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筋ジストロフィーの人びとの地域移行

坂野 久美(岐阜医療科学大学/立命館大学) 2020/09/19
障害学会第17回大会報告 ※オンライン開催

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last update: 20200918


質疑応答(本頁内↓)



■キーワード

筋ジストロフィー、地域移行、独居、支援

■報告レジュメ

背景

 筋ジストロフィー医療の歴史は長く、現在の国立病院機構である国立療養所に筋ジストロフィー病棟(以下、筋ジス病棟)が全国27カ所に設置された1960年代に遡る。筋ジス病棟は、「進行性筋萎縮症対策要綱」に基づき、1964年に国立療養所西多賀病院、下志津病院に筋萎縮症病棟が設置され、1979年までに全国27国立療養所に約2,500床が整備された [1][2] 。幼少時に発症した筋ジス患者への教育と医療を提供するため、筋ジス病棟には病弱養護学校(現特別支援学校)が隣接し、筋ジス患者は病棟と養護学校を行き来していた。1980年代に入ると人工呼吸療法が積極的に導入され [1]、1990年代以降には心不全に対する積極的介入が行われた。さらに、栄養面については胃瘻造設管理が行われるようになった。またその一方で、教育や医療の提供は外来通院、在宅生活でも十分可能となり、就学のための入院は減少してきた。そのため、筋ジス病棟入院患者平均年齢は上昇し、1999年の入院患者平均年齢は36.6歳であったが、2013年には47.7歳になった。2006年からの自立支援法に基づく契約入院への切り替えが行われ、全国的な療養介護病床への移行で、2013年には機能障害度7、8度の患者が90%弱を占めるようになった。
 2015年3月,厚生労働省によって地域医療構想策定ガイドラインが提示され,「地域医療構想」 策定作業が全都道府県で進められている。病院サービスを縮小し,在宅医療・介護・ 福祉にシフトしていく流れであり、医療的ケアを受けながら在宅生活を送る人たちが増加してきた。この背景には、2011年の「障害者自立支援法」の改正、2013年の「障害者自立支援法」の名称変更(「障害者総合支援法」)に伴い、障害者の社会参加の機会が確保されたことや、地域社会での生活支援の整備などの内容が盛り込まれたことが影響している。こうした流れのなかで、医療依存度の高い神経系難病の人びとが、長期間入院していた医療機関から在宅療養への移行が実現可能となり、「家族」をあてにすることなく、いわゆる独居での地域生活が選択できるようになった。
 しかしながら、長年病院での療養生活を送ってきた筋ジスの人びとが、独居で地域生活を送ることは決して容易なことではない。なぜなら、筋ジス患者が地域生活を送るための情報を外部から取得できることが前提であり、さらにFACEBOOKやSNSなどの利用環境が整備される必要がある。地域移行を希望する筋ジスの人びとにとって、外部からの情報の発信もととなり、その後のつながりにおいて重要なカギとなるのが、支援者の存在である。筋ジス患者にとっての地域移行は、支援者の協力なしでは実現不可能といっても過言ではない。
 今回、病棟から地域へ生活拠点を移した事例について、筋ジス患者とその支援者の語りをもとに考察した。

目的

 本研究の目的は、A氏が、外部との交流が希薄である入院環境のなかで、どのような方法で地域移行を進めたのか、そのうえで障壁となるものとは何だったのか、それに対しどのように対処したのかを、本人と支援者のインタビューデータをもとに明らかにし、考察することである。

方法

1.研究デザイン
 反構造化面接法

2.調査方法
 筋ジス病棟から地域に生活拠点を移した筋ジスのA氏とその支援者B氏、C氏、D氏へのインタビュー調査を実施した。疾患を持つ支援者については、病状が安定しており、60~90分程度の会話が可能であることを確認した。対象者へのインタビューは、インタビューガイドをもとに実施した。

3.研究対象者の抽出および研究協力の依頼
 自立生活センター職員等により研究対象者の紹介を依頼し、研究対象者に研究の趣旨を文書と口頭で説明し同意を得た。面接場所は、プライバシーが確保でき、対象者が負担にならない場所を対象者本人に選択を依頼した。

4.データの収集方法
 面接時間は60~90分程度で、本人の同意を得たうえでICレコーダーに録音、ビデオカメラにて録画、またはメモをとり、その後逐語録を作成し分析した。

5.本研究は、研究者が所属する機関の研究倫理審査委員会の承認を得て実施した。

結果

 A氏:40歳代男性、デュシェンヌ型筋ジストロフィー、17年間の筋ジス病棟入院期間を経て、地域移行活動開始から7か月で退院に至った。鼻マスク式人工呼吸器を使用し、現在、重度訪問介護制度を利用しながら独居生活をしている。
 B氏:男性、C氏:女性、D氏:男性で、いずれも自立生活センター職員

 A氏、B氏、C氏、D氏のインタビューデータを分析した結果、以下のことが明らかになった。
 A氏は、2010年からアテンダントを利用しており、一人暮らしをしている人の話を聞いたりしているうちに、自分も一人で地域で住んでみたいという思いが増強していった。2017年5月に自立生活センターの1人にその気持ちを伝え、その後支援者と共に準備を開始し、同年11月に退院となった。
 準備期間中にA氏と支援者が感じたことは、病院関係者と母親の理解をいかに得るかであった。それぞれの様子とその対応の一部について、以下にまとめた。

