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青野 由利

あおの・ゆり

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■略歴

毎日新聞科学環境部の記者を経て、現在、毎日新聞専門編集委員。

■著書

◇20000610 『遺伝子問題とはなにか――ヒトゲノム計画から人間を問い直す』 新曜社,275+15p. 2200 ※
 →遺伝子/ヒト細胞・組織/ES細胞/クローン…

■記事

◇1999/09/14 「クローン人間作成の禁止」<ニュース展望>,『毎日新聞』
◇2000/11/08 「クローン法案、国会論戦開始」(ニュースキー),『毎日新聞』
◇2000/12/01 「<クローン法>本質的な議論はこれから」(解説),『毎日新聞』
◇2002/07/16 「チンパンジーの光と影」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2002/07/31 「進化抜きの生物学」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2002/08/06 「審議は公開に限る」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2002/08/27 「暴力の遺伝子?」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2002/09/04 「原発の傷」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2002/09/10 「遺伝子は誰のものか」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2002/10/16 「「変人」に乾杯」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2002/12/25 「イネゲノムと小泉首相」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2003/02/11 「知らないでいる権利」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2004/03/31 「遺伝子スパイ」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2004/05/26 「卵巣の「活用」」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2012/12/28 「キメラ動物と再生医療」<発信箱>,『毎日新聞』
◇2014/09/05 「脱「個人技」」<発信箱>,『毎日新聞』


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◆1999/09/14 「クローン人間作成の禁止」<ニュース展望>,『毎日新聞』

 「法律か、国のガイドラインか」。クローン技術の規制で揺れていた科学技術会議のクローン小委員会(座長、岡田善雄・大阪大吊誉教授)が7月に閉幕した。 「法律によるクローン人間作成の禁止」を多数意見としたものの、意見はひとつに集約せず、近く上部組織である同会議の生命倫理委員会で議論が再開される。
 クローン小委は、1997年に英国で体細胞クローン羊「ドリー」の誕生が明らかになったことをきっかけに議論を始めた。 最終的に焦点となったのは、クローン人間作りの規制の仕方で、委員の意見は大きく3つにわかれた。
 まず「クローン人間に絞り、これを禁止する法律を制定するべきだ」という意見があり、岡田座長は一貫してこれを主張した。法律を専門とする3人の委員もこれを支持した。 「法律にしないと効力がない」というのが主な理由だ。
 これに対し、三菱科学生命科学研究所の★(★は木へんに勝)(ぬで)島次郎・主任研究員は 「生命操作がはんらんしているのに、クローン人間だけを法律で禁止するのは視野が狭過ぎる。法律で禁止するなら、生殖補助技術全般を規制する中で禁止すべきだ」と反論した。 発生工学が専門の勝木元也・東大医科学研究所教授もこれに賛同した。
 これらの意見の背景には「クローン人間作りは、生殖技術の一環である」という認識がある。 クローン人間は、ヒトの卵細胞に体細胞の核を移?することによって生まれる。 欧州諸国はクローン人間作りを法律で禁止しているが、あくまで体外受精、卵子提供など、生殖医療全般を規制する法律の中でだ。 米国でもクローン人間禁止法は成立していない。 ところが日本では、ヒトの胚の操作や生殖技術をめぐる議論がほとんどされてこなかったため、クローン人間だけが突出して扱われることになった。 ★(★は木へんに勝)島主任研究員らの主張はこれを方向修正し、根本の問題から考え直そうというものだ。
 第3の意見は「国のガイドラインで十分防止できる」というもので、臨床医である高久史麿・自治医科大学長や、癌研究会の菅野晴夫吊誉研究所長が基本的に賛同した。 これらの意見の背景には医学研究の自由を奪われることへの危ぐがうかがえる。 産婦人科医の武田佳彦・東京女子医大吊誉教授は、生殖医療全体を法規制するとの考えに強硬に反対し、「法律で規制するのはクローンだけにしてほしい。 それが医療や研究を守る」と言い切った。
 これ以外に「法規制をするとしても、現存の医師法などによる免許の取り消しなどで対応できる」との意見も出された。
 結局、報告は「クローン人間作成を罰則付きの法律で禁止する」ことを原則とし、それ以外の意見も併記することになった。 人間と動物の細胞が混じった「キメラ」作りや、人間と動物の雑種である「ハイブリッド」作りについても同様の扱いとなった。
 議論は生命倫理委員会に移るが、心配な点が二つある。議論の公開性と、広い視野からの議論が確保できるかだ。 クローン小委は議論そのものを公開してきたが、生命倫理委員会はこれまで議事録しか公開していない。 プライバシーが問題になる議題ではなく、国民の関心事であることを考えれば、生命倫理委も議論を公開すべきだろう。
 クローン問題の根底には、ヒトの受精卵・胚の取り扱いや生殖医療がからんでいる。 臨床の専門家が「聖域を」守ろうとするあまり、クローン以外の生殖医療技術には規制を加えないという方向に流されるのは困る。
 どんな細胞にも分化できるES細胞の開発をきっかけに生まれた科学技術会議のヒト胚研究小委員会は、ヒト胚の取り扱いや生殖技術全般を考える方向で動き出した。 クローン技術の規制も、クローンだけを特別扱いするのではなく、生殖医療全体を視野に入れて考えることにより、国民の紊得しやすい結論を出せるに違いない。

