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>HOME >euthanasia http://www.songenshi-kyokai.com ◆日本安楽死協会 ◆安楽死・尊厳死 ◆井形 昭弘(理事長) ◆日本尊厳死協会と「痴呆」(↓) ◆斎藤 義彦 20021225 『死は誰のものか――高齢者の安楽死とターミナルケア』,ミネルヴァ書房,240p. ISBN:4-623-03658-8 2000 ※ [bk1] cf. 立岩 真也 2003/08/25「その後の本たち・1」(医療と社会ブックガイド・30) 『看護教育』44-08(2003-08):(医学書院) ◆山口研一郎(大阪府高槻市・脳神経外科医、「現代医療を考える会」代表・49歳) 「人命軽視政策を支える日本尊厳死協会の主張」 http://www.geocities.com/usoda_inchiki/tousho/239.html ◆2005/06/07 「尊厳死法制化求め請願書提出」 NHKニュース http://www3.nhk.or.jp/news/2005/06/07/k20050607000085.html …… ◆2007/03/07 「延命中止に判断基準 尊厳死協会試案 病態ごとに明示」 『中日新聞』2007-03-07 http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20070307/mng_____sya_____000.shtml ◆小松 美彦・荒川 迪生 20080201 「尊厳死をめぐる闘争――医療危機の時代に」(対談) 『現代思想』36-2(2008-2):62-87(特集:医療崩壊――生命をめぐるエコノミー) 荒川 迪生:あらかわ みちお・医師/日本尊厳死協会 ■日本尊厳死協会会則 第1条(名称) 本会は日本尊厳死協会(旧称・日本安楽死協会)と称する。 第2条(事務所) 本会は本部事務所を東京都に置く。必要に応じて支部を設けることができる。 第3条(目的) 本会は尊厳死についての調査、研究ならびにその思想の普及をはかることを目的とする。 第4条(事業) 本会は前項の目的達成のため次の事業を行う。 「尊厳死の宣言書」(リビングウィル)の登録、保管、証明。 講演会、研究会の開催。 会報の発行。 尊厳死に関する論説、資料の出版。 尊厳死の法制化運動の推進。 国際尊厳死運動及び人権運動との連繋。 其の他目的達成に必要な事業。 第5条(会員) 本会の趣旨に賛成し、その目的に協力するものを会員とする。 会員は次の2種とする。 正会員 年会費 3千円〔夫婦で入会する場合<年会費4千円(2人分)〕 終身会員 会費 10万円〔夫婦で入会する場合 15万円〕 会員は会員カードの交付を受け「尊厳死の宣言書」を本会に登録することができる。又,会報(年4回)配布を受け、研究会に出席できる。 第6条(役員) 本会に次の役員を置く。任期は2年とし重任を妨げない。 会長1名、理事長1名、理事若干名、監事2名。 会長は本会を代表し会務を総括する。 会長事故ある時は、理事長がその職務を代行する。 理事は理事会を組織し会務を議決する。 理事会は会長の承認を得て、理事長が招集する。 理事会の議長は会長とし、会長に差し支えのある場合は理事長がこれに当たる。 会長は理事の中から常任理事若干名を委嘱する。 常任理事は理事会の議決に基づき会務を執行する。 監事は会計を監査する。 第7条(評議員) 本会に評議員若干名をおく。任期は2年とし、重任を妨げない。評議員は評議員会に出席して議案の議決、役員の選挙を行う。評議員会は総会に代わる議決機関として、年一回以上開催する。評議員は会員の中から理事会が推せんする。評議員会は会長が招集する。 第8条(顧問) 本会に顧問をおくことができる。顧問は理事会の承認を得て会長が委嘱する。顧問は理事会の相談に応じ、意見を述べることができる。 第9条(経理) 本会の経理は、会費、事業収入、寄付金を以てこれに充てる。会計年度は毎年4月1日に始まり翌年3月31日に終わる。 第10条(内規) 会長は理事会にはかり、会の運営のため必要な細則を定めることができる。 この会則は昭和61年2月10日より施行する。 ■尊厳死の宣言書(リビング・ウィル Living Will) 協会記入欄 登録番号 年月日 年 月 日 私は、私の傷病が不治であり、且つ死が迫っている場合に備えて、私の家族、縁者ならびに私の医療に携わっている方々に次の要望を宣言いたします。 