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「世界の精神障害者の状況――法的能力に関することについて」

伊東 香純 20160922 障害学国際セミナー 2016
於:立命館大学大阪いばらきキャンパス内コロキウム

[English]

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last update:20160912


1. はじめに
 精神障害者の運動についての研究の多くは、1970年代から活発になった欧米の運動に焦点を当ててきた。それらの運動は、精神医療の在り方に異議を唱え、程度に差はあれ非自発的入院への反対運動とされてきた。
 2006年に第61回国際連合総会にて採択された障害者権利条約は、それらの運動の最大の成果の一つである。その条約の第12条「法律の前にひとしく認められる権利」は、障害を理由とした非自発的入院を禁止している。このため、実際にあるあるいはあるとみなされた精神障害を理由とした非自発的入院を許容する精神衛生法は、第12条に違反している。
 しかし、精神医療体制が確立していない地域もある。それらの地域の精神障害者は、巨大な精神医療体制の確立した地域の精神障害者とは違うかたちで法的能力の剥奪や制限を経験しているかもしれない。
 本報告では、精神障害者の国際組織である世界精神医療ユーザー・サバイバーネットワーク(以下、WNUSP)に焦点を当てる。WNUSPでは、精神医療体制の確立した地域の精神障害者とそのような仕組みのない地域の精神障害者が人権擁護のためにともに活動している。WNUSPは、第12条は条約の中で最大の勝利の一つであるという。WNUSPの活動をもとに世界のさまざまな地域の精神障害者の法的能力に関する問題の差異と共通点を明らかにする。

2. 条約におけるWNUSPの参加
1994年、国際障害同盟(IDA)*1が発足した。WNUSPもその一員となった。
2004年、WNUSPは、精神障害者の国際組織として条約の草案をつくる作業部会に参加した。
同年、国際障害同盟が主導して、国際障害コーカス(IDC)*2が発足した。
2006年、条約の採択時にWNUSPの代表が、条約を歓迎する国際障害コーカスの2人の講演者のうちの一人として演説した。
2008年、WNUSPは条約の履行マニュアルを出版した。
2009年、WNUSPは権利を実現するために活動していくことを宣言するカンパラ宣言を出した。
2013年、グローバルな協力を強化するための「私たちの声を高めよう(Strengthen Our Voices)」というプロジェクトをおこなった。

3. グローバルな協力に向けて
WNUSPは、世界中の精神障害者の権利擁護のために活動している。しかし、北半球出身のユーザー・サバイバーの主張がWNUSPの議論において支配的になってしまうことが問題となった。この問題に対処するためにWNUSPは、北半球と南半球の対話を深め今後のWNUSPの方向を検討することを目的とした「私たちの声を高めよう」というプロジェクトをおこなった。


◆ウェブサイトでの調査:「自分たちの声をきこう(Hear Our Voices)」
2013年4月におこなわれ、38の回答を得た
質問は、精神障害者が直面している重要な問題、WNUSPの長所と短所についてなどだった。

◆ケープタウン・セミナー
2013年5月13-18日
出席者:17名(アフリカから4名、南アメリカから3名、アジアから3名、ヨーロッパから4名、北アメリカから3名)
出席者の3分の2が南半球の出身者であることが目指された。

4. 法的能力に関する問題
◆精神医学・精神医療ケアのない拘禁
南半球では、多くの精神障害者が施設での精神医療サービスを受けられていない。彼らは、地域で友人や家族によって鎖につながれたり閉じ込められたりしている。
◇アジア
施設の数は多くないが、1つの施設に多くの人が閉じ込められている。また、それらの施設は精神医療施設とは限らない。
◇アジア・アフリカ
医学モデルの考え方をもった専門家や医療者が、精神障害者の隔離を正当化し、さらなる進めている。また、地元の文化や精神障害者の生活に適合した伝統的な癒しの方法を排除することにも加担している。
◇アフリカ
いくつかの地域では、「unsound mind」の人には投票権がない。現在「unsound mind」はとても曖昧な概念に留まっている。このため精神障害者は、極めて曖昧な概念によって地域から排除されている。
◇アフリカ・北アメリカ
黒人や先住民、貧困の人が施設に収容されている。
◇欧米
巨大な精神医療施設が確立している地域もあれば、脱施設化を進め精神障害者が地域で生活することを可能にしようとしている地域もある。しかし、地域治療命令(Community Treatment Order)というかたちで地域での収容がおこなわれるようになってきている。

◆社会運動の困難
精神障害者の社会運動は、精神障害者の権利の実現のために活動をおこない、障害者権利条約などの成果をあげてきた。しかし、精神医療サービスがない地域では、その地域でも権利の侵害はおこっているが、精神医療のユーザー・サバイバーというアイデンティティが生まれないので運動がおこりにくい。成果をあげるために連帯して精神障害者の権利を主張することが難しいという現状がある。
◇アフリカ
精神障害者のピアサポートはおこなわれている。しかし、極度の貧困状態にある人たちにとっては、生活を持続させる方法を考える方が優先される。

5. 結論
 精神医療体制が確立した地域でおきている精神医療施設への非自発的入院という法的能力の侵害は、家族や友人によって精神医療体制のない地域でも同様のことがおきていることが明らかになった。この点で、障害者権利条約の第12条は、世界中の精神障害者にとって勝利であるといえる。
 しかし、精神衛生法の制定されていない地域では、その法制やそれを実践する精神医療のように明確な批判対象がない。
 さらに、精神医療施設への隔離政策への反省から「地域移行」を進めつつある欧米諸国でも地域治療命令によって地域での権利侵害が進んでいる。
 これまでの精神障害者の社会運動の研究は、精神医療体制との関係に焦点を当てていた。しかし、国際的な運動はそのような体制に反対してきただけではない。このような状況のなかでWNUSPはどの状況にも有効なより抽象的な主張をするためではなく、異なる状況のメンバー同士がそれぞれの状況を改善するために情報や戦略を交換しているといえる。

[Footnotes]
*1. 6つの障害者の国際組織による同盟として結成され、2007年に8つの国際組織と5つの地域組織の同盟となった。
*2. 障害者権利条約の交渉においては、70あまりのNGOがゆるやかな連帯を築いてNGO間で意見を調整した上で、会議の場で発言していた。

[References]
#Committee on the Rights of Persons with Disabilities, 2015, "Guidelines on article 14 of the CRPD: The Rights to Liberty and Security of Persons with Disabilities," http://www.ohchr.org/Documents/HRBodies/CRPD/GC/GuidelinesArticle14.doc.
#WNUSP, 2008, "Implementation Manual for the UN CRPD," http://wnusp.rafus.dk/documents/WNUSP_CRPD_Manual.pdf.
#WNUSP, 2009, "Kampala Declaration 2009,"http://wnusp.rafus.dk/documents/WNUSP_KampalaDeclaration2009.pdf.
#WNUSP, 2013, "Strengthening Our Voices: A Report,"https://wgwnusp2013.files.wordpress.com/2013/04/cape-town-seminar-report-2013-ud.pdf



*作成:伊東 香純
UP:20160912 REV:
精神障害/精神医療 障害学国際セミナー 2016  ◇全文掲載
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