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障害者の住まい方に関する研究(第2報)

杉原素子・赤塚光子・佐々木葉子・立岩真也・田中晃・林裕信・三ツ木任一 1995
厚生省心身障害研究,主任研究者:高松鶴吉
『心身障害児(者)の地域福祉に関する総合的研究 平成6年度研究報告書』,pp.287-306


 *以下は,報告書に掲載された文章そのものではありません。

□ 調査の概要

 1994年秋から1995年1月にかけて、30〜40歳代の脳性麻痺、1級の障害をもつ、6つの療護施設に居住する10人、6つのグループホームに居住する10人、計20人の人に対して個別の面接調査を実施した。以下では療護施設をnT〜nY、グループホームをgT〜gYと表記し、各居住者をnTa、gUbなどど表記する。

 療護施設:
 nT:地方都市郊外……
 nU:
 nV:
 nW:
 nX:
 nY:

 グループホーム:
 gT:
 gU:
 gV:
 gW:
 gX:
 gY:一軒家の集まる住宅街(近くには団地が多い)の中を一軒を借り3人が、居住している。

 20人の基本的な属性は以下の通りである。

 療護施設   年齢・入居・居住         年齢・入居・居住
 nTa:男性 39歳・36歳・3年  gTa:女性 33歳・28歳・5年
 nUa:男性 41歳・21歳・20年  gTb:男性 31歳・25歳・6年
 nVa:女性 34歳・29歳・5年  gTc:男性 36歳・30歳・6年
 nVb:女性 35歳・29歳・6年  gUa:男性 33歳・26歳:7年
 nVc:男性 30歳・24歳・6年  gUb:女性 37歳・30歳・7年
 nWa:女性 38歳・19歳・19年  gVa:男性 30歳・31歳・4年
 nWb:男性 40歳・24歳・16年  gWa:男性 37歳・35歳・2年
 nXa:女性 38歳・30歳・8年  gXa:男性 39歳・31歳・8年
 nXb:男性 41歳・23歳・18年  gYa:男性 38歳・36歳・2年
 nYa:女性 35歳・26歳・9年  gYb:男性 31歳・27歳・4年

 療護施設
 男性5人・女性5人 平均年齢37.1歳 平均入居年齢26.1歳 平均居住期間11.0年
 グループホーム
 男性8人・女性2人 平均年齢34.5歳 平均入居年齢29.9歳 平均居住期間 5.1年

 上記の20人の他に、gYの居住者3人(gYc、gYd、gYeとする)に対しても同じ調査を行った。ただ、gYc(女性、42歳)とgYd(男性、40歳)は、居住の場としては一般の賃貸住宅に独立して住んでいる夫婦であり、gYe(男性、33歳)はアパートに一人で住んでいるため、今回は点数の集計等には用いなかった。gYは3つの場を1つのグループホームとし、自治体の助成もgYを1つのグループホームとして行われている。gYの職員はこの3人の介助にもあたる(自分でできる範囲は他の人に比べて比較的広い)。必要に応じてこの3者の回答も用いることがある。

 調査対象者の年齢を限定したのは、年齢によって生活体験が異なり、その受け止め方も違うだろうから、その幅をある程度にとどめておいた方が、今回の調査の目的にはかなっていること、そして親元での生活、そして施設、グループホームでの生活をある程度の期間へてきた人から回答を得たいと考えたことによる。障害を脳性麻痺と限定したのも年齢についての前者の理由と同じである。言語によるコミュニケーションが可能な者としたのは、今回のような性格の調査の場合にはそれが必要条件だからである。
 調査方法について。質問する項目を事前に検討して決め、質問紙を作成した。質問項目は昨年度と同じ20項目である。■。
 それに基づいて調査者(対象者1人につき1〜2人)が質問し、質問に対する回答を書き取った。1件につき要した時間は、調査対象者の言語障害の度合いに左右されるが、2時間〜3時間程度である。以下では必要に応じ、「」内にその発言内容を記す。発話そのままでないこともあるが、かなり忠実な再録である。
 同時に、各項目について、満足度、自己決定度について4段階のいずれかを選んでもらった。満足度についての質問は昨年度の調査と同様である。自己決定度についての質問は今年度新たに加えた。また、昨年度の調査対象者で今回の報告に用いる分については、再調査し、新たな項目について回答を得るとともに、昨年度の調査時点からの変化について聞いた。また以下では、得られた結果を0・1・2・3と表記する。また全体の平均値を見る場合など、その値に100/3をかけて100点満点での点数を出して用いることがある。
 人的なつながりを利用し、また施設やグループホームに問合せて対象者を決めた。厳格な意味でのランダム・サンプリングをしたわけではないが、上述した条件を満たし調査対象者となりうる人(母数)は、少なくとも一つの施設、グループホームではそもそもかなり限られており、その全数調査とはいかないまでも、かなりの部分に対して調査を行っている。療護施設、グループホームの内外でかなり活発な活動をしている人が多いという印象をもたれる人があるかと思うが、それは、グループホームについてはそもそもそうした活動の中に成立しているものであること、療護施設においては私達が今回調査対象とした層の人達が、入居者の活動の中で活動的な役割を果たさざるを得ない位置にいるという事情による。
 それにしても、特に療護施設については、その全体像、平均像がここで描かれるわけではない。そのためにはさらに大規模な調査が必要であり、そしてその場合には今回行ったような長時間のインタヴュー調査はほとんど不可能だろう。私達は、この調査結果がそのような性格をもっていることを承知した上で、このことについて誤解を招くことがないような、そして私達の調査方法が活かされるようなスタイルの報告を作成した。例えば、調査対象者にひとまず出してもらった点数は、各自、それぞれの場合で意味合いが異なる。
語ってもらった内容を報告に再録しながら、満足度や自己決定度の点数の持つ意味について検討を加え、それを報告に盛るようにした。
 点数化された結果の一覧は表■の通りである。療護施設とグループホームの間に大きな差が見られたのは、介助に関する満足と自己決定度、居住性についての満足度と自己決定度、入居に至るプロセスにおける自己決定度であり、いずれもグループホームの方が点数が高い。これだけでも調査の意義はあると考えるが、さらにインタヴュー結果を活かすことで、もう少し立ち入った分析ができたものと思う。
 また以下では、全ての項目を均等にとり扱うのではなく、療護施設とグループホームにおける入居者の生活のあり方の特徴、両者の間の差異が見られる項目に重点をおいて調査結果を報告する。また、記述の順序も、質問項目の順序に必ずしも沿ったものではない。まず(1) で入居者の入居の経緯を、その目的を概観する。次に(2) でハードウェアとして療護施設、グループホーム、そしてその内部で使用される機器等についてみる。(2) では、この両者の内部で提供される人的サービス、介助のあり方を検討する。そして、(3) では、システムとしての療護施設、グループホームのあり方にも関わり、その経済的な側面を個々人の収支という視点からみる。(4) では、居住者の、療護施設、グループホーム内外での活動のあり方、余暇の過ごし方を報告する。(5) では双方が、そして双方の居住者が、双方の外部環境の中でどのような位置にあるのか、どのような関係をもっているのかを、、立地条件、外出、アクセシビリティ、近所づきあい、偏見といった項目に沿って検証する。(6) ではそれまで見てきた場所に住まい、外部との関係をとりもっている入居者達が、現在、自分の障害をどのように認識しているのか、またどのような将来の展望を描いているのかを見る。つまり、一つには施設の内側から外側(との関係)という視点の移動があり、その中では、ハードウェアからソフトウェアへという移行がある。また、内側の状況と外側の状況の間に、(4) 当の入居者の活動のあり方がはさまれ、(5) 以降は、外部状況というだけでなく、外部との関係を入居者達がどのように形成しているのか、あるいはしていないのかという主題が検討される。そしてこれらの前後に、居住者の過去〜現在、現在〜未来についての認識が描かれる。
 その前に、まず、居住者の身体障害の様子について、簡単に記しておく。全員、1級の障害があるが、療護施設の居住者とグループホームの居住者を比較すると、全体的に前者の方が障害が重い傾向はある(nTa、nUa、nVa、nWa、nWb、nXa、nXbの7人が全介助、またはそれに近い)が、グループホームにも療護施設の居住者と同程度、あるいはそれ以上に障害が重い人がいる(gTc、gUb、gWaの3人が全介助、またはそれに近い)。またgYの入居者は、介助の必要な度合いが他に比べて低い。
 言語でのコミュニケーションについては、療護施設居住の1人、nTaが専らトーキングエイド(以前は文字盤)を用いている。グループホームでは、gTcが聴覚障害があるため、手話、指文字、筆談、文字盤などが必要で、また言語障害もきついため、通じない時には足で文字盤を使う。他にgTa、gTbが文字盤を使うことがある。他の人は、言語障害はあるが、口話でのコミュニケーションが可能である。

□ 経緯

 「自分がテレビを見ていると、弟・妹がつられ、弟・妹が怒られる。しょっちょうトラブルでそれが嫌で入所した。」(nUa、29歳で入所、決定度:3)
 「親が年をとり介護が困難になってきた。親から自立するというような意味を含めて、離れて暮らしてみようと思った。」(nVb、29歳で入所、決定度:3)
 「通う場がないことと両親の介助のことを考えたら施設を考えなくてはと思っていた。反面、在宅でいきたいという気もあった。そういうところに療護施設が出来るという話を聞き…」(nXb、19歳で入所、決定度:無記入)
 「両親が体が弱く自分の面倒をみれなかった。」(nWa、決定度:0)
 「母が病気で介助が無理になった。3年位はケアしてあげられると言われたが、親から離れるタイミングがあると思った。」(nXa、30歳で入所、決定度:無記入)
 「母が倒れ、1か月間今いる施設でショートステイをした後、養護学校の先生が姉と相談して入居を決めた」(nYa、26歳で入所、決定度:0)

