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感情/感情の社会学 sociology of emotions



■文献(発行年順)

◆Hochschild, Arlie Russell 1983 The Managed Heart: Commercialization of Human Feeling, University of California Press=200004 石川准・室伏亜希訳,『管理される心――感情が商品になるとき』,世界思想社,323p. ISBN:4-7907-0803-9 3045 [amazon][bk1] ※
Duerr, Hans Peter 1988 Nacktheit und Scham, Suhrkamp Verlag, Frankfurt am Mein=19901224 藤代 幸一・三谷 尚子 訳,『裸体とはじらいの文化史――文明化の過程の神話・1』,法政大学出版局,叢書・ウニベルシタス,564p. ISBN: 4588003224 4515 [amazon] ※ *
cf.立岩 2005/03/25 「死/生の本・3」(医療と社会ブックガイド・47),『看護教育』46-03:(医学書院)
◆Smith, Pam 1992 The Emotional Labour of Nursing, Macmillan=20001225 武井 麻子・前田 泰樹・安藤 太郎・三井 さよ 訳,『感情労働としての看護』,ゆみる出版,289+ixp. ISBN:4-946509-23-2 2100[bk1] ※
□内容説明[bk1]
感情労働としての看護婦に関する様々な疑問について考えるため、広範な事例研究を紹介。そこから看護やケアリングの本質について、看護婦自身がどのように語り、振り返っているかを描き出す。〈ソフトカバー〉
岡原 正幸 1987 「感情経験の社会学的理解」,『社会学評論』38-3(151):17-31(321-335) <372> ※
岡原 正幸 1990a 「制度としての愛情――脱家族とは」,安積他[1990:75-100]→1995a 安積他[1995:75-100] <369> ※*
*安積純子・尾中文哉・岡原正幸・立岩真也 19950515 『生の技法――家と施設を出て暮らす障害者の社会学 増補・改訂版』,藤原書店,366p.,3045 [bk1] ※
岡原 正幸 1990b 「コンフリクトへの自由――介助関係の模索」,安積他[1990:121-146]→1995b 安積他[1995:121-146]*<369> ※
◆立岩 真也 1991/07/** 「愛について――近代家族論・1」,『ソシオロゴス』15号,pp.035-052
石川 准 19920925 『アイデンティティ・ゲーム――存在証明の社会学』,新評論,256p. ISBN:4794801416 2310 [amazon] [品切] ※
◆立岩 真也 1992/10/** 「近代家族の境界――合意は私達の知っている家族を導かない」,『社会学評論』42-2,pp.30-44,日本社会学会
◆富永 茂樹 1996 『都市の憂鬱――感情の社会学のために』,新曜社,302p.
◆岡原 正幸・山田 昌弘・安川 一・石川 准 1997 『感情の社会学――エモーション・コンシャスな時代』,世界思想社,世界思想ゼミナール,236p. <372> ※
石川 准 199907 『人はなぜ認められたいのか――アイデンティティ依存の社会学』,旬報社,214p. ISBN:4-8451-0593-4 1890 [amazon][bk1]
奥村 隆 19980330 『他者といる技法――コミュニケーションの社会学』,日本評論社,264p. 2200 ※
◆岡原 正幸 19981220 『ホモ・アフェクトス――感情社会学的に自己表現する』,世界思想社,世界思想ゼミナール,285p. 2300 ※
石川 准 1999 「障害、テクノロジー、アイデンティティ」、石川准・長瀬修編『障害学への招待――社会、文化、ディスアビリティ』、明石書店 :41-77
石川 准 2000 「感情管理社会の感情言説――作為的でも自然でもないもの」、『思想』907(2000-01):41-61
奥村 隆 20000920 「「存在証明」の臨床社会学」,大村・野口編[20000920:038-062]*
*大村 英昭・野口 裕二 編 20000920 『臨床社会学のすすめ』,有斐閣,252p. ※
◆武井 麻子 20010315 『感情と看護――人とのかかわりを職業とすることの意味』,医学書院,シリーズケアをひらく,277p. ISBN:4-260-33117-5 2520 [amazon][bk1] ※
*仲野 真由美(立命館大学大学院先端総合学術研究科)による紹介(20040415)
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0103ta.htm
◆齋藤 純一・竹村 和子 20010605 「親密圏と公共圏の<あいだ>――孤独と正義をめぐって」,『思想』925(2001-06):007-026 ※
◆菅原 和孝 20020831 『感情の猿=人』,弘文堂,357p. ISBN:4-335-00052-9 2310 [amazon][bk1] ※
◆齋藤 純一 編 20030815 『親密圏のポリティクス』,ナカニシヤ出版,268p ISBN:4-88848-725-1 2730 [amazon][bk1] ※
渋谷 望 20031025 『魂の労働――ネオリベラリズムの権力論』,青土社,293p. ISBN:4-7917-6068-9 2310 [amazon][bk1] ※
*橋口昌治(立命館大学大学院先端総合学術研究科)による紹介(20040508)
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db2000/0310sn.htm
天田 城介 20040330 「感情を社会学する――看護・福祉の現場における感情労働」
 早坂・広井編[2004:119-139]*
*早坂 裕子・広井 良典 編 20040330 『みらいを拓く社会学――看護・福祉を学ぶ人のために』,ミネルヴァ書房,264p.ISBN:4-623-03993-5 2600 [amazon] ※
 1 感情を社会学する
 2 感情の社会学の系譜
 3 感情管理と感情労働
 4 感情労働をめぐるジェンダー
 5 看護・福祉の現場における感情労働
◆野口 裕二 20050125 『ナラティヴの臨床社会学』,勁草書房,252p. ISBN:9784326653027 (4326653027) 2730 [amazon] ※ b e01 s
◆芥子川 ミカ 20060710 『妖怪セラピー――ナラティブ・セラピー入門』,明石書店,208p. 1890 ISBN: 4-7503-2374-8 [amazon][boople] ※, b e01 r05
◆樽川 典子 編 20070318 『喪失と生存の社会学――大震災のライフ・ヒストリー』,有信堂高文社,325p. ISBN-10: 4842065702 ISBN-13: 978-4842065700 [amazon][kinokuniya] ※ e01

