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国連の障害分野の動向――社会開発サミット

長瀬 修
19950501
『障害者の福祉』15-5(1995ー5)



 社会開発サミットが95年3月6日から12日までデンマークの首都コペンハーゲンで開催された。筆者は日本障害者リハビリテーション協会も加盟団体である日本障害者協議会の代表として3月3日から始まったNGOフォーラム並びに同サミット開会式に参加する機会に恵まれた。
 本稿では同サミットのNGOフォーラムとして開催された「障害に関するNGO国際会議」をはじめ、最近の国連の障害分野での動きを取り上げる。

第49回国連総会決議
 
 昨年12月23日に第49回国連総会の障害分野の決議(49/153)が採択された。序文の後は第1部が機会均等基準を取り上げ、第2部が「2000年とそれ以降に向けて世界行動計画を実施するための長期戦略」(長期戦略)に触れるという構成となったのが特色である。これまでは世界行動計画が最も基本的な政策文書だったが、これからは世界行動計画から進化した機会均等基準が中心となったことが明らかに読み取れる。
 次回の事務総長報告は原則として97年の第52回総会に行われることとなった。97年春の社会開発委員会に特別報告者からの報告書が提出されるのと、97年が世界行動計画の5年毎の見直しの年に当たるからである。
 主な内容は次の通りである。

(第1部 機会均等基準)
 *全国、地方レベルでの機会均等基準の実施のための障害計画の策定を求める。
 *適切な場合において、障害計画を策定する際に、実施時期を明確にする。
 *特別報告者の指名を歓迎する。
 *専門家集団の結成を歓迎する。
 *世界的障害指標の作成と特別報告者によるその利用を要請する。
 *特別報告者の活動資金への任意拠出を要請する。
(第2部 長期戦略)
 *(長期戦略を含む)事務総長報告に留意する。
 *地域委員会や他の地域的組織が世界的手法、基準、障害関連の技術を当該地域
のニーズに見合った形に適応させ、移転させるよう要請する。

機会均等基準のNGO専門家集団初会合

 2月15日から17日までニューヨークで機会均等基準に関するNGO専門家集団の初会合が、特別報告者のベンクト・リンドクビスト氏も交え開かれた。これで特別報告者とNGO専門家集団という機会均等基準のモニタリングの両輪がそろった。
 機会均等基準の第4章モニタリング機構が障害者の国際組織並びに本人が組織化するに至っていない分野の組織が自ら専門家集団を結成するように求めているのに基づいている。国際知的障害者育成会連盟(ILSMH:同連盟はINCLUSIONINTERNATIONALに名称を変更中である)、障害者インターナショナル(DPI)、世界盲人連合(WBU)、世界ろう連盟(WFD)から各2名、国際リハビリテーション協会(RI)、世界精神医療ユーザー連盟(WFPU)から各1名、合計10名が選出された。家族であるILSMHの2名を含め、全員が「当事者」である。

 これまで国連内では主に人権分野の対象だった精神障害分野からの選出があったのが注目される。専門家を選出する組織の選定のイニシャティブは特別報告者がとった。専門家の推薦は各組織が行った。
 専門家集団による主な勧告は次の通り。

 *完全参加と平等の実現のために機会均等基準の実施を最重要課題として取り組むべきである。
 *国連と加盟国は国連と国際NGOの協力に国連通常予算を投入すべきである。
 *機会均等基準の実施は国連、政府、NGO間の協力の精神に基づくべきである。
 *立法、業務の連絡調整、障害者組織、アクセシビリティ、教育、就労の6分野にモニタリングの焦点をしぼるべきである。
 *6分野での測定可能な目的の策定をすべきである。
 *95年末までに6分野での実施の状況のレベルを測る指標の策定並びに測定がなされるべきである。
 *専門家集団は96年1月第3週に第2回会合を開く。
 *インターネットの活用やポスターの作成による機会均等基準の普及、情報交換を行う。

