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『新たな疾病「医療過誤」』

Wachter,M.D.・Shojania,Kaveh G. 2005 Internal Bleeding,Rugged Land,460p.
=20070330 福井 次矢 監訳・原田 裕子 訳,朝日新聞社,580p.

last update:20110108

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■Wachter,M.D.・Shojania,Kaveh G. 2005 Internal Bleeding,Rugged Land,460p. =20070330 福井 次矢 監訳・原田 裕子 訳 『新たな疾病「医療過誤」』,朝日新聞社,580p. ISBN-10:4022502576 ISBN-13:978-4022502575 \2400 [amazon][kinokuniya] ms f02 ※

■内容


出版社からの内容紹介
最初の読者から 「現役医師による確かな医療過誤の分析」

北海道大学特任教授 医療・看護ジャーナリスト
隈本邦彦 Kumamoto Kunihiko

 本書の冒頭、ある若手医師が救急車手配の指示でミスをしたために、搬送中の患者が大変な事態に陥ってしまいそうになるエピソードが紹介されている。救急車内での若手医師の焦り、そして後に自分のミスを知ったときのショック、そんな心の動きがひしひしと伝わってくる。まるでテレビドラマ「ER」の一場面を見ているようだ。それもそのはず、その若手医師というのは、著者の1人ボブ・ワクター教授の若かりし頃なのである。
 各章の冒頭には必ずこのような医療現場の出来事が生き生きと描かれる。そして、出来事に対する冷静な分析と考察、それをふまえた上での再発防止への提言と続いていく。そこには巷のジャーナリズムで伝えられる、登場人物を善と悪に単純に二分して語るような安易なストーリーは存在しない。おそらくそれはこの2人の著者が、現役の医師であり、医学教育者であり、しかも病院の安全管理責任者であるというところによると思う。要するに「医療過誤なんて、そんなに単純なもんじゃない」のである。医療過誤の現場をよく知る立場の人間が、本当にあるべき対策について書いたら、どのようなものになるのか。それが本書である。
 2人の著者は、医療過誤を「新たな疫病」と表現する。かつてAIDSが「同性愛コミュニティの奇妙な病気」と考えられていたころには誰も対策に取り組もうとはしなかった。ところがこの病気の蔓延が社会にとって大きな脅威であることがわかってくると、政府も医療界も対策に本腰をいれるようになった。その結果、研究や治療が急速に進み、今やAIDSは「死に至る病」ではなくなった。そうした歴史と重ね合わせてみると、医療過誤対策の現状や今後がよく理解できる。医療過誤という「新たな疫病」に対して、日米ともにまだ政府や医療界の取り組みは及び腰だ。そういえば医療過誤に関する報道も、ちょうどAIDSが知られるようになった直後のように、やたらセンセーショナルだし場当たり的だ。しかしこの問題が、医療の質を左右し、社会全体に脅威をもたらす問題であることがはっきりしてくれば、対策にもっとヒト・モノ・カネがつぎ込まれ解決への道が開かれるかも知れない。AIDSで20年近くかかったのだから、医療過誤対策でもある程度時間がかかってもおかしくない。
 日本でも最近医療過誤の報道が目立つようになったが、著者らが指摘しているように、実は医療過誤のほとんどは報道されていない。確かに、患者の取り違えなど「典型的でわかりやすい過誤」はよく報道されるが、そうではない特に医学的に高度なミスほど、実際には表に出てこない。考えてみてほしい。全国の医療過誤訴訟のうち、医療側敗訴のケースというのは「本当は医療過誤なのに、やった本人は過誤だと思っていない」というものだ。さらにその何倍という医療過誤が、患者家族が気づかないとか、気づいてもあきらめたという理由で、表に出ることなくやりすごされているのである。では表に出たものだけ過誤を犯した者を罰してやれば、一罰百戒の論理で医療全体の安全が向上していくのかといえば、そうではない。なぜなら、著者らが言うように「ほとんどの医療過誤は機能不全に陥ったシステムの中で働く善良な人間が起こしてしまうもの」だからだ。医療の安全をはかるということは、そういった人間の不完全さを前提にした上で、患者への被害を防ぐシステムを強化するということなのである。
 本書を読んで驚いたのは、東西の、しかも立場のまったく違う論客が、医療過誤防止のためには同じ解決策、つまり「無過失救済システム」の実現しかないと述べていることだ。西はもちろん2人の著者だが、東の論客は日本で数多くの医療過誤訴訟を闘ってきた弁護士の加藤良夫さんだ。加藤さんは「医師はなかなか自分のミスを認めたがらない、だから裁判だけでは事故原因の解明に時間がかかり、場合によっては解明できないこともある」として「医療被害防止・救済センター」を設置すべきだと提言する。このシステムでは医師の過失の有無にかかわらず被害者を早期に救済した上で、事故原因の究明はセンターがその後ゆっくり行う。自発的にミスを報告して原因究明と再発防止に協力した医師に対しては賠償責任の軽減や免除も行うという。本書の著者も加藤さんも、医療側か患者側かという立場の違いこそあれ、ともに安全な医療の実現を求めている。そしてそのためには当事者だけを責めないシステムの構築が必要であることを見抜いている。
 最後に著者らは「患者も医療過誤防止に貢献できる」と述べる。その方法は発言すること。医療従事者・行政・政治家に対して、常日頃から医療の安全について真剣に考えるよう主張し続けることだという。確かにそうした社会全体の後押しは「新たな疫病」への対策を前進させるためには欠かせないだろう。そのためにもぜひ本書を読んで、医療安全に向けた正しい道筋について考えてほしいと思う。

