臨床哲学
●臨床哲学
*◆鷲田 清一 19990702 『「聴く」ことの力――臨床哲学試論』 TBSブリタニカ,269p. 2000 ※
*◆鷲田 清一 20060830 『「待つ」ということ』 角川学芸出版,198p. 1400 ※
●臨床哲学の可能性
国際高等研究所プロジェクト
*(財)国際高等研究所
http://www.iias.or.jp/home.html
The possibility of clinical philosophy
生命環境の諸問題を軸として
Focusing on problems of the life-environment
「臨床哲学」とは聞き慣れない名称であるが、現実社会の具体的場面で生じて
いるさまざまな問題を「治療」という観点から、しかも「医者」ではなく、むし
ろ「患者」の立場に立って考えていこうとする哲学的活動を指している。これま
での哲学がアカデミズムの内部で抽象的な「一般的原理」の探究を目指してきた
のに対し、臨床哲学はあくまでも具体的な「個別事例」から出発することによっ
て既成の原理を揺さぶり、新たな観念や思考のスタイルを紡ぎ出すことを試み
る。取り組むべき問題は多岐にわたるが、今回の研究では特に「生命環境」をめ
ぐる諸問題に焦点を絞りたい。具体的には、遺伝子操作、介護と看護、生殖技
術、環境倫理、ボランテイア活動などの問題である。それらの検討を通じて「臨
床の知」と言えるものの構築を目指すことが当面の目標となる。研究を進めるに
当たっては、哲学者や倫理学者のみならず生命科学を中心とした自然科学者の協
力をえたい.また、社会の現場で困難な問題に取り組んでおられる方々から直接
に話を伺うことも本研究の重要な柱となる。
Though "clinical philosophy" is an unfamiliar title, it means
philosophical activities which consider various problems of concrete
scenes in the actual society from a viewpoint of "therapy," and
what
is more, from a standpoint of "a patient" rather than "a doctor."
Whereas traditional philosophy has been investigating abstract
"general principles" inside the academic institution, clinical
philosophy trys to shake existing principles by means of examining
"particular cases," and to create a new style of thought as well
as
original concepts. As the topics with which we ought to grapple
are
diverse, we would like to focus on the problems of
"life-environment"
in this research project. To be concrete, they include a problem
of
gene manipuration, nursing and caring, generative technology,
environmental ethics, volunteer activity and etc.. By examining
these
problems, we would like to elucidate the structure of "clinical
knowledge." In proceeding our research, we need to ask for
cooperation of not only moral philosophers but also researchers of
the life-science. Furthermore, it is indispensable for our project
to
communicate with persons of deeds who struggle with difficult
problems in the actual work.
◎研究組織
池田清彦(山梨大学教育学部教授:生物学)
小川真里子(三重大学人文学部教授:生物学史)
金森 修(東京水産大学助教授→東京大学:科学思想史)
川本隆史(東北大学文学部教授:生命環境倫理学)
小林傳司(南山大学文学部助教授:科学哲学)
小松美彦(玉川大学文学部助教授:生命倫理学)
柴谷篤弘(前精華大学学長:生物学)
清水哲郎(東北大学文学部教授:中世哲学)
立岩真也(信州大学医療技術短期大学部助教授:社会学)
田村公江(龍谷大学社会学部助教授:倫理学)
チョン・ヨンヘ(広島修道大学人文学部教授:社会学)
中岡成文(大阪大学文学部助教授:臨床哲学)
野家啓一(東北大学文学部教授:科学哲学)[研究代表者]
鷲田清一(大阪大学文学部教授:臨床哲学)
◎研究計画(1999年度)
前年度の「準備研究」においては、メンバーおよびゲスト・スピーカーの発表
を中心に4回の研究会を開催し、「臨床哲学」の現状と課題、「共生」の思想、
ジェンダー史の可能性、環境正義と環境社会学などの問題について討論を行っ
た。初年度のこともあり、「臨床哲学」について明確な理念を確立するには至ら
ず、その研究方向を模索するにとどまったが、今年度はその反省の上に立って、
より具体的な形で問題を定式化することを試みたい。当面は研究メンバーを以下
のようなテーマに沿ってサブ・グループに分け、それぞれの領域において研究内
容の具体化と問題意識の深化をはかることを目指すこととする。
1.「臨床哲学」の方法論
すでに大阪大学文学部で「臨床哲学」講座を担当している鷲田清一、中岡成文
両氏を中心に「臨床哲学」の理念、目標、方法論などについて議論を行う。その
際、鷲田氏が提案している「語る」あるいは「書く」哲学から「聴く」哲学への
転換をどう実現するかが課題となる。また、ドイツやフランスなど外国における
「臨床哲学」の活動にも目を向け、共同研究の可能性をも探りたい。このグルー
プには、別の角度から「臨床倫理学」に取り組んでいる清水哲郎氏に加わってい
ただく予定である。
2.「生命環境」の文化政治学
昨年度の研究会で金森修氏が提案された「環境の文化政治学」の構想を、「生
命環境」という文脈に即して発展させることを目指す。ここでは環境的正義、環
境的公正などの概念を軸に、環境汚染や現在浮上しつつある環境ホルモンの問題
なども取り上げたい。メンバーは金森氏を中心に、環境問題に詳しい小川真里子
氏、独自の視点からの生命倫理を展開している小松美彦氏に加わっていただく。
3.「生命操作」の倫理学
クローン人間、遺伝子組み替え食品、遺伝子診断など社会的にも大きな問題と
なっている事柄について、生物学的考察をも踏まえながら、「生命操作」をめぐ
る社会的決定のあり方について検討する。生物学者の池田浦彦、柴谷篤弘両氏を
中心に、遺伝子操作に関する「コンセンサス会議」の実践活動に携わっている小
林博司氏に加わっていただく。
4.「共生」の思想
昨年度の研究会で報告を行った川本隆史、チョン・ヨンヘ、田村公江の三氏を
中心に、介穫と看護、ボランティア活動、ジェンダー、マルチカルチュラリズム
などの問題について幅広い観点から考察する。その際、社会の現場でさまざまな
問題と取り組んでいる方々との討論を行うことにも積極的に試みたい。
今年度は以上の課題について、隔月に年5~6回の研究会を開催し、ゲスト。
スピーカーを交えて討論を行う予定である。また、研究成果についてはそのつど
何らかの形で公表し、外部からの批判を仰ぎたい。
◎2000年度以降
前年度までに得られた研究成果を踏まえて、「臨床哲学」を従来の伝統的な哲
学や倫理学とは異なる新たな学問分野として定礎することを目指したい。その際
には、「臨床哲学」の理念や方法を幾つかの明確なテーゼにまとめて提示するこ
とが重要な課題となる。それと同時に、「臨床の知」と言うべき新たな思考のス
タイルの可能性をさまざまな角度から探究したい。また、「生命環境」をめぐる
個別的な問題については引き続き考察や討論を深化させ、それを「科学技術の市
民的コントロール」という観点から包括的に位置づけ直すことを試みる。これま
で通り年数回程度の研究会を行うとともに、最終年度には、研究の総括の意味を
こめて臨床哲学をめぐる「国際シンポジウム」を開催することを検討したい。