 機会均等基準に関するNGO国際会議

 機会均等基準がどれだけ実施に移されいるかを測る「ものさし」づくりを目指したNGO国際会議が3月3日にコペンハーゲンで開かれた。主催はデンマーク障害者協議会(DSI)であり、ヨーロッパを中心に約25カ国からの参加があった。特別報告者のリンドクビスト氏に加えて、NGO専門家集団の4名が出席し関心の高さを示した。
 会議ではDSI国際委員長、北欧障害者協議会の副会長という立場でホルジャー・カレハウゲ氏から二つの提案がなされた。一つは北欧と欧州連合(EU)それぞれを対象にしたアドバイザーの任命である。欧州連合対象のアドバイザー任命は、会議冒頭に発言したデンマーク政府社会大臣からも支持を得ている。リンドクビスト氏も、欧州連合がアドoイザーの資金を負担するという前提の上で支持を表明した。
 第2は機会均等基準の実施状況を把握するための指標案の提示である。完成したあかつきには各国の障害者組織、各国政府、国際障害者組織、国際機関が採点を行い、その結果を公表するという提案である。
 国連総会は92年から国連開発計画の人間開発指標が「社会が障害市民をどのように扱っているかの評価」を含むよう要請している。94年の総会決議が世界的障害指標を要請しているのもこれに関連している。
 指標案は機会均等基準の目標分野、前提条件、実施方策各分野で全部で25問の質問に0(何の方策もなし)から6(当該分野の方策は完全、ないしはほとんど実施された)の点数を記入するものである。
 会議ではパイロットプロジェクトとしてDSIと北欧協が指標案作成を継続することが支持され、今夏には会議の参加者に改訂案が送付されることとなった。
 このプロジェクトが成功するかどうかは未知数だが、骨太な構想力を高く評価する。機会均等基準の実施の成否が国際的な課題として障害分野が生き残って行くかどうかを握っているからであり、それは障害者・障害者組織が機会均等基準をどれだけ自分たちの「道具」として利用できるかに結局はかかっているからである。

 NGOフォーラム:ILOとの討論

 NGOフォーラムの一環として3月5日にILO職業リハビリテーション部長のウィリー・モム氏とのディスカッションが行われた。
 国連事務局の障害者班が縮小された現在、世界で障害分野を中心に10名の専門職員を持つILOは国際機関の中では最強のプログラムである。
 モム氏からは「規制緩和」という国際的潮流の中で社会的規制としてのILO条約実施の位置づけという課題、政労使の3者構成への障害者組織の関与・参加、159号条約の改訂の可能性などに関する非常に中身の濃い報告があった。
 障害分野の研修と就労・雇用に関する平等達成を目標とした世界的な研究ネットワーク(GLADNET)が2月に発足したというホットな話題もあった。世界的なコンピューターネットワークであるインターネットを利用する。

 社会開発サミット

 社会開発をテーマとするサミットが3月6日から12日まで(実際は13日未明まで開催)コペンハーゲンで開催された。
 経済問題の陰にかくされがちな社会問題に脚光を浴びせようという野心的な試みであり、当初は国際的な関心も低かったが、最終的には約118ケ国から首脳が参加し、日本からも村山富市総理が出席した。
 社会開発を貧困、就労・雇用、社会統合という3要素と解釈したのがこのサミットの特色である。どれ一つをとっても、とてつもなく大きいテーマであり、一朝一夕にはいずれにしても解決できることはありえない。しかし、もし仮にこのサミットが歴史に残るとすれば、それはこの途方もない課題を初めて首脳会議の議題として取り上げた点にまさにあるだろう。
 採択された宣言と行動計画では50カ所以上に障害者、女性障害者、障害、弱い立場・不利な立場に置かれている集団(障害者も含む)という表現が見られる。日本でもDPROの活動等で「ろう者」の言語集団としての側面に関心が寄せられるようになったが、言語少数派にもわずかながら触れている(第4公約)。宣言の中では「可能性を引き出す環境ENABLINGENVIRONMENT」が10の公約の第1番目に出て来るのが目を引く。
 宣言、行動計画から特に障害分野に関係がある主な点を拾ってみる。
 *障害者の雇用・就労に関しては第3章の「生産的雇用の拡大と失業の減少」のD節第62段落全部が当てられ、「障害者の雇用・就労機会の範囲の拡大」を取り上げている。
 *社会統合の目的として「全員参加の社会」(A SOCIETY FORALL)の建設がうたわれた。(第66段落)
*機会均等基準の促進が盛り込まれた。(第 75段落)
 (注)採択済みだが未編集のテキストに基づいているため、段落番号等は変更の可能性があることをご了解頂きたい。
 2000年に宣言と行動計画の実施状況を審議する国連特別総会を開催することになった。来年は貧困撲滅年と既に宣言されている。

