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二次被害からみる犯罪被害者と国家の関係
1980年代から2000年までの二次被害言説からの考察
大谷 通高
20071117
日本社会学会第80回大会 於:関東学院大学
last update: 20151225
立命館大学
大谷 通高
1.はじめに
今日の社会の犯罪被害者 の支援や対策に対する高い関心は、犯罪被害者らの活動によるものといえる。犯罪被害者が、さまざまなメディアを通じて自らの苦境を語り、社会にその対策を もとめるように活動してきたことで、犯罪被害をめぐる問題に社会的関心が向けられその対策がなされるようになっていった。こうした対策の一つに刑事司法手 続における犯罪被害者の対策がある。
刑事司法手続における犯罪被害者の対策は、警察や検察レベルでは、刑事手続きの概要説明や事件処理の進捗状況の通知、被害者の救済制度に関する事項の通知 といった情報提供のほか、性犯罪の被害者に対する配慮などがある。裁判所では、証人尋問や傍聴に関する犯罪被害者の保護や配慮、資料の閲覧・複写の権利、 被告人に対して自らの心情を述べる機会が設けられている。
こうした対策や配慮の目的には、刑事手続上の二次被害の予防がある。二次被害とは1980年代以降に登場した被害概念であるが、この二次被害の予防は現在 の犯罪被害者の対策において不可欠なものとなっている。
本報告の目的は、国家が刑事司法の領域において犯罪被害者の対策を講じている現在の状況を起点として、どのような契機から刑事政策上で犯罪被害者の対策が 講じられるようになったのかを記述することにある。本報告では、その契機を刑事手続上の二次被害に照準し、それに関する言説を見ていくことで現在の刑事司 法における二次被害対策の背景がどのようなものになっているのかを国家と犯罪被害者の関係に注視しつつ記述していく。
具体的には刑事司法の二次被害が問題視された1980年代から、その具体的制度が確立される2000年までの言説に注目し考察する。この時期は、刑事手続 における二次被害が議論され具体的に対策が講じられていく時期であり、国家と犯罪被害者の関係が強く意識された時期である。そこで手順としては、まず 1970年代になされた犯罪被害者の補償制度の議論を見ていくことで、国家と犯罪被害者の関係がどのような形で基礎付けられたかを概観する。次に、二次被 害概念について概説し、日本での刑事手続上の二次被害に関する問題の動向を辿ることで、国家と犯罪被害者の関係について考察し、そこから現在の刑事司法に おける犯罪被害者の対策の背景にあるものを考察する。
2.70年代における犯罪被害者と国家の関係
すでに述べたように、日本において国家と犯罪被害者の関係が具体的に基礎づけられたのは、70年代に入ってからである。1974年に三菱重工ビル爆破事 件が発生し、この事件を契機に、公的な犯罪被害者の救済として犯罪被害者の補償制度が論じられた。
70年代は補償制度の立法化を見据え、国家が犯罪被害者を救済する理論的根拠と制度の目的について刑事政策学の中で議論がなされた。以下、理論的根拠と制 度の目的を概説しつつ、国家と犯罪被害者との関係がどのように基礎付けられたか記述する。
犯罪被害者の補償制度の理論的根拠として、@国には犯罪予防義務があるために国には賠償責任があるとするもの、A社会福祉的政策の一環として国には保証す る責任があるとするもの、B国民の相互救済の観点から犯罪のコストを社会成員全体に分担させるものが論じられた(藤永[1975:64-66])。日本で は、Bの理論的根拠が採用されているように思われるが、そのことについては制度の目的を概観しつつ確認していく。
