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「65歳から始まる後期高齢者医療制度?」

川口 有美子 20080625 『季刊福祉労働』119

last update: 20151225

  ALS療養者の視点から後期高齢者医療制度の問題点を三つ挙げる。まず、保険料の滞納者は保険証を取り上げられる点。これまで収入のない高齢者や障害者に対して国は医療を受ける権利だけは保障してきたが、それが覆される。制度を担当した高齢者医療企画室長補佐執筆による解説書『高齢者の医療の確保に関する法律の解説』(法研)には、75歳以上への医療費が「3日で500万円もかかるケースがある」「後期高齢者が亡くなりそうになり、家族が1時間でも1分でも生かしてほしいといろいろ治療がされる」「家族の感情から発生した医療費をあまねく若人が負担しなければならないと、若人の負担の意欲が薄らぐ可能性がある」との記述。また、講演会では「医療費が際限なく上がっていく痛みを後期高齢者が自ら自分の感覚で感じ取っていただくことにした」とも発言し、制度の目的が高齢者の医療費削減であることが明白に語った。(4月24日毎日新聞)
  また二つ目として、「終末期相談支援料」である。これは複数の医療専門職が患者や家族と相談の上、終末期医療の方針を文書にすると、2000円の診療報酬を患者が亡くなった時に支払われる仕組みである。これに対し4月23日、衆議院厚生労働委員会で民主党の長妻昭衆議院議員は、どのような文書を作成するのか、参考になるものを示すよう申し入れたところ、保険局医療課は全日本病院協会の事前指示書のフォームを持参。しかしそれがたった7項目の医療措置を並べ、二者択一方式のものであった。これを参考にすれば、相談内容は医者による事情聴取に留まりかねない。しかも患者家族の前に医療専門用語を並べ恐怖心をあおり、治療拒否を迫るものにもなりかねず、相談内容も乏しくなる恐れがある。これに驚いたALS協会関係者から、粗悪な事前指示書によって患者に被害がでるとの通報があり、急遽、民主党に事情を聞き、即日の民主党公聴会とその後の記者会見となった。
  医療課は事前指示書のあり方は現場に委ねると説明したが、これで玉石混交は必至である。気軽にネットからダウンロードできる先の全日本病院協会作成の簡易フォームが、全国の病院に出回る確率は相当高い。さらに、文章の破棄や書き換えは認めるとしながらも、その規則については制度上どこにも担保されていない。またプライバシー保護についてもなんら明記されていない。相談支援を報酬の対象として、評価するのも一度限りとすることから、それ以降の相談支援は、医師らの無償行為になる。これでは患者が繰り返し相談をしたいと思っても、医師はすでに報酬を確保してしまっているのだから積極的になれない状況も予想される。
  以前からNPO法人ALS/MNDサポートセンターさくら会(理事長、橋本操)では、事前指示書やリビングウィルの作成が、患者に治療拒否を強制する恐れのあるものとしてあらゆる媒体で注意を喚起してきた。1月の中医協診療報酬基本問題小委員会で事前指示書が診療報酬化されることを知った筆者は、パブリックコメントでその廃止を求めたが、患者や障害者団体へのヒアリングは今まで一度も行われることはなかった。そこで今回、事前指示書の診療報酬化の撤回を求めて、日本ALS協会として動き、影響を受けそうな他の疾患関係者や障害者団体に対するヒアリングを省に要請した。
  三つ目としては、「後期高齢者診療料」である。これは主治医をひとりに決定し、月極め6千円の診療料を設定するもので、事実上受診できる医療機関をひとつに限定した。このことから後期高齢者では、医療の選択の幅が極端に狭められることになった。75歳を過ぎた高齢者や高齢障害者であればなおさら、いくつもの疾患を抱え複数の専門医を渡り歩くことは珍しくない。しかし、それができなくなる。これでは早期発見は難しい。悪化してから医者を受診しなおすことになっては、医療費削減どころの話ではないだろう。加えて一ヶ月あたりの診療報酬はたったの6千円。治癒に熱心な医者ほど損をするシステムである。
  また、国は各自治体の裁量において、重度障害者に対して10歳も繰り下げて65歳から後期高齢者医療制度に組み込むことまで容認。その根拠は示されておらず、明らかな障害者差別と強く非難されている。たとえ、各都道府県で暫定的な減免措置が講じられても、終末期相談支援と後期高齢者診療料は適応となることから深刻である。医師の偏見による悪質な医療阻害も予想されるが、国は一切関知しない。保団連も「終末期の医療費抑制の役割を医師、看護師等に押し付けるものである。」と強く非難し、廃止・撤回を要請している。与党は9日プロジェクトチームを設置、制度の見直しに向けて動きだす。
6月22日、大阪JILの総会シンポジウムでは障害者の尊厳死問題を取り上げるが、重ねてこの問題について考えてみたい。

  NPO法人さくら会理事、日本ALS協会理事、川口有美子


UP:20080415 REV:
川口 有美子  ◇老い・2008/後期高齢者医療制度  ◇ARCHIVES
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