この宣言書は、私の精神が健全な状態にある時に書いたものであります。 従って私の精神が健全な状態にある時に私自身が破棄するか、又は撤回する旨の文書を作成しない限り有効であります。 (1)私の傷病が、現在の医学では不治の状態であり、既に死期が迫っていると診断された場合には徒に死期を引き延ばすための延命措置は一切おことわりいたします。 (2)但しこの場合、私の苦痛を和らげる処置は最大限に実施して下さい。そのため、たとえば麻薬などの副作用で死ぬ時期が早まったとしても、一向にかまいません。 (3)私が数カ月以上に渉って、いわゆる植物状態に陥った時は、一切の生命維持措置をとりやめて下さい。 以上、私の宣言による要望を忠実に果たしてくださった方々に深く感謝申し上げるとともに、その方々が私の要望に従って下さった行為一切の責任は私自身にあることを附記いたします。 年 月 日 自署 フリガナ 印 明治 大正 昭和 年 月 日生 氏名 住所 □□□−□□ 「尊厳死の宣言書」の登録について この書類は一通つくって協会に送る。協会は登録番号を附して其の一通を保管し、コピーの二通を返送する。一通は本人が所持し、一通は最近親者(配偶者、親、子、後見人)が所持する。尊厳死の宣言書は、必要が生じたときに医師に提示して下さい。 万一、主治医が理解されない場合は、あなたの会員登録番号と主治医の住所氏名をお知らせ下さい。当協会から主治医にご理解をお願いいたします。 〒113 東京都文京区本郷2-29-1 渡辺ビル202 電話 03-3818-6563 日本尊厳死協会 入会申込書 フリガナ 男・女 職業 (現・元) 生年 月 日 明治・大正・昭和 年 月 日生 氏名 住所 □□□−□□ TEL − − 入会したく○をつけた種類に会費をそえて申し込みます。 1.正会員 年会費3千円(ご夫婦で入会される場合 年会費 2人分4千円) 2.終身会員 会 費10万円(ご夫婦の場合15万円) 会員カードの交付、「尊厳死の宣言書」登録、会報(年4回)配布、研究会出 席自由。 日本尊厳死協会 会長殿 ※ご夫婦で入会される場合は、各自別用紙で署名願います。 ご入会手続きは、本部(〒113 東京都文京区本郷2丁目29-1 渡辺ビル202) 電話 03(3818)6563 宛ご提出下さい。 送金は 郵便振替口座 東京 3-16468番で郵便局からお送り下さい。 >TOP ■文献 ◆日本尊厳死協会 編 19850510 『安楽死論集 第9集』 人間の科学社,191p 1000 d ◆日本尊厳死協会 編 19860930 『「脳死」をめぐって――科学技術社会における生と死』人間の科学社,,安楽死論集10,206p 1400 d ◆日本尊厳死協会 編 19881031 『誰もが知っておきたいリビング・ウィル』,人間の科学社,安楽死論集11,233p. ISBN:4-8226-0107-2 1200 [boople] ※ ◆日本尊厳死協会 発行 19881031 『リビング・ウィルQ&A』,日本尊厳死協会編[1988:201-233] ◆佐羽 城治・沖 種郎・藤田 真一 編 19891020 『尊厳死へのパスポート』,人間の科学社,226p. 1236 ※ d et ** ◆日本尊厳死協会 編 19900320 『尊厳死――充実した生を生きるために』,講談社,264p. ISBN: 4062046555 1733 [amazon]/[boople] ※ d01.et ◆沖 種郎 1991 『尊厳ある死』,二見書房 ※ ◆日本尊厳死協会 編 19920210 『シニアのための尊厳死読本』,三省堂,WACシニア・シリーズ2,209p. 1500 * ◆成田 薫 編 1996 『年表が語る協会20年の歩み』,日本尊厳死協会 ◆成田 薫 編 1996 『そこが聞きたい知りたい尊厳死問答集』,日本尊厳死協会 ◆日本尊厳死協会 監修 19981224 『自分らしい終末「尊厳死」――尊厳死を受け入れる医師ガイド・付』,法研,391p. ISBN: 4879542725 1890 [amazon] ※ b d01 et ◆成田 薫(日本尊厳死協会会長) 19980110 「尊厳死思想とその根底にあるもの」,日本ホスピス・在宅ケア研究会編[1998:41-51]* *日本ホスピス・在宅ケア研究会 編 19980110 『徹底討論 安楽死 尊厳死 リビング・ウイル――豊かな生を求めて』,岐阜新聞社出版局,198p. ISBN-10: 4905958547 ISBN-13: 978-4905958543 952+ [amazon] ※ b d01 et >TOP ■ ◆1993 「日本尊厳死協会 故太田典礼氏が提唱した日本尊厳死協会は1976年に設立され、十数年の苦難の時期を経て死ぬ権利運動がようやく社会に容認されるようになりました。