まず、理論的根拠のそれぞれの中身を検討しよう。@の犯罪予防義務の理論的根拠であるが、すべての犯罪発生の責任を国家に求めることは困難であるとされ た。仮に、この責任によって国家の手で補償制度を機能させた場合、この責任問題としての補償は、犯罪被害者と国家の契約上の問題となることから、被害回復 の問題を国家と犯罪被害者の二者間の問題へと還元する。契約に即して被害回復が国家の責任に基づいてなされた場合、刑罰を執行する際の加害者の責任が形骸 化し、犯罪抑止の効果が薄くなる恐れがある(斉藤[1975:43])。それは刑事司法システムの弱体化を生じさせシステムの不信を招くことになる。上記 の問題からこの理論的根拠は支持されえなかった。次にAの社会福祉的観点からの要請があるが、犯罪被害の補償が国の社会福祉政策の一環としてなされること は、情緒的な側面からの制度運営であって、制度に国の「恩恵」の意味が付属し、犯罪被害者の「権利」の意味が弱くなること(斉藤[1975:45])、国 民の税を財源とするに当たり、犯罪被害を難病や災害の被害に優先して補償する正当性の根拠を説明することが困難であることなどの問題があった(大谷 [1977:109])。こうした@とAの理論的根拠から生じる問題を回避するために打ち立てられたのが、Bの犯罪の社会的コスト化による国民の相互扶助 が犯罪被害回復の根拠である。その理論的根拠を論じた大谷は、強制加入の保険制度(自賠責保険など)に類似した制度として犯罪被害者の補償制度を位置づけ ている(宮沢・大谷[1975:29])。ここでは、国民から徴収した税金を犯罪被害の保険料とし、その税金を用いて犯罪被害者の被害回復がなされること になる。すなわち、犯罪を社会で一定量発生する不可避のコストとして位置づけることで、誰もが犯罪被害を受けるかもしれないというコストの不可避性によっ て国民の相互扶助を呼び起こし、犯罪被害を皆で補い合う制度として犯罪被害の補償を論じている。
続いては、それでは日本でBの理論的根拠が採用されていった経緯について、制度の目的とのかかわりにおいて確認していく。この社会的コスト化の理論的根拠 は、犯罪被害を国民同士の問題として位置づけている。これにより@の問題の一部である国家に犯罪発生の全責任を求めることの困難さを回避している。また、 この理論的根拠では補償状況を犯罪の被害に限定することを前提としているために、災害や難病などの被害状況は制度に含まれない。さらに、国民同士が支払っ た税金=保険料によって犯罪の被害を補い合うということで、補償の権利が契約に基づいた権利として国民に備わっている。このことから、Aの問題である犯罪 被害回復の優先性の問題と国家の「恩恵」の意味問題が解決されている。
しかし、このBの理論的根拠において、犯罪の被害回復の責任が国民全体(納税者全員)に付与されることになり、犯罪行為を行った加害者の行為責任の特異性 が曖昧になる。また、刑事司法上での加害者と被害者に対する処遇に不均衡が生じることになる。これでは@の問題にあった犯罪者の行為責任の形骸化による刑 事司法システムの犯罪抑止効果の弱体化と、それと処遇の不均衡に伴う国民の刑事システムへの不信を招きかねない。こうした刑事政策に関する問題に配慮する ためにも、刑事司法の運用に絡めた目的が必要となる。
そこで論じられたのが、刑事司法の信頼獲得という制度目的である。日本では、安全に生活する権利が明記された憲法25条を上位法に、刑事司法のシステムは それを保障するために機能している。犯罪により侵害された被害者の権利の回復ないし社会復帰の手段が講じられないことは、憲法上の法秩序を遵守していない ことを意味する。さらに、刑事司法において加害者と被害者の処遇に不均衡が生じているという事態もあり、これらのことは法秩序への不信感を生じさせること になる。こうした不信感を除去し、法システムへの信頼を獲得するためには犯罪被害者の補償制度が必要となる。
このような補償制度の意味づけは、加害者の行為責任をより重く捉え追及するのではなく、被害者の権利を加害者のそれとは独立させて付与することで、加害者 の行為責任の形骸化の問題を曖昧化したまま、刑事司法的問題に配慮したものである。このようにして刑事司法制度の合理化を機能させる目的を補償制度に据え ることで犯罪被害者の各種制度における不均衡を是正し、それにより刑事司法の信頼を獲得することができるとされた。
以上の議論からうかがえることは、犯罪被害が不可避の社会的コストとして位置づけられたことで、犯罪被害の被害回復が、加害者/被害者の個人間の問題とし てだけでなく、国家/犯罪被害者、国民/犯罪被害者といった公的・社会的な枠組みのなかで捉えられるようになったということ、つまり、犯罪被害者の救済が 国家的・社会的問題として位置づけられるようになったといえよう。
