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「高次脳機能障害者が行う自己開示に関する研究――開示がもつ意味に焦点を当てて」

澤岡 友輝(立命館大学大学院先端総合学術研究科) 2020/09/19
障害学会第17回大会報告 ※オンライン開催

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last update: 20200830


質疑応答(本頁内↓)



■紹介

立命館大学大学院先端総合学術研究科4回生の澤岡友輝と申します.私は「高次脳機能障害者が行う自己開示に関する研究――開示がもつ意味に焦点を当てて」研究を行いました.


■本文

【背景】

高次脳機能障害とは,脳卒中など生活習慣病による脳損傷後か交通外傷やスポーツ外傷・労働災害などの脳外傷後に残る障害である.その症状は,注意障害・記憶障害・社会的行動障害・遂行機能障害などがある.さらに,高次脳機能障害は身体的特徴がなく,「見えない障害」(河井ほか 2016)とされている.
 これまで性的少数者をめぐる研究(三部 2014)や在日朝鮮人のカミングアウト(金泰泳 1999)など見えない属性を持つ者について研究の蓄積がある.そこでは,他者の承認や自身の誇りのためにカミングアウトが行われていた.また,脳機能に起因する点で高次脳機能障害者と同じ属性を持つ自閉症のある人たちは,自身の特徴を知り,カミングアウトするなど対人関係や就労の現場で処世術を得ていた(立岩 2014).
 本人は「見えない障害」を開示して可視化し,他者から理解や配慮を得ることができる一方で周囲から偏見が生じてしまうこともある.他方,非開示でやり過ごすことも可能である.前回の研究では,本人の自己開示にジレンマがあり,就労の場面で実利に依拠して戦略的に用いられることがわかった(未定稿).今回の研究では,本人の開示がもつ意味に焦点を当てて研究を行った.


【目的】

高次脳機能障害を有する本人の開示/非開示にはどのような意味があるのか明らかにすること.


【方法】

高次脳機能障害の人たちの自己開示に関して半構造化面接を行った.高次脳機能障害の患者会,2つの家族会と高次脳機能障害支援センターに,研究参加者の紹介を依頼した.障害の認識がない者を除き,現在の年齢が20-30歳代で高次脳機能障害と診断され病識をもつ研究参加者の紹介を依頼した.紹介された研究参加者に研究概要を説明し同意を得た.同意が得られた研究参加者2名にインタビューを行った.参加者は,就労継続支援A型に5年勤める30歳代のCと,就労移行支援事業を利用する20歳代のDである.
 ここで挙げた「病識をもつ者」とは,高次脳機能障害を否定せず,症状による影響が生じていることなどに気づいている者とした.
 就労継続支援A型とは,通常の事業所に雇用されることが困難であり,雇用契約に基づく就労が可能である者を対象とした事業である.対象者は,「移行支援事業を利用したが,企業等の雇用に結びつかなかった者」,「就労経験のある者で,現に雇用関係の状態にない者」などとなっている. 就労移行支援とは,通常の事業所に雇用されることが可能と見込まれる者を対象とした事業である.対象者は「企業等への就労を希望する者」となっている.


【用語の定義】

本研究では,榎本が定義した「自己開示」(榎本 1997)と森山がセクシュアルマイノリティをめぐって考察した「カミングアウト」(森山 2010)をふまえ,「高次脳機能障害を他者に伝えること」を「自己開示」と定義する.本研究で定義した「自己開示」には,高次脳機能障害の内容の説明だけでなく,自身が感じる困難を他者に伝えることも含める.
 自己開示(self-disclosure)という言葉は,Jourard(1958)によって初めて用いられたとされ,榎本(1997)は自分の性格や身体的特徴,考えていることなど「自分がどのような人物であるかを他者に言語的に伝える行為」と定義している.森山(2010)はセクシュアルマイノリティが用いるカミングアウトについて,現在の用法が「自身の特徴や属性,特に差別や抑圧の「理由」となるようなそれについて,今までに明かしていない情報を他者に伝達すること」だと述べている.


【倫理的配慮】

研究参加者へはインタビュー前に文書と口頭で研究趣旨を説明し,同意を得て行った.なお本研究は,立命館大学における人を対象とする研究倫理審査に申請し承認を受けて実施した(衣笠-人-2019-35).


