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「顧みられない熱帯病・ブルーリ潰瘍問題調査報告」

新山智基 20100608

last update:20100608

顧みられない熱帯病・ブルーリ潰瘍問題調査報告


新山智基

調査対象国:トーゴ共和国、ベナン共和国
調査期間:2010年3月13日〜3月19日

トーゴ共和国の主な訪問先
テヴェ(Tsevie)地域中央病院視察、診療所・集落(Tchekpo-Dove村、Anagali村)、DAHW(Deutsche Lepra-und Tuberkulosehife e V)本部、Handicap International本部、トーゴ共和国保健省表敬訪問・保健担当大臣面会、国立感染症センター

ベナン共和国の主な訪問先
アラダ(Allada)医療センター、ザグナナドゥ(Zagnanado)医療センター、ラロ(Lalo)医療センター

1.ブルーリ潰瘍問題とは

 ブルーリ潰瘍問題は、顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)という熱帯地域や亜熱帯地域の貧しい人々に影響を与えている14の疾病のひとつとしてWHOに位置づけられている。14の疾病全体で約10億人の人々が感染し、年間50万人が死亡していると言われている。共通する問題として、医療・治療へのアクセスが不十分であるのに加え、社会的・歴史的、また政治・経済的問題など研究開発の障害となる要因が複雑に絡んでいる。しかし、このような問題は、認識の低さやエイズやマラリア、結核と比べると致死率が低いことから、国際的・国家的な問題として注目されることが少なかった。
 ブルーリ潰瘍(写真1)は、1897年にウガンダでブルーリ潰瘍と一致した皮膚潰瘍が文献上最も古い記述として報告されている。その後、1948年にはオーストラリアで、1960年代に入るとウガンダのブルーリ(Buruli)郡[現在のナカソンゴラ(Nakasongola)地区]で多くの症例が確認されたことから、「ブルーリ潰瘍(Buruli Ulcer)」と呼ばれるようになった。そして1980年以降、とくに西アフリカ地域で猛威を振るい始め、問題が表面化したことを重く受け止めたWHOは、1998年からグローバルブルーリ潰瘍イニシアティブ(Global Buruli Ulcer Initiative)を創設し、研究と対策に取り組んでいる。
 ブルーリ潰瘍は現在までに、西アフリカや東南アジアなどの熱帯・亜熱帯地域を含む32の国と地域から症例が報告され、日本でも症例が確認されている疾病である。発病の原因となる病原菌は解明されているものの、感染源や感染経路は未だに研究段階である。治療に関しては、現在までに抗生物質の研究が進み、潰瘍の縮小が確認されているが、経済的、社会的な理由から早期発見・早期治療が遅れ、重症となるケースが多い。発見を困難にさせている原因は、経済的・社会的な理由から医療に受診することができないことや、知識不足による患者特定が困難なことなどが挙げられ、治療を受けることができても、差別・偏見や、治療費問題など、多くの困難が点在している。(※1)

写真1:ブルーリ潰瘍症例(下腕)
写真:ブルーリ潰瘍症例(下腕)

ガーナ共和国にて筆者撮影(2009年3月25日)

2.調査国の基礎情報

(1) トーゴ共和国
面積:56,785キロ平方メートル
人口:680万人
首都:ロメ(Lome)
民族:エヴェ族(約20%)をはじめ37の部族からなる
言語:フランス語(公用語)、エヴェ語、カブレ語他
宗教:伝統的宗教67%、カトリック18%、イスラム教10%、プロテスタント5%
通貨:CFAフラン
為替レート:1ユーロ=約655.957CFAフラン
一人当たりGNI:360ドル
主要産業:農業(綿花、カカオ、コーヒー)、鉱業(リン鉱石)
主要貿易品目:輸出(セメント、燐鉱石)、輸入(石油製品、資本財、食品)  (※2)

(2) ベナン共和国
面積:112,622平方キロメートル(日本の約1/3)
人口:890万人
首都:ポルトノボ(Porte Novo)
民族:フォン族、ヨルバ族(南部)、アジャ族(モノ、クフォ川流域)、バリタ族、プール族(北部)、ソンバ族(アタコラ山地、トーゴ間)等46部族
言語:フランス語(公用語)
宗教:伝統的宗教(65%)、キリスト教(20%)、イスラム教(15%)
通貨:CFAフラン
為替レート:1ユーロ=約655.957CFAフラン
一人当たりGNI:690ドル
主要産業:農業(綿花、パームオイル)、サービス業(港湾業)
主要貿易品目:輸出(綿花、原油)、輸入(食品、石油製品)          (※3)

写真2:アフリカの地図
写真:アフリカの地図

<典拠>「アフリカ大陸の地図・白地図」http://www.freemap.jp/africa/africa_kouiki_all.html

3.報告

■調査目的・内容
 ブルーリ潰瘍問題は、現在32の国と地域で症例が報告されている。日本でも症例は数件報告されているが、途上国と比べると整った医療や保険などによって、重症となるケースは稀である。しかし、流行地域である西アフリカなどの経済・社会的な状況を考えると、早期発見・早期治療ができず、困難な状況となっている。そのため、現地でのフィールド調査を行うことで、日々変化する実情を把握することが重要である。
 今回の調査渡航では、トーゴ共和国、ベナン共和国のブルーリ潰瘍問題に対する現地の現状を調査した。トーゴ共和国では、この問題に取り組む支援団体 DAHW(Deutsche Lepra-und Tuberkulosehife e V)やHandicap Internationalへの聞き取り調査を行い、団体の支援経緯や支援対象地域の情勢などを把握した。また、今後の支援の展開として、共同支援に向けた打ち合わせも実施した(※4)。また、実際に活動を行っているTchekpo-Dove村、Anagali村の調査や、テヴェ(Tsevie)地域中央病院の調査、学校施設、国立感染症センターなどへのフィールド調査を実施した。さらに、トーゴ共和国保健省表敬訪問し、コムラン・マリ保健担当大臣と面会することもできた。
 ベナン共和国では、医療センターなどを訪れ、治療やリハビリテーションの現状を把握した。アラダ医療センターやザグナナドゥ医療センター、ラロ医療センターを訪れ、治療やリハビリテーションの現状を把握した。