 「親元を離れて暮らしたいという気持ちが強かったから。家庭がいやだというより、自立してみたいという気持ちがあったので。」(gTa、28歳で入居)
 「親から離れて自立したかった。それまでは母の言うことを聞いていた。」(gYa、36歳で入居)(gYb、27歳で入居)

 療護施設入居についての自己決定度の平均 :1.5(50点)
 グループホーム     〃       :2.8(93点)

 療護施設居住者の何人かも、今の居場所にしたのは、自分自身の選択、「自己決定」であったと答えてはいる。確かに、当人が最終的には入居を決めたのではある。しかし、その経緯を見るなら、選択肢自体がきわめて限られたものであることが多い。具体的には家族、特に母親による介助が困難になったこと、あるいはそれが予測されたことによる。
 他方、グループホーム居住者の場合は、一人で暮らしたい、親から離れたい(離れて、結婚したい)。また後に見るように、グループホームに居住する当事者において、グループホームが永住の場所ではなく、次の生活への移行過程の中に位置づけられている。施設の場合よりもグループホームの場合の方が、選択が能動的・積極的であるということが言える。
 このことは、いくつかの居住場所を移ってきた人達の各段階における事情をみても言える。今回の調査では、グループホーム入居以前に施設で居住した経験のある人が2人いる。
 gWa:更生施設(半年)→在宅(2年)→アパート(4年半)→在宅(4年)→グループホーム(2年)
 gXa:療護施設(=nU、14年間)→グループホーム(8年)
 gWaが更生施設に入ったのは「親元を離れたかったから」(決定度:3)だが、「訓練が合わなかった」ので施設を出た。いったん実家に戻り、アパートで一人暮らしを始めるが、「作業所の活動など、無理をしてしまい、股関節の二次障害を起こし、体調を崩した」ため、再び実家に戻った。実家に戻っても作業所の活動は続け、グループホーム設立の運動もこの作業所の活動の中から始まり、自分達の活動によって設立されたグループホームに入居した(決定度:3)。
 gXaは療護施設への入居について、「親と訓練会の職員が相談した。話を聞いた時、「ただ生きてるだけか」、と思った。施設では精神的に不安定で喧嘩ばかりしていた。……」(決定度:0)。グループホームに入居したのは「10何年も同じ部屋に住んでいて、一度社会に出たかった。」「障害者団体の開催した自立生活セミナーにその団体の人の車で参加し、その帰りその団体の作業所により、それがきっかけで通うようになり、その団体が関係するグループホームの話を聞き、すすめられて、自分で決めた。出たい一心だった」(決定度:3)
 施設やグループホームに入居するにあたっては家族との関係が重要な要因になっていた。では、この関係は入居後どのように変わったのだろうか。現在、その関係はどのような関係としてあるだろうか。家族との関係は、個々人によって様々でいちがいにまとめることはできないが、入居の経緯とも関係するように思われる点を一つあげる。グループホームの居住者に次のような回答が見られた。
 「入るまでは親は介助ばかりで自分のやりたいことができなかった。入ってからは余裕ができた。カラオケにも行っているらしい。」(gTb)
 「前は過保護で、心配ばかりしていた。今は(自分のことを)離れてみていられるようになった。」(gTc)
 「出た方がよくなった。家事などの話が対等にできるようになった。」(gUb)
 「以前は親と喧嘩していたが、こうして外に出て暮らすと、なんとなく対等に話せるような気がしている。」(gXa)
 家族による介助をめぐる状況の悪化に押し出されるというかたちでなく、家族から離れることができた場合には、かえって、家族との関係が、以前とは違った関係として、再び構築されうることを、以上の回答は示しているように思われる。
 もう一つグループホームへの入居にあたって特徴的なことは、障害をもつ当事者組織のの存在のもつ意味である。グループホームを作ろうとする動き自体が、当事者、当事者の組織による活動の中から生まれてきている。今回の調査対象者にも、その活動を実際に担いってきた人がいる。まず上記のgWaがそうだが、他にも、gUaは、大学在学中、後にグループホーム設立の運動を担う当事者組織の活動に参加し、開設されたグループホームに26歳で入居している。gTbも21歳の時に同様の組織のことを知り、その活動に参加するようになり、グループホームの開設時、25歳で入居している。「以前は自分で決めることがなかった。親や担任が決めていた。親はグループホームの入居に反対したが、自分で決めた。」あるいは、上記のgXaのように、障害をもつ当事者達の活動を知り、グループホームの存在、グループホーム設立の動きを知り、入ってきた人がいる。グループホームへの入居、そして入居した後も、自身の生活像を具体的に描き、それを実現していく上で、(当のグループホームを運営する主体でもある)当事者の組織、モデルとなる当事者の存在の意味は大きい。
 では、これらの療護施設、そしてグループホームの居住者達は、いつごろ入居し、そしてどれだけの期間暮らしているのか。平均値は前述した通りだが、今回の調査では、調査対象者を30歳代から40歳代前半の人に絞ったから、その結果は当然入居者の全体像を表わすものではない。現在の全般的な状況について私達が知ることを合せて、その概略をみておく。
 療護施設では、今回の30歳代から40歳代前半の調査対象者でも、長い人では16・18・19・20年の間、同じ療護施設に居住している。10歳代後半、20歳代前半に入居した人がずっと同じ施設に居住しているということである。これは例外的なことではない。一度入った人が施設から出ることが少ないのである。療護施設が制度化され施設が開設されていったのは1970年代だが、以来同じ施設に居住している人は少なくない。また、そうした人達で入居時の年齢が今回の対象者より高かった人がおり、さらに比較的高齢になって療護施設に入所してきた人も多い。全般的に居住者の高齢化が進んでいる。
 他方、グループホームではどうか。グループホームの入居者は20歳代の若い人達が中心になってきており、今回の調査では30歳代の入居者を探すのに苦労した。平均入居年齢は療護施設の居住者より高いが、これは、グループホームの居住者の居住期間が療護施設の居住者よりも短く(療護施設の11.0年に対して 5.1年)、同年代の人をとると、入居年齢も高くなることによる。居住期間が短いのには、グループホーム自体の歴史がまだ浅いという事情もむろんあるが、それだけではない。先述したように、グループホームへの入居が最初から一つの段階として位置づけられ、実際、それがかなりの程度実現されていることによる。例えば、gXの開設時にgXaと一緒に入居した人達は全てここを出て暮らしている。ここでは既に6人がグループホームの次の生活に移行していったという。
 そして、一つのステップとして位置づけられているグループホームの生活は若いうちに体験すべきものととも捉えられている。例えば、gVaの隣人は20歳代で、gVaは「振り返ってみると、彼のように早い時期に今の環境にあればよかった。このような経験は若い時期にすべきだ」と語っている。

□ 居住(内部)

 〇 居室

 満足度   :グループホームでは2.1(63点) に対して療護施設では1.0(33点)
 自己決定度 :グループホームでは2.7(90点) に対して療護施設では1.2(40点)

    定員    1人分(畳) 満足度   決定度
                a・b・c  a・b・c
nT:1・2・4※ 4.5      2     0
nU:4・6・8※ 2←■?   0     0
nV:2      4・2.7・4 3・1・3 3・2・2
nW:1      6・4.5   0・0   0・0
nX:1・2※   6・6    1・0   ・・2
nY:1      6      0     1.5

※ nTaは4人部屋から2人部屋へ、nUaは8人部屋に居住、nVaは個室、nVb  は2人部屋に居住。

gT:1      6      2・2・2 3・3・0
gU:1      6←■?   3・3   3・3
gV:1      6      1     ・
gW:1      8      1     3
gX:1      9      1     3
gY:1      6      3・3   3・3

