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オランダの社会研究大学で学んで

国際日本文化研究センター共同研究員・長瀬修
199608
『働く広場』1996年8月号



社会研究大学(ISS)
 2年余りのウィーン、ニューヨークでの国連事務局障害者班勤務の後、オランダはハーグの社会研究大学(Institute of Social Studies:ISS)(注1)で「開発と障害者」をテーマに1年4カ月間、研究生活を送り、昨年の12月に帰国した。本稿では、オランダでの研究生活を振り返ると共に、活用した国際的な障害分野の貴重な情報源を2つ紹介する。
 なお、研究の成果である修士論文「差異、平等、障害者:障害者の権利と障害者の文化」に関しては著者に直接、お問い合わせ頂きたい。(注2)
 学生時代に東京都目黒区の重度障害児学級の子供たちを近くの公園に連れていくというボランティア活動(上智大わかたけサークル)で初めて障害の世界に意識的に触れてから、ケニアでの青年海外協力隊の活動、八代英太参議院議員事務所での勤務を経て、30代後半にして修士課程で障害・障害者に取り組む機会に恵まれた。
 なぜ、この年になってから修士に取り組む気になったかというと、きっかけは国連事務局勤務時代に国連正規職員に応募した際に、修士の資格がないことで門前払いをくらったことだった。初めは単に修士号への関心であり、研究自体にはさほど興味はなかった。なるべく、楽に資格が取れればというほどの気持ちだった。
 外務省の国際開発大学院構想を進めている国際開発高等教育機構(注3)から奨学金が得られなければ大学院に進むことはありえなかっただろう。
 障害者をテーマとして申し込んだことで同機構内で私への奨学金支給は議論となったという経緯を、平井慎介専務理事(当時。現在はナイジェリア大使)から知った。帰国後の報告会の席でである。同専務理事が障害分野を重視し、決断したと御本人からうかがった。私自身が奨学金を受給できたことはもちろんだが、障害分野が社会的に認知されたことが本当に嬉しい。
 なお、国際協力分野では、国際協力事業団が「障害者の国際協力事業への参加」調査という革新的な試みを進めている。心強い。(注4)
 さて、10数年ぶりに学問に取り組んでみると、当初は文献を読み込んで、論文を書くという作業が本当にしんどかった。しかし、学期が進むにつれて考えてみるということがだんだんと楽しくなった。我ながら不思議だった。これまでの経験を理論的に整理する格好の機会となったのである。様々な社会理論を障害者に当てはめて考えてみた。特に参考になったのは、フェミニズムの思想である。
 留学先のISSはオランダ国立の大学院大学で、基本的には途上国の開発の問題を対象とした研究・教育機関であり、授業は英語で行われる。
 学生数は修士課程で約150名で、学生のほとんどはアジア、アフリカ、中南米の途上国からの留学生である。約3分の2の学生はオランダ政府からの奨学金を得ている。男女比は約半々である。基本的には勤務経験が前提で、外交官を含む行政官、NGO職員、ジャーナリスト、労働運動家、大学教員などのバックグランドを持つ。彼らから学んだことは多い。
 教員の構成も多彩である。私の修士論文の第1指導教授のヤン・ネーダーフィーン=ピータース(注5)はオランダ出身の男性だが、第2指導教授のオーロラ・ガリンドはフィリピン出身の女性である。環境担当のモハメド・サレはスーダン出身の男性である。政治経済を担当のゲイ・フォートマンは元国会議員の男性である。お茶の水大学のジェンダー研究所に今秋来日する予定のタン・ダム・ツゥルン(注6)はベトナム出身の女性である。このような教授陣と学生の多彩さがISSの持つ最大の魅力である。
