HOME >

自立(生活運動)・米国




◆Winter[1983]
◆Laurie[1979]
◆Nosek, Margaret A.[1988]

◆マイケル・ウィンター

 「自立生活は新しい概念であり、障害を伴った公民権活動家達により、70(p.13)年代初頭に提唱されました。
 自立生活は、障害をもった人々が活発に社会に参加して、自分の望むところで仕事をし、生き、そして家族をもち、また地域社会における生活の喜びや責任を分ち合うことです。
 自立生活は、将来の障害者の公民権運動の一環としても非常に重要な問題であると思います。それは、彼らが施設ではなく、地域社会で生きる権利と意志をもつことであるからです。
 ……
 自立生活という概念は、1970年代の初期にカリフォルニア州で生まれました。……
 私はこの自立について少し話してみたいと思います。自立は、障害者にとって非常に重要な概念であると思います。自立は、自制、すなわち自分をコントロールすることと非常によく似ています。
 ……(p.14)
 1957年に、3人の脳性マヒ者が、東京で青い芝の会を結成されました。彼らは、障害者も基本的人権をもち、この社会の一員として認められるために団結すべきであると主張されました。日本で、26年前に、障害者は自立しなければならないと言われはじめたのです。このような主張は更に押し拡げられ実現されなければならないと思います。
 ……
丸山(一郎、当時厚生省社会局障害福祉専門官) ありがとうございました。 ……お話の中で、青い芝の会で自立をさけび出したのは1957年だといっていましたがどうでしょうか。(「そうだ」の声)だいたい25年前に自立生活について、青い芝において問題提起されているのですね。(p.16)」
 (「アメリカにおける自立生活運動の歴史と思想」、1983年3月16日、
 『日米障害者自立生活セミナー中央セミナー(I)報告書』)



「自立生活とは、どこに住むか、いかに住むか、自分で生活をまかなえるかを選択する自由をいう。それは自らが選ぶ近隣のコミュニティの中で生活することである。また自らの選択で一人暮らしをするか或いはルームメートと共に暮らすことである。自分自身の生活形式――日課、食物、娯楽、悪事、善行、レジャーあるいは友人――を決めることである。過ちをおかす自由でもある。」(Laurie[1979]、障害者自立生活セミナー実行委員会編[1983:114])



 「リスクをおかすことの尊厳、それが自立生活運動のすべてである。失敗するかもしれない可能性なしには、障害者は真の独立と人間性の証し――つまり良きにつけ悪しきにつけ選択する権利――を持つことにはならないといわれている。」(DeJong[1979]、障害者自立生活セミナー実行委員会編[1983:114])



 「自立生活は障害者が社会に積極的に参加する能力、すなわち働き、家族を養い、コミュニティ生活の喜びと責任を分かちあうことができること――を意味する。」(Center for Independent Living[1979]、Cole[1979]、障害者自立生活セミナー実行委員会編[1983:114])



「自立生活
 決定を下したり、日々の暮らしで他者への依存を最少限にするという、受け入れ可能な選択にもとずいて、自分の生活を管理すること。これには身の回りの処理、地域での日常生活への参加、社会的役割の遂行、自己決定、身体的および心理的に他者への依存を最小にすること等が含まれる。
 ……
 自立生活とは、機能的自立を育てるプログラムに依存することではなく、自分が住む生活様式を選び、そのように暮らす能力と、社会で自由に活動する能力に基づいている。
 ここで強調しなければならないのは、全員がここで述べられている意味での完全な自立に到達できるわけではない、ということである。ある事に関して自己決定ができないか、或いはしない人もいるかもしれない。そのような場合には、自分で或いは制限により、一種の修正された自立生活、限界のある自立生活、あるいは半自立生活をしている、ということになる」
(『自立生活辞典』Independent Living Glossary, Independent Living Research Utilization pp.206-207)



