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「英国NHS改革・新全国介護者戦略」

児玉 真美 200808 介護保険情報 2008年8月号

last update: 20110517

英国政府、今後10年のNHS改革案と初のNHS憲章草案を発表
“世界に冠たる”と英国民が誇る受診時原則無料の国営医療サービスNHS。今年で60歳になるそうだ。Brown首相は去年の首相就任時にNHSの見直しと改革を担当する保健省の副大臣として現役外科医Ara Darzi卿を起用した。6月30日、そのDarzi卿が1年間に渡る患者や医療関係者からの意見聴取を経て、“High Quality Care for All: NHS Next Stage Review final report”を発表し、今後10年間のNHS改革の方向性を打ち出した。

病院機能の集約化と成果主義
 Darzi卿は昨年、副大臣に任命されるや、ロンドンにおける思い切った統廃合と効率化による病院機能の集約案を提言。現場のGP(家庭医)や中小の総合病院などから廃業や医療保障への不安など批判の声が上がっていた。今回の報告書でも、従来より広いサービスをGPが担う医療センター(ポリクリニック)を地域ごとに作り、看護師を中心に在宅医療も担当。また産科、救急医療や高度先進医療などは拠点病院に集約するなど、1年前のロンドンの医療改革案とほぼ同じ方向のようだ。看護師にも非営利企業の立ち上げを推奨するのは、地域医療の底支えを狙ったものだろう。
 さらに今回の改革案では、これまでのように中央から数値目標を押し付けることをやめ、医療の質が評価されるシステムを導入。具体的には、受けた医療に対する患者の満足度が高い病院には追加報酬が支払われ、低いと罰金が科せられる。また治療のアウトカムに関するデータも病院ごとに集積され評価の対象となる。Darzi卿は「患者ケアの質をベンチマークとするNHSのインフラ整備ができた」と胸を張るが、野党からは「医師と看護師が中央集権的な官僚主義でがんじがらめにされたままアウトカムだけ見ても意味がない」と批判が出ている。

NHSサービス利用の「権利と責任」を明記
 またBlair前首相が提案し、Brown首相も熱心に進めていた英国初のNHS憲章の草案も、Darzi卿の報告書と同時に発表された。NHSの理念を明らかにするとともに、患者とスタッフ双方の「権利と責任」、それに対してNHSが約束する内容を明確にするものだ。
 患者の権利としてはGPを選ぶ権利、認可薬を使える権利、英国内ですぐに治療が受けられない人がヨーロッパの他国で受ける意思表明の権利などが法的に認められる。責任については自ら健康維持に努力することやGPへの登録、医療行為への協力などが謳われている。
 憲章の草案に関しては、NHSのWebサイトで詳しく解説されており、NHSは10月7日までパブリック・オピニオンを募集する(Times, 7月1日ほか)。

新「全国介護者戦略」も発表
 英国では介護者支援システムの整備も急がれている。労働党政権が1999年に定めた「全国介護者戦略」の見直しに向けて、去年は広く国民からの意見聴取が行われた(2007年8月号当欄で一部既報)。
 寄せられた意見については去年11月に暫定報告が出されたが、それらを踏まえて6月10日に新たな「全国介護者戦略」が発表された。2億5500万ポンドの予算を組み、短期レスパイト、就労支援、健康チェックなどの介護者への直接支援のほか、GPへの研修や介護者支援専門職の養成にも配分する。また近年社会問題化している若年介護者への支援も行う。

働きかけ強めるチャリティ
 一方、政府のこうした動きに対して、Help the Aged, Counsel and Care, Carers UKの3つのチャリティは、共同で新たなキャンペーン”Right care Right deal : The right solution for social care”を立ち上げた。家族と介護者への一体的支援や、もっと早期にもっと多くの人に手が届く持続可能なシステム作りの必要などを訴え、介護サービス改善に働きかけを強める。
 さらにCarers UKは、介護者支援に絞った独自のキャンペーン”Back Me Up”で具体的な施策提言も行っている(Medical News Today, 6月10日ほか)。

 Brown首相は6月26日のBBCインタビューで「遺伝子診断技術が進むと保険に入れない人が増え、公的費用でまかなわれる医療制度がより重要になる」と述べた。そこまで先を見通すのか……。“世界に冠たる”日本の皆保険。その行方が気になる。

[1] 今後10年のNHS改革案(報告書)
 http://www.dh.gov.uk/en/Publicationsandstatistics/Publications/PublicationsPolicyAndGuidance/DH_085825
[2] NHS憲章草案
 http://www.nhs.uk/choiceintheNHS/Rightsandpledges/NHSConstitution/Pages/Overview.aspx
[3] 英国チャリティの共同キャンペーン
 http://www.carersuk.org/Newsandcampaigns/RightCareRightDeal → 不通
 ホームページは http://www.carersuk.org/HOME > [4] Carers UKの介護者支援の施策提言
 http://www.carersuk.org/Newsandcampaigns/BackMeUp → 現在アクセス不可


*作成:堀田 義太郎
UP:20100212 REV: 20110517
全文掲載  ◇児玉 真美
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