたわけでもないのに、「隠蔽」と決めつけられ、存亡の危機に立たされた不二家
○健康被害とはまったく無関係なレベルのシアン化合物の食品製造用水への混入を公表させられ、大量の商品の自主回収に追い込まれた伊藤ハム
○「耐震偽装」を叩くことに関心が集中、偽装の再発防止のための建築基準法改正で住宅着工がストップ、深刻な不況に見舞われた建築業界
○経済司法の貧困により、秩序の悪化に歯止めのかからない市場経済
○刑事司法を崩壊させかねない大問題を抱えているのに、誰も止められない裁判員制度
○何を意味するのか不明確なまま「年金記録の改ざん」バッシングがエスカレート、厚労大臣にまで「組織ぐるみで改ざん」と決めつけられた社会保険庁

調査委員会などで多くの「不祥事」に関わった著者が、問題の本質に斬り込み、「遵守」による「思考停止」で生じている誤解の中身を明らかにします。 その上で、思考停止から脱却して「真の法治社会」を作るための方策を示します。是非ご一読ください。

■著者略歴

1955(昭和30)年島根県生まれ。東京大学理学部卒。東京地検特捜部、長崎地検次席検事などを経て、2005年から桐蔭横浜大学法科大学院教授、同大学コンプライアンス研究センター長。 警察大学校専門講師、防衛施設庁や国土交通省の公正入札調査会議委員、文部科学省の研究費不正対策検討会委員、内閣府のタウンミーティング調査委員会委員、 シンドラーエレベータのアドバイザリー委員会委員長、不二家の「信頼回復対策会議」議長なども務める。(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■目次

はじめに

第1章 食の「偽造」「隠蔽」に見る思考停止
繰り返される食品企業バッシング
不二家はなぜ存亡の危機に立たされたのか
ローソンの「焼鯖寿司」回収
伊藤ハム問題は食の安全の問題か
伊藤ハムの行為は「違法」なのか
伊藤ハムが大バッシングを受けた原因
食品企業に対する「隠蔽」批判
なぜ事実の公表が必要なのか
不二家、伊藤ハムの行為は「隠蔽」なのか
一層深刻化する思考停止

第2章 「強度偽装」「データ捏造」をめぐる思考停止
コンプライアンス不況
「耐震偽装問題」の経緯
「法令遵守」で安全性は担保されない
ステンレス鋼管データ捏造問題の背景
建前を前提としたため、問題解決につながらなかった

第3章 市場経済の混乱を招く経済司法の思考停止
日本の株式市場の下落と経済司法
村上ファンド事件一審判決の影響
ブルドックソース事件最高裁判決と企業買収
ブルドックソース事件判決と村上ファンド事件判決に共通するもの
一層深刻なのは検察の迷走
検察にとり薄氷を踏む思いだったライブドア事件
検察官が「公表」の主体となった「推定規定」
経済司法の貧困を象徴した事件
アーバン破綻と「不正の策略」
どうしたら経済司法を強化できるのか

第4章 司法への市民参加をめぐる思考停止
走り出したら止まらない
何のための制度なのか
国際的に見ても特異な制度
法曹界あげての広報活動
審理機関の短縮は何をもたらすのか
事件報道と裁判員の心証形成
「秋田連続児童殺害事件」のケースを考えてみる
不合理な「部分判決」
死刑判断の心理的重圧
「思考停止」から「迷走」へ
「官」「民」の裁判員制度推進の理由の違い
国民から理解・信頼されるべき「司法」

第5章 厚生年金記録の「改ざん」をめぐる思考停止
年金記録「改ざん」問題に隠されたもの
厚生年金制度と標準報酬月額
「改ざん」が問題にされた経緯
実質的な被害を伴う「改ざん」はどれだけあるのか
中小企業の経営実態
事業主だけの遡及訂正は不正行為なのか
保険料滞納を解消するための「遡及訂正」は悪いのか
制度で解決できないことを「非公式な調整」で解決する
なぜ空中楼閣のような「犯罪者集団伝説」がつくられたのか
社保庁信頼崩壊の経過
国民年金不正免除問題が伏線に
「年金改ざん」が「組織ぐるみ」とされるまで
「法令遵守」とトップの無責任な発言が社保庁を“犯罪者集団”にした
厚生年金制度の難しさ
社保庁の責任追及をしても問題は解決しない

第6章 思考停止するマスメディア
歪むマスメディア報道
疑問だらけの「朝ズバッ」の顔なし証言
TBSの捏造疑惑
報道の倫理
解明しないほうが得をする
放送の真実性に関する放送法の枠組み
放送法の趣旨は生かされていない
必要とされる報道の真実性等についての自主的検証

