『誘惑される意志――人はなぜ自滅的行動をするのか』
Ainslie, George 2001 Breakdown of Will
=20060915 山形 浩生 訳,NTT出版,380p.
■Ainslie, George 2001 Breakdown of Will=20060915 山形 浩生 訳 『誘惑される意志――人はなぜ自滅的行動をするのか』,NTT出版,380p. ISBN: 4757160119 ISBN-13: 978-4757160118 ¥2940 [amazon]/[kinokuniya] ※ m.
■出版社/著者からの内容紹介
ヒトはなぜ、ドラッグや酒やタバコ、ギャンブル、不倫、強情、問題の先送りといった、明らかに自分にとって有害だとわかっていること、後悔するとわかっている行動をとってしまうのか。
ソクラテスやアリストテレス、フロイト、フランシス・ベーコン、ヒューム、サミュエルソン、・・・といった様々な分野の人たち(心の哲学、精神分析、行動経済学、知覚心理学、ゲーム理論、カオス理論、神経生理学、神学、…)も、自滅的な行動について研究をしているが、残念ながら、この問題を適切に解明できてはいない。本書では、心理学者である著者が、経済学的な思考のなかでももっとも微視的な応用(ミクロミクロ経済学、あるいはピコ経済学)から、人間の将来予測と価値付けに結び付けて、効用主義にかわる新しい価値の考え方(双曲割引曲線)を生物学的な見地から提示する。
■内容(「BOOK」データベースより)
お酒、タバコ、ギャンブル、甘いもの……。目先の欲望に支配されてしまう人間の本質を「双曲割引」によって解明し、意志の根源にせまる驚愕の一冊。生物学・心理学と経済学を実証的につなぎ、効用主義に代わる新しい考え方を提示する。
■目次
1 意志を分解してみると――アクラシアの謎
はじめに―人の選択を決めるのは欲望か判断か?
意志決定の科学の根底にある二律背反――人の選択を司るのは欲望か判断か?
人の未来評価にはギャップがある
そのギャップが自発的でない行動を生み出す――痛み、渇望、感情
2 意志を分解してみると――異時点間取引の構成要素
利益の基本的な相互作用
内的利益同士の高度な交渉
異時点間の交渉を主観的に体験する
非線形同期システムの証拠
3 最終的な意志の分解―成功は最大の失敗
意志力が裏目に出るとき
効率の高い意志は欲求をつぶす
欲求を維持する必要性が意志を圧倒する
結論
■引用
自己破壊的な行動の謎は、二種類の説明を生み出したが、どちらも十分とは言えない。認知理論は意志の内省的な体験とその失敗を検討し続けてきたが、系統だった因果関係の仮説には尻込みしてきた。これはそれがビンゲンをあまりに機械的に見せてしまうからなのかもしれない、効用に基づく理論は、選択の多くの側面をうまく説明するが、自己破壊的な行動の存在も、それを防止する仕組みも登場の余地がない。自己破壊的な行動を効用最大化で説明しようとして、無知、近視眼、条件付けられた渇望、報酬の生理学的な性質などが理由として挙げられてきたが、そのどれもが経験論的に、または倫理的に十分な説明となっていない。(p44)
双曲割引が引き起こす一時的選好は、その持続期間に応じてちがった経験をもたらす。それが最もはっきり表れる活動というのは、数分から数日にわたって強く選好されるが、事前には同じくらい強く恐れられ、事後的には強い後悔をもたらすようなものだ。これらは私が、中毒的な持続期間と呼ぶ期間せ選好されるような刺激であり、麻薬中毒はその一部でしかない。もっと長期の選好は、回避期間がこれほど堅牢ではなく、しばしば強迫観念として体験される。ごく数秒しか続かない選好は衝動として体験され、普通は望ましいこととは思わないけれど、でもその当人の参加を動機づける。私の仮説では、さらに急速に繰り返すもっと短い衝動は、行動的な参加は引きおこざず関心だけに報いる。痛みがここに属する。これでなぜ痛みが鮮烈なのに回避したいものとなるのか、そして人の関心を引きやすいけれど、それに抵抗することも不可能ではないのかが説明できる。こうした期間範囲に応じた一時的選好は、一貫性のある長期的な選好も加えれば五種類とちがった利益形態を作り出し、それらが各個人内部の動機の市場で支配をめぐって競合する。(p106)
人の内的市場で生き残った利益は、自分と相容れない利益を阻止する手段を備えておく必要がある。その手段は、その利益がたまに求める報酬を得られるくらいに有効なものでなくてはならない。このニーズこそが、効用理論家たちを昔から困らせてきた、自分に何かを遵守させるための戦術を説明するものだ。戦術のうち三つは何のひねりもない。一つは自分の心理以外の縛りや影響を見つけることだ。これは錠剤のような睦理的装置であることもあるが、もっと多いのは他人の意見だ。二番目の戦術は、自分の関心を操作することだ。これはフロイト的防衛機構である抑制、抑圧、否認だ。そして三つ目は、心の準備をすることだ。隔離や情動の反転といった防衛機構がこれに相当する。第四の戦術である意志力は、最強であるとともに最も弱いもののようだが、これまでは謎めいた存在となっていた。(p133-134)
通常は習慣になっているような活動を分析すると、あらゆる観察行動でおなじみの現象が起きる――対象の一部だけ拡大し、その他のものを無視することで歪んでしまい、結果として描かれたものは通常の体験とかけ離れたものに見えてしまうのだ。意志というものを異時点間交渉としてモデル化してみると、描かれたものは通常の内省で思えるよりずっと意図的で、努力を要し、大仰なものに聞こえてしまうようだ。でも実際にはそうではない。
作成:櫻井浩子