 ISSの修士課程には公共政策、女性と開発、農村・農業開発、経済開発、雇用・労働開発、そして私が在籍した「代替開発戦略の政治学」Politics of Alternative Development Strategies(PADS)の6コースがある。PADSは「女性と開発」と並んで政治的色彩が濃いコースである。政治的というのは、様々な力学が関係するという意味合いである。そしてキーワードは「オールターナティブ」である。これは「これまでとは別の」という意味で、私もこの名称に惹かれてISSに決定したところが大きかった。
 ちなみに留学先は開発学が強い機関ということで、ISS以外では、英国のイースト・アングリア大やサセックス大を候補として考えていた。
 PADSの同級生は、21名で内訳は次の通り。
*アフリカ(計9名)
 ウガンダ(2名)、ガーナ、ケニア、スーダン、タンザニア、南アフリカ(2名
)、モザンビーク
*アジア(計6名)
 インドネシア、タイ、日本(2名)、バングラデシュ、マレーシア、
*中南米(計4名)
 アルゼンチン、チリ、ブラジル、ホンジュラス
*北米(計1名)
米国
*ヨーロッパ(計1名)
 オランダ(聴講生)
 アフリカからの学生が多いのが特徴である。オランダ自体はアフリカ支配を行わなかったが、ヨーロッパは全体として植民地支配を通じてアフリカとの関係が深い。現在、地域としてはアフリカの問題が最も深刻なだけに、アフリカに力を入れるのは望ましい優先順位である。しかし、取り上げられる事例としてアフリカが多すぎると感じたことも正直あった。
 また、ヨーロッパの学生が3分の1程度はいるかと思っていたが、ほとんどいなかった。オランダで世界各地の人間と出会えたのは幸運だったが、今思えば、もう少し、地元のオランダや他のヨーロッパ諸国の学生が多くてもよかった。
 なお、英国の開発関係の課程には日本人留学生が非常に多くなっていると聞くが、ISSではさほど多くない。私が入学した際には、私を含め4名が日本人の修士課程入学者だった。
 学生は既婚者が多いが、オランダ政府の奨学金では経済的に家族を同伴するのはむずかしいため、男女共に単身で留学している学生が多かった。家族全員が同行できたわが家は恵まれていた。手厚い制度を整備してくれた国際開発高等教育機構に深く感謝する。
 残念なことに、今年に入ってからはISSの学生が二人死亡している。一人はインド人で学生寮からの投身自殺である。彼はPADSの後輩で、話したこともあり、非常に残念だ。インドの民間開発援助団体の出身だった。理由はあまり明確でないようだが、異文化のストレスも一因かもしれない。私も、現在久しぶりに日本で生活し、ほっとした気持ちである。 ISSの修士課程で障害に取り組んだのは私が初めてだった。その意味で、最終提出日の朝5時に出来上がった修士論文へのコメントとして、指導教授の一人から「最終章、そして結論を読んで、この分野[障害分野]の研究が、PADSの一部となるべきだと強く感じる」を得られた時は非常に嬉しかった。繰り返しになるが、個人的な喜びと共に、障害分野の認知が学問的にも進むからである。
 ISSを選択してよかったと感じている。ネーダーフィーン=ピータースをはじめとするこれまで障害の問題に取り組んだことがない研究者たちが、自分たちの持つ理論的枠組みを用いて、障害を一緒に考えてくれたからである。
 もう一つの選択肢もあった。それはISSで16カ月を研究に費やした今だから分かることだが、英国のリーズ大の社会学・社会政策学科の「障害学」の修士課程である。英国の障害者インターナショナル加盟団体である英国障害者組織評議会(BCODP)の研究者も務める視覚障害のコリン・バーンズが主任教授である。(注7)こちらだったら、それこそ障害の世界にどっぷり浸かったことだろう。ISSで少し距離をおいて取り組むのと、リーズ大で基本的に障害だけに専念するのとどちらがよかったのかは分からない。