「一冊の本」2007年3月号

出版社 / 著者からの内容紹介
本書の特徴
1:世界最高の医療水準を誇る米国で死因の第5位をしめ、先進諸国では国家的な問題とされ、流行病のように蔓延している「疫病」である医療過誤を、冷静にまた学術的に高度なレベルを保ちながらも、医学の専門用語をできるだけ少なくして、一般読者にも読みやすい本として書かれています。
2:医療過誤の豊富な事例を正確に知り、さらにその原因を科学的に客観的に分析した医療過誤ノンフィクションは、日本ではまだありません。
3: 医療現場のプロたちが何を考え、感じ、いかに行動するのか、その内幕を知ることができます。また「付録IV:病院、医療グループ、医師にしておきたい質問」に見られるように、本書の内容は患者にとって医療事故発生予防に役に立ちます。
4:医療過誤は誰かひとりの責任追及ではなくなりません。過ちをおかしてしまう、事故をおこしてしまうという、人間にとって不可避な事象をどのように防止するか。医療における安全性についての正しい認識をもち、「システム思考」を身につけ、医療過誤のおこらないシステムつくることの重要性を示します。

【対談】
「一冊の本」2007年3月号
福井次矢(ふくいつぐや)聖路加国際病院院長/柳田邦男(やなぎだくにお)ノンフィクション作家

■医療とは患者の謎を解くこと

柳田:第六章の「謎を解くには」に、シャーウィン・B・ヌーランドの『人間らしい死にかた――人生の最終章を考える』(河出書房新社)から引用された言葉が出ています。引用されている言葉とは、「『謎』を解いて得られる満足感は他の何ものにも代え難く、この満足感こそが、医療界で最も高度な教育を受けた専門家たちが臨床の現場に情熱をもって臨む原動力となる」というものです。すばらしい表現だと思います。
 医師が仕事をするモチベーションというのは、やはり何万人という患者さんそれぞれの病気の謎、一例一例の症状の謎を解いていくことの知的エキサイティングさにあるんだと思うのです。医師が困難な仕事に挑む動機について、こういうとらえ方をした文章に初めて出会いました。「ああ、納得」という感じですね。
 しかし、そういう医師にも魔が差す瞬間がある。本当に謎を解くためには、心を真っ白にして対象を見なくてはいけない。しかし、プロになってくると思い込みが入ってきてしまう。

福井:しかも、だんだん思い込みが強くなってきます。

柳田:エドガー・アラン・ポーの『盗まれた手紙』に、家宅捜索しても見つからない手紙が玄関を入ってすぐの、いちばん目立つ状差しにさりげなく挿してあった、というのがあります。こうしたことは、恐らく臨床の場ではたくさんあるんでしょうね。

福井:医師が専門分化していく中で、臓器の専門家、がんの専門医のような病気の専門家、それからカテーテルや内視鏡などの手技の専門家に細かく分かれてきています。日本ではさまざまな理由から手技の専門家に憧れる若い医師が多く、言葉や五感を介した診断や治療方針決定の専門家には、あまりなりたがりません。
 アメリカは、一般内科やホスピタリストのように、人の全身を幅広い視点から診る医師は臨床判断の専門家だとみなされています。日本ではそのような専門家が著しく少なく、医療事故の問題解決が遅れている原因の一つのように思います。

内容(「BOOK」データベースより)
次の犠牲者にならないために。日々発生するアメリカの医療過誤の実体を冷静に分析した衝撃のノンフィクション。

出版社からのコメント
この本の著者は医療事故の世界屈指の研究者である米国カリフォルニア大学サンフランシスコ校メディカル・スクールのR.M.ワクター教授とK.G.ショジャニア準教授です。監訳は聖路加国際病院院長・福井次矢先生、訳者は原田裕子さんです。