【結果】

研究参加者の概要は以下である.
 C氏は36歳男性である.大学1回生19歳の時に交通事故で受傷した.高次脳機能障害のほかに,体幹機能障害(左片麻痺)が併存している.高次脳機能障害の症状として,記憶障害,注意障害,遂行機能障害,社会的行動障害を認識している.大学を卒業した後は,職業能力訓練校に入校した.現在は就労継続支援A型に通所している.
 D氏は25歳男性である.22歳の時に交通事故で受傷した.高次脳機能障害の症状として,記憶障害,注意障害を認識している.事故以前から仕事に就いており,退院後に復職するも記憶障害や注意障害によるミスが続いた.仕事を辞め,現在は就労移行支援事業を利用している.
 2020年3月と7月で研究参加者2名にインタビューを行った.インタビューは各1回ずつ行い,総時間はC氏が117分,D氏が110分であった.生データにある( )は語りの前後の文脈を踏まえた筆者による捕捉である.考察に関する語りには下線を付けた.得られた語りを分析し,1)開示したくない,2)開示しなければならない,2つのテーマに分類した.特徴的な語りを【】内に名前をつけて分析した.


1)開示したくない
【まだ言うべきではない】

D氏は開示後の他者との関係性変化を考えて非開示にしていることを語った.しかし,他者との関係が続くことで自身の障害による困難が顕在化し,開示せざるをえない状況になることを考えている.また,下線部には援助を求める気持ちがうかがえる.


筆者:高次脳機能障害があることを言わない方がいいなって思ったことはありますか.
D氏:うーん,常にあります.やっぱりもともとが健常者なだけあって,堂々と見せびらかすもんでもないとも思ってるんで.どういう目で見られるかは.わかんないですけど,結局「ちょっと...」っていうその偏見的な差別とかがあったりするのが嫌なんで.なんでやっぱり,常に,「健常者やで」みたいな,鼻高く居たいのは居たいんで.(だけど付き合いが長くなると)どうしてもやっぱり自分のその,判断力・注意力・確実性っていうので,いつかやっぱりあかんくなる状況が目に見えるときがあると思うんです.そういうときになったときに,「助けてよ」って言いたいなって思える人やと,やっぱり言わざるおえやんやなっていうのはあるんで.手取りたいなって時,「助けてよ」って言いたいときには,もう先に言わなあかんよなって.なんで今後の付き合いが長そうやなって思う人にはもう言おうかなとは思ってますね.

2)開示しなければならない
【言わないといけない】

C氏は自分に苦手なことや困難なことがあっても開示することで生活がしやすくなると語った.開示せずに生じた問題は開示しなかった自分に責任があるとしたうえで,開示が利益を見込んで用いられているのがうかがえる.


C氏:俺の場合は言わないかんと思ってる.どんな時でも言わないかんと.隠して得はねえ.後々わかっちゃうことやから.言わずに問題起こったらそれはもう自分が悪い,それ言っても嫌うんなら嫌えばいいし.まあそれですんだらそれだけの人間やったって.
筆者:言わないかんっていうのは,どうしてなんでしたっけ
C氏:自分の生活しやすくするため.まあ,滑らかに,生活が流れるとしよう.川のように流れるとしよう.そこに,言わんかったことによって,いっぺん相手の疑問にせき止められるっていう作業が.それを先に言っとたらスーッと流れるわけよ.仕事でも会話でも.先に言っといたら最初のうちに言っといたら,流れるやん.

【言いたくはないが言わざるをえない】

D氏は高次脳機能障害について,言いたくはないが就労の場面で言わざるをえないことがあると語った.