 市民の自然な参加

 コペンハーゲンでのNGOフォーラム会場には数えきれないくらいの数のNGOが展示やワークショップを開いていた。その会場はまるで遊園地のように家族連れが多かったし、障害者もよく目についた。会場に気軽に自転車をこいでくる人たちも多かった。このように広範な層が肩ひじ張らずに国内外の社会問題に関心を示しているのは新鮮な驚きだった。市民レベルでの関心がどれだけの広まりをみせるかが結局は鍵ではないか。開催費用の約20億円を壮大なムダ遣いと評するマスコミ記事もあったが、福祉国家としてぶあつい層がこういった社会問題への取り組みを支持しているように感じられた。
 デンマーク王室はナチスドイツによる占領時代にユダヤ人が胸にダビデの星をつけさせられた際に、国王自らが自分はユダヤ人であるとして(実際にはユダヤ人ではないが)、率先して星を付けたという誇るべきエピソードを持っている。ノーマライゼーションの思想を生み出す土壌といったものをデンマークは持つように思われる。

 民間・NGOの役割

 サミットの準備過程の中で社会開発分野でのNGOの役割が日本でも認知されるようになったのが成果の一つである。昨年8月の第2回準備会議では日本政府代表団にNGO代表が参加し、それは1月の第3回準備会議、3月の本会議でも継続された。このような過程を経て、民間の側、NGO内に経験や知識が蓄積されることが重要である。
 カレハウゲ氏もデンマーク政府代表団の一員として障害者問題を審議する国連第3委員会に出席した経験を持っている。日本政府もこれまで第3委員会の代表には民間の女性代表を含むのが慣例となっているが、障害者が議題となる会議では障害者の代表参加を求めるべきである。
 自省もこめて言えば、日本の障害関係者はこれまで障害分野の国連での動向と日本政府の態度には疎かった。87年、89年の障害者の権利条約の提案・審議という重要事項に関する情報がどれだけリアルタイムで届いていたのか。日本政府が一貫して障害者の権利条約に反対という立場をとってきたのを現在でもどれだけの人が知っているのか。
 その意味で本誌3月号の巻頭言で成瀬正次氏が触れている日本障害者協議会の「サミットNGOフォーラム日本準備会」参加、カウンターレポート作成は意義がある。国際的な政策動向は降って涌いてくるものではないからである。主体的な参加をしてこそ意味がある。明るい材料としては「アジア太平洋障害者の10年」を宣言する過程並びにその実施過程では日本の障害関係民間組織が活発な動きを見せてきたのがあげられる。官による政策立案作業・能力の独占という「構造化されたパターナリズム」(米本昌平著「地球環境問題とは何か」、岩波書店)からの脱却が日本の市民社会、NGOの大きな課題である。
 機会均等基準実施のNGO専門家集団の結成、NGO国際会議の開催、サミットの日本政府代表団へのNGO代表参加とNGOの役割は明確に拡大している。
 障害者自身の活躍も見逃せない。リンドクビスト氏の特別報告者就任、専門家集団結成、カレハウゲ氏の提案等である。

リンドクビスト氏からのアピール

 最後にNGO国際会議でのリンドクビスト氏の発言を引用する。
 「ここに御出席のみなさんの多くはNGOの代表であると理解しています。(機会均等)基準実施の成否を分けるのは皆さんの双肩にかかっています。NGOが本気で政府に圧力をかけ、政府自身の政治的・道義的公約を果たすようにすれば、障害者の人権と完全参加に向けて少しなりとも歩を進めるのに成功するかもしれない」
 「私は最善を尽くすことを約束します。皆さんはどうですか」

「障害者の福祉」95年5月号


REV: 20161229
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