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アジア太平洋自立生活ネットワーク構築の試み

降幡 博亮 20070917
障害学会第4回大会 於:立命館大学

last update: 20151224

中央大学院総合政策研究科博士後期課程
ヒューマンケア協会
降幡 博亮

◆要旨
◆報告原稿

■要旨

  現在アジア諸地域において、自己選択・自己実現に基づく障害者の自立生活実現に向けた活動が広まりつつある。例えば、韓国では2000年に第一号の自立生活(IL)センターが設立された後、現在までに40箇所以上のILセンターが設立もしくは設立準備中となるまでに自立生活運動が拡大した。さらに2007年度より介助者派遣についての公的補助が韓国政府より出されるようになっている。パキスタンでは2002年に、またタイでは2005年にそれぞれ最初のILセンターが設立され、ピア・カウンセリングや自立生活プログラムを主とした自立生活支援を行っている。またマレーシア、フィリピン、台湾、ネパールでは、自立生活運動の思想に賛同した障害当事者が、それぞれの社会で自立生活の基盤を作るためのセミナーやワークショップ、権利擁護活動を行っている。
  アジア諸地域における自立生活運動については、日本のILセンターも様々なルートを通じて障害者講師の派遣や障害者研修生受け入れなどの支援を行ってき た。そのような支援活動としては、例えば、諸財団からの助成金や国際協力機構(JICA)の国際協力プロジェクトを利用しての現地でのILセミナーやワー クショップの開催、タイ・バンコク市にあるアジア太平洋障害者開発センター(APCD)を通じての自立生活研修プログラムおよびピア・カウンセリングリー ダー養成講座の開催、またダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業での研修生の受け入れなどがある。
  しかしながらアジアでの自立生活運動の広がりと日本からの支援については、いくつかの点で問題が生じるようになった。ここでは二つを指摘する。まず、各 地域ごとで自立生活を推進していこうとする障害者が孤立してしまうことがあるという問題である。障害者運動の新たなコンセプトとして自立生活を推進しよう とすると、しばしば職業リハビリテーションや雇用創出といった従来までの運動との齟齬が生じる。そのため、自立生活運動が浸透し始めるまで、その活動に従 事する障害者が孤立もしくはそれに近い状況に置かれることがある。また、現地から離れた場所(日本など)では複数人で研修を受けていても、地域に戻れば一 人で活動をしなければならない、という場合もある。
もう一つは、諸地域での運動の参照となる自立生活についての情報の多くが、日本からの支援を通じて示されているという問題である。それぞれの地域での活動 は、それぞれが異なる文化・経済・政治的文脈におかれている。そのため日本では有効であった情報が、必ずしもその地域で有効であるとは限らなくなる。例え ば、なんらかの助成金が出るという経済・政治的文脈での福祉機器利用の情報をそのまま提供したとしても、助成金が出ないという文脈ではその機器を利用する ことは困難となる。提供元が限定されている場合、このような情報のミスマッチがしばしば生じる。
  このような問題を踏まえつつ現在試みられていることが、アジア太平洋自立生活ネットワークの構築である。アジアの諸地域で自立生活運動を展開する障害者 たちは、ネットワークを介して情報や知識を交換し、時として互いに励ましあうことができる。地域では一人で活動をしなければならない状況下でも、ネット ワーク上で相談することにより障害者同士で支えあい、わからないことや問題を解消していく可能性が生じる。また二者間の関係では得られる情報・知識が限定 的になるが、複数の地域間で多元的につながることにより、それぞれの場所で蓄積されつつある情報・知識・経験を参照することができる。これによって、それ ぞれの地域において必要とされる情報や知識を、他の地域の活動から見出していく可能性が高まる。これらの可能性を期待しながら、現在ネットワークが構築さ れつつある。
  具体的なネットワーク構築の経緯であるが、まず自立生活に関するセミナーや研修を受け現在アジア諸地域で自立生活を推進する障害者有志による非公開の MLが、2006年末に開設された。このMLを通じてネットワークのメンバーは各地域での活動状況を知り、必要なときには自分たちの活動の参照にすること ができる。この活動の一部は2007年1月に開設されたネットワークのサイト上に公開されている。またインターネットの会議用ソフトを使い、運営の中心と なるメンバー同士が月に一度、会議を行っている。このネット会議では、ネットワークとしての活動計画だけでなく、各地域での活動についての相談や情報の交 換も行われている。現在はネット上でのやり取りが中心であるが、2007年9月には韓国で行われるDPI世界会議を使った、メンバー同士の直接的な交流も 企画されている。


