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『愛雪――ある全身性重度障害者のいのちの物語』

新田 勲 20120815 第三書館,上:448p. 下:352p.


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新田 勲 20120815 『愛雪――ある全身性重度障害者のいのちの物語』,第三書館,上:448p. ISBN-10: 480741206X ISBN-13: 978-4807412068 1800+ [amazon][kinokuniya] ※ 下:352p. ISBN-10: 4807412078 ISBN-13: 978-4807412075 1200+ [amazon][kinokuniya] ※ d00h.d00p.i051970.

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■著者

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
新田/勲
1940年、東京都生まれ。2歳のとき百日咳がもとで脳性まひに。19歳まで家族とともに過ごす。1968年の開設と同時に入所した府中療育センターの管理体制に抗議の声をあげ、「医療の場から生活の場へ」の改善を求めたハンスト闘争、その後センター移転反対の都庁前座り込み行動を行う。1973年、地域で自立生活開始。以来、公的介護保障の運動に取り組み、自立生活を支える諸制度を築き上げてきた。現在、「全国公的介護保障要求者組合」委員長、「全都在宅障害者の保障を考える会」代表(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

『愛雪』を読んで 山田太一(作家・脚本家)

■目次

上巻
『愛雪』を読んで 山田太一(作家・脚本家)
まえがき
第1章 家族と施設
1. 家族のなかで――1940(昭和15)〜1950(昭和25)年代
   重度障害者のいのち・人権・自立とその生活権の保障とは
   家庭のいさかいの中で
   息をひそめての結婚
2. 町田荘への入所――1966(昭和41)年
   隔離されていくことさえ分からず
   障害者を追い出す体制
   介護人不足で助け合い
   なんのための労働
   取り上げられた原稿
   意志を無視して強制移転
   施設での経済的問題
   再度、障害判定に挑戦
3. 抵抗の萌芽――1967(昭和42)年
   入所1年を振り返って
   再々判定に挑戦
   社会の中で暮らしたい
   体育祭前の大怪我
4. 恋に落ちて
   高橋優子との出会い
   障害者が人を愛するということ
   はじめての手紙
   近づくふたり
   約束
5. 府中療育センターへの入所
   天井の白い壁
   最初の朝
   検査と大部屋
   設立の背景
   センターの規則
   職員の階級
   センターの一日
   施設の根本的問題
   若林指導員との出会い
   歩く
6 . 優子との往復書簡
7. 優子との婚約
8 . 優子との別れ――1969(昭和44)年
9 . 死ぬほど愛した
10. 社会へ

第2章 府中療育センター闘争
1. 抵抗ののろし
2. ハンガーストライキの決起――1970(昭和45)年
3. 腰痛問題――1971(昭和46)年
4. センターの日々
5. 施設管理体制への抵抗――社会へ出るために
6. 自立へのステップ――自立の家での生活
7. 福祉教育のあり方
8. 旅行へ
9. 移転阻止闘争の開始
10. 森島ひかるとの出会い
11. 移転阻止行動の実践
12. 施設の構造的問題
13. ひかるとの生活
14. 闘争宣言
15. 障害者の子は殺された
16. 山下美恵との出会い
17. 自立への野望――都営住宅に申し込む
18. 美恵の妊娠
19. 美恵からの手紙T
20. 有志グループの分裂
21. 健全者の論理へのすり替え
22. 自由のための移転反対
23. 支援者への絶望
24. 人間としての解放のためにいのちを守る
25. 差別者扱いを受ける
26. 移転阻止座り込みの決断
27. 美恵からの手紙U
28. テント座り込み闘争
29. 座り込み中の入院
30. 美恵からの手紙V
31. 抗議のなかの移転
32. 闘争の敗北
33. 入居書類を燃やされた !
34. ひかるとの別れ
35. 美恵との生活を選ぶ

下巻
第3章 地域自立生活
1. 自立への準備と美恵の出産
2. ウーマンリブの思想
3. 美恵の任意出頭
4. 共同生活の試み
5. 在宅介護の必要
6. 公的介護保障要求運動の開始
7. 共同生活の模索
8. 美恵との離婚と新しい出会い
9. 美恵からの手紙W
10. 博子への想い
11. 博子からの手紙T
12. 博子との新しい愛
13. 博子の家族との葛藤
14. 博子と美恵と実
15. 博子からの手紙U
16. 博子を信じる
17. 博子との別れ
18. 中野聖子との出会い
19. 聖子からの手紙T
20. 聖子の出産
21. 聖子からの手紙U
22. 新しい生活
23. 共同生活の継続
24. 美恵からの手紙X
25. 愛のゆくえ
26. 美恵からの手紙Y
27. 男と女という劇
28. 聖子と子ども
29. 美恵からの手紙Z
30. 人間としての責任
31. 実を引きとる
32. 博子からの手紙V
33. 結婚というもの
34. 共同生活の解体
35. 聖子との離婚
36. 実とふたりきりの生活
37. 介護者を探す
38. 実をだきしめる
39. 実との別離
40. 美恵からの手紙[
41. 結末
42. 実を広島へ