(1)病院関係者

 主治医は、「今年の春ごろにテレビで人工呼吸器を使用しながら地域生活を送る人を見て、こんなことができるんだな。A氏はきっと地域で暮らしたいタイプだと思った」と言い退院に対して前向きな意向を示していた。心臓が弱く呼吸についても心配事が多かったA氏に対し、「全身状態は安定しているから大丈夫」と話していた。病棟師長は、障害者が出演するテレビ番組を見て、障害者がいろんな困難はありながらも自分らしく地域で生きていく選択肢があることについて理解を示していた。療養指導室の相談員や地域連携室の看護師も、地域移行に関心を示していた。これらより、地域移行への準備は容易かと思われた。しかし、実際に地域移行を進めていこうとすると、本当に大丈夫なのかと難色を示される場面が多々生じた。そこで、支援者側で病院職員に対して制度についてわかりやすく説明する機会を設け、理解が得られるように働きかけたり、外出の際には、A氏の様子を映像に記録し、実際に確認してもらえるようにした。宿泊訓練においては、外出や外泊計10回以上の経験を積み、2泊3日も体験した。人工呼吸器のマスクの装着や車椅子の移乗については、複数のヘルパーが練習を重ね技術を習得した。また、介助の様子を写真に撮り、手順書を作成した。人工呼吸器の取り扱いについては、病棟看護師や臨床工学士(ME)から説明を受け、知識・技術の習得に努めた。病院職員とは積極的に挨拶やコミュニケーションをはかり、信頼関係が構築できるように心がけた。

(2)母親

 最初は「本当に大丈夫なのか?」と地域移行に対して不安が強く難色を示していた。特に食事形態や実際の住居について、心配事が多かった。そのため、支援者が病院食と同じ形態の宅配食を取り寄せ試食してもらった。住居については、他の障害者の生活している住居を見学してもらい、実際の生活の様子をみてもらった。A氏の住居についても候補となっていた住居を実際に見てもらい、母の意見も取り入れながら決定した。また、その他の心配事も多かったため、障害者と談話する機会を設け、心配事について話を聞いてもらえるようにした。常時電話での相談も受け対応した。

考察

 A氏については、比較的短期間で地域移行が実現できた。その要因として、地域移行について実現経験のある支援団体と知人を通してつながったこと、主治医をはじめとする病院スタッフの理解が得られたこと、支援者の働きかけにより親の理解が得られたこと、当事者に対応できる在宅医の存在、訪問看護ステーションの存在があり、知識と技術を有したヘルパーが確保できたこと、そしてこれらの経過の中でも揺らぐことのない当事者自身の地域移行への強い意志・覚悟が重要であることがわかった。なかでも支援者が特に労力を費やしたのは、家族、病院とのかかわりであった。親の高齢化が進むなかで、筋ジスの人びとが地域での独居生活を送ることへの親の不安を払拭するための取り組みが必要で、支援者にとって親の賛同が得られなければ次の段階へ進むのは困難である。また、病院とのかかわりについては、主治医の許可が重要で、それなくしては前には進めない。また、リスク管理を優先とする病院の考え方と、生活の質の向上を優先する当事者と支援者との考え方に相違があり、大きな障壁となっていることがわかった。その問題を解決するには、双方の考え方を尊重しながら進めることが信頼関係を構築するうえで重要であり、加えて支援者の豊富な知識、交渉力、コミュニケーション能力、忍耐力、そして経験値が重要となることがわかった。
 また、これらの要因の1つでも欠ければ、地域移行への実現は遅れることが予測される。進行性筋ジストロフィーの人びとにとって、残された時間は無限ではなく、実現が遅れれば遅れるほど心身のダメージは大きく地域移行という希望からは遠ざかっていく。そのため、地域移行を進めるためにはよりスピーディな対応が望まれる。今回A氏のように、地域移行のための条件が揃った例は珍しく、地域的にも医療・介護体制が整備されていたことも大きな要因であるといえる。
 病院という場所に、家族ではなく支援者が足を踏み入れることが容易ではないなかで、支援しやすい環境が整うことが望まれる。今後、これらの結果に対して医療、福祉分野に留まらずその人びとを支える複数分野からのさらなる考察を加え、筋ジスの人びとの独居生活を実現するための諸問題を明らかにしていくことが課題である。

文献



謝辞

※本研究の一部は、公益財団法人倶進会の助成を受けている。



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■質疑応答

※報告掲載次第、9月19日まで、本報告に対する質疑応答をここで行ないます。質問・意見ある人はtae01303@nifty.ne.jp(立岩)までメールしてください→報告者に知らせます→報告者は応答してください。宛先は同じくtae01303@nifty.ne.jpとします。いただいたものをここに貼りつけていきます。
※質疑は基本障害学会の会員によるものとします。学会入会手続き中の人は可能です。→http://jsds-org.sakura.ne.jp/category/入会方法 名前は特段の事情ない限り知らせていただきます(記載します)。所属等をここに記す人はメールに記載してください。



*頁作成:岩﨑 弘泰
UP: 20200918  REV:
障害学会第17回大会・2020  ◇障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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