 グループホームと比較して、療護施設では居住空間についての不満が大きい。また自己決定の度合いが低い。そして施設による違いがはなはだしい。今回の10人だけについて見れば、個室4人、2人部屋5人、8人部屋1人という結果だったが、これは、療護施設の実情をいくらかでも知っている人にはことわるまでもなく、療護施設の全体像を表わすものではない。個室を全面的あるいはかなりの割合で採用しているnW・nX・nYは、療護施設全体の中では例外的である。
 そして1部屋あたりの居住者数、1人あたりの面積にも関係して、プライバシーが確保されていないとの回答を得た施設が多い。2人部屋に住んでいる居住者の中の3人が、「現在同室の人とはうまくいっている。自分一人の部屋がほしいとは思わない」(nVa)、「同居者とは入居時から同室で関係が悪くないため、部屋を変わりたいという気はない」(nVb)、「互いに干渉しないのでかまわない」(nXb)と回答しているが、「個室になってよかった。介助のこと等同室のを気にせず職員と相談できる。夜起きている時間が長くなった。客に気をつかわずにすむようになった。」(nXa)という回答もあり、この一人だけが「最低限のプライバシーは守られている」(nXa)とした。
 個人スペースは「ベッドとそのまわり」だけ、プライバシーは「全くなし」(nUa)。個室になっているところでも「職員から部屋が汚ない等、いろいろ指示をされるのが嫌だ。自分のお客さんなのに勝手に声をかける等、人間関係がわずらわしい。隣室の音が気になる。」、プライバシーは「保護されていない」(nYa)という回答もある。
 他方、グループホームの居室は全て個室であり、部屋には鍵がかかるようになっている。プライバシーがまずは確保されている。「介助者はノックして入る。隣室には入らない。」(nVa)
 上にみたように、療護施設の居住者の全てが個室を希望しているわけではない。個室化は居住者を孤独にするだけだという声もしばしば、特に施設の運営側から、聞かれる。だがこれらの事実や指摘は、少なくとも希望がある場合、その分については個室「も」用意されるべきだという主張を覆えすことのできるものではない。そして、居室や居住する建物の外で対人関係等々を結ぶような「普通」の生活を営めるようになる時、むしろ「孤独になれる」場所として個室化が求められることもあるはずである。常にいる部屋だから個室化が求められるというのでは必ずしもない。そこで生活が完結してしまうなら、むしろ誰かがいた方がよいと感じる人がいるだろう。だが、そうでないなら事情は変わってくる。グループホームの個室は、日中外に出、人に会って過ごす人達が一人になる場所でもある。
 だが、グループホームも居住空間として十分というわけではない。第一に、これは後の建物・部屋の改造の項でも確認されることだが、既存の住居の多くは、障害をもって複数の人が暮らすのに適したものでなく、その改造にも限界がある。特に一戸建て、一世帯用の民家をグループホームとして利用するような場合には、電動車椅子で室内に入るといったことは困難である。今回の調査対象の中では、gYが一世帯用の建物(1階に6畳ほどのDK+6畳和室1、2階が和室6畳×3)で、室内での車椅子の利用は困難である(ただgYの居住者はいずれも、ひざ歩き等でのある程度の移動が可能なので、不都合はさほど大きくはない)。遮音性についても十分でないという回答があった(gW、gY)。
 第二に、グループホームに限らず、都市部の住宅、集合住宅に見られる問題がある。グループホームの10人中4人(gTa、gTc、gVa、gWa)が日照について「悪い」と答え、よいという回答はなかった。風通しについても同様の指摘がある。他方で、療護施設では、10人中6人が日当たりは「よい」と答えた。グループホームが比較的に住宅密集地にあるのに対して、療護施設のほとんどは市街から距離があり、敷地も広いことによるだろう。
 第三に、当初からグループホームとして設定された場合でも、個々の居室の独立性が十分でないという指摘がある。gXaは「快適だ」としつつ、「共同生活だから、ある程度押さえなくてはならない。他の3人に迷惑をかけないようにしなくてはならない。」「部屋の中はよいが、出入口やトイレが共同で、お客が来ればそこを利用する。プライバシーという点では問題がある。」とも述べている。
 このように、グループホームにも、グループホームとしている建物の構造的な問題、また立地条件による問題はある。無論、十分な予算を使うことができれば、以上の問題も解決可能ではあろう。しかし、現実には、障害をもつ人のための住居に限らず、制約はある。この場合、敷地面積、採光、通風、等を優先するか、あるいは、これらの条件が十分に満たされなくても街中での生活をとるかという選択を迫られることになる。後にも見るように、グループホームは基本的に後者を優先し、その上で可能な限り居住性を確保しようとする。この方向により大きな価値を見出しているようである。
 他には、次のような回答もあった。「グループホームの代表なので、部屋が応接室のようになってしまっている。介助の必要がなくても介助者が入ってくる。介助者の教育もあり現状では仕方がないと思っているが、将来的にはアパートでの生活等を望んでいる。以上は、自分にアパートでの一人暮らしの経験があるから感じるのだと思う。」(gWa)自分の居住より、グループホームの活動・運営主体としての立場が優先される、優先せざるをえない場合があるということである。

 〇 機器・改造

 機器の導入や居室の改造の状況はどうなっているのか。居室の改造を伴う機器の導入があるから両者は常にはっきりと区分されるのではないが、前者の方から後者の方に移っていきながら、その様子を見る。
 手動の車椅子は全ての人が以前から使っている。ただ、電動車椅子を利用するようになったのは3年前、4年前など比較的最近の人が多い。機器導入の利点についての質問に対して、電動車椅子の導入に関する回答をした人が最も多かった。
 「一番利用価値が高い。」(gUa)、「活動範囲が広がった。ただ、レストラン、デパートでは使いにくい。乗降時に介助が必要。リフト付バンが使えるといい。」(nVc)、「行動範囲が広がった。」(nWa、nXb)、「施設の周辺を自由に移動できる。」(nWb)
 他に導入した機器として回答があったものとしては、ワープロが7人(療護施設3人・グループホーム4人)、トーキングエイド2人(療護施設1人・グループホーム1人)、電動歯ブラシ3人(療護施設1人・グループホーム2人)、等。導入した機器についての満足度は全般的に高い。
 「皆いい。」(gTb、車椅子・電動車椅子・ワープロ・福祉電話・電動歯ブラシ・インターホン)、「生活しやすくなったと思う。」(gTc、車椅子・電動車椅子・補聴器・ワープロ・ファックス・トーキングエイド・電動歯ブラシ)、「すべてがなくてはならないものばかり」(gXa、車椅子・電動車椅子・ワープロ・電動歯ブラシ)
 機器購入にあたっての費用負担については、療護施設に住む人の方がむしろ不利な立場にある。「補装具」は施設居住者にも給付されるが、「日常生活用具」の支給対象は在宅の障害者に限られており、ワープロ等は支給の対象にならず自己負担しなくてはならないからである。ただグループホームの居住者でも、ワープロについては自費で購入した人も多い。4人中、1人が自費、1人が1台目公費、2台目自費、1人が1台目自費、2台目公費となっている。補装具として給付される車椅子についても、「軽くしたいのでスタン合金のものを使用」とした人(nUa)が自費で購入している。選択できる幅や手続き上の問題で支給対象になっているものでも自費で購入する場合があるのである。
 費用負担のあり方を除けば、多くの機器について、療護施設とグループホームの居住者の間に利用度や満足度にそう大きな違いはない。ただ、福祉電話(gTb)、インターホン(gTb)、ファックス(gTc)、スピーカーホン(gUb、「一人で電話がかけやすくなった」)、等の回答はグループホームの居住者だけに見られた。療護施設の居住者では次のような回答がある。
 「改造は全くできない。施設だからできない。今欲しいのが電話。施設内の公衆電話は高い位置にあり、車椅子のままで使えず、夜などはわかりのいい職員に頼まないとかけられない。障害者用の公衆電話をつけてくれと言うと、県の管理下だからできないと言われる。仕方なく携帯電話を買うことに決めた。」」(nUa)
 少し前であれば電動車椅子の導入自体かなり難かしかったのに比べれば、公費支給あるいは補助の対象になる用具の導入は相当容易になってきてはいる。ただ、電話回線の設置、個別の電話の設置等、居住の場の全体のあり方にいくらかでも関わり、また居住者の生活がどのようなものとしてあるべきかという姿勢に関わる場面では、療護施設の中に上記したような現実があるということである。施設によっても、かなり部屋の改造にかかわる事情が異なっている。
 「なし。」(nTa)「改造はなし。これまでは現状であきらめていた。こんなものだと思っていた。最近、不満、要望ができてきたので、施設側に言っていきたいと思うようになった。足でものがとれるように棚を低いところにしてほしい。テレビの位置を変えて欲しい。」(nVb)
「自分の希望を取り入れて全面改造した。」(nXa)「室内で電動車椅子の移動が容易になるよう改造。」(nXb)
 グループホームではこの辺りの事情はどうなっているだろうか。
 gYは一軒家を使っているため、大規模な改造は難しいが、各居室に鍵がかかるようにし、階段に手すり、階段昇降機をつけ、トイレをウォシュレットにした(全額公費助成)。重度とはいえ、ある程度自力で移動等が可能な居住者は「便利だ」(gYa、gYb)と答えている。gTはより大きな改造が加えられている(自治体から居住者1人につき40万円の補助)。「在宅の時より生活しやすくなった。」(gTb)「生活しやすい。でも狭い」(gTc)gWも浴室、ドア、廊下等に改造が加えられている。「浴室での介助が楽になった。外出時の出入りを自由にできるようにしたい。ただし大きな改造は、建物を家主より5年を限度に借りているため困難。」(gWa)
 gUは、6年間グループホームとしていた建物を離れて、94年に新たに新築された(gTと同様の補助があった他は運営・入居者側の自己負担)。エレベーターを設置し、玄関を自動ドアにし、玄関先にスロープを設置、各階は車椅子で移動できるよう極力フラットにし、電動車椅子で部屋の中まで入れるようにした。居室は、建築時に既に決まっていた入居者の希望を入れて整備した。(改造の利点は)「おおいにある。以前のグループホームは建物が小さく、3つの部屋をとるのが精一杯。道路に直接面し、全てフラットにできなかった。」(gUa)「段差がない。エレベーターがある。入口が広い。内風呂になったので入りやすく介助しやすくなった。」(gUb)gV、gXもグループホームとして建設され(gXは民間賃貸の建物だが、建築に際して 400万円自治体から援助を受け、グループホームとして設計され建設された)、利用しやすいように整備されている。ただ、開所時からの入居者から「プライバシーの点から、出入口を個々別々にしてほしい」(gXa)という指摘があった。
 療護施設では機器の購入や居室の改造にあたって施設側にかけあわないといけない。グループホームの場合は、予算や建物の構造上の制約はあるが、少なくともこうした条件の許す範囲内では、居住者=運営主体側の希望で改造等が可能である。療護施設の居住者のの中には、機器の導入、改造にあたって職員と相談したり(nWa)、職員から助言を受けた(nXb)例があるが、こうした専門家の助言にしても施設でなければ受けられないものではない。
 療護施設は障害者の療護の「専門」施設だから個々の障害に応じた機器が提供され、生活環境が整備されていると考えられているとすれば、それに反して、居住の基本的な部分について、施設の方がグループホームより優れているとは言えない。使用されている機器等のかなりの部分は、一般の住居にも導入できるものであり、実際、グループホームの居住者も、療護施設の入居者と同等に、あるいは彼ら以上に機器を導入し活用している。環境制御装置を導入している療護施設の居住者がいる(nWb、またnXaは現在希望を出している)が、これにしても療護施設でなければとりつけられないというものではない。天井走行リフターも、グループホームとして新築されたgVでは、gVbの居室にとりつけられている(他に電動ギャッジベッドを導入、「本人の障害に合せて導入したのだから当然生活はしやすい。」、療護施設ではnXaの居室に改造時にリフターをとりつけらようとしたが、レールの位置が違ってしまい、使用できるようにはなっていない)。ただこうした機器になると、建物の構造上、また賃貸物件の場合には貸主との関係でも、設置が難しい場合があるだろう。グループホームに限らず、予算の範囲内で、街中での居住を確保しようとすると、機器の導入を含め居住性をある程度犠牲にせざるをえない場合がある。だが、公営住宅等について改造可能な仕様にしていく、民間の賃貸物件についても補助を行うなどの方法はある。個々人の必要に合せた設備を用意する障害者専門の施設であってもそれなりのコストがかかる。既に出来た建物の改造の方がむしろコストがかかるなら予め改造可能な仕様にすることを容易にすれば、また機器の貸与制度等を充実させていけば、一般の住居でも、療護施設と同等あるいはそれ以下のコストで、居住環境を整備することは不可能ではないはずだ。

