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「障害者雇用における障害者雇用率の限界と弊害、また、今後の改善の方向性について」

猪瀬 桂二 2018/11/17〜18 障害学会第15回大会報告一覧,於:クリエイト浜松

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last update: 20181101

キーワード:障害者雇用率、障害者雇用の大企業と中小企業の格差、納付金と調整金

報告要旨

障害者雇用促進法は、近年、障害者の就労を促進する上で、目覚しい効果を生んできた。同法の目的は、障害者の雇用率を設定し、働く障害者を増やすことにある。
 この制度は言うならば、企業などにとっては“鞭と飴”の制度である。雇用率未達成の企業には納付金として、(大企業では)不足する障害者一人当たり月額5万円を徴収する一方、達成企業には調整金として、一人当たり(大大企業では)月額27000円を支給するものである。
 障害者の雇用率は、1976年の1.5%設定以降、約40年に渡り、少しずつ引き上げられ、その都度、数年遅れではあるものの目標に対し確実にキャッチアップしてきた。その結果、平成29年度の民間企業では、雇用率は全体平均で1.98%と、雇用率目標の2%に対してほぼ目標に達している。ただし、達成企業の比率を見ると、平成27年6月時点では、達成企業は全ての企業の48.8%と、半分にも満たない状況である。
 国全体で雇用利率の目標をほぼ達成しながら、達成企業数が半分にも満たないとは、どのような理由からだろうか、それは障害者を雇用できる余力のある大企業で、障害者を大量に採用しようとしている一方、その余力で不足する中小企業では、半分以上が達成しないまま、ペナルティーとして雇用納付金を納めることで留まっている実態がある。
 こうした中、平成30年度からは、精神障害者を雇用義務の対象に加えるとともに、目標を更に高めて、民間企業での雇用率は2.2%となった。また3年以内には、2.3%となることが決まっている。このため現在の首都圏などでは、比較的安定して働くことが可能な軽度の知的障害者などを中心に、完全な売り手市場となってきている。
 首都圏などの障害者の就労支援機関では、大企業を中心に“安定して働ける障害者の問い合わせ”が多数寄せられているものの、それに応えられるような障害者の求職者が不足している。また、特別支援学校ではすでに数年前から青田買いが常態化してきている。数年前までは考えられなかったこうした現象が今生じている。
 (社会的責任を大きく問われる)大企業に関しては、障害者の雇用率の設定効果は絶大なものがある。一方、中小企業にとっては、未達成企業があまりに多く、未達成企業がその中に埋もれてしまうことから、その達成に向けた意識が極めて希薄なケースも多いと言える。
ただし、中小企業のみを一方的に責める訳にはいかない。なぜなら、大企業の中には、 (働く障害者自体にきちんと目を向けた)特例子会社などを設立する企業がある一方、単に雇用率確保に追われ、障害者の働く意味を十分理解せず、あたかも障害者は単なる数字としか見かねないような、人権にも関わるグレーなケースも散見される。
 これまでの障害者の就労の分析では、その多くが比較的良心的で良好な事業所を取り上げ、その前向きな成功事例を紹介・分析する手法が、障害者の雇用を進める企業を増やすため有効であった。 しかし、特に大企業で障害者の就労がかなり進み、その一部にグレーな状況が発生し、曲がり角に直面している現在、逆にそのグレーな部分に目を向け、その背景、特に経済的合理性などに着目し、それを分析することに、今後の障害者就労を進めるうえでの方向性とそのヒントが隠されているものと考える。
 検討事例の内容がグレーゆえに、企業名はもちろん、業界自体をも明かせないなどの事情は生じるものと思われるが、障害者雇用に関してグレーと思われる現象を提示し、その分析を行う中で、障害者雇用を大企業に頼る実態の限界と弊害を考えたい。
 また、併せて、果たして現在の中小企業での障害者雇用は構造的に限界にあるのか、今後も同様に進まないものなのか、可能だとすればどのようなことが検討できるのかを考えたい。
 また、大企業と中小企業の雇用率の格差は、単に企業規模にだけではない、両者の所在地の違い、つまり大企業が集中する都市部と、大企業のあまりない地方の偏在が、都市部と地方との障害者の就労においても格差を生じさせている可能性がある。
その対応の方向性として、できれば現在殆ど進んでいない「事業共同組合等算定特例」などのケースを参考に、地域で複数の事業体が連携する中で、中小での障害者雇用の可能性を分析することとしたい。
 以上のテーマ設定と議論により、今後のバランスのとれた障害者就労の環境づくりに資する議論としたい。
よろしくお願いいたします。





*作成:安田 智博
UP: 20181101 REV:
障害学会第15回大会・2018 障害学会  ◇障害学  ◇『障害学研究』  ◇全文掲載
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