第4章 地域自立生活の確立
1. 新しい介護者を探す
2. 新しい介護者
3. 専従介護の発明
4. 岡野和子との関係
5. 藤田はるみとの出会い
6. 聖子と恵
7. 山本博子について
8. はるみの出産
9. 清美の誕生と行政の人権侵害
10.保育園への送り迎え
11.福祉活動と子育ての両立
12.重度障害者が家族を持ち、子どもを育てるということ
13.公的介護保障要求運動の本格化
14.公的介護保障要求運動の結成
15.自薦登録ヘルパーの制度化
16.行政の固い扉をこじ開ける
17.社会的な共同生活
18.全国公的介護保障要求者組合の拡大
19.清美の成長
20.全身性障害者介護人派遣事業への改正
21.介護保障制度の混乱
資料
山田太一さんへの書簡――あとがきにかえて


 
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■まえがき

  この自伝はごく普通の家庭に生まれてその家族の波乱万丈と社会背景のなかで生きてきた全身性重度障害者の経過です。

  私の障害は四肢関節マヒの一種一級です。脳性マヒの障害は一人ひとり不思議な動きをする障害機能です。酒を飲むと手足のアテトーゼがとれて動いたり、私の障害機能は寝起きのすぐに20〜30分少し歩けたり動けたり、その20〜30分すぎると、重度全身マヒに戻って手足が動かなくなります。それでも少し動いてムリして19歳まではある程度自分のことはやっていましたが、それ以降は生活動作も自分でやるのがむずかしくなって、ただし寝起きの20〜30分の動く動作は、35〜36歳ぐらいまで続いて、それ以降はどんどんその動作が短くなって、40歳ぐらいになったらほとんどあるくことができなくなって、現在は寝たきりのような日々を送っています。下半身は歩けても、上半身の手がきかないということで、世話が大変ということで、町田荘を追い出されて、府中療育センターに入れられたという経過を見ればそこはわかると思います。この自伝で、どこが全身性重度障害者だ、と思う人がいるかもしれませんが、私はその20〜30分の動ける時間があったら、あとは1日の23時間30分は動けなくても、そこが一番生きる上で大切な20〜30分でした。

  私は現在71歳です。これから何年生きるかそこは神以外、知るよしもありません。しかし私はあらゆる名の通った病気をやって、危篤の状態にも何回もなり、そこに打ち勝って貪欲に生きてきました。生きることを見放すことなく、私の命そのものは皆に支えられて守られてきて、長年の人生を生き抜いて来た私ですが、70歳近くになって手遅れに近い肝臓がんにかかりました。命が欲しいという以前に自然のなりゆきにまかせて命を閉じるか、それとも抗がん剤やチューブをたくさんつけて日々の麻薬漬けのなかで少しでも長生きして生きるか、迷っていますが、この辺の問題については早く命が無くなるか、遅くなるかの問題です。
  がんにかかったらある程度の方はこれが結末ですが、私はそこを語りたくてこの自伝を出すわけではありません。全身性重度障害者に生まれたら、このように人間として見られない扱いや、苦しい悲しいつらい出会いがたくさん起こってくる。だけど、そのことについてどのような生き方をするか、人間と出会って人間そのものを憎むという生き方をするのでなく、裏切られても裏切られても心底、その人間が心から好きといえるまで、その人間をほんとうに愛して生きていくのが全身性重度障害者の生き方なのです。そこで全身性重度障害者の命、生活が守られてゆくのです。私は別に手足のきく強い者に対して屈服して生きて行けといっているわけではないのです。裏切られたらそこで敵意をもつのでなく、逆にその人を愛する包んでいくような気持ちを持って、その人を障害者の方に向けて変えて平等の関係をつくっていく。そこにはまずは人間が好きという気持ちで接していくことが一番大事なのです。すごくきれいごとに聞こえるかもしれませんが、人間が好きという心で接していかない限り、共に生きる社会なんてこの世に存在しません。