しかし、この70年代において国家と犯罪被害者との関係は、救済する/される関係であった。1980年代以降、国家と犯罪被害者の関係は加害/被害の関係 性を内包するものとなるが、その要因として二次被害がある。
3.二次被害者化論
二次被害とは、直接的に受けた被害(一次被害)から副次的に生じる被害のことである(諸澤[2001]) 。一次被害との因果関係があることがその発生条件となっており、犯罪被害の場合、一次的な被害は被害者が加害者から受けた直接的な被害を指し、その被害に よって生じる被害が二次被害となる。犯罪被害の二次被害は、警察や検察の取調べの経済的・精神的負担だけでなく、裁判の場や地域コミュニティ、マスメディ アから受ける負担や苦痛も含まれている 。本報告では、刑事司法における二次被害に限定してこれを扱う。この二次被害は、被害者学 のなかから生成されたものである。
刑事司法上の二次被害的問題は、暗数調査、被害者調査、犯罪の実態調査の結果の比較検討を通じて、認識されるようになったとされている。1960年代から 70年代のアメリカの犯罪の暗数調査により、犯罪の被害者や事件関係者にかかる刑事手続き上の負担や苦痛(二次被害的問題)が、犯罪を暗数化させることが 判明した。
こうした刑事司法にまつわる負担が、刑事司法への不信を招き、その犯罪抑止の機能を減じさせるために、犯罪被害者への刑事司法上の保護や配慮が必要とされ た。こうした刑事司法上の問題を問題化する理論として、二次被害者化論が誕生した(宮澤[1987])。
日本ではじめて二次被害という言葉が現れたのは1980年代に入ってからである。宮澤[1987]は被害者学の新たな理論として被害者化論 を紹介するなかで、二次被害者化論を説明している。この新しい被害者化の理論は、犯罪被害後の被害者の状態を通時的に問題化する理論であるが、被害者化に は第一次被害者化、第二次被害者化、第三次被害者化の3段階があるとされる(宮澤[1987:23])。第一次被害者化は、犯罪行為などによって直接被害 を受ける過程のことで、従来の被害者学の研究領域がここに値する 。第二次被害者化は、その第一次的被害に関連してうける被害のことを指し、その具体的な被害内容は、犯罪被害者の知人や刑事司法、マスメディア関係者から 受ける犯罪被害者の精神的負担や苦痛などがある。そして、一次・二次被害者化の影響を受けて、社会復帰できない状況を第三次被害者化としている。
この第二次被害者化と第三次被害者化論は、第一次被害者化論とは異なり、犯罪被害者にその二次的・三次的被害を誘発した要因を求めず、その被害を被害者 に帰責することはしない。犯罪被害者の側に被害原因を求めず、被害者を取り巻く環境から被害原因を検出し、その被害予防の対策を検討する。ここでの二次被 害の予防は犯罪被害者に課せられるものではなく、取り巻く環境の側、つまり刑事司法やマスメディア、被害者の関係者(親族や知人など)が被害予防の実践者 として配置されている。
4.我が国における刑事手続上の二次被害的問題の動向
ここでは、我が国における刑事手続上の二次被害的問題の動向を記述する。わが国の動向は70、80、90年代の三つの時期に区分することができよう。 70年代は、二次被害という言葉は使われていないが、犯罪被害者の法的地位といった刑事司法上の二次被害に関する問題は指摘されていた。80年代は、犯罪 被害者の救済自体の議論が沈静化していた時期であるが、国連会議で「被害者人権宣言」が採択されたことと、「二次被害」という言葉が日本に輸入されたこと で、二次被害的問題として犯罪被害者の法的地位が議論された。90年代では犯罪被害の救済に関する大規模な実態調査が行われ、刑事手続上の二次被害の問題 が刑事司法の構造に関連されて、その対策の意義が議論された。以下、年代ごとに概説する。
4-1.1970年代
