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『心の文法――医療実践の社会学』

前田 泰樹 20081205 新曜社,275p.

last update: 20110623

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■前田 泰樹 20081205 『心の文法――医療実践の社会学』,新曜社,275p. ISBN-10: 4788511398 ISBN-13: 978-4788511392 \3360 [amazon][kinokuniya] ※ e01 s sm

■内容

・同書の帯より
痛みを訴える−配慮する,経験を語る−傾聴する……
細やかな実践にあらわれる心の概念を,ふさわしい精度で記述.
心を個人的なものに切りつめない,社会生活の科学へ.
実践から描きだす,私たちの心

■著者紹介(同書の奥付より・所属・身分等は本書出版時のもの)

前田泰樹(まえだ ひろき)
1971年東京都生まれ.一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学.一橋大学から博士(社会学)を取得.
現在,東海大学総合教育センター准教授.
専門は,コミュニケーション論,医療社会学,理論社会学.
共著に,『ワードマップ エスノメソドロジー』(新曜社). 共訳書に,P. スミス 『感情労働としての看護』(ゆみる出版).

■目次

序論 1-11

資料1 【調査データの概要】 12-13
資料2 【各断片(トランスクリプト)に用いられている記号の凡例】 14-16

第I部 心の理解可能性 17-79
1章 行為記述の理解可能性 18-51
1.1 行為の理解という問題 18-23
1.2 記述の理解可能性 23-39
  1.2.1 社会学的記述 23-29
  1.2.2 記述の理解不可能性の論理的先行性 29-33
  1.2.3 行為の動機的理解 33-39
1.3 記述する実践の分析可能性 39-50
  1.3.1 社会学的記述の一つの基準 39-43
  1.3.2 助言の資源としての「弁解」 43-46
  1.3.3 助言に従わないことの「正当化」 46-50
1.4 概念分析としての社会学的記述 50-51

2章 私的経験の理解可能性 52-79
2.1 私的経験としての感覚 52-55
2.2 感覚の論理文法 55-63
  2.2.1 「痛み」の三人称的帰属 55-60
  2.2.2 「痛み」の一人称的表出 60-63
2.3 感覚言語の非対称性 63-77
  2.3.1 知識配分の非対称性 63-70
  2.3.2 「感じる」ことの非対称性 71-77
2.4 私的経験の理解可能性 77-79

第II部 感情と経験 81-137
3章 共感の理念と感情の論理文法 82-104
3.1 共感の理念・傾聴の技法・感情の労働 82-88
3.2 感情の論理文法 88-101
  3.2.1 感情の理解不可能性 88-90
  3.2.2 情緒・感覚・生理状態 90-94
  3.2.3 対象や状況の判断 94-96
  3.2.4 感情の規範性96-101
3.3 感情を配慮する実践の社会学的記述へ向けて 101-104

4章 感情を配慮する実践 105-119
4.1 カテゴリー化の実践と活動への規範的期待 105-106
4.2 検査結果を説明し生活改善を助言する実践 106-118
  4.2.1 専門的カテゴリーとしての「助言者」 106-108
  4.2.2 問題解決への規範的期待 108-111
  4.2.3 トラブルの語りと感情の語り 111-114
  4.2.4 問題解決の棚上げとしての配慮の論理 114-118
4.3 個人的な経験への配慮 118-119

5章 傾聴活動の論理文法 120-137
5.1 電話相談という活動とロールプレイの設定 120-123
5.2 電話相談のロールプレイの実践 123-135
  5.2.1 「助言者であること/相談者であること」 123-125
  5.2.2 問題を解決すること 125-130
  5.2.3 「助言者であること」の難しさ 130-134
  5.2.4 「電話相談の限界」を教えること 134-135
5.3 傾聴活動と配慮の達成 135-137

第III部 記憶と想起 139-218
6章 失語症研究と想起の論理文法 140-166
6.1 想起の語り・記憶の科学・個人の能力 140-145
6.2 記憶の科学の思考法 145-152
  6.2.1 大脳機能局在論 145-150
  6.2.2 局在論に対する批判 150-152
6.3 想起の論理文法 153-163
  6.3.1 還元主義的思考の困難 153-160
  6.3.2 「能力」の文法 160-163
6.4 想起する実践の社会学的記述へ向けて 163-166

7章 生活形式としての失語症 167-190
7.1 失語症研究と会話分析 167-169
7.2 修復活動の編成という考え方 170-173
7.3 失語症をもつ人への言語療法の実践 173-188
  7.3.1 修正(Correction)と修復(repire) 173-176
  7.3.2 修復活動を行う相互行為への参加 176-181
  7.3.3 個人の言語能力の焦点化 181-188
7.4 生活形式としての失語症 188-190

8章 経験の記憶の語り 191-218
8.1 医学的カテゴリーの利用可能性 191-193
8.2 記憶障害をもつ人への言語療法の実践 193-216
  8.2.1 課題訓練を導入する方法 193-199
  8.2.2 課題訓練における修復 199-205
  8.2.3 知識を示す能力 205-213
  8.2.4 経験を語る権限 213-216
8.3 経験の記憶を語り聴く実践 216-218

結語 219-221

注 223-251
 1章 223-229
 2章 229-233
 3章 233-238
 4章 238-239
 5章 239-241
 6章 241-246
 7章 246-251
 8章 251