会員は1990年8月に1万人に達しましたが、その後尊厳死に対する社会的動きと相まって、その数はうなぎ登りに増えています。1991年末に3万人に達した会員は、1992年末には5万人の大台に乗りました。 当協会のアンケート調査では、 93.54%の医師が尊厳死(個人の意志)を認める医療行為を施してくれています。 宣言書(リビング・ウィル)、入会申込書を求める手紙や電話の問い合わせも多く、1992年の3月には1万人分以上の資料をお送りするほどでした。 リビング・ウィルの文面と入会申込書等のお問ん合わせは下記の通りです。」 (p.254) 細郷 秀雄 19930208 『わたしは尊厳死を選んだ――ガンに生きた900日』,講談社、253p. 1700(日本尊厳死協会推薦)より ◆2002/12/16 尊厳死協会の会員10万人に 末期医療に自己決定の流れ 共同通信ニュース速報 「回復の見込みがない病気で死期が迫ったと診断されたら、無理な延命治療はしないでほしい―との意向を記した「尊厳死の宣言書」(リビングウイル)を医師に示す運動を続けている日本尊厳死協会(東京都文京区、北山六郎会長)の会員が、十六日までに十万人を超えた。 一九七六年一月の発足からほぼ二十七年。尊厳死を望む人がここまで増えたことについて同協会は「社会の高齢化が急速に進み、末期医療における自己決定に対する関心が高まったことなどが背景にあるのではないか」(高井正文事務局長)と分析している。 同協会は当初「安楽死協会」との名称でスタートしたが、積極的な安楽死を進める団体と誤解される恐れがあるとして八三年、現在の名称に改めた。 会員の急増が目立ち始めたのは九〇年。日本医師会の生命倫理懇談会が初めて尊厳死容認姿勢を示し、ライシャワー元駐日米大使が米国で尊厳死を選んだことが大きく報道された年だ。 東海大病院で、いわゆる「安楽死」事件が起きた九一年には、一万人台だった会員数が一挙に約三万人に。その後も会員数は伸び続け、今月十三日現在で十万三百七十一人に達した。 会員は十六歳から百四歳までいるが、四人中三人が六十五歳以上。身内の介護経験などを反映し、全体の七割近くを女性が占めるという。 九八年に厚生省(当時)が実施した調査では、痛みを伴う末期状態で単なる延命治療を続けることに、一般国民の約七割、医療従事者の約八割が否定的だった。厚生労働省は来年、あらためて意識調査を実施する予定だ。(了)」 [2002-12-16-07:53] >TOP ◆山口 研一郎(大阪府高槻市・脳神経外科医、「現代医療を考える会」代表・49歳) 19981016 「人命軽視政策を支える日本尊厳死協会の主張」,『週刊金曜日』第239号 http://www.kinyobi.co.jp/old/mokuji_oldf/239 http://www.geocities.com/usoda_inchiki/tousho/239.html(接続できず 2008.3.27) *しばしばHP上の文章が消えてなくなってしまうことがあるので、以下、上記のファイルの文章そのままです。ですから、以下の引用でなく上記のHPの方に直接あたっていただきますようお願いいたします。 「225号(7月3日)より236号(9月25日)まで12回連載の「尊厳死考」について、企画そのものに疑問を持った読者が多いのではないか。なぜなら、執筆者の足立公一郎氏が事務局長を務める日本尊厳死協会の社会的役割には、不可解な面が多いからである。 それは、以下のように論理の一貫しない文章が各回ごとに書かれていることにも感じられる。〈私は合法、非合法を問わず、安楽死を第三者の「死なせ方」とする定義に賛成……国の判例を待つまでもなく、安楽死の法的見解を示す必要がある〉(7回)、そのために、〈私たちの協会の前身である安楽死協会が「末期医療の特別措置法」を草案したが、から振りに終わった……立法化の動きもなく、後進性の強い国〉(4回)、しかし、〈(各国で安楽死論争が高まり、安楽死法を認めた国もあるが)私たちの協会は安楽死にはあくまでも反対の立場〉(11回)、一方、〈地域ぐるみの医療体制ができて、望む医療を望む場で受けられる(ようになってほしい)〉(12回)。