 ※は生存学資料室所蔵


 
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■嫉妬・羨望

 「嫉妬(◆嫉妬に傍点)〔livor〕とは、他人の幸福をみると、そのために自分の幸福が少しも妨害されているわけではないのに、苦痛をおぼえるという性向であって、それが燃え上がって実行〔他人の幸福を侵そうとする〕に至った場合には、本格的嫉妬(◆本質的嫉妬に傍点)と呼ばれ、そのほかの場合には単に羨望(◆羨望に傍点)〔invidentia〕と名づけられるが、ともかく、間接的に性の悪い心術である。いいかえると、われわれ自身の幸福が他人の幸福によって光を奪われるのをみての不満である。そういうことになるのは、われわれが幸福と比較して評価し、この評価を具体化するすべを心得ているからである。」(Kant[1797=1972:624-625])

 「…羨望は全体として不利となる。他の人を羨む人は、ただ両者の差が十分に縮小されさえすれば、彼ら両者の立場をいっそう悪化させることを喜んで行うとする。かくて、カント(彼の定義に私はほとんど従ってきた)が人間を憎む悪徳の一つとして羨望を論じたことはまさに適正である。…良性の羨望の場合、悪意が抱かれたり、示されたりすることはない。…われわれは他の人々が持っているあるものの価値を認めているのである。…羨望が、ある人に別の感情を期待することが不合理であるような環境において、自尊心の損傷に対する反作用である時には、私はそれを許されるべきものであると言いたい。」(Rawls[1971=1977:418])

 「これらの(機会の平等を求める・引用者記)要求の正当性について検討するとき、われわれが気づくことは、それらが、一部の人びとの成功によってあまり成功しなかった人びとのなかにしばしば生まれる不満、あるいは、あからさまにいえば、羨望にもとづいているということである。この感情を満足させ、社会正義という尊敬すべき外観でそれを偽装する現代の傾向は、自由にとって重大な脅威にまで発展しつつある。…もしも満たされない欲望が実際にすべて、共同社会への請求権をもつとするならば、個人の責任はなくなってしまう。いかに人間的であろうとも、羨望はたしかに、自由社会がとり除くことのできる不満の源泉の一つではない。おそらく、そのような社会の維持にとって不可欠な条件の一つは、羨望を奨励しないこと、それを社会正義として偽装することによってその要求を承認しないこと、それを、ジェームズ・スチュアート・ミルの言葉を借りれば、「あらゆる感情のうちでもっとも反社会的かつ悪質なもの」として扱うことである。」(Hayek[1960:93=1986-1987:(I)136-137]、第6章5「機会の平等」、引用されているのはMill[1859=1967:305]――この訳では「嫉妬」)

 「残酷な性向、悪意と底意地の悪さ、すべての感情の中で、もっとも反社会的でもっともいとわしい嫉妬、偽装と不誠実、十分な理由なしに怒りを発したり刺激に不つりあいに憤慨すること、他人を支配するのを好むこと、過分な利益を奪おうと欲すること〔ギリシア人のいわゆる貪欲(プレオネクシア)〕、他人の零落から満足を得る傲慢、自分と自分に関係あるものを他の何ものよりもたいせつだと考えて、すべての疑わしい問題を自分に有利なように決定する自己中心主義――これらはすべて、道徳的悪であり、不正な、いとうべき道徳的性格を形成する。これらは、さきに述べた一身上の欠点とは異なっている。一身上の欠点は、本来不道徳ではなく、どんなに極端におしすすめられても邪悪となるものではない。」(Mill[1859=1967:305]、同じ箇所はMill[1859=1971:158]では「……すべての激情の中で最も反社会的なまた最も忌まわしい感情である嫉妬…」)