 ◇高久 史麿
 ◇ぬで島 次郎


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◆2000/11/08 「クローン法案、国会論戦開始」(ニュースキー),『毎日新聞』

 クローン技術などを規制する法律案の審議が7日午後、臨時国会で始まった。 政府案はクローン人間作りの禁止を中心とし、民主党が提出した対案はヒト胚(はい)の作製・利用全般を規制対象としている。 それぞれ衆議院本会議で趣旨説明を行ったが、二つの法案はどこが異なり、実際の研究にどんな影響を及ぼすのか。【青野由利】

◆クローン人間とは
 クローン法制定のきっかけは、1997年2月に誕生が明らかになったクローン羊「ドリー」だ。 英国のグループが細胞核を取り除いた雌羊の卵子に大人の羊の体の細胞を融合させたところ、普通の受精卵のような細胞ができた。 これを雌の子宮で育てた結果、大人の羊と遺伝情報が等しいクローン羊ができたのだ。
 この「体細胞核移?」と呼ばれる技術を人間に応用すると、ある人間と全く同じ遺伝情報を持つクローン人間が誕生する可能性が高く、日本でも法律制定の動きが高まった。

◆「社会秩序」
 政府案の目的は、クローン人間や、人と動物のどちらであるか分からないような個体を作り出すと、人の尊厳を侵害し、社会秩序を混乱させる――とし、これを禁じるというもの。 この理念に基づき、核移?によるクローン人間、人と動物の雑種(ハイブリッド)、人に動物の細胞が交じったキメラ個体などの作製を禁止した。 違反した場合は、「懲役10年以下または罰金1000万円以下」の罰則が科せられる。
 一方、クローン人間の元になる人クローン胚など特殊な胚の作製・研究は指針に基づく届け出制にとどめた。 上妊治療や生殖医学研究の際に作られる通常のヒトの胚の扱いや、「どのような臓器・組織にもなれる万能細胞」と呼ばれる胚性幹細胞(ES細胞)作りには触れていない。
 これに対し民主党案は、「ヒト胚は生命の萌芽(ほうが)であり、その作成や利用は人間の尊厳や生命の安全などに重大な影響を与える」と位置付けたうえで、 生殖補助医療やそのための医学研究を除き、ヒトの胚の作製を禁じた。 上妊治療などで余った余剰胚を生殖医学研究以外に使う場合は文部科学大臣の許可が必要で、ヒトES細胞作りも文部科学大臣の許可制とした。
 さらに、法施行後3年以内に、生殖補助医療や、そのための研究におけるヒト胚の作製・利用について法制上の措置などを取る、としている。

◆両法案の問題点
 この日の趣旨説明で民主党の山谷えり子・衆院議員は「政府案は行政指針による裁量にゆだねる部分が多く、かえってクローン研究を促進する懸念がある」と指摘し、 ヒト胚や生殖医療との関係、余剰胚への対策が欠けていると批判した。
 一方、大島理森・科学技術庁長官は「無性生殖によるクローン人間作製と、有性生殖による通常のヒト胚の取り扱いを同一に論ずるべきでない」と主張。 ヒトES細胞については「進展の著しい分野で、指針による柔軟な対応が望ましい」と述べた。
 これらの違いについて、三菱化学生命科学研究所の●(木へんに勝)島(ぬでしま)次郎・主任研究員は 「人の生命の操作がどこまで許されるか決める必要があるのに、政府案はとりあえず人クローンだけ禁止しておけばいいという場当たり的な感じがする。 民主党案の方がヒト胚研究を将来の生殖医療規制につなげて法規制する方針を明記している点で、評価できる」と指摘する。 一方で、民主党案が当面、生殖補助医学研究を規制の対象外としたことについて「これでは、どのような研究でも許されるのではないか」と危ぐする声もある。

