田中 秀樹
たなか ひでき
last update:20210204
■著書
◆田中 英樹 20010601 『精神障害者の地域生活支援――統合的生活モデルとコミュニティソーシャルワーク』,中央法規出版.
■論文
◆田中英樹,2010,「リカバリー概念の歴史」『精神科臨床サービス』10(4):428-433.
pp. 428-431
リカバリーを基にした新しいプログラムや支援技法がわが国にも紹介され、その実践が始まっている(p.428)。現在のリカバリーの概念は,要素(カテゴリー分析の結果)や重要性を共有する段階から(p.431),ACT(包括型地域生活支援プログラム),IPS(個別援助つき雇用),IMR(リカバリーに基づく疾病管理), WRAP(元気回復行動プラン)など具体的な支援プログラム開発の段階に発展している。しかし,リカバリーは単なるサービス供給のモデルではない(p.428)。
pp. 428-429
リカバリーは、セルフヘルプ運動、権利擁護や自己決定、精神障害リハビリテーションの新たな目標概念の模索という3つの思想的期限を持つ(p.428 )。アメリカで誕生したリカバリー概念がどのような社会的文脈で精神保健福祉のメインストリームとなってきたのか、ニュージーランドがそうであったように、わが国が直面する独自の課題に合わせて修正・発展させるには何が必要かを考えた時、アメリカで発信されたリカバリーの考え方を歴史的に考察することは意味があると考える(p.429)。
pp. 429-430
1950年代後半から始まったアメリカの脱施設化は、1963年ケネディ教書、同年秋の地域精神保健センター設立法(Community Mental Health Center Construction Act : CMHC法)の制定まで「順調」であったが、ベトナム戦争への介入や軍事費に圧迫された連邦保健保健福祉予算の削減を契機に1970年代以降に「回転ドア現象」を生み出し、「鍵の不自由か、道ばたの自由か」と揶揄される状態まで悪化してくる。精神障害者の自己決定は治療と服薬の継続のみが治療者から求められるだけで、事実上は剥奪され、無視され、制限され、無力化され、形骸化されてきた(p.429)。1981年にはレーガン政権によりCMHC法も廃止される。精神障害者は、病気をよくすること以上に、市民としての当たり前の権利、すなわち、住む場や仕事、友人や教育をを求めた。リカバリーの手記は、こうした1980年代に精神障害当事者から始まった(p.430)。
pp. 430-431
地域統合に焦点を当てた精神障害リハビリテーションがこれまでの機能的限界を克服するために、新たな目標概念を必要としていた。1990年代に入り、リカバリーは精神障害リハビリテーションの新たな目標概念として登場した(p.430)。1993年には、ボストン大学の精神科リハビリテーションセンターが発行する雑誌「Psychosocial Rehabilitation Journal」で、リカバリーが初めて特集された。所長のアンソニーは述べる。「病気や障害は治癒・改善できていなくてもリカバリーできる。……リカバリーは、その人の態度や価値観、感情、目標、技術、役割などを変えていく極めて個人的で独自のプロセスである。……リカバリーは、人が精神疾患からもたらされた破局的な状況を乗りこえて成長するという、その人の人生における新しい意味と目的を発展させることである」。こうして2000年代に入り、病気の治療と障害の改善とリカバリーを明確に分けることに成功した。同時にリカバリーは精神障害リハビリテーションの目標概念の中心となった。現在は、ストレングスモデルのケースマネジメント、クラブハウスモデル、ビレッジモデル、過渡的雇用プログラム、ACT,SHGの発展が続いており、2003年には大統領調査委員会(ニューフリーダム委員会)報告において、リカバリーは科学的根拠に基づく実践(EBP)プログラムの哲学として全米そして世界に発信された(p.431 )。
p. 432
アメリカやニュージーランドの最近の動向では、よりPeer to Peerの時代になっている。リカバリー・プログラムのファシリテーターを精神障害当事者が担う流れの中で、ピアのファシリテーターを中心としたWRAPが普及している。
*作成:伊東香純