足立氏が論じる「尊厳ある死」「死の自己決定」の底に潜む基本理念について、同協会の歴史から掘り起こしてみよう。 1983年に「安楽死」の持つイメージに対する国民感情を考慮し、日本安楽死協会(1976年設立)は現在の名称に変更された。設立者の太田典礼氏は、戦前・戦後を通じ、無産者診療所運動を始めとして労働者・農民のための医療を模索した人であった。1973年『安楽死のすすめ』(三一書房)を世に出し、「無益な老人は社会的に大きな負担である」(125ページ)、「公害など不良環境や劣等遺伝子による障害児がふえている。いま世界の人口過剰が大問題になっており、量より質が重要視され、健康人間・健全社会をめざしている」(158ページ)と論じた。協会設立3年後の1979年には、国会に「末期医療特別措置法案」(いわゆる安楽死法案)が提出された。それに応えるように、1985年厚生省より、“生命と倫理に関する懇談会”報告が出され、「植物状態患者・ターミナルケア」の項では、「臨床の場では長い間、患者の延命が…」として、あたかも患者の存在そのものが家族ひいては社会への負担であるかのように表現された。 紙面の都合で逐一論争はできないが、特に協会が会員への携帯を奨励し、医師への協力を求めているリビング・ウィル(「尊厳死の宣言書」)について、論評したい。10回目に紹介されている3項目中、Bの「数カ月以上植物状態が続いたときは、いっさいの生命維持措置はやめて下さい」という項についてふれる。「数カ月以上の植物状態」とは曖昧な表現であるが、私はかつて交通事故による頭部外傷で「植物状態」が1年9カ月続いた後、意識を回復し、それから7年後の現在、建設会社で設計の仕事に携わっている20代の青年を担当した。4年前には某週刊誌に「植物状態から生還した26歳青年が訴える尊厳死への疑問」として紹介され、全国の同様な家族を抱える人々に、限りない希望を与えた。「措置」には最低限の栄養補給も含まれるが、意識障害者のための全国で数少ない医療施設「千葉療養センター」の堀江武院長は、十数年の経験から「植物状態とは、周囲のことは理解しながらも自ら意思表示ができないコミュニケーション障害である」として、栄養中止により餓死させることの非人道性を訴えておられる。 現在進行中の医療制度の改悪(受益者負担の大幅増)、介護保険法を基本とする福祉制度の見直しは、人々が長生きし障害を負っても人間らしく暮らせるための条件にはほど遠い。すでに一部の老人病院や施設では、必要な治療や食事をひかえて死に至らしめる自然死という名の強制死が横行している。協会はこのような現実にこそメスを入れるべきであり、それを放棄し、人々に「死を選ぶ権利」を唱えることは、結局政府の人権・人命軽視政策を支えることになりかねない。」 >TOP 尊厳死に関する法律案要綱 日本尊厳死協会2003年12月1日 第一条 (目的)何人も自己の生命を維持するための措置を受容すべきか否かにつき自ら決定する権利を有する。この権利に基づきこの法律は不治且つ末期の状態になって延命措置を望まない者の尊重する末期医療に関する手続き等を定めることを目的とする。不可逆的で不治ではあるが末期ではない持続的植物状態においても、あらかじめ、かかる場合の延命措置を断る明示の意思表明がある場合の措置も本法に依る。前二項のいずれの場合も意思の表明者が妊娠中は本法は適用されない。 第二条 (定義)この法律で「不治且つ末期の状態」とは、合理的な医学上の判断で不治と認められ、延命措置の施用いかんに拘わらず死期が切迫し、その施用が単に死期を延長するにすぎない状態をいう。 この法律で「延命措置」とは、その措置によって不治且つ末期の患者の死期を単に延長するにすぎない措置をいい、苦痛緩和のための措置は含まない。 第三条 (本人の延命措置を拒否する意思表明)15歳以上で、意思能力のある者は、第一条に規定する状態になった場合には延命措置を拒否する旨を予め別表の洋式に従い告ぎのいずれかの方法で表示することができる。 @ 日付、住所、氏名を辞書して捺印し、これに成年ニ名以上の承認が署名捺印する文章。 A 疾病その他の事由によって本人が自書しえない場合は、本人が全豪の意思を表明したこと及びその日付を記録しその意思表明が正常な意識をもってなされたことを証明する担当医を除く医師1名を含む2名以上の立会人が署名捺印する文章。 B 前項の証人には民法弟74条を準用する。 C 第一項の文章の書式による。 