 
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■報告原稿

 アジア太平洋自立生活ネットワーク構築の試み
 降幡 博亮

  はじめに
  
  現在アジア諸地域においても、自己選択・自己実現に基づいた障害者の自立生活の実現に向けた活動が広まりつつある。例えば、1990年代後半に自立生活運動が活発化した韓国では、2000年に第一号の自立生活センターが設立され、その後、現在までに50ヶ所近いセンターが設立もしくは設立準備中となるまでに自立生活が拡大している。さらに2007年度より介助者派遣についての公的補助が韓国政府より出されるようになっている。パキスタンでは最初の自立生活センターが2002年にラホール市に開設され、現在では首都のイスラマバード市など数ヵ所でセンターが運営されている。タイでは2005年にナコンパトム、チョンブリ、ノンタブリの3県で自立生活センターが設立され、ピア・カウンセリングや自立生活プログラムを主とした自立生活支援を行っている。またマレーシア、フィリピン、台湾、ネパールでは、自立生活運動の思想に賛同した障害者が、それぞれの社会で自立生活の基盤を作るためのセミナーやワークショップ、権利擁護活動を行っている。
  しかしながらこれまで、タイのバンコク市のアジア太平洋障害者開発センター(APCD)で2004年度より行われている自立生活センター運営研修やピア・カウンセラー養成講座などを除いては、アジア諸地域に広がる自立生活運動に関わる障害者が交流する機会はほとんどなかった。本発表では日本の自立生活センターによる支援とアジア諸地域での自立生活センター設置の動きの広がりについて言及するとともに、現在行われつつあるこれら諸地域の自立生活運動を結ぶネットワーク構築の試みを紹介する。
  
  日本の自立生活センターによる支援とセンター設置に向けた動きの広がり
  
  アジア諸地域における自立生活運動の広がりに関しては、現地でのセミナーや研修の開催、障害者の講師としての派遣や研修生の受け入れなどといった形で複数の日本の自立生活センターが支援を行ってきている。ここでは幾つかの例について、支援が行われている国ごとに概略的に言及する。まず韓国では、1998年よりヒューマンケア協会、自立生活センター立川、HANDS世田谷といった自立生活センターが関わり、正立会館などの韓国側の当事者団体との協力のもとで自立生活セミナーやピア・カウンセリング講座を複数の都市で開催している。またこれ以降、韓国の障害者を日本の自立生活センターに招いて、自立生活に関する研修を行っている。2000年には日本でも研修を受けた障害者がソウル市において自立生活センターを開設し、現在では開設準備中も含めて50ヶ所近くのセンターがあり、ピア・カウンセリングや介助派遣のサービスを行っている。タイでは2002年度より日本の国際協力機構(JICA)とタイ政府の共催により、タイの障害者向けに自立生活研修およびピア・カウンセリング講座が行われているが、日本の自立生活センターからは障害者が講師として派遣されている。また研修プログラムの内容そのものも、講師側である障害者によって作成されている。また2004年からはタイ政府とJICAの協力によりバンコク市に設立されたAPCDにおいて、自立生活研修とピア・カウンセリング講座が行われている。またこの研修に参加したうちの数名は、日本の自立生活センターにおいて3週間ほどの研修を受けている。ちなみに2004年からのAPCDでの研修にはタイの障害者だけではなく、パキスタン、フィリピン、マレーシア、フィリピンからも参加している。そして2005年からは、タイの3県で自立生活センターが運営され始めている。
  パキスタンでは、民間企業のダスキンが行っているダスキン・アジア太平洋障害者リーダー育成事業の一年間の日本研修への参加者が、2002年にラホール市に自立生活センターを設立している。センター設立後は、メインストリーム協会やヒューマンケア協会などが現地での自立生活セミナーやピア・カウンセリング講座への講師を派遣や、日本での研修生受け入れを行っている。またその後は、APCDでの障害者研修への参加者によりイスラマバード市にもセンターが設立されている。フィリピンでは2004年よりマニラ市およびセブ市で自立生活セミナー研修およびピア・カウンセリング研修が行われている。またこれら研修に参加した障害者のうち数名が、APCDでの研修や日本の自立生活センターでの研修に参加している。現在、これら研修参加者が中心となって、マニラ市やセブ市でピア・カウンセリング講座や自立生活関連のセミナーを行い、自立生活支援の活動を行っている。マレーシアでは2005年より毎年JICAとマレーシア政府の共催のもとで、自立生活セミナー研修およびピア・カウンセリング研修が行われている。これらの研修にも日本の自立生活センターから講師が派遣され、プログラムもこれら講師が中心となって組み立てている。また研修参加者の中から数名が日本の自立生活センターでの3週間の研修を受けている。これらプログラムの研修生により、現在マレーシアの3ヵ所で自立生活センター設立の動きがある。
  またこれらの動き以外にも、ダスキンによる障害者育成事業の一環として自立生活センターで研修を受けた参加者が、ネパールや台湾においても自立生活を広め、センターを本格的に稼動させようと活動している。
  