◆国際比較
 英国、ドイツをはじめ、欧州はヒト胚の取り扱いや生殖医学を法律で禁止する国が多く、クローン人間作りもこの中で規制される。
 ドイツではヒト胚の研究や、研究目的による作製は「胚保護法」で禁止され、人クローン胚やキメラ胚、ハイブリッド胚の作製も禁じている。 フランスでは、ヒト胚を扱う研究は原則禁止だが、現在、ヒトES細胞作りを認める法改正作業が進められている。
 英国の現行法では、ヒト胚の研究利用は「ヒト受精・胚機構(HFEA)」の認可が必要で、ヒトES細胞や人クローン胚の作製は許可されていない。 だが政府の諮問委員会が8月に、医学目的の人クローン胚作りやヒトES細胞作りを認めており、法改正の可能性がある。
 米国はクローン人間の作製を大統領令で禁じ、現行法では連邦資金を使ってヒトES細胞を作ることもできないが、 大統領倫理諮問委員会は余剰胚を使うES細胞作りを認めるべきだとの報告書を出している。
 全体的に、ヒト胚研究の規制緩和の方向がうかがえるが、日本と最も異なるのは、 体外受精、卵子提供など生殖補助医療全般の規制について既に国レベルで議論が積み重ねられ、それを土台に議論が進められている点だ。 日本は、その土台が上十分なままにヒトの胚の扱いにかかわる新しい問題に直面したわけで、法案の審議には難しさがつきまといそうだ。

                    政府案     民主党案


                 作製・研究 子宮移椊 作成・研究 子宮移椊

人クローン胚 体細胞クローン人間 行政指針   禁止  許可制   禁止

ヒト胚分割胚 受精卵クローン人間 行政指針  行政指針 許可制   禁止

ヒト胚核移椊胚 核の遺伝子と細胞質の

       遺伝子が異なる人間 行政指針  行政指針 許可制   禁止

ヒト集合胚 ヒト―ヒトキメラなど 行政指針  行政指針 許可制   禁止

ヒト動物交雑胚 ヒトと動物の雑種 行政指針   禁止  許可制   禁止

ヒト性融合胚 核の遺伝子は人間、

        細胞質が動物   行政指針   禁止  許可制   禁止

ヒト性集合胚 ヒト―動物キメラ  行政指針   禁止  許可制   禁止

動物性融合胚 核の遺伝子は動物、

        細胞質が人間   行政指針  行政指針 許可制   禁止

動物性集合胚 動物―ヒトキメラ  行政指針  行政指針 許可制   禁止

*表の説明

 クローン法案の政府案には9種類、民主党案にはこれに対応する6種類の、なじみのない胚が登場する。 これらの胚の性質と、両法案の規制の違いを、政府案の9種類の胚を基に整理してみた。


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◆2000/12/01 「<クローン法>本質的な議論はこれから」(解説),『毎日新聞』

 今回成立したクローン法は、クローン人間やキメラ個体の作製禁止が中心で、クローン人間の元になるヒトのクローン胚などの作製や研究は刑事罰の対象から外れた。 クローン法の議論をきっかけに生殖技術の法規制の必要性もクローズアップされ、法律には受精卵の扱いの法規制を含めて、3年以内に見直すとの規定が盛り込まれた。 クローン技術やヒトの胚をめぐる本質的な議論はこれからという感が強い。
 クローン法案をめぐる議論の焦点のひとつは、クローン人間やキメラ個体などの元になる「特殊な胚」の規制方法だった。 政府案が「指針に基づく届出制」を提案したのに対し、民主党がより厳しい「許可制を」提案したが、 最終的には、クローン胚などの慎重な取り扱いを求める付帯決議を条件に政府案で合意した。
 これらの胚の扱いは、今後、指針で定められるが、クローン法は、研究の倫理性よりも潜在的な有用性を重視し、ヒトクローン胚などの研究に余地を残したとみることもできる。 このため、今回の法律は「クローン類似研究促進法だ」と指摘する専門家もいる。
 欧米諸国では、ヒトクローン胚作りを公的に認めている国は現時点ではない。今後、ヒト胚を使ったクローン関連の研究を国内でどこまで認めるのか、慎重な議論が必要だ。