第四条(意思の撤回)前条の意思表示を撤回するには、本人がその文章を破棄するか又はその文章に、これを撤回する旨及び日付、氏名を自書し捺印しなければならない。 第五条(意思の表明者の状態の証明)第一条第一項もしくは第二項の状態にあることは、延命措置を差し控え、または停止する担当医を除く医師ニ名以上の診断によって、確認されることが必要であり、確認した意思は、その旨を記録した書面に署名捺印しなければならない。 第六条(医師の行為の免責)この法律の規定にしたがって延命措置の差し控えまたは停止の措置について、医師は民事上、刑事上の責任を問われることはない。 第七条(文書保管の義務)延命措置の差し控えまたは停止をした医師は、第三条、第四条及び第五条の文書を、10年間保管しなければならない。 第八条(生命保険契約との関係)本人が、延命措置を拒否する医師を表示したことによって保険契約上自殺と看做されてはならない。 第九条(罰則)第四条及び第五条の文書を破棄し、又は隠匿したものは、文書の虚偽の事実を記載したもの、虚偽を知りつつ証人として署名したもの、または変造したものは 年の懲役又は第七条の義務を怠ったものは 円以下の罰金に処する。 旧URL:http://www.alpha-web.or.jp/songensi/index.htm ◆立岩 真也 2005/06/25 「死/生の本・6」(医療と社会ブックガイド・50) 『看護教育』46-06:(医学書院)[了:20050427] >TOP ■日本尊厳死協会と「痴呆」 198112 日本尊厳死協会「新運動方針」 …… 1993 「「日本尊厳死協会」(事務局・東京都)は、一九九三年、協会の発行するリビング・ウィルを変更し、「重度の認知症になったら尊厳死」を行う条項を加えるかどうかの検討を行なった。会員から「生き恥をさらしてまで生きていたくない」「介護で家族が苦しむ」などの声が寄せられたためだ。同年に内部に委員会を設置、リビング・ウィル修正を検討し始めた。」(斎藤[2002]) 1995 「一九九五年には会員に対するアンケートも実施。八五%の賛成意見が寄せられた。そこで、リビング・ウィルとは別の紙に「重度老年期痴呆になったら延命措置を拒む」ことを書く試案が作られた。日時や場所を認識で<184<きない/徘徊(ルビ:はいかい)する/夜中騒ぐ/便を食べたりする――などの症状が出て、複数の医師が「重度の老年期痴ほうで回復の見込みがない」と診断したケースで、他の疾患を併発した場合などに延命措置を断るとしている。たとえば、肺炎などの合併症が出ても抗生物質の投与など治療は行なわず、体が衰弱しても栄養補給の措置はとらないこと――などを求めることができるという。」(斎藤[2002]) 199607 (社)呆け老人をかかえる家族の会、日本尊厳死協会に申し入れ (社)呆け老人をかかえる家族の会 19960825 「「ぼけ」と「尊厳死」問題に関する申し入れ書」,『老人をかかえて』(19960825):12-13 ◆198112 日本尊厳死協会「新運動方針」 ◇立岩 真也 20001010 「死の決定について」,大庭健・鷲田清一編『所有のエチカ』,ナカニシヤ出版:149-171 「日本尊厳死協会」の「新運動方針」(一九八一年十二月)に次の文章がある★07。 「三、自殺をすすめたり助けたりしない 自殺の自由は認める。罪悪視したりしない。健全な精神の持主は見苦しい死を避けたい、ボケてなお生きたいとは思わないのだが、自殺は自ら行うことで、第三者の手による積極的安楽死と混同してはならない。従って『自殺の手引き』は発行しないことに決定した。」 この民間団体が行なっていることを否定しようというのではない。全体としてこの文章の文意の通らないことを問題にしようというのでもない。ただ、こう言うのか、と言うこと、広範な支持を受けつつあるこの団体の、その広範な支持を支えているものを、受け入れながら、しかし、それに対して、なお言うことである。 ◆(社)呆け老人をかかえる家族の会 19960825 「「ぼけ」と「尊厳死」問題に関する申し入れ書」,『老人をかかえて』(19960825):12-13 ◆石井 暎禧 19980501 「みなし末期という現実――広井氏への回答」,『社会保険旬報』1983(1998.5.1):14-19,1984(1998.5.11):36-29,1985(1998.5.21):32-35 http://www.sekishinkai.or.jp/ishii/opinion_tc02.htm(不通) 第二章 「現状認識について」 − みなし末期という現実 − 「4.