「ディスアビリティと社会」誌
 障害者に関する仕事というと直接のサービス提供を思い浮かべる人が多い。しかし、社会問題としての障害(者)問題は、社会の枠組みや思想の課題としての要素も大きい。その意味で、英語でディスアビリティ・スタディズと呼ばれる「障害学」が成立しつつあることの意義は大きい。
 障害学の成立、そしてディスアビリティを「社会の組織が押しつける経済的、社会的抑圧」として定義づける「障害の社会理論」の形成に大きな貢献を行ってきた研究誌にISS在学中にめぐりあった。英国で刊行されている国際的研究誌「ディスアビリティと社会」Disability & Societyである。1986年に創刊された同誌は当初、「ディスアビリティ、ハンディキャップと社会」Disability, Handicap &Societyと題されたが、1994年の第9巻からハンディキャップが「否定的で抑圧的である」として消され、「ディスアビリティと社会」Disability & Societyと改題されている。(注8)
 障害学の課程があるシェフィールド大のレン・バートンが編集長を創刊以来務めている。代表編集委員(4名)には、リーズ大のコリン・バーンズに加えてグリニッチ大のマイク・オリバーの名が並んでいる。マイク・オリバーは1990年の"The Politics of Disablement" (Houndsmill: Macmillan Press)(障害の政治学)により、「障害の社会理論」の急先鋒となっている。
 最近の論文等で興味深かったものをいくつか紹介する。一つは米国のスティーブン・ブラウンの「私は31才の時に(病院で)生まれた」(注9)である。米国の障害文化研究所のブラウンは、障害の肯定的な側面に着目し、米国の障害文化運動のリーダーである。31才で事故に遭い、障害の肯定的側面に目を向ける著者は障害者の独自の文化を訴えている。昨年、私はこの論文を読んで心惹かれ、ブラウンに手紙を出したところ、早速電子メールで返事が届いた。ブラウンの著作は同論文をはじめрフ修士論文でも言及、引用した経緯もあり、頻繁に連絡を取り合っていた。私の依頼に応じて、ブラウンは修士論文の草稿にコメントを電子メールで寄せてくれた。いつか本人に会うのが楽しみである。
 本誌6月号が紹介している(注10)英国の障害差別法に関しては、最新号も含め、動きを追っている。昨年はコリン・バーンズとマイク・オリバーという障害を持つ運動家・研究家が1982年から1994年に到るまでの、13回にわたる英国の反差別立法の試みを振り返り、昨年の政府提出の法案を分析している。同論文は同法成立以前に書かれたものだが、「政府提案が現実に法律になった時点で、英国の障害者は今日よりも悪い状況におかれる」とまで述べているのは、障害者運動側の反応を端的に示している。(注11) 
 同誌の書評欄も時には非常に辛らつで興味深い。最新号では、リーズ大のトム・シェークスピアがオリバー・サックスの新著を「生物学的還元主義」として徹底的に批判している。(注12)
 94年の「ディスアビリティ・ビジネス:米国のリハビリテーション」のマイク・オリバーによる書評には吹き出してしまった。次のような書き出しである。
 「ある障害を持つ同僚が米国での長い滞在から戻り、次のように評した。向こうの障害者は我々英国の障害者よりも公民権の確立に関してはだいぶ先を行っているかも知れないが、ディスアビリティの本質に関する彼らの理解は我々のそれよりも「何光年も遅れている」」。(注13)