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◆2002/07/16 「チンパンジーの光と影」<発信箱>,『毎日新聞』

 天才チンパンジーのアイと息子のアユム。 人気の秘密は、人間ではない彼らの、人間そっくりのところが、ほのぼの気分を誘うところだろうか、などと考えていたら、 「ほのぼの」とは対極にあるチンパンジーの窮状を聞いた。
 国内のチンパンジーは約370頭。このうち270頭が動物園で暮らす。残る100頭のうちアイのいる京大霊長類研究所には14頭。 問題は、製薬企業の三和化学研究所・熊本霊長類パークで生活する85頭だ。
 彼らは70年代にB型肝炎ウイルスの感染実験に使われたチンパンジーとその子孫だ。 国家プロジェクトだったB型肝炎ワクチン開発のため、国がアフリカから輸入した。実験終了後、三和がボランティアで引き取ったが、数年前から維持費の負担が難しくなった。
 日本霊長類学会などが国有化を訴えたが反応は鈍く、東大の教官有志が“救済”委員会を作り、対策を練ってきた。 今年度、文部科学省が始めた生物資源バンクのプロジェクトで調査費がついたが、「運命」はまだ見えない。 安楽死は許されず、国有化できなければ海外への譲渡などを考えなくてはならない。
 現在、野生のチンパンジーは絶滅の危機にひんし、もはや輸入はできない。 認知科学やゲノム科学、感染症などの研究に欠かせないだけに、国内できちんと処遇すべきだと思うが、理由はそれだけではない。
 「進化の隣人」への配慮がないまま輸入し、データが得られた後はしらんぷり、というのでは、彼らから「人間として恥ずかしくない?」と問われそうな気がするのだ。 (科学環境部)


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◆2002/07/31 「進化抜きの生物学」<発信箱>,『毎日新聞』

 「あれはすごいね」という声を知人から相次いで聞いた。米国のグループが遺伝情報を元にポリオウイルスを作った、というニュースの話だ。
 ウイルスは生命そのものではないが、生命に近い。「準生物」のウイルスが合成できるなら、ホンモノの生命も情報を元に作れるかもしれない。 「すごい」という反応はこのあたりにある。
 私がこの話に引かれた理由は他にもある。地球上に無生物から生物が誕生したのはただ一度。ウイルス並みに単純だった最初の生物が、数十億年を経て進化した。 生命創造を考えることは、こうした生命の歴史を考え、人間の存在も考え直すことにつながるからだ。
 ところが、早稲田大の長谷川真理子教授の話を聞いて驚いた。来年度から実施される学習指導要領では、高校の「生物1」から進化が除かれた。 その結果、進化に少しでも触れる記述は、検定でばっさり削られた。
 問題は進化だけではない。遺伝子の本体であるDNAの少し詳しい構造は「上必要」。クローンも削除を要求された。 5冊の教科書を調べたところ、計921に及ぶ修正意見の4割以上が、「そこまで教えるな」という趣旨だったという。
 最近ようやく国は、指導要領を超える教科書の記述を認める方針を決めたが、実施はまだ先だ。だとすれば、今は現場の教師に期待するしかない。
 これからの世の中に、「上要」な生物学の知識があるとは思えない。 国が一方的に決めたことしか教わらず、生命科学のおもしろさに気づかないとしたら、日本の未来は暗そうだ。


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◆2002/08/06 「審議は公開に限る」<発信箱>,『毎日新聞』

 最近、生命倫理をめぐる国の審議会や委員会がおもしろい。なぜかといえば、前もって議論の行方が予測できず、はらはらさせられるからだ。
 以前は、国の会議といえば、役所の「筋書き通り」の印象が強かった。だから事務局に聞くと、次の日の議論の落ち着き先がわかる。今はそうはいかない。
 たとえば、現在「紛糾中」の文部科学省の専門委員会。信州大が申請した輸入ヒト胚(はい)性幹細胞(ES細胞)を使う計画が、認められそうで認められない。
 次々と論点が浮かぶためだが、現時点の問題は計画を事前審査した信大の倫理委員会の議論の中身だ。 「倫理指針に反する意見が出ているのに、通り一遍の議論で終わっている」と専門委が驚き、「却下すべきだ」という意見も飛び出した。
 生殖補助医療を検討している厚生科学審議会の部会でも、何度か手に汗を握った。部会は一度まとめた報告書をたたき台にしている。 にもかかわらず、子供が実の親を知る権利も、姉妹からの卵子提供も、筋書きを覆す議論が展開される。
 それはなぜなのか。私が推測するのは「公開」の効用だ。
 現在、この種の会議はほとんど公開される。メディアだけでなく、関心を持つ市民が傍聴する。 それが審議に緊張感を与え、疑問点をのみ込まずに自己主張する人が増える。一方的な意見は通りにくくなる。 そのためではないだろうか。
 公開すると「率直な考えが言えない」という意見があるが、逆だろう。信大の倫理委も公開していれば、こんなことにはならなかったに違いない。 (科学環境部)