  さて、私の自伝について、それぞれの生きてきた経過の中の体験は皆違うと思いますが、私は生まれたと同時に全身性重度障害者として常に誰かの手を借りないとそこで命が消えていく存在となりました。障害者として生かされている存在の波乱万丈のなかで生きてきた体験と、産まれて障害者にならずに生きてきた方の人生の体験は、地獄と極楽の差があるのです。しかし、地獄の道をどのように切り抜けて自分の生き方を開いていくか。そこでは相当に手足の動く人間に苦しめられ、泣かされる道に突き落とされていきます。この自伝については国家のもつ家族制の思想がいかに残酷か、また、その家族制のなかで育った手足のきく者の社会的道徳という残酷さ、手足のきく者が弱者を地獄に突き落とすという気持ちの移り気の早さ、この自伝については長年かけて数名の女性と私との関係の相当な双方の心理的な葛藤や問題を、手足のきく者の手足のきかない者への差別を、社会的な問題として少しでもそれを読む方にわかってほしい、理解してほしい、社会的差別を克服してほしいと思い書きました。この問題については健全者と障害者が関係をもって結婚に入ろうとすれば常にそこで必ずぶつかっていく。とてもつらく悲しく苦しい問題です。やはり、私の生きてきた女性との関係を公にすることで健全者の差別性や双方の心理のもつ意味、障害者と関係をもつという意味はいかに重いか、この辺のことをある程度理解して考えてほしくてこの自伝を出すに至ったのです。

  1965(昭和40)年ごろの福祉といえば何ひとつ全身性重度障害者が在宅で、地域で自立していけるような保障はまったくなく、国家は障害児者をほとんど家族にゆだねて、家族がいきづまれば家族の手で障害者は殺されて、または一家心中という背景でした。1970年前後の美濃部都政のなかで福祉の政策が考えられるようになり、福祉予算のバラマキといわれながら、そこでいくつかの政党が動き出しました。障害者は施設を建てて生かしていくという少し国家を巻き込んだ方向が行政の福祉政策の方向として立てられていきました。そこでは、全く役に立たない障害児者は山奥に施設を建てて生かしていくという道と医学の研究のモルモットの材料とする道がとられました。この2つの道が立てられて、そういう方向で行政の障害者福祉はどんどんその背景が作られていこうとしていました。この自伝の最初はその時代に障害者として生まれたら誰しもが通るありきたりの道、ただ私たちは兄妹だったにすぎません。私の家族の中では7人兄弟の中で2人が重度障害者で、妹は私より重い障害者でした。この施設に入るまでの私たち2人と家族との相当な葛藤と、その状況の背景、家庭から施設まで行く経過、その時間の心理的状況、施設に入ってからの暮らし、また犬猫のように他の施設へ「あなたたちは介護の手がかかりすぎる」と有無をいわさずたらいまわしにされ、移された施設は障害者を医学のモルモットとして扱う場、その施設を障害者の生活の場にしろという闘い、それを経て地域に自立して都営車椅子住宅に入るまでの、いろいろな格闘、住宅に入ってからの厳しい行政との格闘や介護者とともに生きる関係作りの問題、その自立生活の介護保障にこぎつけていくまでの葛藤、これらのことを赤裸々に書き綴っています。