1970年代は犯罪被害の補償制度について盛んに議論された。犯罪被害の補償制度が議論されたなかで、犯罪被害者の問題の一つとして、刑事司法上の犯罪被 害者の法的地位はすでに指摘されていた。70年代の補償の議論の中で、二次被害的問題を指摘していた論者として大谷實[1977]がいる。大谷は、補償論 を論じる中で、捜査時や公判時において犯罪被害者は精神的苦痛や負担を被っていることを指摘しており、刑事司法の負担から刑事司法上での被疑者・被告人と 被害者との人権保障に不均衡があることを問題視し、それを犯罪被害補償制度の必要とされる理由のひとつに挙げている(大谷[1977:21-23])。
大谷は1970年代後半の段階で、刑事司法における犯罪被害者の二つの救済措置を指摘している。それによると、アメリカでの犯罪被害者のサービスを参考に 刑事司法における保護サービスと、被害者に対するリハビリテーションの必要性が指摘されている。刑事司法における保護サービスには、警察の被害者に対する 態度、事情聴取方法の改善などがあげられており、主に警察を対象としたサービスとして説明されている。被害者のリハビリテーションは、公判時の被害者の保 護、裁判に関する被害者への情報提供、地域社会における被害者救済センターの設置などがその項目として例示されている(大谷[1977:180- 182])。
こうした被害者への司法サービスについて大谷は「広い意味での救済制度」として位置づけ(大谷[1977:182])、こうしたサービスは「被害者の法に 対する信頼を増進させる」(大谷[1977:182-183])ために必要であると言明している。しかし、それは「刑事司法に対する信頼を最低限確保でき る」(大谷[1977:183])程度で配慮を行うべきで、被害者に無用な刺激を与えず、刑事司法制度の運用に支障をきたさないように実施すべきであるこ とを述べている。
70年代において、刑事司法上の犯罪被害者の法的地位が、加害者の人権と比較され問題視されているが、そうした問題が「二次被害」という言葉で指摘され てはいない。この当時は被害者の救済として犯罪被害者の保護が位置づけられており、その必要性は補償制度と同じ法に対する信頼の獲得が言われていた。
4-2.1980年代
1980年に犯罪被害者等給付金支給法が制定されると、犯罪被害にまつわる問題への関心が沈静化し、二次被害的問題が大きく議論されることはなかった。 しかし、85年に国際連盟の会議にて「国連被害者人権宣言」が採択され、刑事手続き上や日常生活における犯罪被害者の保護や救済について明記されたこと で、その後、犯罪被害者の法的地位を論じたものがこの時期にいくつか見受けられる。それらは、刑事手続き上での犯罪被害者の法的地位を問題視し、犯罪被害 者の保護の必要性を指摘するものである(森本[1986]、大谷[1986]、宮澤[1987]など)。また、この時期は、日本での運営を見越して具体的 に二次被害に対する施策を議論することはなされてはいないが、諸外国の刑事司法上の犯罪被害者の対策を紹介した論文がいくつか見受けられる(藤本 [1988]奥村[1988]田口[1988]中野目[1988]など)。
80年代では、刑事司法上での犯罪被害者の法的地位や権利・人権が議論された際に、刑事司法上での犯罪被害者の保護が必要とされる意義として補償制度の目 的と同じ刑事司法の信頼の獲得が言われていた。補償制度の必要性を論じた大谷は、「犯罪被害の補償以外に広く被害者の保護を考えるに当たっても、右の観点 (刑事司法の信頼獲得)から保護の対象および内容を確定すべきである」(大谷[1988:51]カッコ内は筆者付け足し)とし、犯罪被害者の保護がなされ ないことは「法秩序ないし刑事司法に対する国民の信頼感を害し、社会秩序の維持に支障を来たす場合に、初めて被害者の保護が具体的な問題になるのであっ て、この観点から、被害者にとっていかなる救済ないし保護が必要となるか考察する必要がある」(大谷[1988:51])と述べ、刑事司法上での犯罪被害 者に対するサービスは刑事司法の信頼獲得のために必要であると言明している。
本格的に二次被害の問題が議論されるようになるのは1990年代に入ってからであるが、80年代の後半には、第3章で説明したように宮澤が二次被害的問題 を問題化する二次被害者化論を紹介しており(宮沢[1987])、「二次被害」の言葉によって、刑事司法上の犯罪被害者の対策が論じられていた。この限り において80年代の二次被害に関する議論は90年代の議論の素地を作り上げていたといえる。