少なくとも一部の英国の研究者は米国をこのように見ているのかと興味深かった。深く、広いのは太平洋だけではない。

もちろん、いつも批判的な訳ではない。昨年はジェニー・モリスが障害女性の国際的なアンソロジーの書評で、「中西・岡・由起子の文章を読み、自立生活に関して発展してきた哲学と政策が女性の問題を無視してきたこと、そして、文化的差異を認識する必要を考えざるを得なかった」(注14)と述べている。ジェニー・モリスは障害フェミニストの第1人者と言っても過言ではない人物である。
 同誌の連絡先は次の通り。
Carfax Publishing Company, P.O. Box 25, Abington, Oxfordshire, OX 14
3UE,U.K.
fax:+44-1235-401550

DAAニュースレター
 障害者自身の立場から世界の情報をタイムリーに提供しているのが、ロンドンに本拠を置く、Disability Awareness in Action(DAA)の月刊ニュースレターである。ニュースレターは電子メール版もある。
 DAAは障害者インターナショナル、インクルージョン・インターナショナル(旧国際知的障害者育成会連盟)、世界ろう連盟などによる障害に関する主に情報交換の共同プロジェクトであり、英国政府、カナダ政府、企業、財団から支援を得ている。
 毎号12頁の情報量は非常に盛りだくさんである。今年の3月号を一例として紹介してみる。まず、制度的な動きを1ー3頁で追っている。取り上げられているのは、昨年12月にインド国会を通過した、インドの障害者(均等な機会、権利の保護、完全参加)法の成立とスロバキアで昨年6月に成立した「ろう者の手話法」である。前者は概要、後者は全文(1頁)を掲載している。特に後者は、手話に関する独立した法律のおそらく世界で最初の例である。
 4頁以降では、ケニア、インド、マラウィ、ウガンダなど各国の障害読者からの生の声が多く伝えられている。7頁では囲み記事でミシンを購入するための資金援助を求めるマラウィの失業中の聴覚障害青年からの手紙を掲載している。法律などの制度的な動きだけでなく、各国の障害者からの肉声を伝えたいという意欲が誌面から読み取れる。
 カメルーン、ロシア、ボツワナ、米国、カナダ、英国、ドイツなどの動きも紹介している。
 DAAに対しては、私が日本に関する情報提供を行ったこともある。その結果、昨年夏の参議院選挙で、八代英太、堀利和という二人の障害者議員が落選したという記事が昨年の8月号に掲載されている。(注15)
 DAAは月刊のニュースレター以外にも国連の「障害者の機会均等化に関する基準規則」(注16)の利用法に関するキットを作成したり、優生学と安楽死に関する Life, Death and Rights(生、死、権利)と題するニュースシートを不定期ながら1994年から不定期に刊行している。
 DAAの連絡先は以下の通り。
Disability Awareness in Action
11 Belgrave Road, London SW1V 1RB
United Kingdom
tel: +44-171-834-0477
text telephone: +44-171-821-9812
fax: +44-171-821-9539
e-mail:100726.141@スパム対策compuserve.com
 
これから
 ISSで学んだことをいかに活かすかであるが、一つは障害学の構築を願っている。障害という切り口を学問的に確立することが必要である。ジェンダーの視点が、全ての分野を横断するように、障害フ視点も全ての分野にわたる。6月中旬に米国の首都ワシントンで開かれた障害学会に出席した。
 また機会均等基準等の国際的な障害分野の基準の制定、実施、モニタリングに関しても目を離さずにいきたい。機会均等基準は将来的に、障害者の権利条約もしくは障害差別撤廃条約として格上げされるべきである。6月中旬にはニューヨークで機会均等基準のNGO専門家会議の第2回会合が開かれた。ワシントンへの途上でオブザーバーとして1日だけ顔が出せた。
 日本政府は国際人権規約の「経済的、社会的および文化的権利に関する国際的規約」(注17)の第2回定期報告書を約4年遅れで本年には提出する予定だが、94年に採択された同規約に関する一般的意見第5号「障害者」(注18)の内容が反映されているよう確認したい。
 ささやかながらでも、障害を国際的な視点から見守り、自分でできることを続けていきたい。                               
                  (文中敬称略)