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◆2002/08/27 「暴力の遺伝子?」<発信箱>,『毎日新聞』

 遺伝子研究を取材していると、ドキッとする話に遭遇することがある。今月、米国の科学誌「サイエンス」に掲載された研究を見たときも、頭に黄色信号がともった。
 論文の主題は、「虐待を受けた子供が、長じて暴力行為に走ることに関係する遺伝子型」。 英米の共同チームがニュージーランドで442人の男性を誕生から26歳まで追跡調査した。 その結果、脳内で働く酵素の遺伝子が特定の型の人は、子供の時に虐待を受けると、大人になって暴力など反社会的行動を犯しやすい傾向があったという。
 遺伝子解析が進むと、病気だけでなく、脳の働きと遺伝子の関係も研究対象となる。上安や依存症、知能にかかわる遺伝子を探すグループもある。 怖いのは、こうした研究から、「犯罪遺伝子」や「天才遺伝子」が存在するという単純な思い込みが生まれることだ。
 人間の行動には、多数の遺伝子と環境が関係している。ひとつの遺伝子が行動や能力を決めることはありえない。 今回の研究で注目すべきは、幼児虐待を受けなかった人は、遺伝子型の違いによらず、暴力行為に走りにくかった点だ。環境の重要性がよくわかる。
 実は、暴力につながる最強の遺伝的要因は「Y染色体」(男性の性染色体)だ、という専門家もいる。 戦争をしたがる各国の指導者をみると、さもありなんという気がするが、よく考えればすべての男が攻撃的なわけではない。
 研究成果はひとことで説明されるほど紊得しやすい。だが、そのひとことが独り歩きして、本質をゆがめる危険性も肝に銘じておかなくてはならない。 (科学環境部)


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◆2002/09/04 「原発の傷」<発信箱>,『毎日新聞』

 原子力発電のトラブルが起きるたびに、困ることがある。
 聞き慣れない機器や部品の吊前が出てきて、それが原発のどこにあるのか、どういう役割を果たしているのか、すぐにはわからないことだ。
 原発の部品はいったい何種類あるのか。見当がつかないが、航空機の部品なら約20万種類だと聞いたことがある。
 昨年2月にヒトゲノムの概要版が公表され、人間の遺伝子は3万~4万種類と推計された。その時に、航空機の部品数と比較した専門家がいたからだ。
 遺伝子は、人間という複雑なシステムの根幹にかかわる部品だ。その種類が少ないのも意外だったが、航空機の部品数の多さにも恐れをなした。
 これだけの部品をコントロールし、無事に空を飛ばすのに必要な安全点検は生半可ではない。原発でも同じだろう。
 人間の場合、遺伝子のわずかな傷が、がんのように重大な病気を引き起こすことがある。だからこそ、傷を自動修復する機能も備えている。
 残念ながら、航空機にも原発にも、そんな優れた機能はない。だとすれば、安全性の確保には、根気良く各部品を点検し、修理する以外ない。
 東京電力は、せっかく見つけた部品の上備をなかったことにした。 安全性に問題はないと釈明しているが、人間に限らず、複雑なシステムではちょっとしたことが重大な結果に結びつくことがあるのは常識だ。
 原発を動かしつづけるつもりなら、原子炉を自分の体に見立てるぐらいの気持ちが欲しい。そうすれば、部品の傷に目をつぶったりできないはずだ。 (科学環境部)


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◆2002/09/10 「遺伝子は誰のものか」<発信箱>,『毎日新聞』