4-3.1990年代
1990年代では刑事手続上での二次被害的問題にたいして二つの大きな動向がある。一つは大規模な犯罪被害の救済に関する実態調査が有識者と国によってな されたこと、そして刑事手続上の二次被害の問題が刑事司法の構造に関連して、その政策的意義が論じられたことがある。ここではその動向を概説する。
4-3-1.大規模な犯罪被害の救済に関する実態調査
1991年に犯罪被害者等給付金支給法(以下、犯給法)の10周年を記念するシンポジウムが開催され、これを契機に犯罪被害者の救済について再び議論され るようになった。このシンポジウムでは、刑事手続上の被害者の問題、精神的被害、家庭内虐待、被害者のニーズなどが議論され、これらの問題に関連して刑事 司法内での被害者の対策についてもいくつかの議論が交わされた。
このシンポジウムには、犯罪被害救援基金監事や公安委員会などの実務家のほか、刑法学者であり被害者学者でもある宮澤、諸澤、大谷、これらのほかには精神 科医である山上皓などの有識者も参加した。また、このほかにアメリカから犯罪被害者の支援組織の運営者もゲストに呼ばれ参加している。ここでは、犯給法の 運営状況のほか、アメリカの被害者サービスの状況などが報告され、民間、司法機関での被害者支援・保護が議論された(宮澤他[1991:40-84])。 また、被害者の精神的被害や、家庭内の虐待などの被害者の問題 についても、どのように対応していくか議論された。こうしたことがシンポジウムで議論される中、大谷は被害者の実態調査の必要性を主張している (宮澤他[1991:74-75])。
このシンポジウムを受けて、翌年の1992年に犯罪被害者実態調査研究会が設立され、大規模な犯罪被害者の被害後の実態調査が行われるようになる。この調 査研究会は犯罪被害者救援基金から調査を委託され、宮澤を代表に総勢26名の会員にて設立された。
研究会によってなされた調査は犯罪被害者だけでなく、刑事司法関係実務家も調査対象とし、犯罪被害者にはアンケート調査とインタビュー調査、実務家にはア ンケート調査が92年から95年の3年にわたり実施された。報告書は3部構成で構成されており、犯罪被害者を身体犯の被害者、殺人の被害者、財産犯の被害 者の3つに分類し、日常生活と、刑事司法の二つの場面に照準し調査を行っている(宮澤他[1996])。1部では被害の精神的影響やその程度、回復過程の 分析、被害者の有責意識と精神的影響との関係や被害感情の実態への考察、二次被害・三次被害の実態の解明とそれへの対策、犯罪被害者が求める援助の検証、 犯罪被害者による犯給法の評価の検討など、これらを調査によって得られたデータから比較考察している。2部では、二次被害・三次被害に照準し、刑事司法の 場面において犯罪被害者の刑事司法上での保護や情報提供、刑事司法手続きへの関与、被害弁償としての示談といった犯罪被害者の対策を、犯罪被害者と刑事司 法機能との関係に配慮しながら、調査データにもとづいて実務家・被害者の双方互いの意識を比較検討し考察している。第3部では、インタビュー調査の結果に 主眼し、身体犯の被害者、遺族、財産犯の被害者に分けて、それぞれの被害後の精神的影響や、加害者への意識、被害感情などの犯罪被害者の実態を解明し、ま た、刑事司法機関に必要な対策や援助を検討している。
国が関わった刑事手続上の二次被害に関する実態調査としては法務総合研究所のものがある。法務総合研究所は1997年1月1日から、1999年3月31日 までの期間に有罪判決が下された事件(殺人、傷害等の生命身体犯事件、強盗、窃盗などの盗犯事件、強姦などの性犯罪事件)の被害者・遺族1132名に対し 「犯罪被害実態に関する調査」を実施している(法務総合研究所研究部報告7)。この調査から、刑事裁判では事件の当事者として扱われていないことに対し、 被害者が強い不満を抱いていることが明らかになり、この観点から、犯罪被害者の刑事司法への参加や関与のありようが重要な問題として認識された 。またこの報告書では、主要罪種の被害者のうち、殺人等および強姦の被害者で損害賠償請求の民事訴訟を提起する被害者は、金銭的な救済を目的とする者より も、加害者の謝罪や反省を求めるため、また事件の全容を知りたいという理由を挙げる被害者が多いことも判明した。民事訴訟を提起しない理由には、勝訴して も資力不足で実効性がないこと、相手との関与を持ちたくないことが多いことが判明した。