□ 介助

 満足度   :gでは1.8( 60点) に対して nでは0.9(30点)
 自己決定度 :gでは3.0(100点) に対して nでは2.1(70点)

    満足度   自己決定度       満足度   自己決定度
 nT:1     0        gT:2・2・2 3・3・3
 nU:0     0        gU:1・1   3・3
 nV:3・1・0 2・2・2    gV:3     3
 nW:0・1.5   3・3      gW:0     3
 nX:1・1   3        gX:1     3
 nY:0     3        gY:3・3   3・3

 介助に関わる自己決定度については、施設による違いが顕著である。
 「午前7時10分にベッドから降りる。午後7時半にベッドに上がる(他の人は6時半)。ベッドに上がると本を読むこともテレビを見ることもできない。できたら9時半にベッドに上がりたい。電話の介助を頼むと職員が断る、怒る。外部との通信は自由だと思う。トイレの時間も決まっている。個人のことで、生理現象だ。時間を決めるのはおかしい。やろうと思えばできるはずだ。」(nUa、8時30分に排便、11時30分・14時50分・16時45分に排尿、朝食は7時40分、昼食は11時40分、夕食は17時、昼も夜もトレーナー、寝間着を着て過ごす)
 この場合には、個々の介助内容の細かな部分を指図できるできないという以前に、生活の基本的な部分を自分の思うように営むことができない状態に置かれているということである。このように生活時間が定められていることはなく、利用者の要請に応じて介助を行う施設もある。それらの施設の居住者の自己決定度は明らかにそうでない施設より高い(nW・nX・nY>nV>nT・nU)。しかし、そのような施設での介助について居住者が満足しているかというと、実はそうではない。満足度は総じて低い。中では例外的なnVaの回答(満足度:3)は、以前いた療護施設での介助に比べれば、格段によいことによる。
 「職員によって異なるが、着替えや入浴の時、時間に追われて、いいかげんにされることがけっこうある。」(nVb)「介助の仕方が荒っぽい人がいる。」(nWa)「職員によってやり方が違う。」(nWb)「人によって違う。やり方が均等になればと思うことがある。言葉の使い方なども気になる。」(nXa)「職員によって違う。乱暴な人がいる。」(nYa)
 このように、介助における職員の態度についての不満が多い。
 今回の調査では介助者からどう呼ばれるかについても聞いた。10人中5人が、「ちゃん」づけで(も)(nVa・nWa・nYa、34歳・38歳・35歳、いずれも女性)、「くん」づけあるいはあだな(nWb、40歳、男性)、呼び捨てあるいはあだな(nUa、41歳、男性)で呼ばれている。
 他方、グループホームの居住者の全てが、自己決定が確保されていると答えた。満足度については、特に障害が重度の人の場合、量的な不足が指摘された。介助に関わる資源、介助費用の支給額が少ないことが特に問題にされている。
 「ぎりぎりの状態」(gUa、満足度:1)、「手が足りない」(gUb、満足度:1)
ただ、一部の療護施設に見られる基本的必要が満たされていないといった状況にあるグループホームは今回の調査対象の中にはなかった。他には次のような回答がある。
 「介助者と性格、考え方が合わない時がある。介助者に文句を言われたこともある。」(gTc)
 「突然のキャンセルや遅刻、介助のローテーションに入っているという自覚が足りない。慣れてしまった場合、言わなくてもわかってしまい勝手に介助してしまおうとする。慣れが恐い。ただし、施設では「早く」、「こぼすな」等、強制されるがここでは介助内容を自らが決定できる。」(gWa、満足度:0)
 「急に来られなくなったりとか、人材の確保の問題がある。自己選択を大切にするという立場から、有料化し、常勤コーディネーターは介助しないという原則を作っている。」(gXa、満足度:1)
 「専従職員の男女バランスをいうと問題はあるが、生活全般としては充実している。基本的には指示がないと職員等は動かない。慣れてくると言葉はかけてくるが、原則は本人が指示。」(gVa、満足度:3)
 グループホームでも、量的な不足の他に、介助について様々な問題が生じている。ただ違うのは、問題が生じた時に、十分にとは言えないまでも、その問題を解決すべく、(介助者の交替といった手段の行使も含め)介助者側に働きかけがあること、それが可能なことである。
 利用者の自己決定を尊重することにそれなりに自覚的である施設もある。にもかかわらず、利用者の満足度は高くない。このことは何を意味するだろうか。施設の方針として、あるいは職員の労働組合の方針として、利用者の必要、要請に応えて介助をすることになっていても、これらの問題は、現在の施設の措置体系下の職員・対・入居者という関係から、構造的に生じやすいのではないか。つまり、施設側が管理・運営の主体で、その一部として職員がいるという体制の下では、サービスの利用者と提供者という関係が形成されにくく、また自覚されにくいのではないか。基本的な生活水準さえ維持できていない例があるのだから、介助のあり方は改善されるべきだし、またそれは様々な方法で可能であろう。施設の自治会等が交渉の主体となって、施設側と交渉を行い、そのあり方が改善されている施設もある。しかし、その先の問題となると、例えば、利用者が介助者を選び、契約を結び、利用者の要望に応えられないサービスの提供者は契約を解除できるようにする等、システム自体を変えていく必要があるのではないか。

□ 経済

 不満が大きい項目である。20項目中特に不満な項目を3つを選ぶ質問に対して、これを選んだ人が、療護施設の居住者で5人、グループホームの居住者に7人、計12人と、20項目中最も多数いた。ただ、満足度の平均値を見ると、アクセシビリティ、介助の項目の方が不満度が高く、他の項目に比べても特に低いわけではない。3つ選ぶ中では、もっと収入があってよいはずだという他者に対する具体的な主張として選ばれやすく、他方で、個別に聞いていく中では、与えられた枠の中でそこそこやっている、やれているという人もいるということなのかもしれない。療護施設、グループホームの各々、そして居住者の個々の事情を、現在の状況と発言に即して見ていく必要がある。
 療護施設に暮らす人の収入は障害基礎年金(94年:月81,250円)である。そのうち費用徴収が約3万円あり、残りが手元に残ることになる。残った額は、交通、通信、交際、趣味・教養、被服費、嗜好品の購入等に使われている。実際の収入は皆ほぼ同じなのだが、満足・不満度にはかなりのばらつきが見られる。特に不満な項目としてこれを選んだ上記の5人中の4人(1人=nUa、満足度:0、は特に発言なし)の回答を見る。
 「基礎年金の口座(通帳)は実家にある。55,000円を送ってもらい、残りは親にあげている。もう少し年金額が高ければよい。10万円位になればよい。」(nVb)
 (預金についての質問に)「旅行のために貯め、旅行のために使ってしまう。」(nXb、満足度:0)
 「自立生活センターの利用に関わる出費が月約2万円。体験入居した時は4〜6万円かかる時がある。その他、旅行の時は1回7〜8万円使う時もある。」(預金についての質問に)「自立生活のため、これから貯蓄しようと思っている。」(nWa、満足度:1.5)
 「(施設職員の介助外の有償)介助に月2〜3万円。将来一人暮らしをしたいと考えており、そのための資金を蓄えたい。月に2万積み立てている。」(nYa、満足度:0)
 基礎年金から施設に払う費用を差し引いた月5万円ほどは、多くの場合、被服費等を除けば、趣味的な部分に出費されることになる。住居、食事、水道光熱等に関わる費用は、大部分は措置費から、そして一部は居住者から施設への月当たり定額、一括して納める費用徴収分から支出されるからであり、またそれ以外にお金を使う場もそうないからである。
その限りでは、5万円という多くはない金額でも、あまり不足ということにならない場合がある。満足度を3とした人が10人中4人いる。
 そして、その額も全額自分で使っているのでない例が見られる。上記したnVb。この人が自分が使えるのは、55,000円から費用徴収3万円を差し引いた25,000円であり、この額について不満を感じているのである。そして次の例。
 「家で年金を管理していて、月1万円を送金してくる。服などの購入の際には、家族が月に一度施設を訪問する時に伝える」(nVa)
 また次のような例もある。
 「通帳を施設に預けている。出納帳はつけてもらっている。」(nTa)
 しかも10人全員が金銭の支出に関する自己決定度を3としている。ここで自己決定とは、金額的にも、用途についても限定された枠の中で、その枠は問題とせず(問題にすることが不可能で)、枠内の部分について自分が使い道を決めているということを意味している。そしてその枠内であれば足りていると感じられることもある。だが一時的にその枠の外へ出ようとするなら(例えば旅行)、またこれから今の枠の中の生活でない生活を送ろうとするなら、この枠のあり方、そして具体的な金額は満足できるものではない。
 グループホームではどうだろうか。グループホームの住居費(利用料)は、gT:45,000円、gU:45,000円、gV:100,000円、gW:28,000円、gX:■円、gY:40,000円である。他に、(グループホーム内の)食費が25,000〜40,000円、水道光熱費が 7000〜10,000円ほどかかる。これだけで障害基礎年金の月額を超える。基礎年金だけでグループホームで暮らすことはできない。特別障害者手当を受給していても足りない。
 特にグループホームにおける介助は、ホームヘルパーによるところもあるが、また自治体の介護人派遣制度を利用している部分もあるが、それは必要量の一部を満たすに過ぎず、多くの部分を自己負担の有償の介助によっている。
 そこで、グループホームの入居者の多く(10人中7人)は生活保護を受給している。同時に、生活保護の他人介護加算を受給している。厚生大臣承認の特別基準額では月16万円ほどになる。この加算額を含めると生活保護の総額が月38万円ほどになる(基礎年金と特別障害者手当は収入認定されるから、この総額は変わらない)。gVの住居費は、他と比べてかなり高いが、それでもこの地域の地価や一般の家賃を考えれば、とりたてて高額ではない。入居者が払う住居費と介助費用によって、賃貸料を払い、介助を確保していくために、居住者が他人介護加算を含む生活保護を受給することが最初から前提されている。
 残る3人中1人は、基礎年金と特別障害者手当の他、家族と共有名義の不動産があり、そこからの収入の一部(月15万円)を家族から送ってもらっている。これが介助費用にあてられる。残る2人(gYに居住)は基礎年金と特別障害手当の他に親からの仕送りがある。この2人は介助の必要が他の人に比べれば少なく、介護加算の必要度が低いのでそれでもなんとか暮らせる。(この2人が住む場所とは別のアパートに1人で住むgYeは生活保護を受給し、他人介護加算も受けている。)
 10人中満足度を0としたのはgWa1人である。gWの介助費用は、グループホーム全体の運営費の中からも出ているが、休日や余暇などの介助費用は個人の支払いとなり、この人の場合は月101,000円支出している。にもかかわらず、介護加算は得ていない。そのため、月々のやりくりが非常に厳しくなっている。ここでも介助費用の問題が大きい。
 自己決定の度合いについては、8人が3としているが、gYa、gYbは0としている。ここでは収入の全額を職員に預け、その中から小遣いを月に5千円ほど受け取る。その使途の詳しいところを本人達は把握していない。今のところ、さほど外出の機会等も多くなく、とりあえずはこの額で足りてもいるから、その限りではそう不満はないが、別の生活・支出の仕方、金銭管理のあり方を考えれば不満な項目の中に入る。各項目について聞いた満足度と全体の中から3つを選ぶ質問に対する回答の間の一見した矛盾は、このように解釈できるかもしれない。これまでの社会経験の蓄積の度合いは個人によって差がある(別の建物に住むgYc、gYd、gYeは自分で管理している)。また、療護施設、グループホーム双方について、知的な障害をもつ居住者の割合が増えている。金銭の全面的な自己管理を最初から実現するのは、実際問題として難しい場合があるだろう。だが、次の段階への準備という、居住者当人達のグループホームへの期待を実現するためにも、収支に関する(完全なというのでないにしても)自己管理に段階的に移行していくための手立ては必要だろう。また、このグループホームは、設立・運営の形態として、障害をもつ当事者の運動の中で設立され運営されている他のグループホームと異なるところがある。このことも関係しているのかもしれない。
 他の5つのグループホームでは、金銭の管理は個人にまかされ、共同で購入する部分については当事者主体の運営会議が決定をしている。療護施設における金銭に関する「自己決定」とは意味が異なる。(施設の外では)普通になされている決定がなされている。
 このように、療護施設とグループホームの居住者における収入・支出のあり方、そしてそれに対する感覚はかなり異なる。グループホームの居住者にとっての収入は、介助に要する費用を含め、生活に必要な費用のかなりの部分を占めるものとしてあり、特に介助費用が有償の介助を得るのに十分でない場合に、あるいはぎりぎりの状態である時に、経済状態に対する不満あるいは危機感が強くなる。
 他方、療護施設で実際にかかっている費用をみれば、措置費と自治体独自の加算(nW、nX、nYではこれが措置費をはるかに上回る)が大部分を占め、利用者からの費用徴収分の割合は高くない。そしてこの費用の使途は基本的に施設側によって決定される。利用者は、年金から費用徴収分を差し引いた額について、そして限定された使途に関して、自己決定をしている。基本的な部分は決定できない。このことが、経済状況についての評価としては表面に現れないにしても、これまで見てきた居住空間のあり方や介助のあり方に影響している。また施設の外の生活との障壁を作り出し、維持している。

