HOME > 全文掲載 >

性同一性障害の疾病化の『恩恵』とその限界性

吉野 靫(立命館大学大学院先端総合学術研究科)  20090926-27
障害学会第6回大会 於:立命館大学

Tweet


◆報告要旨
◆報告原稿

■報告要旨

 90年代初頭まで「変態」、「趣味嗜好」としか見なされていなかった性別移行の問題が、「性同一性障害」という医療化・疾病化によってもたらした影響は確かに大きかった。「病気ならば仕方ない」という消極的「理解」に寄与し、メディアには当事者の露出が増え、一見、日本は「性同一性障害」に対して寛容な国であるかのような表層的雰囲気が漂っている。
 しかしそれは一方で、「生まれついての男より男らしいFtM」あるいはその逆というジェンダー強化の考えにも繋がり、性的指向においても、ヘテロセクシズムが幅をきかせている(MtFに恋人の有無を尋ねるとき必ず「彼氏は」と訊くことに、何の疑義も差し挟まれない)。「性同一性障害」という医療化によって大きく殺がれてしまった当事者の実態に目を向ける必要がある。
 2000年代半ばから、セクシュアリティをテーマとして活動する若手のコミュニティによって、男女二元化の圧力を超え出ていく性同一性障害当事者の存在が徐々に顕在化している。そこでは、敢えて決定的な性別移行を行わず、「乳房なし、ペニスなし」など、一般には中途半端とされるような身体の状態を肯定的に捉える試みがなされている。前述のように、性同一性障害を巡っては、法制度をはじめ当事者の性別を男/女へと二元的に振り分けようとする強力な磁場が働いており、医療関係者や一部の当事者の間で前提として語られることが少なくない。申請者は、これらの背景に「GID規範」が存在していることを指摘し、法・社会制度が当事者の多様性を縮減していることを明らかにした。  また医療の観点からは、当事者の多様な身体ニーズに応答し得る研究は殆ど行われていない。当事者が身体を変えるためには、何らかの形で医療が介在せざるを得ない。しかし、医療側と当事者側がそれぞれ想定する「GID医療」の内実には齟齬がある。望む身体のあり方には個人によって振れ幅があるが、外科医療は二値的であり、最終的に「女/男」の身体に近似した状態に当事者を誘導していくのである。
 本報告では、このような「性同一性障害」医療10年の歴史と周囲の状況を整理し、混乱の現状を踏まえたうえで、疾病としての性同一性障害から、生き方としてのトランス・ジェンダーへの提言をはかるものである。


UP:20090624 REV:
吉野 靫  ◇障害学会第6回大会  ◇トランスジェンダー  ◇Archives
TOP HOME (http://www.arsvi.com)