第7章 「遵守」はなぜ思考停止につながるのか
「法令遵守」と「規範遵守」
「文化包丁」と「伝家の宝刀」
「法化社会と」「法令遵守」
「遵守」が法令以外にも広がる

終章 思考停止から脱却して真の法治社会を
「思考停止」からどう脱却するか
社会的要請をどう把握するか
「社会的規範」をどう活用するか
「社会的要請に応えること」についての法律家の役割
法曹養成改革の思考停止
「真の法治社会」をめざして

■引用


はじめに
 『「法令遵守」が日本を滅ぼす』(新潮新書)というタイトルの本を世に出したのがちょうど二年前の二〇〇七年の一月。私は決して、 この本で大予言をしたかったわけではありません。「形式的な法令遵守を上から下へ命令していくだけの誤ったコンプライアンスばかりを続けていると、 本当にこの日本の社会は壊れてしまいかねない、しかし、『法令遵守』ではなく、『社会の要請に応えること』をめざす真のコンプライアンスは、 決して日本を滅ばしたりはしない。むしろ、それこそが、混迷した日本の社会を救う鍵になるのだ」ということが言いたかったのです。 しかし、残念ながら、その後の社会の状況は、あたかも同書が予言書になってしまったような感があります。 「遵守」による弊害は一層拡大し、社会を押しつぶそうとしています。(p.010)
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第5章 厚生年金記録の「改ざん」をめぐる思考停止
厚生年金制度の難しさ
 「遡及訂正」という方法だけは使わないということになると、保険料の滞納が放置され、長期間にわたる滞納が放置されて徴収率が下がり、将来、 真面目に保険料を支払っている厚生年金加入者の負担で、滞納した事業主が高額の年金を受給できることになってしまいます。 それを防止しようと思えば、報告書にも書いているように「毅然と差押えを行う」しかありませんが、それによって滞納保険料を徴収することが容易でないことは、 前に述べたとおりです。
 滞納処分というのは、当然滞納した保険料を徴収するために行うものですが、結果的に保険料滞納処分が中小企業の倒産を促進することになりかねません。そう考えると、 標準月額の遡及訂正という方法自体は、中小零細企業への厚生年金制度の適用に関する非公式で柔軟な現場対応として、一定の機能を果していたと見るべきです。(p.153)
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社保庁の責任追及をしても問題は解決しない
 年金制度の枠組みや徴収の現場における問題と切り離して、不適正な遡及訂正という行為だけに焦点を合わせ、 その発生に関して厚労省及び社保庁の責任を追及することでは決して問題は解決しません。この問題の背景には、法律の建て前どおりにはいかない日本の中小企業の実態があります。 しかし、そうした中小企業が、これまで戦後の日本の経済社会の一翼を担ってきたことも間違いないのです。
 日本の産業構造の二重性の下で、厚生年金制度を、どのようにして中小零細企業の経営の実態に適合させていくのかを抜本的に検討し直す必要があります。 そこでは、基礎年金制度という国民年金による最低限の保障をベースにしながら、今回表面化した標準月額の遡及訂正という「現場の知恵」を、 何らかの形で表に出して公式の制度の中に取り込んでいくしか方法はないのではないかと思います。(p.157)
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終章 思考停止から脱却して真の法治社会を
「真の法治社会」をめざして
 世の中には、重罪を犯した犯罪者の処罰や感情的な対立を背景にした民事紛争など、 「法令」の厳格な適用と遵守という司法固有の機能によらなければ解決困難な問題も存在します。そういう問題に特化してきたのが旧来の法曹資格者です。
 しかし今、日本の社会が直面している問題の多くは、そうではありません。そこで必要なのは、問題の背景になっている状況を正確に認識し、価値観を共有することです。 食品をめぐる問題についても、建物や構造物の性能に関する問題、年金をめぐる問題についても、 根本的には、それがどういう問題なのかが関係者や市民に理解されていないために誤解が生じ、それが不信の連鎖につながっているのです。 企業・官庁と消費者・国民との間>210>に健全なコミュニケーションを図っていくことが、相互の信頼関係を取り戻すことにつながるはずです。
 個人個人が、そして、企業、官庁、各種団体などあらゆる組織が、「社会の要請に応えること」に向けて、法令やそれをカバーする社会的規範を、 大切に使いこなしながら、力を合わせ生き生きと活動していく「真の法治社会」をつくっていくこと、 それが、二一世紀の日本が社会の活力を取り戻していく唯一の道ではないでしょうか。(pp.209-210)
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■書評・紹介

■言及

◆郷原 信郎(ごうはら・のぶお) 20070120 『「法令遵守」が日本を滅ぼす』,新潮社(新潮新書),190p.  ISBN-10: 4106101971 ISBN-13: 978-4106101977 680+税  [amazon][kinokuniya]


*作成:北村 健太郎
UP:20150830 REV:
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