□ 活動

                  満足度:活動  余暇(グループ) 余暇(個人)
 nTa:クラブ週2           0      3      1
 nUa:クラブ             0      3      0
 nVa:施設内の活動には参加せず    3      2      2
   b:クラブ週2.5・自治会       2      2      3
   c:クラブ週3・自治会・障害者団体 3      1      2
 nWa:自立生活センターへ週1     2      2      2
   b:クラブ             1.5      1      −
 nXa:自治会・サークル        2      0      0
   b:自治会・サークル        2      2      3
 nYa:作業所週5           3      −      −

  gT:作業所週3日        2・2・3  0・2・1  0・1・3
  gU:作業所週3日        2・3    2・2    1・3
  gV:障害者団体週5日      2      2      1
  gW:作業所週4日        0      2      1
  gX:作業所週3日        3      3      3
  gY:作業所週5日        0・0    1・1    1・1

 上には主に週単位でスケジュールの決まっている活動、余暇活動の一部をごく簡単に記した。他に、グループホームでは入居者会議があり、理学療法・作業療法の時間のある療護施設の入居者がおり(nVb、nVc、nWa)、年間行事の企画、行事への参加等があり(旅行、催しもの、他にグループホームの場合には、介助者の募集、行政交渉、等)、個人的な余暇活動がある。
 療護施設内のクラブ、サークル活動には多くの居住者が参加しており、その満足度は上記の「余暇(グループ)」に記されている通り。nXaは「本当はもっと他にやりたいことがある」という回答だった。
 今回の調査対象者となった療護施設の居住者の中には、自治会の役員を務めている人が4人いる。「2月から3月は総会の準備で忙しい」(nVb)、「会議が多く、忙しくきつい面がある」(nXb)と、相当に大変のようだが、同時に、やりがいを感じ、充実感を得ているようだった。自分(達)の生活、生活している場所について考え、施設の運営のあり方に対して発言し、そこに参加する場になっている。「自治会活動はやってみて実感していくもの。やめる時は施設を出る時だと思っている。もっと自分のQOLを考えたいから。」(nXa)自治体との交渉や、障害者団体の集まりに参加する(gXa、gXb)ことが、施設の外側との関係を持ち、外側から施設を見ることにもつながっている。
 また施設外の団体での活動に参加し、それが大きな意味をもっている人達がいる。
 「〇〇(隣の市にある自立生活センター)への参加が生活のはりあいになっている。6〜7人をグループとして3人の職員が担当。個別援助(1対1の送迎等)もある。〇〇に有料介助を頼む時も。」(nWa)
 「9年前から△△(隣の市にある作業所)に通い始めた。今では園でも作業等やっているが、入居した時にはなにもなかった。何かしたいと職安に行ったら紹介された。週1日から始まり、最初は職員が手動車椅子で送迎した。週2日に増やしボランティアを活用。94年から電動車椅子で一人で週5日通い始めた。」余暇活動としてしたいことは「特になし。今は△△に通っていることで満足。」(nYa)。
 友人についての質問に対しても、nVc、nWa、nYaはこれらの団体のメンバーを
あげ(他の人では養護学校時代の同級生等の回答が多い)、nYaはキー・パーソンをあげてもらう質問に対して上記の団体のメンバー、この団体とも関係のある自立生活センターの事務局長をあげている(他の人では友人、妹、弟、等)。また、こうした活動への参加が、施設の外にいる人達、施設の外の社会との関係の形成に、また将来の展望を具体的に描くのに、重要な意味をもっていることは、後の項目でも報告する。
 またこうした活動には、徐々に施設外からサポートを得たり、一人で行動する範囲を広げていくにせよ、少なくとも当初、施設(の職員の)側の支援、理解が必要である。そしてそれ以前に、まずそうした組織が通える距離に存在していることである。施設内で完結する活動についてはそれなりに充足していても、これらの条件が整っていないと、それ以外の個人的な活動をしようとしてもできないことになる(gTaとgTaの「余暇(グループ)」「余暇(個人)」の点数を参照)。
 グループホームでは、グループホーム設立の主体となった組織が関係する作業所があり、そこでの活動が生活のかなりの部分を占める。作業所といっても、当事者によって設立され、運営されている団体の場合は、単純作業を行う場という色彩は概して弱く、運動体としての機能、交流の場としての役割の方がむしろ大きい。そして、施設内のクラブ・サークル等は施設内で活動が完結するのに対して、グループホームの場合にはともかくも、生活の場と日中の活動の場とが分れている。後にみる、外出、近所づきあい等のあり方の違いにはこのことも影響しているだろう。
 満足度は総じて高い。gWaの「活動」の項目での不満(満足度:0)、gTa・gUa・gWaの「余暇」「余暇(個人)」の項目の不満は、そうした活動が忙しすぎ、他の活動をする時間がとれないというところにある。ただ、gYの居住者は、他と比べて満足度が低い(自己決定度の評価も)。これは、このグループホームの居住者が通っている作業所での作業内容が予め与えられており、それが単純作業を主としたものであることによる。「もっといろんなことをやりたい。陶芸とか焼き板とか。」(gYa)スポーツ等の「サークル活動とかグループがあったらいいなと思う。」(gYa、gYb)
 他にも、gWaアジアの障害児を支えるNGOに参加している。「この会の活動を機会にタイに2回旅行。週1回会合があるが忙しく月に1回行ければよい方。」(93年時点)、「作業所活動、特に阪神震災関係のカンパ活動で忙しく、今は会合に行けていない。」(95年時点)また、gXaは公民館活動に参加し、道路点検をしており、gVcは聴覚障害者の団体の活動に参加している。
 そして、これらの活動は、仕事・対・余暇という対立の中での仕事として位置づけられてはいない。「センターでの活動そのものが余暇ともつながる」(gVa)上記した3人の活動も、「余暇(団体)」についての質問(「定期的に参加している余暇やスポーツのグループ・サークルなどはありますか」)に対する回答としてあげられたものである。
 他に希望として、「カルチャークラブに通ってみたい。歴史とか文芸作品の解説とか。」(gUb)、「スポーツをしたい。水泳をやってみたいけど、更衣の問題とかがあるし、場所がない。」(gXa)