  アジア太平洋自立生活ネットワークの構築の経緯と内容
  
  このようにアジア諸地域でも障害者による自立生活センターの設立と自立生活の実現に向けた動きが広がりつつあるが、現在それぞれの地域で起こっているこれらの動きをつなぐ「アジア太平洋自立生活ネットワーク」の構築が2006年後半より試みられている。このネットワーク構築の具体的な経緯であるが、まずアジア諸地域での研修開催や研修生の受け入れに関与してきた東京都八王子市のヒューマンケア協会が、研修後もそれぞれの地域で自立生活の推進に取り組んでいる障害者に声をかけることから始まった。そして2006年末には有志による非公開のメーリングリストが開設されている。このメーリングリストを通じてネットワークのメンバーは各地域での活動状況を知り、必要なときには自分たちの活動の参照にすることができる。これまでのところマレーシアやフィリピンにおけるアクセス運動の報告や、ピア・カウンセリング講座の報告などが行われている。そしてこれら活動の一部は、2007年1月に開設されたネットワークのサイト上にも公開されている。
  またインターネットの会議用ソフトを使い、ネットワーク運営の中心となるメンバー同士が月に一度、会議を行っている。このネット上での会議では、各地域での活動についての相談や情報の交換が行われるとともに、今後のネットワークの活動計画についても話し合いが行われている。現在はインターネット上でのやり取りが中心であるが、2007年9月には韓国ソウル市で行われるDPI世界会議の機会を使った、メンバー同士の直接的な交流も企画されている。
  
  ネットワークの長所
  
  この自立生活のネットワークを構築には、幾つかの可能性としての長所があると考えられる。ここでは3点指摘したい。まず1つが、それぞれの地域ごとに形成・蓄積されつつある自立生活に関連する知識の共有・利用である。自立生活運動に関わるアジア諸地域の障害者が自己決定・自己選択に基づく自立生活という理念は共有していても、その理念を実現するための活動の置かれる政治・経済・文化的な文脈はそれぞれの地域によって異なる。そのため、それぞれの地域ごとの状況を踏まえた特色のある工夫が試みられ、知識として蓄積される。例えば、障害者がよく訪れる公園や市場に出向き、そこで会った障害者一人ひとりに自立生活の理念を伝えるというパキスタン・ラホール市のセンターの活動スタイルや、フィリピンに多い看護師学校の学生を研修の一環として介助者として確保するというフィリピン・セブ市の障害者グループによる試みなども、地域性を踏まえた工夫と言えるだろう。これらの工夫が知識として蓄積されることにより、それぞれの地域において必要とされる知識を、他の地域の活動から見出していく可能性が高まると考えられる。
  またこの知識の共有は、情報のミスマッチという問題に対しての解決策にもなりうる。これまで諸地域での活動の参照となる自立生活についての情報の多くが、日本からの支援を通じて示されてきた。しかしそれらの活動は、それぞれが異なる文脈におかれていため、日本では有効であった情報が、必ずしもその地域で有効であるとは限らなくなる。例えば、なんらかの助成金が出るという経済・政治的文脈での福祉機器利用の情報をそのまま提供したとしても、助成金が出ないという文脈ではその機器を利用することは困難となる。提供元が限定されている場合、このような情報のミスマッチが生じる可能性がある。しかしながら、複数の地域間で障害者が多元的につながることにより、自立生活に関するさまざまな知識の蓄積から必要なものを参照することが可能となる。これによって自立生活に関する情報のミスマッチを防ぐことが可能になると考えられる。
  ネットワーク構築の第2の長所として考えられるのは、自立生活の推進に関わる障害者が孤立してしまうことを防ぐ可能性である。日本の自立生活運動の導入に際してもあったことだが、障害者運動の新たなコンセプトとして自立生活を推進しようとすると、しばしば職業リハビリテーションや雇用創出といった既存の障害者団体の活動との齟齬が生じる。これまでも研修に参加した障害者団体の中には、活動の方向性と合わないために自立生活運動への関与を止めてしまったものもある。このような既存の団体に属していながらも自立生活運動を推進しようとすると、その活動に従事する障害者が孤立もしくはそれに近い状況に置かれることがありうる。また、研修を受けたときには普段活動する現地から離れた場所で何人もの障害者の仲間とともに研修を受けていても、地域に戻れば一人で活動をしなければならない、という場合もある。そのような状況に置かれてもネットワークを形成することで、時として互いに励ましあうことができる。地域では一人で活動をしなければならない状況下でも、ネットワーク上で相談することで互いに支えあい、わからないことや問題を解消していく可能性が生じるのである。
  ネットワーク構築の第3の長所として考えられるのは、アジア太平洋地域における自立生活運動面での連帯形成の可能性である。将来的にはこの地域における自立生活の推進に向けて、ネットワークとしての共同活動を行うことも視野に入れている。ネットワークのメンバーがその国の自立生活を推進する上で必要な情報・知識のみならず、人的な派遣などの共同作業を行うことも可能と考えられる。また国連で採択された障害者権利条約のように障害者の自立生活に関わる国際的な動きについてはネットワークとして連帯し、アジア太平洋地域としての活動へとつなげていく可能性も考えられるのである。
  