4-3-2.刑事手続上の二次被害的問題に対する政策的意義
このように90年代は、学者や国家によって刑事司法上の「二次被害」の実態調査が大規模に行われ、刑事司法における犯罪被害者の経済的・精神的負担や苦 痛の実態が明らかとなった。そして二次被害の対策・支援の整備を進めるに当たり、刑事手続上で犯罪被害者の対策を行う意義や、それを基礎付ける犯罪被害者 の人権・権利について議論された。
刑事手続における犯罪被害者の保護を論じた加藤克佳[1999]は、刑事手続上で犯罪被害者の対策が必要とされる理由を述べている。加藤は、「もともと刑 事手続からの被害者排除は刑法適用の公正さとともに被害者保護を実現するためのものであって、被害者の一層の被害化を容認するものではな」(加藤 [1999:29])く、また、「国家機関が犯罪被害者の被害を増幅させることは「人間の尊厳」の要求に反」(加藤[1999:29])し、「刑事司法の 目的は真実を究明して犯罪者を処罰することだけでなく、より根本的には法的社会的平和の回復による刑事事件の解決にあるとする考え方」(加藤[1999: 29])から、刑事司法が犯罪被害者の二次被害的問題の解決を果たすべき課題と位置づけられたと言明している。
この言明からは国家機関が被害者に二次被害を与えることが、「人間の尊厳」の要求に反するものと位置づけていることがわかるが、この言明において刑事手続 き上で「人間の尊厳」を侵害しないことが二次被害的問題への配慮を意味することになり、その二次被害的問題への配慮が法的社会平和の回復による刑事事件の 解決に資するものとなる。ここからは、犯罪被害者の二次被害的問題への配慮が刑事司法の適正な運営の条件としてあることが伺える。
また、当時法務省の刑事局付検事であった甲斐行夫[1999]は、「刑事手続は、公益のために行われているとはいえ、一定の保護法益の侵害に対し刑罰を科 すかどうかを決定する手続であり、被害者はほかならぬその保護法益の主体であって、いわば生の事件の当事者なのであるから、刑事手続においても、被害者に 対し相応の配慮が必要であると言えないか」と述べ、これが刑事訴訟法の1条「公共の福祉の維持と個人の基本的人権の保障を全うしつつ、事案の真相を明らか にし、刑罰法令を適正且つ迅速に適用実現すること」の目的に沿うものであるとし、刑事手続における犯罪被害者の保護の必要性を論じている。
この甲斐の言明からも加藤と同様に刑事手続き上の犯罪被害者の保護=二次被害的問題への配慮が刑事司法の適正な運営の条件の一つとして捉えられていること が伺える。
また、甲斐は刑事手続上の犯罪被害者の配慮として、@刑事手続上の犯罪被害者の保護と、A刑事手続上における犯罪被害者の参加・関与の二つを挙げており、 「被疑者・被告人の本来の権利を阻害しない範囲で被害者を関与させることは、刑事司法に対する被害者を始めとする国民の信頼をいっそう確保することにもな るであろう」と述べている。
この言明からは、刑事手続き上で犯罪被害者の二次被害に関する問題に配慮していくことが、刑事司法の信頼獲得に繋がるものとして論じられており、70・ 80年代の二次被害の政策的意義が継承されていることがわかる。
また、犯罪被害者の権利に関する論考のなかには、70年代から刑事司法上の二次被害的問題を指摘してきた大谷[1999]のものがある。そこでは、憲法 13条を「個人の平等かつ独立の人格を尊重するもの」と同時に「人格的存在に必要不可欠の権利であり、個別の人権規定では救済しきれない新しい侵害を人権 の侵害として捉え、保障するもの」として捉え、「犯罪被害者は、被害を受けることによって重大な人権侵害を経験し」、社会やマスコミ、「警察や検察さらに は裁判所の扱いなどによって、人格の尊厳ないしその幸福追求権は二重、三重に侵害される」として、犯罪被害の副次被害である二次被害を、犯罪被害と同じ 「人格の侵害」として位置づけている。
5.犯罪被害者保護二法
5-1.犯罪被害者保護二法成立の経緯