呆け老人と尊厳死協会(みなし末期の諸相1) 「老人に対する医療の否定」の最たるものは、対応能力の低下した、立場の弱い痴呆老人に向けられている。近年、尊厳死協会には、呆けを尊厳死の要件にしようとする動きがあり、「(社)呆け老人をかかえる家族の会」<0038<が、「これは呆けに対する偏見・誤解に基づくものであり、このような議論がいっそうの偏見・誤解を広める」と抗議している。 「申し入れ書」の要旨を紹介しよう。『まず「ぼけ」の人は「死に直面」していません。体の元気な状態のぼけの人をどうして「尊厳死」させるのですか』「痴呆の症状と身体的重篤とは必ずしも一致しません」『どんな疾病にも共通する最末期の状態以外に、「ぼけ」を「尊厳死」の対象とすることは、やがて「ぼけ」以外の知的・身体的・精神的な障害をもその対象に加え兼ねない危険性をはらむと危惧します」『貴協会の会員が「痴呆は非尊厳の最たるものである」などと述べられていますが、これは重大な「ぼけ」に対する偏見と誤解です』「本人自身は、そのような状態の中でも、懸命に生きていこうとしているのです」と述べ、『貴協会が「ぼけ」を対象にしないという立場を明確にされる』ことを求めている。これに対する尊厳死協会の回答はない。 伝えられる老人性痴呆の「異常行動」「迷惑行動」などが、尊厳死協会員をふくむ多くの人は、痴呆状態を「非尊厳的」と受けとめたり、医療や介護が困難であると理解されている。このため功利的判断により、死ぬのはやむを得ないと考えられがちである。だが「異常」な反応と他人からはみなされる行動は、本人からすれば、「正常」な反応にすぎないことがほとんどである。アルツハイマー型の痴呆の中核的な症状は、「新しく記憶ができない、逆行的な健忘が進む」ということである。このような病態を前提にして、老人の行動をみれば、全てまともな反応なのだ。突然10年さかのぼって、見知らぬ人と場所にいることを発見した老人、その瞬間だけを生きる老人を、どう理解し、どのような関係を作るか、介護の根本はここにある。ケアされていることを忘れるため老人から感謝は示されず、介護する人は報われないと感じるかもしれない、しかし良い関係ができることが感謝の表れであり、成果である。痴呆老人の行動を「異常」とみないことから介護は始まり、良い関係がつくられ、「異常行動」は消える。「非尊厳状況」を作り出しているのはケアなのだ。このような生活環境づくりが、痴呆老人へのケアである、これを生活ケアといってもよい。ところでこの老人が病気にかかった時、どうすべきか、たしかにこの老人を病院に移し治療しようとすれば、きわめて困難な事態が生ずる。まず環境の変化に対応できない、病院に居る理由が分からない(正確にいえば、すぐ忘れる)。治療の意義もすぐ忘れる。医療を可能にするためには、完全な信頼関係が前提となる、そのため、もっとも「適切な医療」は生活の場・介護環境のなかで、提供される医療である。現代医療技術はこれを可能にしてきた。どうしても入院でなければ不可能な手術でさえもデイサージャリーや腹腔鏡下手術の拡大・普及によって変わってきている。医療の困難性は減少している。そのため緩和ケアや制限医療を前もって一律に決めるべきとは思われない。 麻酔技術の進歩による疼痛の緩和や、このような医療技術の変化によって、功利的判断以外には、安楽死の必要性が低下しつつあるにもかかわらず、むしろそうであるがゆえに、尊厳死協会や「報告書」は痴呆状況を末期とみなして、「消極的安楽死」を認めようとしているのではないか。 医療経済学者の西村周三氏の場合は、功利主義の立場(?)から、2010年になれば、老人医療費が大きな問題になるので、末期であるかどうかは関係なく、アルツハイマー病になれば、医療を行わない選択があって良いし、入院はさせないと言う考えがあっても良いという、尊厳死協会以上にすっきりした考えを明らかにしている(「医療98」5月号)。」 ◆横内 正利 19980721 「高齢者の自己決定権とみなし末期――自己決定権の落とし穴」,『社会保険旬報』1991(1998-7-21):12-16,1992(1998-8-1):30-34 「日本尊厳死協会は、一九七六年に設立され、リビングウィルにいち早く取り組んだ先進的な民間団体として、一定の評価を受けている。筆者自身もこれまではそのように考えていたが、最近になって、首を傾げるような動きが見られるようになった。それは、同協会が痴呆をも尊厳死の対象にしようと試みたからである。 