HOME

「『ろう者アイデンティティ』に馴染めないろう者への合理的配慮」

種村 光太郎

Tweet

last: update: 20240921


種村 光太郎 2024/10/25-26 「『ろう者アイデンティティ』に馴染めないろう者への合理的配慮」, 障害学国際セミナー2024, 於:台北(台湾)

障害学国際セミナー2024
障害学国際セミナー
障害学
立岩真也

種村 光太郎 2024/10/25-26 「『ろう者アイデンティティ』に馴染めないろう者への合理的配慮」


種村光太郎(立命館大学 先端総合学術研究科)

1. 問題の所在


2006年に制定された障害者権利条約の中では,「手話」が言語であることが明記された.これは,他の音声言語と同様に,手話が一つの言語であると国際的に認められた証左であり、ろう者を,言語的マイノリティとして見る根拠の一つになっている.
 そして,聴者の価値基準によって「手話」が劣ったものとされ,使用が禁止されてきたことを考えれば、この条約の制定はろう者にとって画期的なことであり,ろう者の言語権保障を考える上で重要なものになっているといえる.

2. 研究の目的


 1960年にStokoeが手話が言語であることを発見した(Stokoe 1960).それ以降,ろう者がエスニックマイノリティであることが国際的に認知されるようになってきた.日本においては,1995年に発表された「ろう文化宣言」にてろう者を聴者と対等な文化を持ち,「日本手話」という言語を用いる「言語的少数者」と定義したことで,ろう者アイデンティティの基礎を作った.この宣言の影響によって,現代日本では,ろう者を言語的少数者として見ることが一般的になってきたといってよいだろう.
 しかし,「ろう者」という言葉を巡り,当事者たちの中では「分断」と呼ばれる事態が生じている(e.g.中川 2017,脇中 2009).この実態として,ろう者の言葉の意味が当事者間ですら定まっていないことがある(上農 2003).では,「ろうアイデンティティ」に馴染めないろう者(以下、非「日本手話」話者)は,自身の合理的配慮,その中でも情報保障のニーズをいかに捉えるのか.

3. 研究方法


 本研究の遂行に際して,非「日本手話」話者6名に半構造化インタビューを行った.なお本研究は,「立命館大学における人を対象とする研究倫理審査」の承認(衣笠‐人‐2023‐68)を受けて実施した.

4.結果


 彼らが情報保障手段を考える際の大まかな傾向として,日本語で情報を得られるかどうかを考える傾向があった.その背景として,調査対象者は日本語を中心としたコミュニケーションで育ち,後天的に手話を身に着けてきたため,ろう者アイデンティティに馴染まず,手話をメインとした生活を中心にしていない事がある.
 彼らは,「聞こえない人の多様性」を知らない人達に「自分がどのような人物なのか」を分かりやすく伝えるためや,音声でのコミュニケーションを強要してくる聴者中心社会に対抗するために,意図的に「ろう者」であることを表明している人がいた.
 ただその一方で「ろう者であること」を主張しすぎることや,「ろう者」を「日本手話を必要とする人である」と固定的に捉えられることで,彼らが必要とする情報保障の手段が正しく伝わらないのではないか,という不安も見られた.
 障害者権利条約が制定されたことで手話が「ろう者」の言語であることが承認され,情報保障として手話が保障されるようになったからこそ,対象がいかなる情報保障のニーズを持つか正しく理解することが必要である.そして正しくニーズを知ることは,日本語での情報を必要とするろう者に限らず、「日本手話」を必要とするろう者への言語権を保障する上でも重要になる.

5. 結語


 障害者権利条約で手話が言語であると認められたことで,ろう者の言語権の保障が容易になった.ろう者が聴者社会に抑圧され,手話という言語が排除されてきたことを考えれば、その意義は間違いなく大きい.その一方で,「ろう者アイデンティティ」が強く主張されることで起こる問題についても慎重に検討することが必要になるだろう。
 最後に,本研究の調査にご協力いただいた皆様に感謝申し上げます.また本研究は,JST 科学技術イノベーション創出に向けた大学フェローシップ創設事業 PMJFS2146,およびJST次世代研究者挑戦的研究プログラムJPMJSP2101の支援を受けたものです.
 

◆参考文献


・Stokoe,W,C, 1960, Sign Language Structure: An Outline of Visual Communication Systems
・上濃正剛,2003,「たったひとりのクレオール――聴覚障害児教育における言語論と障害認識」ポット出版.
・木村晴美・市田泰弘,1995,「ろう文化宣言――言語的少数者としてのろう者」『現代思想』23(3): 354-362.
・脇中起余子,2009,『聴覚障害教育これまでとこれから―コミュニケーション論争・9歳の壁・障害認識を中心に』
 北大路書房.
・中川綾,2017,「学生懇談会時代の思い出から」『手話・言語・コミュニケーション』文理閣,8: 31-46.


種村光太郎(たねむらこうたろう)/立命館大学先端総合学術研究科
連絡先:gr0529kp(a)ed.ritsumei.ac.jp (a)→@に変えてください※スパムメール防止のため





*作成:中井 良平 
UP: 20240920 REV: 20240921
障害学国際セミナー2024  ◇障害学国際セミナー  ◇立岩真也  ◇障害学 
TOP HOME (http://www.arsvi.com)