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ALSの本・5

医療と社会ブックガイド・68)

立岩 真也 2007/02/25 『看護教育』48-02(2007-02):
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  ちかごろだと徳洲会病院の徳田虎雄氏がALSであることを公表したり、2006年の11月には横浜で国際会議があったりして、依然、ときどき話題になるALS関係の本を紹介している。
  前回から取り上げているのは、36人の36の文章を集めた『生きる力』(「生きる力」編集委員会編、2006、岩波書店、840円)。ちなみに、本を買った上で、岩波書店の「テキスト電子データ送付係」に本の帯の決まった場所を切り取って送ると、データを送ってくれる。視覚障害の人だけでなく、厚みがあり重みがあり頁をめくらなければならない本という媒体が不便なことがある。だから、こうした対応は、この手の本に限ってのことでなく、有効で必要なことである。
  さて活字版であれデータ版であれ、その本をどこから、どのように読んでもよい。だが、私は、真鍋晃一の「ふつうの僕が……」を最初に読んだかもしれない。
  「この病気、ALSの患者さんは、社会でも立派な方が多いようです。公務員、新聞記者、獣医など優等生ばかりです。僕は、子どものころから、勉強が好きではなかったので、決して社会でも立派な人間ではありません。普通の会社員でした。」と始まる。そのしばらく後、「なぜ病気は人を選ばないのでしょうか。ALSは、優等生ばかりでなく、ふつうの人にも襲ってくる過酷な病であることを、僕は、みなさんに知ってほしいのです。」とある。そして、「病気になって思うことは、僕よりも世の中には、悪い人間がいます。」と続く。
  ALSの本人や家族、支援者、医療関係者等が参加するメーリングリスト(ML)があって、私は部外者なのだが、入れてもらっている。真鍋は、そのメンバーの中でも、おそらく私にだけでなく、印象に残る人だ。
  そのMLは、もちろん、たいていは有益な情報が交換される場なのだが、たまに、喧嘩があったり、もめたりすることもある。真鍋はこの本が出版された時に36歳、発症は1996年。かなり若い時、26歳の頃に発症したということになる。事態の急変、入院や転院や、様々あってのことだろう。幾度かそのML上で騒ぎを引き起こし、出入り禁止を言い渡されたり、それにわびを入れたり、などなど、様々あった上で、今は「正常化」して、復帰している。そんなこともあったりしたものだから、まず彼のを読んでしまったのかもしれない。彼は、たぶん今となっては言わなければよかったことも言ったが、ことのよしあしは別に、それにはなにか残るものがあった。比べて今回の文章は穏当なのだが、しかし読んでしまう。
  もちろん他方には、何も言わない書かない人、表に出てこない人もいる。前回の最後に、ALS協会の集まりに一度顔を出すが、それっきりご無沙汰になったという人(家族)の文章を引いた。外に出てくる人は、まず、外に出てくることができる環境がなんとかあって、それで出てくる。また何かを他人に言うにあたっての慣れのあるなしもあるかもしれない。破れかぶれでもでもものを言える人は、その才能があるともいえる。
  さきに真鍋がALSの人に「立派な方」が多いと述べたのもそんなことが関係しているのかもしれない。ただ実際にはいろんな人、あらゆる人たちがいる。その中にはなにかを外に向けて言ったりしない、そんな人たちが、いつも、そしていつまでも、たくさんいる。それ自体は当然のことであること、しかし黙っていて不利益を蒙る人もたくさんいること、そんなことを「こみ」にしてものを考え、現実を作っていかなければならない。それはそのとおりだ。なにごとかを言い表わすことがなにか立派なことではないのは当たり前のことだ。そして声をあげなければ生きていけないなどといった状況は、まったくもって間違っている。
  ただそれと同時に、たまたま病気・障害になったことで、そんなことでもなければ話したり書いたりすることはあまりなかったり人が話したり書いたりする。そんなことがなければ、知り合わなかっただろう人たちが知り合い、喧嘩を始めたりする。当然のことでもあるが、不思議な気もする。そしてそれはそれでやはり楽しんでよいことで、実際、楽しまれているし、楽しめる。そうしてその人を知っているような気になること、その人は知られていると思うこと。これはたぶん、よいことだ。
◇◇◇
  同じ障害・病があってしまったことによる共通性が一方にはある。そしてそれと同時に、そこには、一人ひとりがなにか「濃く」現われもするところがある。一日中ずっと考えている人もいるし、それを時間をかけて書いていく人がいる。今までをいったんリセットしながら、しかし、今まで人生をやってきてそこで得たものがある中で、これから何をしようかと考えていく人もいる。