D氏:結局注意力.それも判断.ダブルで重なっての,そういうのがあったんで.結局つまづいとんのってこういうところやなと.これは言わざるおえやん.かつ,これからの将来をみすえても.言わざるおえやんところではあると.でも,言いたくはないのはないと.でも言わんだら後ろ指指される.どっちがいいんやっていうのを.結局どっちを選ぶか,就職に向けて,なんにも言わんといく,クローズで就職もできんのはできるんです.やっぱり身体でもなければ,言わんだらやっぱりわかってもらえやんところもあるんで.(クローズでいくと)結局パスポート(精神障害者保健福祉手帳)を持っとる意味もなくなるし,(クローズでいたとしても)後ろ指(を指される)の可能性だって高まると.それを乗り越えてそっちを進むのか,堂々とあの,こういう症状があって賃金は安くなるけど,ちょっとでも大きいところに可能性を増やして,就職に向けて大きく羽ばたけるような環境でそっちを進むかどっちを選ぶ,って言われるのが自分でも今,常には迷ってはいるんです.

【考察】

1)開示したくない

D氏は就労を除いた私生活の場面では常に自己開示しないほうがよいと考えていると語った.「結局「ちょっと,,,」っていうその偏見的な差別とかがあったりするのが嫌なんで.なんでやっぱり,常に,「健常者やで」みたいな,鼻高く居たいのは居たいんで.」とあるように,他者から向けられる偏見を避けようとしているのがうかがえる.しかしその後には,「どうしてもやっぱり自分のその,判断力・注意力・確実性っていうので,いつかやっぱりあかんくなる状況が目に見えるときがあると思うんです.そういうときになったときに,「助けてよ」って言いたいなって思える人やと,やっぱり言わざるおえやんやなっていうのはあるんで.手取りたいなって時,「助けてよ」って言いたいときには,もう先に言わなあかんよなって.」とも語っており,開示の必要性を感じていることもうかがえる.D氏は私生活の場面で対人関係において開示しなければならない状況を考えていることを語った.ここでの開示は就労の際にあった「他者の理解・配慮を得る」ためではなく,援助希求(鈴木,2019)のようになっている.しかしこの援助希求は「障害」がなくても,一般に誰にでも該当することである.免責としての自己開示ではなく,援助希求の意図をもって「高次脳機能障害」の名称が明かされようとしているのではないだろうか.本人の語った「判断力・注意力・確実性」というのは,障害のない人にもある程度共通するものである.じっさいには障害のない人に比べてその症状の程度は尋常ではないのかもしれないが,「高次脳機能障害」を開示することについて慎重に,かつ深刻に考えられていた.この語りからは,就労を除いた私生活の場面でも開示の必要性を感じる本人がみえた.また,私生活で自覚する症状に対して,自己開示を通じた援助希求をもつ本人が指摘できた.
 D氏に語られた「開示したくない理由」であるが,C氏には語られなかった.これには,受傷から経過した年数(C氏18年,D氏4年)も一つの要因にあると考える.南雲(2002)は中途に障害を負った人の苦しみのひとつに,可視的な障害を例に挙げて「障害をもたない人たちから障害者に向けられるいわれのない否定的態度を受けること」があると指摘する.高次脳機能障害者が「見えない障害」を開示することは,自ら可視化することを示す.D氏は開示による偏見を避けるなどの理由が語られたが,C氏は次項「2)開示しなければならない」で,「それ言っても嫌うんなら嫌えばいいし.まあそれですんだらそれだけの人間やったって.」と語っている.開示による否定的態度があることを想定した発言ともみることができ,そのうえで開示したくない理由が語られなかったのだと考える.
 ここで語られたのは,「偏見を避ける」「障害があるように見られたくない」など,高次脳機能障害を開示したくない理由だった.にもかかわらず,本人は開示することがあり,そこにはどのような理由があるのだろうか.そのことについて事項「2)開示しなければならない」で考察する.