□ 生活空間

  最寄り駅、店まで(電動車椅子) 満足度:周囲   外出     アクセス
 nT:スーパーまで30分         2      0      0    
 nU:駅まで15分            ・      1      0    
 nV:バス停まで1分、駅までバスで20分 3・0・3  2・1・3  2・0・0
 nW:バス停まで10分※         0・0    3・1    3・0  
 nX:駅まで30分            3・1    1・3    3・0  
 nY:駅まで7〜8分          3      3      0    
 ※施設専用のバスで駅まで10分                    
                                   
 gT:駅まで10分、近くにコンビニ    1・1・−  2・3・3  1・1・0
 gU:駅まで■分            −・−    2・2    0・1  
 gV:駅まで■分、近くに商店街     2      2      1    
 gW:駅まで5分、近くにスーパー    3      3      0    
 gX:駅まで40分、近くにスーパー    1      3      1    
 gY:バス停まで10分、駅までバスで15分 −・−    0・0    2・1  

 〇 立地条件

 施設が住宅街の中にない、駅や商店街までの距離が遠い、交通手段が便利でない療護施設としては、nT、nV、nWがあげられる。nTは地方都市の農地に囲まれた中にある。nTa(満足度:2)の回答は「自然はいい。生活には不便。」というものだった。nVは駅からは遠く、近くに住宅も少ないが、徒歩5分程のところにコンビニエンス・ストアがあり、nT、nWと比べれば、少し便利と言えるかもしれない。nVa(満足度:3)は「外にはあまり出ない。月に1回程度。」と答えている。nWは都市部にあるが、高台
の上にあり、車椅子、電動車椅子で駅まで行くのは不可能。施設開所当時は民家もあまりなかったところである。nWaは「空気は良いが、山の上で外出しづらい。」、nWbは「施設のバスを利用して外出する。気軽にショッピング等できるところはない。外出が自由にできない。」と答えている。
 nXは30分程度と時間はかなりかかるが、駅まで電動車椅子で行くことができる。nXa(満足度:3)とnXb(満足度:1)の満足度の差は、施設周辺の移動し易さについてどこを評価するか、分れていることによる。nXaは「平坦で道幅が広い」と答え、nXbは「病院街なのに段差が多い。段差を切ってあっても角度がきつくて大変。歩道に電柱がある。」、こうした「設備面を除けば満足」としている。nYは電動車椅子で7、8分で単独で行くことができ、今回調査した療護施設の中では最も立地条件がよい(nYaの満足度:3)。
 他方、今回調査したグループホームは、駅まで近い遠いの差、交通手段の利便性の違いはあるものの、全て市街、住宅地の中にある。利便性はよいとした回答が多かった(gUa、満足度:−、gVa、満足度:−、gWa、満足度:3)。他方、最寄り駅まで電動車椅子で40分(実際には60分かかるエレベーターのある別の駅を利用することが多い、駅からもこちらを使うように言われる)かかるgXの居住者gXa(満足度:1)は、「駅まで遠いと感じている。もう少し近いといい。夜遅くなることもあるし、雨の時もある」と答えている。gYは団地が多い住宅街の中にあるが車椅子利用者にとっては便利な立地条件ではない。他の事情もあり(後述)、実際にも外出の機会が限られていて、良い悪いの評価が即座に下せないようだった。なお、ここでは、住宅街の1軒をグループホームとするに際し住民の側の反対運動があったという。他に4段階で答えてもらう質問に答えがない回答や満足度1の回答が多かったのは、後で見る駅の設備等に対する評価を含めた場合に何とも言えない、あるいは評価が低くなるといった事情にもよるようである。
 障害のない人であれば、郊外でバスの便もよくないところでも、自家用車の利用等によって不便を感じないかもしれない。しかし、障害があるとそうはいかない。電動車椅子で直接、単独で、商店街や最寄りの駅まで行けるような場所、途中に急な坂等がない場所に住居があることが大切になってくる。今回調査したグループホームはかなりの程度この条件を満たしている。だが、多くの療護施設はそうではない。土地の価格の問題等から、近年になって開設された療護施設ほど、住宅街、商店街から離れたところに置かれることが多い。このことが外出等の社会生活を大きく制約しているのである。

 〇 外出

 療護施設では、まず各施設間における居住者の外出に対する姿勢、施設側の体制の違いが大きい。
 nTでは、月1回の面会の時に、面会者が付き添えば外出できる。職員が足りないからだという。nTaはこの面会の時に両親とショッピングセンターにでかける(満足度:0、決定度:0)。
 nUでは「門限」が19時に決まっている。これは大人が暮らす場所としては普通ありえないことである。ただnUaの自己決定度の評価は3になっている(満足度:1)。門限があることは既に所与の条件になっていて、その制約の中でともかく好きな場所に行けるということだろう。年に10回ほどいくつかのターミナル駅周辺に遊びに出ている。その際に買物もする。
 またnVでは「園外買物」(職員が介助)は月2回までと決まっている。これ以外にはあまり外出しない人もおり(nVa、満足度:2)、他の入所者に頼まれたりして近くのコンビニエンス・ストアに週3〜4回買物に行く人もいる(nVc、満足度:3)。nVbは月1回程度「園外買物」に出かけ、月に1〜2回実家に泊まりに行き、3月に1回ほど友人と飲みに行く。施設周辺で自分の用を足すことはない。「もう少し回数多く外出したい」(満足度:1)。
 nWでは前もって介助の要望を出しておくとそれに合せて職員が介助に応じる「介護要望制」がとられ、それを利用して外出をしている。nW1は隣の市にある「自立生活センター」に通っている(満足度:3)。nXは電動車椅子で行ける距離に商店街があり、nXaは月2回程度近所で買物をする(満足度:1)。nXbもいろいろな店に買物に出かける(満足度:3)。nYaは隣の市にある作業所(といっても作業が主体の場ではない)に毎日通っている。また電動車椅子を利用し、単独で、最寄り駅周辺や沿線の駅周辺に買物に出かけている(満足度:3)。
 以上、療護施設の入居者の外出は、第一に、先に見た施設の立地条件と次にみる周辺のアクセシビリティの度合いによって制約され、第二に、介助要員が用意できるかどうかといった事情にも関係して施設側が課す制約によって限界が設けられる。そして、第三に、当然、施設の外にどのような活動の場があるかによってその度合いが定まっている。第一・第二の要因によって外出の機会が狭められている施設入居者がいる。また、第三の要因、生活に要する最低限を施設の側が支給していることにより、また活動・余暇の項でも見ることだが、施設の外に活動の場がないことによって、外出する動機、外出の必要が当人にあまりないということにもなっている。無論、これらの要因は互いに関連し合っている。街並みを離れ、単独で移動できないような場に施設があると、介助の職員が付き添ったり、施設の自動車を出したりする必要度が高くなり、それが用意できない場合には外出そのものが制約される。また、施設の外に活動の場を求めようとしても、そのための外出が制約されていればそれを実現することができない。nW1、nYaは、施設の外に活動の場を持ち、活発に外に出ているが(いずれも満足度:3)、それはまずそのような場が通える距離にある(そのような地域に施設がある)こと、そして施設の側も外に出ようとする入居者の要望に応えようとしていることによっている。
 まず、日中の作業所等への行き来がグループホームの入居者の外出である。これについては後に見るが、この場面で既に、仮にその作業や活動の内容が療護施設内で行われるものとそう変わらないとしても、一つの建物の中で生活が完結するのとそうでないのと、その生活は同じでない。
 次に買物のための外出がある。支給されるもの以外の嗜好品を買いに行くというのではなく、日常的に必要なものを買出しに行く必要がある。gT、gU、gXの居住者達は平均して週に1回程度近くに買物に出かけている。gWaはほぼ毎日、電動車椅子椅子で5分ほどの駅近くの商店街に買物に出かけている。
 他に「居酒屋に週3回」(gTb)、「2週に1回、電車に乗って、酒を飲みに行ったり、会議に出たり」(gWa)、等。ただ、まだ自発的な外出の機会をつかめないグループホーム、その入居者もいる。gYでは、平日は作業所に通い、休日もグループホームと関係のある団体の行事に出かける。日常的な買物は職員がしている。「もっといろんなところに出たいですけど、なかなか出れないです。」(gYb、満足度:0、gYaも満足度:0)。gYの居住者を除いたグループホームの居住者の外出に対する満足度は全般的に高い(2〜3)。
 施設の居住者とグループホームの居住者を比較すると、もっとも頻繁に外出している施設の入居者がグループホームの一般的な居住者と同じ程度であり、しかも前者の人達は、施設の外に施設と別の組織とのつながりを持つ人達である。そして、それでもなお、施設の居住者の外出の場合には、日常生活の必要のための外出、日常の生活を自分なりに成り立たせていくための外出という性格は薄い。