■トーゴ共和国
トーゴ共和国ロメ市内の様子
写真:トーゴ共和国ロメ市内の様子 写真:トーゴ共和国ロメ市内の様子

写真:トーゴ共和国ロメ市内の様子


Tchekpo-Doveの診療所、症例
写真:Tchekpo-Doveの診療所、症例 写真:Tchekpo-Doveの診療所、症例 啓発用ポスター

写真:Tchekpo-Doveの診療所、症例 初期段階の潰瘍 写真:Tchekpo-Doveの診療所、症例 外科手術を行ったが、障がいが残った症例

写真:Tchekpo-Doveの診療所、症例 外科手術を行ったが、障がいが残った症例


一列目右:啓発用ポスター
二列目左:初期段階の潰瘍
二列目右、三列目:外科手術を行ったが、障がいが残った症例

テヴェ地域中央病院視察内の教育施設、リハビリ施設
写真:テヴェ地域中央病院視察内の教育施設、リハビリ施設

写真:テヴェ地域中央病院視察内の教育施設、リハビリ施設 写真:テヴェ地域中央病院視察内の教育施設、リハビリ施設


日本のブルーリ潰瘍問題に取り組みNGO団体である神戸国際大学ブルーリ潰瘍問題支援プロジェクト(Project SCOBU)が、DAHWと共同で支援を実施している病院内の教育施設

Handicap International本部
写真:Handicap International本部


トーゴ共和国で支援を行っているHandicap Internationalへの訪問。右から2人目が、プロジェクトマネージャーのDenis A Yawovi GADAH氏。

DAHW本部
写真:DAHW本部


トーゴ共和国で支援を行っているDAHW(Deutsche Lepra-und Tuberkulosehife e V)への訪問。左から1人目が、トーゴ支部代表のFranz Xaver Wiedemann氏

トーゴ共和国保健省表敬訪問・保健担当大臣面会
写真:トーゴ共和国保健省表敬訪問・保健担当大臣面会
写真右、コムラン・マリ保健担当大臣


■ベナン共和国
ベナン共和国コトヌー市内の様子
写真:ベナン共和国コトヌー市内の様子 写真:ベナン共和国コトヌー市内の様子

写真:ベナン共和国コトヌー市内の様子 写真:ベナン共和国コトヌー市内の様子


アラダ医療センター内のリハビリの様子
写真:アラダ医療センター内のリハビリの様子 写真:アラダ医療センター内のリハビリの様子

術後、マッサージや紐などで固定することで、正常な関節の可動域になるようにリハビリを行っている。


ザグナナドゥ医療センター内の教育施設、リハビリ、炊き出し、施設の様子
写真:ザグナナドゥ医療センター内の教育施設、リハビリ、炊き出し、施設の様子 写真:ザグナナドゥ医療センター内の教育施設、リハビリ、炊き出し、施設の様子
写真:ザグナナドゥ医療センター内の教育施設、リハビリ、炊き出し、施設の様子 写真:ザグナナドゥ医療センター内の教育施設、リハビリ、炊き出し、施設の様子
写真:ザグナナドゥ医療センター内の教育施設、リハビリ、炊き出し、施設の様子


二列目左:アフリカの多くの病院では、病院への入院時に食事が提供されない。そのため、家族(主に母親)が炊き出しをする形で、食事を提供している。病院の場所によっては、片道5時間以上かけて病院まで炊き出しに来るケースも稀ではない。

ラロ医療センター内のリハビリの様子
写真:ラロ医療センター内のリハビリの様子 写真:ラロ医療センター内のリハビリの様子
写真:ラロ医療センター内のリハビリの様子


一列目左:啓発用のポスター 二列目:手漕ぎの自転車

<注>
※1 新山智基 「顧みられない熱帯病・ブルーリ潰瘍問題における医療NGOの展開−市民社会を手掛かりとして−」立命館大学生存学研究センター編『生存学』 生活書院 Vol.2 2010年 pp.239-240より抜粋。
※2 「外務省」http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/togo/data.html 2010年6月1日 閲覧・取得
※3「外務省」http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/benin/data.html 2010年6月1日 閲覧・取得
※4 本調査は、自身も所属している日本のブルーリ潰瘍問題に取り組む支援団体である神戸国際大学ブルーリ潰瘍問題支援プロジェクト(Project SCOBU)との共同で実施した。Project SCOBUでは、2009年度からDAHWと共同で、病院内教育(in-hospital education)のための支援プロジェクトを開始した。今後は、早期発見・早期治療を確立するために、フィールド・オペレーター(遠隔地村を訪問して、患者の早期発見を行う現地職員)への支援実施や、理学療法の分野への医療支援の模索も行っている。


本調査渡航は、2009年度科研費(09J08622)「グローバルな感染症対策ネットワークの構築可能性について−ブルーリ潰瘍を事例として」 及び 2009年度生存学若手研究者グローバル活動支援助成金をもとに実施されたものである。


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UP:20100608 REV:
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