2)開示しなければならない

C氏は,「俺の場合は言わないかんと思ってる.どんな時でも言わないかんと.隠して得はねえ.後々わかっちゃうことやから.(中略)(開示するのは)自分の生活しやすくするため.まあ,滑らかに,生活が流れるとしよう.川のように流れるとしよう.そこに,言わんかったことによって,いっぺん相手の疑問にせき止められるっていう作業が.それを先に言っとたらスーッと流れるわけよ.仕事でも会話でも.先に言っといたら最初のうちに言っといたら,流れるやん.」と語った.高次脳機能障害を有する生活において開示は利益があり,その必要が生じていることもうかがえる.C氏は高次脳機能障害による困難があることを自分で認識し,開示を通して周囲の人に理解を求めている.高次脳機能障害は病識のない障害とされるが,本人たちは自分で認識することも可能である.就労の場面で自己開示が本人にとって有益に働く場面が確認できた.同じ見えない属性を持つ者を対象とした先行研究では,LGBが行うカミングアウトの成功で「親を介して得られる病院での面会権」,「大切な人の傍に一緒にいる」ことを得るなどが指摘される(三部,2014).先行研究でカミングアウトが本人にとってよい環境や本人及び他者の変化をもたらしていたことが指摘されたが,高次脳機能障害者の自己開示には自分への免責を指すこともあるのではないだろうか.自分に苦手なことや困難があることを認識し,他者に伝えることは自身にある障害を認めなければできることではないと考える. 自身の努力では補えきれないあるいは不足する部分を認識し,開示することで援助を求めていると考える.
 D氏は就労の場面で高次脳機能障害を言いたくはないが,それによる困難があるので言わざるをえないと語った.「結局注意力.それも判断.ダブルで重なっての,そういうのがあったんで.結局つまづいとんのってこういうところやなと.これは言わざるおえやん.かつ,これからの将来をみすえても.言わざるおえやんところではあると.でも,言いたくはないのはないと.でも言わんだら後ろ指指される.どっちがいいんやっていうのを(考えている).」とあるように,症状による「つまづき」と,それによる開示の必要性を感じていることがうかがえる.また,同時にD氏は高次脳機能障害の症状により開示して理解を得ることもできるが,精神障害者保健福祉手帳を利用して就労すると賃金が低くなるのでどうするか考えていることを語った.平成24年障害者白書をみると,


「事業所で雇用されている者の賃金の平均月額は,常用労働者全体の26.4万円に対して身体障害者の賃金の平均月額は25.4万円と若干低いが,知的障害者は11.8万円,精神障害者は12.9万円とかなり低い水準となっている.」

と記載があり,一般就労と障害者の収入に差のあることがわかる.開示することで「職を得る」,「理解・配慮を得る」ことはできるが,「一般就労より収入は減少する」という開示による不利益を本人は考えていた.「2)開示しなければならない」で語られた開示する理由には,「働きやすくなる」こと,「職を得る」,「他者の理解・配慮を得る」ことがあった.開示について参加者からは,【言わないといけない】,【言いたくないが言わざるをえない】と語られ,環境に応じるため開示が必要になっていた.必要に迫られて行う開示は自尊心を損なう経験になっていると考える.

【結論】

本人に「偏見を避ける(A1)」,「障害があるように見られたくない(A2)」など高次脳機能障害を開示したくない理由がありながら,私生活では「援助希求(B1)」の意味を持って行われようとする自己開示があった.就労の場面で開示する理由には「働きやすくなる(B2)」,「職を得る(B3)」,「他者の理解・配慮を得る(B4)」などがある.就労の場面では開示しなければ理由に示された利益が得られないため,抵抗がありながらも開示が行われるので自尊心を損なう経験になっていることを指摘した.しかし障害を開示して障害者雇用率制度を利用した就労となると「職は得られるが一般就労と比べて収入は減少する(C1)」ため,選択する利益にも不利益を伴うことがわかった.


【今後の課題】

高次脳機能障害を言いたくはないが開示しなくてはならない場面では,開示に自尊心を損なう経験を伴うと考える.開示/非開示のどちらを選んでも,あるいは選ばなくても本人が困らないあり方を検討する必要がある.


【文献】




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■質疑応答

※報告掲載次第、9月19日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人はtae01303@nifty.ne.jp(立岩)までメールしてください→報告者に知らせます→報告者は応答してください。宛先は同じくtae01303@nifty.ne.jpとします。いただいたものをここに貼りつけていきます。
※質疑は基本障害学会の会員によるものとします。学会入会手続き中の人は可能です。→http://jsds-org.sakura.ne.jp/category/入会方法 名前は特段の事情ない限り知らせていただきます(記載します)。所属等をここに記す人はメールに記載してください。

*頁作成:安田 智博
UP: 20200830 REV:
障害学会第17回大会・2020  ◇障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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