 〇 アクセシビリティ

 グループホーム、療護施設、双方の居住者に、周囲のアクセシビリティに対する不満が大きいのは調査結果を見ての通りである。20項目中、特に不満な項目を3つあげる質問に対しても、この項目をあげた人が、グループホームで6人、療護施設で2人、計8人と全20項目中2番目に多い。
 このことはもちろん、居住地周辺の交通機関等が障害者に使いよいように整備されていないことを反映している。特に駅員の対応を含め、駅のアクセシビリティがよくないという回答が多かった。
 「駅員の対応は悪い。一人で行っても出てこない。通行人に頼むしかない。」(nUa)
「JRの駅はだめ。」(gTc)「駅は不満。スロープで対応してほしい。」(gUa)
「駅にエレベーターがなく駅員の対応がよくない。」(gWa)「駅にスロープ、エレベーターがない。」(gYb)
 他には、次のような指摘があった。
 「段差が多くて一人で外出できない。」(nVb)「歩道が跡切れる。歩道に障害物や穴がある。」(nWc)「坂が急。工事が多い。」(nWb)「段差がある。電柱が歩道にある。道がでこぼこ。」(nXb)「建物の段差がある、入口が狭い。車椅子用トイレがない。エレベーターが少ない。」(nYa)「車椅子のまま入れる飲食店が少ない。」(gUa)「坂道、段差。問題が多い。」(gVa)「平坦な道路がほとんどなことは便利。しかし建物入口や通路が狭い。」(gWa)「歩道が狭い。自転車の置き場になっていたりする。」
 アクセシビリティに対する意識には、その人が実際にどの程度外出しているのかも関わっているようだ。外出する機会が多い人ほど不満度が高いようである。外出する機会自体が少ない場合には、それ自体がアクセシビリティが低いことに起因するにしても、強い不満感を持つことが少ないということである。不満な項目を3つあげてもらう質問に対する回答がそのことを傍証している。
 ここに交通機関、建築物などのアクセシビリティとは質を異にするが、医療に関する質問への回答を付け加えておく。段差の問題から電動車椅子で一人で通院できない病院があるという指摘(gTb)以外に、障害者の医療に対応できる病院、医者が少ないという指摘が少なからず見られた。
 「対応はしてもらっているが、脳性麻痺を理解してくれるところが少ない。」(gUa) 「歯科治療など一般の病院ではやってくれないので予約等が大変。」(gWa)
 「風邪ぐらいだったらどこの病院でもかかれるが、場合によってはかかれるところが決まってくる。」(gYa)

 ○ 近所づきあい

 療護施設では、nT〜nWまでの7人中、5人が満足度について回答していない。回答できない、回答しようがないということのようだった。「バザーに地域の人を呼ぶ、地域の祭に参加」(nTa、満足度:−)、「園の納涼大会、文化会(が地域に開放されている)」(nVc、満足度:1)、nVaは「なし」(満足度:−)、nUbは「特になし。名前も知らない。」(満足度:1)
 行事等々において地域との「交流」が図られていることは、あまり大きな意味を持たないようだ。むしろ、近所への買物等、外出時の関係のあるなし、またその関係のあり方が影響しているようだ。それは、実際に外出の機会がどれほどあるのかがにも関わる。
 「お店の人(電気屋、パーマ屋、薬屋、花屋)と話したり、挨拶したり」(nXb、満足度:3)、「買物の時、品物の取り出しを介助してもらったり。トイレ介助を依頼することもある」(nYa、満足度:3)
 グループホームでは、gT・gU・gV・gW・gYがグループホームとして町内会に入っている(ただしgYでは職員が出席)。個人的には挨拶程度と答えた人が多い(gTb、gUb、等)。これはグループホームの居住者に限らず、都市部に住む人の一般的な傾向かもしれない。ただ、次に見る偏見についての項目も合せた時、やはり具体的な接触のあるなしが近隣の人との関係のあり方に影響しているとは言えそうだ。
 「近所に住む人とは挨拶くらい。知り合いは多い。買物にもよく行くのでどこの人かはわかる。」(gUa、満足度:2)「町内会に入っており、できるだけ対等の関係をとるようにしている。関係もうまくいっている。」(gWa、満足度:2)

 〇 偏見

 今回の調査では、特に近隣の人との現在の関係における偏見について聞いたわけではないが、上述してきたことに関連する発言がいくつもあるので、それを再録する。
 「最初は感じた。今は慣れた。実際に自分達が買物に行ったり、人と話すことがあったりするから。」(gTa)「最初はまわりの人はどんなところかと思っていたらしい。今はそういうことはなくなった。」(gTb)「店で文字盤でコミニュケイトできる。レシートを財布に入れてくれる。」(gTc)
 「偏見はある。店員とのやりとりでも言語障害があるので聞き取ってもらえず、子供扱いされることがある。駅員の対応もそれと同じようなことがある。介護者にできるだけついてきてほしいと言われたり、介護者がついてくると介護者に対して話しかけることも多い。しかし、グループホームの周辺はさすがにそれは少なくなってきた。話を聞いてくれることが多くなってきた。」(gUa)「偏見はある。銭湯で、多人数で来ないでくれと言われる。逆に銭湯で顔見知りになり、挨拶する人もできている。話しかけてくれる。」(gUb)
 「徐々になくなってきた。その街の生活に溶け込むことによってはじめて互いがわかり合えるのだと思う。それでよいと思う。」(gVa)
 同様の発言は療護施設の居住者ではnXaに見られる。
 「今はいやな顔はされなくなった。声をかければ手伝ってくれる。中には進んで手伝ってくれる人もいる。」

□ 認識・展望

 ○ 障害についての認識

 どのように答えたらよいか、答えにくい質問でもあっただろう。様々な回答があった。療護施設(平均1.6=53点)とグループホーム(平均2.1=70点)の間にきわだった違いはなく、むしろ個人間のばらつきが大きい。否定的な回答としては「加齢に伴い障害が重くなりできていたことができなくなってきた」(nVc、gUaも同様)こと、「障害があるためにしたいことができない」(nUa)、等、肯定的な回答としては、「自分の障害は軽いほうだと思う」(gWa)、「小さい時より足で動けるようになった」(gYa)。
他に注目されるのは以下のような発言である。
 「特に障害者の場合、いろんな人に会える」(gTb、満足度:2)
 「生まれながらの障害のために障害を持つ生活が自分の生活というようになっている。障害自体を云々するより、障害をもっての生活をどうするか、どのように生きるかが今の自分の重要な課題。この意味で、他人が経験できなかったことを経験でき、障害がある自分が他から見守られていることで、満足していると言えるかもしれない。」(gVa、満足度:2)
 「変な言い方かもしれないが、自分が障害者であるおかげで、色々な人と出会えて、人の心がわかるようになった。いろんな障害者がいるんだなと感じた。私だけが障害者ではないし、もっと障害が重度な人がいて、そしてすばらしい生き方をしていることを知ることができた。障害を持たなかったから、それを知ることができなかったかもしれない。」
(nVb、満足度:3)
 「障害は顔が一人ひとり違うように一つの個性であると捉えてきた。母にそう言われ、小さい時からそう思ってきた。しかし家から施設に移り、介助の問題にぶつかって、単に個性なんだということですまされないということを実感している。ボランティアとも友達としてつきあいたいが、介助の問題が入るとやっぱり違うのかということを感じる。しかし、人との出会いにおいて、障害をもって良かったと感じている。人の弱さ、強さ、やさしさを感じられる自分がうれしい。」(nXa、満足度:3)
 「高等部時代、自分が幼い時に障害を持っていることから母親が周囲から偏見を持たれたことを聞き、辛かった。しかし現在は様々なことに問題意識をもって考え、とりくむことができるので、障害をもったことに満足している。健常者だったら見落しやすいこと(階段や段差)にも気がつく。」(nYa、満足度:3)
 回答から言えるのは、一つに、障害をもちながらやりたいことができる、障害があって(それを補うものがないので)したいことができない、これらが障害に対する認識、障害がある自分に対する認識に結びついているのだから、障害を持って暮らす環境がどれほど整っているかというということが自身に対する評価に結びつくだろうということである。もう一つは、社会的な接触の度合いが自己に対する肯定的な評価に結びついているということである。とすると、障害の度合い(の進行や改善)もさることながら、これまでにみてきた社会的な支援のあり方と他者達との関係の形成のあり方が、そして療護施設とグループホームの間で、そしてのその各々の間でそのあり方が異なることが、自己評価にもまた関係すると考えられる。今回の調査における満足度のデータがこのことを証明しているとするのは早計にすぎようが、少なくともそれは以上述べたことに矛盾しはしないようである。

 〇 展望

 「来年1年はグループホームで生活して、それから一人暮らしをしたい。」(gTa)
 「介助があれば一人暮らしをしていきたい」(gUa)
 「アパートを借りて一人暮らしをするのが最終的な目標」(gVa)
 「悩み中。グループホームにはずっといたくない。(ここにいるのは)半分自分の仕事だと思っている。職員・介助者に気を遣う。」(gWa)「一人暮らししたい。結婚を考えている。」(同、1994年の追加調査時)
 「ここを飛び出したい。単身者用の住宅に入って、介助体制を整えて、今のような生活をしたい。そういう人が作業所にも目標にしている。ここからも6人が出た。ほとんど成功している。現在の生活は型にはまりすぎている。個人の生活ならばもう少し自由があっていい。夕食を食べないとか、生活の細かいところで。」(gXa)
 「アパートで一人暮らし、結婚したい。(結婚しないならずっといる?)ずっといたくはない。一人で暮らしたい。40歳ぐらいには。」(gYa」
 「一人で暮らしたい。結婚したい。そのためにもまずここで暮らす。」(gYb)

 「アパートでの一人暮らしをしたい。2、3年がかりで計画を立てている。日野か立川で。そのため、現在、職員から紹介された自立生活センターに週2日の頻度で通っている。療護施設を出たいと思っている人が7、8人集まって、年金について、また自立生活をしている人の体験を聞くなどのプログラムを行っている。」(nWa)
 「アパートで一人暮らしをしたい。」(nYa)
 「地域で自立生活をしてみたいが、何かあった時に帰るところがないと心配。……」
(nWb)
 「できたら、あわよくば、出てみたい。今は自信がないが。人集めが苦手。頼むことを遠慮すること、大人(の顔)を見ることを小さい時からしてきたことが影響していると思う」(nXb)
 「療護施設でこれからも暮らしたいと思う。…」(nVa)
 「施設を出ることは現在は考えていない。」(nVb)
 「(ここで)援助を受けながらやりたいことをやる。実家に戻ることも考えているがスペースの問題がある」(nVc)