こうした二つの動向から、刑事司法における犯罪被害者の二次被害的問題が認識され、具体的な法制度の整備にむけて国が動きはじめた。
警察、検察の犯罪被害者対策の実施といった刑事司法の中に犯罪被害者の視点を取り入れる動きのなか、1999年3月に、法務大臣の指示により、法務省刑事 局が、犯罪被害者の保護などに関する法制度にむけて準備を開始した。この調査と研究において、当局は一般の意見を広く聴取するため、ホームページ上でパブ リックコメントを募集した。
意見を求めた項目は12項目あり、具体的内容として、@被害者の地位の明確化、A性犯罪の告訴期限延長または撤廃、Bビデオリンク方式による証人尋問の導 入、Cついたてによる被害者と被告人・傍聴人などとの遮断、D年少の証人等についての付添い人の採用、E被害者・遺族の優先傍聴の確保、F判決確定前も含 めた公判記録の閲覧・謄写の許可、G刑事裁判過程での意見陳述の機会の設定、H公判調書に民事上の和解を記載することによる強制執行力の付与、I没収・追 徴・保全制度の損害回復への利用、J検察審査会への審査申立権の被害者遺族への拡大、Kその他早急に検討を要する事項に対し、意見が求められた。
この意見聴取の結果をふまえて、同年10月に法務大臣は「刑事手続において、犯罪被害者への適切な配慮を確保し、その一層の保護を図るため、早急に法整備 を行う必要があると思われるので、左記の事項に関して、その整備要綱の骨子を示されたい」として、方針議会に対し以下の9項目の諮問を行った。@性犯罪の 告訴期間の撤廃または延長、Aビデオリンク方式による証人尋問、B証人尋問の際の証人への遮蔽、C証人尋問の際の証人への付き添い、D被害者等の傍聴に対 する配慮、E被害者等の公判記録の閲覧および謄写、F公判手続きにおける被害者等による心情・意見などの陳述、G民事上の和解を記載した公判、H被害回復 に資するための没収および追尾に関する制度の利用の9項目が諮問された内容である。
法制審議会は、刑事法部会において1999年11月から翌2000年1月まで6回にわたり開催され、上述した諮問について検討し、2000年2月、諮問事 項第H以外を盛り込んだ「刑事手続きにおける犯罪被害者保護のための法整備に関する要領骨子」を法務大臣に答申している。
法制審議会はこの答申を受け、その内容を基礎とし、2000年5月に「犯罪被害者保護二法」が成立した。同年11月1日に施行されることとなった。衆議 院、参議院の各法務委員会では、「犯罪被害者保護二法」の法案に対する付帯決議を行い、政府等に対しこの法律の趣旨の周知・徹底や、被告人の権利に配慮し つつ、被害者の保護の趣旨に基づく適正な運用確保、被害者対策の推進等を求めた。
5-2.犯罪被害者保護二法の概説
「犯罪被害者保護二法」とは「刑事訴訟法および検察審査会法の一部を改正する法律」と「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続きに付随する措置に関する 法律」を指し、この二つの法律によって、犯罪被害者が裁判所において救済するべき対象として認識されることとなった。
まず、「刑事訴訟法および検察審査会法の一部を改正する法律」(平成12年法律第74号)の概説をする。「刑事訴訟法および検察審査会法の一部を改正する 法律」では、刑事手続に関わる事項が規定されている。性犯罪の告訴期間の撤廃(刑訴法235条1項但書改定)、証人の負担を軽減するための措置――証人へ の付き添い(刑訴法157条の2)、証人の遮蔽(刑訴法157条の3)、ビデオリンク方式による証人尋問(刑訴法157条の4)――の導入、ビデオリンク 方式による証人尋問の録画の証拠化(刑訴法321条の2)、被害者等による心情・意見の陳述手続の導入(刑訴法292条の2)、検察審査会法の一部改正が その内容となっている。
次に「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続きに付随する措置に関する法律」(平成12年法律第75号)について説明する。