この本のタイトルについて

  さて、この本のタイトルについて、前半のこの本の内容からタイトルを決めるか、後半の内容からタイトルを決めるか、悩みました。前半についてはありきたりのことのタイトルになっていきます。後半の私の経過は愛という現実の中で自殺に追い込まれていくような経過をたどりました。すごく考えましたが、後半からタイトルを決めました。
  この『愛雪』という本を出すにあたって、多くの人は特に後半からの経過については、ただ重度障害者であって多くの女性関係を自慢したかっただけ、というように捉える方が多いと思います。確かに一般的社会常識という意識の中では、皆さんの目には私の70年間生きてきて関わった多くの女性との関係が自慢したかっただけに映るかもしれません。だけど、そのことを自慢するためだけなら私はここまでこの本を書かないし出しません。そういうことを書いて自慢してどういう意味があるのですか?
  はっきり言えばどんなに重い障害者でも大人になって異性と触れ合えば恋をするのは当然です。だけどその恋によって人間は成長して生きていくという欲求そのものが出てくるのです。私が異性と出会い恋をして、愛し、最終的な結末はあなたは私が生きていく上で邪魔な存在だから施設に戻りなさい、そこで黙って生きてください・・・。とはいってもそこで健全者に施設に閉じ込められたらたまりません。その都度必死で自分を生きるために奮い立たせてでも生き延びてきました。健全者なら振られても一人で生きていけますが、重度障害者は振られたらその直後から、介護無しには生きられないという関係の中では、そこで健全者に施設に閉じ込められていくのです。そういう所では自立するためには、広い海に浮かぶ一本のわらでも必死でつかんで生きなければならないのです。そのような施設からの長い自立生活の中では、やむを得ずこのような女性関係を繰り返して生きていくしかなかったのです。だけど私は生きていくことは必死だけれど、それ以上に相手の女性を思う気持ちもまた必死でした。一人ひとり命を賭けてとことん尽くして愛してきました。だけど最後は私の命と心を殺して一般の健全者社会の中で、楽な結婚生活を選んで生きていきました。それが重度障害者、健全者という社会の現実のあり方です。この本には手紙が半分くらい組み入れられています。というのは、重度障害者の健全者との恋愛なんて書いても嘘としか捉えられない健全者社会です。そのような意識、社会をいろんな格闘はあるけど、全身性重度障害者と健全者との愛という違いの真実を明らかにしてどこまでともに寄り添って生きていけるか、私はその真実を考えて欲しくてこの本を書きました。
愛といっても動物を見る愛、親が子供を保護する愛、その他愛にはいくつも種類があります。だけど異性という男女間の愛については最終的になれば恨み、憎しみ、敵対し、殺し合いはつきものですが、そこでは圧倒的に障害者は健全者に殺されていくのです。やはり子供や高齢者を見てもわかると思いますが強い者に虐待されて殺されていくのは弱者です。だけど男女間の殺されていく恨みや憎しみはそれとは全く違います。男女間の憎しみや恨みはそれを裏返せばそれだけ真剣に自分はその人を愛し自分の心の中でその人への愛がこびりついて離れていかないということです。私もそうした経験をした中の一人です。それだけ命がけで真剣に愛したからです。どうでもいい人なら恨みも憎しみもないと思います。やはり確かに別れた直後は社会的に抹殺されたも同然なので恨みも憎しみも少しの間は続きましたが、今となっては、私の生きてきた歴史の中で命がけで愛しそれによって自分は成長してここまで生きられたという事実、またその時の一人ひとりの愛がずっとこびりついて離れていかない以上、その恨みや憎しみは逆に私のようなものを真剣に一時でも愛してくれて、愛し合ったことをありがとうという気持ちでこの本の中でそれぞれの手紙を組み入れたのです。
  愛という言葉は、美しい言葉として語られているが、その反面、自分の都合の良いように一方的に独占欲を出し、最終的に自分が一番可愛くて、その結末はいがみ合い、ののしり合い、敵対し、殺しあいにまで行くこともある、というのが愛という言葉の本質である。だけど、私はそうした人間のもつ複雑さ、またその人間が作る社会が好きだし、愛という言葉を、その最も美しい意味において活かして行きたいからこそ、生きている中では、人間を恨むのではなく、愛し続けていきたいというのが、私の生き方である。だけど私は福祉運動をやっている以上、女性関係のその経過の中で健全者と障害者との関係の差別や苦しみを社会的に明らかにさせていただきます。今なお最初の恋人だった優子と初めての外泊の折、私の存在そのものを全く否定するような一方的な切り捨て方をされた後の帰り道の吹雪の場面がトラウマとなって残っていて、雪が降ると思い出され、気持ちが暗くなりすごく辛くなります。そういうところで愛雪という本のタイトルにしました。

  (この本を出すにあたっては、特に多様な人の意見を聞いて論議も重ねましたが、ほとんどの方は、この本の中に相手からもらった手紙というのは、相手と私の個人的な気持ちの関係の中でのやりとりだから信義則違反として相手がとっても傷付くことだから、相手の被害を被る手紙の組み入れていくことはやめなさいという意見でした。だけど、確かに社会常識や道徳を守って生きてる方にとっては、そういう意見もわかりますが、障害者がこの社会で生き抜いて行くことは、その常識や道徳を超えた、傷つけられ方を健全者にされて、その健全者は自分を守って生き延びて、障害者はそこで突き落されていくという健全者意識、社会そのものの体質の背景なのです。極端に言えば、子供を殺されても黙ってる親なんていません。そこには、そういう背景があります。その背景は背景として、私の生き方は、私と接したり特に関係を持つ方については、命がけで真剣に接します。確かに、この本の中に手紙を組み入れていくことは信義則違反かもしれないし、そこで相手も傷つけて色んな問題になっていくと思いますが、私は決して相手を恨んだり憎んだり傷つけたくて手紙を組み入れるという気持ちは全くないのです。手紙を組み入れていくことはそれだけ真剣に愛して、今なお真剣に愛し続けて大好きだからこそ、私の愛の形として、愛の証として、この本の中で、私の真実の愛として、手紙を組み入れさせて頂いたのです。人間は過去に続いて、その過去に引きずり回されて生きて行く動物です。私もその一人です。*この本の中の彼女たちの名字と名前はペンネームです。)


UP:20120830 REV:20120902, 09
新田 勲  ◇府中療育センター闘争  ◇障害者(の運動/史)のための資料・人  ◇WHO  ◇身体×世界:関連書籍  ◇BOOK
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