梅根 悟
うめね さとる
last update:20221210
引用
「昭和40年代半ばになると桜美林大学や和光大学に進学する視覚障害者が増加。桜美林大学についての事情は分からないが、「和光大学の梅根悟〈ウメネ サトル〉初代学長は、以前東京教育大学の教授や学部長を勤めており、障害者の受け入れにも積極的だったからでしょう。」と尾関先生は言う。当時、和光大学の教員には点字と手話のできる小島純郎〈コジマ スミロウ〉先生や篠原睦治〈シノハラ ムツハル〉先生がおられ、障害者の受け入れに積極的に取り組んだという事情もあるだろう。」(p.270)
◇戸塚辰永(取材・構成) 2011 「座談会・大学の門はいかに開かれたか――元附属盲教諭尾関育三先生に聞く――」, 『なずれば指に 明きらけし――筑波大学附属盲学校記念文集』,社会福祉法人桜雲会 267-276.
「一方で、梅根学長は、「点字辞典、英字参考書を豊富に備え付けるには、多額の経費を必要とする。また、車イスによる教室移動を必要とする者のためには、そのためのエレベーター、スロープ階段などの施設を要するので、本学のような小規模私学では耐えられない。本学の経験によって言えば、障害者の大学教育は、国費でまかなっている国立大学が主として受け入れて、十分の施設設備をすべきであり、そのためのセンター的大学が地域毎に設けられるようにすべきである」と、外部の機関の質問に回答している(1972年)」(p.23)
◇篠原 睦治編 20100515 『関係の原像を描く――「障害」元学生との対話を重ねて』, 現代書館
◇作成: 山口 和紀