あとがき 253-255
参考文献 257-272
索引 273-275

■引用

・相互行為的実践――個人に還元できないこと――としての「心」
たとえば,医療者は,診断をしたり,治療をしたり,助言をしたりするために,患者がどのようなことをしていて,何をどのように訴えているのか,理解しなければならないだろう.このことはごくあたりまえになされている実践のはずだ.その際,とくに問題の生ずることもなく上手くいくこともあるだろう.具体的な問題が設定されて,適切に解決される場合もあるだろう.ときには,重要な困難が生じて,そのためにさまざまな手段がとられることもあるだろう.こうしたさまざまな事例において,それぞれを区別しながら対処していくための方法を,実践に参加しているものたちは,用いているはずである.
それに対し,「心」についての個人還元主義的な説明のもとでは,「心」を個人的なものと考えるあまり,他人の心へと接近することの困難〔中略〕ばかりが強調されることがある.こうした考え方が行き過ぎると,他人の心へと接近することがすべてひとしく困難なものにされてしまい,上で述べたような,実際に困難が生じている場合と生じていない場合とを区別して理解することも,難しくなってしまう.結果として,個人還元主義的な説明のもとでは,その実践に参加しているものたちが用いている方法が見落とされてしまいがちである(3).

・「概念の論理文法分析」について
〔本書では〕社会学を含め「心」にかんする概念を採用してきた説明のあり方と,その概念が実践において用いられるあり方の分析とが,互いに結びついたものとして,ともに同じ水準で分析されることが目指されているのである.この作業がなされないのであれば,「心」にかかわる概念を用いてなされる参加者たちの実践のあり方は,「心」についての社会学的な(あるいは,哲学的な/心理学的な)説明のもとで,忘却され続けることになるだろう.
このような概念の結びつきを記述していく作業は,通常「概念の論理文法分析」と呼ばれている.こうした分析は,概念の連関に展望を与え,それとわかるように見えるようにするものである.つまり,ある概念が,この概念とは結びつくのに,他の概念とは同じように結びつかない,ということを,わかるように示すものである.そうしなければ見落とされがちな論理文法上の区別を,はっきりとわかるかたちで見えるようにし,ふたたび思い起こさせることが,こうした分析の課題である(7-8; 亀甲カッコ内コンテンツ作成者加筆).

こうした確認を行うことは〔中略〕実際に生じるであろう困難を,性急に個人的問題として処理する考え方に陥らないための,一つのインストラクションになるだろう.他方で,そうしたインストラクションが,みずからの実践への参加のあり方について,考え直す契機をつくりだすこともあるだろう(11).

・行為の社会学的記述・動機の帰属・秩序性
行為の記述の外部に措定されるような行為者の内面や観察者の原理に,動機の帰属という活動を還元する考え方が採用できないことは明白だろう.これらの考え方のもとでは,記述それ自体が備えている秩序が失われてしまう.さらに,記述それ自体を一つの分析可能な活動として扱うためには,外在的な「状況」や「文脈」に訴えるのでも十分ではない〔中略〕「まじめだね」と言われて「ほめてるんですか?」と答えるとき,その発話は,まさにそこで進行中の状況そのものを記述し,状況をつくりだす指し手でもあるのだ〔中略〕ある記述が「賞賛」や「皮肉」〔中略〕という活動として適切なものとされるのは一定の文脈のなかでであるが,他方,この文脈が成し遂げられるのは,「賞賛」や「皮肉」〔中略〕という活動が適切になされているからにほかならい〔中略〕ある記述(という指し手)がそれ自体,それが記述する状況の構成要素でありえるわけだ(Garfinkel and Sacks [1970]1990).
そうであるならば,ある記述が知識として入手可能な場合には,その記述が状況に埋め込まれつつ理解可能なものとされていく実践のあり方それ自体が,同時に一つの秩序として入手可能なのであるから,この秩序こそが記述されなければならない.本書のなかでは,「実践を記述する」という表現がくりかえし用いられているが,そのとき目指されているのは,一つの秩序として入手可能なさまざまな結びつきを切り離すことなく記述していくことなのだ(38-39; 下線コンテンツ作成者加筆).

本章で示してきたような社会学的記述も,もちろん誤りうるものである.しかし,その誤りは,行為者の内面や観察者の価値のような記述の外部に説明を求めることによって解決されるべきものではなく,概念の連関のもとでの秩序を記述し直すことによって更新されていくべきものだろう(50; 下線コンテンツ作成者加筆).

*上記で言及されている文献
◇Garfinkel, H & H Sacks, 1970, "On Formal Structures of Practical Actions," J Mckinney & E Tiryakian eds., Theoretical Sociology: Perspectives & Developments, New York: Appleton Century Crofts, 337-66. ISBN-10: 0390623709 ISBN-13: 978-0390623706 [kinokuniya]→「洋古書検索」
(Reprinted in J Coulter ed., 1990, Ethnomethodological Sociology, Cheltenham: Edward Elgar, 55-84. ISBN-10: 1852781505 ISBN-13: 978-1852781507)

■書評・紹介

◆エスノメソドロジー・会話分析研究会HP内の「研究会会員の著作紹介」
[外部リンク]エスノメソドロジー・会話分析研究会HP内で全文閲覧可.HTMLファイル)

■言及



*作成:影浦 順子 
UP: 20090731 REV: 20110623(藤原 信行)
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