米国で一流と言われるメディカル・スクールの現役教授たちが、医療界の沈黙を破って、命を託した医療システムに裏切られていった患者たちの実際の話を語ります。激増する新たな流行病(疫病)について、患者さん、医療提供者の両サイドから冷静に分析した大型ノンフィクション。

各章の冒頭には医療現場の出来事が臨場感をもって語られ、さながらテレビドラマの「ER」を見ているように面白く読めます。保健医療システムの実情、人数の不足で超過勤務にあえぐ医療従事者たちの悲劇……。それは、次の犠牲者にならないために、患者とその家族が是非とも知らねばならない現実といえます。

事例はどれも印象深く書かれています。
第1章の「患者の取り違え」では、本来EPS(電気生理学的検査)の処置を受けるはずであったモリソン夫人とモリス夫人の取り違え。17の過誤が積み重なった経緯が詳細に書かれています。第8章「あれ、忘れ物をしたかな?」に描かれているのは、2002年10月、空港である女性が金属をすべて除いてもどうしても金属探知機が鳴ってしまいゲートを通過できないという出来事。その後検査の結果、なんと4カ月前に手術を受けた際の腹部への忘れ物開創鉤(かいそうこう)が見つかったのです。また第14章「秘密をもらす」では小児心臓外科医として医療界のスターであった医師が、単純なミスのために患者を死亡させてしまった例が紹介されています。臓器提供者と被提供者の血液型照合の確認ミスでした。
豊富な事例をもとに、最終的に間違った行動や判断をしてしまった個人への責任追及だけでは決して医療の安全性は高められないことを伝えています。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
ワクター,ロバート・M.
医学博士。UCSF(カリフォルニア大学サンフランシスコ校)メディカル・スクール教授、UCSF医療センター医療サービス部長。UCSF患者安全委員会委員長。病院医療協会初代会長。医療過誤に関する専門誌2誌の主席編集委員を務めている

ショジャニア,ケイヴェ・G.
医学博士。UCSFメディカル・スクール助教授。臨床医、教育者、病院の質と患者の安全についての研究者。患者の安全に関する専門誌の編集委員。2002年に病院医療協会より若手研究者賞を受賞している

福井 次矢
聖路加国際病院院長、京都大学名誉教授。1976年京都大学医学部卒業。聖路加国際病院研修医・医員。1980年より4年間、アメリカ・コロンビア大学、ハーヴァード大学留学。1984年ハーヴァード大学公衆衛生大学院修士課程修了。国立病院医療センター(現国立国際医療センター)、佐賀医科大学(現佐賀大学医学部)、京都大学大学院医学研究科臨床疫学教授、同医学部附属病院内科総合診療科科長を経て現職。「総合診療」や「根拠に基づいた医療(Evidence‐Based Medicine=EBM)」の推進・医学教育の改革に貢献してきた

原田 裕子
1982年慶應義塾大学経済学部卒業。同大学在学中に日米会話学院同時通訳科修了。1985年慶應義塾大学大学院文学研究科修士課程修了(英米文学専攻)。1986年防衛大学校外国語教室助手。同校専任講師、助教授を経て1996年退職。2000年米国シモンズカレッジ看護学部卒業。米国マサチューセッツ州登録看護師免許取得。同年マサチューセッツ総合病院神経外科病棟勤務。2003年看護師免許取得。特別養護老人ホーム医務室勤務、千葉県立衛生短期大学非常勤講師を経て、日本看護協会国際部勤務。2007年1月、日本看護協会退職(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)

■目次


はじめに

序 新たな疫病

第一部 システム
 第1章 患者の取り違え
 第2章 「このシステムってものを…」
 第3章 ジャンボ機墜落

第二部 医師の犯しがちな過誤
 第4章 医師の肉筆とその他の薬剤処方過誤
 第5章 薬物誤用の忘れられた一面
 第6章 謎を解くには
 第7章 命か、五体満足か
 第8章 あれ、忘れ物をしたかな?
 第9章 練習は完璧の母
 第10章 申し送りと「へま」
 第11章 見て、やって、教える
 第12章 思い上がりとチームワーム
 第13章 聴診器の向こうに

第三部 結果
 第14章 秘密を漏らす
 第15章 報告すべきか?
 第16章 医療過誤
 第17章 責任

第四部 治療法
 第18章 新しい病と闘う
 第19章 政策をいかに立てるか
 第20章 安全という文化
 第21章 安全システム
 第22章 患者にできること

終わりにあたって
付録
原注
謝辞

■引用

■書評・紹介

■言及



*作成:樋口 也寸志
UP:20110108 REV:
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