 →『自由の平等』第2章


 
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■欲望

◆Xenos, Nicholas 1989 Scarcity and Modernity, Routledge=19950420 北村 和夫・北村 三子 訳,『稀少性と欲望の近代 豊かさのパラドックス』新曜社, 218p. ISBN:4-7885-0518-5 2625 [amazon][bk1]
 ※ g

■赦し

◆Minow, Martha 1998 Between Vengeance and Forgiveness: Facing History after Genocide and Mass Violence, Beacon Press, $16.00, 0807045071 2051 [amazon] ※= 20030930 荒木 教夫・駒村 圭吾 訳,『復讐と赦しのあいだ――ジェノサイドと大規模暴力の後で歴史と向き合う』,信山社出版,275p. ISBN:4-7972-5081-X 3360 [amazon][bk1] ※ b e01

■癒し

上田 紀行 19891201 『覚醒のネットワーク』,カタツムリ社,177p. ISBN-10: 4906539122 ISBN-13: 978-4906539123 1200 [amazon] ※→1997 講談社,講談社文庫,274p. ISBN-10: 4062562030 ISBN-13: 978-4062562034  [amazon] b e01

■?

◆芥子川 ミカ 20060710 『妖怪セラピー――ナラティブ・セラピー入門』,明石書店,208p. 1890 ISBN: 4-7503-2374-8 [amazon][boople] ※, b e01 r05

■辛い仕事

 *「辛い仕事」(さらにそれが受け手にとっての不利益ももたらす)からという理解から考えられること。cf.労働
 ・仕事をなくす
 ・報酬を増やす
 ・多くの人に割り振る
 こうしたことに関連する本→『正義の領分』第6章「辛い仕事」

◆Walzer, Michael 1983 Spheres of Justices: A Defense of Pluralism and Equality,Basic Books=199909 山口晃訳,『正義の領分』,而立書房,552+3p. ISBN:4-88059-255-2 3150 [amazon][bk1] ※ *
*小林勇人(立命館大学大学院先端総合学術研究科)による紹介(2004.2)
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/db1980/8300wm.htm
 cf.http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/dw/walzer.htm
◆立岩 真也 2004/07/25 「摩耗と不惑についての本」(医療と社会ブックガイド・40)
 『看護教育』45-07:(医学書院)


 
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■by立岩 真也

『私的所有論』第8章注19(p.372)より

 「第二に、感情の社会性をもってくる議論がある(「感情の社会学」について岡原正幸[1987]、岡原他[1997]等)。現代では細面・痩身が重宝されているが、こうした好みは近代特有のものであって、云々。こうした言明が示そうとするのは、つまりそれは規範だということ、規範だから変えられるはずだということである。すでに何度もみたように、社会科学は「社会性」「歴史性」「相対性」を述べる。かなりの程度当たっているかもしれない。「文化の恣意性」を指摘するだけでも相当の意味はあるだろうと思う。しかし、「社会性」が論証できたとしてもそれだけではその「社会的」なものを変更すべきことが導けるわけではない。また、現実的な変更可能性、その手段を示すものではない。
 これで検討すべき論点が尽きるのではないのが、本文で述べたのは別の観点からの検討の必要性である。すなわち、感情の本性や起源というより、感情の位置・用法、感情によって形成される関係の位置を問うことである。例えば愛情と行為の義務とが結びつけられてしまうことの倒錯をはっきりさせること。私達の恣意が他者の生存を脅かしうるような関係を問題にすること(私的な贈与はその可能性を内在させている)(以上について立岩[1991b][1996e])。これを問題にし、変え、相手の反応、相手との関係を全くの恣意性に委ねることによって、好きなものは単に好き、嫌いなものは単に嫌いという関係を確保し、後は個々人の恣意の多様性をあてにさえすればよいなら、そんなに変なことにはならないのかもしれない。」