従来から、同協会の体質については疑問視する声もあった。前述の市野川氏は、日本尊厳死協会について、次のようにコメントしている。 […『イマーゴ』論文から引用…] しかし、日本尊厳死協会にそのようなことが果たしてできるであろうか。同協会が、痴呆をも尊厳死の対象にしようとしたことはある意味で必然かも知れないかも知れないからである。この試みに対しては、「呆け老人をかかえる家族の会」<0013<から強い抗議があったため、その後撤回された。しかし、その理由は、時期尚早ということであり、痴呆を尊厳死の対象にしないことを確約するものではなかった。このような日本尊厳死協会の体質には、「自己決定権」を表看板にしてはいるものの、弱いものを差別し切り捨てようという、太田典礼の優生思想が脈々と受け継がれているのではないかという疑念を筆者はぬぐい去れない。 もし、そうでないというのなら、「呆け老人をかかえる老人の会」の抗議に対して、同協会は誠意を持って答え、そして、痴呆や弱い人たちを理解し保護しようという姿勢を示すべきである。 ちなみに、「呆け老人をかかえる家族の会」の申し入れ書のなかでは、痴呆性の高齢者の姿が実によく捉えられており、感服する。詳細は石井氏の論文を参照されたい。それにひきかえ、一部医師の痴呆に対する無理解と偏見は目を覆うばかりである。この点については、次号で詳述したい。」(横内[1998:13-14]) ◆斎藤 義彦 20021225 『死は誰のものか――高齢者の安楽死とターミナルケア』,ミネルヴァ書房,240p. ISBN:4-623-03658-8 2000 ※ [amazon]/[boople]/[bk1] ※ b d01 et t02 第7章 「末期」「尊厳死」概念の混乱 (の冒頭部分からの引用) 「「痴呆症にも尊厳死」 「重度痴呆になったら延命措置はやめて――。リビング・ウィル(延命措置に関する事前指示書)で末期状態の延命措置を拒否する「尊厳死」を、日本で広めようと運動している「日本尊厳死協会」(事務局・東京都)は、一九九三年、協会の発行するリビング・ウィルを変更し、「重度の認知症になったら尊厳死」を行う条項を加えるかどうかの検討を行なった。会員から「生き恥をさらしてまで生きていたくない」「介護で家族が苦しむ」などの声が寄せられたためだ。同年に内部に委員会を設置、リビング・ウィル修正を検討し始めた。一九九五年には会員に対するアンケートも実施。八五%の賛成意見が寄せられた。そこで、リビング・ウィルとは別の紙に「重度老年期痴呆になったら延命措置を拒む」ことを書く試案が作られた。日時や場所を認識で<184<きない/徘徊(ルビ:はいかい)する/夜中騒ぐ/便を食べたりする――などの症状が出て、複数の医師が「重度の老年期痴ほうで回復の見込みがない」と診断したケースで、他の疾患を併発した場合などに延命措置を断るとしている。たとえば、肺炎などの合併症が出ても抗生物質の投与など治療は行なわず、体が衰弱しても栄養補給の措置はとらないこと――などを求めることができるという。 一見、リビング・ウィルは痴呆症にも有効のように見える。しかし「痴呆症の尊厳死」は、「延命措置中止」の基準から大きく逸脱している。前章でみた東海大病院事件の判決にある通り、消極的安楽死を含めた「治療行為の中止」が社会的に許されるためには、@治療を中止する時点で患者の意思表示がある、A患者が回復不可能で、死が避けられない末期状態にあること――が最低条件だ。しかし、痴呆症は「死が避けられない」状態でも「末期状態」でもない。死が迫っていない人が肺炎などを起こした時、故意に治療しなければ、それは間違いなく「殺人」だ。本人からの要請があるといっても、自殺ほう助や嘱託殺人罪に問われる可能性が高い。 この修正案は痴呆老人を支える家族に強い衝撃を与えた。この問題がマスコミで取り上げられたことをきっかけに、一九九六年七月、市民団体「呆け老人をかかえる家族の会」が「『ぼけ』への偏見、誤解がある」として「ぼけ」を「尊厳死」の対象としないように求め、尊厳死協会に申し入れを行なった。申し入れは@ぼけは死に直面していない、Aぼけの人が重篤になれば、症状は他の病気と共通で、わざわざ「ぼけ」をうたう必要はない、B「ぼけ」は、周囲の対応の仕方や福祉の充実で人間らしく生きていくことができる、Cぼけに対する保健・医療・福祉の充実が<149<先決――と訴えた。 くするぶ危うい議論 同協会は理事会で対応を検討。一九九六年七月、リビング・ウィル修正を「時期尚早」と見送った。