(1)社会研究所、社会問題研究所という訳が当てられることが多いが、Instituteだからといって機械的に研究所とするのは誤りである。Massachusettes Instituteof Technologyはマサチューセッツ工科大学であり、「研究所」ではないのと同じである。
(2)"Difference, Equality and Disabled People:Disability Rights andDisability Culture"(英文93頁)もしくは日本語要約(1頁)に関心がある方は、下記まで御連絡下さい。
 〒230横浜市鶴見区下野谷町1ー13ー1ー632
ファックス:945ー505ー9558
電子メール:ek6o-ngs@スパム対策asahi-net.or.jp
3)同機構は毎年、高等教育学位プログラムによる研究者の海外派遣事業を行っている。担当は事業部。
同機構の住所・連絡先は、〒162新宿区市谷本村町42番地、事業部電話03ー
3226ー7102/4、ファックス03ー3226ー7360
4)座長は初山泰宏国立リハビリテーションセンター総長。国際協力分野は日本障害者雇用促進協会の松井亮輔審議役が担当している。問い合わせは国際協力事業団国際協力総合研修所調査研究課(〒162新宿区市谷本村町10ー5、電話03ー3269ー3374、ファックス03ー3269ー2185)
(5)主な編著書に"Empowerments, Modern and Postmodern" 1992, London:Sage等がある。日本語では「西洋という包みを解く――ヨーロッパはどれくらいヨーロッパ的か」(吉岡洋訳、へるめす、53号、1995年1月)がある。
(6)著書に「売春ー性労働の社会構造と国際経済」山下明子・田中紀子訳、明石書店がある。
(7)連絡先は Colin Barnes, School of Sociology and Social Policy, University of Leeds, Leeds LS2 9JT, U.K.
(8)ディスアビリティの英国での用法に関しては「ノーマライゼーション 障害者の福祉」誌1996年6月号の拙稿「障害(者)の定義ー英国の例(上)」を参考にして頂きたい。
(9) Brown, S. (1995) "I Was Born (In a Hospital Bed)-when I was 31 years old", Disability & Society, vol. 10, no. 1, 1995. pp.103-110.
(10)モリス・ジェンキンス(1996)「英国の障害差別禁止法」『働く広場』、1996年6月号、6ー11頁
(11) Barnes, C., Oliver M. (1995) "Disability Rights: rhetoric and reality in the UK", Disability & Society, vol. 10, no. 1. pp. 111-116.
(12) Shakespeare, T. (1996) "An Anthropologist on Mars", Disability & Society, vol. 11, no. 1, pp. 137-139
(13) Oliver, M. (1994) "The Disability Business: rehabilitation in America" Disability & Society, vol. 9, no. 1, pp. 108-110.
(14) Morris, J. (1995) "Imprint-ing Our Image: an international anthology by women with disabilities "Disability & Society, vol. 10, no.2,pp. 242-244.
(15)"Japan", Disability Awareness in Action Newsletter, no.30, August1995, p. 10.
(16)1993年末に国連総会で採択された現在の国際的障害政策の最重要文書。拙訳により日本障害者協議会(〒173板橋区小茂根1ー1ー7、電話03ー5995ー4501、ファックス03ー5995ー4502)より刊(1994年)。
(17)阿部浩己、今井直著の「テキストブック国際人権法」1996年、日本評論社が参考になる。
(18)日本障害者協議会の「JDジャーナル」で1996年4月号より拙訳により連載中。

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オランダ雑感
(1)ISSの学生は参加者participantと呼ばれ、学校の運営にもある程度関与している。2学期に、私は生まれて初めてクラス代表を務めたが、次年度の学生の選考に、クラス代表として関与するのには驚いた。願書にも目を通すのである。
(2)オランダはホームドクター制度で、基本的にどんな病気でもまずは、近所のかかりつけの医者に見てもらう。娘を連れて行ったら、広々とした部屋で、医者の椅子は丸イスで、患者のイスは二つ、ゆったりとした肘掛け付きの椅子だった。
(3)オランダの犬の飼い主のマナーは最低である。日本の多くの飼い主とはちがい、自分の飼い犬の糞の始末をする習慣がない。うちのアパートの前の通りは、それはひどいものだった。
(4)多くのオランダ人はカーテン等で家の中をのぞかれないようにする習慣がない。したがって、家の中が丸見えである。夜はきれいな照明器具を用いて、家の中が外から見えるようにしてある。日が暮れた後で、路面電車やバスから、きちんと整理整頓され、上手に照明してある家の中を見るのは私にとっては風車やチューリップに負けず劣らず、オランダらしい風景だった。

『働く広場』1996年8月号


REV: 20161229
オランダ
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