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「コストの削減で非常勤講師らが苦しむ現状維持ではなく将来への教育と経営を」

水月昭道 『毎日新聞』朝刊:22 20090918

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 私大の経営難の影響を一番直接に被るのは、私たち、若手の教育労働者である。
 少子化による市場の縮小がはっきりしていたにもかかわらず、91年の大学院重点化以降、教員候補者は増やされ続けた。大学院生を増やすことで、大学入学者数の減少分の穴埋めを図るためだ。
 市場規模は文科省の思惑通りギリギリ維持された。それでも、将来への不安をぬぐえない各地の大学は、新規採用を抑える方向に走った。
 リストラもない大学では、終身雇用と年功序列が維持される。一度でも雇われれば、何十年も同じ人間がとどまり、ポストは長期間埋まり続ける。若手はいなくなり、超高齢化社会が到来した。
 ポストは、教授職が最も多く、教員への第一歩となる講師職はその半数にも満たない。高齢の重役が多く、平が少ない逆三角形型の組織が形成されている。当然、負担は重く、下のポストにしわ寄せがくる。多くが任期制とされ、給与は安く抑えられた。
 坂道を転がるようにして、アカデミアの雇用情勢は悪化し続けている。非正規雇用者は、少なく見積もって4万人を下らないほどに膨れあがった。経営難が続くなか、定年などで辞めた教員の補充も控えられ、正規雇用の枠が減る一方だ。
 コスト削減が極限まで進み、講義の多くは人件費の安い非常勤講師に外注されている。私大では、開講する講義の5割から7割にも上る。教育的観点からは、果たして大丈夫なのか。
 専任と同じように講義やテスト、採点などをしているにもかかわらず、彼らの年収は、200万もあれば御の字だ、多くは、600万円近くの奨学金返済も抱える。
 その非常勤すらなく、フリーターなどで食いつなぐ博士まで含めると、職にあぶれる者の総数は10万人にのぼるとも言われる。新卒の博士が教歴すら持てないため、古参の非常勤講師は、若手と交代しろと、所属の大学から暗に引退を迫られる。これで、講義に情熱を注ぎ続けられるだろうか。
 一方で、大学は、夢がかなったなどといった、欲望喚起型の広報を恥ずかしげもなく行い、自学には高い教育力があると自慢してみせる。事実は、派遣の教員が教えているだけだ。
 大学は、教育機関としての立場を完全に忘れ去っている。それどころか、就職に失敗した学生や成績下位層を、宣伝に使えないからといって切り捨てる始末だ。
 人が育たず、社会は劣化し続けている。年間の自殺者が3万人を超える事態が、10年以上続くことは、どう見ても異常だ。山積する問題を解決に導いていける、人作りのシステムの構築。喫緊の課題となっているのはコレだ。
 市場の縮小という現実しか残されていない現場で、ただちに経営の諸問題が解決するような妙案など何もない。私学経営者は初心に戻るべきだ。現状維持ではなく、将来に向けた、未来改善型の教育と経営こそを始めてほしい。


*作成:
UP:20090927 REV:20091020
全文掲載  ◇水月昭道
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