「犯罪被害者等の保護を図るための刑事手続に付随する措置に関する法律」では、「犯罪により害を被った者及びその遺族がその被害に係る刑事事件の審理の状 況及び内容について深い関心を有するとともに、これらの者の受けた身体的、財産的被害その他の被害の回復には困難を伴う場合があることとに鑑み、刑事手続 に付随するものとして、被害者及びその遺族の心情を尊重し、かつその被害の回復に資するための措置を定め、もってその保護を図ることを目的」とした法律で ある(法1条)。裁判長に対し、被害者等による公判手続の傍聴に特別の配慮を要請する規定(法2条)、被害者が民事の損害賠償請求や保険の請求をするのに 資するため、公判係属中であっても、刑事訴訟記録の閲覧および謄写を認める規定(法3条)が盛り込まれている。また、被害者等と被告人との間で被害弁償等 に関する合意ができた場合、刑事事件を審理している裁判所に対しその合意内容を公判調書に記載する申し立てをし、合意が公判調書に記載されると、その記載 内容に民事上の執行力が与えられる制度(民事上の争いについての刑事訴訟手続における和解、法4〜7条)が盛り込まれている。
6.考察
以上のように70年から90年の動向を概観すると、まず刑事手続上の犯罪被害者の対策の意義が、70年代から90年代まで一貫して刑事司法の信頼獲得が言 われていたことがわかる。しかし、90年代にはいり具体的な対策の整備が検討されるようになると、その意義は刑事手続の構造と関連付けて語られるように なった。すなわち90年代では刑事手続上の二次被害に関する問題が「人格の侵害」と位置づけられ、そのような問題である二次被害への対策として、刑事手続 上の犯罪被害者への配慮と手続関与が論じられるようになった。このような変節のうちに認めることができる含意とは何であるか。
それは、一言でいえば国家機関が犯罪被害の救済を妨げるものとして現れるようになったということである。つまり、1980年以前の国家と犯罪被害者の関係 は、救済する/される関係であった。このことは1970年代に犯罪被害者の補償が論じられた際に、犯罪被害が社会的コストとして位置づけられたことで、犯 罪の被害回復が国家と国民の問題として捉えられ、また、その制度目的に刑事司法の信頼獲得がすえられたことで、国家が犯罪被害者の救済をする組織として位 置づけられたことからも明らかである。しかし、この国家と犯罪被害者の救済する/されるものとしての関係は、80年代以降、二次被害的問題が議論されるよ うになると、新たな関係性、すなわち加害/被害の関係性をも内包するものとなっていく。
前節においてすでに見たように、刑事手続における二次被害は、「人格の侵害」として位置づけられるようになった。それは、正義を執行するための手続である 刑事手続が、その過程において犯罪被害者にさらなる精神的苦痛を与え、彼/彼女(たち)の犯罪被害の回復を妨げる要因となったということである。たとえ ば、それは法廷で自らの被害体験を証言させられることで精神的な負担を受けることや、犯罪被害者が自らの意見を述べることができずに裁判が進んでいくこと で疎外感を感じるといったことがあげられるだろう 。
そして、これは国家の側からすれば二次被害による刑事司法への信頼の失墜が刑事政策上の問題として現れるようになったということにほかならない。というの も刑事司法とは本来、法的社会的平和の回復/犯罪被害者の被害回復を図るものでもあるにもかかわらず、その役責を担うどころか、自らが加害者の位置につく ことになったといえるからである。そこで、国家は刑事手続の過程自体を被害回復対策の一環として位置づけるようになる。たとえば、犯罪被害者が加害者と対 面することを望まなければ遮蔽物を設けたり、別室にて裁判を傍聴できること、自らの想いを刑事手続上で述べる機会を設けられたりすることなどが挙げられ る。つまり、そのような対策を通じて犯罪被害者が自ら受けた一次被害を想起させられることを防いだり、自らの事件の裁判への参加意識を満足させるといった ことを刑事司法に対する信頼獲得の手段として位置づけるようになったのである。
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UP:20071203 REV:
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