  ネットワークの課題
  
  ネットワークの構築については幾つかの課題もある。その1つが言語の問題である。現在このネットワークでは英語によるやり取りが中心となっているが、必ずしも英語が得意ではないメンバーもいる。オンラインのミーティングではその言語がわかるメンバーが通訳をするなどの工夫をしているが、言語の数が多くなると通訳も困難になってくる。またメールによる連絡も、翻訳者をはさまなければならないために、やりとりに時間がかかる。コミュニケーションの問題により情報が伝わりにくい場合、その障害者のメンバーがネットワークから離れていく怖れもあるが、具体的な対策に至らないのが現状である。
   もう1つの課題は、ネットワークに積極的に参加するメンバーが固定化されつつあることである。これは言語の問題により参加が困難であることや、日常業務が多忙であるためにネットワークへの時間がとり難いということが要因として考えられる。また地域によってインターネットの接続環境も異なるため、メーリングリストやオンラインのミーティングに参加しにくいという場合もある。メンバーの活発な活動を促すために、即時的ではない参加、例えば定期的な活動報告の提供や、通信環境改善のための支援などが考えられるだろう。
  
  終わりに
  
  以上のように本発表では、アジア諸地域に広がっている障害者の自立生活実現に向けた活動と、個々の活動をつなげていこうとするアジア太平洋自立生活ネットワーク構築の試みがあることを報告した。この活動はまだ始まったばかりであり、自立生活に関する知識の共有や相互支援にこのネットワークがどれだけの効果があるのか、すなわちネットワークの長所として指摘した可能性が現実のものとなるのかについては、まだ未知数である。今後はこのネットワークが具体的にどのような成果を生み出していくのか、注目して行きたい。
  
参考文献
  
Asia-Pacific Development Center on Disability (APCD). http://www.apcdproject.org/
Asia Pacific Network for IL Centers (APNIL). http://apnil.org/
DPI日本会議「韓国の「障害者自立生活センター」一覧」
http://www.dpi-japan.org/4news/worldnews/cil-kr.xls
中西由起子(2002)「韓国自立生活センター」2002年8月26日
http://www.din.or.jp/~yukin/KoreaIL.html  accessed on December 26, 2003.
―――――(2003)「発展途上国の自立生活運動」『アジ研ワールド・トレンド』(96): 25-28.
―――――(2006)「途上国での自立生活運動発展の可能性に関する考察」『アジ研ワールド・トレンド』12(12): 4-7.
ニノミヤ・ヘンリー・アキイエ(1999)『アジアの障害者と国際NGO――障害者インターナショナルと国連アジア太平洋障害者の10年』明石書店.


UP:20070807 REV:20070905
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