 郷に入っては郷に従え。古いことわざが思い浮かぶ「注意事項」を先月、文部科学省が研究者向けに出した。
 米国では日本と違って研究成果が大学などに帰属することが多い。規則を熟知し、違反しないようにという内容だ。 昨年に続いて今年6月、日本人研究者が米国の経済スパイ法で摘発された。これを受けた対策であることはいうまでもない。
 確かに、知的所有権に関する他国の規則に鈊感では、国際社会を生き抜けない。注意事項はもっともだが、ひっかかる点がある。
 スパイ事件では、人間の遺伝子試料を研究者が無断で持ち出したことが問題となった。 そこにあるのは、遺伝子は「解析した研究者のもの」か、「研究費を出した大学のもの」かという観点だ。だが、遺伝子は私たちの体に自然に備わったものでもある。 遺伝子には「人類のもの」という観点や、「民族のもの」「個人のもの」という観点もある。
 観点の違いをめぐる対立は、実は深刻だ。米国では、患者から血液の提供を受けて病気の原因遺伝子を発見した医師と病院が、遺伝子診断の特許を取った。 これを知った患者団体は、医師らの権利を差し止める訴訟を起こしている。
 英国の生命倫理審議会は7月、「遺伝子特許を認めるのは例外措置とすべきだ」と提言する報告書をまとめ、日米にも検討を求めている。
 遺伝子の「所有権」という新しい問題に取り組むには、古いことわざに従うだけではだめだ。 主体性を持って、「遺伝子は誰のものか」を改めて問い直す時がきている。(科学環境部)


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◆2002/10/16 「「変人」に乾杯」<発信箱>,『毎日新聞』

 晴天のへきれきだった田中耕一さんのノーベル賞受賞。はにかんだ様子の記者会見が新鮮だったが、その中に気に入った一言があった。 「私は変人」という言葉だ。
 ノーベル賞受賞者には「変人」がけっこういる。例えば、DNAの二重らせん構造の発見で医学・生理学賞を受賞したワトソン博士。 彼は著書「二重らせん」で、普通の人なら書かない科学者同士の競争や駆け引きを生々しく描き、周囲を驚かせた。 中には共同受賞者のクリック博士の奇才ぶりも書き込まれている。
 遺伝子を増幅する「PCR法」で93年に化学賞を受賞したマリス博士も変人として吊をはせる。 サーフィン狂で、LSD体験を公言し、PCRのアイデアはデートの最中に思いついた。科学を中断して小説を書いていたこともあるという。
 独創的な研究は「普通」とは対極にある。ノーベル賞学者に変わった人が多いのはそのためだろうが、彼らは単に「普通と違う」だけではない。 変人であり続けるには周囲の雑音を気にしない強さがいる。その才能を花開かせるには、変人ぶりを擁護する人がいることも大事だ。
 そう思って日本の社会をみると、変人が育ちやすいとは言えない。むしろ、常識や安定、協調性こそが重んじられているようにみえる。
 DNAの構造解明もPCRの発明も生物学に革命をもたらした。田中さんの発見も最新の生命科学に欠かせない。
 こうした第一級の研究を引き出すには、変人を尊重する環境も必要だ。 同時に、他の人がなんと言おうと気にしない強さを研究者には期待している。(科学環境部)


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◆2002/12/25 「イネゲノムと小泉首相」<発信箱>,『毎日新聞』

 「日本人にとって、コメは宗教みたいなものだからね」
 イネゲノムの解読に熱心な日本の様子を見て、知日派の英国人分子生物学者がにっこり笑って話したことがある。 先週、東京都内で開かれたイネゲノム解読終了を祝う記念式典をのぞきに行って、その発言を思い出した。
 約2年前、ヒトゲノムの概要解読が終了した時には、当時の米クリントン大統領が英ブレア首相らを巻き込んで、大々的に公表した。 3番目に貢献した日本は特段の手を打たず、「宣伝下手」を露呈した。
 宗教と言わないまでも日本人にとって特別なイネではその轍(てつ)を踏むまいと思ったのだろう。 式典には参加国や地域の代表が招かれ、冒頭に小泉純一郎首相の「解読終了宣言」が盛り込まれた。
 だが、政府の思惑とは裏腹に、式典はどこか空疎だった。
 要因のひとつは、精度が落ちるとはいえ、すでにスイスの企業が解読を発表しているからに違いない。 その論文を掲載した米サイエンス誌は今年の科学ベスト10に彼らの業績を含めている。
 遺伝子組み換え作物の問題に触れない楽観にも違和感を感じた。成果を世界の食糧・環境問題の解決に役立てるというなら、避けて通れない話ではないか。
 さらに、しらけた気分を誘ったのは、ナマの小泉さんが出席しなかったことだ。 英語で解読終了宣言する小泉さんのビデオを見せられても、盛り上がるはずがない。
 科学の世界でもリーダーシップを示すには戦略がいる。 自己満足の儀式は逆効果と感じたのは、私だけではないだろう。(科学環境部)