 現在の暮らしに必ずしも満足しているわけではない。今いる場を出て暮らしてみたいという思いがある。それがどのようなとこから由来するのかについては、これまでいろいろと見てきた。だが、その実現の可能性についての認識、見通しの具体性についてはかなりの差があった。
 第一に、施設で暮らす人よりもグループホームで暮らす人の方が、今いる場を出て暮らす生活を現実のものとして描いている。
 それはまず、(1) に述べたように、そもそもグループホームが次への移行のためのステップとして位置づけられていること、そして実際にもここを経由して次の暮らしに移行していった人がいて、それをモデルとすることができることによるだろう。また、(2) 以降で見てきたように、療護施設の立地条件や、サービス提供のシステムのあり方が構造的にもたらしている施設とその外の社会との障壁の存在が、外に出て暮らすための機会や生活の技術等を与えにくくしていることによるだろう。また、これと比較して、グループホームが相対的に外に出て暮らすことを可能にする環境として存在することによるだろう。
 第二に、施設に暮らす人の中でも大きな差がある。理由は基本的に同じである。施設を出ての暮らしを可能にする機会につながるような外部との接触のないところにある施設と、市街地にある施設との間の違いまずがある。さらにここで重要なことは、全ての施設について、療護施設自体は、その外で暮らすことを可能にする、容易にするサービスを提供することが少なくとも現況下ではできておらず、この時、こうした機能を現代に果たしているのは、施設の外部の、特に障害をもつ当事者が主体となった組織であることである(nWa、nYa)。そのような場へのアクセスが可能なところに施設があるか、施設がそこへのアクセスを援助しているか、これらのことが、入居者が具体的に施設を出た後の生活像を描けるか、そのために必要な資源を実際に得、それを使いこなせるようになるかどうかに関わっているのである。

 療護施設、グループホームの現状、入居者の生活、意識については各項目で述べてきたから、繰り返さない。各々の問題も指摘され、その改善の方向もそこから導かれるはずである。特に療護施設には多くの問題があり、すぐにでも改善すべき点が多々ある。一定の改善がみられる施設もあるのだから、改善できる点も、そのための手段もある。これらについても、ここで詳しく論ずる必要はないだろう。
 ただ個々の改善案を検討する前に、また改善案を立てるためにも、考えるべきことは、障害をもつ人の暮らしを支えるためにどのようなサポートが必要なのか、そして可能なのかという基本的な問いである。
 療護施設、グループホームに果たすべき役割があるとすればそれは何か、そしてそれを実現するために何が必要なのか。この問いには、施設・グループホームの外、「地域」の現在の状況下でこれらが果たしている役割(「今はナースコールを押せば職員が飛んでくるので安心」(nWb、上記の発言の続き))、現況下で果たせる役割は何かという問いと、そもそもこのような場がいつまでも、どの程度、必要なのかという問いの2つがある。例えば、療護施設の問題は療護施設(の改善)によって対応すべきなのかどうか。必要とされるサービスは、施設でなければ、グループホームでなけれは、提供できないものなのか。
 これらに答えるためには、「地域」での生活が今現在どこまで可能になっているのかという問いと、コストの問題も含め、今後どこまで可能なのかという問いに答えねばならない。その問いには、次年度の調査報告が答えようとする。その上で、療護施設、グループホームのあるべき位置もまた定まるはずである。

……

 とりあえず以下のような感じの構成になっています。本文では番号は振ってありません。各項目の題も考えた上でつけたものではありません。
 誤字・脱字・文法・語法のチェックしてありません。書くべきことも書ききれていませんせんが、時間切れです。とりあえずお送りいたします。どのようにでも加筆・修正等してください。

(0) 調査の概要
(1) 経緯
(2) 居住空間
 @ 居室
 A 機器・改造
(3) 介助(対人サービス)
(4) 経済
(5) 活動
(6) 生活空間
 @ 立地条件
 A 外出
 B アクセシビリティ
 C 近所づきあい
 D 偏見
(7) 認識・展望
 @ 障害についての認識
 A 展望

……以下削除……

□ まとめ

 基本的な……において、グループホームの方が療護施設よりも……ことが、明らかになった。最初に断ったように、限定的な調査ではあるが、……は変わらないだろうと私達は考える。
 満足度、決定度の数値。そのまま……使えるものではない。普通に与えられる選択肢が現実には与えられない時、場合によっては実感をもって想定できない時、その満足度や決定度は現在の…の中でされる。…で考えるべきものと考える。
 療護施設について。
 療護施設は障害者「専門」の施設であるがゆえに、障害に合せて提供される内部の住環境は相対的に充実しているかのように考えるが、それは必ずしも当たらない。機器の導入、部屋の改造等のハードウェアの整備状況について、他の生活の場と比べ特に優越している利点はない。むしろ下回る部分も多い。また、介助等、人によって提供されるサービスについても、いくつかの施設は、……するため、……している。ただ、「在宅」における、家族……不足、リスクを考えれば、……という事情によって、……「選ばれている」。
 第二に、療護施設の外で営まれる社会生活との格差がある。
 一つには、療護施設の立地条件によって、活動の範囲……。施設外部との関係を持つことが困難になっている。
 一つには、施設の運営、サービス提供のあり方に関わる問題がある。提供されるサービスにしても、……。金銭の管理……によって、……する余地が少なく。これがまた、困難にしている。それが……との障壁をつくり、……への移行を難しくしている。
 療護施設が、生活の場として多々問題のあることは以上に見た通りである。それらは改善されるべきであり、また、改善可能な点はいくらもある。その試みもいくつかの施設では、施設の方針、職員の……によって、また居住者の要求によって、……。その動きはようやく各地に広がろうとしている。……、予算的な問題を……すれば、内部の住環境の改善、またサービス内容の充実は、ある程度は可能である。
 ただ基本的にどのように対応すべきかという点。つまり、療護施設(の改善)によって対応すべきなのかどうか。必要とされるサービスは、施設でなければ提供できないものなのかという点である。
 第一に、先に見たように、障害をもてばなおさら、街の中に住むことが必要なのだが、一定の居住者数、そしてそれに応じた敷地・建物の面積を確保しようとすれば、かなりの経費が必要になる。実際こうした事情で、近年の療護施設は市街から離れたところに作られることが多く、これはそう簡単に……できない点である。そして、……。
 第二に、単に量的な充実というにとどまらない問題があった。施設の改革は現在の施設運営の基本的な体制の否定を帰結する。療護施設では(療護施設に限らないが)、基本的に、一括して、現物で提供される。すなわち、……。現在、施設は、……するなど広がりを求めようとしているようである。しかし、……。
 ……
 本人に、そしてその本人が……外部の……に渡していくという方向が求められる。実際、当事者によって組織される団体、団体の活動の存在は明らかにプラスの影響を及ぼしている。(十分に果たしてこなかった)機能を……それらに渡しながら、サポートする。そしてそれが可能であるためにも、場所にあることが必要なのである。
 だが他方で、療護施設は、現状において、ともかくも唯一障害基礎年金の範囲で生活が可能な場であり、ともかくも最低限の介助を受けられる場としてあり、「在宅」の障害者の支援体制が十分と言えない中で、相対的に……場合がある。(他に今回の調査では……だが、意志を表出することが困難あるいは不可能な……。ここでは置く。)例えば体調を崩した場合に、一時的に利用できるような場として機能させることが考えられる。しかしやはり現状では、入居者の数に対応して予算が降りる措置制度の下で、定員を充足していることが求められ、……になりえていない。またいったん施設を出た人は、また必要になったとしても、実際には順序が後ろに回され、再び入所することは難しい。このことを考えると簡単に施設を出ることができない。結果として一人の居住期間が長くなり、入所を希望する人……に応えることができないでいる。

 では、グループホームについてはどうだろうか。
 グループホームの利点は第一に、住む場所があり、介助があることである。一人で暮そうとする場合に比べれば、(入居できるなら)住む場所が用意され、安定した介助体制が組まれている。
 第二に、グループホームは独立して暮らす生活へのステップとしての機能を果たしている。方法を学び、アドバイスを受けたりして、準備していくことができる。
 しかしこれらはいずれもグループホームという集まって住む、住む場所があるということを条件として必要としない。
 第一の入居・介助にしても、グループホームという建物があること、そこに数人が集まって住むことによる利点とは言えない。介助は1人対1人であり、この場合に(1人が多数を見ることができるという)集住の利点はない。また、泊まりの介助者用の部屋が特に用意されているわけでもない。緊急時に……。考えられるが実際には……。つまり、結局のところ、まずは……。地域でも可能なものである。
 第二の点。役割は大きい。こうしてみると、グループホームの相対的な有利さは、「在宅」での社会的サポートが充実していないことによる。
 だが、個人で住む場合以上にグループホーム(の居住者)に対して公的援助がなされるとすると、両者の間に格差が生まれる。それは、グループホームから独立して暮らす生活の形への移行をかえって難しくすることにもなる。とすれば、グループホームに対する援助というのでなく、個々の障害者が住む、介助を得て暮らすことに対する支援とすべきではないか。このようにした上で、集まって住むという形態を一時的なものとしてであれ、あるいはそうでないにせよ、当事者が選択することもできるようにすべきではないか。といっても、改造された、あるいは改造可能な住居は少ない。
 次の生活を考えている以上、移行を促進することが求められている。
 重要な機能である、移行のための準備を……だが、これにしても、述べたように必ずしも建物としてのグループホームを必要とするものではなく、プログラムとして提供できるものではないだろうか。これまで、こうしたソフトの部分に対しては、行政機関の職務には相当このような部分が含まれ、それにはかなりの人件費その他が費やされているにもかかわらず、民間の活動に対しては、何も社会的な支援がなされてこなかった。

 どのような支援のシステムがよいのか。施設を作る、場所を用意するというよりは、むしろ、従来であれば、施設という建物と一緒に、建物とセットになって供給されてきた諸サービスを個々に独立させ、それを供給するという方向が考えられる。個人単位に……することが求められる。
 今回の結果からは以上のような方向が導かれるはずである。だが、このことは実際に、施設やグループホームとは別の形でサポートを受けて暮らしている人の生活の実態や意識を見てみないとはっきりとはわからないことである。知的な障害……。実際そのような居住者が多くなっている。……場合にはどのように考えるべきか。次年度の課題としたい。

REV: 20161031
施設  ◇立岩 真也  ◇Shin'ya Tateiwa
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