『弱くある自由へ』第7章注69

 「★69 前項に述べた部分にも関わり、「ケア」を賞揚することへの警戒感が一方には、例えばフェミニズムのある部分には、ある。本文に記したことの再説も含め、いくつか記しておく。
 第一に、「思いやり」といった特性がある人たちにだけ割り振られている、例えば女性に固有のものとされることへの警戒。例えばGilligan[1982=1986](cf.川本[1993])に対してこのような批判がある。ただこの批判は、特性が特定の範疇に不当に割り当てられていることの指摘であって、その特性自体は肯定されてよいのであれば、その担い手を特定し限定すべきないと主張すべきことになる。
 第二に、実際を美化しすぎているという感覚があるだろう。例えば関係を麗しく描く時に、実際の親子関係はそんなものではないと言われる。たしかにいつでもどこでもそんな絵に描いたような関係があったりするのではない。けれども、だからといって麗しいものを否定することもない。どのくらいのものとして、どこに位置づけるかということだと思う。前項に述べたことがこのことに関わるし、この項もそれを意識して書いている。
 第三に、第一点・第二点両方に関連し、「ケア」の賞揚がその担い手に負荷を与えている、親切に接することを強いるものだという指摘がある。「感情労働」を巡る議論を想起するとよい(最近の翻訳書としてHochschild[1983=2000]、論文として石川[2000]、『現代思想』二〇〇〇年三月号の「介護」特集中では渋谷[2000])。このような把握、現実に対してここで述べたことはどのような位置にあるか。もう少し複雑であることを述べた。まず求められているものは様々であること、少なくとも利用者からは求められていない場合もあることを指摘した。次に供給者の側については、感情を強要され搾取されているという側面だけでなく、それを利用している側面があることを述べた。その上で、感情の発動がつねに自然の発露である、あるべきであるという浪漫主義には立たないが、しかし感情を管理、発動しなくてはならないことは、時には、働く人にとって面倒であるとともに、受け手にとっても迷惑なことであろうとは考える。感情にまつわる負荷が大きくなりすぎないこと、集中することによって飽和しときには無感覚になることでしか対応できないようなことにならないように、負荷を拡散できるようにすることを述べた。もちろんこれ自体が「感情管理」の一つであると言うことは可能である。そう呼ぶならならそれはかまわない。管理は必要だと考える。
 第四に、「無償性」に結びつけられ、「不払い」を正当化してしまうことに対する危惧があるだろう。愛ゆえに、贈与として、無償の行ないとして行なったりすることはある。このこと自体を否定することはない。またその人に「行ないたい」という動機があるなら、それに乗じてまわりの人が放置しておくことはできる。しかしこのことは、無償の行ないとしてなされる「べきである」ことを意味しない(このことについて[1996c]で述べた)。放置できることは、放置すべきである、放置することがよいことであることを意味せず、それが不当であるなら(このことを第2節で述べた)、個々の自発的な思いがあったとしても、それを邪魔しないように、社会はすべき負担を負担すべきなのである。〔不払いを性別分業の不当性の根拠とする主張については[1994]で検討した。〕
 介助に関わる関係について、それまではなかった分析として、岡原・石川・好井[1986]、これを継いで書かれた岡原[1990b(→1995)]がある。それは障害者と介助者の間に生ずる行き違いや不満をとりあげ、その打開策として、理念的方法、経済的方法、感情的方法をあげ、そのそれぞれの問題点をあげ、また互いが準拠する方法がずれることがあることを指摘し、むしろコンフリクトを顕在化させることに積極的な意味があると述べる。結論に異論はないが、本稿はその手前で立ち止まり、そして別の観点からの考察――例えば有償の仕事とすることの意味についての検討――を加え、そして少し先に進めたいと思った。具体的な関係に生ずるものを考えながら、より広い文脈で考えてみようと思ったのである。〔以上のようなことを考えに入れてみたときに、「臨床哲学」「臨床社会学」と呼ばれる(自らを呼ぶ)試みが、これから何をするのか注目される。cf.鷲田[2000]、野口・大村編[2001]。〕」

◆2001/05/05「自由の平等・2」
 『思想』924(2001-5):108-134
 *資料
 「……そういう自分が好きなんですと言うこと、自分はそんなことを気にしないと言うことが、やはりやせがまんだと見られることがある、これは不快なことだが、たしかにそんなこともあるかもしれない。そんな辺りを気にしてきた。これは感情というものをどう扱ったらよいか、考えたらよいかを考え、逡巡することでもある(石川[2000]、奥村[1998]、等)。この文章は、そんなことを考えてきた人たちへの――同じ場所に立って何か言うというより、自らの場所を示すというかたちをとった――返信でもある。」(注3)
 →『自由の平等』第2章

◆2004/05/25 「障害学の本・再度」(医療と社会ブックガイド・38)
 『看護教育』45-05:(医学書院)
◆2004/07/25 「摩耗と不惑についての本」(医療と社会ブックガイド・40)
 『看護教育』45-07:(医学書院)


作成:山口真紀
REV:....20040820,21,22 20060101 20071229,31
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