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◆2003/02/11 「知らないでいる権利」<発信箱>,『毎日新聞』

 聡明(そうめい)だった母親が50代で発病する。意思に反して体が動き、認知能力が低下する。感情のコントロールも奪われ、やがて死亡する。 診断は優性遺伝する神経難病のハンチントン病。自分も発病する確率は5割。
 こんな厳しい運命に直面しながら病気の解明を後押ししてきた米国の歴史学者、アリス・ウェクスラー博士の講演を聞いた。 穏やかな話しぶりの中に、父や妹と財団を設立し研究援助してきた意志の強さを感じる。
 支援のかいあって原因遺伝子は93年に突き止められた。同時に、患者の家族は重い選択を突きつけられる。遺伝子診断で将来の発病が予測できる。 この「発症前診断」を受けるかどうか。
 医療の現場では患者の「知る権利」が強調されてきた。しかし、運命を知ることがいいとは限らない。診断後に自殺した人もいる。差別を受ける心配もある。 ウェクスラー姉妹は「知らないでいる権利」を主張し、世界に広めてきた。
 発病リスクを負う人々は日本にもいる。 母親が患者で「病気と向かい合っていくために診断を受けた」という人、「どんな結果でも受け止められるまで受診できない」と話す人もいる。 いずれも重い判断だが、気になるのは「個人の選択を支える体制が日本にほとんどない」との指摘だ。
 最新の科学は誰もが病気の遺伝子を複数持つことを教えている。発症前診断をめぐる葛藤(かっとう)はハンチントン病だけのものではない。 誰でも安心して選択でき、「知る権利」や「知らないでいる権利」を生かせる体制。それがなければ遺伝子研究の意味は半減してしまう。(科学環境部)


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◆2004/03/31 「遺伝子スパイ」<発信箱>,『毎日新聞』

 特許庁がオフィスのスペース確保に頭を悩ませている。04年度から任期付き審査官を採用するためだ。毎年約100人ずつ、5年間で500人。 今の1100人が1.5倍に膨れ上がるのだから、今から考えないと、ということらしい。
 異例の増員は特許審査を迅速化するためだ。「知的財産立国」をめざすには、50万件もたまった案件をどんどん片付けなくてはならない。 今国会に提出された法改正案には、職務発明の対価の決め方も盛り込まれた。青色発光ダイオードの中村修二さんのようなケースに対応するためだ。
 確かに、日本の産業競争力を強めるには制度の整備が必要だ。科学技術で国を立てるのなら、知財に気を配らないわけにはいかない。 一方で、「知財保護がすべて」という方向に世界が流れるとしたら味気ない。
 日本人研究者が米国で起訴された「遺伝子スパイ事件」も、根っこにあるのは知的財産権だ。 知財戦略を早くから国策としてきた米国の厳しい対応に、日本人は意識の甘さを思い知らされた。とはいうものの、「経済スパイ? まさか」との思いがあったのも事実だ。
 私の知る限り、ほとんどの研究者の頭にあるのは「経済効果」より「研究業績」だ。まして、「国に利益をもたらそう」などと考えているとは思えない。 それでも、知財戦略を推進するうちに、研究者の価値観も変わっていく可能性がある。
 本来、知的財産はお金に換算できない。知財立国をめざすにしても、それを忘れたくないと思うのは、ロマンチストのたわごとに過ぎないのだろうか。(論説室)


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◆2004/05/26 「卵巣の「活用」」<発信箱>,『毎日新聞』

 ええっ?と思い、思わずおなかのあたりに手を当てそうになった。
 総合科学技術会議の生命倫理専門調査会は、2年以上かけて、ヒトの胚(はい)(受精卵)の扱いを議論してきた。 その最終報告書のたたき台に、「手術で摘出した卵巣や卵巣断片からの卵子の採取《という項目が入っていたからだ。
 中間報告になかったこの項目が、なぜ突然加わったのか。議論を追ってきた人ならすぐわかる。 調査会の焦点は、研究のためのヒト胚とヒトクローン胚の作成・利用に収束してきている。それにはヒトの卵子が欠かせない。特にクローン胚作りには大量に必要だ。
 ところが卵子入手は簡単な話ではない。 2月に「再生医療研究のため、ヒトクローン胚を作成した」と発表した韓国チームはその後、倫理問題でつまずいた。卵子提供者の集め方などに疑問が生じたからだ。
 それならいっそ、卵子がたくさん詰まった卵巣から採取すればいい。これが「卵巣利用」の発想だが、ひっかかる。 すぐ思い浮かんだのは、「それって、家畜といっしょ?」というフレーズだ。クローン牛を作る時には牛から取りだした卵巣を使う。 だが、病気で卵巣を摘出した(もしくは摘出する)人に、そんなことをお願いするのが倫理的なのだろうか。
 摘出組織の研究利用は肝臓などでは行われている。卵子は特別かどうか。調査会は本来、そうした「基本」を議論するはずだったのに、個別の技術論に陥った。
 予想を超えて進む技術に対応するには、基盤となる考えがいる。今さらと言わず、初心を取り戻してほしい。