  『生きる力』を仕掛けた人の一人でもあり、この本が出たのと同じ2006年に著書『やさしさの連鎖――難病ALSと生きる』を出版した佐々木公一も「濃いめ」の人だ。さきの真鍋と同じく1996年に発症。ただ彼は1947年の生まれ。真鍋は20歳台半ばの発症だが、佐々木はその時、50歳に近い。
  押さえておきたいのは、「事業家としてのALSの人」という側面である。(まずは自分を語るという『生きる力』では、これは前面に出ていない。)ただそれはおいおい。後に回すとしよう。
  まず、彼は労働組合(東京土建一般組合)で働いてきた。「労働者」が、ごりっとした堅固な誇りある人間としてきちんと存在した時代――と、昔のことにしてしまうのはよくないのだが――の「労働者の魂」系のALSの人である。であるから、当然、現在の政権や、政権党やそれらに関わる人物を強く批判する。これもまたメーリングリストでは異色だった。
  すると、ここで「政治の話」をするなといった突っ込みが入ったりする。あるいは、わが邦の大臣の名を呼び捨てにしてはならないといった忠告がなされたりもする。
  これはこれで、セルルヘルプグループがどこまで「政治」に関わるかといったまじめなテーマにもつながる。政治は人を熱くさせ敵対させる主題であることもあるし、さらにMLという場が、人をさらに熱くさせ、ことをこじれさせがちなメディアであることも事実だ。だから、この場ではそこそこにしておこうというのももっともではあり、そこはすこし微妙、かもしれない。ただ私は、病や障害があってしまうと、いやおうなく「政治」が関わってしまうのは事実ではあり、だったらきちんと関わるしかないと思う。ひと悶着あった後も、佐々木は読みたい人はどうぞ、といった注記をつけつつ、基本的には相変わらずである。それでよいのだろうと思う。
  そのメーリングリストにも配信されてきたのが『ALS患者のひとりごと』である。2000年発刊、メールでの配信を含め、450人を超える人たちに送られてきた。
  それは私のホームページに掲載されている。2003年、たぶんその頃、2004年に刊行された本の準備を進めていたこともあって、メーリングリストに配信されていたそれの掲載を願い出たのだったと思う。その後、バックナンバーも送ってもらい掲載することになった。今度の本のかなりの部分にその原稿が使われている。ただ、本には写真もあり、まず通読できる。そこで著者を知って、そしてその通信やブログで、その後やその前を知ってもらったらよい。
  佐々木節子「はじめに――難病の夫と生きる」から。「退院後の2000年5月から発信し続けて192号になった(2006年3月20日現在)『週刊ALS患者のひとりごと 今日は/お世話になります』を編むために佐々木は、朝7時から8時の間に起床しパソコンに向かいます。食事・休憩などをはさみ午後4時から6時、夜8時から10時と、約6時間はパソコンと向かい、文章作りに励んでいます。何日もかけて推敲に推敲を重ねてプリントします。」(p.11)
  佐々木自身は次のように記す。「「発信する」にも、発症前の10倍以上時間がかかる。「本」と書くのに12回スイッチを押す、「出版」と書くのに25回スイッチを押すとしても、たとえば、昨年のメール発信数は約1500だった。結構やれると思っていただけたらうれしい。」(p.238)
  そうして何が書かれ、配信されてきたのか。私はメールを読んできたので当たり前になっている部分があるのだが、初めての人には初めて知ることがけっこうもりだくさんなはずだ。その大きな一つが、彼自身が事業を運営していることだ。発症して落ち込むのだが、人に会ったり様々あった上で、早くもその翌年、1997年には「府中地域福祉を考える・輪の会」を結成。その後、NPO法人になり、デイケアやホームヘルパー派遣の事業を行なっている。それはどういうことか。次回に続く。

このHPを経由して[amazon][boople][bk1]で購入していただけると感謝。

 [表紙写真を載せた本]
佐々木 公一 20060601 『やさしさの連鎖――難病ALSと生きる』,ひとなる書房,239p. ASIN: 4894640910 1680 [kinokuniya][amazon] ※,

 [他にとりあげた本]
◆「生きる力」編集委員会編 20061128 『生きる力――神経難病ALS患者たちからのメッセージ』 ,岩波書店,岩波ブックレットNo.689,144p. ASIN: 4000093894 840 [amazon][kinokuniya] ※, b d als

 [とりあげるつもりだった本]
◆長谷川 進 20060505 『心に翼を――あるALS患者の記録』,日本プランニングセンター,191p. ASIN: 4862270034 1260 [amazon][kinokuniya] ※, b als


UP:20061222 REV:1226(誤字訂正)
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