この問題はそこで終了しているはずだった。しかし、議論はその後もくすぶり続ける。協会の理事長は当時、成田薫弁護士がつとめていた。成田弁護士は一九六二年、寝たきりの父親に殺虫剤入りの牛乳を飲ませ、死なせた男性に、嘱託殺人の有罪判決を下した名古屋高裁の裁判官の一人だった。元々、より刑の重い尊属殺人で起訴された事件だったが、裁判所の主導で、訴因が嘱託殺人に変更された。この判決は安楽死が許される六つの要件を示し、それは、東海大病院事件の判決で出された積極的安楽死を認める四要件の基礎になった。 成田理事長は、同年九月、「家族の会」に申し入れの回答を送った。回答は議論の打ち切りを知らせてはいたが、「痴呆症の尊厳死」への強いこだわりを示していた。「議論の中心は、助かる見込みのない重度老年期痴呆に限られており、しかもその人の人生最後の、唯一の願(事前の自己決定)を容れて、延命措置だけをやめるなら、法的にも人道的にも、それがむしろ当然の措置でなんら問題はないはず。どうしてこれが世間の一部の人が言うように、弱者の切り捨てになるのか、どうして福祉の充実に逆行するというのか全く理解しがたく、誤解も甚だしいと評する外ない」。「家族の会」との認識のズレは一向に埋まっていないことを示す内容だった。<150< 成田弁護士は一九九七年、毎日新聞のインタビューに応じ、「重度老年期痴呆は尊厳があるとは言えない。理性も知性も失われた動物に近い状態で生き恥をさらしたくない、という会員の願い強い。痴呆条項について、時期尚早として議論を打ち切ったが、否決したわけではない。数年後に、議論する時期がくる」と、協会が議論を蒸し返す可能性を示唆した。 (中略)<152< 重度の認知症は立派に生きている人間だ。そして医療の「自己決定権」は「死ぬ権利」ではない。末期でも、死が迫っているわけでもない人間に「痴呆症はみじめでいや」「介護の負担が大きい」など、一方的な価値観や社会制度の貧困を理由に「死」をもたらしてもよいとする論理は、「生きる価値がない」と障害者を大量に安楽死させたナチスと変わりがない。」(齋藤[2002:148-152]) ◇立岩 真也 2003 「その後の本たち・1」 「この本はこの種の文章に時にみられる両論併記(をもって「客観報道」とする)に止まろうとはしていない。 一つに主張の中にある矛盾や問題を指摘する。例えば「日本尊厳死協会」で1993年から「痴呆症の尊厳死」を協会のリビング・ウィルの条項に加えようという議論が始まった。それが報道され、96年には「呆け老人をかかえる家族の会」から申し入れもあり、結局「時期尚早」としたものの、協会とその役員はあくまで自分たちの主張が正しいとした。筆者はこの経緯を簡単にではあるが辿り、その上で、協会の主張が延命措置停止についての判例の規準からも、協会の尊厳死の定義からも逸脱していることを記している(第7章)。」 ◇立岩 真也 2005-2006 「他者を思う自然で私の一存の死」,『思想』『思想』976(2005-08):023-044,982(2006-01):80-100,982(2006-02):96-122 目次・文献表 「日本尊厳死協会の「痴呆」の否定は、意味不明なしかしその箇所の意味だけははっきりとわかる「新運動方針」(一九八一年)に現われている([2005-(2)]で言及)。 「三、自殺をすすめたり助けたりしない/自殺の自由は認める。罪悪視したりしない。健全な精神の持主は見苦しい死を避けたい、ボケてなお生きたいとは思わないのだが、自殺は自ら行うことで、第三者の手による積極的安楽死と混同してはならない。従って『自殺の手引き』は発行しないことに決定した。」 そして斎藤義彦([2002])によれば、日本尊厳死協会では一九九三年から「痴呆症の尊厳死」を協会のリビング・ウィルの条項に加えようという議論が始まった。それが報道され、九八年には「呆け老人をかかえる家族の会」から抗議もあり、結局「時期尚早」としたものの、協会とその役員はあくまで自分たちの主張が正しいとした。斎藤はこの経緯を簡単に辿り、その上で、協会の主張が延命措置停止についての判例の規準からも、協会の尊厳死の定義からも逸脱していることを記している([2001−(30)]で紹介。)この協会の創始者である太田典礼の高齢者その他についての言説については大谷[2005b]。」 REV:....20030701,10...20050118,28,0329 0428 0608 20071219 20080327 ◇日本安楽死協会 ◇太田典礼 ◇安楽死・尊厳死 |