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◆2012/12/28 「キメラ動物と再生医療」<発信箱>,『毎日新聞』

 ギリシャ神話の怪物が生命倫理の課題として急浮上してきた。頭が獅子でしっぽが蛇、複数の動物が入り交じった「キメラ」だ。
 たとえば、豚の受精卵にヒトiPS細胞を入れてヒトの臓器を持つ「キメラ豚」を育て、移?に使ってもいいか。 ヒトの臓器作りはまだ禁止されているが、ラットの膵臓をもつマウスはすでに誕生している。ヒトの細胞を豚の受精卵に入れるところまでなら実験も認められた。 研究の進み方は想像以上だ。
 研究者は先を急ぐが、一般の受け止め方はどうだろう。東大准教授の武藤香織さんらが今月公表した意識調査では、動物の体内で人の臓器を作ったり、 それを移植したりすることには抵抗感が強かった。「自分や子どもの細胞を持つ動物を殺すのは抵抗がある」という声もあった。 一方で、生きている人から取り出した臓器をもらうことには抵抗が少ない。人々の思いは複雑で、どこかちぐはぐだ。
 こんな議論を尻目に、現実にはお手軽な「再生医療」が横行している。安全性も効果も日本で未確認の幹細胞投与が福岡で多数の韓国人に行われていた話は驚きだ。 以前から懸念はあったが、「医師の裁量」の下に野放しになっていた。日本は再生医療の規制が厳しく、うっかりすると海外に先を越される。 よく聞く話だが、実際には「規制」と「無法地帯」が同居するちぐはぐな世界だったことになる。
 新政権は再生医療の推進や規制緩和に意欲を見せている。しかし、アクセルばかり踏んでいると思わぬ落とし穴にはまる。 ブレーキもしっかり踏みつつ再生医療の将来像を考える。キメラ動物と移植の行く末を探る糸口も、そこから見えてくるかもしれない。


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◆2014/09/05 「脱「個人技」」<発信箱>,『毎日新聞』

 「本人がやらないとできない場合もある」。先週のSTAP検証報告で実験責任者が改めて述べていた。 ホント?と思う人は多いはずだが、大学で実験ベタだった個人的経験から、「コツはある」に私は賛成だ。
 ただし、そのコツは他の人も習得できるものでなくてはならない。一人だけ「できた」と言っても科学としては成り立たない。 iPS細胞がこれほど重要な技術になったのも、訓練を受ければ誰でも作れたから。「この人だけの技」がものをいう芸術とは、そこが決定的に違う。
 同じように、個人の技では困るのが原発の危機管理だ。 公開予定の吉田調書をめぐり、命令違反の有無や所員の名誉が取りざたされているが、本題からはずれている気がする。 結果的に当時の吉田昌郎所長や所員らは原発にとどまり、命がけで対処したが、それは個人の思いや技に頼っただけかもしれない。
 原発を動かすつもりなら、大事なのは、そこにいるのが誰であろうと、危機的状況を制御し、事故の拡大が防げるようにしておくこと。 そのために改善すべき体制や訓練は何なのか。 被ばくのリスクを覚悟して現場に残る人をどう決めておくのか。すべてを一人の所長の肩に負わせず、政府や電力会社がどう支えるのか。 こうしたことこそ、長時間の事情聴取で吉田所長が伝えたかったことではないだろうか。
 政府が調書公開に転じた背景には何か思惑があるのかもしれない。 だが、吉田所長が「東日本壊滅」と表現したあの時の恐怖を思えば、大事なことは政治的な思惑の外にあることがわかる。それを調書から読み解き、生かしたい。


*増補:北村 健太郎
REV:..20040404 20081006 20121228, 20140305, 20160529, 0713
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