 「自立生活とは、意思決定を行い、毎日の生活を送るうえで他者への依存を最小限にするために、『十分な選択肢のなかからの選択に基づいて、自分の生活を管理(コントロール)することだ』と定義されています。この文脈からすれば、自立的に生活するということには、自分のことを自分でする、地域社会における日々の生活に自分で選択した方法で参加する、数かずの社会的役割を果たすということが含まれています。この社会的役割のなかには、生産的な仕事、および他者にたいする非生産的な物理的・精神的依存を最小限にし、自己決定へと導く意志決定も含まれています。(p.302)
 「障害者に関する政策についての提言」によれば、自立生活は次のように定義されています。
 「ここで定義されている自立という類型には、選択するという力を最も責任ある、かつ生産的に発揮するということも含まれている。また、一人ひとりの障害者が、自己のもつ身体的・精神的障害にかかわらず、人生の質を最大の水準で達成し、自立して、その生産性を最も制約の少ない環境のもとで、その障害者の文化的もしくは下位文化的帰属にたいする正当な関心をはらいつつ、最大限に達成することが奨励され援助されるべきであるということでもある。」(全米障害者評議会、一九八三年、二〇〜二一頁)」
(Nosek, Margaret A.[1988]、『』内はFrieden, Richard, Cole & Bailey[1979])

◆高嶺豊

 「多くの専門家にとって、自立生活サービスとは就職の不可能な重度障害者のためのサービスであると定義されるようです。いいかえると、自立生活サービスを職業リハビリテーションのかわりのサービスとしてしか考えていないのです。この定義では、自立生活サービスを受ける人は就職が不可能だという烙印を既に押されていることになります。ですから、職業リハビリテーションという言葉に対して自立生活リハビリテーションという言葉が対語のように専門家の中ではしばしば使われています。このような考え方ですと、職業リハビリテーションと自立生活リハビリテーションとを明確に区別したいという考え方が出てくるのは当然です。この2つの一緒にすることによって職業リハビリテーションの職業という目的が希薄になってくるからです。
 自立生活を職業リハビリテーションの中に含めるのを拒否してきた過去のリハビリテーション行政の立場は、この定義に基づいているとみられます。
 さて、では障害者の見方はどうでしょう。彼らは、障害者専門家のように、自立生活と就職とが両極端にあるとは考えていないのです。彼らにと(p.21)って自立生活とは、自分の生活を自分の手でコントロールするという大変雄大な見方なのです。ですから、障害者は自立生活の中のひとつの目標になり、就職できないから自立生活をするというのではないのです。」
 (高嶺豊「アメリカにおける自立生活運動と行政の関わり」、1983年3月16日、 『日米障害者自立生活セミナー中央セミナー(I)報告書』)

■オーストラリア

 「自立とは、技術を駆使した自助具を活用するにしてもしないにしても、他人の援助を受けるにしても受けないにしても、自分の行動に責任を負うことであり、同時に、自らの能力に合った生活を自分で選択し、実践することです。」
 「オーストラリアで私たちが自立について語る時、障害者がどれだけ集団の一員、社会の一員になることができるか、そこから孤立していないかどうかを問題にします。自立とは、障害者が集団の一員になるという目標を実現していく手だてなのです。」
(DPIオースラリア代表、ジェフ・ヒース、1982年日本での発言、磯部[1984:29]に紹介)

◆Center for Independent Living 1979 Unpublished Manuscript

◆Cole, H. 1979 "What's New about Independent Living",
 Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 60-10:458-462

◆DeJong, G. 1979 "Independent Living : From Social Movement to Analytic  Paradigm",
 Archives of Physical Medicine and Rehabilitation 60-10:435-446
 =「自立生活――社会運動にはじまり分析規範となるまで」、
 障害者自立生活セミナー実行委員会編[83:158-182]

◆Laurie, G. 1979 "Independent Living Programs",
 Rehabilitation Gazzette/79, 22:9-11



自立・自立生活(運動)  ◇自己決定
TOP HOME (http://www.arsvi.com)